●識別
「Chao、おじさん『達』」
にこやかに、飯島 カイリ(
ja3746)が、目の前に居る『同じ姿をした者たち』に挨拶する。
どれが本物かは分からない。けれど、仲間たちと共にならば、きっと何とかなるはずだ。
「無幻! さぁ、死合って行くですよ!」
鳳 蒼姫(
ja3762)が挑発の言葉を放つと共に、隣に居るカーディス=キャットフィールド(
ja7927)、レグルス・グラウシード(
ja8064)の二人に目配せする。
――今回の依頼に於いては、彼女ら三人が、目標である老人の救出を担っているのである。
「まったく、邪魔しおる事もなかろう。ワシが自分で選んだ事なのじゃから」
「ごめんなさい、僕って結構我が儘なんです」
老人――秋月 無明が、自身の死を望んでいるのは重々承知している。だが、それでも――
「目の前で天魔に殺される人を見るのは‥‥嫌なんです、この僕が!」
己の信念のため、敢えて老人の意に逆らう。レグルスが、研ぎ澄まされた感覚を以って、僅かにディアボロたちから漏れる異界の気を探知する。
「‥‥右のだけ、異界の気は出ておりません」
「よっし、ぬこさん、後は任せたよ!」
言葉と同時に、蒼姫の指から放たれる魂縛の術。無明の瞼が次第に閉じて行き、ついにはその場に崩れ落ちる。
それを受けて、カーディスは忍者特有の高速移動で一気に接近。手を伸ばし、無明を引き上げようと――
「―――!」
危険を感じ、カーディスは咄嗟に腕を引っ込める。
その直後、その空間を剣が通り抜ける。
――硬化した体の一部を、無明の持っていた剣の形に変形させたのだろうか。『偽』無明が、カーディスの前に立ちはだかる。
互いの機動力には圧倒的な差がある。移動を以ってこのスライムを『突破する』だけならば、カーディスにとっては造作の無い事だ。
だが、無明を担ぎ上げる、となれば話は別。
如何に高速で移動しようとも、拾い上げ、担ぐその一瞬だけは減速せねばならない。その一瞬を狙われれば‥‥自分ならば兎も角、無明を狙われれば致命的な結果に至るだろう。
●転機
「むー、こっち向いてー!」
カイリの銃が火を噴き、『偽』無明を光の弾丸が貫通する。だが、それが目標を変更する様子は無く、未だカーディスへ攻撃を続け、対峙する。『優先度』を弁えているのだろうか、それとも――
「ならば我が行こう」
黒の翼を広げ、ケイオス・フィーニクス(
jb2664)が前進する。
ムゲン「たち」が並んで居たが為、行く手を阻まれ無明「たち」の間には入れなかったが‥‥それは彼が行おうとしてる事には何ら影響は無い。
「武人の誇りだの強さが全てだのそのような戯言‥‥狗も喰わぬよ‥‥」
嘲笑うような言葉。その体の周りに、黒き霧が集う。
「――もっとも、我自身半世紀程前は似たようなことを言っておったから強くは言えぬがな」
黒き闇が展開され、周囲の全ての敵の視界を覆う。
「さぁ、今のうちに救出せよ――っ!?」
その言葉が終わる前に。二本の刀が闇を貫き、彼の体に突き刺さる。
「接近しすぎたな。この距離ならば、貴様の気配は著しく鮮明に感じられると言う物」
黒い霧が晴れるにつれ、ケイオスが見たのは、目を閉じ、刀を突き出したムゲンの姿。
――思えば、このヴァニタスが最初に撃退士と交戦した際。彼は『目を閉じたまま』『気配だけを頼りに』真空の刃を飛ばし、撃退士たちに攻撃していたのだ。
「フッ‥‥だが、汝には効かずとも、汝が眷属は影響を免れないようだぞ?」
見れば、スライムたちは見事に視力を奪われたようで、多少動きがギクシャクしている。これに乗じ、カーディスはムゲンに接近する事に成功している。
「確かにそうだな。が、見えないには見えないなりの戦い方がある」
ムゲンの指が、ピーン、と刀の背を叩き、超音波の如く高い音が戦場に鳴り響く。
「まさか、音で位置を‥‥」
その瞬間、飛来した二本の風の刃が、ケイオスの上半身をX字に斬り裂き、血の痕を残す。
と共に、『偽』無明は、腕を乱れ振るい、周囲のすべてを攻撃する勢いで振り回す。
「うぁ‥‥っ!」
無明が足元にいる状態で、回避する訳には行かない。カーディスは強引に体を術で強化し、耐え忍ぶ事を選ぶ。
その体に、少しずつ傷が増えていく。
「ぐぁ‥‥だが、我はただでは倒れん‥‥!」
風の刃に、再度体を引き裂かれながらも。ケイオスは、局面を覆すための一手を打つ。
その身に秘めた冷気を、傷口から一気に噴出させる!
ばたり、ばたりと。スライムが化けた者たちが、眠り、倒れていく。
「よし、離脱しますよ〜」
機を逃さず、カーディスがすかさず無明を担ぎ上げ、全力で離脱する。
――だが、この一手の代償も、また大きい。
「‥‥やってくれた物だ」
片方の刃を回転させ冷気を弾き飛ばしたムゲンの、逆手の刃が、ケイオスの胸に突き刺さっていた。
●激戦
「よろしい。‥‥ならば今度は、あの時の雪辱を晴らさせてもらおう‥‥我が刃、受けてもらおうか!」
下から上へと、振り上げた鳳 静矢(
ja3856)の得物。その紫の刀身のオーラが解き放たれ、紫の不死鳥と化し、抵抗に成功し眠らなかった敵を含め、全てを薙ぎ払う!
「ちぃ‥‥!」
裏刃返しが既に使用され、不死鳥を弾けなかったムゲン。爆煙の中、何とか高速で後退するカーディスの姿を視認。刃を振るい、真空の刃を飛ばす!
「させません!」
立ちはだかったのは、蒼姫。
詠まれる祝詞と共に、鵺の幻影が現れ。その前に巨大な障壁を展開し、風の刃を受け止める。
障壁に激突した風刃は四散し、無数の小さな真空刀となってカーディスを狙うが、その全てが、レグルスの盾によって受け止められた。
「ほう‥‥」
感心したような、ムゲンの声。
「昔の貴様ならば、一刀の内に伏せていた物だが‥‥」
「アキだって、強くなってるのですよ」
ダメージがない訳ではない。低いわけでもない。だが、風裂き一発の前に倒れた昔とは、違うのだ。
「今までは一人だったのに‥‥なりふり構わなくなってきたんですね!」
盾の影から、顔を覗かせるレグルス。
「‥‥ああ。誇るがいい。私一人で、1対8で勝てる程。貴様らはもはやひよっこではない」
「おいおい、余所見は禁物だぜ、おっさん!」
その隣に、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が出現する。
己が全身に術で迷彩を施し、静矢の攻撃が引き起こした土煙に紛れて接近した彼女の手には、白昼が如く光を放つ刃が宿っていた。
「わき腹のお礼参りに来てやったぜー」
円を描くようにその刃を振るい、周囲の全ての『ムゲン』を切り裂く。
「相変わらず、無謀な戦い方をする物だな、暗殺者よ」
「お前に褒められてもうれしかぁねぇぜ」
即座に腕からワイヤーを伸ばし、ムゲンの一人を絡めとる。
「っち、どれが本物なのか分かりにくいと、引っ張って動かす事もできねぇな」
偽ムゲンたちは複雑に位置を入れ替え続け、本物が『動かない』状態でありながらも同じ姿を利用し錯覚させる事で、攻撃後も本体の位置を隠し続けていたのである。
「ま、本物でも偽者でも、倒せばいい話だ」
囲まれないよう壁を背にし、ラファルは鞭のように紅のワイヤーを振るい、敵を引き裂き続ける。
だが――
「‥‥素早い者が、自ら行動範囲を狭めるとは‥‥血迷ったか?」
同時に放たれた三つの風刃。一発目は回避し、二発目は腕を掠め、そして三発目が‥‥縦に、ラファルに直撃する。ムゲン本体による風裂きは、ラファルに激突し、壁に叩き込む。
――壁を背にして包囲を避ける、と言う行動が最も効果的なのは、敵が近接攻撃を仕掛ける際。接近できる範囲が半減する事で、人が増えれば増えるほどお互いの動きを邪魔し、攻撃できなくなるのがその理由だ。
が、遠距離攻撃に際してはその利が消滅する。寧ろ、回避を重んじる者にとっては、回避可能な方向も半減されてしまうのだ。
速度を重んじ、体力を限界まで切り詰める撃退士だったラファルは‥‥この一撃で、倒れこむ事になる。
「さっさと、倒れるのー!」
だが、この行動に利が無かった訳ではない。ムゲン『たち』の集中砲火を吸い寄せる事で、後方の味方へのプレッシャーを緩め、自由に動く機を作り出していた。
カイリの狙撃が、ラファルを狙ったムゲンの一体を捕らえ、貫通する。それは斃れ、元のスライムに戻ってしまう。
残る敵は、三体。戦える味方は、五人。
●追撃
「よし、では皆さん、一足先に!」
影手裏剣で窓を打ち破り、カーディスがそれを抱えて外へと離脱する。
「むう‥‥っ!」
ムゲンがそちらへと構えた瞬間、レグルスが彼へと急速に接近し、盾でその視界を遮る!
「僕の力よ!愚か者たちの力を封じる、聖域を為せッ!」
ドン、と足で地を踏み鳴らし、そこから魔法陣を展開する。
魔法陣は偽ムゲンを捕らえ、その力を奪う!
「――ふ、それでこそだ‥‥!」
どん、と地に突き刺された刃。それは魔法陣を引き裂き、本物のムゲンの周囲だけその効果を祓う。そして、その勢いで逆手で突き出される刃が、攻撃直後のレグルスの盾の横、僅かな隙を縫って、その体に突き刺さる!
「ぐ‥僕の力よ!傷を癒す、光になれッ!」
癒しの力が、レグルス自身を回復させ、体勢を立て直す時間を与える。
そのまま盾で、追撃に突き出された剣を受け流す。
「今一度‥‥薙ぎ払え!」
再度静矢の太刀から放たれる、紫焔の不死鳥。それはムゲンたちを飲み込み、焼き払う。
「‥‥貰った!」
薙がれる神喰 茜(
ja0200)の刀は、ムゲンの一人を肩口からわき腹まで袈裟斬りの形で切り下ろす。即座に反撃に備えサイドステップした彼女の居た場所を、無数の光輝く弾丸が通り抜け、その敵に突き刺さる。
「これで終わりかなー?」
笑顔のカイリの言葉と共に、崩れ落ちる『ムゲン』。その姿が、元のスライムに戻っていく。
「さて、次の段階に移るべきか」
●不和・奥義
「先ずはこれで‥‥!」
蒼姫の指先から放たれたのは、魔力の螺旋。
「むう‥‥っ!」
然しこれは、その凶悪さを良く知るムゲンによって、上方へと受け流される。
だが、これは織り込み済み。愛する妻の後に続くようにして、静矢が全速力でムゲンに肉薄、武器ごと体をぶつけるようにして、体当たりで吹き飛ばし動かそうと試みる!
「―――!」
横から、意外な者に阻まれる事となる。『偽』無明だ。
範囲攻撃にこれを巻き込まず、また皆の意識から外れるが如くターゲットにも優先的に選定されなかったこのスライムは、この場に及んで主を守るために、静矢のタックルを受け止める。
そのまま、横に吹き飛ばされる前に静矢を掴み、二人は一緒に転がっていく。
「神喰さん、今だ!」
「えっ!?」
スライムに斬りかかろうとしていた茜の動きが止まる。
「スライムの全滅」と「偽ムゲンの全滅」。僅かな条件判断の違いが、作戦に『歪み』を生み出した。
髪を金に染め。強化した身体能力を頼りに強引に体勢を変え、茜はムゲンへと飛び掛り、掌底を突き出すが――僅かなタイミングの遅れが、ムゲンに回避のチャンスを与えてしまう。
振り上げる刃が生み出す風は、一直線に茜と蒼姫を薙ぎ払う!
「ぐっ‥‥もう一度だ!」
無理やり引きついたスライムの触手を切断し、投げ捨てるように吹き飛ばす。
空中でカイリの狙撃によって四散したそれを尻目に、静矢は再度ムゲンへと突進する。
一撃目。受け流される。返す刃が彼の体に突き刺さるが、敢えてそれを押さえ込むようにして、ムゲンの動きを止める。
「今度こそ逃がさないよ、ムゲン!」
迫る茜の掌底。
「――っ、今こそ見よ‥‥奥義、幻無し!」
ムゲンの姿が、掻き消え。茜の一撃は空を切る。
次の瞬間。無数のムゲンの幻影が辺り一帯に現れ‥‥全てを切り刻む!
「予想通り、か‥‥!」
歯噛みし、攻撃に耐える静矢。
『逆・幻無し』。攻撃を受ける瞬間、『不動の構え』にて溜め込んだエネルギーを爆発させ‥‥圧倒的な速度に変換し、辺り一帯を駆け抜け切り刻む技。
「大丈夫ですか!?」
何とかギリギリで、ダメージの特に大きかった蒼姫をライトヒールで癒すレグルス。
だが、これが最後のライトヒールだ。ヒールに切り替えるには、1ターンの時間を要する。
「む‥‥最早、ここに居る意味も、無い‥‥か」
既に目標の達成が不可能。そう考えて、後退するムゲン。しかし――
「そう簡単に逃がすと思う?」
尚も追いすがる茜。一閃が、後退したムゲンの肩口を捉える。
「はぁぁぁ!!」
体のリミッターを解除した如き、連続攻撃。次々と増える傷口は、段々とムゲンの首筋へと近づいていく。
「ふ‥‥はははは、流石の執念!」
普段表情を表さないムゲンが、賞賛するかのような笑いを上げる。
「それに免じ‥‥見せてやろう、もう一つの『幻無し』!」
技の反動で動けない茜の刃の下をすり抜け、ムゲンが両手の刀で、軽く茜の太刀、胴、足を叩く。
――ダメージは無い。だが――
(「重い!?」)
手にする愛刀が、まるで普段の何倍もの重さに増えたように感じられ。その上、光を失っている。
それでも尚、執念だけで刃を突き出し――首筋を狙うが、軽々と受け流される。逆手で突き出される刃をサイドステップでかわそうにも、体が思ったように動かない。
――まるで、愛刀が、重りと成り、自身の動きを引きずっているかのように。
刃が、突き刺さる。
「本来は、両方の奥義を見せる気はなかった。剣鬼の娘よ、貴様の執念は確かに私に届いた。――だが、決戦の場は、ここではない」
刃を抜く。血霧が噴出し、辺り一帯を覆う。
「約束しよう。次こそは、私の全てを賭けて、生死を決する事を」
それに紛れ。八卦が『山』たる剣魔は、姿を消したのであった。