「ちくしょぉ、良い天気だなー………」
「おっさん、それ何本目だよ」
本日3本目になる煙草を咥えて、綺麗な青空に入生田晴臣は紫煙をプカリと吐き出す。
自家用車の前でめんどくさそうに面をしかめる入生田と、その隣で座る孤境重喜はそれぞれ「天使」を待っていた。
今回の主役でもあろう少女天使のアメリアは黒羽 風香(
jc1325)に。
これから仕事だっていうのに例の青年天使マルティネリは新井司(
ja6034)に連れられて行ってしまった。
「めんどくせぇ………」
「でも、ほっとけないんでしょ?………そんな目しないでよ、ごめんって」
煙草の先端をアスファルトに押し付けて乱暴に火を消す。
そこでふと視界の端に人影が見えたので入生田は病院の入り口の方に顔を向けた。
「入生田さん、どうでしょうかこのアメリアさんっ」
嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきたのは黒羽だ。
そしてその斜め後方には、あまり子供らしさを感じさせない様、綺麗にコーディネートされたアメリアの姿があった。
「どうって言われてもな………良いんじゃないか?」
煩わしげに前髪を流してそう言う入生田の言葉に、アメリアは照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
●
孤境はそのままマルティネリを待ってその後に仕事に向かうという事で、病院の前に一人彼をおいて入生田とアメリアは遊園地へ。
この町にあることは知っていたが、一度も訪れたことが無かった入生田。
目的地の遊園地は人で賑わい、入生田の傍らにいるアメリアもそんな遊園地が珍しいのか、目をキラキラさせてよく笑っている。
「晴臣さんっ、すごいすごい!」
「あんまり走るなよ、ついこの間まで意識無かったくせして………んー、まずはどこに行くかだなぁ」
予め調べてどこに行こうっていうのは見当をつけていたが、うっかりでこの遊園地の全体図は調べず、パンフレットもどうやら入園する際に貰い損ねた入生田。
どうするものかと頭を悩ませていると
「ん?」
ついさっきまで隣に居たアメリアが、いつの間にか少し離れた着ぐるみのところへと行っている。驚いたと同時に慌てて後を追った。
「───うん、ありがと!」
着ぐるみに手を振り、アメリアは片手に何かを持って入生田に駆け寄る。
「あんまり離れるなよ、ただでさえ人多いんだし」
「ご、ごめん。でもね、これ!晴臣さん、私とここに行こうよっ」
どうやら着ぐるみから貰っていたのはパンフレットの様で、アメリアはお化け屋敷を指さしていた。
『───俺だ、二人はお化け屋敷へ向かったぞ』
着ぐるみの、いや、リョウ(
ja0563)の不穏な言葉はもちろん入生田達には聞こえていない。
●
「悪い顔してるな」
「せ、先輩だって………ぷっ」
暗闇の舞台裏で顔を見合わせ、お互いにニヤニヤとしているのは麻生 遊夜(
ja1838)と来崎 麻夜(
jb0905)の二人だ。
「だってさ、あんな脅かしがいのある人中々いないぜ?」
既に入生田とアメリアの二人はこのお化け屋敷に入っており、麻生達は脅かし役として仕事をこなしてきた後だった。
麻生が耳元で囁くとアメリアは「ひぃっ!?」と体を震わせ、来埼が髪芝居で演出をすると「な、にゃんでっ!?」と入生田の体によじ登り、二人そろってガバァっと驚かすと「うにゅあああっ!?」と叫びながら入生田を引っ張り回していた。
「あー、でも次のエリアは大丈夫かなぁ………」
来崎は舞台裏から出てそんなことを呟く。
入生田達が向う次のエリアは、シエル・ウェスト(
jb6351)の管轄するエリアだ。
「ククッ………何だアメリア、怖いのか?」
「こっ、怖いわけあるかっ!」
長い通路を抜けて二人は扉を開けた。
部屋には様々な雑貨が散らばり、電話機が一つ置いてある。しばらくしてその電話が鳴り始め、アメリアは入生田にしがみついたまま離れなくなった。仕方ないので入生田が受話器を取る。
『………連れてって』
ノイズ交じりにそう声が聞こえ、誰も触ってないはずの人形が後方でばたりと倒れる。
流石の入生田も少し驚き、アメリアに至っては額を入生田の腰に押し当てて周りを見ていない。
『………連れて行けよ』
受話器からもう一度そんな声が聞こえた後、ブツリと通信が途絶えた。
「ね、ねぇ晴臣さん、人形が………」
アメリアの怯えた声、指をさす方向に目をやると、さっきまでそこに倒れていたはずの人形が消えていた。
まるで狐につままれているかの様だ。そんな二人の反応をよそに、部屋の出口であろう扉がひとりでに開く。入生田は首を傾げながら、アメリアから離れぬようゆっくりと外へ出た。
部屋から出て扉を閉めようかとすると、閉める途中でドアが何かに引っかかったように重くなる。
「?」
グイと押し込むと、それに反発したようにドアが逆に押し返してきて勢いよく開け放たれた。
『───オイテイカナイデェエエ!!』
「───うぎゅわあああああっ!?」
まるで人形が意思を持っているかのように飛び出してくる。
アメリアは素っ頓狂な叫び声を上げると翼を思い切り広げ、入生田を抱えて一目散に飛んで逃げて行った。
「………やりすぎちゃいましたかね?」
シエルは変装を解き、申し訳なさげに頬を掻いた。
●
「………予想してたものと違った」
「その割にはよく食べるのな」
自分からお化け屋敷に行きたいと言いながら、出る頃には半べそをかいていたアメリア。こんなところで飛んだことに説教をしようと思った入生田だが、彼女の顔を見てそんな気は失せ、とりあえずデザート店へと訪れることにした。
アメリアは一人で、運ばれてくるパフェやヨーグルトをパクパクと平らげる。
「店員の私が言うのも何だが、これぐらいにしておいた方が………金額も結構するぞ?」
次のデザートを運んできた店員、新井は入生田にそう耳打ちをする。
そんな心配をよそに入生田は怪しげに微笑んだ。
「絶対、うちの町の経費で落としてやる。だから大丈夫だ」
「そ、そうか」
入生田と新井が話している間アメリアに近づいてきたのは、朝の病院の際コーディネートしてくれた以来の黒羽だ。
(アメリアさん、少しおせっかいかもしれませんけど先輩からのアドバイスです。恋は迷ったら押してみるものです、そうでもしないと歳の差なんか乗り越えられないですからね)
入生田には聞こえないようにアメリアの耳元でそう呟く黒羽の言葉に、アメリアの顔色が一気に戻る。
そのまま黒羽はニコリと微笑み、店内へと戻っていった。
「か、カッコいい………」
とりあえず色々と疲れたのでゆっくりと園内を歩き回ることにした入生田とアメリア。
「晴臣さん、あれって何?」
あれだけ食べたに関わらず、ぴょこぴょこと楽しげに動き回るアメリアが次に興味を示したのは『射的屋』であった。
そこの店主であろう若い男がこちらに手を振っている。お面を被ってはいるが、入生田はその男に見覚えがあった。恐らくあれはリョウであろう。
「射的っつって、鉄砲で景品を取るゲームみたいなもんだが………やるか?」
「うんっ」
リョウの計らいでアメリアは最初の一回を無料でやることに。
ルールとしては、一回で撃てるコルク弾は3発まで、棚から落とした景品はすべてお持ち帰りOK、というものだ。
簡単に射ち落せそうなお菓子類から、それは絶対にコルク銃じゃ落ちないだろといったゲーム機やぬいぐるみまである。
そして案の定。
「お嬢さん、残りは一発だけだよ?」
「うぅ………」
簡単そうなお菓子類を狙っていたアメリアの弾は当たることなく後ろの壁に当たっては落ちていた。
リョウのニヤついた声。後ろでただ見守っていただけの入生田にその矛先が向く。
「連れに女性が居るのにあなたは後ろで手を組んでるだけですか?それとも、恥をかくのが恐いとか言うんじゃないですよね?」
「………ふん、いいさ、その安い挑発に乗ってやろう。高額商品を落とされて泣きべそかくなよ。ほら、代金だ。銃を二丁くれ」
二回分の代金を払い入生田は両手に銃を「軽いな」と言って構える。
「アメリア、俺の合図であのデカいゲーム機を狙え。アレなら当たるだろ、後は任せろ」
目の色が変わった入生田の言葉に驚きながらも頷くアメリア。3、2、1のカウントを入生田が数え、0と同時に弾が放たれた。
アメリアは一発、入生田は立て続けにバランスを崩すようそれぞれ三発放つ。
「晴臣さんすごいっ!」
「これしか取り得が無いだけだ」
リョウの口から思わず感嘆の溜め息が漏れた。
「ホントにそれでいいのか?」
「うん、ありがとっ」
「まぁ、いっか」
せっかくゲーム機を落としたというのに、アメリアが所望したのは一番安そうな「ヨーグルト味のラムネ菓子」である。
流石のリョウも少し困ったように菓子とゲーム機を取り換えていた。
釈然としない気分も喜ぶアメリアの顔を見ていたらいつの間にか晴れ、入生田は次の目的地へと向かう。
「次はどこに行くの?」
「土産用の出店に行って、その後メシを買って広場に行くか。広場には小さい動物もいるらしい」
入生田が目をつけていたのはキーホルダーやぬいぐるみを扱っている出店だ。
「先輩っ、販売が終わったら広場に行こう!あの二人の写真を撮ってあげると良い思い出になるかも!」
「本音は?」
「ボク達は先輩とラブラブ出来て役得だし、一石二鳥!」
来崎の元気のいい提案に若干顔を歪ませる麻生。ここはヒビキ・ユーヤ(
jb9420)が開く手作りのキーホルダー店だ。
さっきから全く手伝いに集中できていない二人をよそに、ヒビキは一心不乱にチクチクとキーホルダーを作っていた。
「───ちょっといいか?」
「あ、はい」
店を訪ねてきたのは入生田とアメリアの二人だ。
グッズの制作を二人に任せてヒビキは接客に向かう。
「ここの店のマスコットはずいぶん俺に似たのがたくさんあるんだな」
「主力商品ですよ」
「勘弁してくれ………あ、アメリアどれか欲しいものはあったか?」
「んー、これが良いかな。晴臣さんもおそろいの買おう」
嬉しそうに差し出してきたのはデフォルメされて犬になった入生田の背中に笑顔で乗っているアメリアのキーホルダーだ。
どうやらこれがこの店一番の売れ筋なんだとか。入生田は困ったように、だけど笑顔で手渡されたそれを受け取る。
「これもおまけでつけるよ?」
ヒビキが手渡したのはマルティネリがデフォルメされたような犬のキーホルダーだった。
「………んー、えっと、私はこのおそろいだけで十分です。ありがとうございますっ」
「?」
ぎこちなく笑いながらお礼を述べるアメリアの姿に、ヒビキと入生田は首を傾げた。
●
「ほわぁ〜、晴臣さんっ、この可愛い生き物はなんて名前なの?」
「うさぎだな………こっちに向けないでくれ、あんまり小さい生き物とか苦手なんだよ」
「こんなに可愛いのに〜」
キーホルダーを購入した後、他の出店で弁当を買って広場に訪れた二人。時間的にはまだ正午を過ぎたあたりだが、アメリアの体の事を考えるともうそろそろ帰らないといけない時間だ。
食事も終わりウサギと戯れるアメリアを少し離れて見守る入生田。小さい生き物は、撃退士というこの高い身体能力によってうっかり殺してしまいそうで近づけないとは流石に言えない。
そんなウサギと戯れるアメリアが何かに気づいたようにふと視線を遠くへやった。入生田もそれにつられてそっちを見る。
『先輩、うさぎうさぎ!』
『分かった、分かったからもうウサギを連れて来るな』
『ユーヤ、うさぎ』
『こんなにわらわら集めたら可愛いもクソもないだろっ』
『マヤ、ユーヤ、一緒に写真撮ろ?』
『賛成っ。ほら、先輩も寄って』
麻生に両腕にしがみついて写真を撮っているのはヒビキと来崎だ。なぜだろう、入生田は何となく今の麻生の境遇が分かるような気がした。
「晴臣さん………はい、うさぎ」
「何をどうしたらその方向に影響を受けるんだ。やめろ、連れて来るなっ」
宥めること数分、ようやくウサギを逃がすことに成功した入生田。
ウサギが居なくなると、手持無沙汰になったアメリアが入生田の方へとすり寄って来る。
「今更こんなこというのも何だが………アメリア、お前が覚えてる俺の記憶は病院からだろ?勢いで俺のことを好きとか言うんじゃない、マルティネリだって困ってるんだ」
アメリアは少し顔を俯けたが、キッと顔を力強く上げて入生田の目をまっすぐに見つめた。
「あの時は確かに、何も分からないまま外に出るのが恐くて晴臣さんの事を好きと言ったかもしれない。でもね、今の私は本当に晴臣さんのことが好き。優しくてカッコいい晴臣さんのことが、一緒に居ればいるほど好きになってる」
真っ直ぐすぎるその好意に思わず目を逸らしてしまう入生田。
「………まだお前は子供だ。言葉を向ける相手が間違ってる」
「晴臣さんで間違ってない!年だって、私が大人になるまでずっと晴臣さんのことが好きだったら関係ないよ」
入生田は顔を隠しながら小さく「厄介なことになった」と呟いた。
そんな二人のもとに、さっきまで楽しそうに遊んでた来崎達三人が駆け寄ってくる。
「写真、撮ってあげますよ?」
「はぁ………あぁ、よろしく頼むよ」
きっとこの写真は、二人の大切な思い出となるだろう。
●
町の高台の上、シエルは望遠鏡で遠くに異変が無いか調べ、新井はその近くで考え事をしていた。
朝の事だ、新井がマルティネリと接触した際、彼は新井の質問に何一つ矛盾点もなく答えて見せた。彼の言葉がすべて信頼に値する言葉で、アメリアの事を大切に思っていることも伝わってくる内容だった。
「何も欠落していない聡明な受け答え。私がただ、疑り深い性格なだけなのだろうか」
「もういいぞ、お二人さん。今日は何から何まで世話になった」
高台に上ってきたのは入生田だ。
遊園地で自らの役目を終えた後、シエルと新井は入生田の代わりに町の見回りの手伝いをしていた。
「報酬は後できっちり送っておくよ、アメリアも楽しんでくれたようだ」
「それは何よりです」
ふと、入生田の携帯が揺れる。
新井とシエルはそんな入生田の邪魔にならないよう静かに高台を下りた。
「どうした、重喜」
『おっさんが秘密裏に調べとけって言ってた情報が集まったんだ。やっぱりおっさんの睨んだ通り………身寄りのない町の住人の行方不明者が不自然なまでに多くなってる』
「悪い予感が当たったか………クソが」
『それとこっちの方が重要な事なんだけど』
やけに焦って聞こえる孤境の声に、入生田の眉間が歪む。
『ごめん、俺が目を離したばっかりに………警察からの情報だけど、マルティネリが何者かに襲撃されて重体らしい。意識を失う前にマルティネリが、敵は見知らぬシュトラッサーだと言ってたみたいだけど、詳しくは、まだ。きっとこの二つは、何か関係してると思う』
「なっ………!?」
夕焼けの空は、不気味なほどに赤く染まっていた。
<続く>