●幕間〜Declaration〜
「君たちが動く、若しくは声を出せば‥‥その瞬間、私は君たちを殺します。よろしいですね?」
バン。見せしめとして、花瓶がもう一つ粉砕される。
一瞬で、首を刎ねれると言う事を証明するためだ。
人形のように動かなくなった目の前の人質たちを見て、ヴァニタス――ロイ・シュトラールは微笑む。予想通りに事は運んでいる。ルールをビデオ内ではなく、紙に書いたのも、人質たちに正確なルールを知らせず、このようにコントロールするためだ。
「さて、私を楽しませてください‥‥」
●Entry
「『変態の相手超キモーいなう(;´Д`)』 、送信っと‥‥」
スマホをピコっと押し、とあるソーシャルサイトに投稿する。
「なんでこんなことをしたがるのか、気持ち悪い男だぞー‥‥」
呆れたように、ため息をつくルーガ・スレイアー(
jb2600)。
だが、天魔は元より奇奇怪怪な者が多い。それを一々理解している暇は、撃退士たちには無い。
――目の前には、助けを待つ人たちが居るのだから。
「不味い状況ですね‥‥」
屋敷内に踏み入れた鑑夜 翠月(
jb0681)が、目の前の状況に息を呑む。
同じ顔をした人間が、お互いを追い回している。どれがディアボロであり、どれが一般陣であるのか、判別も付かない状況だ。
「俺たちは先に三階に向かう」
赤坂白秋(
ja7030)、月詠 神削(
ja5265)、咲村 氷雅(
jb0731)、ハッド(
jb3000)の四人は、先に階段の位置を確認し、上に向かい‥‥
「さて、まずは目の前のこの状況、何とかしないとね」
一階に残った黒須 洸太(
ja2475)らは、スライムを排除し、一般人を救うために‥‥行動を開始した。
●Floor 1〜Body and Mind〜
「おはこんばんちわー!助けに来た撃退士だぞー! 天魔から助けてほしい人間は、元気よく右手を上げろー!」
場違いな程明るい、ルーガの声。だが、身の危険からか。誰も止まる様子はない。
「仕方あるまい。手分けして一人ずつ確認するぞ」
獅童 絃也 (
ja0694)の声に、皆が頷き。一人ずつ別れ、各々目標を定める。
「わっ!」
『使用人』の一人を静かに追跡し。接近した鑑夜 翠月(
jb0681)が背後から驚かそうと大声をあげる。
だが、返された反応は‥‥腕を刃に変化させての薙ぎ払い。
可能な限り近づいていた翠月は回避が出来ず、腹部を横に薙がれ、切られてしまう。
「最初の一体はスライム‥‥どうやら予測は当たりだね」
その変貌を目の当たりにした洸太は、右から回り込み、剣玉を大きく振り回し、鉄球のようにスライムに叩き付ける。
「思ったより硬いね」
軟体のスライムの側頭部に剣玉はめり込んでいる。
けれども、僅かにバランスを崩させたのみ。
「ならば、こちらで‥‥」
魔道書が、目の前で開かれる。
その文字が空に浮かび上がり、剣となりて空を舞う。
四方からスライムを襲うそれは、翠月の元の魔力の高さもあってか‥‥、一瞬でスライムを切り裂く。更に、追撃とばかりにもう一撃叩き込むと、スライムはばらばらに粉砕された。
「あ‥‥ああ」
それを目の当たりにした、『使用人』の一人が、這い出してくる。
「はいちょっとそこで止まってねー」
軽い口調で言いながらも、洸太は懐中電灯を取り出し、使用人の目に向け、直に照らす。
「っ‥‥」
咄嗟に目を逸らしたその者に、懐中電灯を切り、手を差し伸べる洸太。
「威圧、するんだぞー!」
気の抜けたような声とは裏腹に、強烈な威圧感がルーガの全身から放たれ、前方に居る『使用人』に叩き付けられる。使用人は成すすべなく動かなくなる。
それを確認した彼女は、すぐさまそれに走り寄るとともにスキルを解除。
「怖がらせてすまないな」
と、二人目をも保護する。
そのルーガに歩み寄る影を見て、絃也はその前に立ち塞がる。
「落ち着いて話を聞いてくれ」
自ら指を切って血を流す事で、自分たちは化け物ではないと説明する筈だった。
だが、彼がそれを行う前に、ヒュン と、風斬り音がする。
「っ!」
咄嗟に一歩下がる。僅かに油断があったのか、腕を切られ、血が流れ出る。
「成る程、こっちではなく、そっちが化け物だったか」
館を揺らす程の、猛烈な踏み込み。
鞭のような腕が、返すように振るわれるその前に。絃也の拳は、その軟体の体に届いた。
込められた力が爆発し、スライムを壁に叩き付ける。まだ撃破には至っていない。
然し――
「いい加減にするんだぞー!」
刀の一閃。
事前に選定した、比較的に安全な部屋へ一般人を運んだルーガが、戦線に復帰する。
元々このスライムはタフさに優れる物の、特に『強い』と言う訳ではない。
二人の撃退士を相手にしては、勝てるチャンスはなかった。
一階にもはや『使用人』が残っていないのを確認した直後。
撃退士たちは、二階へと進む。
同様の策略を用いて、識別されたスライムを排除していく。
だが、流石に数が多い。部屋の外にいる一般人の数は不明であり、故に一人も見逃すわけには行かず。二階に残る一般人一人を救出し‥‥全てのスライムを駆除したのは、翠月が携行したタイマーが十五分を示すため鳴ったその後、もう暫くしてからの事であった。
「どう致しますか?残り時間はもう少ないですよ?」
「それでも、確認しなければな」
翠月の確認に絃也が答える。彼の意としては、もう一度、残った人たちの中にスライムが含まれていないか、確認したかったのだ。
「全員連れて行けばいいんじゃないの?問答もできるし、スライムの可能性は低いんじゃないかな」
‥‥やや、意見の分岐は生まれていたが、結局は再確認せずに連れて行く事に決定する。
「うん、それであってる、じゃあ今から連れて行くぞー」
ピッとスマホを切るルーガ。ルイーズを特定するための、個人情報の類を、三階に居る仲間に伝えた直後である。
そして彼らは、恩を感じた三人の使用人とともに、上へと向かう。
●Floor 3〜Bravery〜
一方。三階へ向かった四人は、途上での交戦を避け‥‥可能な限り最速での、三階への到着に成功する。
「家具の類は‥‥怪しくはねぇみたいだな」
周囲の家具等に触れ、それが『実物』である事を確認する。
そして、白秋は‥‥声を張り上げる。
「聞こえているか!ルイーズ!!」
返事は無い。だがそんな事は構わず、彼は言葉を続ける。
「俺たちはロイに『ゲーム』として招待されてきた!!君を救う事でゲームに勝てば‥‥全員助かる!」
女性のピンチに、彼は出し惜しみはしない。本気で、白秋はこの状況に挑戦する。
「救うぜ、必ずな。だから教えてくれお姫様、あんたは何処にいる‥‥!」
‥‥返事は無い。
「あの部屋を除いて、他に人気は無い」
姿を隠したまま、周囲を偵察した氷雅の報告により、次の行動は決まった。
「やはり‥‥」
意を決し、神削は扉を押し開ける。
扉が開いた瞬間、地に発煙手榴弾が叩き付けられる。先ほど建物に入る際に、神削が洸太から貰った物だ。
それとほぼ同時に、彼の体から、注意を引き付ける白い光が放たれる。
発煙手榴弾の煙で一般人の視線を遮った上で、挑発で注意を引き付け、スライムやロイを引きずり出すと言う寸法だ。
だが。
「やはり‥‥煙は散らばる、か」
煙がルイーズに触れれば、道具を彼女に使ったと見なされ、ロイが攻撃を開始する可能性がある。故に、煙がそちらに漂い始めた瞬間、神削は氷雅に合図し、部屋の扉を閉めさせ煙をシャットアウトする。
――動きは、ない。
「‥‥皆様、何か余興の漫才でもやっているのでしょうか?」
ロイの声が、部屋の何処かから聞こえる。
丁度、ハッドが、『ロイ』と『ルイーズ』たちの周辺に円を描くようにして、『触れないように』灰を撒き終わった頃である。
注目と言う物は、視認して効果を発揮する。
――ならば、部屋の扉を閉めた場合、どこからスライムやロイは、神削を『視認する』のだろうか?
「ちっ‥‥」
軽く舌打ちし、神削は挑発を解除する。
煙も晴れてきた頃だ。彼は、部屋にゆっくりと歩みいれる。
「この状況、霧崎夕香の時と似てるな‥‥」
「ええ、貴方が殺してしまった少女、でしたか?」
「っ‥‥!」
びくりと、神削の体が震える。それを心配するかのように隣から手を伸ばした白秋を制し、軽く頷く。
挑発に乗ってはいけない。
幾度も彼と交戦して来た神削には、よく判っていた。
「っと、すまん」
ピピピ、と、白秋の携帯が鳴る。
表示された連絡者名は、ルーガ。
「ふむ、ふむ‥‥了解」
彼の望んでいた回答が得られ、白秋は携帯を切る。
しかし、この時、ロイに動きが全くみられない事を、神削は不審に思っていた。
全ての隙に付け込むようなあの男が、電話と言う隙を見逃し、攻撃を仕掛けてこない‥‥?
「よっし、ルイーズさんたちに聞こう! 昨日の夕食はパスタでした。YesかNoか!」
‥‥白秋の質問への返事は、無い。
だが、何らかしらの原因で返事が出来ないのも、折込済み。
「なら、Yesなら右目を、Noなら左目でウィンクしてくれ!」
――依然として、動きが見えない。
念のために、隠蔽状態のまま別方向からの観測に徹していた氷雅に目配せし、チェックしてもらうが‥‥彼のハンドサインもまた、『何も動きは見られなかった』と言う事実。
ならば、と、彼は集中する。鋭敏に研ぎ澄まされたその聴覚により、一通り呼吸音を確かめるが、『全員』から呼吸音が聞こえる。
それもその筈、死体から作られているとは言え、ヴァニタスもディアボロも新しい『生物』なのだ。故に、呼吸音が存在する。
元々このスキルは会話を聞き取るための物。ロイの声からその場所だけでも把握しようとしたが、あまりにロイたちとルイーズたちの距離が近いため、『中央近く』と大体な感覚しか把握できなかった。
更に細かい違いを確かめようと、白秋が近づいた瞬間。
ドン。
打撃音と共に、彼の体は壁へと叩きつけられる。
「‥‥私は人質に攻撃できませんが、貴方たちへの攻撃には制限はありませんよ?」
「なら‥‥」
それを聞くと、神削はフッと微笑み、自ら人質へとゆっくりと近づいていく。
ドン。
神削もまた、吹き飛ばされるが、何とか踏ん張り壁に衝突してはいない。それ所か、攻撃を受けたというのに、彼は微笑を浮かべている。
「む‥‥?」
目線をそちらに向けたロイは、直ぐにその理由に気づく。
神削が服の下に仕込んだカラーボールによって、不可視の拳の前面が色に染まり‥‥見えるようになったのだ。
このまま腕を動かせば、己の本体の場所がばれてしまう事になる。拳の一つを、神削は封じたに等しい。
だが、今の一撃で、カラーボールは全て割れている。再度同じ手を使う事は不可能だろう。
舞い上がる灰も、撒き方がロイやルイーズたちに触れないように、と重点が置かれていた為、飽くまでも拳の先端に付着したに過ぎない。
――時間だけが、刻一刻と過ぎていく。
●Floor EX〜Pandora Images〜
「待たせて済まん」
絃也たちが使用人を連れ、到着するのとほぼ同時に、25分経過を告げるタイマーの音が鳴り響く。
「あの‥‥どの『ルイーズ様』を助ければ、よろしいのでしょうか?」
困惑した使用人が、部屋に入ってくるなり、ルーガに問いかける。
識別を前提にした救出作戦。それを実行するには、識別がまだ成されていないのだ。
「なら、これでどうでしょうか」
洸太が目の前に、トーチを使用し、空中に火を作り出す。
その火の玉に照らし出された使用人たち、一見、何の反応も無いが‥‥
「‥‥」
観察に徹していた氷雅は、暫しの時間の後、僅かに輪郭が歪むのを確認する。
「‥‥多分、幻像だ」
それを聞いた洸太の表情が僅かながら明るくなる。これを続け、幻像ではないルイーズを探せば――
「な‥‥!?」
結果は驚くべき物。ロイ、ルイーズを含め‥‥全てが、幻像だったのだ。
「‥‥全く‥‥前回も使った手なのですがね」
呆れたようなロイの声。そう。彼は「最初からルーム内にいたすべての物に」幻像を被せたのだ。
ピピピ、と‥‥無情にもタイマーが29分を告げる。
どうする、乾坤一擲で強攻するか?目線のやり取りが、撃退士たちの間で繰り広げられ‥‥
「残念。タイムオーバーです」
無慈悲な宣告と共に、血飛沫が6つ、上がる。
●Escape
幻影が一瞬で、消滅する。
中央のルイーズの幻影を押し退け、立ち上がったロイ。その六本の腕によって、ルイーズを含む六人が、前から胸を貫かれ、殺害されていた。
「ひぃぃ!?」
残った一人は、二体のスライムに横から挟まれている。
だが、ボン、と爆炎にそれが包まれる。
「俺は破壊・殲滅が専門だからな‥‥今だ、いけ!」
「救出じゃの。了解じゃ!」
氷雅の声に、ハッドが闇の翼を広げ、獲物を攫う鷹の如く囲まれていた使用人を抱え上げ、窓を突き破り遁走する。
全力で逃走を選んだ故に、ロイの腕も彼女には届かない。
だが、その場に残った三人の使用人は‥‥別であった。
「っち、連れて逃げろ!」
周囲に黒の蝶をがばら撒かれ、視線を遮る。
「幻惑を象徴とする私に幻覚で対抗するとは‥‥嘗められた物です」
ロイの目は、闇を見通すかの如く、真っ直ぐ使用人三人を依然と見据えている。
恐らくは周囲にいるスライムガードが、彼を認識障害の効果から庇ったのだろう。
ハッドと同様、使用人の一人を引き連れ、翼を広げたルーガ。しかし、振り向いたその先には、ロイが。
「足を止めます、今の内に!」
翠月の魔書から放たれた、重力増加の魔術が、ロイの居た場所に掛けられる。だが、ダメージを受ける様子はなく‥‥寧ろ、その輪郭がブレたのみで‥‥
「幻影!?」
背後からの強烈な一打。使用人ごと、ルーガの体が壁に叩き付けられる。その力を利用し、廊下に体当たりするように扉を割り、飛び出す。そのまま、歯を食いしばりながら翼を羽ばたかせ、遁走する。
「どれだ!?」
ばら撒かれる銃弾。白秋の銃から吐き出されたそれは、次々と幻影を貫いていくが‥‥本体に当たるその直前、更なる幻影を盾にして回避される。
三人全員をここに連れてきた事が、仇となった。ドス、ドスという音とともに。首が刎ねられ、地に落ちる。
地に染まる手刀が、空に浮かび上がる。
この状態に至っては、最早戦闘を続ける意味は無い。
撤退するその寸前、氷雅は、冷たく氷の様な言葉をロイに投げ掛ける。
「次は必ず全てを壊す。お前とお前が計画するゲームとやらの全てを」
「ああ、待っていますよ。‥‥現実をも塗りつぶす、私の幻想を壊せるのでしたら」