●Taunting
舞い落ちる落ち葉の中。一人の少女が森の中の広場へと歩み出る。
「頭はもう精一杯使ったし‥‥後は‥‥巧くいくかですねえ‥‥」
撃退士たちの作戦に於いて重要な役割を担う鴉守 凛(
ja5462)は、ワイヤーを構え、先手で挑発のオーラをその身に纏う。
挑発のオーラは半数ほどの盾騎士に効果を発揮したようで‥‥ゆっくりと、彼らは『凛に攻撃するため』接近を始める。残りの半数の盾騎士も、味方とは足並みをそろえる必要があったと判断したのか‥‥凛への接近を開始する。
元より挑発を行った距離はそれ程遠くは無い。凛を四方から取り囲むようにして、鎧騎士たちは立つ。二体が盾を以ってして凛を殴りつけると共に、もう二体は構えた盾から四方に挑発の光を放つ。
「動けなくされたのは‥‥まずいですねぇ」
一筋の汗が、凛の頬を伝う。
殴りつけられた勢いで後ろの騎士が構えた盾に叩きつけられ体勢を崩しはしたものの、ダメージ自体はほぼないと言っていい。だが、四方を封じられたこの状態では‥‥距離を取る事ができない。
チラリと、四方を見やる。
事前に呪印による潜行効果を発動し、隠れているのだろう。アサシンたちの姿を認識する事はできない。
突撃前に黛 アイリ(
jb1291)によって施された「聖なる刻印」が、彼女の背に光る。これにより、盾騎士の挑発能力は彼女にはほぼ無効であったが‥‥囲まれた現状。挑発されてもされなくても同じ様な物だろう。
だが、あと少し。せめて、アサシンの出現まで耐えないと‥‥
●And the Time begin to move
凛の挑発の効果は無論、隠蔽し機を伺っていたアサシンたちにも及んでいた。
取り囲んだ騎士たちの間の僅かな隙間から、二本の刃が煌き、凛の体に突き刺さる。
その瞬間、刃から魔力が爆発し、凛の体に流れ込む!
「く‥‥ぅ、思ったより痛い‥‥ですねぇ」
見えていたのならば、受け止める事も不可能ではなかったが‥‥潜行状態、しかも四方は盾に視界を遮られていた。絡め取ろうとして蜘蛛の巣のように展開されたワイヤーの、僅かな隙を縫うようにすり抜けたナイフが、彼女の両脇に突き刺さった形となる。
だが、これもまた、最善の手ではないにしろ、撃退士たちの計算通り。
「目標が出現したわね」
「今の内にボコらせてもらうぜ!」
アタッカーである猪狩 みなと(
ja0595)と、狗月 暁良(
ja8545)が同時に左右から飛び込む。
だが‥‥射程距離内に入ったその瞬間、それぞれ別々の盾によって誘き寄せられ、向かってしまう。
「オラオラァ!」
足に力を込め、一気にディフェンダーに接近した暁良。盾の上からショットガンでバンっと打ち込む。
散弾銃の衝撃は盾騎士の体を揺らし、僅かに後退させるが‥‥決定打には至っていない。
だが、ひたすら防御を続ける騎士に対しては、こちらは防御を考える必要はない。ひたすら、散弾を打ち込み続ける!
ドン、ドン、ドン。
野生の彼女ならではの、息継ぎすらしないコンビネーション。
連射の衝撃により少しずつ、盾騎士の防御に『隙』が生じる。
そして、ワザと彼女が盾の上を狙って放った一発により生じた隙に‥‥
「ぶち抜くぜぇ!」
拳に巻きつけた布が、紫の光を放ち、炎を纏う。
痛烈な鬼神の如き一打は、盾の隙を縫い鎧に叩き込まれ、それを大きくひしゃげさせる!
「私も負けないよー! ただ、ブッ叩く!!」
鉄槌を振り上げるみなと。振り下ろされたそれを盾を構えて対処した騎士。
――衝撃は思ったよりも軽い。それもその筈。一発目は飽くまでもフェイント。言葉と違って、彼女も考えているのだ。
「肉体労働担当の本領、見せてやるっ!」
回し蹴りで、僅かに盾を横にずらす。回転の勢いそのままに、放たれる鉄槌の横薙ぎの一撃!
ドゴン。
鈍い音と共に、鎧の右横腹が大きくへこみ、騎士は横へとよろめく。
(「まるでテーブルゲームの駒みたいな敵だね‥‥けど、駒のように動かされる私たちじゃない」)
アサシンの刺撃によって大きく傷ついた凛に、癒しの光を放ちながら。黛 アイリ(
jb1291)は声をあげる。
「あの騎士はあくまで囮、気を取られすぎないで!」
多少、それが挑発の効果を軽減したのか、前衛の二人が、僅かに自らが相対していた鎧騎士から距離を取る。
「良いタイミングだったな」
バサリ。
黒の翼が大きく展開し、死を象徴するかの如く、空を覆う。
翼の中央で腕を組んだケイオス・フィーニクス(
jb2664)が、その両腕を前に伸ばし始める。
彼は騎士の、挑発の光による影響を受けない。
その背に、白き刻印がある故に。
「はぐれ悪魔が天界の技術によって助けられる‥‥と言うのも、この学園ならではだな」
昔魔界に居た際ならば、この様な事は考えも付かなかったのだろう。
魔力を両腕に集め、解き放つ。
「切り刻め!!」
千の刃が振るわれたかの如く、斬撃がその場に吹き荒れる。
斬撃の嵐は、騎士、アサシンのそれぞれ二体‥‥そして、その中央に居た凛をも切り刻む!
「‥‥‥っ、この程度‥‥」
咄嗟に使用した『ニュートラライズ』で、天界と魔界の差による大ダメージは免れた物の。盾を構えて受けなかったが為に、斬撃が体に直撃してしまう。
全身に、血の跡を残しながらも、何とか立ち上がる凛。
「間に合い‥‥‥‥ました」
ケイオスとは逆方向の、空中。
黒き悪魔の物とは対照的な、白い翼。
それでいて形はどの動物の物とも取れないそれを広げた蟻巣=ジャバウォック(
jb3343)の回復が、最後の瞬間に届き。先ほどのアイリによる回復と合わせ、ギリギリで凛の体力を回復させていたのである。
だが、まだ終わってはいない。
ケイオスの一撃は防御に優れない二体のアサシンをほぼ瀕死の状態まで追い詰めた物の、『撃破』までは至っていない。
動き出したアサシンたちは、再度ナイフを立ち上がったばかりの凛に突き立てると、魔力を爆発させる!
「私にはこれくらいしかできないから‥‥」
展開したリジェネは、しかし持続的な回復という関係で、瞬間的な大ダメージを引き起こすアサシンのナイフとは相性が悪い。
――そもそも、残りの二体のアサシンは、どこに居るのだろうか?
「二段攻撃‥‥?」
攻撃後、後ろに跳び僅かに距離を取るアサシン。その隙から、更に二体が出現する。その刃は再度凛を突き刺し、魔力が爆発する!
「く‥‥ぅ」
その場に膝を着く。だが、まだだ。せめて最後に、一太刀‥‥
投げ出されたワイヤーは、輪を作り、アサシンの足元に落ちる。
●Assault Game
「攻撃の瞬間に姿が現れるのは防げませんのね」
影から飛来する、三本の手裏剣。それはアサシンの一体――先ほどケイオスのクレセントサイスによって体力を削られて居た内の1体に、突き刺さる。
よろめくアサシンの周りで、トントン、と響く足音。
「ならば、それが最大の隙ですわ」
不規則なステップを刻み、紅 鬼姫(
ja0444)が接近する。隠蔽を維持したまま背後まで走りよると、地を蹴りそのまま空中で回転。横に灰色のワイヤーで薙ぎ払う!
一撃目を受け体勢を立て直せないアサシンは強引にしゃがんで回避を試みるが‥‥この体勢からでは自慢の回避力も生かせず、空を舞うワイヤーに、そのまま胴から両断されてしまう。
「貴方達の返り血程、鬼姫を楽しませるものはありませんの」
くすりと、噴き出す返り血の中、陶酔するかのように笑う鬼姫。
だが然し、攻撃の瞬間に隙が生まれるのは、奇襲した彼女もまた同じ。
「後ろ‥‥ですの!?」
忍軍として鍛えられたセンスが、ギリギリのタイミングで襲来する二本のナイフを察知する。
凛が倒れたがために、自由に動けるようになったアサシンたちが、横から回り込み、彼女に襲来したのである。
「気をつけて!!」
アイリが、鬼姫への攻撃を阻止すべく、拳銃を構え掃射を行う。
だが、元よりアイリは攻撃よりも防御を得意とする‥‥故に、その命中精度は高くは無い。弾幕の下を潜る様にして、アサシンたちはそれを抜ける。
「く‥‥っ」
スキルを『祝福』に切り替え、鬼姫に施そうとするが既に接近しているこの状態では間に合わない。
咄嗟にワイヤーを振り上げ刃を弾こうとする鬼姫だったが、元より細いこのワイヤー。ナイフを受けられず、アサシンの腕を抉ったに過ぎない。
刃は、彼女の胸に突き刺さり‥‥そして魔力が爆発する!
「っち、これで、二体目だ!」
もう一体の『クレセントサイスに巻き込まれていた』アサシンの足を回し蹴りで払い、そのまま足を高くあげ、叩き付けるような踵落としで地に伏せたそれにトドメを刺す暁良。
振り返って見回せば、残る二体はのアサシンは再度呪印の起動を行ったのか、既にその姿は見えない。
見えたのは‥‥空を裂く雷光。
「盾しか‥‥いないなら‥‥仕方ない」
背後から放たれた雷矢が盾騎士の一体を打ち据える。
放ったのは‥‥忍術書を横に、その翼と同様大きく広げた蟻巣。背後を衝く彼女の攻撃は盾の一体を打ち据え‥‥みなとやケイオスの攻撃によるダメージと合わせて、完全に地に沈める。
撃退士たちの内二人が戦闘不能になっている現状。だが、既にアサシン二体と、盾騎士一体が地に沈められており‥‥他の各サーヴァントも程度の多少はあれどダメージを受けている現状。どちらが有利かは、問うまでもないだろう。
残りの盾騎士たちは、背後を狙う撃退士たちの動きに気づいたのか。お互い背をあわせ、三角のの防衛陣形を取って盾を構える。
元より彼らの役目は『敵を引き付ける』事。盾の魔力がある以上、必ずしも前線に出る必要はなく‥‥移動する必要も無い。
だが、纏まる事にもリスクがある、と言う事実に、彼らは気づかなかったのである。
「全く。能力は理に適っているが‥‥戦術の頭脳はないようだな」
打ち上げられた、太陽の如く火球。
それを一目見て、地を這う天界の従者を見て。ケイオスは、その愚かさをあざ笑う。
「纏めて焼き払ってやろう」
火球から降り注ぐ無数の炎弾。盾の上からそれは騎士たちを打ち、盾に軽減されているとは言えその熱は彼らの体力を奪う。
そして、騎士たちの注意が炎弾を防ぐ事に集中する中、突進する影が一つ。みなとだ。
「隙有りぃ!」
体を引いた状態からの、全力の『フルスイング』。
後ろに別の騎士が居たが為に吹き飛ばされはしなかったものの、盾が大きく上に弾かれる。
「てぇぇぇい!」
ゴン。
正面からの、鉄槌の直撃。振り下ろされた鉄槌は騎士を地に倒し、そのまま地面ごと、陥没させる。
「ふう。すっきりした。私にはこういうこそこそしてるのは、性に合わないんだよね」
その彼女の背後から忍び寄る、残り二体のアサシン。
「今度こそ止めます!」
しかし、その内のアイリの掃射に怯み、攻撃の機を逸してしまう。残った1体の刃は彼女の体に突き刺さるが‥‥一本のみでは、致命的なダメージには至らない。
「ありがとね!」
空を舞う蟻巣が、ライトヒールで彼女を癒すと共に。鉄槌でアサシンを押さえ込むように突きつけ、突進するみなと。その先には、暁良が待ち構えている。
「よっしゃ、いくぜ。‥‥せーの!」
爆発音と共に。鉄槌と拳打に挟まれたアサシンが、砕け散る。
一方、機を逸したもう一体のアサシンはそのままみなとを追って行き‥‥彼女が暁良と挟み撃ちを行ったその瞬間、その刃を暁良に突き立てる。
「っ、ってぇーな!!」
振り向きざまの回し蹴り。それを紙一重でかわし、アサシンは後退する‥‥が。
「逃がしは‥‥しません」
三連の雷矢。降り注ぐそれらを背中から叩き込まれ、前につんのめるアサシン。
回避行動が止まったその一瞬が、最大の隙となり‥‥
「お返し、させてもらうぜ!」
『縮地』を使用し、追いついた暁良の、勢いそのままの顔への拳打。大きく吹き飛ばされたアサシンは、そのまま動かなくなる。
●Overrun
アサシンを全て失い、攻撃の手段をほぼ失ったサーヴァントたちに勝機がないのは、この時点では明白だった。
だが、それを元から考えていないのか。それとも、敢えて玉砕を望むのか。残った二体の盾騎士たちは、依然として構えを解かず。
「‥‥その意気や良し」
二体の中央にゆっくりとケイオスが降り立つ。その身に纏った凍気を開放するのに最適な場所へと移動する。
「本来ならば汝等の布陣‥‥そう容易く崩せぬのであろうが‥‥この場にはぐれ悪魔たる我がいたのが汝等の不運よ‥‥」
開放された凍気は、片方の騎士を睡眠に至らせる事に成功する。
しかし、もう片方の騎士はそれを盾で防ぎ‥‥そして、接近していたケイオスを盾で強打する!
「ぐ‥‥っ!」
防御を得手としないケイオス。故に、攻撃力を殆ど持たない盾騎士の一撃でも、彼にはある程度のダメージを与えられていた。しかし、所詮は『ある程度』。
「この程度なら、問題はないよ」
アイリの放つ癒しの光が彼を包む。戦線を影から支えていた彼女も、そろそろスキルが尽きる頃だが、戦況を見る限り『間に合う』だろう。
『袋叩き』とも言うべき乱打がみなとや蟻巣によって眠った騎士に加えられた後――
再度空に舞い上がったケイオスが、冷たく宣告する。
「汝らの、負けだ」
●Question
戦闘不能になった味方を回収し、撃退士たちが現場を去る前。
アイリの脳裏には、一つの疑問が浮かぶ。
(「合理的な配置、なのにこんな何でもない場所に布陣したのか‥‥」)
誰かに試されているような感覚はしなくもない。だが、しかし。それを裏付ける証拠は何一つなく。彼女はその場を去ったのである。
「どう?新たな兵の具合は」
「はっ。無統制の状態であの戦果‥‥であれば、更に統制をすれば、我らが敵にとっては脅威となりましょう」
「ならば、あなたが率いればいいわ、ジェイ」
「ありがとうございます」