●ゲーム開始
「‥‥相変わらずの慎重さね」
ため息を一つ付く。
今回参戦したメンバー内では恐らく最も敵――八卦が『湖』、ロイ・シュトラールを良く知る彼女、月臣 朔羅(
ja0820)は、後ろにいる仲間たちに振り返る。
「どう? ――って、こんな重大な時に、何してるのかしら?」
その目線の先には、ガチャガチャとスマホを弄るルーガ・スレイアー(
jb2600)の姿が。
「『またあの変質者登場なうでうんざりなう( ´∀`)』 ‥‥送信、と」
何やら、どこかのサイトへの投稿を行っていたようだ。
「とりあえず、この場からの生命探知は異常な反応無し。‥‥って言っても、範囲の外だったり、あちらさん隠蔽魔術の方が強いって可能性もある。油断は出来ないね」
代わりに、アサナエルが頭を掻きながら答える。
「そこに座ってる『椅子の人』はどうなのだー?」
「生命反応はちゃんとあるよ」
ルーガの問いにアサナエルが再度、答える。
「ま、そのまま調査は続けてくれ。ちょっくら俺たちで、殲滅してくるからよ」
赤坂白秋(
ja7030)が、にっと笑いかける。
「ただ、どっかから隠れて襲ってくる可能性はある。油断すんなよ」
「ああ、通しはしねぇさ」
マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)が、不敵な笑みで返す。
守りに特化した、その能力。
『王様』の直衛には、これ以上ないほどに適していた。
「それじゃ、ゲーム開始と行こうか!」
●本陣を固めて
「んー、怪しい物はねぇな。まぁ、そもそもアサナエルの生命探知で反応しなかったんだから、当然か」
討伐チーム五人が前進を始めた後。
冥魔認識で周辺の『物』に至るまでを調べ回ったマクシミオが、頭を振る。
無論、一刻もその警戒に怠りはなく、何かあれば即座に庇護の翼を展開できる用意をしたままだ。
「これも人間みたいだなー」
俯いたまま、一言も発さないエイルを、『中立者』で調べたルーガもまた、異常を発見できては居ない。
「最初や最後の宣言ぐらい姿を見せたまえよ。招待客に対して無礼とは思わんのかねぃ?‥‥ま、それはそれとして。椅子も実体だ。何なら攻撃を仕掛けてみるか?」
コンコン、と椅子の足を叩くのは皇・B・上総(
jb9372)。
「やめとこう。ロイに今攻撃の口実を与える事もねぇ」
ルールには椅子に束縛された状態からの解除を禁止する、との記述もある。
「うーん、届かないなー」
前線を見やるルーガ。ここから、襲来する敵の中から――一般人を探知できればよかったのだが。流石に部屋が大きすぎる。全力で駆けて行く味方の背には、調査所か、支援すら届くまい。
――今は、ただ事態の展開を見守るのみだ。
●疾風が如く
朔羅の速度は、圧倒的であった。
この広大なる部屋の『長さ』は、彼女の前には障害足りえていない。恐らく、この場にいる敵の想定より遥かに速く。彼女は敵に接近する。
「流石にこのまま突っ込めは‥‥しないか」
戦闘の準備を整えるため、速度を少しだけ落とす。
疾駆は多大な距離を詰めるには良いのだが、小回りが利かない。そのまま飛び込めば的になるだけだ。
想定より早かった彼女の接近に、敵――ゲームで『革命軍』と称されるディアボロと一般人の混合隊も、慌てて迎撃の準備を整える。それが成される前に、彼女の胸の前で印が組まれる。
「先ずは――動きを封じる!」
伸びる髪の幻影。それが敵の一体を捕縛し、その場に縛り付ける。完全に動けないわけではないだろうが、その場から移動する事を封じた形だ。
「もう一体‥‥!」
再度印を組むが、敵もそれを許す程甘いわけではない。即座に1体が、朔羅に向かい飛び掛る。だが、独自の忍術に基づいたその体術は伊達ではない。振り下ろされる刃の下へと、更に体を曲げて潜り込む。
手を敵の腹部に当てる。回避しようのないこの距離から放たれたアウルが、髪の幻影となり二体目の敵をも縛り上げる。
(「ディアボロね」)
触れた手の手触りが、それが『人間でなかった』事を物語る。
ならば、と紅炎の刀を抜刀し、そのままの勢いで斬りかかる。刃は体に食い込み、炎が敵を焼く。だが。
「‥‥抜けない!?」
掴まれた。そう感じた瞬間、朔羅は刀を放して脱出しようとするが、不定形なスライムはその腕を変形させ、彼女の腕をもしっかりと捉える。
「っ、この程度で‥‥!」
捕縛された状態で尚、その腕を支点にして跳躍し、足への薙ぎ払いを回避できたのは、流石と言うべきか。然し、空中に浮いた状態では、力の入れようもない。掴んでいたスライムがその腕を猛然と振り下ろし、彼女を地に叩き付ける!
「ぐぁ‥‥!」
そして、押し寄せた残りのディアボロが、一斉に攻撃を開始した。
●セカンド・ウェイブ
「くそがぁ‥‥っ!」
前方の朔羅の状況を見て、『猛銃』赤坂白秋は、更に足に力を入れる。
――朔羅は余りにも『速過ぎた』のだ。
元より彼女の移動力は、メンバー中でも突出していた。お互い全力移動をしていても、それは変わらない。
フィールドがもう少し狭ければ、誤差の範囲で済んだのだろうが。フィールドが広いせいで、移動時間が僅かながら長くなり、その分、他のメンバーとの差が、広がってしまったのだ。
――白秋たちが、敵を射程に入れたのは、既に朔羅が倒れた後となる。
「先ずは識別のため、ってね。いきますよー!」
咆哮が、周囲に轟く。
黒葛 瑞樹(
jb8270)の放ったそれは、天魔には効を及ぼさず、然し一般人を恐怖させる特殊な音色。
明確に怯み、後退を始める敵の内の二名。
「見えましたよね?」
「ああ。‥‥先ずはその武器、砕かせてもらうぜ!」
銃を構える白秋。その隣から、襲い掛かるディアボロ。
「あーもう、邪魔しないでほしいのですよ?」
瑞樹のワイヤーが薙ぎ払うように振るわれ、ディアボロに巻きつく。ワイヤーを通して伝わる衝撃が、そのディアボロの動きを止める。
「ぶちぬいたらぁ‥‥っ!?」
白秋がトリガーを引くその瞬間。然し別のディアボロの剣が振るわれる。狙いは、その武器である蒼の銃。衝撃で壊れる様な事はなく、衝撃によって武器を手放す事も何とか避けた。だが、狙いは『ずれた』。
元より、怯えて後退しながらとは言え、『構えられている』武器を狙うのは、人の頭に載せたリンゴを狙うような物。
それで、衝撃によってズレれば、どうなるか。
「あ‥‥っ!?」
胸を貫かれた者が、その口から、血を吐き出す。
まるで用済みとでも言うかのように、彼の手から、剣のディアボロは離れ、そのまま白秋に向かって毒針を放つ。
「‥‥ったく、悪趣味な‥‥!」
応射。驚異的な精密度を誇る白秋の連射が、一本残らず毒針を打ち落とす。
だが、数で不利だ。
B班は、通常移動による移動速度の差のため、白秋たちからは離れている。そして、白秋と瑞樹は、両方防御向きの能力ではない。
「気持ち悪いですねー。まるで蟻のように群がってきて――!」
瑞樹のワイヤーによる薙ぎ払いが、また一体、白秋に飛び掛ろうとした者の動きを止める。が、先ほど意識を刈り取った一体が、意識を取り戻したようだ。その剣と化した腕が、後ろから奇襲し、彼の足を貫く。
振り向きざまに、振るわれるワイヤー。だが、目の前に押し出されて来たのが、先ほどの一般人――スライムたちに無理やり押し出されてきたのか――である事に気付き、僅かに動きが鈍る。
その一瞬の隙を突き。剣は変形。槍状となり、瑞樹の腹部を貫いた。
「ただで倒れるのは、ちょっと‥‥不満なのですよ‥‥?」
倒れる寸前。彼の手のワイヤーが、まるで生き物のように、付近のスライムに巻きつく。
奇しくもそれは、先ほど朔羅に斬られた一体。倒れる勢いそのままに瑞樹はワイヤーを引っ張り、そのスライムを絞るように、解体した。
「こりゃ、幾らイケメンの俺様でも、ちょっとヤバイかもな」
迫り来る七体の敵。恐らく、自分は味方の到着までは間に合わないだろう。
それでも、少しでも味方に有利になるように。双銃を構え、白秋は、『攻撃』を開始した。
●対集団
B班――アサニエル(
jb5431)と咲村 氷雅(
jb0731)の二人が接敵したのは、白秋が奮戦し、倒れたその直後であった。
「‥‥とりあえず、よくわかんないのは無しの方向で行くよ。先手必勝‥‥ってね!」
敵の中央への跳躍。そのまま、アサニエルは掌を床に全力で叩き付ける。接触した部分から地に紋様が走り、交差して陣を織り成す。
力の発露を封じるその陣。それは飽くまでも『布石』。スライムガードの庇護能力を封じるための一手。
――直後、空を舞う幻影の青い蝶。それは全ての敵の視界を等しく覆いつくす。
視力のみではない。その羽ばたきは聴力をもかく乱し、完全なる混乱をその場に生み出す。
「今度こそ‥‥その幻想を壊させてもらう‥‥と言いたいところだが難しそうだな、今回も」
苦い顔で、場を蝶で覆いつくした張本人――氷雅は呟く。
「全員実体だよ。ディアボロか人間かは分からないけどね」
視界を封じられ、敵が混乱しているうちに仕掛けられたアサニエルの生命探知が、『異常がない』事を伝える。だが、誰が一般人かは分かりにくく。
――識別能力を持つ味方、例えばルーガやマクシミオが付いてきていれば、もう少し速く一般人の識別が行えたかもしれない。アサニエルと氷雅の二人のみでは、敵の挙動から識別するしかなく、それは彼らの攻撃の手を大きく鈍らせていた。
「退いてろ!」
触れた手触りからディアボロと判断し、至近距離からアサニエルは霊符をその敵へと貼り付ける。
光の弾が目標を焼き尽くす。白秋の奮戦が既に、それの体力を削っていたのだろう。
その背中から、一体の『革命軍』が斬りかかる。
直撃。然し、彼女はそれほど痛がる素振りをも見せず、そのまま光の弾をカウンターで頭部に叩き込み、それを粉砕する。命を失ったスライムの形は崩れ、そのまま溶けていく。
アサナエルの防御力が圧倒的であったと見るや、ディアボロたちは目標を変える。
次々と氷雅に襲い掛かる斬撃の数々。元より攻撃偏重である氷雅には少し荷が重く、彼の傷は増えていく。
「ほらほら、スライムの餌になりたくなきゃキリキリ働くさね」
軽口を叩きながらも、その手には一刻の休みもなく。
アサナエルは回復の術を氷雅に放つ。然し、やはり数の差は大きい。
「ならば‥‥こうする!」
氷の剣が、氷雅の眼前に出現。それが地面に突き立てられた直後、周囲の地面から次々と氷の棘が突き出し、周囲一帯の敵に突き刺さる。冷気が、眠りへとディアボロたちを誘う。
「やったか!?」
直後。眠気に耐えたのか。動き出したディアボロの一体の剣が、彼の背中に突き刺さった。
「もう一度!」
アサニエルが、再度封印の陣を展開する。
が、先ほどの咆哮の効果が完全に抜け切っていないのか。及び腰でやや後方に位置していた一体――すなわち一般人とマッドウェポンが、効果範囲から外れていた。
放たれる毒針。それを咄嗟に腕でガードする。ダメージはほぼないに等しいものの、毒は避けられない。
「参ったねこりゃ‥‥」
先ほどの氷雅の一撃で、また二体の敵は倒れた。
だが、毒がある以上‥‥状況は、ジリ貧であったのだ。
●最終防衛線
「来るようだ。油断しないでねぃ」
皇が、前方から襲来する『革命軍』を見据える。制限時間は残り半分と言った所か。耐え切るにはやや厳しいし、何より予想通りならば――
「‥‥今回、ヤツはまともにゲームする気無いねぃ。 ――ルールのとある文言…アレが全てを台無しにしているねぃ」
故に、その前に敵を殲滅、ないし無力化し。脱出する必要があったのだ。
――襲来した敵は三体。スライムと、一般人が持ったマッドウェポン。そして空に浮かぶマッドウェポン単体。
だが――
「んん?おかしいな?全員、闇の気を纏っているぞー?」
敵の特定のため、中立者を再度発動させたルーガが頭をかしげる。
全員、カオスレートがマイナスと判定されたのだ。
撃退士の迷いなどお構いないしに、襲来する『革命軍』。敵の正体が判断できない以上、ルーガと皇はどちらも受け止めるようにして一撃を受ける。背後には『王』役がいる。回避する訳には行かない。
だが、マクシミオは違った。
「一般人だから、何だ。今更助けろってか?」
冷静に、突き出される銀槍。
判別が難しいこの状態。彼の取った行動も、また一つの『解』だったのだろう。
「まさか。『女王サマに仇なすような連中を生かしとくわけ無ェ』だろ。全員冥魔と同罪だ、同罪」
槍は、眼前の『革命軍』の首筋に突き刺さる。
「あっ‥‥!?」
信じられない、と言ったような感じで。その者は血が噴出す場所を見る。
――剣がその手を離れ、飛び上がる。それが襲い掛かったのは、皇。
連動するように、もう一本の剣もまた、彼女へと飛来する。
「近づかせはしねぇ!」
マクシミオの強烈な一突きが、その機をついてエイルを狙ったスライムを弾き返す。それを更に皇が追撃。
奔る馬の幻影が、スライムを踏み潰す。それは、二本の剣が彼女自身の体に突き刺さるのと、ほぼ同時であった。
「ゲームオーバー。ゲームは1日1時間までなんだぞー」
皇が倒れる瞬間。その上を通り抜けるようにして、ルーガの放つ衝撃波が奔る。
それは、既に連戦によって疲弊していたマッドウェポンたちを、完全に薙ぎ払ったのである。
●降下せし悪夢
『ゲーム』の勝利は撃退士たちの動かぬ物となった。
だが、目的はゲームに勝つ事ではなく、エイルの無事な脱出。
「アンタには死んでもらっちゃ困るぜ。…なんであんな怪物の手綱を離したのか、後できっちり話して貰うかんな」
手を伸ばすマクシミオ。
本来ならば、ここでロイの居場所を調査する計画だったのだが、それを実行するための味方は既に倒れた。故に、ルーガと彼が選択したのは、この場での脱出。
「させませんよ」
マクシミオの手がエイルに触れた瞬間。迷彩を解き、シャンデリアの上から降下するロイ。
その位置ならば簡単には探知されず、エイルの監視が行え、尚且つ襲撃も容易。故に、撃退士たちもまた、備えはしていた。
「来やがったか‥‥!」
即座にマクシミオは庇護の翼を展開。エイルを包み込む。
叩き付けられる魔力の腕。元よりロイは直接戦闘を得意とせず、それ故にマクシミオのガードは破れない。だが、それは庇護の翼を使い切らせるには十分。
「逃げろ‥‥!」
最後の力を振り絞り、エイルを投げる。その直後、マクシミオは襲来した四本の腕に押さえ込まれてしまう。
「よしよし、キャッチ――っとぉ!?」
それを受け止めようとしたルーガは、然し空中で殴られ吹き飛ばされる。
残るロイの見えない腕は、一本。その僅かな差が、勝負を分けた。
グシャッ。