●炎を襲う
「‥‥‥」
炎の中を、駆ける生物が一つ。とてもそうは見えないが‥‥四足歩行で奔るそれは、変化の術を使用したエルレーン・バルハザード(
ja0889)。
「へっ、きやがったか」
予想済み、とばかりに投擲されるバートの斧。然しそれは、空中に浮かぶジャケットを引き裂いたのみで終わる。何故ならエルレーンの『主』目標は彼ではないのだ。――少なくとも、今はまだ。
地面に向かって降り注ぐ、無数の彼女と同じ姿をした幻影。それは周囲の木々をなぎ倒し、そしてバートの体をも傷つける。
幻影に紛れ、飛び上がる影一つ。
「殺しにきたよ バート」
その言葉は短く。されど、込められるは万感の思い。
――己は聖人ではない。故に、「復讐が愚かな行為だ 許すことが尊い」等と言う言葉を、胸を張って言うことはできない。
幾度も刃を交える内に。眼前の炎鬼の心情もまた、少年は垣間見ていた。
だが然し、炎鬼の意を遂げさせるには、少年の心にも、また多すぎる恨みを。彼の背にも、また多すぎる命を背負っていた。
故に。故に――
――少年は、笑って、滅びの歌を謡う。
「――っ!」
亀山 淳紅(
ja2261)の足元に、魔力が集いて譜を成す。手に集うは、彼の本質たる象徴――『音』。
全ての魔力を音として注ぎ込み、破壊の共鳴と成して、炉と、その傍に居るバートに向かって、叩き付ける!
「へっ、やっぱ大技が来たか‥‥よ!」
パチンと、指鳴り一つ。それに伴って、八卦炉の底で爆発が起きる。小動物でも下に積んであったのだろうか――爆発は、空中へ炉を僅かに弾き上げる。
そこへ――
「ふん‥‥がぁっ!」
足元に炎を点らせ、バートが加速する。
「遠いか――!」
その技――『フレイムロード』の妨害を狙っていた神埼 煉(
ja8082)。然し一手目に味方による周囲の焼却を待っていた彼は、距離的に間に合わない。炉の下に滑り込んだバートが、そのまま噴射方向を上に向け――フレイムシードによる炉の浮きと合わせて、炉毎大きく跳躍する!
――共振は、地上を無差別に打撃し、破壊する。淳紅が選んだ目標は、地上に見えるもの全て。故に、木も葉も、動物も。共振はその『一定範囲内』の物全てを、破壊していく。
――が、そこには例外があった。
バートと八卦炉は、跳躍により、その範囲を脱していたのだ。
「てめぇとの縁も、ここで終わりだなぁ!」
巨大な炉を岩のように持ち上げたバートが、空中で猛然とそれを振り下ろし、自由落下を始めた淳紅へと叩き付ける。
「ああああぁぁあ!!」
瞬移へのスキル入れ替えは、一手遅い。凍えるような冷風を浴びせるも、それは炉体に遮られ、その後ろのバートには届かず、炉の表面に氷を張り付かせるだけ。――吹き飛ばすには、炉体は余りに大きかったのである。
流星の如く、二人は八卦炉諸共、大地に向かって落下する。
ジュッ。
酸が、炉の表面を焼く。
――空中を高速落下する炉を、精密狙撃するのは決して容易いことではない。ましてや、淳紅を避けてバートか炉自体に当てなければならないとなれば尚更である。
然し、酸弾を打ち込んだその張本人――影野 恭弥(
ja0018)にとって見れば、この程度。不可能でも何でもないのである。
「暑苦しいやつだ‥‥」
二弾目、マーキング弾、装填。バートの頭部を狙って、精密無比な一撃が放たれる。
チュイン。然し、バートが頭を下げると、弾丸は炉に当たり、そこにマーキングをつける。元より彼は炉を挟んでの反対側に居た。炉で射線を遮るくらいならば簡単だろう。
「ちっ‥‥」
二発目の酸弾を充填したまま、恭弥が移動する。狙撃手は一箇所に留まらないのが鉄則だ。
「ぐぁっ!」
炉ごと、地面に叩き付けられる淳紅。バートの怪力によるダメージもさることながら、炉に地面に押し付けられ、身動きが取れなくなったのは大きい。
「ここで倒れないでくださいね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が放つ無数のカードが淳紅の体に張り付き、その傷を軽減させる。
「やつの思い通りにさせてたまるか‥‥!」
月詠 神削(
ja5265)の放つ癒しの光もまた、淳紅を回復させる。
更に追撃しようとするバート。然し、着地してしまった以上。地上の撃退士たちが、彼に自由にさせる訳はない。
「ケジメは付けるべきだ。お前だってそうしてきただろう、バート・グレンディ‥‥!」
思えば、あの時からの因縁であった。
かのヴァニタスの姦計により、病院を爆破され、多大な犠牲者を出した。
――過ぎ去りしあの時の誓いを、脳裏に思い浮かべながら。君田 夢野(
ja0561)は、バートへ肉薄する。
「これが、俺の最後の“復讐”だ 。それでいて決別で、次へ繋ぐ為の決戦だ 。――交響撃団団長、君田夢野‥‥征く!」
駆け寄るその脚を、更に加速させる。一瞬、時が止まったかと思うほどの、静寂。はたから見れば、夢野は静止したままだ。然し――神速の一閃が、バートの脇腹を引き裂く。
「上等だぜぇぇ!」
今のバートの辞書に、『怯む』等と言う文字はない。命ですら投げ捨てる覚悟である彼にとって、この程度の痛みが何事か。逆手の一撃が、一閃を放ち終えた夢野の首を捉える。高熱が、首を絞めるその手から流れ込む。まるで喉に熱した鉄を流し込まれるが如く痛み。然し、夢野にとて、覚悟がない訳ではない。
立てた剣に下げたプレイヤーから、流れ出る癒しの音。それが、彼の体力を最後の一線にて、保たせていた。
バートの注意が、彼に向けられている今こそ――最大のチャンスなのだ。
「オォラァァァ!」
猛烈な斧の振り下ろし。マキナ(
ja7016)の一撃が、背後からバートに襲い掛かる。
叩き付けられる斧を、フレイムチェーンでガードするが――バート本人に比べれば非力なそれで、マキナの重い一撃を防げるわけも無い。完全に直撃、とは行かなかった物の‥‥衝撃でよろめく。
撃退士たちの攻撃の手は緩まる事は無い。更に、飛び込みの拳打。
「これが私の本気です。全力で、貴方を砕く」
即座に蹴り。拳脚のコンビネーションで、煉が、次々と攻撃を入れていく。
「んの――野郎がぁ!」
振るわれる炎の鎖。それを、待っていたとばかりに、掴み取る煉。
が、すぐさまその鎖を引っ張るようにして自身を煉に急速接近させ、炎を纏ったバートの剛拳が、煉を吹き飛ばす。
再度鎖で煉を引き寄せて追撃を加えようとしたバート。然し、その鎖は、夢野の一閃によって断ち切られる。
すぐさま、鎖が再度伸びる。元々これは『炎』という実体無き物でできている。一度断ち切ったとて、直ぐに再生する事が可能だ。
だが、そこにできた一瞬の隙を、撃退士たちは見逃さない。
「‥‥もう逃がさん」
先ほど装填した酸の弾丸が、バートの右足を打ち貫く。
恭弥が、新たなる狙撃場所から、銃を覗き込んでいた。
「はやくしねよ」
バートの背後から、更にエルレーンが襲来する。前方に作り出した分身を囮にし、背後から、二連打がバートの脚を薙ぎ払う。
空に浮いたバート。ここまでは、撃退士たちの優勢。
「んのっ、くそがぁぁぁぁ!」
怒りを爆発させると共に、周囲に炎の輪が広がった。
●ホーム・グラウンド
炎は、遠距離からの狙撃に徹していた恭弥を除く、全ての撃退士たちを飲み込んだ。
「流石に――っ!」
以前、受けた時より、炎の熱さは確実に増している。それはバートが己の身を省みなくなったせいか。それとも――
夢野の神速の刃が、バートに向けられる。一閃を受けながらも、斧を投擲して反撃するバート。然し、その影から、黒い髪の糸が、彼に向かってゆっくりと進んでいた。
「うぉっ!?」
髪が絡みつき、バートの動きを止める。
「……その機動力は、封じさせてもらう」
仕掛けたのは神削。火炎に体力を削られながらも、敵をその場から動けなくなるよう、『束縛』した。
そして、バートの背後に、突如人が『出現』した。
「これで――!」
やや時間は掛かったが、スキルの切り替えは完了した。
瞬移を以って、炉の圧迫を脱した淳紅が、炉とバートの間に出現し、氷結の歌を謡う。
「へっ‥‥俺の炎は、それくらいじゃ消えねぇよ‥‥!」
――若しも、地にあるのが昔の技。『デュエルリング』だったのならば、或いは淳紅の一手は、その一部を掻き消せたかもしれない。或いは、バートを行動不能に追い込めたのかもしれない。
だが、今の地面を這う炎――『ヘルオーブン』の熱量は、彼が昔覚えていた物をはるかに超えていた。その炎は、全身が高温故に熱攻撃に耐性を持つはずのバートにすらダメージを与えるレベルである。故に冷気はバートと炉の表面を一瞬侵食し、凍傷を負わせたのみで蒸発し。常にダメージを与えられ続けているバートは、眠りに落ちる事を免れた。
「‥‥」
固定されたバートに狙いをつけ、防御を減らすための次弾を放つ恭弥。
「――!?」
僅かに驚愕の色が見て取れる。狙撃能力に絶対の自信を持つ彼が、射線を遮られた等でもなければ、的を外す事は殆ど無い。ましてや相手は移動を封じられたバートである。それが、弾が僅かに服を掠めた程度とは――
そこまで考えて、恭弥ははっと気づく。目の前の景色が、僅かに揺らめいている。
「蜃気楼か‥‥」
『ヘルオーブン』は、その純粋な熱量の関係で、周囲の空気の密度が変わり、光を屈折させる。――『デュエルリング』と同じ仕組みである。
前回、恭弥はデュエルリングの中からバートを狙撃する形になっていたが為にその影響を受けなかったが。本来これは、外部からの攻撃の命中率を大幅に低下させる、攻防一体の技なのだ。マーキングが当たっていれば或いは修正もし易かったのかもしれないが、炉に当たってしまいかわされている。
「……次は外さん」
直ぐに、狙いの修正に取り掛かる。
だが、バートもまた、彼の狙撃の厄介さは、十二分に承知していた。
「狙撃に対する対策は――これしかねぇよな」
ヴァニタスの全身から、黒い煙が立ち上る。
――煙幕。こと、狙撃手への対策として、よく使われる手段の一種。この中での同士討ちが、運用するに当たっての最大の問題となるのだが――周りの全てが『敵』であるバートにとっては、それはそこまで大きな問題ではない。
ヒュッ。
煙の中から、炎の鎖が伸ばされる。
「やらせない‥‥!」
大剣を振るった夢野が、その鎖を弾く。本来は切断するつもりだったが、咄嗟の事だったため当たりの角度が悪い。切断はできず、弾くに留まる。弾かれた鎖が、神削へと向かう。
「ぐっ…!」
バート本体を縛り付けることに集中していた。故に、踏みとどまりが一瞬遅れ、煙の中へ引きずり込まれる。
「どこだ!」
「どこかなー?」
外に居た者たちが、位置関係を確認するために呼びかける。
それに答えた神削。が、直ぐにバートの一撃が、彼を薙ぐ。
「煙を晴らす‥‥!」
「今助けるよ!」
エルレーンが作り出した無数の幻影が、大地を揺らすようにボディプレス。巻き起こる風圧が、僅かに煙を押しのける。そこへの夢野による更なる無数の音の刃が、煙を切り裂く。
――だが、至近距離に神削が居る以上。『そこ』へ攻撃はできない。大きく黒煙の範囲こそ削られたが、未だそれは彼ら『二人』を包み込んでいる。
いつまでもこのままでもいけない。バートに攻撃できなければ、延々と時間を稼がれてしまい、儀式が完遂してしまう。それこそ、バートの目的。炉への攻撃を行う事で彼を誘き出すというオプションは、然し実行者が淳紅のみだった故に、存分な脅威にはならず、バートは外には出てこない。
「――それだけは。アイツの望み通りには――!」
神削が見据えるは、バートよりも更に先。その後ろに居るだろう、八卦の統括者たる八卦。
ヤツの――ヤツの好きにだけは、させてはいけない。
――両手に、混沌のオーラを、具現化させる。
光と、闇を合わせ。振り向きざま背後に居るであろうヴァニタスに、猛然と叩き付ける!
「ぐぉぉぉ!?」
直撃。髪の束縛がまだ効いていた上に、チェーンで引き寄せた故に至近距離であった。光と闇のエネルギーが合わさった爆発が、周囲を捻じ曲げるように、大きくバートの体力を削る。
「てめぇぇ…!」
反撃に繰り出される、炎を纏った拳の連打。最後に大きく斧が振るわれ、神削を煙の外へと叩き出す。
「今回復しま――」
癒しの力をエイルズが練るより尚早く。打ち込まれたフレイムシードが、爆発を起こす。
薙ぎ払いで神削を吹き飛ばしたのは、その爆発に、他の撃退士たちをも巻き込むためであった。
「――っ」
即座に、癒しの魔力を拡大させる。飛び込むバートが、追撃を煉と夢野に向けて入れようとした瞬間。巨大な風呂敷が、辺りを包み込み、彼らを癒す。
「へっ――ありがとよ!」
だが、範囲内を無差別に癒すこの風呂敷。それは、飛び込んだバートにも、同様に効果を発揮した。流石に神削の奥義の一撃をキャンセルするほどの回復量ではなかったが、それでも傷は大幅に減らされてしまった。
「オラオラァ!」
振るう斧が、夢野の体力を削る。癒しの歌が彼の体力を持続的に回復させてはいるが、ヘルオーブンの効果を打ち消す程度で精一杯。
――が、撃退士たちの猛攻もまた、与し易い物ではない。マキナの斧をフレイムチェーンが叩き、逸らした瞬間。エルレーンの体当たりが彼の足に当たり、続く煉の蹴撃が肩に直撃する。バランスを崩したバートは、然しそのまま煉の足首を掴み、地面に叩き付ける。ギリギリで両手で体を支え、ぶつかる事を回避した煉。その次の瞬間、バートの顔面に、淳紅の音弾が炸裂する。
最早、両者共に体力は残り少ない。そして、殆どの撃退士たちは近接戦を挑んでいる。この混戦状態でエイルズが大風呂敷を使えば、また先ほど同様、バートをも回復させてしまうだろう。
シュッ。ワイヤーが、放たれる。
エルレーンが発射した真紅のワイヤーが、バートの全身を絡め取り、その動きを一時、止める。直後、マキナが、その斧に疾風を纏う。
「ぐっ‥‥!?」
猛烈な突きにより、バートが吹き飛ばされ、八卦炉に叩き付けられる。すぐさまその全身から煙が噴出し、視界を覆い追撃を防ぐ。
炎の鎖が伸ばされる。地に斧を突き立て、引き寄せられるのを防いだマキナ。同時に斧を構え、飛来するバートに備える。然し、直後。煙の中から飛来したのは――八卦炉。巨大な鉄球が如く、彼に叩き付けられる。更に――炉を持ち上げ。もう一発。
●消耗戦の果てに
最早回復の手は尽きた。
神削、マキナが倒れ、他の者も凡そ、ヘルオーブンにより体力が大幅に削られている。
「まだまだ‥‥っ!」
投げつけられる、命を吸い取る符。何とかそれで生命力は維持したが――淳紅が生命を吸い取った先は、バーとではなく、八卦炉。巨大な炉が、射線を一時遮ったのだ。
体を限界まで熱し、絡みついたワイヤーを溶断。拘束を脱したバートが、エルレーンを襲う。
咄嗟にジャケットを身代わりにし、二発を回避するが――それは飽くまでもフェイント。
『ミラージュブロー』。虚実入り混じる三発の打撃が、終にエルレーンを捉える。
「こどもをころすおまえは、しぬべきなんだよおッ!」
尚も最後の力を振り絞り、幻影がバートを襲う。
「‥‥ならてめぇは、少年兵になら殺されてやってもいいってか?そんなん、戦場じゃ1分ももたねぇよ」
爆発。仕込まれたフレイムシードを、容赦なくバートは誘爆させた。
「泣いても笑っても、これが最後ですか‥‥ならば、最期に聞かせてください。――あなたの断末魔を」
放たれる無数のカード。爆発するであろうそれを、然しバートの炎の鎖は遠慮なく弾く。
「ったく、んなにこの鎖、壊してぇのか‥‥?」
うんざりした顔で、バートはエイルズの方を睨む。
「こいつは魔力でできてる。‥‥んなに壊したいなら、俺の命を絶つことだな」
「いいんですか?ネタをばらしてしまって」
「どうせ後1分も、俺の命はねぇよ。ばらしてどうなるってんだ」
――それは同時に、撃退士たちに、残りの時間が少ない事を、提示していた。
「ずっと渇望していた‥‥三年前にお前から受け取った焔を『返す』この日を」
溜める力は、先ほどよりも強く。周りの熱をも取り込むかのように、焔を帯びて。
全ての熱さを。願いを。そして、祈りを。夢野は、刃の先に込める。
「我が声よ、我が心よ、この刃の熱と共に響けェェ――――ッ!!」
咆哮の音が、刃と化し。炎を帯びて、バートに飛来する。
「しゃらくせぇ!」
バートの脚に、火が点る。
「させません‥‥!」
今度こそ、見切った。煉が、バートが回避するだろう方向から跳躍。飛び蹴りをその斧と激突させ、彼の移動を押し留める。すぐさま淳紅の術により、無数の死霊の手が伸び、彼をその場に留める。
炎の刃の嵐の中。――更に連続で、弾丸が飛来する。
「――今度は外さん」
一発目は照準修正に使う意味合いもあったのだろう。直撃していない。だが、その着弾点を参照にし、恭弥が追加で放った二発の黒炎弾が、バートにぶち当たる。
黒い炎が彼を蝕む。
――最早彼に、勝利はない。後一発攻撃が当たれば、その命脈は断たれるだろう。
だが――唯で諦めるほど、彼も物分りのいい方ではない。
「いいぜぇ…最後に足掻いてやるぜぇ!」
その全身がひび割れ、炎を吹き出す。
炎はバートの全身を包み、その身を炎の化身と化す。
この技を『この時点』で使った瞬間。撃退士たちの勝利は確定した。だが、それでも彼は――ただ、倒れる事を、拒んだのであった。
●Berserk
「炉を狙え――!」
誰はともなく、叫ぶ。
バートがその全力を開放した今。彼の行動を止める術はなく、彼に対する『攻撃』は無駄でしかない。故に、恭弥は、先ほど酸の弾丸を放った炉の方へと、狙いをつける。
放たれる、貫通の力を込めた弾丸。それは炉の表面、酸で腐食された部位に直撃し、大きくそれを揺らす。
「――っ!?」
次の瞬間。炎の化身は、彼の目の前に現れていた。
フレイムロード。体当たりで強引に煉の妨害を突破し、強烈な速度を以って、バートは恭弥へ接近していた。
「ぐ…ぁ」
集めた魔力が四散する。
――死者の手を以ってバートの移動を妨害しようとした淳紅の体力が、その発動前に尽きる。
すぐさま距離を取ろうとする恭弥だが、フレイムロードを全開にしたバートを振り払えない。燃える腕に掴まれ、地面に叩きつけられる。
「――のぉっ!」
打ち出される弾丸は、飽くまでも八卦炉を狙い。恭弥がバートによる怒涛の連打を浴びるのと引き換えに、炉へと直撃した。
次の瞬間、バートが変身したその炎の巨人が、両手を振り下ろし。恭弥を地面に叩き付けた。
「あなたのお仲間が、あの世で待ってますよ。さっさと逝ったらどうです?」
エイルズの挑発的な物言いにも、バートだった物は答えない。
「既に理性までなくしましたか」
振り下ろされる拳を、何とか回避し。カードを投げつけ炉に一撃を入れる。だが、燃える大地が容赦なく体力を削っていくが故に、回復を余儀なくされ、攻撃の手は緩まる。
煉の蹴撃にも怯まず、バートは前へと進み続ける。が、煉とて、攻撃したのは飽くまでもフェイント。本命にて狙うのは、炉。蹴りの反動で飛び掛り、鉄拳を炉に叩き付ける。
ガン。直後、炉は巨大な鉄球と化し、彼とエイルズを纏めて地面に押し付ける。炉の後ろに移動したバートが、強化された筋力を用いて、炉を振り回したのだ。
追撃が振るわれる前に、夢野の一閃が、バートの腕を断つ。だが、炎でできたそれは一瞬で再生し、裏拳となりて彼を地面に叩き付ける。
その間に抜け出したエイルズが、更にカードで炉に向かって追撃。
だが――既に余りに多くの時間が消費され、そして、多くの者たちが倒された。まだ立っている者は夢野、エイルズ、そして煉のみ。その火力のみで――八卦炉を時間内に破壊するのは、不可能だったのである。
「――」
振りかぶった炎の拳が、夢野の顔の前で停止する。
ジュッ。
まるで水を被った炎のように、その火が消えうせる。
「――ちっ…時間切れか」
その台詞は、バートが初めて、自らの敗北を認めた一言。
●Ashes
「‥‥残念でしたね。何も成し遂げることなく、一人であの世に逝ってください」
「へっ、もう心残りはねぇよ。じいさんが戻ってくるんなら、安心だぜ。全部の力が返せなかったのは、ちぃっとばかししくじったがな」
その体が、少しずつ灰と化していく。嘲笑うかのようなエイルズの言葉に、満足そうな笑みを返す。
「人生のロスタイムも、そろそろ終わりですよ。何か遺言でもありませんか?」
「ねーよ。後はじいさんが何とかしてくれる。――こんなヤツに命をくれるなんて、じいさんも酔狂なやつだと思ったが――」
「‥‥お前は烈し過ぎたんだよ、バート。お前の灰から生まれるものが何であろうと、俺たちが、絶対に止めてみせる」
「へっ。そりゃ楽しみだぜ。‥‥てめぇらに、じいさんが止められるとは思えねぇが‥‥ま、楽しみにどっかから見させてもらうぜ」
夢野の光の白刃による剣閃と、煉の拳打が、前後からバートを襲う。その体は灰となり、散った。
振り向いた彼らが見たのは、炉から立ち上る光の柱。
――撃退士たちはバートの撃破に成功した。然し炉を破壊するには、人手と時間が足りなかったのである。
最悪の事態は避けられた。だが――バートの最後の言葉もまた、新たなる戦いを、予言していた。