●王前問答
「やらせませんよ!」
低空を滑るように、前へ駆ける。横から滑り込むようにして、アクセル・ランパード(
jb2482)が、夫婦の前に立ちはだかる。
目の前に迫るは、重力を凝縮した黒い球。だが退く訳には行かない。後ろの者を、守らなければいけないのだから。
光の翼のオーラで背後の者を包み込み、衝撃から守ったのを確認し。正面から飛来した重力球を、彼は銀の円盾を構え、正面から受け止める。
「ぐっ‥‥流石に、重いですね」
体を蝕むような重力の吸引。足を踏ん張り、何とかそれに耐えながら。強引に盾を横に振りかぶる。軌道を捻じ曲げられた重力球は横に飛び、本棚の一つに直撃し‥‥それを圧縮、粉砕する。
(「彼もまた、復讐者‥‥いえ、今は、それを考えている場合ではありませんね」)
首を横に振って、雑念を振り払う。
巫女服を纏った神城 朔耶(
ja5843)が、アクセルを癒しの光に包み、重力球に与えられた傷を癒す。
「余の前に立ちふさがるからには‥‥覚悟は出来ておろうな!」
目をカッと見開き、怒りの表情を浮かべるカインに。‥‥アクセルの後ろから、女性が歩み出る。
「久しいな‥‥貴様がここの跡取りだったか? ならば自らを王と称するのも合点がいったわ」
「成る程、貴様も来ていたか。ならば、余の前に立ち塞がるのも納得がいく」
厳然たる風格を浮かべ、ヴァニタスと対峙するのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。幾度も剣を交えたからこそ分かる。同情など、目の前の相手は望んではいない。‥‥それを掛けるほどの感情を、自身も持ち合わせてはいない。
彼女らが言葉を交わすのとほぼ同時に。
「これ以上好き勝手に暴れさせはしない。少しの間、大人しくして貰う!」
部屋の隅の暗闇から、影が伸びる。それがカインの足に絡みつき、その動きを封じると共に‥‥別の方角から、二枚のカードが飛来し、カインに纏わり付く。
「む‥‥これは、封印術の類か?‥‥小ざかしい真似を」
身に纏わり付いた、『クラブのA』が描かれたカードを見て、カインは忌々しく吐き捨てる。
「奇術師(マジシャン)にとっての最高の褒め言葉、ありがとうございます」
影から、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が歩み出る。生粋のパフォーマーである彼は、例えヴァニタスと相対していようが、その根本が変わる事は無い。
――最も、今回のパフォーマンスには、前回は『救えなかった』事に対する、自分への雪辱戦と言う意味合いもあったのだが。
「悪魔に従ってまで復讐した所で‥‥何かが変わるのか?精々気分が晴れるだけだろ。他に遣り様はなかったのか?王が‥‥聞いて呆れる」
カインの足を縛っている影をギリギリと締めながら、神凪 宗(
ja0435)がカインに問いかける。
「気分が晴れるならば、それでいい。王の気分が悪い故に、その原因を取り除く。何か問題があるのか?」
「‥‥だが、罪は法で裁かれるが筋。復讐者が法の外の者であろうとそれは変わらぬ」
「はっ、仮にも王を目指していた者。その様にも考えが浅はかなのか!?」
フィオナの言に、カインは鼻で笑う。
「この世の法は、常に強者を罰しない。‥‥金があらば、それで法の裁きを逃れる逃げ道を作る事が出来る。権力があらば、それを以って法を変え、己に有利にする事が出来る。本当に法だけで全てを変える事ができると思ったか!?」
「だとしても‥‥人を統制する立場であるはずの『王』は、自らを制せねばなりません。聞かせてください、カイン。貴方は『王』なら、何故自身の感情を自制出来ないのです?」
銀光輝く大太刀を横に構え、一寸の油断も見せずに、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は言葉を紡ぐ。
「余は王だ。神に非ず。故に、感情があり‥‥故に、統制する仕方がある。貴様は、感情持たぬ機械の如き王が人を統制できると思うか?‥‥余が間違っていると思うのならば、力でそれを示せ」
最早言葉は無用。そう理解したカルマの目に、暗き光が宿る。
「ならば――『銀』、参ります」
すっとその姿が、書斎の照らされぬ闇の方へと溶け込んでいく。
●救うための一手
一方、前で味方がカインと接している間に、アクセル同様、夫妻の方へと駆け寄る浪風 悠人(
ja3452)。
「お二方とも、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、あんたたちは‥‥」
「久遠ヶ原学園の撃退士です。あの方の狙いは貴方たち二人だと思いますので、落ち着いて避難してくださいませんか」
アレン・ファウストは、悠人の説得に納得し、そのままアクセルの後ろに立つ。だが、妻――レイチェル・ファウストの方は‥‥
「いやよ!私の子供に、何をするつもり!?」
悠人が引っ張るようにして止めなければ、今すぐでも戦場に駆け出して行っただろう。
暴れるレイチェルをこのまま避難させるのは至難の業である。故に悠人は、最後の手段を使うことを余儀なくされる。
「もう貴方のお子さんは、死んだんです!!」
心を抉るこの言葉は、放ちたくは無かった。だが、無事に夫妻を救助するためには、これしかなかった。『気迫』を乗せたこの言葉は、心を打ち砕くかのように、レイチェルを気絶させる。
それを抱え上げると、アクセルが警戒し、盾を掲げる中。四人は階段へと向かっていく。
●舞台裏の舞踏
「俺という黒騎士は、お前たちを天魔から助けるために来たのさ」
バンと一階の扉を開け放つなり、命図 泣留男(
jb4611)が放った言葉は一瞬で場を凍りつかせた。
使用人たちは皆、一様にして『誰?この変なヤツを館に入れたの?』と言う顔をしている。
「天魔が来ているんだ、早く避難しないと危ないよ、レディたち」
天使の微笑を浮かべるが、その効果は恐らく先ほどの言動に相殺されている。
「誰か、これの話を理解できる人は居る?」
メイド長が、周囲の使用人たちに問う。
「俺は撃退士だからな」
しばしの説明の後、 メンナク――命図 泣留男は何とか使用人たちに現状を説明する事に成功する。一階の避難をメイド長に任せ、彼は二階へと急ぎ‥‥同様の説明を行おうとする。
だが、ここで唯一誤算だったのは‥‥現状を理解した使用人たちがパニックに陥った事。結果として、彼は一階の避難を優先して協力し、行う事となり‥‥二階への到着が、やや遅れる事となる。
二階の使用人たちに、階段から降り玄関から急いで逃げ出すべきと指示を出した瞬間。
――ズズーン、と鈍い低音を立て、館が揺れる。
●王の怒り
「王の眼前から、そう簡単に逃げられると思ったか!?」
アクセルと悠人が夫妻を連れ出そうとするその動きは、カインに目撃されていた。
そして、眼前から獲物を盗もうとする敵に対する、王の行動はただ一つ。
――それを捕縛し、叩き潰す事。
「この王を嘗めた事、後悔させてやろう‥‥‥『王の宮殿』!!」
彼の全身から重力の波動が噴出し、自らに纏わり付いた影とカードを引き裂きながら、周囲全体に吹き荒れる。直後。
ズン。
まるで館が1段階地盤沈下したような錯覚を、撃退士たちは覚える。
――館全体に掛かる重力が、爆増したのだ。
「大丈夫ですか?」
「うぬ‥‥っ、すまんな」
膝から崩れ落ちたアレンを、下からアクセルが受け止める。
「フィオナ、そちらは任せましたよ」
「ああ、任せておけ」
フィオナに一言掛け、ゆっくりとアレンを支えながら、アクセルは階段へと歩いていく。
撃退士でさえ影響が出るレベルの重力増加だ。一般人では、この中では歩く事もままなるまい。
「しかし‥‥これは厳しいですね」
レイチェルを担いだまま前進する悠の頬を、一筋の汗がつたい、流れ落ちる。
常時ならば、彼だけならば。1動作で、階段まで駆け‥‥脱出できたのだ。だが、一般人をこの高重力下で担いで行くと言うのは、著しく彼の速度を低下させていたのだ。
「またもや同じ技か。最早見飽きた」
この重力下でも、フィオナは背筋を真っ直ぐ伸ばし、目の前の敵を睨みつける。
彼女のプライドが、彼女に下を見ぬ事を許さない。故に、歯を食いしばりながらも、涼しげな表情を浮かべ――彼女は己の魔術を紡ぐ。
「新たな技、見せてやろう」
彼女の周囲に浮かぶ、無数の魔術球。それらから一斉に無数の、様々な武器が雨霰と放たれ、カインの全身を抉る。
重力下でも問題なくこの技がカインに直撃したのは、この技が天界の気を応用した物だからと言うのも要素の一つだろう。
全身を引き裂かれたカインは、然しフィオナの方を見ては居なかった。
その目が見据えるのはただ、ファウスト夫妻のみ。
「余は‥‥逃がさぬと、言っただろう!」
振り下ろされる左拳。
「王の、鉄槌ィィィィ!」
ドン。
夫妻を支えるアクセル、悠人の足が、地にめり込むようにして沈む。
「――重力増加を攻撃に転用したか?」
影からカインへと忍び寄っていたカルマが、小声で推測を述べる。
確かにフィオナが間に立ちはだかった事により、射線は阻まれた。
だがしかし、それで阻めたのは、重力球など『射線』を必要とする技のみ。上空から重力を打ち下ろすこの技に対しては、無力であった。
「ぐっ‥‥負けるわけには、行きませんね‥‥!!」
庇護の翼を全力で展開し、防御を試みるアクセル。重圧に全身がミシミシと悲鳴をあげる。自身を含んだ、三人分に掛けられた圧力が、彼を押しつぶしていく。
「‥‥守り‥‥きりました」
重圧が止むと同時に、彼はその場へと崩れ落ちる。
防御を得意とするとは言え、元より天界の者である彼。それが、三人分のヴァニタスの攻撃を一斉に受ければどうなるか。分かりきっていた事であった。
だが、アクセルが抉じ開けたこの一瞬の隙に、悠人は彼が咄嗟に突き放したアレンを受け止め、再度階段へと向かい‥‥そして、一階へと脱出する。
●激突
「よくも邪魔してくれた物だ‥‥貴様も食らえ!」
そのまま、ワンモーションで逆の手――右手も振り下ろされる。
重力の鉄槌が、フィオナに叩き付けられる。ギリギリと軋む体に、それでもフィオナは膝を折ることはない。
――しかし、それはダメージが無いという事ではない。彼女の技、無数の剣戟を射出する『円卓の武威』は、天界の技術を用いる事で更なるダメージを得るのと引き換えに、自らへの悪魔側の攻撃の威力もまた高まるという諸刃の剣。
「‥‥もう一度、動きを止めさせてもらいましょう」
マステリオが、再度大量のカードを空に舞わせ、カインの動きを止めるべくその体へと飛ばす。だが、重力の影響もあったのか。カードはカインの体を掠り、切り裂くが‥‥その動きを止めるには至っていない。
この隙に朔耶がヒールをフィオナに施すが、ダメージは余りにも大きい。完全回復には至っていない状態だ。
「ぐっ‥‥邪魔だな、これは」
落下する本を切り払いながら、宗は毒づく。
側面、背後に回りこむべく、包囲するように両側から進んでいた彼とカルマは、しかし重力により倒れこむ本棚や、落下する本に阻まれ、思うように前進できていない。
‥‥元々、ここは障害物が多い『書斎』なのだ。
何とか背後に回りこんだ宗は、丁度カインが両腕を振り上げる瞬間を目撃する。
あれが振り下ろされれば、味方への大ダメージは恐らく免れない。故に、彼は突進する。
「至近距離だ‥‥貰ったぞ!」
背後からの、突進と雷光を乗せた一突き。しかし、その刃先がカインへと近づくにつれ、宗は、己の武器がとてつもない重さを持つ事を感じていた。近ければ近いほど、重力が強まるのだろうか。
極めて高い命中能力を誇る彼の刃先は、それでもカインに届き、その背後に突き刺さる。
「ち‥‥小ざかしい暗殺者めが!」
雷撃による体の痺れを感じながら、強引にカインは両手を『同時に』振り下ろす。
今まで無いほどの広範囲に、重力の鉄槌は振り下ろされる。
それを目の当たりにしたフィオナ。彼女の辞書に、恐れと言う文字はない。飽くまでも進み、敵を打ち砕くのみ。故に彼女は、防御ではなく攻撃を選ぶ。
「正面から、打ち砕いて見せよう!」
無理やり再度、魔力球を練成する。そこから放たれた無数の刃は、重力の鉄槌の下から潜り込み、カインを四方から突き刺す。
鉄槌による、爆風。
それが晴れた時、カインの体には、魔力の刃がいくつも突き刺さっている。だが、それは直ぐに四散する。術者であるフィオナが気を失った証拠だ。
マステリオと宗は何れもそれぞれ空蝉、トランプマンでの回避を試みたが‥‥非常に広域に及ぶこの技の前では、無効であり、地に叩き伏せられる事になる。
爆煙の中、矢が飛来する。
範囲ギリギリに居たがために、影響が軽かった朔耶が放った物。カインは、頭を横に逸らし、それを回避するが‥‥それは、飽くまでも次の一手からカインの注意を引き離すため。
「油断が過ぎましたね」
一閃。肩口に刃が食い込む。
やはりやや距離を取っていたカルマが急速接近し、放った物だ。
血が、傷口から滲む。
「確かに、勝ったと思ったのは、余の油断かも知れん。‥‥覚えておこう」
刃が、抜けない。挟み込まれたか。それとも‥‥
重力球が、カインの右手に形成され‥‥それが猛然と、叩き込まれる。
●『待つ』と言う事
何とか、一階に辿り着いた悠人。流石に階を隔てると重力の影響も多少は軽減されるのか、彼はほっと一息つき、アレンを下ろし、一階でメンナクこと命図 泣留男を待つ。
どうやら最後に残った少しばかりの一般人の誘導に手間取っているようだ。降りてくる様子はない。
その間に、悠人は、未だ意識を失っている状態のレイチェルを一目見る。
「話してくれませんか。四年前、何があったのかを」
アレンは、そんな悠人の目を見て‥‥僅かに、目を逸らす。
「少年よ。助けてくれたのには感謝するが‥‥こればかりは家族の間の事だ。話すわけには‥‥」
「‥‥なら、暫く考えて置いて下さい。病院でも、話は聞きますので」
暫しの沈黙。ほぼ二階の使用人たちの避難は完了している。もう暫くすればメンナクも降りてくるだろうか――
ガシャリ。
「危ないっ!!」
咄嗟にアレンを押し退ける。上から、巨大なシャンデリアが落下してきたのだ。
地下程の圧力はないとはいえ、『王の宮殿』が引き起こしていた重圧は、確実に建物自体を崩壊させ始めていたのである。
「おいブラザー、大丈夫か!?」
二階から駆け下りるメンナク。
「俺の事はいい、早く奥様を‥‥」
メンナクが確認すると、レイチェルはまだ息がある。ただ、出血が酷く、一刻も病院に送らねばならない状況だ。何とかシャンデリアを押し退けた悠人は、メンナクと顔を見合わせると、それぞれアレンとレイチェルを抱え上げ、飛び出していく。
――彼らが、使用人たちと共に300m程離れた、その直後。ファウスト邸は、崩壊した。