●復讐は己の為ならず
「全く‥‥王様にも色々あるけれど」
ヴァニタス――『天』のカインの側頭部を蹴り付け、そのまま華麗に空中で一回転。着地した高虎 寧(
ja0416)が、槍をカインに突きつける。
「――傲慢過ぎるのは、排除したい存在なのよね。‥‥全く、うちの理想の『主』は、どこに居るのかしらね」
「ほう‥‥王に武器を向けるとは‥‥覚悟はできておろうな?」
獰猛な笑みを浮かべ、王を名乗る男はその拳に重力を纏う。
だが、その拳が打ち出される前に、彼を制止した声があった。
「待て。王たる者が、話も聞かずに始めるのか?」
腕を組み、堂々たる風格を纏い、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が歩み出る。彼女の言葉とほぼ同時に、撃退士たちが、ヴァニタスの周囲を取り囲む。
そのフィオナは、周りの状況を一瞥し‥‥
「‥‥なんだあれは。貴様、よもや人質などという姑息な真似では無かろうな」
「人質?余が汝らを恐れるとでも?」
予想通り。にやりとフィオナの顔に、僅かな笑みが浮かぶ。
「でなくば解放せよ。その程度の度量、見せられぬようでは我の侮蔑は免れぬと知れ」
王のプライドに乗じた、明確な挑発。読みが正しければ、これでカインは人質を解放する――
――はず、だった。
「何を寝ぼけた事を言っている? 王が、王の眷属に仇なした者を見逃すと思うか?」
「眷属‥‥だと?」
フィオナは、そのカインの言葉に僅かばかりの違和感を覚える。彼自身ではなく、彼の眷属‥‥?
「余が動くのは余自身のためではない‥‥この場に於いて。このクラスに於いて! 殺害された、我が王弟のためだ!」
激昂するその体から、重力波が迸る。
「本来はこの教師より聞き出すつもりだったが‥‥賊人、貴様らが来たからにはそう悠長には行っておられん‥‥纏めて、滅する!」
その言葉に、フィオナは、交渉が決裂した事を悟る。だが、交渉とは、どうしても相手の返事を聞くと言う仕様上、一歩初動が遅れる。彼女が合図の言葉を放てるより一歩早く。重力波が一帯を包み込む。
「王の御前である‥‥平伏せよ!」
「貴様はもう少し見るべきものがあると思ったのだがな‥‥期待外れだ。故に最早是非も無し‥‥だが、一応の縁だ。‥‥我直々に始末をつけてくれよう!」
重力の王宮が辺りに構築される中、合図の言葉を受け取った撃退士たちは、一斉に動き出した。
●救いの声
一方、同時刻。
「何の用だ?」
「こういう者です。校長先生にお話があります」
職員室入り口。浪風 悠人(
ja3452)を出迎えた、体育教師らしきガタイのいい先生は‥‥彼が撃退士の証でもある久遠ヶ原学園の学生証を見せた直後、急いで校長の所へ通してくれた。
(「物分りのいい人でよかった」)
校長の前に通された悠人は、ゆっくりと口を開く。
「落ち着いて、聞いてください。天魔が、今上の教室に居ます。今、仲間が調査中です」
あんぐりと大口を開ける校長を、真っ直ぐな目で見て。悠人は言葉を続ける。
「これからお話しするルールに従って放送をし‥‥生徒や教職員の全てを避難させてください」
全ては、助けるために。今度こそ、守る為に。誰一人として、死なせない、そのために。
しばらくして、放送は校内に流れる。火災が三階で起きた事。校庭側は消防車が来る可能性があるので、裏口から避難して欲しいとの事。そして、取り残された人は救助隊が対応するので、誰かいなかったとしても、決して戻らない事。
全校に届く以上、恐らくこの放送はヴァニタスにも伝わっているだろう。
だが、それを知っても彼は何も出来ないはずだ。頼れる仲間たちが、彼に当たっているのだから。
軽く自分の胸に手を当て、悠人は自らも避難誘導を助けるべく、駆け出していく。
●王宮の中で
「‥‥目測を誤りましたか」
僅かに、汗を浮かべたのはカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)。合図があった瞬間、一気に踏み込み‥‥意識を刈り取る一撃を以って『王の宮殿』の展開を阻止するつもりだった。しかし、交渉により行動が後手に回ったせいで、逆に『王の宮殿』の影響を受け、射程内まで近づけなかったのである。
詰め寄る彼の目の前を、影が横切る。
(「まさか、こんな重大な役目任されるなんてねぇ‥‥ま、親愛なる主君も見ていることだし、やるしかない、ってか」)
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)の速度は、この重力下にあって尚、一般の撃退士を遥かに上回る。ドアの外に控えていた彼は、主君の合図を聞いた瞬間‥‥一気に飛び出し、救出対象である赤松に接近し、その肩に抱えあげる。
「ちょっと我慢してね、直ぐに病院に運ぶから!」
「またもや同じ手か。芸のない物だ」
アクセル・ランパード(
jb2482)が、ルドルフを庇う様にして共に移動するのを見て、カインは言い放つ。
だが、その視線は直ぐに、寧によって遮られる事となる。
「大人しくして貰うよ!」
敢えてカインの前、至近距離に立ち、印を指で編んだ瞬間。彼女の影が伸び、絡み付くようにしてカインを捕らえる。だが、それはただ一瞬。
「ふん‥‥小細工をォ!!!」
裂帛の気合。噴出される重力波。一瞬の重力の揺らぎと共に、影が引き裂かれる。
元より、この術は抵抗される可能性がある代物。相手の方が能力が高ければ、効かない可能性がある代物なのだ。
だが、これも織り込み済み。
「命図!」
「よっしゃ、喰らえ!黒い鎖は比類なきパッションの現れだッ!」
鎖が地から伸び、カインをその場に縛りつける。
「さぁ、みんな、今のうちにここから出るのよ!」
前方で激戦が繰り広げられているその間。雪室 チルル(
ja0220)が、教室の後ろで怯えている生徒たちに声をかけ、手を差し伸べる。
しかし――
「う、動けない‥‥です」
撃退士ですら行動に制限を受ける程の超重力である。鍛えていない生徒たちが、この中で自力で脱出するには、著しい困難があったのである。
一部、スポーツをやっていると思わしき生徒たちは何とか這って移動しているが‥‥その速度は、正しく『牛歩』と言うより他ない。
「くっ‥‥がんばって!」
負傷者には手当てはしたが、重力の影響である以上それで速度が速まる訳もなく――
●重さの力
「逃すか!」
一方、教室前方。片腕を振り下ろしたカインの、超重力の鉄槌がルドルフに向かっていく。
寧が視線を依然と遮っていたが‥‥元よりこの技は一定範囲を攻撃するが故に、射線も視線も必要はない。大体の位置の目星が付いていれば良い。
そして‥‥ルドルフが辿るのは外への最短距離である。それ故に、予測もしやすい。
「俺の矜恃に賭けて‥‥これ以上の被害は出させません!」
とっさに振り向き。アクセルは白き守りの翼を展開する。その翼はルドルフと赤松を包み、重力による全ての圧力をアクセル一人に集中させる!
「ぐ‥‥ああぁぁぁ!」
全身の骨ををボキボキと折られるような痛み。
ルドルフの速度についていくため、全精力を移動に集中していたのが仇となった。盾を構えるのが一歩遅く、重力の鉄槌を防ぐには至らなかった。
「アクセル!!」
「構うなっ!」
怒号が、ルドルフに、事前の約束を思い出させる。
――俺を気にして教師が亡くなられたら、俺の負けですから。
――だから俺に構わず、全力で――
次の瞬間、アクセルは、教室の床に沈められる事となる。
「くっ!」
それを見ないように、振り向かないように。
ルドルフは全力で足に力を込め、突撃しようと――
「遅いッ!!」
逆手もまた、振り下ろされた――そう撃退士たちが認識した瞬間。重力の鉄槌が、ルドルフに向かって振り下ろされる。
――全力で突撃する際、人間は自然と前屈みとなる。
故に全身の内、最もその場を動くのが遅いのは‥‥力を入れた、利き足である。
「ぅ‥‥っ!」
利き足を折られた。そう認識したルドルフ。
しかし、その突進の勢いは緩まない。無事な片足で全力で地を蹴り、そのまま窓へと突進。
「ゆけっ!」
フィオナの投影した剣が、貫くようにその窓を破砕する。ガラスから赤松を守るように抱きかかえながら目を閉じ、ルドルフはそれを突破する。
そのまま、足を壁に向かって伸ばす。忍軍特有のスキル、壁走り。
だが――人一人抱えてバランスが取り難い状況、そして重力が赤松とルドルフ自身の重量を上昇させてその難易度を倍増させ――何よりも、片足を負傷している状況。うまく壁に張り付けず、そのままルドルフは、赤松を抱えて落下する事となる。
三階程度の落下、撃退士にとってはどうと言う事はないはずだ。
――ここが、超重力の影響下でなければ。
「っち、やっぱ重力増加とか、俺の敵でしかないよね‥‥」
ゴシャッ。
●欺瞞の代償
避難誘導を手伝っていた悠人は、不穏な雰囲気が漂っている事を段々と、感じ始める。
耳を立ててみると――
「ねぇ、これ本当に火事?」
「ちょっと‥‥怪しくない?」
「火事で建物全体が震えるってのはないでしょ?爆発音ではなく、何かが叩きつけられている音みたいだし‥‥」
誤算であった。カインの能力上、広域に影響を及ぼし、破壊する事は明白。
その兆候に、避難中の一般人が気づかないはずはない。
不安は、ゆっくりと伝わっていく。
(「どうすれば‥‥!?」)
そして、それは終に、ある一言で爆発する。
「ねぇ、大量の怪物が前襲って来た時も、こんな感じじゃなかったっけ?」
――暫しの、静粛。
「うわぁぁぁぁあぁ!?」
『岡山の乱』と呼ばれたあの事件を、経験した事のある者が居たのだろう。それは恐怖を呼び起こし、そしてそれはパニックを引き起こす。
争い、我先にと、生徒たちは逃げ出す。もはや放送の事など脳裏から消え去っている。校庭側へと逃げ出す生徒たちも、居たのだった。
●牽制、鉄槌
「いつまでも‥‥余を縛っていられると思うなぁ!」
バリン。引きちぎられる白の鎖。
「ならばもう一度、黒いレジェンドを食らわせてやるぜ!」
再度放たれたメンナクの鎖を、しかしカインは横にステップし、かわす。
「触るだけで捕らえられると言うのならば、態々触ると言う愚を冒す王ではない」
「なら、これはどう?」
振るわれる寧の槍からは霧が放たれ、カインの視界を覆う事に成功する。
「やっと、追いついたぞ!」
銀色の翼を纏うカルマが、腰の刃に手をかける。
一閃。銀の剣閃は、終にカインの意識を刈り取り、王の宮殿を一時的に停止させる。
「今のうちよ!」
重力がなくなった事を感じ、チルルが両手で座り込んでいた生徒たちを引き上げ、脱出を促す。
「ぐ、うううううぅぅ!」
うなり声を上げ、カインが悶える。その体に秘める重力の力が、彼のコントロールを離れたのだ。
地に叩きつけられる、無数の重力の鉄槌。
「理性を失って暴走するとは‥‥王たる風格とはいえぬ。せめて我が引導を渡してくれよう」
フィオナの大剣が、カインに叩きつけられる。
しかし、痛みすら感じないのか。「賊人」と呼びながらも、ライバルとした「人の王」に何の感慨も見せず、「魔の王」は暴れ続ける。
「がふっ!? すごい‥‥ムーブ‥‥だぜ」
重力の鉄槌から生徒を庇おうとした命図‥‥失礼、メンナク。だが、域に及ぶこの攻撃に対しては、射線に身を挺しても、意味はないのだ。倒れるメンナクを見て、チルルは更に生徒たちを急かす。
「死にたくなかったら早くいきなさい!」
だが、無差別な鉄槌に、慈悲等ある筈もなく。チルルの眼前で、鉄槌は振り下ろされた。
●動かぬ者への鎮魂歌
ランダム位置への攻撃は、幸いか災いか。
四発の内の二発は誰にも当たらずに済んだものの、残りの内1発はメンナクを押しつぶし、最後の一発は不運にも入り口付近へと着弾。チルルが逃がそうとしていた生徒たちを叩き潰した。
「――やってくれたな‥‥!」
意識を取り戻したカインの怒りは、意識を刈り取ったカルマへと向けられる。
この状態で後ろに回りこむ事が出来るはずもなく、
(「せめて囮として役に立つ事を祈るばかりか‥‥!」)
正面から、再度刀に手をかける。だが、その刃が抜かれる前に。
「余が二度も同じ手を‥‥!」
打ち出される、重力球を纏った拳。
回避しようと、思った。しかし、重力球が吸い寄せるようにして、それを許さなかった。
カルマの腹部に拳がめり込む。そして、そのまま投げるようにして、カルマをルドルフが通った窓に向かって、投げ飛ばす!
「がっ‥‥」
そのまま、超重力の中、下へと落ちていく。
「見苦しい真似を見せてくれたな」
「ああ、それについては余は素直に詫びよう」
ガキン。剣は重力球とぶつかる。フィオナの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
「王ならば、非礼は命で詫びるのだな」
「それは出来ぬ。余にはまだやるべき事がある」
「何!?」
「もしも余が、この場で貴様の臣下二人を殺害したとしよう。‥‥貴様は、余を許せるか?」
カキン。重力球が剣を上に弾く。
カインの逆手から打ち出された重力球に対し、フィオナは術式をとっさに展開する。
「開けッ!」
開く門から魔力が流れ込み、結界を展開する。
しかし、重力球は、結界と二度ほど衝突し、火花を散らしながらも。三度目に於いて、ぬるりと結界をすり抜けたのだった。
「っ‥‥この程度で勝ったと、思うか?」
天界と魔界。その違いもあり、フィオナのダメージは小さくはない。何とか矜恃とプライドが、彼女を支え、立たせている状態だった。
「別に、貴様に勝つことが、余の目的ではない」
寧が牽制用の技を使い切り、カルマが建物外へと投げ出され、メンナクが倒れた以上。既にこのヴァニタスへの牽制用の手段を持っている者は居なかった。
「よくもやってくれたわね!」
突き出されるチルルの大剣。その先冷気が集結していく。
「くらいなさい!」
放たれた吹雪。しかしそれを防ぐような素振りを、カインは取らず。寧ろそのまま後ろに跳び‥‥窓から、外の校庭へと舞い上がる。
「おい、にいちゃん、大丈夫か」
校庭。何とか意識を取り戻した赤松は、落下の際自分を庇ったと思われるルドルフを揺する。
「ん‥‥」
僅かに意識を取り戻す、ルドルフ。
これで助かる。赤松の顔に、一筋のうれしさが浮かんだ瞬間。
「――とでも思ったか、悪人よ」
空中から、重力の鉄槌が振り下ろされた。
ゴシャッ。
●過ぎ去る物
――結果として、悠人が撃退士の身分を示す事で、何とかパニックを抑え、他の階の生徒は全て無事に避難する事に成功した。
だが、赤松のクラスは‥‥教員、生徒全員を含めても。生き残れた者は、一人も居なかったのである。
「行こう」
それでもせめて、少しでも情報を得ようと。負傷していない撃退士たちは、避難した生徒たちの所へと、向かったのだった。