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マスター:桂樹緑
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/15


みんなの思い出



オープニング

 とある校舎の裏手に、ちょっとした山林が広がっている。
 大学の農学部が所有している、研究用の土地だった。
 農学部というからには、そこで行われる研究や実験というのは、当然農業に関するものになる。
 具体的に言えば、そこでは茸の栽培が行われていた。
 山中の農地に、本当にありとあらゆる種類の茸が栽培されている。シメジ、ナメコダケ、マッシュルーム、椎茸、舞茸、岩茸……そして松茸。
 もっとも、松茸はまだ実験段階だ。完全な養殖栽培には成功しておらず、現時点では椎茸をベースにした「松茸っぽい椎茸のような何か」以上の存在にはなれていない。
 だがそれでも、付近住人や一部事情通の生徒たちの楽しみとなるのは十分だった。
 毎年十月ごろ、秋の深まりを迎えると、実験用の山林は彼らのために解放される。ささやかな入山料と引き換えに、彼らが秋の味覚を存分に楽しむイベントとなっていた。

 しかし、今年は違った。
 実験区画の開放から数日後。学園当局に、ひとつの報告が届けられた。
 それは大学のワンダーフォーゲル部の遭難についてだった。
 知らせを聞いた担当者は、こう思った。「こんな低い山で遭難なんてするわけない」と。
 山の怖さというのを、彼はよく知らない。せいぜいが一般常識レベル──新聞やニュース、インターネットで知りうる程度のものだ。
 だから遭難者が出た、という連絡を受けたとき、にわかには信じられなかった。
 しかしその認識を、彼は即座に改めることになる。
 ワンダーフォーゲル部というのは、いかつい語感から受けるイメージに反した、比較的おだやかな活動内容を持っている。
 その実態はいわゆる山歩き──ハイキングやトレッキングに近い。同じ山を活動領域とする山岳部に比べると、ハードさという意味では比較にならない。
 要するに、危険やスリルからは縁遠い、ということだ。
 そんなワンダーフォーゲル部の面々が、あろうことが学園の裏手にある山の中で消息を断ったと言われても、にわかには信じられなかったのは、当然だろう。

 当局による調査の結果、遭難したワンダーフォーゲル部のうち、ただ一人だけ下山に成功した学生がいる、ということが判明。
 早速コンタクトを取り、彼に対する事情聴取が行われることになった。
 だが……それすらも、一筋縄ではいかなかったのだ。

「いやだ」
 ワンダーフォーゲル部の生き残り──便宜上こう称する──である青年は、接触を図った学園関係者に対して、短く一言だけ告げた。
 無理もない話ではあるのだ。
 生き残った彼を支配しているのは「恐怖」の二文字。トラウマとかPTSDとか、今の状態を示す言葉は数あれど、つまるところはシンプルなその感情が、彼を頑なにさせていた。
 しかし、学園当局も子供の使いではない。黙って引き下がるわけにはいかないのだ。
 なにせ、人が数人も行方不明になっている。すでに、放っておける状況ではない。
 事態を収めるため、最終的に撃退士を招集することになるとしても、依頼者として出来る限りの情報を集めておかなくてはならなかった。
 なだめすかし、機嫌を取り、最後にはおどかして、ようやく証言を取ることに成功した。

 味わった恐怖が忘れられないのか、たどたどしく話す彼の言葉をまとめると、こうだ。

「この世のものとは思えない、巨大な獣に襲われた」

 話を聞く限り、最初のうち、彼らの野外活動は順調だったらしい。別に初めての山歩きというわけでもなく、何度もすでに歩いた道だったからだと、青年は語った。
 だがしかし、だ。
 楽しいはずの活動は、“それ”と出会った瞬間に、地獄絵図と化した。
 青年の言葉は少なく、また恐怖から逃げるためか、記憶はあいまいであるため、仮定の域は出ないが──“それ”はおそらく「熊」であったのだろう。
 山歩きで熊と出会ってしまい、襲われるという事件は、さほど珍しいものではない。日常茶飯事とまではいかないが、一年に一度くらいは、耳にすることのあるレベルだ。
 彼らとて、そのくらいの知識はもちろんある。笛を持つなど、熊よけの準備はそれなりに用意してあった。
 しかし彼の証言によれば、パーティーを襲った熊は、そんなものにはまるで怯む様子を見せなかったという。
 熊から逃げ、まこうとした彼らの仲間を、正確に追い詰めたと、彼は怯えた表情で語った。まるで、どこに逃げるのかが分かっているかのように。

 ちょっとした専門書でも紐解けば分かることだが、熊という生き物はかなり頭がいい。だがいくらなんでも、人間の行動を先読みして追い詰めるというほどの知性はを持っているとは、考えがたいものがある。
 それに何より、彼らの中には現役の撃退士である者が混ざっていたのだという。ならば、熊の一匹や二匹、どうにかならぬものではないはずだ。
 しかし現実には、彼らは抵抗する間もなく倒され、そして為す術なく捕まってしまった。
 そう、「捕まってしまった」のだ。その場で殺された、という事実はない。
 生き残りの彼が見ている前で、気絶した仲間たちをまとめて咥え、引きずりながら、山奥へと消えていったのだという。

 彼の証言により、その事実を理解した当局は、ひとつの仮説──ただし、それは相応に確信めいていた──を立てた。
 戦力・体格・外見的に考えて、ワンダーフォーゲル部が遭遇した“それ”が、ただの熊ではなく、ディアボロ化した存在であることには、ほぼ疑いがない。撃退士をものともしないような野生生物など、ありえないと言い切ってよいからだ。
 しかしディアボロだとするならば、なぜ被害者を即座に殺さなかったのか? 悪魔の眷族らしからぬ行動──その点についての疑問があった。
 学園側に意見を求められた識者たちが集まり、会合を開いたが、なかなか明確な答えは出せず、時間ばかりが過ぎていく。
 そんな中、動物の生態に詳しいエソロジーの研究者が、ふと口を開いた。

「……もしかして、冬ごもりの準備なのでは?」
「「「それだ!!」」」

 結局のところ、ディアボロ化していても、それは「熊」だったのだろう。
 秋が深まると、来たる冬に備えて保存食料を集める──そういう野生の熊の習性が、ディアボロとなった今でも、行動原理の中に組み込まれているのだろう。
 即座に殺してしまわなかったのは、ただの僥倖だったのかもしれないが──そう考えると、部員たちの生存に、一縷の望みはまだあった。
 そして同時に、時間との勝負でもあった。

 学園側は、即座に撃退士たちに依頼を発令する。
 内容は、熊型ディアブロに捕獲された人々の捜索と救助。だが、熊型ディアボロの討伐については、依頼に盛り込まれなかった。
 これは、「あえて」だ。あくまでも最優先事項は、さらわれたワンダーフォーゲル部の部員たちの救出にある。その目的を果たせずに、ディアボロのみを討伐しても意味はない。
 それに、ワンダーフォーゲル部に所属していた撃退士さえ、倒してのけたほどの相手でもある。救出と討伐を同時にこなすことが許されるほど、状況が甘いとは考えにくかった。
 それは撃退士たちを想う老婆心であり、同時に冷徹な打算だ。
 学園側は撃退士を信頼し、依頼の成功を信じてはいたが──同時に、これ以上の二次遭難、二次被害を起こすことを、心の底から避けたいと願っているのも、また真実だったのだ。


リプレイ本文

 乾いた枯れ枝が、パキリと音を立てる。
 静けさに包まれた森の中では、それはあまりにも大き過ぎる音のように錯覚できた。
「熊に、縁があるわね……わたくし。童話だと可愛げもあるけど、『人さらい』では、可愛がることもできないわ。まったく残念ね」
 お嬢様然とした身なりのシュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)が、木の幹につけられた爪痕を調べながら、小さく息を吐いた。
「……ふぅ。このあたりも縄張りみたいね」
「熊ベースのディアボロとはいえ、何処まで熊でいるのか……羆並に好奇心の強いヤツなら、こうしているうちに寧ろ向こうから来てくれそうですが」
 ライフルを背負った小柄な少女──ジェイニー・サックストン(ja3784)が、彼女に同意する。
「もう少し、獣道を奥に入ってみますか? 足跡を追うなら、それしかないですよ」
 ハーヴェスター(ja8295)が、生い茂った枝をかき分けながら言った。
「他の餌場は?」
「事前調査では、ここで最後です」
「人が歩きやすい場所は獣も歩きやすいといいますし、餌場なら何らかの手がかりが残っていると思ってましたが……これ以上の情報を集めるのは、難しそうですね」
「でも、足跡を見失わなかったのは幸いだわ。諦めずに追っていけば、必ず追いつくわ」
「……じゃあ、決まりですね。後続班に定時連絡を入れてから、先に進みましょう」
 まとめるように言ったジェイニーの言葉に、ハーヴェスターとシュルヴィアは頷いた。


 今回、依頼を受けた撃退士たちは、自分たちを二つのパーティーに分けていた。
 ひとつは、ディアボロと巣を捜索し、状況に応じてディアボロの誘導を行う先行班。そしてもうひとつが、ディアボロの隙を突き、巣から被害者を救出する後続班だった。
「……うん、分かった。獣道は足場が悪いことも多いから、十分に注意をしてね」
 スマホで話をしていたのは、高等部の諸伏翡翠(ja5463)。後続班では、彼女が先行班との連絡担当だ。電話の相手はハーヴェスター、彼女があちらの連絡担当になっている。
「先行班の人たちは、なんと……?」
 彼女に声をかけたのは、今回のグループ内では唯一の男子生徒木花小鈴護(ja7205)だった。
「ディアボロ及び巣の発見はまだだって。ただし……」
「ただし? 何かいい発見でもあったんでーすかー?」
 独特の口調で、狂々=テュルフィング(jb1492)が聞き返す。
「足跡を追跡して、少し奥まった獣道を進んでみるって言ってるよ」
「そうなんですか……先行班の皆さんには、気をつけてほしいな……」
「気になることでもありまーすかー?」
「うん……熊は待ち伏せしたりするくらい、頭が良いんだ……人間の想像を超えた行動をしてくるんだよ」
 ぶるり、と小鈴護が体を震わせた。
「……ともかく、今は少しでも早く被害者を探すしかないよ。こっちも頑張ろう」
 翡翠の言葉に、狂々が黙って頷く。
 小鈴護は森の奥に目を向けながら、わずかに表情を険しくした。
「本当に……ワンゲル部の人たち、無事でいてほしいな……きっと救助を待ってる。早く助けに行かなきゃ……」


「それにしても……本当に、知恵の働く動物ってのは面倒ですよねぇ。天敵が居ないから調子に乗っちゃって、まぁ」
 ハーヴェスターを先頭に、がさりと木の枝をかき分けながら、三人は慎重に奥へと進んでいく。
 もっとも、そうそう急ぐことはできない。積み重なった落ち葉の中から足跡を見分ける作業は困難を極める。足を早めれば、それを見失ってしまうのだ。
「熊の天敵って、何ですか?」
「さあ? でも、熊型ディアブロなら、天敵になりそうな存在に心当たりがありますよ」
 後ろに振り向くと、不敵な笑みを浮かべるハーヴェスター。
「ディアボロの天敵、それは私たちに決まってるじゃないですか」
「とは言っても……討伐依頼じゃないからね。救助第一に、頑張りましょう」
「ええ、もちろんですよ」
 釘を刺すようなシュルヴィアの言葉に、異論はない。すでに被害者の中に撃退士がいるのだ。つまらない功名心に逸るほど、ハーヴェスターは自分が未熟な精神をしているつもりはなかった。
 そう、撃退士がいた──というあたりで被害者のことを思い出し、彼女は携帯の中に記録しておいたメモを再確認する。
「事前に調べたところ、被害にあったワンダーフォーゲル部の面子は五名。『保存食』とするには十分です。ディアボロはすでに巣に籠っている可能性も、考えられますね……」
 悲観的な予測に、彼女の眉根がわずかに寄せられる。
「でも、後続班からも、特に何の連絡もないのでしょう?」
「ええ。こちらが捜索のメインとはいえ、索敵は向こうも行なっているはずですが……網に引っかかったということは、ないようです」
 状況は停滞していると言っていい。三人の顔も、浮かない表情だった。
「ともかく、ディアボロと巣を見つけないことには、話にならないわ。少し、急ぎ……」
 シュルヴィアが今まさに足を踏み出そうとした瞬間、動きをピタリと止める。
「……!」
 ほかの二人の表情も厳しくなる。
 瞬間、ハーヴェスターが小柄な二人を脇に抱え、藪へと潜り込んで『遁甲の術』を使った。気配が周囲に溶け込み、まるでそこには最初から誰もいなかったかのように静寂だけが取り残される。
 遠くから、地響きのような音が聞こえた。それはゆっくりとした、そして規則正しい音だった──まるで、『足音』のように。
(……ビンゴ! ですね)
 心で声をあげたジェイニーの視界が、すうっと大きな影に覆われる。
「!?」
 一瞬、何事かと思ったが、すぐにズン、ズンという足音ともに、『影』は遠ざかっていった。
 そして、彼女は見た。
 小山ほどもある、巨大な毛むくじゃらの『塊』。その存在質量の大きさに、思わず息を呑む。
 考えるまでもない、これこそまさしくワンダーフォーゲル部を襲ったディアボロに違いなかった。
(か、可愛らしさは微塵もねーですね、このテディは……!)
 ジェイニーの感想をもっともだ。
 確かに熊だった。熊である。しかし大きさが、尋常なものではない。なるほど、これでは一人や二人の撃退士では手が出ないのも無理はない。
 幸いにして、ディアボロは三人に気づくことはなかった。もっともそれを確認するすべはなく、ただ悠然と通り過ぎて行ったことから、そう判断したまでのことだったが。
 しかし、これで第一の目的は果たした。あとは、追跡を始めるだけだ。
「……ハーヴェスター、エンゲージ。目標監視に移行」
 携帯を使って、後続班に連絡を入れる。余裕の表情こそ崩していないが、そのたたずまいには、緊張感をまとわせつつあった。


「……これ、本当に巣穴なの?」
 どこか呆れたような、翡翠の言葉が全てを物語っていた。
 先行班が、ディアボロの追跡を初めて数分後。
 しばらくの捜索ののち、後続班は、ディアボロの『巣』を、あっけないほど簡単に発見していた。
 それは、木の根元に掘られた穴。巨大な穴だ。
「奥から何か匂いまーすよー?」
 くんくん、と鼻を鳴らす狂々。
「これ……ハチミツの匂いじゃない?」
「うん、そうだね……保存食として、溜め込んだんだと思う……」
「調べてみようよ、もしかしたら被害者も近くに!」
 急いで、ハチミツの香りの源へと三人は駆け寄った。
「こ、これは……」
「……言うなれば、人間のハチミツ漬け、かな……?」
 そこにいたのは、ハチミツのプールに漬け込まれた被害者の姿だった。
 数はきっかり、事前調査の通り五人揃っている。どうやら、先んじてディアボロの夕餉となってしまった犠牲者はいないようだ。
 だが全員、肉体的にも精神的にもめっきり衰弱してしまい、口もきけないようだ。
「と、とにかくまずは助け出さないと!」
「うん……分かってる、けど……」
 どこか、思案げな顔をしながら、ハチミツを指ですくいとる小鈴護。
「けど? 気になることでも?」
「これ、ただのハチミツじゃないと思う……粘性とか、臭いとかいろいろ変なんだ……たぶん、熊の……ディアボロの唾液が混ぜられてるんだと思う……マーキングの可能性がある。最悪、このハチミツに混ざる唾液の臭いを、ディアボロは追ってくる……」
「……洗い流してる余裕はないよね……。ともかく、被害者を早く助け出しちゃお? 私はその間に先行班に連絡しておくから、ディアボロが巣穴に戻ってこないように頑張ってもらおう」


「そう、大丈夫だから。皆で手を繋いで山から下りるよ。一緒にね」
 翡翠が被害者たちに、優しく声をかける。
 小鈴護の用意していた携帯用の栄養食と水を与え、自力で歩ける程度には被害者を回復させた後、後続組は下山を開始した。すぐにディアボロを観察中の先行班も合流する手はずになっている。
 順調ではあったが、時間はあまり残っていない。現在はすでに夕方だ。なんとしても日が落ちるまでに、下山したかった。
「さあ、怖がらなくても大丈夫。貴方達はたまたま運が悪かっただけ。本当の山は素敵なところだから……怖くないよ」
 精神的に参っているのか、ディアボロと出くわすことを、被害者たちは過度に恐れていた。それをなだめるだけでも、一苦労だ。
「ん? あれは……?」
 殿として集団の最後尾についていた狂々が、ひさしのように手を掲げて目を凝らす。
 そこには、人影が三つ。見覚えのある姿だ。
「おおっ! 先行班の人たちでーすねー?」
 ここですよーと言わんばかり、手を振り返す。だが様子がおかしい。狂々のことなど眼中にないかのように、必死に走っている。
「どうしたの? 何かあった? もしかして、ディアボロ見失った」
 翡翠がスマホに向かって尋ねる。
『違います! 風向きが変わったと思ったら、急にディアボロが走りだしたんです! 予想以上に速い! すぐそこに現れます!!』
 電話口のハーヴェスターが言うが早いか、潅木をへし折りながら、巨大な影が姿を現した。
 この世のものとは思えない咆哮が、朱色の空を震わせる。
「……確かに速い! けど、やらせないっ!」
 被害者たちの前に、三叉の槍を構えた翡翠が立ちはだかる。
 彼女を襲う咆哮、そして烈風。巨木をも切り裂く爪は、かすめただけでも少女一人を吹き飛ばすには十分だった。
「あうっ!?」
 地べたに転がることはなくとも、受け止めた衝撃は両腕をしびれさせ、槍を構える力すら、ただの一撃で奪い取る。その余波は真空の刃となって、彼女の服や頬に傷を刻んでいた。
「翡翠さん!」
 小鈴護が彼女に駆け寄り、アウルの輝きで彼女の傷を癒す。
 だが翡翠が決死の覚悟で作った隙に、先行班の三人も追いついていた。
 囮になるようにディアボロの前に割りこみながら、シュルヴィアが言う。
「あなたたち、生きてるなら聞いて! 小鈴護さんの言うとおり、ディアボロは巣のハチミツの匂いに反応するわ! 風向きが変わったときに反応したから間違いない! そのハチミツがあれば、誘導に使える!」
「やっぱりね……よし、被害者から上着を脱がせる……!」
 翡翠と小鈴護が、すぐさま被害者のハチミツにまみれた上着を脱がせる。
「服を囮にしましょう! 熊は自分の獲物に強いこだわりがあるんです! だから、こうやって目を潰してしまえば……」
 ジェイニーが持っていたペンライトを、ディアボロの目に向けて照らす。網膜を焼く強烈な光に、苦悶しながら顔をそむける熊型ディアボロ。
「これで、鼻しか頼れません! ディアボロを騙せます!」
「やりましたー! だったら後はこれで……!」
「ちょっと汚いけど、この際しかたないわね」
 狂々とシュルヴィア、そしてハーヴェスターが、ハチミツにまみれた被害者たちの上着を拾い上げると、それを旗のように振り回して、ディアボロを誘う。
「さあ、こっちですよ……! こっちに来てください、こっちがあなたの『獲物』ですよ」
 じりじりと後退りしながら、熊を被害者やそれを守る翡翠たちより引き離す。
 ディアボロは焦れているのは、彼女も肌で感じている。じりじりと間合いを保ちながら、少しずつ、少しずつ被害者たちと距離を取る。
 思惑通り──ではあったが、同時に囮役たちも追い詰められつつあった。
 あまりにも必死にディアボロを誘い過ぎて、足元まで注意が回らなかった。今、後退りしている三人は、急斜面の崖っぷちへと追い詰められつつある。
 ディアボロが焦らず、様子を伺うようにじりじりと近づくのは、それを分かっているからなのだろう。
「……狂々さん、ハーヴェスターさん、一、二の三で飛びましょう。わかるわね?」
「ええ、大丈夫です。把握できてます」
「わっかりましたー!」
 囮役、と言っても悲壮感はない。三人はただなすべきことをやる、といった雰囲気の表情を浮かべていた。
「「「一、二の……サンッ!」」」
 三人が声を揃えて、身をかわしながら崖下へと上着を放り投げたのと、ディアボロが突進してきたのは、ほぼ同時だった。
 だが熊ディアブロも馬鹿ではない、とっさに爪を地面に突き立て、急ブレーキをかける。
 だがそんな千載一遇の好機を、見逃す法など撃退士にはない。
「背中ガラ空き! カッキーン! なのでーす!!」
 ディアボロの背中を、勢い良く振り回された狂々のバットが痛打し、大きくバランスを崩す。
 ガラガラと音を立てて、ディアボロの重量を支えきれなくなった崖っぷちが崩れ始める。なんとかしようと必死にもがくが、熊ディアボロは自らの重さが起こした土砂崩れに足を取られ、そのまま巻き込まれて──崖下へと、消えた。
「さあ、今がチャンスよ、急いで下山しましょう! あいつが起き上がって来ないうちに!」
 シュルヴィアに言われるまでもない、とばかりに、一行は急ぎその場を離れ、下山を再開するのだった。


 それ以降、熊型ディアボロに襲われることはなかった。
 一行は無事に下山し、麓へとたどり着くと、被害者たちを待機していた救急隊員に預ける。
「やっと終わりまーしたー!」
「お疲れさま。今さらだけど、囮の人たちも怪我はない?」
 最後の最後、身体を張ったシュルヴィア、狂々、ハーヴェスターの三人を、翡翠がねぎらう。
「あなたのほうこそ。まともに受け止めたでしょう?」
「小鈴護さんに、癒してもらいましたから平気ですよ」
 にこりと笑う翡翠。その後ろでは、小鈴護が照れ臭そうに頭をかいている。
「……あのディアボロ、これからどうなるのでしょう?」
 一人山を見つめていた、ジェイニーが呟く。
「いつかは、討伐令が出るかもしれない……悪いのは山でも、ディアボロでもない。誰の、何の所為でもないのにね」
 翡翠の言葉は悲しそうだ。
「悪魔の手によって捻じ曲げられてしまっただけなのよ。あの人たちも、山を嫌いにならないでくれればいいのだけど……」
 機会があれば、その想いを伝えに、お見舞いにでも行こうか。
 翡翠は、そんな風なことを考えていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 弱きものの楯・諸伏翡翠(ja5463)
 キャー!オバケー!・狂々=テュルフィング(jb1492)
重体: −
面白かった!:3人

闇に潜むもの・
ジェイニー・サックストン(ja3784)

大学部2年290組 女 バハムートテイマー
弱きものの楯・
諸伏翡翠(ja5463)

大学部4年151組 女 ルインズブレイド
古多万の守り人・
木花 小鈴護(ja7205)

高等部2年22組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
ハーヴェスター(ja8295)

大学部8年132組 女 インフィルトレイター
さよなら、またいつか・
シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)

卒業 女 ナイトウォーカー
キャー!オバケー!・
狂々=テュルフィング(jb1492)

大学部3年164組 女 ディバインナイト