「君はいつも僕を励ましてくれましたね。あぁ、一緒にやったゲームもとても楽しかったですよ」
「うるさいっ………」
「入生田さんが僕をあまり信用していないようですって打ち明けた時、あなたは『俺は信じてるから』って言ってくれましたね。いやぁ、思い出すだけで涙が出てきそうです。笑い涙が」
「うるせぇ!!」
爆発音が何度も響く。段々と攻撃の鋭さが増すアメリアに対し、孤境重喜は入生田晴臣を庇ったまま回避を続けることしか出来ない。
その様子を一人木の上で見物しているマルティネリ。
「───それ以上お喋りな口を開くな、下衆野郎が」
金属がぶつかり合う甲高い接触音。大鎌を構えるマルティネリに、突如現れ、槍を突き出したのはリョウ(
ja0563)だ。
下の方ではアメリアを抑えに向坂 玲治(
ja6214)が入っていた。それに続き、続々と撃退士達が参戦する。
その光景にひとまず安堵したのか、孤境は眉間にしわを寄せながら膝をついた。
そんな彼の傍らに近づくのは新井司(
ja6034)である。
「キミは天使を『友』として信じた。結果がどうあれ、それはキミだから出来たこと。誇っていいと思うわ」
孤境は一つ頷くと、力強く地に爪を立てた。
●
入生田に向かって攻撃を行うアメリアと対峙し拳を振るうのは新井。その新井のサポートとして、向坂は槍や盾を用いて立ち回りを行い、アメリアの行動を制限していく。そして負傷した入生田の側で黒羽 風香(
jc1325)が牽制の為銃を構えていた。
リョウが肉薄し、そのリョウの攻撃の間を縫うように、麻生 遊夜(
ja1838)の放った弾丸が青年天使の翼をかすめる。マルティネリはそんな二人の攻撃を避けるうちに、とある一本の針葉樹に押しやられた。
死角を狙い木陰からぬらっと現れた来崎 麻夜(
jb0905)は、彼の翼の付け根を狙い銃を放つ。
しかし、その弾も虚しく空を切った。
「相手の目を見れば何を思っているのかは自ずと分かってくるものです。例えば、僕を狙っているはずの麻生さんの目が何故か、無意識に一瞬僕の後方に向いていたりね。まぁ、こちらから攻撃はしないでおきますよ。時間をかけた方が、洗脳が解けにくくなりますし」
微笑みながらそう説明するマルティネリの言葉に、麻生は舌打ちを鳴らす。
しかし、ここで必要なのはあくまで戦闘では無くマルティネリの注意をこちらに向けることだ。
「だったら予測できても躱せないくらいに攻撃を叩き込めばいいんだろ!?」
両手に銃を構え、狙い澄ましたというよりはどこでもいいから傷つけてやると言わんばかりに、連続で銃口が火を吹いた。その意図に沿う様に、再びリョウと来崎も動き出す。
撃退士達の狙いはマルティネリとアメリアを分断することであった。
リョウ達が動き出したのを確認し、黒羽は向坂と新井に合図を出す。
「お願いします!」
新井が飛び退いたその時、向坂は自分の持つ盾に全体重を乗せてアメリアの小さな体へと激突した。
即座に防御態勢をとったアメリアが引き起こす激しい爆発と共に、向坂とアメリアは互いに大きく各々の後方へと吹き飛ばされる。
マルティネリとアメリアの距離は大きく開く。向坂は切れた口の中から血を吐きだし、再び立ち上がった。
●
「新井っ、下がれ!」
「くっ………」
爆風に乗せてその小さな体を動かすアメリア。新井の拳は上手く避けられ、段々とアメリアの攻撃は的を捉え始める。
今も丁度、懐深くに踏み込まれた瞬間であった。向坂の手助けもあり、新井は間一髪でその攻撃を躱す。アメリアの追撃を避ける為に、向坂は影を用いて彼女の体を縛った。
そこへ黒羽が、牽制の意も含めて何度も銃を発砲させる。しかし、すぐに拘束を解くアメリア。
まだ戦いを始めてばかりだというのに、新井と向坂の疲労とダメージは予想を大きく上回っていた。それほどまでにアメリアの戦闘に関する能力が高いのだ。
そしてそれに加え
「お願いっ!止まって!!」
小さく何度も首を振りながら自らを戒めるアメリア。
意思とは裏腹に体は動いてくれない。そんな少女の悲痛な叫びが、どうしても二人の攻撃を消極的なものにしてしまうのだ。
「マルティネリ、本当に酷いことをしてくれるわ………」
「あぁ………行くぞ」
アメリアは両の手の平を叩いて大きな爆風を起こし、上手く弾道を自分から反らす。
間髪入れず翼を広げて、爆発をターボ代わりに真っ直ぐ入生田の方へとアメリアは飛んだ。黒羽は入生田と共に大きく後方に避け、再びアメリアの前に新井と向坂が立ち塞がる。
入生田は唇を噛みしめ、そこから一筋の血が流れた。情けない。何故自分はあの場で戦うことが出来ないのかと。
新井が大振りの攻撃を仕掛けアメリアの気を引き、向坂がその隙に影で縛る。そこへ黒羽が銃弾を叩き込むという連携。しかし、それでも戦況は厳しい。
「黒羽さん………お願いだ、俺にも戦わせてくれ」
「その傷でどうするんですかっ。あなたに傷ついてほしくないと一番願ってるのは、他でもないアメリアさんなんですよ」
「それでも、俺は『撃退士』なんだ……っ」
あまりにも強い意思。一番守りたい者を目の前に何も出来ないもどかしさ、撃退士であれば、誰だってその悔しさを理解できる。
そしてアメリアも入生田に逃げて欲しいのではない。きっと、助けて欲しいはずだ。
「分かりました。でも、絶対に諦めないで下さい、みんな一緒に生きて帰るんです………それが約束できるのでしたら」
「入生田さん、あなたには『囮役』をお願いします」
●
リョウ達がマルティネリと交戦している間、孤境の側でシエル・ウェスト(
jb6351)は軽く打ち合わせをしていた。
「………という感じです。ハンドサイン、覚えましたよね?」
「あ、はい。大丈夫です」
未だ迷いの見えるその声色にシエルは眉をひそめるが、こればかりはどうしようもできない。
シエルは自身の武器である銀色のクラリネットに口をつけた。
妙だ。
リョウ、麻生、来崎の三人は皆同じように違和感を感じ始めていた。
「クソ……調子が狂う」
何故か先ほどから、自ら槍の先の狙いが上手く定まらず、もどかしい思いを感じているリョウ。
マルティネリの持つ大鎌の持ち手には大小様々な穴が開いており、彼が大鎌を振るたびに奇妙な音が漏れていた。
規則性の無い耳障りで不文律な音。三人はその音に戦闘のリズムが崩されつつあるのを感じていた。
「人は誰しも自らの中で無意識にリズムを刻み、行動を行っています。例え僕がいくらあなた達三人に戦闘能力で劣っていようとも、そのリズムさえ掴めば……ほら」
フラフラと飛ぶマルティネリにリョウが槍を突き出すと、その矛先に麻生の銃弾が丁度ぶつかる。
確かにマルティネリは戦闘能力が高いわけでは無い。だが、自分達の行動が全て先に読まれている様な、彼と対峙するとそんな感覚に陥ってしまうのだ。
「───もちろん、君の事も分かってますよ?『友達』ですからね」
「っ!?」
完全に虚をついていたはず。今まで戦闘に加担せず、戦闘のリズムを自らの中に構築出来てしまっていない自分だからこそと、木陰からスナイパーで覗いていた孤境の方へ、マルティネリの視線が向く。
「さぁ、演奏を始めましょう」
スコープの向こう側のマルティネリは不敵に微笑むと、大鎌軽く振り回し、それに合わせて妖艶な曲を辺りに響かせ始めた。
しかし、その演奏は始まること無く、むしろブチ壊される羽目になる。
「グ………ァッ!?」
妖艶な音色も風の音も木々の葉が揺れる音も、その全てを甲高いフルートの音色が切り裂いたのだ。恐らく人よりも繊細な感性を持っているだろうマルティネリは、耳を抑えて苦しげな表情を浮かべている。
『───大丈夫ですか孤境さん迷わないでいやむしろもうあの外道を叩き潰しt』
「大丈夫、大丈夫だからっ!」
シエルの声が孤境の頭の中を直接埋め尽くした。慌てて予め教えてもらっていたハンドサインをシエルの方に送って、やっとのことで催眠まがいの訴えかけが止まる。
その際に孤境が見たシエルの表情は、安心できるような笑顔であった。精一杯笛に息を吹き込んでいるせいか、彼女の顔は多少赤く染まり始めている。
「……何だか吹っ切れた。今度こそ、きっと大丈夫」
孤境は一つ息を吸って、もう一度スコープに視線を落とした。
迷いなく放たれた孤境の複数の銃弾は、バスバスと翼に穴を空けて、マルティネリの態勢を大きく崩す。
「先輩っ、鎌の音が無い今がチャンスだよっ♪」
「嬉しそうに笑いやがって………あぁ、これを逃す手は無い!」
麻生と来崎は同時に銃の引き金を引いた。麻生の放った銃弾は大鎌の柄を腐らせ、妖艶な音色を殺した。更に来崎の黒きアウルを纏った銃弾はマルティネリの四肢に加え翼の付け根まで撃ち抜く。
意味を持たない憎しみが込められた大声を上げながら、マルティネリは地へと落ちていく。
「俺が直接、報いをくれてやる」
落ちるマルティネリに向かい、リョウは追い打ちを仕掛ける様に、木の幹を蹴りスピードを上げて、黒い雷で覆われた自身の槍を突き出した。
その槍に付与されていた黒い電流は、必死にまた上空へと逃れようとしていたマルティネリの体中を走り、その動きを一時的に縛る。
地で横たわるマルティネリの表情には今まで見たことが無いくらいの怒気を浮かび、その血走った眼は孤境ただ一人を睨んでいた。
「重喜………キサマァア!よくも僕をぉっ!?」
スコープに目をつけたまま彼に近づく孤境。
そのマルティネリの訴えに何を答えるでもなく、孤境の表情は、どこか悲しそうであった。
●
段々と思い出してきた。
親しかった人に親を殺されたその光景。恐怖によって大きく抉られた心に、無理矢理別の意思を塗り込まれる感覚。
そして今、自らのこの手で、自分の一番大切な人を殺そうとしている。その事実が更に少女の心を苦しめ、益々深く暗い底へと落としていった。
「マルティネリを抑えても、攻撃の手が止まらないっ」
孤境からマルティネリの捕縛が完了したとの連絡があったが、新井の眼前に迫るアメリアの動きが止まることは無い。
時間が経つにつれアメリアの顔からは表情が消え、声も発さなくなっていた。
「入生田を始末するのがお前のやりたいことなのか!?」
「………」
向坂の言葉もどうやら聞こえていないようだ。
仲間が援護に駆けつけてくれるまでの時間を待つことは出来ない、早めに洗脳を解かないと手遅れになる。向坂、新井、黒羽は視線を合わせてそれぞれの方向へ散開した。
三人の行動に虚を突かれたようだが、アメリアはすぐに無防備になった入生田へ襲い掛かる。
その瞬間に間髪入れず、新井は蔓を、向坂は影を用いてアメリアの小さな体を縛り、黒羽の狙撃が抵抗を弱める為に両肩を貫いた。
しかしそれでも、ブツンブツンと蔓や影が千切れていく。少女の手の平は入生田の眼前にまで迫ろうかとしていた。
「入生田さんっ、チャンスは一回ですっ!ここで失敗したら、一番危険な『囮』であるあなたの命は無いと思って下さい!」
もう体力はそこまで残っていないだろうに、新井と向坂は必死に歯を食いしばりながらアメリアを縛っている。黒羽の銃口は、真っ直ぐにアメリアの胸部を狙っていた。
入生田は強かに一つ頷き、アメリアのもとに歩み寄る。
「アメリア………」
そう言って入生田は少女の体を強く抱きしめた。
勿論アメリアは、今までに無いくらいの力で入生田を殺そうと身をよじる。しかし、入生田も負けじとその少女を抱きしめた。背中の傷が開き血が噴き出す。
「聞こえるかアメリア………俺はここだ。お前が目を覚ますまで、俺はずっとここに居てやる」
新井と向坂は、アメリアの力が弱まったのを感じた。よく見ると彼女の目には生気が戻ってきている。
「………はる、おみさん?」
「あぁ、そうだ。辛かっただろう、痛かっただろう、悲しかっただろう、苦しかっただろう………だけど大丈夫だ。俺が側にいてやる、これからもだ───」
「───ずっと、ずっと一緒に居てやる」
そして、拘束は解かれた。それはもうアメリアが抵抗を止めたからだ。
先ほどまで入生田を殺そうとしていた少女は顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、その入生田の体に抱き付いていた。涙に混ざり聞き取ることの出来ない言葉を入生田はただ静かに頷いて受け止める。
●
「まずは土下座だ。お前の話はそれから聞いてやる」
リョウに引っ張られドサリと地面に捨てられたマルティネリ。すっかりその体はボロボロで、整った顔立ちも傷だらけになっている。
マルティネリの前に居るのは現在自らを応急手当てしている入生田であった。彼の傍らにはすっかり泣き疲れて眠っているアメリアの姿もある。
よろよろと青年天使は体をたたみ声を震わせ、額を地面につけた。
その瞬間だった、孤境のショットガンが火を吹いたのは。
天使の体は吹き飛び、遂に動かなくなった。
孤境の行動の意味はすぐに明らかになる。マルティネリの手にはどこから取り出したのであろう、毒の塗られたナイフが握られていたのだ。さっきまで怯えていたはずの表情も、狡猾な笑みへと変わっている。
「………最後まで、信じていたんだけどな」
マルティネリの横に膝をつき、皆に見えないように孤境は肩を震わせた。
どれくらい経っただろうか。
「帰ろう。それが君の出した結果だというなら、私達はちゃんと受け入れるわ」
新井に促されて、孤境は立ち上がる。
もうすっかり日は暮れて、空は綺麗な茜色に染まっていた。
●
いつもの病室。違う点があるとするならば、ベッドが二つあるという点であろうか。
「もう大丈夫なのか、重喜」
「ははっ………俺だって撃退士だよ、もう大丈夫さ」
「だったら良いんだ」
依頼が一通り集結したところで、孤境は学園に戻ることとなった。ここ一帯の警護は、入生田の負傷が治るまでは街の方が民間の撃退士を雇うという手筈になっている。
まるで「重傷者」を絵に描いた様な状態で横になっている入生田。
そしてその横のベッドでは、入生田ほどではないにしろ、包帯をあちこちに巻いて横になっているアメリアが居た。
「あぁ、そういえばおっさん、麻生さんと来崎さんが『幸せにしてあげてね☆』とか言ってたよ」
意地悪気にそう告げる孤境。
アメリアの顔はたちまち赤くなり、入生田は何とも言えない表情で息を一つ漏らした。
「俺が宜しく言っていたと伝えておいてくれ」
「りょーかい」
ひらひらと手を振って孤境は笑顔で病室を出た。
「ねぇ、晴臣さん。もう一回聞きたいな」
「はぁ?」
「あの言葉があったから、私は今の私に戻ることが出来たの。お願い、ね?」
「学園の撃退士のうちの誰かが悪知恵を吹き込みやがったな。はぁ………絶対にもう二度と言わないから、よく聞いておけよ───」
<終わり>