●包囲
「――お怒りになる気持ちは分からないでもございませんが‥‥だからと言ってレニー様を殺めさせる訳には参りません」
己の最も信頼する魔具である魔道書を開き、レニーとレオンの間に立ちはだかり、臨戦態勢に入る氷雨 静(
ja4221)。
今回の護衛対象は『善人』とは言えまい。だが、それでも、命は奪わせる訳には行かない。
それが、彼女の『最後の一線』である。
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)がレニーに接近し、彼女を担ぎ上げる準備をするのとほぼ同時。暮居 凪(
ja0503)は、弧を描くような軌道で、レオンの右側から彼へと突撃する。
「残念ね」
若しも違う状況ならば。若しも、会話を交わす余裕があったのならば。或いは、このヴァニタスの怒りを、静められたかもしれない。だが然し、今はその様な悠長な手段を執っていられる状況ではない。時間を掛ければ掛けるほど、落下するグールにより状況が傾いていく以上、今執るべき手段は――最速でこのヴァニタスを進路上から弾き出し、ルドルフの俊足によりレニーを脱出させる事。
体を捻り、しゃがみこむようにして力を溜め――ランスを大きく横に薙ぎ払う。
「ぐ‥‥ぉ!?」
大剣を以って何とかそれを受けるレオンだったが、衝撃力を殺しきれず、大きく壁際へと後ずさる。
「今だッ!押さえ込め!」
ルドルフの叫びに応じるようにして、周囲に控えていた撃退士が一斉に突出し、レオンを取り囲む。
同時に彼自身は、レニーを担ぎ上げる。
「レディ、乗り物酔いをなさるかもしれませんが‥‥すみません、少々手荒くいきますよ!」
重心を大きく落とし、『駆け抜ける』ための構えを取る。
だが、この撃退士の動きは――瞬時に、レオンに彼らの目的を悟らせる形になってしまう。
移動力の差の関係で、包囲は完全には完成してはいないものの――既に入り口への道は撃退士たちの人壁によって塞がれている。この状態での突破は無理だろう。少なくとも、ルドルフが脱出するまでには。
ならば、どうするか。レオンは、天井を見上げる。
「来い、グールども!」
放たれる岩弾。 それは入り口ぎりぎりの天井に穴を穿ち、そこから大量のグールを落下させる。
直接岩弾がレニーに向かって放たれる事を危惧し、撃退士たちはそちらへの射線を塞いでいた物の‥‥上方、天井への射線は塞がれていなかったのである。
「届きませんか‥‥!」
レイラ(
ja0365)が、歯噛みする。
彼女は『移動力の差』でレオンに接近出来なかった者の一人。届いていれば、薙ぎ払いによるスタンで、或いはレオンの砲撃を防げたのかもしれないが――
「ちょ、まずっ!?」
レニーを担ぎ上げ、駆け出そうとしたルドルフは、通路がグールの物量によって『封鎖』されたのを見て、急激に後退する。それでも振り上げられたグールの手や、落下する瓦礫による負傷は、避けられなかった。レニーを庇わなくていいのなら、或いは負傷も軽かったのかもしれないが――
――これが自然落下による2―3体だったのであれば、問題はない。ルドルフの速度を持ってすれば、敵をかく乱し、回りこんで脱出することは不可能ではない。それだけの速度が彼にはあった。
だが、天井に穴が空き、これほどの数が落ちてきたと言うのであれば別だ。文字通り、入り口を『埋めた』のである。
●突破
「どいてくださいませ!」
光球が、グールの一体を打ち据え、灰塵と化す。そのまま跳ね返るようにして次のグールに激突し、壁に叩き付ける。
「流石に数が多いですね‥‥」
本を片手で開き、もう片方の手を前に突き出し光球をコントロールしていた静が、ため息をつく。
彼女の高い魔力は、耐久力が高いグールと言えども短時間で屠れる程だったが‥‥装着していたスキルを殆ど防御に傾けていた故に、一度に一体しか撃退できない。掃討するには、時間が足りないのだ。
ならば、どうするか。
「自分に任せい!」
掛け声と共に、虎綱・ガーフィールド(
ja3547) がポーズをとる。
「この親ありてこの子あり、か。この様子だと兄もどういうもんだかのう」
嘲笑うような表情を浮かべ、レオンを挑発する。
「兄さんを――侮辱するかァァ!!」
薙ぎ払われる、大剣。
――レオンを包囲して動きを止めると言う事は、戦略的に間違っている訳ではない。
だが、それは相応のリスクを伴う。そう。伸ばされた斬城刀は――『範囲攻撃』となるのだ。
「うぉっ?!」
間一髪でのけぞった虎綱の顔スレスレを、斬城刀の刃が通過する。
回避に優れる彼は避ける事に成功していたものの、刃はそのまま彼と共にレオンを包囲していたレイラ、そして暮居 凪(
ja0503)に叩きつけられていた。
怒り任せの一撃は更に壁をも裂き、その衝撃でまた一部の天井がグールと共に落下してくる。
虎綱を包囲したまま薙ぎ払われたグールを爆散させ、レオンは周囲に毒の雲を作り出す。
(「まだ近い‥‥もう一発‥‥!」)
再度そのランスを風車の如く振り回し、横薙ぎに叩き付ける。とっさにグールを掴んで盾にしようとしたレオンだったが、僅かに反応が遅い。ランスが彼の脇腹にめり込み、大きく後ろへと後ずさらせる!
「今度こそ止まってもらいましょう」
体勢を崩した彼を、レイラが急襲。鞘に入れた状態からの、神速の薙ぎ払う抜刀。
峰打ちの一種であるその一閃は、当たればレオンの意識を刈り取るのには十分だったが――当たったのは、グールの一体。
『ビホルド』。グールを身代わりにするこの技は、特にバッドステータスを防ぐのには有効だったのだ。
「出来れば近づかれる前に済ませたかったんだがな」
黒夜(
jb0668) が、閉じた片目を開け放つ。放たれる冷気はレオンの付近に居た全てのグールを飲み込み、深き眠りへと誘う。その冷気は、グールでの防御に失敗したレオンも襲うが――
「兄さんの無念を晴らすには――僕は、ここで止まっちゃいけないんだァァ!」
ザン、と大剣を地に突き立て、彼は強引に意識を取り戻す。
「ちっ‥‥厄介な兄弟愛だな」
舌打ちする黒夜。同時期に教室にて提示されていた依頼と、過去の報告書から察すると――『天』と『地』の兄弟は、恐らくお互いのために復讐をしているのだろう。
「うちも親ってのは嫌いだが‥‥そうも言ってられないか」
「少し強引にでも、止まってもらいます」
吹き荒れる、石化の風。その現象を引き起こしたステラ シアフィールド(
jb3278)の命に従い、風はレオンへと向かう。
「――ぉぉお!僕を守れッ!」
強引に、回復したばかりの右腕で、先ほどのグールをレオンが掴み上げる。風に対する防風壁として使われたそのグールは、見る見る石化していく。
一連の攻勢はレオンの動きを完全に停止するには至らず、尚且つ撃退士の後ろからは、虎綱の挑発に引き寄せられた多数のグールが迫っている。
だが、これは撃退士が待ち望んでいた――チャンスをも、生み出していたのである。
「今だ!」
ルドルフの叫びが合図となる。
油断一つ無く彼をガードしていた龍仙 樹(
jb0212)と共に、彼は駆け出す。
グールたちが虎綱に惹かれ――門の前から移動したこの瞬間こそ、唯一にして最大の脱出チャンス。
「このォ‥‥させるかァァ!」
放たれる岩弾が至近距離まで接近していた撃退士たちの頭上を越え、ルドルフとレニーを狙って飛んでいく。
「通しは‥‥!」
白の翼を広げ、樹は巨岩を受け止める。
盾に接触した瞬間岩は爆砕し、ルドルフとレニーを襲うはずだった無数の瓦礫が樹の体を抉るが――彼は、倒れなかった。
元より、ルドルフと樹では足の速さに著しい差がある。
この一撃を受け止めたことで樹の足は止まり、ルドルフと離れてしまう。次の一撃を受け止めるのは無理があるだろう。
「創ってくれた機会、決して無駄にはしません!」
――だが、俊足は伊達ではない。
虎綱と樹が作ったこの一瞬を、ルドルフは最大限度に生かした。
疾風が如き彼の爆走は、一瞬にして屋外所か、レオンの射程外まで遁走する事に成功していたのである。
盾の影から顔を覗かせ、目的を達した樹が微笑む。
「‥‥私にも、大事な人や、護りたい世界があります。貴方がそれを脅かす限り、私達は何度でも立ち塞がります」
●阻止
「うーん、いろいろやりづらく御座るなぁ」
周囲を包囲された虎綱の背筋を、一筋の冷や汗が伝う。
挑発でグールをおびき寄せたはいい。然し、それは大量のグールが、一斉に彼に襲い掛かる事を意味していた。
持ち前の俊敏さで敵の僅かな隙を突いて跳躍し、すり抜け、そして滑り込む。だが、周囲を純粋な物量に埋められた状態では、その敏捷さを十分に生かす事はできない。
「うぉ!?」
押し合いで地面に倒れ込んだグールの足につまずいてしまい、虎綱は転倒する。その隙に覆いかぶさるようにして大量のグールが彼に襲い掛かる
「‥‥忍者を‥‥嘗めないで欲しいのう!」
空蝉を発動。ジャケットを身代わりにし、彼はグールたちの上へと踏みつけるようにして華麗に降下する。
「もらったァァ!」
そこを狙っていたかの如く、レオンの一撃。範囲攻撃であるそれに空蝉は効かない。
「っ‥‥のぉぉ!」
強引に体を仰け反らせ、再度回避を試みる。だが、足場が悪すぎた。踏まれたグールが、下から彼の足を掴んだのだ。
薙ぎ払いは、彼に叩きつけられ――そのまま、静に襲い掛かる。
「白と橙の力‥‥断ちて防げ!」
複式詠唱。両手にそれぞれ白と橙色の光を翳し、それを魔方陣と化して目の前に出現させ、大剣を受け止める。
だが、地の防御に優れず、魔法使いの宿命として体力も高くない静。僅かな拮抗の後、魔方陣は粉砕され、刃が彼女の腹部に食い込む。
「うっ‥‥」
ゲホ、と咳き込む。
幸いにも、魔方陣が衝撃のいくばくかを相殺したお陰で、即刻意識を刈り取られては居ない。だが、負傷は軽くはない。
何よりも、入り口を塞ぐため凪が後退した事と、虎綱が戦闘不能になった事で、包囲は瓦解しかけていたのであった。
「行かせない‥‥!」
「させません‥‥」
建物の崩壊を恐れ外側へ退避した黒夜がUターン。レオンの追撃を防ぐため、樹と共に戻り、レオンへの再包囲を形成する。
「止まれ‥‥!」
重みによって天井から落ち、教会の奥から近づくグールたちを、黒夜の冷気の眼光が貫く。
これによって更なるグールの増援は防がれる。
●混戦
「――ここで倒れる訳にはいきませんわね」
生命力を吸収する為の力を刃に込め、レイラの縦一閃が頭上からレオンを襲う。
ガン。
当たりはした。だが手応えが『硬い』。
見れば、ビホルドに使われたのは先ほど石化されたグール。
吸収量も思ったより低い。ダメージに依存するこの技故の結果だろう。
「オォォォォッ!」
咆哮と共に、巨大な大剣が今一度振りぬかれ、静、レイラ、そして樹を襲う。
「ぐっ‥‥!!」
先刻、ルドルフとレニーを庇って受けた傷は浅くない。盾を横に構え、強引に一撃を受け止めるが――そのまま盾ごと壁に叩き付けられてしまう。
「樹様‥‥!」
恋人である静が、その名を叫ぶ。だが、彼を心配している余裕は今はない。
樹が倒れた事で、包囲が今一度、破れようとしているのだ。
「ッ‥‥!」
唇を噛み締め、今だけは脳裏にある心配と怒りを覆い隠す。
「汝、灰なる者、其は戒めし力。彼の者を束縛させしめ給え。――グレイバインディングハンズ!」
無数の灰色の手が、レオンの四肢を掴み――その場に押しとどめる。
「待っていた‥‥このチャンスッッッ!!」
灰が周囲を舞う。空気中に、粒子が結晶となり、一斉に静の周囲に収縮する。
彼が全ての防御技が使える条件を持ちながらも、それを使わなかった理由は、この技‥‥『相殺斬』を放つためだったのである。
「っ、白と橙の力――」
「無駄ァァ!」
障壁を展開しようとしたが、高速の剣閃は橙の魔方陣が広がる前に彼女を切り裂いた。
事前にステラが治癒膏を彼女に施していなければ、命を落としていた可能性もあるのだが――
「ふふっ‥‥痛いですわね‥‥?」
接近し、回復を施していたステラ。範囲攻撃に幾度か巻き込まれた彼女の体を炎が包み――悪魔としての本性を現す。
炎を纏い、翼にして。彼女が天井ぎりぎりの空中へと舞い上がる。
地に描かれる呪縛の陣が、全ての者の移動力を奪う。
――そう、敵味方、無差別に。
「っ!?」
スキルを交換していたレイラが、足を止めた隙をを突き。周囲のグールが一斉に飛び掛る。
味方が倒れていく中、外部への道を塞ぐため、凪は再度レオンに接近する。
グールの爆発による毒ガスの中。その死体の一つを踏みつけ、跳躍。
緋色の竜杖を振るい――白き光を纏わせ、レオンの頭部へと振り下ろす。
杖は、巨大な石壁に阻まれ、凪は押し戻される。ダメージは与えられなかったが、『壁崩し』を使わせた事で、斬城刀の状況は元に戻った。
げほっ。咳き込む。
毒ガスは凪の体を侵し、ゆっくりと体力を奪っていく。
「多分だが‥‥おたくに初めて当てた技だ。もう一度喰らってもらうぞ!」
手に闇を掴み、拳にして。
至近距離から、黒夜の拳が、突き出される。
拳の先から黒の波動が噴出し、まるで生き物のようにレオンを飲み込む。
だが、黒夜もまた、己の体に纏わりつく、結晶を目の当たりにする。
「もう一度叩き込んでやる!」
再度拳に力を込める。が、相手の技に反応して、繰り出されるレオンのこの技の方が早い――!
ザン。
二発目の拳は、満身創痍のレオンの眼前で停止し――黒夜は、その場に膝をついた。
●廃墟
「今度は如何でしょうか‥‥?」
黒夜の攻撃で相応の傷を負ったレオンに、妖艶に微笑み‥‥空中から再度石化の風を浴びせるステラ。
狙うはその大剣。石化させることで、鈍らせるのが狙いだ。
――だが、風は剣を打ち付けるのみで、石化する様子はない。アウルによるこの特殊効果は、無機物には効果を発現できないのである。
武器を構えなおし、本体を狙って攻撃をしようとした瞬間。頭上の天井が崩れ、グールが落下する。それは彼女の肩をつかむようにして、一斉に地上へと引き摺り下ろす!
薙ぎ払われる大剣。
床に叩き付けられたステラを見て、凪は、既に残るのが自分一人である事を認識する。
体力もそれ程残ってはいない。だが、ここを通すわけには行かない。
龍杖を振り上げ、彼女は最後の一合に挑む。
結果として、凪を切り払い、教会の外にレオンが出た時には。既にそこには誰も居なかった。
大量の負傷者と引き換えに、レニー・フォッグは‥‥救出されたのである。