●Racers
「それで‥‥何故、貴方を轟天斎が追っているのです?」
「もうそれは知っているのではなかったのかね」
「貴方の口から、それを聞きたいんですよ」
先頭を走る車両。
その中では、出山八拾八同士が話し合っていると言う、異様な光景が展開されていた。
無論、撃退士でも天魔でもない彼が、突如分身と言う超能力を獲得したと言う事ではない。
「その話はしたくないのであれば、別の話でもいいですよ?‥‥轟天斎の人となりとか」
片方は、運転している。
かなり手馴れた操車であった。
「この状態では、話しをした方が集中できるんですよ」
その正体は、彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173) 。
変化の術を使用した彼女は、撃退士側の作戦に於ける『最後の砦』。
いざと言う時に囮になって本物の出山を逃がすと言う役割をも背負っているのだ。
「――来たよ!」
狙撃手としてのしての自慢の目で、森田良助(
ja9460)が――異形の戦車に乗り、猛進してくる仇敵‥‥鍛冶間 轟天斎の姿を捉える。
「皆、戦闘準備を!」
事前に龍崎海(
ja0565)に持たされた通信機に叫ぶと、
「‥‥しっかり‥‥体勢‥‥整えて‥‥下さい‥‥ね‥‥?」
華成 希沙良(
ja7204)がブレーキを踏み、大きくハンドルを左に切る。
隣を走っていた彼女の運転する車両が、斜めに滑るようにして、異形の戦車と、出山が乗った車の前に滑り込む。
「‥‥纏めて消し去ってやろうぞ!」
轟天斎が構えた右手の砲から、青い光が散る。
「右へ――」
海の声が届く前に、希沙良はハンドルを右に切る。
バックミラーから、敵の動きは見える。その場合、声で伝えるより自分で判断して動いた方が、一人分の反応速度で済む分「速い」のである。
だが、僅かに間に合わない。
海が計画した位置取りは、『直線攻撃』である電光砲に同時に巻き込まれずに、『単体攻撃』の射線から先行車を庇える位置。
だが、この二つの攻撃が共に『直線上』を進む物であり、その違いが『障害物にて停止するかどうか』である以上。考えたような都合の良い位置は存在しなかったのである。
斜め後ろに居た希沙良の車を電撃が掠める。
「「「ぐっ‥‥!」」」
車の表面を伝い、走る電撃は、車両から攻撃のため体を乗り出していた三人の乗員を襲っていた。
「ん‥‥大丈夫」
一方、前方の彩が運転する車両は、鴉守 凛(
ja5462)の展開した白き翼が、電撃を受け止めていた。
無論、電撃は彼女の体を襲う事になるが‥‥盾の効果もあり、それ程大きな痛手になってはいない。
直後。前方の車両から体を乗り出し。森田良助は後部窓枠に支えに、巨大な狙撃銃を構える!
「全く‥‥しつこい事で!」
「ぬうっ!?こしゃくな‥‥!」
放たれた弾丸。それは電磁バリアを展開し通常弾に備えようと構えた轟天斎の眼前で破裂し、酸を撒き散らす!
撃退士たちに知る由は無かったが、金属の体で形成されている轟天斎と、彼の機械化ディアボロにとっては、腐食は最大の弱点である。
咄嗟に主を庇うべく、レオトラックは車体の前方を持ち上げ、自らの車体を以って庇う。
ジュウ、と、上がる白煙。己の攻撃が有用である事を、良助は確認する。
「これも追加だ」
酸によってコントロール精度が落ちたのか。道路端に寄ったレオトラック。
それを好機と見、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が眼前で十字の印を切る。
「押しつぶす‥‥!」
それに合わせるように、空中から落下する重力の逆十字が、轟天斎とその乗車を圧し、速度を落とさせる。
だが――
「負荷があがるのであれば、出力を上げればいいだけじゃ」
ピシッ。
轟天斎の足底から、火花が散る。それと共に、レオトラックの速度が上昇する!
「むう‥‥やはり届きませんね」
愚痴るように言う凛。本来は良助の酸弾に合わせて攻撃を行うつもりだったが、現在の布陣ではいささか『届かない』。
「やはりあやつを何とかせねばのう」
呟く白蛇(
jb0889)。
「来いっ!」
神を自称する彼女が、元は自身の一部であったと称する『司』。
その一体である、翼を持った天馬を呼び出し、それを轟天斎に向かって追随するよう移動させる。
そちらに向かって轟天斎は電光砲を構えるが‥‥
「ぐぬ!?」
銃弾がレオトラックに当たり、僅かに狙いがずれ。放たれた電光は空を切り裂く。
見れば、黒須 洸太(
ja2475)の銃撃だった。
「復讐の意思は正当であっても、怒りの炎はいずれ無関係の者を焼く」
即座に武器をすり替え、洸太は盾を持ち、術式を展開して車へのダメージを身代わりする。
「‥‥だから、止めないといけない!」
雷撃に身を焼かれながらも、抗魔の力を持つ鎧を装着したその目の意思は強く。
本来なら、彼とてこの件の依頼人の行動を完全に肯定している訳ではない。
だが、だからと言ってはいそうですか、と本懐を遂げさせる訳にもいかない。目の前の敵は‥‥止めるべき『災厄』なのだ。
命がけのレースは、第一のカーブに、差し掛かっていた。
●Same Tricks
「ゆけ、あやつを蹴り落とせぃ!」
己の『司』に命じる白蛇。
命を受けた天馬は、仰ぐ様に嘶くと、高速で円を描くように走行。そのまま薙ぎ払う軌道を描き、轟天斎に体当たりする!
「うぬ‥‥じゃが、甘かったのう、小童よ」
自称二千歳以上である白蛇を小童と称するのは、学生と変わらぬその外見故か。それとも、轟天斎なりの『挑発』か。
どちらにしろ、『司』の体当たりは彼を直撃した。されど、その体がレオトラックの上から移動する様子は無い。彼女は元より攻撃面に優れている訳でもなく、それ故にダメージ面でも轟天斎の損害は僅かであった。
「お返しじゃよ」
接近したその一瞬の隙を突き、轟天斎の機械化した腕が、天馬に向けられる。
即座に離脱しようとしたが、その移動力は範囲外へと逃走できるほど高くは無い。
放たれる電光が、『司』を麻痺させ、その主である白蛇の生命力をも削っていく。
「戻れい!」
麻痺し、そのまま取り残されるように地を転がる『司』を白蛇が送還する。
だが、召還を加速させる術をこの時点では持たぬ彼女が、再召喚を行うためには、一時を要するだろう。
「対人磁力で吸い付いているのか?」
上半身は直撃の瞬間、確かに揺れた。だがその足が揺らぐ様子は一向に無かった。以上の兆候から、海が分析する。
だが、これも織り込み済み。元よりそう簡単に、この強敵を駆逐できるとは思ってはいない。
(「こういう状況で攻めてくるってことは、普通に攻めては逃げられるって評価してくれているってことかな」)
海が投げつた光の投槍が、レオトラックを狙う。先ずは目。
突き刺さるその寸前で、槍は何かに弾かれるようにして逸れ、体のほうへと突き刺さる。
「そう簡単には狙わせてくれないって事かな」
舌打ちしながら、次の槍を構える。だが、そこで――
「カーブ‥‥なの‥‥で‥‥揺れ‥‥ます。注意‥‥を」
希沙良の言葉を聴き、急いで窓枠に掴まる。
急激なカーブに、車は減速せざるを得なかった。
だが、レオトラックは、逆噴射でも行っているのか‥‥速度を落とさぬままカーブを曲がり、出山の居る車両の隣へと取りつく!
この道路は片道三車線‥‥即ち、機動力差さえあれば十分に追い越し可能な広さがあったのだ。
「押し落とす気か!?」
意図を察した彩が、急激にアクセルを踏み込む。
だが回旋時の機動力が違いすぎる。このまま体当たりされれば――
「落ちるのはそっちだ!」
同様にアクセルを踏み込み追いついた希沙良車。大太刀を車外に差し出した洸太が、その剣先に光の槍を形成。衝撃の魔力を持った其れを、剣を振り抜くことで投射する!
爆音。
衝撃に、レオトラックと希沙良車、両方がガードレールに押し付けられ、それを擦る。
直ぐに両車とも、体勢を立て直す。
この一合は相殺する形となっていた。だが、行動したのは『レオトラック』であり、轟天斎ではない。
「小童が‥‥邪魔をするでない!」
向けられるコイルのような腕に、彩が回避するように操車し、希沙良がハンドルを逆方向に回し間に盾に入るようにする。
だが、その狙いは前方の車両ではなく――
「なっ!?」
引き寄せられたのは、洸太。そのままカーブの下に向かって振りぬかれた轟天斎の腕に釣られるようにして、道路下へと落ちていく!
お互い敵の車をコースアウトさせる事を考慮していたのと同じように。敵のメンバーを落車させる事も、またお互いに考えていたのである。
●Damage Race
「早く倒さないとまずいですね‥‥」
応急手当で凛の傷を癒した良助が、再度狙撃銃を車の窓枠に仕掛けなおし、酸弾を以って狙撃する。
レオトラックはまたも、轟天斎を庇うようにしてそれを受ける。
腐食の効果は確かに強力である。しかし、それは『重複しない』。
それでも、良助の連射は。腐食の効果を長時間持続させる事に成功していた。目に見えてレオトラックの防御が弱まっていったのであった。
「もう一度!」
海が放った光の投槍が、レオトラックの左側を貫き、その車体を傾かせる。
反撃とばかりに放たれた電光砲は、再度凛の白き翼によって防がれる。
訪れる二度目のカーブ。然し、既に轟天斎の手の内は先ほどの行動で読めている。
先ほど相殺を仕掛けた洸太は戦闘不能になったが、もう手が無い訳ではない――!
「そう簡単に追わせるか‥‥!」
先ほどは予想以上にレオトラックが機敏であったため不意を突かれ、機を逸したが、戦闘によって疲弊し多少なりとも速度が落ちた今のそれならば問題は無い。
サガの体から滲み出るような黒き闇が、レオトラックと轟天斎の視界を覆う。
「ぬううう!」
ブレーキを掛け、減速するレオトラック。だが、怒りと恨みから来る力か。轟天斎は、気力で闇を振り払い、その手をサガに向ける!
「―――っ!」
磁力が、彼を引き寄せ、そのまま崖下へと投げ捨てる。
「‥‥サガ様‥‥!」
僅かに、希沙良の操車が揺れる。
「揺らぐな!任務を遂行しろ――――!」
落ちていくサガの叫びに、我を取り戻し、車を加速させる。
「この戦法は‥‥まずいな」
海が舌打ちする。ダメージを与えて来るならば、回復すればいい。
だが‥‥対人磁力で引き寄せられ直接高速道路の下まで投げ飛ばされれば、回復の機すらなく直接戦闘不能になるのである。
要は、轟天斎の撃退士たちを排除する速度と、撃退士さんがレオトラックを撃破する速度。どちらが早いかの『レース』となっていたのである。
隣を追い越そうとするレオトラックに、海は鎌のように横に十字槍を振り回し、引っ掛けて食い止める。その十字槍を轟天斎が掴み、電撃を流し込む。
歴戦の撃退士でもある海が盾で防げれば、この攻撃は脅威にすらならない。だが、長大な槍を振り回すために乗り出した無理な体勢が、それを阻んでいた。
――最も。
「何ら問題は無いね」
すぐさま彼自身と希沙良の回復スキルが同時に注がれ、ほぼ体力の全てを海は取り戻す。
「ならば‥‥!」
伸ばされるコイル状の腕。海に向けられたそれを見た希沙良が急ブレーキし、何とか引きずり出される事を回避させる。だが、磁力は車のフレームに直撃。トラックと希沙良車が激突する形でお互い弾かれる。
立て直しは、浮いているレオトラックの方が早い。すぐさま加速し、前方の車両を狙う!
●The Question
「今じゃ!」
白蛇の命に、再召喚された『司』が、正面から猛烈な体当たりをレオトラックに当て、その速度を僅かに減少させる。
直後、スコープを覗き込み、良助の放った飛行落としの一弾が、レオトラックを狙う。
完全に「飛行」している訳ではないレオトラックに、その威力を十全に発揮する事はなかったが‥‥それでも尋常の攻撃とは比べ物にならない威力をたたき出していた。
放たれる雷撃。二度、これを受けた凛は――良助の回復によって多少なりとも傷を癒されている物の、完全には「回復し切れてはいない」。
だが、それでも、彼女は――静かに、敵たるヴァニタスに問う。
「もう既に、貴方は貴方が守ろうとした国、ご家族の敵。‥‥それは、楽しいのかな‥‥?」
その問いに、一瞬だけ、轟天斎の表情に寂しさが浮かんだが――
「楽しみ等、妻と子が逝ったあの日に忘れてしまったわい」
「戦争を知らないっていうが、人類は天魔と戦争しているつもりなんだけどっな?」
撃退士たちの中でもう一人、轟天斎への問いがある者。海。
その問いを聞き、轟天斎は哄笑する。
「この程度が戦争、じゃと? ‥‥笑わせてくれる、小童が」
「何?」
「じゃが、もしも本当にそう思うのであれば。‥‥これからいつか、地獄を見る事になるじゃろうな」
「もらった!」
この問答が、決定的な隙となった。
良助の狙撃が、ついにレオトラックを貫通し、爆発させる。
――だが、ここで終わったわけではない。
●Last Thunder
「まだまだぁぁぁ!」
自らを固定していた磁力を解除し、トラックの上から跳躍する轟天斎。
その体を電撃が駆け巡り、青く光り始める。『神鳴』だ。
「ゆけ、解除してやれい!」
急所を狙い、その光を解除すべく。白蛇の『司』が空を駆ける。
「邪魔をするでない!」
放たれる、磁力波。それは天馬を押し戻し、一撃は僅かに届かない。
そして、向けられた腕から引き寄せの磁力波が放たれ、轟天斎自身を出山の乗る車へと吸い寄せる!
「‥‥させ‥ない‥!」
満身創痍の体を押して、凜が立ち上がり。後方の窓を拳で打ち砕く。
そして、そこから、光の波動を、正面から飛び掛る轟天斎に叩き付ける!
「う‥‥おおぉぉぉ!?」
押し戻される。地上ならば神鳴の効果で回避できたこの攻撃も、空中ならば別。押し戻され地を転がる轟天斎は、然しその腕を再度天に掲げる!
「落ちろ、天雷――」
「その両腕を使うつもりなら、僕の身体を壊してみろ!」
その言葉が終わる前に、車から飛び降りるようにして彼に飛び掛る良助が、強引に抱きつき、轟天斎の動きを封じる!
「どけぇぇぇい!」
飛び掛ってきた勢いを生かすように、足を良助の腹につきたて、そのまま後ろにのけぞるようにして崖下へ投げ飛ばす。
だが、天雷の発動は不完全。轟音の後、落ちてきた雷は一条のみ。それは一直線に、車へと向かっていくが‥‥
「あああぁぁぁ!」
陣を盾の上に展開し。車両の上に上った凛は強引に、それを受け止める。一条のみとは言え、轟天斎の最大の切り札は既に生命力の残り少ない彼女を焼き、ほぼ黒こげの状態に陥らせていた。だが、命が失われた訳ではない。
「おっと」
倒れこむ彼女を白蛇が受け止め、彩が運転する車は、轟天斎の視界外へ脱出していく。
車すら破壊されずに、雷撃のヴァニタスから逃げ切った。
それは即ち、撃退士たちの完全勝利を意味していた。