●重振鳴動
「‥‥なるほど、過日の件が貴様の枠を外したか」
感じたのは、僅かな違和感。そしてそれは、決して敵が展開した重力の宮殿による物ではない。
幾度も相手をしたからこそ。魔とは言え、王として、お互い強敵として認め合ったからこそ。フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は、敏感に相手――『天』のカイン――の変化を感じ取った。
「‥‥皆、足元を掬われんように気をつけろ。重力と言うのは潰すだけではない」
枷が外れた以上。心に掛かったその鎖が、外れた以上。彼が何をしてくるか分からない。
今までの傾向、そして推測が通用するとは限らないのだ。
「…して、賊よ…誰の許可を得て我を見下ろす?」
「余に誰かの許可が必要だった事があるのか?人賊よ?」
お互い、睨み合う。その目に浮かぶのは、限りなき戦意。故に――開戦は既に、間近に迫っていた。
「弁えよ」
展開される無数の次元門。その中から顔を覗かせた、無数の武器が降り注ぐ。
「ぬぅぅぅん!」
大きく腕を広げ、カインは降り注ぐ刃の全てを受け止めた。その一片たりとも、下の炉に届かぬように。
魔術の剣の前には、カインの重力の鎧も意味を成さない。カイン自身の能力が低下している事もあり、ダメージは決して、低くは無い筈だ。
だが、それでも彼は――まるで何もなかったのかのように、涼しい顔をしていた。
「その程度か。人の賊よ――!」
振り下ろされる両腕。と同時に、重力が増強し。叩き付けられるは重力の鉄槌。
「はぁっ!」
フィオナもまた、手を掲げると、その周りに異界からの力が流れ込み、結界を出現させる。その結界に阻まれ、二発同時に叩き付けられた鉄槌ですら、致命傷とはならない。
「ふん……その程度か、賊よ」
意趣返しのつもりか。全く同じ表情で睨み返したフィオナに、カインの顔にも笑みが浮かぶ。
それは、好敵手との最後の戦いが成される事に対しての、期待のようにも見えた。
●覚悟の強さ
続いて打ち込まれる、氷霜の矢。
「王様が何だ!こっちはみんなの生活が懸かってんのよ!」
それを打ち込んだのは、雪室 チルル(
ja0220)。
波濤の如く連射される矢は、然しカインを貫く為ではなく、その動きを止める為。――次に、繋げる為。
召喚されるティアマットが、蒼井 御子(
jb0655)の傍につく。と同時に、竜見彩華(
jb4626)の放つ音符の刃、アクセル・ランパード(
jb2482)の放つ金炎の矢が、同時にカインに迫る。
音符の刃は跳躍により回避されたが、氷の矢を回避する為に体勢を崩したのもあり、金炎の矢は彼を貫いた。
「邪魔だ賊どもが――!」
その手からカウンターの如く、放たれる重力球。持続的に吸い寄せてくるそれを回避しきれず、チルルが被弾し、僅かに後退する。
その隙に――浪風 悠人(
ja3452)が、光の連弾を放ちながら、横に回り込む。
光弾を爆散させ、視界を遮ったその一瞬に、彼は武器を持ち変え。その横から更にカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)が潜り込む。
「‥‥王よ。最大の敬意を以って――お相手させて頂きましょう」
振りあげた刀はフェイント。振り下ろされる腕を弾き、王の鉄槌による直撃を避ける為の布石。
「ちぃ――っ!」
重力の鉄槌は狙った目標――カルマには掠りもせず、空を切る。
「ったーくあっぶねーなー!」
鉄槌が地を割る事によって巻き起こりし土煙の中から飛び出したるは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。光学迷彩デバイスを展開し、息を潜め機を待っていた彼女だが、偶然、カルマが逸らした王の鉄槌が近くを掠めた事で、土煙によって姿が現れてしまったのだ。
「けどまぁ、このラファル様が来たからには八卦さんの心折らせてもらうぜー。負けっぱなしじゃーかっこ付かねーからよ」
『山』のムゲンとの一戦に於いて、目的を達せず、逃げられてしまった。その鬱憤を晴らすかのように、彼女は、このカインとの戦いにも、挑んだのであった。
「余の心を折る、だと?――はは、冗談が上手いな!!出来る物なら――やってみたまえ!!」
「おうよ、そのつもりだぜ!」
全身の機械パーツを変形させ、格闘戦形態に変形する。
「おっと」
振り下ろされた重力鉄槌を回避し、再度光学迷彩を展開して潜行するラファル。
更に後衛のチルルの方から、打ち込まれる氷の矢。重力障壁でそれを弾いたカインの目は、続くティアマットの突撃に向けられていた。
「おめでとう、と祝辞を言わせてもらうね?」
一片の曇りもない笑顔。
「貴方は全ての目的を達せたじゃない‥‥これはどう考えてもお祝いだね! コッチの都合とか横に置いて言わせてもらうよ! おめでとう!」
それは紛れも無く、カインへの祝福。これには、カインも怪訝な表情を一瞬、浮かべる。
「それでも? 最後だけに来た身だけど。抵抗はさせてもらうよ」
一瞬にして、その顔は、戦士の顔へと変わる。
「……流れた汗は。血は。涙は。すべて本物。だから『勝ち逃げ』なんてさせてあげないっ!」
突進していたティアマットは急に停止し、吐き出すは超音波。元より対悪魔や天使の為の技ではないが故に、僅かにカインは不快感に眉を顰めるのみ。だが、その僅かな注意の分散が、ハンターたちに攻撃のチャンスを作り出した。
「ぬぅ――!」
カインは終に、回避を選択した。それは彼自身が、炉自体に比べて余りに多くのダメージを受けていた事に由来する。
直後――その背後から、悠人が、破邪の剣を振り上げる。
「覚悟は出来た――今度こそ、俺の全てを、受けてもらう!!」
剣に銀光が宿る。聖なる力のその全てを。彼の思いの、その全てを。
――悠人は、その剣に注ぎ込んだ。
「喰らえぇぇぇ!」
縦に、一直線に、光の神剣を、振り下ろす。
一閃。
――銀の刀光が、カインを薙ぐ。
覚悟と意地を込めた悠人の一撃が、彼を貫いたのだ。
「ははは…ははははははは!!」
大笑いするカイン。その額から流れる血が、彼に与えられたダメージの大きさを物語る。
「――それ程の覚悟、決意があったとはな――!」
重力が彼の周りに集う。カインもまた――その力の全てを、右手に注ぎ込み。そして、重力の力を、二つに分離させる。『浮かす力』と、『沈む力』に。
「ならば喰らいたまえ、余の覚悟を――!!」
「っ――!」
「王の、裁定――ッ!!」
悠人は、体が宙に浮かび上がるのを感じる。直後、その体が、驚異的な勢いを以ってして、地に叩き付けられる。
「ぐぁ――!」
回復の用意等、意味を成さない。カインはこの一撃のみで、悠人の体力の全てを、奪い去っていたのだから。
●計略乱舞
「っと――やっぱ当たっちゃいけねぇよなぁ」
再度姿を現したラファル。その手には、不可視の束縛の力。
「どうせ当たったら死ぬんだ。なら――当たらねぇようにするだけだ!」
薙ぎ払う様に横に腕を振ると、カインの動きが、止まる。
「ちっ‥‥また逃げたか‥‥」
忌々しくカインは舌打ちする。そちらに目を向けた瞬間に、既にラファルの姿は消えていたのだった。
「地の利‥‥人の利‥‥この戦場で俺が正面からやりあうのは、余りにも相性が悪い」
ほぼ全ての面に於いて、カインの能力はアクセルと相性が悪かった。
先ほど悠人を沈めた大技『王の裁定』等は、その最もたるものであった。故に。歯痒い思いをしながらも、飽くまでもアクセルは、遠距離からの援護に徹する。
己の秘める魔力を全て手元の紋章に注ぎ込み、金の炎と化し、矢として射出する。
それだけでカインが倒せるとは思わない。だが。或いは、一瞬の隙でも作り出せば――後は仲間たちが、その全力を発揮し、目の前の凶敵を打ち破ってくれるはずだ。
その金炎の矢の援護の元、カルマが再度、カインに接近する。
「削らせていただきますよ」
十字に振るうその刀閃が、重力障壁と激突する。
幾度も斬り付けてはいる。然し、その障壁が弱まる事は未だにない。強引に力を以って『弾いている』のではなく、『受け流している』が故に力の消耗が少ないのか。
「ならば‥‥!」
翻したその刃。蛇のように変幻自在の軌跡が狙うは王の足下。
「小癪な――!」
重力を集中させ、一発に耐える。然しカルマに向かって、反撃の重力球が打ち出されようとしていたその瞬間。
「蒼井先輩!同じ箇所狙って下さい!」
――前衛陣がカインの注意を引いていたその間に、彩華もまた、ティアマットを呼び出していた。そして、カルマがカインの意識を足の方に引いたその瞬間、彼女は事前に敬愛する先輩と打ち合わせた作戦を、実行に移していた。
全速で突進するティアマット。意識を足の方に引かれたカインはそれを回避できず、体当たりを直撃で受けてしまう。
「分かってる!」
続いて御子のティアマットもまた、体当たりを仕掛ける。
「何度も同じ手が効くと思うな――!」
一撃目で既に、王の威厳による障壁が揺らいでいる。今受けてしまえば、大ダメージは避けられまい。それをカインも理解しているのか‥‥彼は、意外な行動に出た。
「はぁぁぁ!」
局地的に『王の宮殿』を解除。僅かに重力を反転させ、八卦炉を『軽く』すると、それを持ち上げ、正面から御子のティアマットに『ぶつけた』。
無論、炉にも一撃のダメージは入っただろうが、元々これは堅固である。それ故に、激突したティアマットも、それなりのダメージを受けてしまう事になる。
「っ――」
召喚獣は召喚者と一心同体。故に召喚獣に与えられるダメージは、同じように召喚者にフィードバックされる事となる。
痛みに歯を食いしばり、一筋の汗が、額から垂れる。――だが、それでも、御子は、笑っていた。
彩華のティアマットも、また炉の陰から回り込み、先ほどと同じように、急所狙いの突撃を仕掛ける。
「賊がぁぁぁぁ!」
絶叫と共に、カインが無理やり、ラファルに仕掛けられた束縛を引き千切り、強引に回避行動を取る。然し、儀式により能力が低下した状態では、完全には回避できず、一撃が脇下を掠め、体勢を崩す。
「よっしゃ、頂いたー!!」
影から、今一度、ラファルがその姿を現す。束縛を解除されたのは痛手ではあるが、二体の召喚獣への迎撃を行う為にカインの体勢は崩れている。
接近すると共に、猛烈な掌底。衝撃がカインを突き飛ばす!
「ぬぐ…っぁぁ!」
王の威厳が解除されていなければ、その重力によりカインはその場に固定され、吹き飛ばされなかったかも知れない。だが、それが解除されている以上。王は――その玉座から地に落ちた。
●力の激突
――ここまでの撃退士たちの連携は、優秀と言う他ない。
故に回復の力が欠如していたにも関わらず、何名かが『王の鉄槌』『王の攻拳』によりダメージを受け、『王の裁定』により悠人が倒された以外は、カインに大きなダメージを与えながらも自身たちのダメージは余り増えていない。
「ふむ……」
だが、カインが吹き飛ばされ、炉から離れた事により。フィオナが彼と炉を同時に剣の雨にて攻撃する事は不可能となった。故に彼が体勢を立て直す前に、別の魔術を練り上げる。――必殺の為の、一刀を。
チルルの氷の矢の雨に、アクセルの金色の炎の光が乱反射して視界を遮り。その一瞬を突いてラファルが再度光学迷彩を展開する。
その攻撃を援護する為、銀の翼を広げ、全身を銀光と化して接近したカルマに、然し今まで彼を気にせず、主な攻撃目標としなかったカインが牙を剥いた。
「蝿が――ッ!」
振り下ろされる手。頭上から迫る重力の塊を、全力で身体を前屈みにし、更に加速して間一髪ですり抜け。刀ごと一条の銀光と化し、カルマはカインの足を刈るべく、強く刀を握り締める。
ふと、そこで違和感に気づく。
――カインの鉄槌は、両手で1セット。合わせればその分効果が広がり、こう簡単にはすり抜けられないはずだ。では、逆の手は、何をしているのか?
「フン…ッ!」
「!」
カルマの刃がカインを捉えた瞬間。カインの手もまた、彼の襟首を捉えていた。
――普通ならばこの掴みは、回避されていたかも知れない。だが、忘れてはならない。撃退士たちは、王の宮殿の超重力の影響下にあるのだ。回避行動を行うのは、著しく難しくなる。
「この状況ならば…最早外さん…!」
強引にカルマを力で振り回すように、ラファル、そして彩華と御子の召喚獣の突進を妨害する。
彼らが構えていた攻撃は、何れもグッドステータスの解除の効果がある物。この状態でカルマの銀光が解除されてしまうのは…得策ではない。
「……流石ですね。――ですが!!」
力を腕に込め、刃に伝わせる。血が、刃を伝わる。
「んぐ……っ、ここまでだ、賊人よ!」
地面にカルマを叩き付けたカインが、両手をカルマの腹部に叩き付けると。そこに重力球が発生し。猛烈な重力が彼を襲い、地面に叩き込んだ。
――カルマの身体を飛び越えるように、右腕を変形させながら飛び掛るラファル。空中でその腕が変形し、凶悪に、巨大化する。
「その宮殿も鎧も、打ち砕いてやらぁ!」
叩き付けられる鉄拳。衝撃の瞬間に、電磁力により手の部分が打ち出され、カインを貫く。
周囲に撒き散らされる、光の粒子。それがカインの重力を中断、無効化させていく。
王の防壁も、重力の宮殿も解除された。だが、それもまた、代償なしというわけではない。カルマによる回避援護がなくなった状況で、カインに接近するのは――危険な事なのだ。
「逃げ回ってくれた物だなぁ!…だが、終に捉えたぞ!!」
己が身を貫いたその手を、然りとカインの手が掴んだ。
猛然と突進するようにして、チルルの狙撃をかわし。ラファルを突進の勢いそのままに、八卦炉に叩き付ける。
「うぉあ!?」
衝撃で一瞬、動きが止まる。軽装の極みであるラファルの防御力は、元よりそれ程高いわけではない。物理的に全力で炉に叩きつけられれば、それだけで意識を一瞬失う可能性もある。
「このぉー!」
シンボルである雪結晶が描かれたスケートボードに乗り、チルルが高速で接近しながら、氷の矢を乱射する。然し不安定な足場に於いては、その命中率は低下し、矢の殆どは炉に遮られたり、上に外れたりしている。ラファルとカインが密着しているのも、狙いが付けにくい理由か。
それでも、数を打てば当たると言うもので。何発かはカインに突き刺さった。然し、スキルを中断させるには、それだけでは足りない。カルマが行ったように近距離から衝撃力を持った技で弾く――若しくは中断の効果を持った技を叩きつけなければ、完全には中断は出来ない。僅かに歯を食いしばりながらも、尚もカインは、その手を離さない。
「余の全てを賭けて、守りきってやろうぞ…!」
「離しやがれんのやろうがぁ…!」
押さえ込まれた手に持っていた刀を逆の手に投げて持ち替え、それをカインの目めがけて、全力で突き出すラファル。顔を傾け、直撃は回避するが――掠めた刃により、カインの目の下から、血が噴出し、その目を覆った。
尚もそれに構わず、両手で叩き潰すように拳をラファルに押し付ける。
「砕け散れ賊がぁ!」
重力の鉄槌が、二重で叩き付けられる。防御能力に優れないラファルが、これに耐えられる可能性は皆無であった。
「くっそが‥‥あの中を見てみたかったんだが‥‥なぁ‥‥」
●王の誇り
ラファルは倒れたが、その一撃――王の威厳、王の宮殿を解除したその一撃は、十分な利を撃退士側にもたらした。
「っ‥‥」
召喚獣を一度解除した彩華が、再度それを召喚。その癒しの力を以って、自身の体力を回復させる。カインが重力場を再展開するその隙を狙った行動であった。
そして、再度障壁が展開されるその前に、御子のティアマットの放つ雷撃が、カインを襲う。
「っ…ぁ!!」
最早残る体力は極々僅か。カインが倒れるのは時間の問題だ。だが、それでも彼は倒れる様子はなく。その両足でしかと地を踏みしめ、鬼神の如き形相を浮かべる。
「――この王を倒したくば、その程度ではまだ足りん…!」
「ならば我が、その誇りを打ち砕いてくれよう――!」
右手に黄金の聖剣を掲げ、フィオナが手を前に突き出す。
「これが我等最後の戦いと言うのならば、我も出し惜しみはすまい‥‥!」
狙いを合わせるように、横への一閃。
「まだだ‥‥まだ余は死ねん‥‥!」
光の軌跡が頭上を掠める。返す手を振り上げ、重力がフィオナの足元を襲う。
「ふん‥‥!」
フィオナもまた、間一髪でその一撃をかわす。
両者共に、一撃必殺の技の打ち合い。どちらでも当たれば即倒する。ギリギリの戦いは、然しフィオナの方に分があった。
「はぁっ!」
飛来するもう一体のティアマット。回復した彩華が操るそれは、前方に雷光弾を放ち、フィオナの必殺の一撃に注意を取られているカインを強打する。
御子の雷撃を何とか回避するが、このまま近距離で三名に囲まれている状態は、決してカインの好むものではない。
「――ああぁぁぁぁ!」
重力を僅かに軽くし、手元に八卦炉を引き寄せる。
それを振り回すと同時に、巨大な重力球をその外周に形成する。巨大な鉄槌と化したそれで、一瞬だけ、撃退士たちに後退を迫り、彼らとの距離を引き離す。
重力の鉄槌が振り下ろされ、天井から無数の鍾乳石が落下する。重力の宮殿の影響で速くは動けない事もあり、カインへの接近は困難を極めた。
――元より、五分耐えれば彼の目的は達せられる。それでも敢えて、炉を軽化したまま逃げ回らなかったのは、好敵手への敬意ゆえの事もあったのだろう。
だが、それもここまでと言う事か。このまま逃げ回られながら鉄槌を連打されれば、近づけまい。
「――手伝って」
アクセルに目配せすると、彩華がティアマットを突撃させる。雷光弾を連射し、突進するそれに向けて無数の岩が落下するが、
「やらせませんよ…ええ、俺にできる事は、この程度ですからね」
アクセルの焔の矢が次々と、それを打ち砕き、粉砕させていく。
「哀しい事のせいだとしても、貴方の誇りはきっと本物――ですので、此方も人の…絆の力、お見せします!」
「ぬぅ…っ!」
岩による障害物が無い以上、直接攻撃にて迎撃するしかない。
「最早出し惜しみはせん‥‥滅びよ!!」
既に小技で相手にしている場合ではない。ここで倒さねば、囲まれ、不利になっていくのはカインも同じ。
故に、彼が選択するは、最大の技――『王の裁定』その一択のみ。
「潰れろ――!」
重力がティアマットを空中に持ち上げ、そして振り下ろされた手に沿って、重力がそれを地面に叩き付ける。
召喚獣の霊的重量は、召喚者と分担される。故に猛烈な叩きつけは他の者程のダメージを及ぼしては居ない。だが、それでも――起死回生すら出来なくするレベルのダメージを与えるには、十分であった。
――然し、彼女の突撃は。時間を稼いだ。――フィオナと御子のティアマットが、カインに接近するだけの時間を。
囲まれた彼は、どうしても片方しか対応は出来ない。
「あぁ、もう――ちょっとぐらいは削れて!」
放たれる超音波。敢えて干渉、妨害に徹した御子の行動は、然しカインに、本命が誰なのかを察知させる結果となる。
「そこかぁぁ!」
「ああ――最早逃げも隠れもせん――!」
片や、黄金の聖剣。放つは無限の聖なる光。
片や、漆黒の轟拳。秘めるは相反する重力の力。
カインの体力は最早微か。立っていられるのさえ不思議な程だ。然しその重力の一撃は与しやすい物ではなく、当たればフィオナと言えど、立ってはいられまい。
――次の一撃。当たった方が勝つと、両者共に、痛いほど承知している。
故に両者共に、後先を考える事はなく。ただ目の前の敵に一撃を加えるべく、全力で、一撃が放たれる!!
「「はああぁぁぁぁ!!」」
金の光が一閃する。それがカインの体に届く前に、フィオナは重力によって宙に持ち上げられる。
「潰れろ、賊よ――!」
「甘い――!」
落ちる勢いそのままに、フィオナは聖剣を掲げる。そのまま、落下の勢いをも乗せて――振り下ろす!!
――シュッ。
光の刃が、カインを引き裂き。断ち切る。
だが、フィオナも、既に立ち上がれなくなっていた。決して、膝をつかなかった、彼女が。
「またいつなりとも挑むがいい…我が身は貴様が転生するまでの間ぐらいはこの世におろうさ」
伏せていながらも、フィオナは断ち切られたカインに語りかける。
「‥‥何せ我は、人、天、魔‥‥三界の力を身に宿す王であるが故な」
「ふ‥‥ふはははは!」
笑い声を上げる。
「余はあの世などと言う物は信じておらん。‥‥だが、それを名乗るのならば。‥‥『神』との対決は避けられぬだろうな」
「ふん。神が何だというのだ。‥‥我の前に立ちはだかるならば。倒して見せようぞ‥‥!」
「そうか。…では余は天の頂から、それを見るとしようぞ」
立ったまま、満足げな笑みを、カインは浮かべる。
「精々足掻いて見せよ、人の王よ――!」
そして、彼の姿は、光の粒子と掻き消えた。
●炉の光
カインを斃した撃退士たちは、改めて炉の攻略に取り掛かる。然し、フィオナの剣雨や、他に盾にした際に炉に何発か攻撃が既に当たった事もあり、ある程度炉にダメージを与えていたとは言え――残るハンターは三人。炉を完全に破壊するには、些か火力が足りない。
「これは‥‥」
猛然と四方から金炎の矢を打ち込みながらも、アクセルの額を一筋の汗が伝う。
チルルと彼が一斉に射撃を行い、御子操るティアマットの魔弾が、一斉に炉に打ち込まれる。
だが、彼ら三人は何れも今回の作戦に於いては『牽制』を重んじ、チルル以外の二人はそれ程火力が高いわけではない。
猛烈な連撃を以ってしても、時間は‥‥足らなかったのであった。
――猛攻を行うのであれば、全員で行うべきだ。牽制に徹する者が居たのならば、攻撃者が居なくなった時に、火力が足りない結果となる。そして、残った者が誰であろうと――炉を割る為には、最大の技を準備しておくべきだったのである。
光の柱が立ち上がる。
それは、岡山の方へと向かい――そして消える。
カインは斃したが故に、全ての力が返された訳ではない。
――しかし、全ての力を阻止した訳でもまたなく。今一歩。八卦たちの計画は、前進の途を辿っていた。
――ドクン。
『森羅万象』の名を持っていたその老人は。彼自身の宮殿の中で、静かに――目覚めの時を待っていた。