手入れのされない街はここまで荒れるものかと驚いてしまう。
月光が照らす車道は、人の気配がないだけで随分と異質に見えた。
変質する風景の向こう側、彼らは目標を視認した。
燃え盛る巨人を先頭に布陣する悪魔の一団だ。
更に巨大なデビルキャリアーはここからでもその威容がわかる。
「作戦は話し合ったとおり」
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)は再度の確認を取る。
囮と追撃の2班、実質は3班体制になるこの作戦は、各個撃破の危険性が高い。
素早い展開と目標の達成が重要になる。
戸次 隆道(
ja0550)は視線を受け頷き返した。
「わかってますよ。このまま思い通りにさせるのは面白くないですからね」
手袋の具合を確かめ、拳を握り締める。
戸次の目は戦いの気配を感じ取り、赤く妖しく輝きを増している。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)はその様子を見て逆に自身の平静を確かめた。
同じ阿修羅、同じく闘気解放を扱う者でもスタンスは異なる。
何より、この状況では冷静さこそ求められる
「事態は一刻を争います。電撃戦と参りましょう」
一分一秒でも無駄に失わないために、今は理性が必要だ。
「何としても救出に成功いないと……」
雫(
ja1894)も同じく、戦いに備えフランベルジュを顕現する。
正面には敵の布陣の最前列、火炎入道が待ち構えていた。
火炎入道は撃退士の進行方向に向けて火炎の息を薄く広く放射する。
新米の撃退士であれば怯むだろうが、熱波を受けながらも立ち止まる者は居ない。
「怖気づいている場合ではない、な。出来るかどうか、ではなく、やらなければ…」
戸蔵 悠市 (
jb5251)は火炎を振り払う。まだ召喚を使うには早い。
激しい火炎の渦を抜け、十三月 風架(
jb4108)が前に出た。
「開戦の合図は盛大にね」
風架は右手でスピアを短く持ち、穂先で自身の左手を深く切り裂いた。
血液が弾け、流れてアスファルトに広がっていく。
「赤の風は死神の力…」
風架が言葉をつむぐと、血液はアスファルトへと跡形も無く吸収される。
目を見開き、正面から走りよる入道を真っ直ぐに見据えた。
「血を操り命を刈り取る力也」
次の瞬間、無数の赤い針となって炎の巨人を襲った。
脛に突き刺さった針は体内で枝分かれし、巨人を地面に縫い付ける。
「くらえ!」
すかさず九十九(
ja1149)が矢を放つ。
巨人はかざした手から炎を発し、矢を受け止めた。
足は止まったが、意識までは刈り取れなかったようだ。
強敵の予感に九十九は困ったようにため息をついた。
「やれやれ…やっぱり貧乏くじ掴んだかねぇ。自ら択んだとはいえ…」
彼が第二射をぶつける横を、仲間達がすり抜けていく。
どちらにせよ、後戻りできないのは自分だけではない。
風架はちらりと九十九を見て、ウィンクを返す。
「……ま、出来る限りやるかねぃ」
九十九は風架が飛び込むのに合わせ、第三射を放った。
●
布陣の2列目。アラクネは剣を振るって撃退士を迎え撃った。
長大な剣は節に別れ、鞭のように舞う。
囮となるため先頭を走っていたルドルフは舞う剣撃の間合いから逃げ切れない。
「!」
一瞬の痛み。ダメージの割りに傷の違和感が酷い。
これが情報にあった毒だろう。
「浄化せよ。悪しき元素を外へ」
マリア・ネグロ(
jb5597)が詠唱しながら指先で空に印を描く。
ルドルフの背に同じ文様が浮かび上がる。
猛毒は聖なる刻印の効果で霧散し、傷の痛みは気づくと収まっていた。
「助かる。いくぞ!」
ルドルフ、マリアが鋼糸を駆使して両側面から襲い掛かった。
アラクネは回避できずに二本の糸に絡め取られる。
「今のうちに行ってくれ!」
残った4人はルドルフに促され飛び出していく。
アラクネは強引に剣を振り回し、2人の拘束を振り切った。
「…刻印を過信してはダメよ?」
「わかってる」
ルドルフは不敵な笑みを浮かべた。
「あんたと俺と。どちらが先に倒れるか…まるでロシアンルーレットだね。嫌いじゃないよ?」
アラクネがそれをどう受け取ったのかわからない。
拘束されたことが気に入らなかったのか。
アラクネは打って変わって果敢な攻めに転じた。
●
一足飛びに海星が守る防衛ラインに到達する。
海星は迫る撃退士達に遠距離からリング光線を放ってくる。
みずほと戸蔵がかわしきれず足並みが乱れるが、
残った雫と戸次は構わず距離をつめる。
「間合いの中ならリング光線も使えないはずです。援護、お願いします!」
「わかりました。…はぁっ!」
答えた戸次が赤いオーラを噴出させる。
闘神阿修羅、裂帛の気合がアウルとなり戸次の周囲に赤く染める。
縮地で距離をつめる2人に対して海星は対応しきれない。
戸次が光線で後退させられるが、ついに雫が間合いに入る。
「人質は返して貰います!」
雫はフランベルジュを右から左に大振りに薙ぎ払う。
決して遅くない斬撃だが、海星は空中に逃げることで難を逃れた。
剣ではどうあがいても届かない高度だ。
ならばと雫は武器を拳銃に変え牽制に徹する。
追いついた戸次もアサルトライフルで追い回し、海星は更に距離を離した。
みずほは2人が作った隙に乗じて更に突撃する。
海星とキャリアーの間に入ってしまえばリング光線は使えない。
海星の飛ぶ位置を迂回しつつ前に出て、ようやくたどり着くが…。
「!」
海星は空を滑るように飛ぶと、あっさりと割り込み返した。
高度が高すぎて妨害もできない。
位置を取り直した海星はリング光線で再びみずほを弾き飛ばした。
「降りてきましたね!」
みずほを狙いに高度を下げた海星を狙い、雫が大きく跳躍する。
防音壁を足場に三角飛びの要領で高く飛び上がり、フランベルジュで大上段で切りかかる。
しかしこれもあと一歩のところで逃げられる。
射撃武器ならば届くが、逃げに徹し始めると直撃は難しい。
かといって無視することもできない。
阿修羅にはその高さを解決するスキルは無い。
海星はどこが目に相当するのかはわからないが、
俯瞰する視点から撃退士の様子を全て把握している。
4人がアラクネを抜けて以降、海星は低い位置に中々下りてこない。
稀に銃弾が当たる程度で、大したダメージを与えられない
「ならば…!」
構わず銃弾の雨を降らせる2人の援護を受け、みずほが果敢に飛び出していく。
下がり続ければその機動にも限界はある。
時間稼ぎをされようとも、キャリアーさえ破壊すればいい。
みずほの背中に蝶の羽ようにアウルが広がる。
[FLB]を使用し更に加速したみずほは右の拳にアウルを集中。
全力の[SLB]でキャリアーを狙う。
標的まであと数メートル。
それに対して海星は動けぬままだったが、
構わずキャリアーに向かってリング光線を放った。
「なっ…!」
キャリアーの巨体は重力を無視してはじけ飛ぶ。
右ストレートから放たれた針のような衝撃波はぎりぎりのところで外れてしまう。
「ならば私が!」
光線の隙間をぬって追いついた戸蔵はみずほの反対側、絶好の位置にいた。
「スレイプニル!」
呼びかけに応じ、影から現れた召喚獣は一直線に海星の射程を抜け、
キャリアーの列を飛び越えてその先頭の一体の前に立ちはだかった。
最初に考えた以上にキャリアーの損傷が酷い。
キャリアーは目の前に現れた障害に対して果敢に抵抗しようとするが、
動きが鈍っており捉えることができない。
振り回す触手に万が一でも当たればスレイプニルも危ういため、
これ以上接近できず誘導は困難だが、撃破するには問題なかった。
「やれっ!」
戸蔵の号令に答え、スレイプニルが突撃する。
足として使っていた触手をすれ違いざまに稲妻で撃つ。
キャリアーは回避することも出来ず、あっさりとつんのめって倒れる。
倒れたキャリアーからは収まりきらなかった人が零れ始めていた。
死に至っていないため体は維持されているが、動きは止まっている。
「道は開いた。続くぞ!」
戸次は目標をキャリアーに変更。
光線をものともせず更に踏み込んでいった。
●
風架は押されていた。
鞭の間合いは入道の炎の鎧よりも僅かに長く、
アドバンテージとしては十分だが攻撃が届かないわけではない。
入道の火力では踏み込み一歩の間違えで沈みかねない。
一方、九十九も攻めあぐねていた。
動き回る2人の間を縫って射撃を続けるのは困難だ。
風架の隙を埋めることで一定の効果を上げはしたが、倒しきる事ができない。
「使い時か…」
苦渋の選択だった。
敵の射程を読みきれていない以上リスクは残るが仕方ない。
次の矢を取り出し、目標の動きを見据えつつ一歩後ろへ下がる。
「蒼天の下、天帝の威を示せ!」
九十九が空に向けて矢を掲げると、稲妻が青い光となって矢を包む。
番えた矢を引き絞り、入道の頭に狙いをつける。
「数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊…」
収束したアウルが今にも弾けそうになるのを必死に押し留める。
その刹那、入道と目があった。
入道は手の内に巨大な火炎を集め始める。
(あいつ…!)
だが、既に矢を放つ以外の道はなし。
「蒼天風……貫け!!」
矢を放つと衝撃が腕に走る。
同時に、火炎入道から火炎弾が発射される。
放たれた矢は狙い違わず頭部を直撃。
胸までを真っ二つに引き裂いて矢は消失する。
火炎弾も発射の衝撃で動けない九十九に直撃。
爆発に煽られ、九十九は防音壁に叩きつけられる。
「九十九さん! …!?」
駆け寄ろうとした風架は足を止める。
入道は変わらず風架を見据えていた。
生きている。頭は真っ二つだが、動きは少しも鈍っていない。
頭に見えていたのは別の何かだった。
というよりは、この個体に部位という概念はなかったのだろう。
ダメージは大きいようだが、死には至っていない。
入道は再び火炎弾を収束させる。この間合いではかわせない。
せめてあと一撃。風架は最後の一撃を与えるべく、恐怖を押さえこみ前に進み出た。
●
マリアとルドルフはよく耐えていた。
「こいつ…!」
ルドルフはアルブムを手放すまいと必死に力をこめる。
アラクネの足に絡ませたところまでは良かったが、力の差は圧倒的だった。
振り回されないように、動かないように引きとめるのが精一杯だ。
「!」
アラクネが剣を振り上げ、ルドルフに襲い掛かる。
その剣をマリアはバザルトロッドで受け止めた。
「悪い。助かった」
「ふふ。貴方は少し慎重さが足りませんね」
ルドルフはバツの悪そうな顔をする。
が、マリアも叱責しているわけではない。
マリアは背を向けながら小さく詠唱の言葉をつむいだ。
ルドルフの傷が暖かい光に包まれ、瞬時に癒えていく。
ライトヒールはこれで最後の一回。十分に役目は果たした。
状況は優位に進み、ここまで敵の攻撃を全て完封。
2人の位置取りは完璧でアラクネに糸を使わせていない。
攻守を切り替えながら立ち回る2人に、アラクネは完全に翻弄されている。
アラクネの刃は恐ろしいが、浅く切り裂く事に特化している為、それ単体では脅威ではない。
刻印によって毒がほぼ無効化された以上、時間さえかければアラクネを撃破する事も可能だ。
そう、時間さえあれば。
「まずいな…」
ルドルフは今しがた走ってきた道の向こうを見る。
九十九と風架を倒した入道がこちらへと走ってきていた。
入道は見るからにかなりのダメージを受けているが、
それを受け止める余力は今の2人には残っていない。
「……私が彼を、貴方が彼女を。それでもうしばらく持ちます」
ルドルフがアラクネを、マリアが入道を。
それぞれに決定打を持たないが、向こうの一撃も決定打足り得ない。
「それしかないか」
あと1人居ればと、無い物ねだりをしてしまう。
キャリアー破壊に人を割きすぎて、手薄になりすぎた。
それも今考えても詮無い事だ。
2人の戦いはあっけなく終わる。
それでも最後まで果敢に戦い、2人は稼いだ時間を仲間に託した。
2人が自分達の結末を知るのは、本部で目覚めてからとなった。
●
キャリアーは全て破壊した。
敵がおらず、時間さえかければ全員を連れ帰る事も可能だろう。
輸送用の車両も雫の連絡で手配済みだ。
しかし、条件は整いそうになかった。
「良くない状況ですわね…」
みずほは目の前に立ちふさがる3体のディアボロを睨みつける。
アラクネ、入道のどちらも大きな怪我を負っているが戦闘に支障なし。
問題は海星だった。長い時間をかけたものの、直撃はほぼなし。
無傷ではないものの、撃破は困難。
その3体の傷も微々たる速度ではあるが癒え始めている。
ヴァニタスの放つ魔力の影響だろう。睨み合う時間ですら状況は悪化する。
キャリアーを庇いながら、3体のディアボロを相手にどう戦うか。
避難は進まない。苦しい戦いの最中、ついに刻限が来た。
「撤退しろ。作戦は失敗だ」
通信の主は無慈悲に告げる。
「私達はまだ戦えます。なんとかなりませんか?」
「お前達を拾うので精一杯だ。仲間を担いで引き上げろ」
見れば車両は全て引き上げている。
命令は浸透し、拒否を許さない。
みずほは歯噛みする。それでは何のためにここまで戦ったというのか。
「ここまで来て諦めろと言うんですか!」
「では聞くが……その人数を載せるだけの車両を、誰が、どうやって守るんだ?」
疲れた声はそれでも明瞭に簡潔に、既に事態が詰んでいる事を告げてきた。
海星は健在で今も空を飛んでいる。
キャリアーを弾き飛ばすことが出来る彼の光線なら、
バスも容易にはじけ飛び、横転するのが目に見えている。
そして、撃退士達ではそれを守りきることは出来ない。
唯一対抗手段である戸蔵のスレイプニルも既に失われていた。
「わかったら戻って来い」
みずほは拳を強く拳を握り締める。
「……悔しいのは皆同じだ。行くぞ」
戸蔵はみずほの肩を強引に引き、来た道を引き上げていった。
ディアボロ達は撃退士達の背中を見つめながらも、追撃することは一切なかった。
●
撃退士達の撤退後、しばらくしてデビルキャリアーを含む悪魔の部隊が合流。
一度は救出された人々を再び飲み込み、敵の本拠地へと順次帰還した。
この段階でのミスの反省から護衛は増員され、戦力は倍以上に膨れ上がる。
撃退士達はいよいよ仕掛けるチャンスを失い、彼ら1000人を諦める事しか出来なかった。