●突入と迎撃の関係
「この人数で、話に聞く炎の魔人と対決ですか」
ガシャン。山小屋の窓が割れる。
「正直、勝てる気がしませんね……負ける気もしませんが」
飛び込んで来た影は二つ。
その一人‥‥奇術師(マジシャン)、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、体に付いたガラスを振り払い、立ち上がる。
――何かがおかしい。静か過ぎる。周囲を見回しても、人質の姿も、敵影もない。何かが――
「歓迎するぜぇぇぇ!」
背後の敵を察知したのは、その体から立ち上がる熱気からか。
窓枠の直ぐ下に伏せ、体を隠していたバートが放った、足元を薙ぎ払う炎の鎖と斧を、間一髪でロングコートを身代わりに『二人とも』回避する。
「奇襲とは、随分な挨拶だな」
着地した神凪 宗(
ja0435)が、皮肉たっぷりに言い放つ。と同時に、小屋の表扉もバンっと開け放たれ‥‥神埼 煉(
ja8082)が侵入する。
「先ずはそこを退いてもらいましょう」
前進の勢いそのままに放たれた彼女の強烈な拳打は、僅かにバートを押し戻し‥‥地に転がる人質――グラント軍曹から押し離す。
「前回のような失態は犯しません。私は護る者として、必ず皆様を無事に送り届けてみせます‥‥!」
その神埼の背に守られるようにして、梓弓を構える神城 朔耶(
ja5843)。
だが――
「‥‥だめです‥‥これではうまく狙えません‥‥」
小屋の中には、既に余りにも多くの人数が存在していた。それは射線の阻害となり、朔耶の射撃を妨げていた。
そして、それは味方の影に隠れ‥‥グラントを救出するため忍び寄っていた、鳳 覚羅(
ja0562)、エルレーン・バルハザード(
ja0889)の移動をも阻害していた。
「ふう‥‥少しずつ‥‥少しずつ‥‥ッ‥‥」
遁甲の術を使用したまま、這うように。気づかれないように。ゆっくりと。グラントへ接近していくエルレーン。
「きゃぅっ!?」
「っ!?」
『トランプマン』を発動し、人形を身代わりにし回避を行ったマステリオ。その僅かな足の動きに巻き込まれ、ドンっと壁にぶつかってしまう。
「っち、そう言う事かよ‥‥!」
瞬時に、撃退士たちの狙いを理解するバート。グラントに接近するエルレーンを狙って、その右拳が薙ぎ払われる!
狭い小屋の中の人口密度故に回避行動がうまく取れず、切り札の空蝉を最初にセットしなかったエルレーン。拳の直撃を受け、壁に叩き付けられる!
「ぐっ‥‥」
何とか床を転がり、起き上がる。
「なら!」
それを見た覚羅が、逆方向から回り込み、壁を蹴ってグラントの方に飛び掛る。
「させるかよ!」
バートの腰から伸びる炎の鎖が、鞭のように覚羅に向かい振るわれる。
「させないのは‥‥こっちも同じだ」
十字手裏剣を取り出し、僅かな隙間から炎の鎖を狙って投げつける宗。
カキン。
手裏剣は弾かれ、天井に突き刺さる。
バートの腕力同様、かなりの力を持つのか。鎖は手裏剣による妨害をものともせず、一直線に覚羅に向かう!
「分かっていたが‥‥なんてパワーだ‥‥」
白と黒。混沌を象徴する盾を構え、何とか鎖を受け止める覚羅。だが、鎖を振るうその力により、壁に背中から叩き付けられるのは避けられなかった。
そして、盾が鎖に牽制されているその隙に、火炎の拳が、脇腹に叩き込まれる!
「ぐあぁ‥‥!」
ミシミシと、体が壁にめり込む。
気絶するには至らないが‥‥ダメージは軽くは無い。
「‥‥俺に構っていていいのか?」
嘲笑の表情を浮かべる覚羅。と同時に‥‥バートの背後を、紅のカードと、雷を纏った刃が、同時に貫く!
●ゲーム・スタート
「僕は最近、敵の攻撃を華麗にかわすのがマイブームでして‥‥練習に付き合ってもらえませんか?」
もう一枚のカードをその手に生み出し、構えるマステリオ。
「単体での戦闘力が高くても、連携して動けば互角以上にやれると言う事を教えよう」
光で構成された雷刃を引き抜き、バックステップで距離を取る宗。
バートが覚羅に気をとられた隙に放たれた彼らの攻撃は、バートの体の動きを遅らせ‥‥麻痺させていた。その隙に、壁に掴まり立ち上がったエルレーンが、肩に担ぎ上げるようにしてグラントを運ぶ準備をする。
「おじさん、ちょっと我慢してね」
そのまま窓から飛び出すようにして、そこで待ち構えていたアーレイ・バーグ(
ja0276)とテイ(
ja3138)の頭上を越え、走り去ろうとするエルレーン。
「逃がすかよ!?」
炎の鎖が、その背中を狙う。
「忘れてもらっては困りますわよ?」
窓枠から頭を出したアーレイ。彼女が投げた魔力の渦巻きがチェーンとぶつかり、竜巻の如くそれを天井の方へと舞い上げる。と同時に、彼女の隣からテイが星光の弾丸を連射するが‥‥小屋にあまりに多くの味方が入っていたせいで上手く狙えず。弾丸は壁へと打ち込まれる事になる。
「ボクも、離脱するよ」
役目は果たした。そう認識した覚羅が窓から飛び出したのとほぼ同時に、バートは体の自由を取り戻す。
だが、彼が麻痺している間に、既にエルレーンは視界外へと消えていた。そして‥‥その後に続いた覚羅を追おうにも、目の前の撃退士はそれを許してはくれまい。
「‥‥ま、何はともあれ‥‥時間稼ぎだな」
パチリと指を鳴らす。
と同時に、森の四方で‥‥爆発音がした。
●逃げるための道
「っ‥‥うっとおしいなぁ!」
木を一本、切り倒す。と同時に、その上で、リスが爆発を起こしていた。
エルレーンは、木を切断する事により、四方の動物たちを脅かし、潜在的な「爆弾」が自分たちに接近するのを防いでいた。
だが、『木の切断』と言う、余分な動作は同時に、逃走速度の低下を意味していた。
幸いだったのは、『フレイムシード』による爆発が焼夷効果を持たず、ただの瞬間的な爆発だった事か。
「早く逃げんか!あいつが何時追いついてくるか分からないんだぞ!」
背中に背負ったグラントから、罵声が飛ぶ。
「‥‥そもそもおじさんは、なんであいつにころされるの?」
走りながら、エルレーンは聞き返す。
「‥そ、そんな事は俺ぁ知らん!」
「おじさんを助けるためには、それがわかんないと‥‥」
「何故だ?俺を助けるためには、このまま逃げ切るのが先決じゃねぇのか?」
正論である。『言わないと助けないぞ』と脅すのならば兎も角、助けるためには事実を知る事が必要と言う根拠を、エルレーンはグラントに示せていなかったのだ。
――地雷原に於いては、一瞬の油断が命取りとなる。
会話にエルレーンが気をとられた、その一瞬の隙に。彼女の足元で爆発が起こる。
(「動物はいなかった‥‥まさか、モグラさん!?」)
動物には至極注意していた物の、地中を進む動物は、幾ら注意しても探知は出来ない。『地雷』の爆風に煽られ、地にたたきつけられるエルレーン。
「大丈夫か!?」
「うん‥‥」
幸運にも、グラントの方は、後から追いつき、駆けつけていた覚羅が受け止めていた。
「ボクが先に地雷を排除しよう。後から付いてきて」
構えた細剣を、下から上へと振るい上げる。
と同時に、衝撃波がその剣先から放たれ、目の前に一直線に『道』を作り出す。
その道を踏みしめ、彼らは進む。生地へと脱出するために。
●バーン・ダウン
「‥‥戦いにくいな、この状況」
ギリギリで壁を蹴って後退し、振るわれた斧を回避しながら、宗がぼやく。
彼は幾度もバートの背後に回りこもうと試みていたのだが、部屋の狭さに加え、バートが壁を背にしていた事で、回り込めずにいた。
「っちぃ‥‥!」
回避先を狙って、飛来する斧。良く見れば、その柄には炎の鎖が巻き付いており、斧全体が炎に包まれている。
即座にジャケットを身代わりにし、それを回避するが‥‥
「狙いは元からてめぇじゃねぇんだよ!」
ジャケットを貫き焼き払い。斧は飛行を続け、彼の後ろに居た朔耶へと――
「‥‥安心してください。討たせはしません」
身を挺して、脚甲を以って蹴りつけ。煉が、朔耶を狙う斧を受け止める。
衝撃に足が痺れ、炎が身を焼く。防御スキルを使えればまた別だったのだが‥‥スキルの入れ替えが間に合わなかったのである。
「ちっ‥‥邪魔しやがって‥‥!」
忌々しそうに言うバートの足元に僅かな灯りが点るのを見て、煉は即座に前進。爆発的な推進力が完全に解き放たれる前に、拳打を以って彼をその場に押し留める!
「なっ‥‥!」
完全に意表を付かれたのか、バートの動きが一瞬止まる。
そしてその隙を逃さず、マステリオの投げた多数の『ダイヤのJ』が、彼の全身に一斉に突き刺さる!
「まるでハリネズミのようですね。最も、動けないハリネズミですが」
嘲笑うかのように、奇術師は笑みを浮かべる。
「チャンスですわね」
内部の味方が散り、射線が確保できたこの一瞬。アーレイの手から放たれた竜巻が、バートにの胸に直撃。彼を壁に叩き付けると共に、その意識を一瞬刈り取る。
だが‥‥それと同時に、黒い粉末のような物が、周囲に撒き散らされた。
「まずい‥‥下がって!」
誰かが叫ぶ。
バートが、意識を刈り取るタイプの攻撃に対する防衛策として編み出した、粉塵爆発の一種。
山小屋と言う戦場。それが余りにも狭かったため、その全域が爆発に巻き込まれ‥‥中に居た撃退士たちは、何れも少なくないダメージを受けていた。
そして‥‥山小屋自体も、爆発の衝撃で、崩れようとしていた。
「中々に痛かったぜぇ‥‥」
爆煙の中、立ち上がるバート。彼のダメージは少なくはなく‥‥このまま行けば、若しかしたら‥‥
「本気、出させてもらうぜぇ!」
叫びと共に、炎の輪が広がり。崩れ落ちる山小屋を巨大なたいまつと化し、焼いた。
●炎の中で
「はぁ‥‥はぁ‥‥油断したなっ!」
額に汗を浮かべながらも、その手に握る輝く刃を振るい。
右後方から、炎の壁を突き破るように飛び込み、宗の刃はバートの脇腹を裂く。
朔耶によるアウルの衣のお陰で、多少火の海の影響は軽減されていたが‥‥それでも熱い事に代わりは無い。
「いいぜ、その覚悟。楽しめそうだぜ!」
自身の傷を気にせず、バートの裏拳が同時に宗の腹部へとめり込む。
『空蝉』が残っていれば回避できた物だが、既に手持ちの身代わり品は尽きていた。
お互い、攻撃の反動力で吹き飛ぶが‥‥即座に朔耶による癒しが宗に与えられたのとは違い、バートは更なる攻撃に晒されていた。マステリオの放った無数の『クラブのA』が彼に張り付き、その動きを停止させる。
ドン。
鈍い音と共に、重いボディブローが、動きが止まったバートの体を僅かに持ち上げる。
パチリと、指を鳴らす音。次の瞬間、爆発が巻き起こり、ボディブローを叩き込んだ張本人‥‥煉を吹き飛ばす。
「‥‥貴方は、生前軍人か何かでしたね? それもかなり特殊な部門の」
ボロボロの腕を押さえながら、煉はバートへ問いかける。
「残念。ハズレだ。俺は正規軍じゃねぇさ」
その足元に、炎が点る。
それを見た煉が、すぐさま構え直すが‥‥
「正規軍じゃねぇから、こういう真似だって出来るんだぜ」
彼を無視し、朔耶の方へと飛び掛る。
外部からアーレイとテイが援護射撃を行い、それを止めようと試みるが‥‥何れも火の海が作り出す陽炎に惑わされ、あらぬ側へと撃ってしまう。
朔耶自身は、とっさに回避しようとするが‥‥その前に、彼女を庇うため、煉がその間へと滑り込む。
「女を狙えば、てめぇは回避できねぇよな!?」
邪悪な笑みを浮かべたバートの拳が、連続で叩き込まれる。
「神埼様!!」
癒しの風では、この混戦内でバートを巻き込まずに施術するのは不可能だった。それ故にヒールを用いて個別に回復を行っていた朔耶。だが、彼女が最後のヒールを放てる前に‥‥
パチリ。指を鳴らす音がした。
●『保険』
爆発が神埼を飲み込み、地に伏せた直後。大量の『クラブのA』が、爆炎を裂き、バートめがけて飛来する。
「またてめぇか、マジシャン!」
炎の鎖を横に薙ぎ払い、カードを叩き落とすとともに一直線に拳を突き出すバート。
「今度こそ掴んだ‥‥っ!?」
手ごたえが、ない。彼が掴んだと思ったのは、コートを核とした『人形』に過ぎない。
「おや、手加減がお上手ですね」
見れば、相変わらずの嘲笑いを浮かべたマステリオが、彼の射程外に立っていた。
「ちっ、逃げるしか能のねぇヤツが」
バートは知る由も無かったが‥‥マステリオの体力も、火の海によってかなり削られており、攻撃の合間の『ドレス・チェンジ』によって何とか回復し、維持されている状態であった。
(「けれど、奇術師はタネを明かしてはいけませんからね」)
マステリオの挑発は、宗が煉をデュエルリング外へと運び出す時間を作っていた。
ヒールを掛けながら、命には別状がない事を確認しほっと一息ついた朔耶の携帯が鳴ったのは、この時の事であった。
「とりあえずは森を抜けましたか‥‥はい、了解です。撤退を始めさせますね」
静かに、未だ陣内にて対峙しているマステリオと、それを射撃で援護しているアーレイ、テイに、ハンドサインを出す。
アーレイ、テイが撤退したのを見て、マステリオは、バートに向かって一礼する。
「さて、そろそろ夕食の時間なので、失礼します」
「おや? 奇術師を名乗るやつが、ショーのフィナーレを見ずに退場するってか?」
(「‥‥?」)
バートの言葉に、何か嫌な予感を感じるマステリオ。だが、それを表情に出さないのが、真の奇術師。
「奇術ってのは、大体危険なスタントをやる時ぁ、保険、セーフティネットを張っとくもんだろ? ‥‥おかしいと思わなかったか? 俺が何で途中から『脱出するのを諦めたか』ってのを」
頭を回転させる。ちゃんと逃げ切れた筈、連絡も着ている。目の前のヴァニタスに出来る事はない――
「運び屋の小娘と黒髪、俺に『触られた』よな?」
「っ!!!」
ぱちり。指が鳴る。
遠くで爆発音が、聞こえた気がした。
「折角だから、って事で‥‥楽しみ終わるまでは終わらせたくはなかったんでな」
にやりと、目の前のヴァニタスが笑う。
不幸中の幸いな事に、覚羅とエルレーンの負傷はそれ程重くは無い。
‥‥だが、担がれたまま、至近距離での爆発を受けたグラントが生存している可能性は‥‥万が一つにも、無かったのである。