「らっしゃい!!」
お昼の食事時のピークを過ぎ、焼き鳥屋には老年の客がぽつぽつと居るだけ。大将の威勢のいい掛け声がやけに大きく響いた。
そんな場所におおよそ似つかわしくない様な若い女性が、ガラガラとドアを開けて入店する。
「おっ、エラいべっぴんさんだ!そこのカウンターに座りなっ」
「………ふぇっ、わ、あわわ」
真正面から飛んでくる勢いのついた褒め言葉を受けたのは、撃退士の月乃宮 恋音(
jb1221)だ。
顔を赤くしながら、月乃宮はふるふると否定の意を込めて首を振った。
氷の入ったお冷が心地よく喉元へと染み渡る。
「………えっと、そんなわけで、大将さんにお話をお伺いに」
「あー、あん時のやけに酔ってた女性客の………撃退士ってのも大変だなぁ」
大将はサービスだと言って、キャベツに乗ったホルモン焼きを差し出した。
「些細なことでもいいから……ねぇ」
月乃宮は頷き、大将は遠くを見つめる。
「噂だからあんま真に受けられても困るが………女性客から聞いた話で一貫してるのが、そこに出没する悪魔は小さな女の子だということくらいか」
「………女の子、ですか」
「んー、あんまり力になれなくてすまねぇな。さて、冷めないうちに食べてくれ」
●
今年の夏は一層熱く、遠くを見つめると空気がユラユラと揺れている。
「確かに、この岩山を上るのは一般人じゃキツイわね」
地堂 灯(
jb5198)は額に滲む汗を拭いて、溜め息交じりにそう呟いた。
山を登っていくにつれ木陰はみるみるうちになくなっていき、じりじりと焼かれた岩肌が下からも熱を反射している。
登り道はそこまで急な斜面では無く、そこそこ整備されたものではあったが、やはり剥き出しになった大岩が道の所々に点在していて、そこを乗り越えたり避けたりする度に地味な疲労度が重なっていく。
「先輩〜、先に温泉入らない?」
「そんなの月乃宮さん達に悪いだろ、あと少しで目的地に着くから」
「でも、これだったら、多少五月蠅くても、木陰のある森の方が良かった、かも」
うだるような暑さでヘロヘロと歩く来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)を支える様に時折肩を貸しながら、麻生 遊夜(
ja1838)は地図を片手にその岩肌を進む。
地堂はそんな彼女たちの様子を少し後方から眺めながら「あんなに引っ付いていたら余計に暑いんじゃ」と思ったが、来崎とヒビキのどこか嬉しそうな顔を見て、あえて何も言わないことにした。
「それじゃあ、山小屋に着いたら昼食の休憩に入ろう。地堂さんは弁当とか持ってきてるかい?」
「大丈夫よ、気を利かせてくれた月乃宮さんから頂いているから」
今回、彼ら彼女らの受けた依頼の内容は「このあたりに悪魔が出没しているという噂があるから、それの調査を行ってほしい」との事であった。
そして今、撃退士達は班を二つに分けて、その悪魔を捜索している最中である。
「ねぇ、先輩っ。あれが山小屋じゃないっ?」
来崎が遠くを指しながら明るく笑う。近くには小川が流れ出しており、いくらか涼しげな風も吹いていた。
「ここに悪魔が居てくれると良いが」
「………無害なことが、前提だけどね」
麻生の一言にヒビキが返し、全員の緊張感がピシリと高まる。
木造で古くなっている山小屋。長い間手入れされていないことが目に見えて分かった。
「水は飲んだか?昼食をとるのは捜索が終わってからだからな」
麻生を先頭に、撃退士らはどんなことがあってもすぐに対応できるような態勢をとる。そして、扉がギシギシと錆びついた音を上げながら開かれた。
「んー、ハズレのようだな」
「でも、ここに居たっていう形跡は確かにあるねぇ♪」
来崎の述べた通り、確かにこの山小屋には生活感があった。木の実や山菜などが自家製加工されたものが置いてあり、どうやって作ったのか、美味しそうなパンまである。
古びた外見とは違い、意外にも中は綺麗に整っていた。
「………じゃあ、外の方を探す?」
「ちょっと待って」
ヒビキの提案に割って入ったのは地堂だ。
彼女は一人で中へと入り、不可解に眉をひそめながら、少しだけ開いていた戸棚を開く。
「───きゃっ!!」
「地堂さん!?………………って、なんだこれは?」
戸棚からいきなり何かが飛び出し、地堂はその場に腰をついてしまう。
急いで駆け寄った麻生が目にしたもの
それは、手のひらサイズの柔らかな球体………「おっぱい」に黒い羽の生えた生き物、いや「ディアボロ」だった。
その羽根つきおっぱいは攻撃を仕掛けてくることなく、ただただその場でぽよぽよと羽ばたくばかり。
どうゆう事?
誰かがそんな気の抜けた呟きを漏らした。
●
「耳が、頭がおかしくなりそうだよぅ………」
四方八方から馬鹿みたいに聞こえて来る蝉の声に、猫野・宮子(
ja0024)はうんざりとした呟きを漏らした。
木陰は十分にあるのでそこまで直射日光に体力を奪われることは無いが、この嫌になるほどの蝉の声と、ジトジトとする蒸し暑さが撃退士達を襲う。
そこで、猫野の呟きに鴉乃宮 歌音(
ja0427)が「これなら、多少暑かったとしても、声を張らずに会話が出来る山道の方が良かったかもね」と答えた。
月乃宮、猫野、鴉乃宮の三人は、地図に書かれた目的地から少し反れる様に森を進んでいる。
鴉乃宮が自身のスキルを使い、悪魔が居そうな場所におおよその目途を立て、そして月乃宮の方位術により、その目途の立っている地へと迷うことなくを足を進めた。
「………あの、猫野さん、少し良いですか?」
「どうしたんですか?」
月乃宮のもじもじとした様子に猫野は首を傾げるが、鴉乃宮は何かに気づいたらしく、気を利かせて一人少し先を進む。
「………あの、汗を拭きたいから、少し、皆さんから離れても良いですか?」
「ふぇ?」
「………汗を小まめに拭かないと、胸の下なんかにっ、あ、汗疹ができやすくてですねっ」
猫野が首を傾げたままなのを見て、月乃宮は慌てながらいらぬ説明までを話しだす。
そろそろ収拾がつかなくなりそうだと思ったのか、鴉乃宮が二人に助け舟を出して、ようやく場は収まった。
「さてと、このあたりで間違いないかな」
鴉乃宮が割り出した場所。そこは木の実の成る木が多く生えている場所で、大樹のすぐ近くである。
『───はにゅわぁぁっ!?』
ガサガサと木々が揺れ、素っ頓狂な可愛らしい悲鳴が辺りに響いた。
あまりに急な出来事に三人はお互いの顔を見合わせて、その声のした方へと急ぐ。
『たっ、助けて下さいぃっ。チッチ、助けてぇ!』
小さな黒い翼を持った少女の悪魔が泣きべそをかきながら高い位置で木の枝に引っかかっており、「チッチ」と呼ばれたおっぱいから羽の生えたようなディアボロがどうにかしてその少女を助けようとしているが、ぽよぽよと枝にぶつかってばかりで何の役にも立っていない。
プルルル。
不意に猫野の携帯が揺れる、どうやら別行動中の地堂からかかってきたようだ。
「もしもし」
『えっと、山小屋の方で極めて無害なディアボロを一匹発見したんだけど、そっちはどう?』
「奇遇、だね。こっちは、木の枝一本に泣かされている悪魔の女の子を発見したよ。例の温泉の場所で、合流とゆーことで」
●
「助けていただいてありがとうございます、お姉さん達っていい人なんですねぇ」
喜んでいるように悪魔少女の周りをぷるぷるんと飛ぶ二つのおっぱい。そして、純粋無垢でぽわぽわと微笑む悪魔少女。
彼女の名前は「パストラル」。外見は小学生程度で、翼はあるけど飛ぶのが苦手なんだとか。
自身があまりにも非力なせいか、いつも泣いて逃げ回ってばかり。彼女はそんな自分を律するべく、現在自分のペット「チッチ」「チュッチュ」と共に方々を旅して回っているとの事。
そして今時極めて珍しい、悪魔や天使、人間の関係性をいまいちよく分かっていない、世間知らずの女の子でもあった。
先ほどは木の上の実を取ろうとして、誤って枝に引っ掛かり、宙ぶらり状態になっていたらしい。
「いつもは失敗ばかりですけど、将来ケーキ屋さんになる為に、頑張らないとと思ってるんですっ」
何この可愛らしい生き物。
曇り一つないキラキラとしたその瞳を真っ直ぐに向けられた月乃宮は顔を赤らめ、思わず「はぅっ」っと目を逸らした。
「それじゃあ、難しい話は後にして温泉に入ろうよ!パストラルちゃんも入る?」
「じ、じゃあ、はいっ」
目の前に広がる秘湯を前に、猫野は全員を見渡して興奮気味にそう告げる。
汗で服が体に張りつき気分が悪くなっていた頃だ、撃退士達は早速持って来た入浴セットと水着を取り出し、男性女性で別々の岩陰へと入っていった。
「あれ、鴉乃宮さん。こっちは男子更衣場所なんだが………」
「うん、そうだね。どうしたの?」
「いや、だからこっちは男子………あ、あぁ、すまん。そういえば鴉乃宮さんは男だったな」
「ふふっ、大丈夫だよ。公俗に配慮して一応はタオルで隠すようにするから」
「………すまない」
何かと、男子更衣の方は複雑な様である。
●
一方、女子更衣の方はというと。
「胸………胸かぁ」
「地堂さん、落ち込まないでほしいよぅ。ボクが惨めになるにゃあ」
競泳水着を着る地堂と、白スクを着る猫野は、少し離れた位置から他の女性人達の水着姿を眺めていた。
手足が細く長く、魅惑的な黒のビキニが非常によく似合う来崎は、女性から見てもうっとりしてしまうようなスタイルをしている。
そして、小柄ながらもグラマーなヒビキは、黒色のチューブトップビキニを着用していた。
誰から見ても魅力的である二人。
しかし、そんな二人も、この目の前の光景に目が釘付けになっていた。
「ほわぁ………お姉さん、本当に凄いです」
「………そんなに、ジッと見つめないで下さいぃ」
沸騰寸前まで顔を真っ赤に染めて、ふるふると顔を振る月乃宮。そんな彼女の様子は露知らず、パストラルは無垢な子供心ながらにその彼女の体を食い入るように眺めていた。
まるで帽子の様なサイズをした桜色のビキニを着用している月乃宮。それでもなお胸がキツキツだというのだから、ますます驚きを隠せない。
これ以上ここに居ると、自分の心の何かが灰色に荒んでしまうと感じ、地堂と猫野は裸足でぺたぺたと温泉の方に向かった。
「これは………極楽だぜ」
「少し熱いくらいがまた何とも堪らない感じだね」
一足先に温泉に入っている男性二人。じわじわと温泉の熱が体中に染み渡り、疲労を心地よく溶かしていっているのが感じ取れる。
温泉はドーナツ状の形をしていて、中心から盛り上がった「乳房」のように見える岩の頂点からこんこんと湯が沸き出ている。
普段からパストラルもここを使っていて偶に掃除なんかもやってるらしいので、極めて清潔な状態でこの温泉に浸かることが出来た。
そして、中央のその「おっぱい型」の岩の向こう側。二人の耳には、コソコソとした女の子達の声が聞こえてくる。
『ねぇ、胸の大きさを先輩好みの大きさに変えられるって本当?』『胸と、それからお尻にも、そしたらユーヤも』『………わ、私はせめて市販のサイズでも入るくらいまで小さく、してほしいです』『私も、本当に胸が大きく出来るなら少しくらい、なんて』『ボ、ボクもっ』
『お、お姉さん達はアウルを持ってるんですよね?………うーん、それなら出来なくもないですけど、一晩経てば元通りになってしまうです。それでもいいなら───』
『『『───是非っ!』』』
『お姉さん達、怖いですぅ………』
そんな、コソコソとした会話が。
「………ユーヤ」
「ん?あぁ、いつの間にかうとうとしていた………って、なっ、お前ら!?」
解けていく疲労に身を任せてうとうととしていた麻生。ヒビキに呼ばれて目を開くとそこには、息をするのも忘れてしまいそうな光景が広がっていた。
直視するのが恥ずかしくなるくらい、水着からはみ出さんばかりの胸の来崎とヒビキ。思わずその場から逃げ出そうとする麻生だが、二人にたちまち腕を取られてしまう。
「ねぇ、どうかな先輩♪」
「ユーヤの、好みだったら嬉しいな………」
「くっ、ぐぅ」
両腕や肩に広がる柔らかな感触、耳元で囁かれる度に麻生はくぐもった声を漏らす。ヤバい、このままでは色々とあちこちがヤバい。
とにかく助けを求めないと、そう思い辺りを見渡してみた。
(鴉乃宮さんは………どこだっ。そうだ、地堂さんはっ)
右方向に首を動かしてみる、するとそこには温泉の中心ではなく外側に向かって、並んで体育座りをしている猫野と地堂の姿が。
「おっ、おい!助けて───」
『これが、おっぱい………』『ボクに、おっぱいが………』
まるで聞こえてないようだ。何だか二人ともとても幸せそうな表情をしている。
あの様子じゃとても助けてはくれないだろう。麻生は左側に顔を振り向けた。
『………んっ、あ……ふぅ、くっ!』
恥ずかしさを堪えながら「チッチ」「チュッチュ」に胸をむにゅむにゅと、色々な形に押されてる月乃宮の姿が。
『………この子達が、私の胸を一時的にですが、ひゃっ……小さくなれるのなら、このくらいっ』
麻生はすぐさま目を背ける、あの光景は余りにも刺激的すぎた。
「ちくしょぅ………頼れるのは自分だけってかぁっ!」
「あっ、先輩っ!?」
麻生は意を決して、二人の拘束からするりと抜けると温泉の外へと逃げ出した。
「………あの格好で、ユーヤはどこに逃げるんだろ?」
この後すぐにまた麻生が当然ここに戻ってきてしまうが、それはまた別の話。
●
「気持ちいいねぇ」
「はふぅ………この場所は山でいろいろ取れるし、お風呂もあるしで、とても良い場所ですぅ」
みんながみんな、個々に楽しんでいる間、鴉乃宮はパストラルと一緒に麻生の向かい側の箇所で温泉にゆっくりと浸かっていた。
頬を赤く染めて、涎が垂れてきそうなだらしない笑顔を浮かべるパストラル。とてもじゃないがこの少女が何かを企んでいるとは思えない。
「どうしてここに住んでるの?」
「旅を続けてたんですけど、ここが思いのほか住み良くて」
「あと、恋音が言ってたんだけど、この秘湯は昔から子宝に恵まれるっていう話があるんだけど、知ってる?」
「ほぇ〜………温泉って凄いんですねぇ」
何だか複雑な探りを入れてるのが馬鹿らしくなってきた鴉乃宮。
パストラルの頭にポンと手を置き、その小さな頭を撫でる。少女は幸せそうに微笑んだ。
「私達と一緒に久遠ヶ原に来る気は無いかい?まぁ、君のその胸を操る能力を頼りにしてる厄介な人がいるんだけど………でも、面白い場所だよ」
「ケーキ屋さんは、ありますか?」
「もちろん」
「だったらついて行きますっ♪」
明るく笑うパストラルの頭を再び撫でる。
この子を守っていかないといけないな。誰に聞かせるでもなく、撃退士達はそれぞれそう決意したのだった。
<つづく>