●道
「見つけた!この前は良くもやってくれたわね!」
黒木を取り囲む雪室 チルル(
ja0220)を初めとした撃退士たちを一目見て、たつさきさんは忌々しく舌打ちする。
「また、邪魔をするつもりでしょうか‥‥?」
殺意篭るたつさきさんの眼差しにも、然し怖気づくような撃退士はこの場には居ない。
それぞれの武器を構え、交戦の意思を示す。
「いい所に来た、早くその女を殺せっ‥‥」
「黙ってろオッサン、でねえと三途の川泳がすぞ!」
騒いでいた黒木は、郷田 英雄(
ja0378)の気合を込めた一喝によって即座に押し黙る。
「只でさえ厳しいんだ‥‥死にたくなきゃ大人しくしてな」
静かになった黒木を、抱え上げる宗方 露姫(
jb3641)。
「けど‥‥ここから出るのも、ちょっと面倒そうだぜ」
目線の先は、部屋入り口の近くに立ちはだかるたつさきさん。
彼女の方が黒木よりも後からこの部屋に入って来たが故に、この位置関係になるのは道理。
階段まで黒木を連れて逃げるためには、まずはたつさきさんを何とかしなければならない。
「うー、みんな殺すなんて‥‥ひどいよ、おばさん!ふゆみがブッコロ★しちゃうよ!」
先に動いたのは、 新崎 ふゆみ(
ja8965)。周囲のばらばらにされた人間たちの死体を見たのか、怒りで僅かに震えながら、急速に接近し。弓を逆手に持ったまま力を込めたボディブローを叩き込む。
衝撃は内部に伝わり、たつさきさんの体全体を揺らす。
「いい攻撃だわ。けれど‥‥」
移動した後の攻撃であるが故に。たつさきさんの反撃前に抜けるのは不可能。そのまま打たれた部分から、たつさきさんの体に獣の口が生み出され、ふゆみの腕に齧りつく!
「いたっ!?」
眉を顰めるふゆみの後ろから、他の撃退士たちも攻撃を開始する。
(全く‥‥不愉快な物ばかりだ)
目に付く物は悪ばかり。
目の前の敵も、身勝手によってこの状況を作り出した大人も。
だが、任務は任務。受けたからには、果たさなければならない。
不快感を露にしながらも、たつさきさんの周囲を回りこむように動きながら、機嶋 結(
ja0725)は黄金の紋章を掲げる。生み出されるは炎の矢。それがたつさきさんの背後から突き刺さり、肉を燃やすような匂いを発生させる。
「お前の相手は‥‥こちらだ」
リボルバーを連射し、僅かにふゆみに噛み付いた獣の口を緩ませる。
と同時に、その弾幕を盾に距離を詰め、跳躍と共に銀の脚甲による蹴撃がたつさきさんに叩き込まれる。
翡翠 龍斗(
ja7594)は、振り向きざまに仲間に向かって叫ぶ。
「今だ!抜けろ!」
彼の合図と共に、四人の撃退士が同時に入り口に向かって動く。
チルルと英雄は、右側から抜け。
「アハハ、一緒に遊びたいけど、やる事があるからまた後でね!」
左側を雨野 挫斬(
ja0919)が通過する。
「このまま‥‥」
黒木を運んでいる露姫が、頭上を抜けようとする。
だが――
「あなただけは、素通りはさせませんわ」
目標が自分の横を抜けるのを黙ってみている程、たつさきさんは甘くはない。
咄嗟に獣の頭が伸び、黒木の首を狙う。
龍斗の蹴撃によってバランスを崩し、攻撃の精度は既に下がっていた物の、露姫の回避能力もまたそれ程高い訳ではない。空中で制動する事が叶わない以上、身を挺するしかない。
「ぐぅ‥‥」
何とか獣の牙が黒木の首に届く前に、己の腕を身代わりにする形で差し出し、噛ませる。黒の翼が一瞬消え、代わりにたつさきさんの背に生える。『吸い取られた』のだ。
「放してください」
結の掲げたエンブレムから射出される炎の矢が、獣の口を切り離す。
「逃がしませんわ」
体勢を建て直し、再度攻撃を仕掛けようとするたつさきさん。しかし、ここで意外な伏兵が現れる事となる。
「少し準備に時間は掛かりましたけれど‥‥捉えました!」
明鏡止水の心にて、術式が編み出される。
吹き荒れるは小型の砂嵐。その砂が、たつさきさんを切り刻み、その体を石化させていく。
「五行によれば、土剋水‥‥水を塞き止め制す土の技!」
自らが石化させた敵を見、久遠寺 渚(
jb0685)はぐっと拳を握る。
「油断するな‥五行思想には相侮‥水侮土もある」
龍斗の注意通り、今の技は完全にたつさきさんを封じ込めた訳ではない。ぴしり、ぴしりとヒビが入るその石像を警戒し、周囲の撃退士は距離を取る。
「今の内に予定通りに!」
その声に頷いた露姫は、階段へと向かっていく。そして再度翼を展開し、全力で下へと降りていく。
●エレベーターチーム〜瞬速・爆音〜
「よし、開いたぜ」
「確かに抉じ開けるより早かったわね」
鉄槌によって大穴を開けられたエレベーターの門。その中へと、チルルは進んでいく。
「えーっと‥‥ここかな」
天井を開け、上に登る。
「それじゃ、一気に切るよ!」
言うと共に、上につながっていた全てのワイヤーを、横一閃で一刀両断にするチルル。
――その瞬間、支えを失ったエレベーターは、急速に下へと滑っていく。
鎖鎌を取り出し引っ掛ける時間すらなく、チルルを乗せたエレベーターは、建物全体に轟く程の轟音を上げて、地下一階の床に激突した。
「あいたたた‥‥」
一般人よりよほど強靭である撃退士故に、即死には至らなかったが。それでもある程度のダメージを受けたチルルは、頭を押さえながら、一階の扉を目指して立ち上がる。
「あっちゃー‥‥大丈夫かなぁ」
こちらも下を見ながら、英雄はハシゴを伝い、一階ずつ、下へと降りていく。
●足止めチーム〜迎撃・干渉〜
ピキッ。ピキッ。
石像を割るようにして、二本の獣の頭が伸びる。狙う先。噛み付くその先は‥‥渚と龍斗。
「っ‥‥しまっ‥‥」
予想以上に長いその射程に、回避できず渚は石化とダメージを受けてしまう。
一方龍斗はその身体能力を生かし、何とか獣の噛み付きをギリギリで回避した物の‥‥
「これは‥‥迂闊に近づいてはいけませんね」
射程の限界まで下がった結。彼女が放つ炎の矢は魔法攻撃である故に、石化によって高まった防御力を無視してたつさきさんにダメージを与えている。しかし、ふゆみの矢は石化した外殻に阻まれ、思ったようなダメージは与えられていない。
――渚の位置で獣の頭が届くと言う事は‥‥龍斗が攻撃を届かせるためには、どうしても内部に入る必要があるという事。
意を決して、精神を集中し。彼は敵の攻撃圏内に再度飛び込み、我流の技『飛影聖剣』を放つ。
限りなく薄いその空気の刃は、然しふゆみの矢同様、石化した外殻に阻まれ、ダメージは大きくは無い。
再度襲い来る獣の牙を回避できず、終には龍斗もまた石化されてしまう。
そして‥‥運が悪いと言うべきか。このタイミングで、たつさきさんの石化は解除されてしまう。
「あら、結構長い間封じ込めてくれちゃって。お礼‥‥しないとね」
その獣の口が直接狙うのは、渚。獣の一噛みは、明鏡止水の境地を、彼女から奪い取る。
「ばーかばーか、おばさんばーか☆ミ」
小学生並みの言葉に、いちごオレ投げ。
ふゆみのその挑発を意にも介さず、たつさきさんはゆっくりと外へと下がっていく。
だが、そんなふゆみの行動に、一つだけ気になった事がたつさきさんにはあった。
彼女はちらちらと階段の方を見ていたのだ。
「アハハ、妨害開始ー!」
たつさきさんが元居た部屋から出たのを確認した瞬間。
警備室に辿り着いた挫斬の手によって、全ての階の防火隔壁が下ろされる。
40階に於いては、階段の方に向かう隔壁のみ、上がったままだ。
――如何にも罠っぽいこのセッティング。追撃しているのが頭の回る――そう、『湖』のロイの様な者――ならば、ワザと空けた階段側が囮だと一発で気づくであろう。
だが、たつさきさんはそこまで聡明ではない。階段へと向かおうとした彼女の前に、結が立ちはだかる。
「通すわけには‥‥行きませんね」
突き出された獣の口を大きく上に弾き、そのまま足を狙っての横薙ぎ一発。
体勢を低くし、腕でそれを防いだたつさきさん。然し、その後ろから飛び蹴りが後頭部に直撃。前につんのめる事となる。
「無視してくれては困る」
石化を何とか打ち破った龍斗だ。
地を転がり、ギリギリで結の追撃である振り下ろしを回避し、立ち上がるたつさきさん。しかし、ぴくりと、彼女の動きは止まる。
無理も無い。彼女の耳に届いたのは、エレベーターの方から伝わる轟音。
「なるほど、そちらが本命だった訳ですわね」
そちらに向かおうとした彼女の前に、今度はふゆみが立ち塞がる。
「絶対、行かせないんだから!」
ビニール傘を大きく開いて、目線を遮る。
その間に、後ろから龍斗、結、そして石化を打ち払った渚もまた追いついてきている。
「面倒だわ‥‥破砕、いたしますわね」
その瞬間、彼女の全身から一斉に獣の口が湧き出し、周囲を飲み込んだ。
「ん‥‥!」
咄嗟に防壁陣を展開。大剣を以ってして渚ごと庇う結。
二人分のダメージは決して軽い物ではないが、防御に優れる能力だったが故に、何とか倒れずに踏みとどまる。
しかし、問題はそこではなかった。
マスバイトの大半の攻撃力を、たつさきさんは『床』に向かって注ぎ込み。撃退士たちを牽制すると共に床を破壊ししたの階へと逃走したのである。
「どっちへ行った!?」
同じように穴から下の階へ降りた撃退士たち。挫斬の監視によって大まかな方角はつかめており‥‥後は防火壁が破られた後を辿っていく。元よりこの壁は硬度よりも『火を防ぐ』という事に材質が集中しているため、ヴァニタスや撃退士たちの前では紙程度の硬度しかないのだ。
だが、僅かに遅く。たつさきさんは既に、一階に向かって、ホールを飛び降りた後だったのである。
――回復を行う者がいなかったが為に、追撃を考えていた結はそれを断念する。
飛び降りてしまえば、追撃等以前に着地のダメージで戦闘不能になる可能性があったからだ。
「もしもし、たつさきさんは通過したよ?上に向かっておっけーおっけー!」
一部始終を警備室から観察していた挫斬が、即座に露姫に連絡を入れる。
そして、彼女もまた、警備室を後にする。宿敵と、『遊ぶ』その為に。
●エレベーターチーム〜前門の亀、後門の牙〜
「うわー、見事に待ち伏せているわね!」
「時間もねぇ。さっさと数を減らすぞ」
阻霊符を使用し、入り口から飛び出すチルルと英雄。
「さすが亀さん。動きが止まってるように見えるわ!」
駆け抜ける。自らの時間認識を限界まで増大させるチルノの技が、彼女に瞬間的な身体能力の上昇をもたらす。振るわれた剣は、三体の亀を一斉に斬る。防御力の高いディアボロがこれだけで撃破される筈はなかったが、それもまた計算の内。
「うっし、ひっくり返りやがれ!」
英雄の鉄槌が亀の腹の下に突き込まれる。その鉄槌の変形機構を利用し、一気に展開する事で、彼は亀を逆転させる事に成功する。
「へっ、これで動けねぇ筈だろ?」
阻霊符も依然として有効だ。逃げられる筈はない。
――亀は何故ひっくり返ると起きられないのか?
それは彼らの手足が短く、ひっくり返した状態からは地に届かず、力を入れる箇所が無いからである。
だが、ここでひっくり返った場合のみ地に届く、『可動パーツ』が存在したら、どうなるのだろうか。
「んなっ!?」
ガトリングの砲身を支えにし、同様にテコの原理で自らをひっくり返した亀に、英雄は僅かに驚きを示す。
「力技でぶっ潰すしかねぇか‥‥」
改めて、その手の巨大な鉄槌を振り上げる。
「よし、上についたぜ。静かに行く必要があったから、遅れてすまねぇ」
露姫からの連絡が二人に届いた時。彼らの前に立つ五体の亀の内の二体目がチルルの放った氷の砲撃術式によって、雪屑と化し散った所であった。
「いくわよ!」
「おう、やっちまえ」
二人は一斉に目線でコンタクト。チルルは、魔力を込めた挑発のオーラをその身に纏い、英雄は、空中から急激な降下キックを、一番近くの亀に向かって放つ。
二人の行動は、見事に亀たちの注意を引き、彼らに砲口が向けられる。
「今だ、行けっ!」
だが、屋上の縁を蹴り、露姫が飛び出したその瞬間。
英雄の後ろには、影が忍び寄っていた。
「あら、毎度ながら、おいしそう‥‥」
「っ!?」
咄嗟に裏拳で胴を払うが、打撃の衝撃はその腕に噛み付く獣の口によって相殺されてしまう。空いた逆の手で鉄槌を振るい、たつさきさんを吹き飛ばすが‥‥時は既に遅し。その身に纏う挑発のオーラは、吸い取られてしまっていた。
「ちっ‥‥」
チルルの挑発は亀の三体中二体の注意を引き付けていたが‥‥残り一体の注意は引けず。そして彼女自身もまた、挑発オーラの効果によってたつさきさんの方に攻撃を仕掛ける。
空いた一体の砲口が、空中の露姫と黒木に向けられる!
「ぐっ‥‥!」
マズルフラッシュを見た露姫の、手にある選択肢は少ない。
ナイトアンサムを用いようにも、この術式は咄嗟に出せるものではなく、そしてスキル交換にも時間は掛かる。
「絶対に‥‥守ってみせるぜ‥‥!」
空中で姿勢を横に倒し、自分の体を射線の中へとねじ込む。
弾丸が背に食い込み、彼女の意識を奪う。だが、それでも彼女が手を離すことは無い。
限界まで翼を維持し、そのまま隣のビルの屋上に、衝突するように落下する。
●エンディング〜守れた物〜
「あら、逃がしましたか」
露姫と黒木が落ちたビルを見、たつさきさんは前進しようとする。
「アハハ、行かせないよー!!」
二階の窓を突き破り。挫斬が、たつさきさんの頭上を狙って落下する。
「お門違いの敵討ちはもうやめない?体の傷にしろ自分や子供を殺されたにしろ貴女はそのお陰で力を手に入れた。なら感謝しないと!私を傷物にしてくれて子供を殺してくれてありがとうってね!アハハ!」
「あら‥‥力が欲しいのですか、あなたは? 譲ってあげてもよろしくってよ?我らの主に忠誠を誓うのならば」
にこやかに笑うたつさきさん。背に突き刺さる挫斬の長刀を気にもせず、獣の牙が背に乗った彼女に噛み付く。
「こっちもまだ!」
チルルが飛び掛るのと同時に、英雄もまた、その鉄槌を構える。
――上から階段を通って降りてきた四人の撃退士が見たのは、倒れ伏す仲間たち。
元よりたつさきさんに対する対策があまり無かった三人が交戦するのは、不利だったのだろう。
――しかし彼らの奮戦は、他の撃退士たちが到着するまでの時間を稼いでいた。
「‥‥面倒な事になりましたわ」
ここで例え、自身が目の前の撃退士たちを全て倒したとしても。それに掛かる時間は相当の物であり、その間に黒木は回収されているだろう。
その為、彼女は、大人しく引いたのだった。
――黒木は落下の衝撃で、暫く意識不明の重体を負ったとの事だが。命に別状はない。
撃退士たちは、見事に凶悪な『都市伝説』より、人を‥‥守り切ったのだ。