●Game Start
「これはこれは、いらっしゃいませ‥‥見知った顔も、知らない方々も、ようこそ私のゲームへ」
相変わらず、その物言いは皮肉に満ちている。
八卦が『湖』にして、ヴァニタス――ロイ・シュトラールは、大仰なポーズで撃退士たちに歓迎を示す。
「挑発です。乗らないでくださいね」
表面は笑顔を浮かべながら、静かに月夜見 雛姫(
ja5241)が仲間たちに伝える。
‥‥既に過去にこのヴァニタスが起こした各種の事件は熟読してある。一寸でも冷静さを失えば――惨劇が起こるのは、確実なのだ。
「強面のオッサンが捕まってるっつーのも不思議な図だな」
果たしてそれは余裕か、それとも――
大きなあくびをしながら、眠そうに目を擦り。マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)が味方に、事前に書いた図を渡す。
「いちいち指定すんのもズレそうだろ?だからだよ」
その横で、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が、
「じゃ、挨拶してくっぜ」
「ああ、ならついでに相手側にも渡しといてくれや。さっき聞いたけど、どうやら動きたくねぇみたいだしな」
マクシミオに一枚余分に渡された図を持って、ラファルはロイの元へと向かう。
「こいつはゲームなんだろ?だったら俺の挨拶を受けてくれるかい?」
差し出された手と、図。
「すみませんが、そこに置いてください。残念ながら、握手を受ける訳にはいきませんので」
「何でだ?」
「その手を握った瞬間、私の体を鎖が縛り上げないとも限りませんので」
「ちっ‥‥」
思った以上の慎重さだ。元々何かをするつもりも無かったのだが――
(「だが、表情変化も腕の動きも自然だ。幻影なら動かせねぇ筈‥‥って事は、少なくとも第一の仮定は外れたか」)
舌打ちして、ラファルは撃退士たちの方へと、引き下がる。
「ったく、毎度毎度面倒くせえ。こんな仕掛けまで用意して。そんなに遊んで欲しいなら今度格ゲーで相手してやるよ」
挑発的な物言い。しかし、その視線は、確かな感情を湛え。赤坂白秋(
ja7030)が、拳を打ち合わせる。
ここに。生死を賭けたゲームは‥‥開始されたのであった。
●Init
「さて、先ずは‥‥これだ」
スプレー缶を取り出したのは、咲村 氷雅(
jb0731)。それを周囲にばら撒くが如く吹きつけ、隠蔽者や、ロイの『ヘカトンケイル』の炙り出しを試みる。
時間制限がないのを良い事に、丹念に一箇所ずつ探った筈なのに、隠れている者も、ロイの「六本の腕」も、見つからない。具現化されていないのだろうか?
――スプレーの霧は、ただただ風に煽られ、散っていく。
「‥‥ふむ。次は頼んだ」
そう言って、氷雅は戦場全域を観察するために、遠くへと後退する。
「‥‥やはり、幻影を被せたか」
月詠 神削(
ja5265)は、箱に近づき、顔を観察する。
この季節である。箱の中に入り、いつ自身が殺されるとも限らない状況となっているのであれば、人間は緊張によって汗をかく物だ。だが、外観より、それは観察できない。
――それは即ち、全員の頭の表面が、幻影で隠蔽されていると言う事だ。
顔を近づけ、匂いで判別しようとするが‥‥箱同士が近づけられているこの状況。においは周囲の者の匂いに紛れ、どれがどこからか――判断し難い状態になっている。
「なぁ、ここにルールを確認するんだが‥‥俺たちが聞かなければ、会話したって事にはならない。ってことは‥‥」
にやりと、白秋の顔に、笑みが浮かび。
「つまり、人質が勝手に喋る分には誰も傷つかねえってわけだ」
「ええ、そう言う事になりますね」
ロイの返答が予測通りだった事に満足しながら、白秋はもう一つ問いかける。
「箱には触っちゃいけないが、箱から出てる頭に触るのは、禁止されてねぇよな?」
●Not a Shadow
その言葉すら終わらぬ内に。空中から、ルーガ・スレイアー(
jb2600)が降下してくる。
「‥‥私も昔はゲームと称して多くの者を殺してきた。だが、自分しか笑っていないことの、何がゲームだ?」
ポケットから、携帯を取り出す。
「皆で笑えるソシャゲの方がよっぽどおもろいぞー!」
あ、なんか今シリアスが思いっきり破壊された気がする。
「フフフッ‥‥」
だが、ロイはそれを気にする様子はない。寧ろ、『面白い』とでも思ったのか、笑みすら浮かべている。
「そのゲームは昔にやった事があります。欺瞞渦巻く遊びと致しましては、それなりに暇潰しになりましたが‥‥直ぐに敗者が逃げていくのが難点でしたね。‥‥やはり遊びは‥‥命を賭けた物に限ります」
「人の命を何だって思ってるんだ‥‥」
僅かに手が震えるが、何とか持ち直す。
その手に持つは、フラッシュライト。それを白秋は、人質の一人に向ける。
幻影が被せられているのは先ほどの神削の調査でほぼ確定している。これは、光を当てる事によって、影にてその幻影の中の物を判断できるかも知れない、と言う算段だ。
「だめだねー」
空中から地面に投影された影をカメラで撮影したルーガが、その画像を見て、静かに頭を横に振る。
――影と言う物は、科学的に言えば「光が『何か』に遮られ、その後ろに当たらなくなった部分」である。
そして、ロイの幻影が通常の物体のように、光を遮断する物であると言う事は、彼の『岡山の乱』の際、とある撃退士がカメラで撮影した画像にキチンと写っていた事実からも‥‥分かっていた事なのである。
僅かに幻影は、光に照らされ揺らいだ物の、その内部にある物が何かは‥‥判別できない。
ルーガは白秋と顔を見合わせ、
「なら、しかたないなー。賭けてみるしかないかー」
ルーガは、上昇し、人質の頭へ手を伸ばす。
●Cut and Parse
「箱に触っちゃいけないし、攻撃禁止だけどよ‥‥箱の中のヤツへの行動は、禁止されてねぇだろ?」
大げさな動きで、ロイの注意を引く白秋の後ろで、チョキ、と人質の髪先を、ルーガがはさみで切り取る。
その更に後ろから、クライシュ・アラフマン(
ja0515)が一人ずつ。箱の中から伝わる呼吸音、心音を聞き、確認していく。
「ふむ‥‥正常なようだな」
ルーガとクライシュが確認行動を行っている間。笑顔の雛姫が、ロイに近づき、話しかける。
「こんにちわ。あたし、月夜見 雛姫です」
「ふむ。‥‥何の用でしょうか? お仲間の手伝い、しなくていいのですか?」
「大丈夫ですよ。計画通りに進んでますから。それより私は、ロイさんに興味があるんです。‥‥何で、こんなゲームを企画したのですか?前も前の前も、まるで、悪戯のように」
最後の辺りのみ、僅かながら声のトーンが上がった。
それは、偽装の下の僅かな感情の発露か。それとも、挑発的な策略か。
笑顔の仮面のまま、雛姫はロイに問いかけた。
「それは無論、人の悔恨を見るのが楽しいからです」
答えはシンプル。されど、それは最悪。
「自らの手で守るべき者を殺めた。守りきれなかった。その悔恨は、如何なる事でも消えはしないでしょう。そう、例え私が滅びようとも」
ピクリと、その言葉を後ろから聴いていた神削の体が震える。
彼は、このヴァニタスの言が真実なのを、身を以って知っている。
その悔恨は未だ、彼を苛んでいるのだ。
ヴァニタスの言葉は、続く。
「この世の全ては、偽りでございます。‥‥ならば、私は世界の全てを騙して行きましょう。それが‥‥私が死して尚、生を望んだ理由にございます」
その問答の間に、ルーガとクライシュのチェックは、ロイの目の前の老人に至る。
「あれっ?硬っ‥‥」
ルーガが幾ら力を入れども、髪は切れる事は無い。
「おじいちゃん、すごい髪質なんだぞー」
更にルーガが力を入れると‥‥
ばきっ。
なんと、はさみが折れてしまったではないか。
手招きした彼女に、周囲の撃退士は一斉に集まる。
そして、しばしの耳打ちの後、彼らは一斉に武器を抜く。
「武器を抜き身で持つには構わんだろう?」
クライシュの声。そして、白秋は――
「その爺さんの箱、開けてくれ」
そう、言い放った。
●One down、Two to go
「よろしいでしょう」
そうロイが言うと、事前に何かの仕掛けがあったのか。箱が、独りでに開け放たれる。その中から歩み出る老人に、マクシミオが冥魔認識を仕掛ける。
識別は――確かに 冥魔。
マクシミオが、両手で「地獄に落ちろ」のポーズをしたのとほぼ同時に。正体がバレたのに気づいたのか。スライムディアボロが右手を刃を変化させ、振り上げる!
「‥‥消えろ!」
光を纏った刃が、正面からディアボロの胸部を貫く。
そして、それを放った張本人である神削が高々とディアボロを持ち上げ、駆け寄った氷雅が、苦無を空中で斜めに一閃。両断されたスライムは、そのまま地にポトリと落ち、ドロドロと溶けて行った。
「いやはや、破られてしまいましたね」
パチパチと、拍手の音。
音の元は、無論この罠を仕掛けた張本人、ロイだ。
「‥‥ディアボロを先に放って、良かったのか?もしかしたら、人が一人救えた――」
「そんな事を言ってる場合じゃねぇ。俺たちは、『全員救う』んだろ?なら、後に禍根を残す方が心配だ」
白秋の説明に、一応は納得したのか、静かに頷く神削。
次に撃退士たちが注目したのは、ジャックの箱。
先ほどルーガがチェックした所では、髪に異様は無かったが‥‥
マクシミオが、再度冥魔認識を仕掛ける。
――結果は‥‥冥魔。
「んな‥‥クライシュ。代わりに頼む」
「了解した」
だが、クライシュの認識も、またクロ。
「おっかしいなー?確かに髪は普通だったんだけど‥‥」
頭を捻るルーガ。膠着する局面。
「放てば分かるこった。まだ、人数に余裕があるから、やってみるしかねぇ」
「離れた所でもう一度調べて、冥魔なら倒せばいいし、人なら逃がせばいいんですね?」
白秋の判断に、雛姫が頷く。
ガン。
開け放たれる箱。その中からジャックが歩み出ると共に、その背後から、スライムが大きく伸び上がり、飛び掛る!
「ちっ、こういう事か‥‥!! 足止めは‥‥させてもらう!」
疑問があったとは言え、一般人の防衛に全神経を集中させていたクライシュが即座に反応。白い翼を展開、ジャックを包み込む!
カンッ。
刃の腕が、白き翼の下に隠された巨大な盾に弾かれる。盾を押し切ろうとディアボロの重心が前に傾いた瞬間、その中央に槍が突き刺さる!
「今だ、運び出せ!」
槍を突き刺したまま振り回し、スライムを地に叩き付けたマクシミオの声に反応するように、ルーガがジャックを両脇下から抱えるようにして持ち上げ、そのまま黒の翼を広げて飛び上がる。
「助けたげたから金くれ、ソシャゲに使うんだぞー」
「余り手持ちはないが、後でな」
等とジョークを言いながら、遥か遠くの空へ、二人の姿は消えていく。
「完全に逃げ切るまで、次のは開放しないでくれ」
神削が手で白秋を制する。
一人ずつ。完全に逃げ切るまで待てば‥‥少なくとも、一部は確実に‥‥救える筈なのだ。
●Use the Captured
完全にルーガとジャックの姿が消えたその後。
白秋は、再度一人の青年を解放する。
「俺達が命に変えても護る。頼む‥‥!皆を救うために、力を貸してくれ!」
「‥‥わ、わかった。何をすればいいんだ?」
クライシュ、マクシミオの慎重なチェックの後、頷いた『協力者』の青年に、白秋が命じたのは、慎重に少女の入っている箱の一つを横倒しにする事。
両側からマクシミオとクライシュの二人が、いつでも彼に庇護の翼を起動できるよう、守っている。
その中で、青年は、ゆっくりと箱を横にする。
箱は、お互い2m程、青年の操作によって離されたその後だ。この距離ならば、たとえスライムが居ても、『反応される前に』お互いの箱へ攻撃する事は不可能だろう。
内部へのフラッシュライト照射と、冥魔認識による厳重なチェックの後。少女の箱が解放される。ぺこりと一礼し、お礼を言い‥‥少女は、遠くへと脱出する。
開放された箱は、四つ。次の箱が開放される瞬間、ロイは攻撃行動に出るだろう。
それを見越した牽制を行うため、ラファルと神削は、ゆっくりとロイへと近づいていく。
チェックが完了する。開放されたのは、一人の老人。
その瞬間、ラファルがロイへと飛び掛る!
「止めさせてもらうぜ‥‥!」
ラファルが押し倒した瞬間。ロイの顔には、笑みが浮かんでいた。
「何故、私がまったくこの場を動かず、あなたたちが近づいてくるのを見ても、離れなかったと思います?」
呟かれる、技のキーワード。
『ワンマンアーミー』
次の瞬間、場は幻影に包まれた。
●Vanishing Lives
雛姫が幻影の中へとけん制の銃弾を放つと共に、即座にヴァニタスの居たであろう場所に向かい、神削はその光刃を薙ぎ払う。
光は幻影を貫き、確かな手ごたえを彼に伝える。
だが‥‥
「ぐっ‥‥いってぇ‥‥」
伝わってきた声は、ラファルの物。
視界の悪化しているこの状況。唯一全てを把握できるロイにとって、これは最良のフィールドなのだ。
「ちっ、守ろうにもこの状況じゃ――」
マクシミオは、手探りで自分が守っていたはずの人質を探る。その手を、もう一つの手が掴む。
「!?」
直後、腹部に手刀が叩き込まれる。槍を振るい、反撃。それは確かに何かを掠め、斬り裂いた。
「そこかっ!」
ロイに防御させるため、白秋が放った三発の銃弾。それは空を切り、二発は何かに命中するが‥‥
「見つけられないとは、な‥‥」
挑発はどうやら意味が無かったらしい。ヴァニタスの性格を考えれば、無理も無い事ではあったが。クライシュが歯噛みする。
「‥‥これでは‥‥!」
フィールド全体を見渡せるよう、やや遠くに待機したのは不幸か幸いか。
氷雅は、幻影フィールドの外に居た。だが、敵の大まかな位置すら分からない状態で放った蝶の幻影は、ただただその場を舞うばかり。
――そして、幻影は晴れる。
「ここまで頑張っていただけるとは‥‥正直、意外でございましたよ」
両腕に一人ずつ、一般人を掴み上げたまま、ロイが微笑む。
倒れている一般人は四人。ロイは幻影の中を動き‥‥一般人たちを押す事によって、全ての一般人を、撃退士たちの攻撃軌道上に押し込んだのである。
「奇しくも、初めて私たちが会った時と同じ状況になりましたね」
「お前は‥‥!!」
氷雅が、ロイが注意を向けた瞬間に、自らが彼の技を模擬し作り出した見えない腕の魔術を振り上げる。だが、ロイは一般人の二人を、盾として使っている。うかつに攻撃すれば‥‥先ほどの撃退士たちの攻撃と同様の結果を招くだろう。
「このお二方は、頂いて行きましょうか。それでは皆様、ごきげんよう」
大量の幻影が、今一度視線を遮る。それが消えた時、ロイの姿もまた、その手に掴んだ人ともに、虚空に消えたのである。