●準備期間
「‥‥‥」
バートの襲来を聞き届けた撃退士たちは、一斉に各々の対策を展開する。
バートの凶悪さは、ここに居る者がとてもよく知っている。――一般人だけでは、いくら束になろうが、勝てるわけがないのだ。
「これ、読んどいて!それ読んでもまだ戦うつもりなら、止めはせぇへん、けど――」
亀山 淳紅(
ja2261)が、強引に彼が今までの経験を元に製作した、バートの能力をまとめた資料を近くの兵士に押し付ける。
少しでも撤退する者が居れば。失われる命が少なければ――そう願っての、行動だった。しかし――
「へっ、そんな凶悪な魔物のよーなもんが、ここにいるかよ」
一笑に付される。
――この兵士たちは、そもそも――そのバートの力を信じていないのだ。万一にもそんな者が居ようと、化け物だろうと、数で掛かれば勝てると‥‥そう信じているのだ。
(「バートが素直に扉から入ってくれるか‥‥?違うならば‥‥どこだ?」)
敵の進入ルートは未だ不明瞭。だが、自分にはこの作戦における重要な役割がある。
脳裏を過ぎった一抹の不安を振り払い、ジェイク脱出のための最重要な役割を担う鳳 覚羅(
ja0562)は、静かに黒い翼を背後に展開し、ジェイクの後ろへと滑り込む。
「な、何をするんだね!?」
意図が明確すぎた。周囲を警備していた兵士たちが、一斉に覚羅に銃口を向ける。
それに反応して、マキナ(
ja7016)も武器を構える。彼も一般兵器が通じないと言う事を兵士たちに説明していたが、淳紅の説明同様。信用している者は少ない。
「私たちに、ジェイクさんに危害を加えるつもりはありません。ただ単に、万一と言う時に。本当に止められない時の、脱出の備えをしているだけです」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の説明に、ジェイクと兵士たちは一応、納得したようだ。ただ、同様に、兵士たちもまた、主の身を守るため、その傍へと近づく。
ここが妥協点なのだろう。咆哮を以って駆逐する事も出来たが、それでは1行動、屋根の破壊が遅れる事になる。
仲間たちと目を合わせてお互いのタイミングを合わせ。エイルズ、マキナ、淳紅が、一斉に天井に向かって攻撃を放つ。
それと同時に、動いた撃退士はもう一人。
(「念のため‥‥か」)
破壊の爆音に皆の注意が引かれた瞬間。影野 恭弥(
ja0018)が、マーカーとなるアウルをジェイクに打ち込む。万一の際の誤射を避けるためだ。
一方、廊下。
神凪 宗(
ja0435)、エルレーン・バルハザード(
ja0889)、神埼 煉(
ja8082)の三人は、廊下で散開し。襲来するであろうバートに備えていた。
‥‥┌(┌ ^o^)┐
そんな異形な姿に変身して廊下を巡回するエルレーンに、兵士たちは異様な眼光を向けていたが。
「おかしい‥‥」
応接間への入り口で構えていた宗は、違和感を感じていた。
予想通りならばそろそろ外からバートが襲来しているはず。その割には、周囲の兵士たちが落ち着きすぎている。
「‥‥」
同時にそこに居た、煉の脳裏にもまた、前回バートに言われた言葉が蘇る。
『城壁の唯一防げない物って何か? それは、空を飛ぶ敵だ』
嫌な予感を同時に感じた彼らは、外へ向かい、逃げて来た兵士の一人を捕まえる。
「敵はどこだ!?」
「上です、屋根上に上がりました!!」
●防御の最も薄い方向
屋上への道は、開かれた。
だが、未だ敵の姿は見えず。どこから襲ってくるのか、分からない状態である。
味方からの連絡もまだない。何かあったのか、それとも――
「念のためや。うちが先に上がったる」
上方の安全を先に確認するため、淳紅がマキナに目配せする。
跳躍と共に、その靴底に拳を叩き付けるように、マキナが彼を天井へと打ち上げる。
屋根の穴へと近づいたその瞬間。淳紅の耳に、『あの』声が聞こえてくる。
「あんがとよ! ‥‥屋根を溶かす手間が、省けたぜぇ!」
屋根の穴から飛び降りて来たのは、八卦が『火』。
バート・グレンディの斧が振り下ろされる瞬間――
「当たらへん!」
とっさの反応で術を発動させる。その姿が掻き消え、次の瞬間バートの後ろに現れる。
「死んでも、あんたは殺す――!」
腕に術を溜め、螺旋と化し、目の前の敵に叩きつけようと――
「てめぇは確かに強くなった――」
ガシャ。気づけば腰に、炎の鎖が巻き付いていた。丁度いい。このまま引き寄せられる勢いのまま、至近距離から叩きつけて――
「けど、まだ一人で俺を倒すには――甘ぇ!」
鎖を振り回すように、捻るように。螺旋が放たれる瞬間、バートは空中で強引に淳紅と位置を入れ替える。
「っ、危ない!」
地に向けて螺旋は放たれる。
覚羅がとっさに引っ張った事で、ジェイクは難を逃れた物の――隣にいた兵士幾名かが、巻き込まれて肉片と化す。
「撃て、撃たんか!」
危うく命を脅かされかけたジェイクの命により、兵士たちは一斉にバート――そしてその傍に居た淳紅に向かって銃弾を放つ。
「このまま――潰してやるぜ!」
斧を淳紅の背に叩きつけ、そのまま盾にしてジェイクの方へと落下するバート。接触する直前に斧を抜き、猛烈に横になぎ払う!
鳳は位置関係上、ジェイクの『後ろ』に居る。このままでは――
「っ‥‥」
斧の刃がジェイクに届く直前。受け止めたのは、エイルズ。
交差された鉤爪は、然し完全に斧の勢いを殺す事は出来ず――斧の刃は、彼の肩に食い込んでいた。
文字通り、『体を張って』彼は一撃を受け止めたのである。
「こんばんは。いつもニコニコ慇懃無礼、奇術士エイルズでございます」
「流石に同じショーは、ちょっと見飽きたぜ」
如何に辛かろうと、厳しかろうと。それを観客には見せていけないのが、奇術士(マジシャン)。
挑発的な笑みに、バートもまた皮肉を返す。
「手を出すな‥‥邪魔なだけだ!」
兵士たちに吼えながら、マキナがその咆哮に怯んだ兵士の開けた道突き進んでいく。
だがその咆哮は、同時にバートに、己の来襲をも告げていた。
「ちぃっ‥‥!」
腕力の差により強引にエイルズを押し退け、振り向いて間一髪で振り下ろされた斧を受け止める。
だが、マキナとの腕力は、ほぼ互角。であれば、突進速度を上乗せしたマキナの方が力は上。押されるがままに、バートは後ろに滑るようにして、後ずさる!
●貴方は何を代償とするのか
「ちっ‥‥」
先ほどマキナの咆哮によって、逃げ惑う兵士たちが自分の方に向かってきたのを見て、恭弥は舌打ちする。
この兵士たちは、バートが落下時に触れた可能性がある。
兵士の数が多く、確実にその瞬間までは見られなかったが――可能性は否定できない。
指を切り、一滴の血を、滴らせる。
――撃退士たちの技の中で、『識別可能』となっている物。
誤解する者も居るかもしれないが、これは決して『技が勝手に対象を認識してくれる』と言う訳ではない。
必ず使用者が『敵』を指定するのである。
「どうせ助からない、だろ」
バートのフレイムシードが植えつけられたかどうかを外部から判断するのは困難を極める。そもそも、その様な事が出来るようであれば、病院での惨劇は起こらなかっただろう。
ならばどうするか。疑わしきを滅するか、それとも、植えつけていない可能性に賭けるか。
――恭弥は、前者を選んだ。
「う、うわぁぁぁ!?」
血の魔方陣から湧き出した黒い犬のアウルが、彼の方に向かって逃げて来た兵士『だけ』を無慈悲に食いちぎる。
そして、その上を跳躍し、黒い犬はバートにも喰らいつく!
「っ‥‥どこへ行った!?」
バートが振り向いた時には既に、恭弥の姿は消えていた。犬の影に紛れ、彼が潜伏するは先ほどの兵士の死体の下。自らの姿をも死体に似たような物に変化させ、彼は慎重に狙いをつけ始める。
「兵士たちに交戦を止めさせて」
武器を突きつけ、覚羅がジェイクを脅す。
「き、貴様、やはりわしの命を狙っていたか!?」
その声に兵士たちは銃口を一斉に覚羅に向けるが――
「――そんなつもりだったらさっき君を引っ張ってはいなかったし、今もこれをもう少し深く押し込めばすんだ事だよ?」
僅かに、突きつけた刃に力を込める。
「くっ――皆、攻撃をやめい!」
やはり一番惜しいのは己の命。ジェイクは、命を下し。兵士たちの攻撃が停止する。
「今のうちに、早く脱出してください!」
バートの拳の一撃を強引に受けながら、エイルズが後方の覚羅に叫ぶ。
元より、防御に長けず『回避し攻撃を受けない事』が主要戦術だったエイルズだが、ジェイクとバートの間に入り攻撃を防いでいる今は回避する訳にはいかない。
フレイムシードの爆発に巻き込まれないためにも、早急に脱出する事が重要。覚羅はその翼を広げ、空へ舞い上がる。同時に防戦一方だったエイルズが、掌をバートに突きつけたかと思うと、その袖から無数のカードが噴水の如く噴出し、バートに張り付きその動きを止める!
「まーたこれか‥‥面倒くせぇ!」
「追わせる訳にはいきませんからね」
荒い息を吐きながらも、不敵に笑うエイルズ。
「けど‥‥それだけで、俺が止まると思ったかぁ?!」
伸ばされる炎の鎖。
ジェイクを抱えまともな回避行動が取れない覚羅の腰に、鎖が巻きつく。
「ぐぁ‥‥!」
そのまま鎖は彼を振り回し、壁に叩き付ける。何とか体を盾にしたお陰でジェイクに負傷はないのが救いか。
「へっ‥‥このまま引き摺り下ろしてやら!」
腕に力を込めるバート。
「頃合だな」
スキルの切り替えの間に、敵の状況の観察はもう済んだ。
無情たる仕事人が、敵の背中に狙いをつけ。トリガーを引く。
恭弥の銃から放たれた白銀の弾丸は、一条の光と化し――後ろからバートを貫通する!
「がぁぁ!? てめぇ‥‥!?」
即座に死んだフリに戻る。
仮装のお陰で、死体の下に隠れた彼の姿はバートには気づかれていない。それ所か、僅かながらこの戦鬼に隙を作る事すら成功していた。
「間に合え――っ!」
応接間の入り口から疾駆するは、宗。
外にいた三人の内最速の移動能力を持つ彼は、そのスピードに任せて跳躍。
全力を乗せたその機槍の一振りが、狙撃によって僅かに力を緩めたバートの炎の鎖を断ち切る!
「簡単にころす、子どももころす‥‥うざいよ、お前!とっととしんぢゃえッ!」
這うようにバートの後ろに移動したエルレーンが、彼の注意を引くようにポーズを取る。
それは確かに、一瞬彼の注意を引く。
だが、その直後エルレーンが自分の間合いへと後退した事で、直ぐにバートは注意をジェイクとそれを運ぶ覚羅に戻す。
「逃がしません」
噴水のようなカードが再度バートの体を覆い、その追撃を阻む。
エルレーンとエイルズが作り出した、時間。
その機を逃さず、覚羅が急上昇し、屋敷から脱出する。
「はっはっは、バート、残念だったな! 私は死なぬよ!!はっはっは!」
大笑いするジェイクに苛立ったのか、覚羅は空中で僅かに彼を揺らす。
「はっきりと言っておくけどボクのこの能力を君みたいな奴の為に使うのは正直虫唾がはしっているんだからね?‥‥地上に落されたくないのなら大人しくしていないと」
「おっと、すまんすまん」
「へっ‥‥これがてめぇらの正義か? なぁ、ガキんちょどもよぉ!!」
激怒に任せ、バートの力が解き放たれる。
今までで最大級の『デュエルリング』が、部屋のほぼ全域を包み込む!
●烈火激闘
炎の中。宗が、バートに問いかける。
「以前より気になっていた。娘を殺されたということであれば、相手を殺したくなる気持ちも分かる」
ギリッ、と奥歯をかみ締める。
「だが、他に方法はなかったのか?冥魔の力を借りてまで成し遂げた後、お前には何が残る?」
「借りなかったら俺は死んでいた。死んだ後に、何が残るってんだ?あぁ?」
凶悪な笑みを浮かべるバート。
話している間も、部屋全体を包む炎は、残された一般兵たちを焼き尽くしていく。
「――!」
バートへの恨みが、彼以上にある者は、恐らくこの世にはいまい。
崩れ落ち、灰と化す一般兵を後ろにしながら、亀山 淳紅はバートにその手を突きつける。放たれる炎の珠が彼に直撃し、その注意を引く。
「絶対に――絶対に、殺す!!」
炎の鎖が淳紅を巻き取り、引き寄せる。だがそれもまた、予想のうち。引き寄せられるままに接近し、風の螺旋がバートの意識を刈り取る!
直後、粉塵爆発が発生する。至近距離で発動されたそれは、周りの全員にダメージを与えると共に、――バートの意識を取り戻させた。
「うぜぇよ‥‥!」
直ぐに次の風の螺旋が来る前に、距離を離し――そして、指を鳴らす。
爆発。それは体力が限界に至っていた淳紅を地に叩き付けた。
「早く外へ!」
接近に成功した煉が、投げ飛ばすように淳紅を入り口の方へ動かし、宗が彼を外へと運び出す。
恭弥の弾丸が追撃を阻むが――既に、彼をカバーしていた兵士の死体は、炎によって灰と化した。カバーを失ったスナイパーを、バートが見逃すはずもない。
飛来する斧を横に転がり回避しようとするが――周りに広がった炎は、既に思った以上に彼の体力を奪い去っていた。
「無視してくれるなよ!」
武器を手放したバートに、マキナの斧が背後から叩き付けられる。
「ぐぉ‥‥!」
フレイムチェーンで引き戻された斧を、マキナは無理やり自分の斧でガードする。
その隙を突いて、前面から、煉のボディブローが叩き込まれる。
更に、エイルズがカードを構えるが――バートは、にやりと笑った。
爆発が起き、エイルズもまた倒れる。
彼が以前の交戦でバートの前に倒れなかったのは、回避能力以外にも、自身の体力を回復させる『ドレスチェンジ』の存在も大きい。それを使用せず、尚且つ最初は人質に攻撃を通さないために回避が出来なかった今回は‥‥結果は推して知るべきであった。
直後、炎の鎖はマキナに巻きつく。
彼を引き寄せると共に、バートの体から黒煙が吹き出す!
「このっ、この――っ」
放たれるエルレーンの大口径弾による狙撃は、然し煙とデュエルリングと言う二重の障害に阻まれ、大きく目標を逸れてしまう。
煙の中、僅かな風の動きを頼りに、振り下ろされたバートの斧を煉は左手で掴み取る。すぐさまその右手に無色の焔を点し、敵がいるであろう場所に、拳を突き出す!
「っ!?」
カン。金属物でガードされた。だが敵の斧はこの手にある、ならばガードしたのは‥‥?
「おおう、あっぶねぇ。仲間同士で殴り合ってくれりゃありがたいぜ」
武器を手放し、煉の後ろに回りこんだバートが、背中からぶつかるようにして煉の体勢を崩す。直後、フレイムシードを爆発させると共に、天井の穴から飛び出す!
――この距離では、覚羅に追いつくのは無理だろう。
辺りの惨状。傷ついた仲間たちを見ながらも。――撃退士たちは、確かにバートが目的を達成する事を阻んだのである。