●炎と煙
「通さへんで‥‥もう、絶対に!」
アレスとアリアを、正に炎が飲み込もうとしたその瞬間。人影が一つ、その間にスライディングするように滑り込む。
「Io canto ‘velato’ !!!」
織り成すのは、守るための楽譜。足元から、五線が立ち上がり、蜘蛛の巣が如く防御壁を織り上げる。
ドン。炎が障壁に衝突し、爆発する。
爆風は立ちはだかった亀山 淳紅(
ja2261)の頬を炙り、飛び散る砂石が僅かな傷をつけていく。
流石は攻撃と破壊を司る『火』の要素を持つヴァニタス。無傷で防ぐ、と言う訳にはいかない。しかし‥‥
「まだまだ、や‥‥あん時に比べれば、どーってことあらへん!」
思い出すは、彼のヴァニタスが起こした、とある病院を爆破した惨劇。
怒りをもアウルに込め、紅の楽譜は一段と強く輝きだす。それは爆風を相殺し、吹き飛ばす。
「また惨劇を‥‥子供ですら其の手にかけようとするか‥‥この外道め!」
その目に点るは憎しみの光。自らを媒介にし、一般人を殺害したヴァニタス、『火』のバート。
鳳 覚羅(
ja0562)が彼に憎しみを覚えるのも当然だろう。
「同じ事は‥‥繰り返させない!」
振るわれたワイヤーが、前方に向かい走り出そうとしたバートの腕に絡みつく。
「ちっ‥‥邪魔しやがって‥‥!」
腕を振るう。
腕力差を以って、強引に覚羅のバランスを崩し、地に叩き付ける。だが、このワンモーションが、バートに大きな隙を作る事となる。
「別に倒そうなんて無茶なことは考えていませんが」
奇術師は、己の象徴であるカードを掲げる。
「前回の屈辱は雪がせていただきます」
黒いクラブのA。それが無数に投げ出され、バートに張り付くようにその動きを止める。
「マジシャンのガキ‥‥またてめぇか」
「お久しぶりです。しばらく会っていませんでしたが、元気に‥‥されていたようですね、残念」
「ああ、てめぇも健康そうで反吐が出るぜ」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)と、憎まれ口を叩き合う。だが、忘れてはいけない、ここは戦場だ。
「接近はさせない‥‥!」
体勢を低くし、接近したマキナ(
ja7016)の掌底がバートの腹部に叩き込まれる。
「ぐ‥‥ぉぉお!?」
そのまま、走行の勢いは緩めず。叩き飛ばすと言うよりは掌で押さえつけ投げ飛ばすような形で、大きく後ろにバートを飛ばす。
「スナイパーは一番恨まれる職業っていうけどね・・・それでも、足止めさせてもらいましょう」
テイ(
ja3138)の手により、投げ込まれる手榴弾二発。バートの足元に着弾すると共にそれは破裂し、猛烈な煙を噴き出す!
辺りは灰色の煙に包まれ、視界が悪化する。
目標の視認はまだ辛うじて出来る。問題ない。
撃退士たちは、ゆっくりと煙の中に居るだろう、バートを、取り囲んでいく。
●救うための道筋
疾風が、駆け抜ける。
「掴まっていろ‥‥このままここから逃げ出す!」
片腕でアリア=ロンドギスを掬い上げるようにし、肩に乗せ。
神凪 宗(
ja0435) はグラウンドを走る。
「娘を‥‥どうするつもりだ!?」
いきなり娘を攫われた形となるアレスが、宗の方に手を伸ばしかけるが、彼もまた走りよるエルレーン・バルハザード(
ja0889)によって担ぎ上げられる。
「私たちは撃退士‥‥娘さんとあなた、どちらもたすけます!‥‥そのためには、ちょっとがまんしてもらうけど‥‥」
ロングコートを翳す。静かにアレスが頷いたのを確認し、彼をその中にくるみこむ。
そのまま肩に担ぎなおし――
(「本当は、私がころしてやりたいけど…それより、助けなきゃ!」)
キッとバートの居るだろう煙幕の中を睨んでから、宗と顔を見合わせ。お互い、散るようにして、グラウンドの両サイドに向かってそれぞれ駆け出していく。
一方。炎の一撃を受け止め、立ち上がった淳紅。振り向き、先生に言葉を掛ける。
「皆を一箇所に集めて、建物に避難させてください。ここは自分が必ず守ったる!」
頷く先生は、他の先生にも声を掛け。子供たちを誘導しにかかる。
――飛び散る火の粉に、恐怖を覚えた子供たちも居る。泣き出し、先生方が宥めねばいけなくなった子供たちも居る。だが、その先生の数が圧倒的に足りない。
避難の遅れに苛立ちを感じながらも、敢えてそれを表情に出さず。淳紅は、高らかに声を上げる。
「自分らは正義のヒーローや、君らを助けにきた、な!」
「絶対に守ったる!だから、先生たちについて、逃げ込むんだ!」
万感を込め、全力で言い放った淳紅の言葉に。泣き止む子供たちが出てくる。少しずつ、園児たちは、一箇所へと集まっていく。
如何に頑張っても、大人ほどの速度は出ないが‥‥確実に救出は、進んでいた。
だが、その瞬間。煙幕の中で、爆発音が轟いた。
一瞬、びくりと――子供たちの体が震える。
●Skyrocket
足止め班。
「ここまでは計画通りですが‥‥油断なりませんね」
移動を封じ、煙幕の中へとバートを叩き込んだ。だが、マステリオは警戒は解かない。この敵は、如何なる隙をも突いてくると、よく知っているから。
「抜かせるわけには行きませんので」
敢えて煙幕内に進入せず、外部にて待機する神埼 煉(
ja8082)。だが、足に力を溜め‥‥バートが動く様子があれば、即座にそれを止めに入る用意をしている。
一方、覚羅は外部から手裏剣を投入するが‥‥煙幕に遮られ、命中したかどうかすら分からない。
「意外と煙は、こちらにとっても厄介だな」
僅かな物影を頼りに、執行者の名を持つ戦斧を縦に振り下ろす。
怪力を以って放たれるその一撃。当たるのであればバートとて無傷では済むまいが‥‥
「どこだ!?」
手ごたえは斧が地面に食い込んだ物。懐に入ろうと前進はした物の、煙幕で視界が悪化している状態では、敵の向きすら分からない。
再度横に薙がれた大斧は、何かを掠めた手ごたえを返す。
――煙幕はその場に居る全ての者の視界に影響を与え。常人より遥かに優れた身体能力を持つヴァニタスや撃退士たちの視界を完全に潰すまでには至らず、依然と大体の各員の位置が判別できるような状態にしていた物の、攻撃の精度を大きく低下させていた。
「実に戦いにくいですね。ですが――」
カードを投げつけながら、マステリオは大きくため息をつく。足止めのためのカード術も、こう当たりにくくては効果を発揮しにくい。
張り付いて動きを止めようにも、視界は悪くては困難。
だが、それは相手も同じはず。このまま時間を稼いでしまえば――
「まずい‥‥!」
覚羅と煉がその兆候に気づいたのは、ほぼ同時。バートの足元に、炎が見える。それが意味する事はただ一つ‥‥移動用の技、『フレイムロード』。
「ここは抜けさせません。『城壁』としての誇りに賭けて」
偶然か必然か、二人はそれを止めようと一斉に煙幕の中へ突進する。
「おせぇんだよ!」
中距離から止める為に駆け込むのは、至近距離から止めるのに比べ一歩だけ遅い。そして、煙での視界の低減もまた、前回この技を見切り、見事に止めた煉の観察能力を僅かに阻んでいた。
覚羅の水流の大剣が地を叩き、周囲に水しぶきを散らす。
鋼をも砕く煉の拳は、空を切る。
とっさに袖からクローを伸ばし、マステリオがバートを引き止めるためにそれを袈裟切りの形で振るうが‥‥爪はバートの頬を掠めたに過ぎず、その場に引き止めることは叶わず。紅の戦鬼は、ロケットのように煙幕の上空から飛び出し、グラウンドを飛ぶように横切る。
「城壁の唯一防げない物って何か? それは、空を飛ぶ敵だ」
「止まれっ!」
この状態で、足止め班の内唯一煙幕外に居たテイが、狙撃銃を構え、バートを狙い打つ。
例え止められなくても、せめて注意が自分に向いてくれれば――
放たれた鋭い一撃――『ストライクショット』は、しかしバートの斧によって阻まれる事となる。
「てめぇらの相手は、目的を果たしてからゆっくりしてやるよ!」
降下するバートに、思わず防御体制をとるテイ。しかし、予想していた攻撃は降りかかっては来なかった。
――バートは、テイを攻撃する事ではなく、無視してロンドギス親子を追うことを選んだのだった。
即座にバックステップ、裏拳で後ろに居るだろうバートを狙う煉。だが‥‥高さとリーチの差が、重くのしかかる。
バートは、包囲圏を抜け出したのである。
●重なる惨劇
「はよう逃げて!」
悲痛な、淳紅の声。
グラウンド全体に散らばっている子供たちを守りやすいよう一箇所に集め撤退させるには、時間を要した。それが完成される前に、バートは襲来したのだ。
この様に中途半端に集まっている状態では、バートの一振りは多大な惨害を及ぼす。そして、それを身を挺して守るためには‥‥あまりにも守るべき箇所が多すぎた。
「邪魔だぁぁぁ!」
追うその方向は、アリアと宗が逃げていたその方向。斧を一薙ぎすると、辺りは血の海へと変わっていく。
「ああ‥‥ああぁぁあぁああぁ!」
絶叫。目の前の惨劇が、今一度脳内にある惨劇の記憶と混ざり合う。
放たれた直線の火光が、バートを襲う。高熱で能力を下げるこの技は、しかし元より『体が高温である』バートには能力が薄い。
だが、アウルによりダメージは入っているので、決して無駄ではない。
「うぜぇ‥‥!」
炎を纏った戦斧が、反撃とばかりに投げ出され、淳紅に激突する。
しかし、まるで痛みを感じないかのように、さらに炎光を、淳紅は放つ。
「相手は後でゆっくりしてやるよ!」
炎光を足で受けるようにし、ダメージを受けながらも爆発させ、フレイムロードを発動する。
この状態の移動速度でも、本来バートは宗には及ばないはずだった。
だが、宗は子供一人を抱えている。その重量や体勢のズレが、彼の速度を僅かに低減させていた。
「神凪さん、危ない!」
テイの叫びに、宗は即座に横に飛びのく。先ほどまで彼が居た空間を、炎の鎖が通過する。
「‥‥危なかったな」
そのまま体勢を立て直しさらに逃げようとする宗だが――
「これで終わりだと思ったか?甘ぇよ」
そのまま鎖は、横に凪ぐようにして振るわれ、宗の腰に絡みつく。
「っ‥‥!」
何とか足に力を入れ踏ん張り、引っ張られないようにした宗だったが‥‥
「今‥‥いくぜ!」
逆に彼を支柱にして、バートは鎖を引っ張り‥‥バート自身を、彼のほうへと飛ばしたのだ。
それに気づいた瞬間、宗は二刀流の曲剣を抜刀。空中でこのヴァニタスを迎撃しようとする!
ドン。ザシュッ。
宗の刃はバートの両脇に傷を刻み、血を噴出させる。
だが、バートの拳もまた、宗の胸に叩き込まれ、彼を吹き飛ばす。
地面に落とされた形となったアリアを、バートは掴み上げる。
●BonFire
「何とか‥‥逃げ切れた、みたいだね」
幼稚園の付近のとあるビル。空き部屋で、エルレーンが窓から幼稚園側を見下ろしながら、呟く。
無論、アレスには決して頭を出さないよう、部屋の奥で伏せているよう指示してある。
――壁走りをフルに運用し、ここまで走ってきた。バートの追撃がなかったという事は、足止めが成功したか、若しくは宗の方を追って行ったか。前者である事を祈りたいが‥‥
「また‥‥あいつはくるよ。今度は、むすめを、ねらわれる」
エルレーンの言葉に、アレスがぴくりと反応する。
「そのためにも。守るために‥‥あのバートとかいう天魔のこと、知ってること、教えてほしい」
口を噤み、一瞬考え込んだ後。アレスはゆっくりと、語り始める。
「俺はあいつ‥‥人間だった、バート・グレンディと。昔、同じ傭兵部隊に所属していた」
まるで、何か忌むべき事を思い出しているかのように、その表情が歪む。
「あいつには妻が居なかったが‥‥どこから拾ってきたのか、娘が一人居た。綺麗な娘だったよ。‥‥けれど、それが災いして、俺らの上官が見初めてしまった」
「上官は、バートを排除するために、ヤツが任務に出ている間に、先ず娘をさらって――」
「おい、アレス、見ているんだろ?娘はここだぜ」
響き渡るバートの声。エルレーンが制止する間も無く、アレスは窓のほうへと走り、幼稚園の方を覗き込む。
「へっ、これが、俺のお前に対する報復だぜ」
頭を掴み上げるようにして、バートは、泣き叫ぶアリアを持ち上げる。
「やめろぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
絶叫するアレス。次の瞬間、アリアの体は篝火のように、燃え上がった。
●報復・復讐
「「バアアァァァトォォ!!」」
絶叫と共に、マキナと覚羅が、両サイドから同時にバートに襲い掛かる。
大剣と斧が交差する。大剣は炎の鎖にて弾かれるが、斧の方はバートの肩に食い込み、膝をつかせる。
その背後から、麻痺毒を帯びたカードが飛来し、彼の動きを止める。
「馴染の仲になりそうなので、一応名乗っておきましょうか」
怒りを抑え、ポーカーフェイスを維持しながら、マステリオは淡々と語る。彼のこの会話は、煉がフレイムシードによって戦闘不能になった宗を救出するための物でもある。
「奇術士エイルズと申します。‥‥まあ、記憶力に自信がないのなら、無理に憶えなくて良いですが」
「一応覚えておくぜ。‥‥ま、役に立つかはわからねぇがな」
獰猛な笑みを浮かべ、腕力で強引に肩に食い込んだマキナの斧を持ち上げる。即座に斧を引き、連撃を叩き込もうとするマキナだが、それは炎の鎖が引っ張ってきたバート自身の斧によって阻まれる。
振るわれる炎を纏った斧。攻撃直後であったマキナの胴を薙ぐようにして、吹き飛ばす。
気合で熱に耐え、マキナは敢えて攻撃に全ての神経を集中させる。全力を込めて、投げられた斧は、バートの背に食い込む。
「へっ‥‥根性あるじゃねぇか。気に入ったぜ」
バートが、振り向く。
「けどなぁ、実力は根性だけじゃ翻らねぇんだよ!」
再度、鎖に操られた斧が、マキナを打ち据えた。
「ははははは!許さへん‥‥許さへんで!」
狂ったように笑う、淳紅が、テイの援護を利用して、バートに肉薄する。両手に溜めたのは高熱の炎光。それを押し付けるようにして、バートの顔にぶつける!
光が、周囲に溢れる。その光を割るようにして、バートが、頭を突き出す。
「いい覚悟だぜ‥‥けどな、本当の熱ってのは、こういうもんだぜ!」
熱を纏ったその頭部を、鉄槌のように淳紅にぶつける!
「‥‥いつか絶対、自分の命が燃えきってもお前を焼き殺す。‥‥絶対や」
距離を離した淳紅が言った瞬間。ぱちりと指を鳴らす音がし、爆発が起こった。
――結果として、園児の約1/5が死亡。アリア=ロンドギスも、また焼死した。
アレス=ロンドギスは撃退士たちに保護されたものの‥‥娘の死亡によるショックからか、一週間後に、自殺しているのが発見されたのだった。