●約束
「あの時の約束通り、全てを賭けて生死を決しよう、無幻」
剣鬼と相対するのは、同じく剣鬼の少女。
――まだ相対する時ではない。
その言葉を以って、前回相見えた時。八卦が『山』のヴァニタスは、少女に再戦の約束をした。
今がその約束を果たす時とばかりに、少女――神喰 茜(
ja0200)は約束の代償――目の前の剣鬼の首を取り立てるために、抜刀する。
靡くその金の髪は、強者を斬るための執念の証。
「――良いだろう」
応じるようにヴァニタス――ムゲンが放つ真空の刃。幾度も見てきたその技を、体を逸らすようにかわす。僅かに掠めたか、二の腕の服が裂かれ、血を噴出する。だが、すぐに白の光がその傷を包み込み、癒す。
「僕は貴方を終わらせます。それが――僕自身の、戦いの終わりになる!」
光の癒し手は、レグルス・グラウシード(
ja8064)。
守るために戦う彼もまた、前線へと突撃していく。
「‥‥フン」
彼らの手が、その目的――八卦炉に届く前に、ムゲンの真空刃は天井を割り、無数の岩を落下させる。然しその落下は、ある程度の規則性を持ち――道を狭めるように、落ちてきたのだ。
「やはりか…」
鳳 静矢(
ja3856)が呟く。
この事態は想定されていない訳ではない。
その証拠に、レグルスの攻撃が、静矢の身に落ちそうになった1つの岩を迎撃し、砕いた。
だが、問題はその『数』。単体攻撃しかないレグルスの応撃では、一度に一つの岩を砕けるのみ。直線範囲攻撃である『風裂き』が天井を薙ぎ払えば、落下する岩は一つや二つではない。
――二条の直線を描いたムゲンの攻撃は、二列に岩を落下させ、真ん中に道を作るような形に、洞窟を『構築』する。
その間を、撃退士たちは進む。――一人の『例外』を除いて。
「八卦ということは、バート・グレンディのお仲間ですね。あなた方八卦の企み、片っ端から邪魔させてもらいますね」
ムゲンの背後の岩の中から、手が伸ばされる。その手から、無数の黒のカードが撒き散らされる。
「――!」
ムゲンを背後から撃つ、それらのカードに描かれていたのは、Joker。――道化師、奇術士。
そのカードに象徴されるように、現れたのはエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
「‥‥ガン無視ですか。けれど、僕から目をそらした瞬間、蹴っ飛ばして吹っ飛んでもらいます。 精々僕から目をそらさないことです」
その言葉に、然し剣鬼は耳を傾ける事はない。
目を瞑って尚戦えるその気配察知の能を使い、背中を向けたまま、カードの一部を逆手に持った刀で受け止める。
その全てを受け止める事は不可能。何せ数が多すぎる上、ムゲンの力も、また儀式で落ちている。
落とし漏らしたカードが、彼の背中に突き刺さる。然しそれを彼が気にする事はない。
――己の命等、もうすぐ終わる。今更気にするべき事でもない。
何より、もっと大きな脅威が、彼の前方から、迫っていたからだ。
●炉への強襲
撃退士たちの優先度は、『炉を壊す』『ムゲンを倒す』の順であった。炉を壊さねば、たとえムゲンを倒しても、儀式は『部分的に』完遂すると言うのは、前の八卦たちで経験した通り。
「あいつの企みなら‥‥潰す理由としては十分だ」
光を拳に纏う神布に宿し、猛烈な一打を、炉に叩き込む月詠 神削(
ja5265)。
直後、
「一気に壊しにかかるのです!」
「ああ、合わせよう」
まったく同じ箇所に、絆で結ばれた、鳳 蒼姫(
ja3762)の布槍と、静矢の魔の槍による連撃が叩き込まれる。
相当堅固なのか、外見から変化はなかったが――二人は、確かに手応えを感じていた。
『効いている』と。
「――っ」
炉への直撃。それによって僅かにムゲンの顔に焦りが浮かんだのを見て、
「チャンスです!」
炉の後ろに回りこんだカーディス=キャットフィールド(
ja7927)が、無数の手裏剣を降らせ、ムゲンごと炉を攻撃する。だが、エイルズ同様、彼もまた、ムゲンの注意を引くに至らない。
――撃退士たちの目的の内、炉を壊す事が最優先だと言うのであれば。逆にムゲンにとっては、自らの命よりも、炉を護る事が優先だと言う事になる。
そして、攻撃している者たちの内、裏に回りこんだカーディスの攻撃能力は、前方に居る蒼姫や静矢らに比べれば多少劣る。故にこの場でのムゲンの最優先事項は、如何に前方に居る撃退士たちを最速で排除するか。それ一点に尽きたのである。
「はぁぁ!」
体制を低くし、刀の柄を以ってして徹甲の一撃を放つ茜。と同時に、ムゲンの足が強く八卦炉を叩いたかと思うと、それは回転する。
――見た目が同じか否かは、その本質が同じか否かとは必ず一致するとは限らない。『風』の八卦炉が固定されていたのは、屋上から叩き落されるのを防ぐため。
ムゲン自身さえ移動しなければ、足元の何かが動いても『不動の構え』に影響が出ないのはかの『岡山の乱』にて実証済み。故にムゲンは、足で炉を動かす事を選んだ。
徹しの一撃は、強く炉に打ち付けられる。集中攻撃されていたのと別の箇所を打ったとは言え、その衝撃は炉の全体に伝わった。
揺れる炉を強引に足で安定させ、振るわれる剣から放たれるは、二発の真空刃。
――撃退士たちにとって誤算だった要素の一つは、『お互いの攻撃が同じ軌道を描く場合、射線は相互的通る、通らない事になる』という事。
『城壁の上から下へ通るのに、下から上に届かない可能性』と言うのは、重力によって攻撃の軌道が異なる物になるからだ。この場合も十分な発射力と、精密な軌道計算があり、軌道を一致させる事ができれば、城壁の下から上に隠れている兵を狙撃する事は十分に可能である。
そして、この近距離――炉の下と上という位置関係に於いては、話はさらに簡単になる。
炉の下から上に攻撃が届くと言う事は、即ち炉の上から下にも攻撃が届くと言う事である。
そこに攻撃の死角等――存在しないのだ。
落石により狭まった道は、風裂きが『前方に居る殆どの撃退士』を範囲に入れられる事を意味していた。
放たれた真空刃が、しゃがみこんでそれを回避しようと試みた茜の背中を裂き、静矢の腕に傷をつける。
次にその刃が向かっていたのは、蒼姫。だが、彼女はそれを回避しようともしない。
「‥‥これはもう効かないのですよ、無幻!」
言霊により、呼び出される巨大な青き妖し。それが障壁を展開し、身を挺して風の刃を止める。
飛び散った風が、蒼姫の全身を引き裂く。が、傷は多いだけで、その一つ一つは軽微。
「前のように行かないのは、もう分かってるはずですよ?」
微笑む彼女を、レグルスが編み出す風が、茜と共に癒す。
そして――ムゲンの腹部には、神削の拳がめり込んでいた。
「お前に構っている時間はないんだ」
無意識の一打。攻撃に反応して、叩き込まれた一撃。
続いて、雷撃が、彼を背後から撃つ。
「今まで散々煮え湯を飲まされてきたから、今日こそ引導を渡してやるぜー!」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)の強襲であった。とことん魔力に力を傾けた彼女の雷撃は、簡単に受け流せるほど軽くはない。
その光に紛れ、突撃するエイルズ。
「目をそらした瞬間、蹴っ飛ばして吹っ飛んでもらいます‥‥そう言ったはずですよ?」
彼の台詞の間に、ムゲンの死角から接近する影。
それもまた『エイルズ』。彼が異法を以って召喚した、『もう一人の自分』。
気づいた時にはもう遅い。ムゲンは、その影によって、掴まれる。
ドン。猛烈な突撃が、ムゲンに命中する。
全速力を以って。エイルズは突進した。
体当たりを以って、エイルズはムゲンをその場から動かし、『不動の構え』を解除すべく動いたのだった。
「――っ!?」
だが、ムゲンは動かなかった。
――体当たりで何か動かそうとするのならば、必要な要素は、二つ。
加速と――そして、重量である。
エイルズは、前者を持っていた。――然し、後者は、この場に於いてはムゲンに味方していた。
エイルズは、元々体重が軽めである。加えて、身軽に行動するために、その装備品もまた、軽い。
逆にムゲン側は――元々動く必要がなかったが為に武器がやや重めだったのに加え、彼に取り付いて動きを封じていた、『エイルズの分身』の重量も加わっていた。
それに加えて、『不動の構え』を支える、彼の下半身の力が、その場に彼を留めていたのだった。
――阿修羅やルインズブレイドが持つ、敵を動かすためにある技ならば、この場から彼を動かせていたかも知れない。
もしも体当たりしたのが、重装備により重量があるレグルスなのであれば、動かせる確率は少し上がっていたのかも知れない。
「ちっ――」
全身のリミッター解除の効果時間も、もう直ぐ限界だ。
素早く武器を、ムゲンを引き摺り下ろすための鎖鞭に交換するラファル。
だが、その一手の差が、ムゲンに攻撃する時間を与えた。
「――秘剣の出し惜しみはしないと、こちらも言ったはずだ」
強引に『分身』を振り払い、両刀を腰に差す独特の構えを取る。
「来るぞ――!」
注意を喚起する静矢の声と共に、秘剣――『順・幻無し』が放たれる。
狙ったのは静矢、蒼姫、そして神削。
トン。軽い突き。
だが、その効果は深刻で。
「返すよ――!」
神削の無意識の反撃が、ムゲンに叩き付けられる。
だが、その一撃は、限りなく軽く。殆ど傷を与えられていない。
それもその筈。先に命中したのは『順・幻無し』――反撃の時、秘剣の効果は、既に発動されているのである。
秘剣を発動し終えたムゲンが、炉の上に戻る。
顔をあげると、そこには迫る炎の刃。武器を切り替えた、蒼姫が放った一発。
「その技は既に読めてるのですよ……!」
反撃を避けるために、やや距離を置いて放った一撃。
その爆炎の中から、斜めの袈裟斬り一閃。
「二度も同じ手は食わない……!」
同じく武器を切り替えた茜が、ムゲンの後ろへと通り抜けた後。
ブシュッ。
ムゲンの胸に、血の痕が走る。
「足引っ張らせてもらうぜー!」
好機と見たのか、ラファルの鎖鞭が、ムゲンの姿勢を崩すため、その足を狙う。
が、ムゲンの左の刃がその鞭を受け止め、右の刃がラファルの心臓を狙う。
裏刃返し。――何故、ムゲンは武器を切り替えた後に放たれた茜の一撃をそれで受け止めなかったのか。それは‥‥この場の自分への最大の脅威はラファルだと認識していたからに他ならない。先ほどの雷撃から、警戒すべきであるのは…分かっていたのだ。
エイルズの反対側へと移動し続けると言うことは、炉の裏側を通過し――距離がムゲンから空けられない瞬間もあると言う事だ。
「あっぶねぇ‥‥!」
空中での常軌を逸した加速。全リミッターを瞬間的に解除し、咄嗟に鎖を鍾乳石に巻きつけ、引っ張る事で軌道を変え、ぎりぎりでラファルは反撃を回避した。
何せ、『順・幻無し』の対策の為に、彼女はほぼ全ての防具を解除していた――つまり、ほぼ裸の状態であった。(尚、服は着ております。念のため)
若しも当たれば‥‥一撃で戦闘不能に陥るだろう。
ラファルへの反撃は、飽くまでも一時的に彼女を下がらせるため。ムゲンが狙うは、依然として前方の炉を攻略していた撃退士たち。
神削の攻撃力が大きく殺がれ、炉に多少の余裕ができた中。ムゲンには自らの身を気にする余裕もまた出来ていた。炉が最優先あるのは変わりないが、『完全なる』儀式の完遂には、彼自身もまた、生き残る必要がある。
ラファルの攻撃は、裏刃返しで受ければいい。エイルズは熟練した撃退士ではあるが、純粋な「火力」と言う面では、ここの他の面子には一歩劣る。そのカードを背中に受け。ぎりっと奥歯を噛み締めながらも、左の刃は宙を裂き、真空を作り出して前方へ飛ばす。
「むう‥‥!」
蒼姫は、大技に向けての『溜め』を行っていた。故に、彼女を守るため、静矢がその前に出る。
だが、『風裂き』は単体攻撃ではなく、直線上への『範囲攻撃』だ。
――真空の刃は防御の為に構えた静矢の雷刀とぶつかり合い、無数の小さな風刃となりその後ろへと飛ぶ。
「くうっ‥‥!」
集中力が途切れ、魔力が四散する。
ダメージは前回よりずっと大きい。魔力を溜める事に集中する必要があったので、障壁が展開できなかった事。そしてもう一つ。
――『順・幻無し』は、武器のみならず。防具にも影響を及ぼす。蒼姫の鎧は、既にその身を護るのには適していない状態になったのだった。
「死なせはしません‥‥!」
既に倒れていても可笑しくない蒼姫を支えていたのは、レグルスの神の兵士による援護。
撃退士たちの生命線であった彼は、続いて術式を編み。癒しの風を作り出して、静矢と蒼姫を回復させる。
もっと撃退士たちの位置が固まっていれば、或いは癒しの風一発でほぼ全員を回復させる事もできたのだろうが‥‥ムゲンの範囲攻撃を警戒する必要がある以上、これも仕方のない事だっただろう。
だが、更に飛来する風の刃の前では――焼け石に水であった。
防御力が下がった今に於いて。蒼姫への回復が、ダメージ量を上回れる可能性は――無かったのであった。
眼前に迫る真空の刃。鵺の障壁を断ち切り、襲ってくるそれを見て、然し蒼姫の顔には恐怖は無く。
ただ真っ直ぐにムゲンを、睨み付けた。
ムゲンの注意が蒼姫に引き付けられている間も、撃退士たちの炉への猛攻は続いていた。
「眼中にすらない、と言った感じでしょうか」
降り注ぐ手裏剣。最後の一発を叩き込んだカーディスが、影を纏う。
極限にまで力を上昇させたその手から、繰り出されるは影を纏う二連撃。大剣が、炉の表面に連続で命中する。
すぐさま、ムゲンが足を以って炉を回転させる。
表側からは、神削の白の拳が、炉に迫る。
ガン。鈍い金属音を上げて、拳と炉がぶつかる。
「――っ」
手応えは薄い。力が出ない――振るう拳から感じられるのは、それだけ。
武装を切り替えた他の撃退士たちと違い、予備の武装を持っていなかった神削の能力の低下は著しい。
力を光側に傾け、悪魔の側に向けて有利に立っているものの、基本能力の低下が大きい以上、炉に与えられるダメージは大きく低下していた。
――蒼姫が倒れ、神削の力が大きく殺がれた今。状況は、所謂ダメージレースと化していた。
ラファルとエイルズが、ムゲンの命脈を断ち切るのが先か。
茜、静矢、カーディスが、炉を叩き割るのが先か。
はたまた、ムゲンの刃が、レグルスの回復能力を上回るのが先か。
●Race to the Objective
この戦場の撃退士の中で、恐らく最もムゲンからの圧力を感じられたのは――レグルス。
仲間たちを光の力で癒す彼自身もまた、風裂きの猛攻に晒されている。
「もう、倒れさせは――!」
唇を噛む。蒼姫が倒されてしまったのも、また自分の力不足かと言うように。
真空の刃が、その身を刻む。重装備の彼と言えど、幾度も幾度も攻撃を受ければ、無傷ではすまない。それでも彼は自身より他者を癒すことを優先した。癒しの風が、静矢と神削を包み込む。
あわよくば、炉への攻撃をも――そう思った。だが、石陣により直列を余儀なくされた中、ムゲンの風刃による攻撃はそれを許さない。回復だけで手一杯なのだ。
――時間が、過ぎていく。
「もうそろそろ、倒れてほしい所なのですけどね‥‥!」
疲れを感じさせない優雅な身のこなしで、ムゲンの後方に着地するエイルズ。
黒のカードを打ちつくした今、彼はムゲンに接近戦を挑んでいた。
キン。
裏刃返しによって、ラファルの鎖鞭が弾かれた直後。壁を蹴って右上側から飛び掛るエイルズの刀が直接、ムゲンの首を狙う。
ザン。
僅かに体をずらしたムゲンの肩に、刃は食い込む。
――己を省みずに炉を攻撃する者たちを阻止した結果、ムゲンの体は既に満身創痍。
だがそれでも彼は、その手を止めることは無い。
「いい加減に死にやがれっての!」
尚も鎖鞭を振るうラファル。その鎖は、受け止めたムゲンの刃に絡みつく。
「――貰った」
裏刃返し。鎖の絡みついた刃を引っ張ると共に、逆手の刃が突き出される。回避のためのリミッター解除は、もはやできない。
奇跡的に体を逸らし、その一撃を回避したラファル。わき腹を掠められた傷は無視して、後退し、武器を持ち替える。
だが、装備の交換は時間が掛かる行動である。
その間に、ムゲンが座して待ってくれるか、と言えば別問題であった。
風の刃が、正面から彼女に飛来する。
装備が無い彼女の回避能力は、そのリミッター解除システムに支えられていた所が大きい。
それを使い切った今、彼女には――追撃を回避することはできなかった。
真空の刃諸共、壁に叩き付けられる。
振り向いたムゲンは、双刀を回転させ、腰に差す構えを取る。それが二度目の『順・幻無し』だと気づいた撃退士たちは、来たる攻撃に備える。
神速の突撃が狙ったのは、静矢、レグルス、そして茜。
無数の突きが、限りなく軽く。彼らの防具の表面に着弾する。
「‥‥もう一度、放てたのか‥‥」
二度目があるとは思わなかった撃退士が多い。静矢は、高速で思考を巡らせる。
手を伸ばしたその先は、最後の一本の武器。本来は、炉を破壊した後、ムゲンの命を絶つべく用意した魔刀。
「危ない!」
レグルスの叫びに前を向く。飛来していたのは、真空の刃。切り替えが間に合わなかったため刀で受けるが、風の刃は刀をすり抜けるようにして、彼の胸元を引き裂いた。
――二度、ムゲンの秘剣を受けると言うことは即ち二つの防具の力が反転すると言うこと。レグルスの神の兵士の力があったとは言え、静矢が倒れなかったのは、彼が比較的に平均的な能力の防具を多数つけていたからに他ならない。
「人間を裏切って得た人生のロスタイム、楽しかったですか?」
「――死んでしまっては楽しいも何も分からぬだろう。それに比べれば、『楽しい』と言えるのだろうな」
エイルズの挑発に、淡々と返すムゲン。
その言葉には、達観したような雰囲気すらある。
「残念ですが‥‥僕はそのつまらない死と言う物を、あなたに贈らなければなりません」
突進する――と見せかけて、ムゲンの目の前で急に体を沈める。そのままエイルズの刀が、ムゲンの足を凪ぐ。
キン。刀で受け止められる。突き出された逆の刃を、エイルズは軽々と宙返りして回避。サーカスのように、華麗に着地する。
然し、余裕ありげにムゲンに微笑むその表情とは裏腹に、内心は、冷静に状況を確認していた。
(「間に合いますかね‥‥」)
茜と静矢は武器の切り替えにより、戦闘力を取り戻した。
レグルスは武器切り替え中。
カーディスは比較的にムゲンの干渉を受けずに居られたため、依然として炉に猛攻を行っている。
自身はムゲンに向けて猛攻を行ってはいるが、ラファルが倒れた今、裏刃返しにより攻撃の効果は薄いと言わざるを得ない。
炉の攻撃に加勢すべきか?そうエイルズが考えた瞬間、彼はムゲンが裏刃返しを使わず、自身の刃を敢えて『受けた』事に気づく。
――局面が、また動いた。
――ムゲンの前方に居る撃退士全員が、何かしら『防具を反転』させられている中。回復役であったレグルスの肩に掛かる重荷は、計り知れない。
それでも己の持てる全ての力を、癒しの力として連続放出。何とか仲間たちが武器を切り替えるまで回復し、持たせた所で、彼もまた、武器を切り替える。
その瞬間である。風裂きの刃が、二連で飛来したのは。
「ぐぬ――っ!」
一発ならば、レグルスの尽力により、耐えられない事もなかった。
だが、二連だったのならば別だ。
防具を二つ反転させられた静矢には、耐え難い連撃。
魔刀が白光を放ち、風の刃と交わる。散る風刃は静矢の全身を掠める。だが、守りの構えを取れるよう魔刀を戻す前に。次の風刃が襲来し。彼を洞窟の入り口まで飛ばし、地に叩きつける。
●願われる終焉
無情にも、時は過ぎていく。
元より、ムゲンの対応のため、ある程度の火力の分散は見込まれていた。それでも、炉を攻撃していた者たちの火力を鑑みれば、間に合うはずであった。
だが、静矢と蒼姫が倒れ、神削が力を大幅に減らされた状態であれば、話は別だ。レグルスもまた、回復に追われて攻撃に手が割けない。実質攻撃しているのが茜とカーディスだけ、と言う状態では、炉の破壊が間に合うはずもない。
「‥‥っ」
ムゲンの体は、ほぼ完膚なきまでに血塗れ。
奇襲したラファルの攻撃は、決して与しやすい物ではない。序盤に、エイルズの攻撃をほぼ丸ごと受け止めていたのだから、尚更だ。
或いは、この点が判明した時点で、ムゲンに目標を切り替えれば、もしかしたら彼だけでも倒せたかもしれない。
或いは、ある程度ムゲンの不動の構えが維持された時点で、全員で猛攻を仕掛け――バッドステータス、ノックバックの全てを駆使して、彼を動かして『順・幻無し』の発動を阻止し、その後再度全員で炉に取り掛かっていれば違った結果になっていたのかもしれない。
或いは――同じように直線範囲攻撃を使う者が、ムゲンと同じ範囲でそれを使い、石陣を破壊していたのならば、少しはレグルスの手も空いたのかもしれない。
だが、その全てがもはや遅いと言う事を、炉から立ち上る光の柱が、示していた。
「儀式は完遂したか」
構えを変えずに、ムゲンは言葉を紡ぐ。
「私の時間ももはや、残り僅かになった。だが――」
まだ立っている五人を、彼は真っ直ぐ見据える。
「――戦うつもりなのだろう?」
それが、合図となった。
「せめて一矢、報わせてもらいますよ!」
先制の、カーディスの瞬速の突き。それを裏刃返しでムゲンがいなしたその瞬間、レグルスの魔法が正面から彼に直撃する。
衝撃波により、揺れる視界。その中でムゲンが捉えたのは、自身に飛び掛る茜の姿。
「分かってるじゃない?ここからが本当の戦い、よ――!」
「ああ、分かっているさ――!」
構えた刀は、己の体と門になるように。衝撃波が、茜の体に返される。
ダメージはない、然し衝撃波は体を揺らし、体勢を崩す。
返される風の刃。崩れた体勢でこれを受けてはいけない。一撃で断ち切られるだろう。
幾度も見てきたそれを、目を瞑り勘だけを頼りに。
(「こう言う時、放たれるのは横薙ぎ――!」)
急激にしゃがみこむようにして、回避する。
「――っ!?」
不意をついた。そう確信した茜が、放つは無数の連撃。
体を限界まで酷使した剣閃は、ありとあらゆる死角からムゲンに襲い掛かり――
「逆・幻無し――!」
掻き消えたムゲンの幻影を切り裂く。
――神速の一閃。それは、一度見たとは言え茜には回避できず。腕を交差させて急所を護るのが精一杯。
が、
「これで――がんばってください!」
最後の癒しの光が、彼女に投げかけられる。共に死ぬ、不退転の意志を胸に、今一度無数の剣閃を振るう。
全ての技を出し切った以上、後は剣と剣のぶつかり合い。儀式の影響で力衰えていくムゲンの剣を、僅かに茜の剣速が上回る。
「――もらった!」
ムゲンの両刀を上に弾き、身を逆時計方向に高速で回転させる。遠心力をつけた一突きが、ムゲンの胸へと吸い込まれていき――
――そして、すり抜け、その背後の岩に、突き刺さった。
「――時間切れの、ようだな‥‥」
ムゲンの体が、透けていく。
「勝ち逃げするの?」
「いや‥‥」
言わんとする意は、茜には分かった。最後の一合。若しもムゲンが生身だったのならば――茜の剣はその体を貫通し、殺していただろう。
「‥‥貴方がそこまでに高めた剣の道を、誰も受け継ぐことがないことを残念に思います」
レグルスが、ムゲンに語りかける。
「魔剣は憎しみや業の産物だ。受け継がれないのならば。それが必要とされないのなれば、それは世が平和という証だ」
ムゲンの返事に、そうですか、と僅かに目を伏せ、然しレグルスは、言葉を続ける。
「でも、僕が…貴方のことを忘れません。 ‥‥ずっと、覚えていますから」
それに、ムゲンは始めて微笑み。
「‥‥ならば、1つだけ、願いを言い残そう。――この世に。誤解によって憎しみ合う人々が無い事を。この魔剣が、再度人の憎しみによって、世に降りる事が無い事を」
目を閉じたムゲンが、思い浮かべるは愛する妻のその姿。
――そして、その身は。光となった。
ドン。
その後、猛撃を以ってして、神削はついに八卦炉の外殻を破壊する。
――だがその中は――空。
恐らく何か中にあったもの、もしくは溜め込んだ物を。変換し、放ったのが、先ほどの光の柱なのだろう。
「――っ」
確かに、剣鬼には勝ったはずなのに。このもやもやした感じは、何なのだろう。
帰路につく茜は、そんな事を考えていたのであった。