●Head Start
(「力ある者は分を守らなければならない。武を振りかざして意を通すのは強盗と変わらない」)
ヨーコと澄乃の間に立ちはだかる天河 真奈美(
ja0907) 。その思いは、目の前のヴァニタスと、自身の後ろに立つ者‥‥その両方に向けられた物。
「こちらは面白くない状況なんだがねぇ‥‥アンタの邪魔をするさね。出来る限りの事をするのが信条なんでね」
もはや眼前のヴァニタスと相対するのは三度目。澄乃の態度に苛立ちを感じる点もある。
だが、目の前のヴァニタスに好きにさせるのは、それ以上に癪に障る。
九十九(
ja1149)もまた、弓を構え、狙いをつける。
「また邪魔が入ったかぁ‥‥けど、今回だけは、どうしても譲れないんだから!」
けれど、二人へ突進するその直前に、僅かな違和感をヨーコが感じる。
真奈美と九十九は、何れも武器に手をかけたまま、動こうとはしていない。
――まるで、何かを待っているかのように。
「あはァ、見つたわァ‥‥今度は絶対に貴女を落としてあげるわァ♪」
「っ!」
その動き、最速。
静かなること影の如く。疾きこと風の如く。黒百合(
ja0422)が、その速度を最大限に生かし、一気に陽子へと接近する!
「またデスマッチ‥‥お願いするわァ!」
伸ばされる、炎の如く紅のワイヤー。それは陽子の周囲から襲い掛かり、その身を絡み取ろうと――
「おっと、危なかったなー!」
陽子の姿形が掻き消える。
――風乗り。ヨーコの機動性を支えるこのスキルは、その空中行動能力ばかりに目が行きがちだが、無理な体勢からも『移動』が可能と言う特性をも持っているのだ。
空気の壁を蹴り、屋上の縁ぎりぎりまでヨーコは後退する。
ほぼ同時に、主を援護すべく、一体のキャノンバードが急降下し、ガトリング砲の照準を黒百合に向けるが‥‥
「やれやれ、連れて来た手勢と言い、今回も手札が多くて面倒な物です」
神がかり的な精密度で、三発の黒い弾丸がその羽を貫き、続いて放たれた九十九の矢が、機械仕掛けの鳥を地に落とす。
腕と同化した銃から排気が如く黒いアウルを噴出し、石田 神楽(
ja4485)が苦笑いする。
今回は最愛の恋人も一緒なのだ。如何に状況が不利でも‥‥かっこ悪い所は見せられない。
「よう、さすがに余裕がなくなったか?いや、そこまでしてあの女をぶっ殺したいか?」
ショットガンを次々とリロードしながら発射。
「仕事じゃあなければ、俺が殺したいけどさあの女」
カイン 大澤 (
ja8514)が、少しずつ、陽子を角へと追い込むようにして、銃撃を行っていく。
「もらった‥‥ぶっ飛びやがれ!」
逃げ場を失った陽子を狙うようにして、一歩遅れて動き出した狗月 暁良(
ja8545)。
その掌が狙うは、胴。壁を背にしたヨーコを、そのまま衝撃で建物の外へと投げ出すつもりだ。
「面倒くさっ‥‥!」
ショットガンの散弾を、ヨーコは全てその眼前に出現した壁で受け止める。
そして、それを全て――暁良へと返した。
「ちぃっ!」
散弾に全身を抉られるが――狂犬が如く、真っ直ぐ獲物へと突き進む暁良は、この程度では止まらない。
急所を守る為目を瞑り、片腕で心臓をと頭をガードはしたが‥‥空いた片腕は、依然と突き出される!
「おっと!」
だが、視線が一瞬でも遮られた状況は、この状態に於いては致命的。僅かな脇の隙間をすり抜け、ヨーコは突き出された掌底をかわす。
「人に害を成すならば‥‥どんな理由があろうとも、討たなければならない!」
同情がないと言えば、嘘になる。
だが、同情と言う甘さが許されるほど、自分は強くはない。
感情を心の奥に押し込め、真奈美は次の一手を紡ぐ。
「先ずは‥‥その動きを、止めます!」
叫びと共に、掌を床に叩きつける。
その瞬間、四方の空間から聖なる鎖が一斉に湧き出し、ヨーコをその場に縛り付ける。
「さっさと‥‥落ちるさね!」
九十九の弓から放たれたのは対空用の一矢。二匹目のキャノンバードの腹部を貫き、その衝撃により落下を促し、高度を下げさせる。
「良い位置です」
高速で落下する目標ですら、彼の精密な狙いの前では問題とはならない。
三連で放たれる黒の弾丸がキャノンバードを打ち据えた後、神楽は再度その体と融合したライフルから、黒いアウルを放出する。
だが、微妙に威力が足らなかったのだろうか。ボロボロとなりながらも、再度その翼を羽ばたかせ、キャノンバードは上昇を試みる。
「しつこいさね‥‥!」
再度弓に矢をつかえる。
ギリギリと音を立て、九十九が弓の弦を引っ張る。
パシュン。放たれた矢は、キャノンバードを貫通。
そのまま、矢と共に‥‥ディアボロは、地面に向かって落ちていく。
既に、五体のディアボロの内、二体は滅した。
――作戦を、次の段階へと進める時が来た。
「千鶴さん、行って下さい」
その顔に、いつもと違わぬ笑みを浮かべながら。神楽は、恋人の宇田川 千鶴(
ja1613)に、そう伝えた。
●Unexpected Escape
「グラウシードさん、護衛たのんますわ」
「ああ、任せておきたまえ!」
そうラグナ・グラウシード(
ja3538)に言って。千鶴は澄乃の腰に手を伸ばす。
「ちょ、何をするんですの?貴方たちもさっさと参戦して陽子を撃退しませんこと?」
澄乃の抗議を無視して、撃退士の身体能力でその抵抗をいなし。千鶴は彼女を肩の上へと担ぎ上げる。
と同時に、スキル交換を済ませたラグナの背中から小さな白い翼が現れ、彼は僅かに空へと浮き上がる。
「ほんじゃ、ここで離脱しますわ」
「いってらっしゃい」
神楽に微笑返し。千鶴は、そのままフェンスを飛び越える。
スタっと、まるで平地のように、彼女は壁に『着地』し、そのまま下へと向かって走る。
僅かに速度に劣るラグナに合わせる様に全速は出していないが――
「何故逃げるんですの?戻って戦いなさい!」
「落ちたくなけりゃ、口と目ぇ閉じてしっかり掴まっとき!」
肩を揺らして澄乃を脅して黙らせ。彼女は下へと向かう。
一方。鎖に囚われたヨーコ。
撃退士たちが、この機を逃すはずはない。
「今度こそ‥‥当てさせてもらうわァ!」
黒い霧の刃が降り注ぎ、視界を悪化させると共に。今度こそ黒百合のワイヤーがしっかりとヨーコを捉える。
「やっば、また前回と同じ!?」
僅かに慌てるヨーコの眼前に、暁良とカインが迫る!
「まあ、事実をばらまいて、失脚させてハイエナどもに会社を乗っ取らせるのも面白そうだけどさ。‥ ‥それも、あんたが倒れてからだ」
ショットガンを収納し、大剣をそのまま抜刀。抜いた勢いそのままに体を捻り、カインの回転斬りは、極めて低い薙ぎ払いとなってヨーコの足を狙い。
「喰らっとけ!」
全力を込めた、暁良の乾坤一擲の一撃が顔を狙う。
顔面に叩きつけられたそれに、ヨーコの体が大きくのけぞる!
「‥‥?」
手応えが、僅かに弱い。そう感じた瞬間には、ヨーコの足が暁良の顎を大きく蹴り上げていた。
――顔に叩きつけられた猛烈な一撃。それをヨーコは後ろにのけぞり‥‥体の芯を中心に後ろへ縦回転する事で、暁良に反撃すると共に大剣をやり過ごしたのである。
「あっぶなっ!‥‥今のは、ちょっと効いたかな」
ガガっとフェンスを抉ったカインの大剣の上に、スタりとヨーコは着地する。
「そこから退いて欲しいんだけどね」
大剣を捻り大きく上に振り上げるカイン。それに乗るようにして上昇するヨーコ。ワイヤーが伸び、ギリギリと肉に食い込み。彼女の表情はやや苦しい物に変わる。
「確かにこの鎖のせいで今は走れない‥‥だけど!」
その背から、風が噴出する。
「こうすればいいのよ!」
「っ、来るのぉ?」
とっさに両腕を交差させ、防御する黒百合。次の瞬間、猛烈な衝撃が彼女を襲う。
近距離から風を噴出し強引に加速したヨーコの蹴りが、同様にワイヤーで身動きが取れない彼女を直撃したのである。
至近距離に近づいた事で一時弛んだワイヤーが、黒百合の吹き飛ぶ勢いでピンッと伸びる。
そして、それに抗わず‥‥引っ張られるようにして、ヨーコは黒百合と共にフェンスを突き破り、空を舞う!
「しまった‥‥!」
空中へと吹き飛んだ二人に対し、届く攻撃を真奈美は持たない。
暁良とカインは共にショットガンを構えるが、空中できりもみ回転している状態の二人に打てば、黒百合をも巻き込むことは必至だ。
「‥‥間に合います、でしょうか」
九十九の矢の直後に追撃を放つ事で、三体目のキャノンバードを撃破した神楽は急いでそちらへと向かう。だが、吹き飛ばしで距離を開けられたため、ギリギリで射程内に維持しようとしたのが仇となった。僅かに、届かない。
(「頼れるのは自分だけ、って事かしらねぇ」)
空を舞いながらも、黒百合は冷静だった。
先ほどの一撃で腕の骨にヒビでも入れられたか。痺れと痛みで動かせない。
――だが、それは彼女がこれから行うべく行動には関係のない事だ。
「いただきまぁーす」
口を笑うが如く開けたかと思うと、そこから覗く犬歯が、僅かに覗く。
――そこに含むのは、獲物を麻痺させる神経毒。大きく口を開けると共に、黒百合は一番近くにあった、ヨーコの足に噛み付く!
「ぐうっ‥‥!」
体の動きの自由が奪われる。空挺の能力を失い、黒百合をワイヤーで引っ張ったまま、ヨーコはそのまま落下していく。
目の端で、千鶴に担がれ、逃げる澄乃の姿が、彼女の眼に入る。
「この恨み‥‥晴らさない訳にはいかない!」
カッとその目が見開かれる。気合で鎖を吹き飛ばし、感覚のない筈の体を動かす。
強引に空中を『踏みつけ』、減速。
「もう一度‥‥一緒に地獄まで付き合ってもらうわァ!」
がくんと、落下が止まったのを見て。再度黒百合は大きく口を開ける。
だが、猛烈な弾幕が、彼女を阻む!
「ちっ‥‥邪魔しないでほしいわねぇ」
襲来したのは、残った二体のキャノンバード。この弾幕を回避する事程度。地上にいれば、黒百合にとってはあくびをしながらでも出来るような物。
だが、ディアボロの砲撃が最大限発揮できる空中であり、かつワイヤーでぶら下がっている状態だと別だ。
自らも弾丸の雨を浴びる覚悟で、ヨーコはワイヤーを掴んで固定する!
「皆、やっちゃって!」
――飛来する、弾丸の嵐。それは二人の体を抉ると共に‥‥その間にあるワイヤーをも、流れ弾が切断する。
そのまま、噛み付こうとした黒百合の首をがっしりとヨーコが掴む!
「落ちろよ!」
「やば――」
地面に向かって、投げ付ける。
空を切り裂く流星の如く、黒百合は地面に激突した。
●Another Fall
「急がなきゃあかんな‥‥」
轟音を聞き、思わず速度を上げかけた千鶴。だが隣にいるラグナを見て、思いとどまる。
彼は護衛の要。万一ヨーコが襲来した際、彼がいないのでは、著しく危険度があがる。『急がば回れ』であった。
「来たか‥‥!」
視界の隅に、こちらへ空中を『駆け』寄る敵の姿を見、ラグナは盾を構え、その全身から金色のオーラを迸らせる。
「さあッ!私の美しさに目を見張れッ!」
「‥‥確かに、あんたはむかつくけど‥‥今のあたしには、優先すべき事がある!」
その心にある憎悪がなせる業か。敢えてオーラを展開したラグナを無視し、ヨーコは澄乃を担いだ千鶴へと向かっていく。
「‥‥例え、相手が外道でも」
その感情は痛いほど分かるつもりだ。だが、それでも、止めねばならない。
オーラが効かないと見るや、即座にラグナは得物を大剣へと持ち替える。
「‥‥人を捨てた者が人を裁けると思うのか、ヴァニタス?!」
振るわれる大剣の重い一撃は、しかし僅かにヨーコの胸元を掠める。
――ラグナの背にある天使の翼は、それ程高い高度は飛べない。この高度に於いては、せいぜい落下を減衰させる程度の効果しかない。空中での制動力では、ヨーコが圧倒的に有利なのだ。
「裁くつもりはないよ」
その右手に、風が渦巻く。
「今からあたしがやるのは、ただのお礼参り。‥‥あたしがどうやって憂さ晴らししようが、あんたにあれこれ言われる筋合いはない!」
突き出された腕から、放たれる風の波動。それはラグナと、その背後に居る千鶴‥‥そして澄乃を、同時に狙う!
「逃げろ、早くッ!」
叫ぶと共に、大きくラグナのその翼が広げられる。
それは後ろの者たちの分の風の波をも、受け止める。
だが――
「ぐあぁぁぁぁ!」
三人分の風波動を受け、40mほどに後ろへと吹き飛ばされるラグナ。空中で制動しようにも、高度が不利だ。
ダメージはそこまででもないが‥‥そのまま下へと、少しずつ落下するしかない。
「後は私だけか‥‥しっかりつかまっとき、逃げ切るかんな!」
ラグナが飛ばされた今、速度を抑える理由は既にない。急激に加速する千鶴。
「逃がすかー!」
背中から風を噴出し、追い来るヨーコ。
二方の間の距離は、少しずつ縮まっていく。
「喰らえ!」
一段と吹き出す風量は増し、一気に距離が詰まる。加速したヨーコの脚が澄乃に叩き付けられる前、千鶴が自らの体を前に突き出し、一撃を受ける!
「ぐっ‥‥ふ‥‥!」
胸を蹴り付けられ、息が詰まる。強烈な衝撃力により千鶴の足が壁を離れ、空中へと投げ出される。
そのまま、地面へと、彼女は澄乃と共に落ちていく。
「せめて‥‥私が‥‥!」
空中で強引に体勢を裏返し、無理を押して傷ついた自分の体を下にする。
ドン。地面に叩き付けられる。
「がふっ‥‥」
「っぁ‥‥いたた‥‥」
まだ声が出る。澄乃が生きている事に、暫しの安堵を覚える千鶴。
だが、彼女が意思を手放した次の瞬間。
「はぁぁぁああああああ!」
空中から、落下の速度を最大に乗せたヨーコの灼熱の蹴りが、澄乃ごと、彼女の体を貫いた。
●Overture
「終わったん‥‥だね」
後ろへ跳び、着地したヨーコは、絶命した澄乃を見て、静かにつぶやく。
「ヨーコや。急いで戻ってこんか。ロイが呼んどるぞ」
キャノンバードから伝わる声は、その製造者‥‥轟天斎の物。
それに小さくうんと頷いたヨーコは、その場を走り去った。
――屋上へ襲来したディアボロを撃破し、階段を通って路上に降り立った神楽たち屋上組みが見たのは‥‥殆ど瀕死の重傷を受けた黒百合、千鶴と‥‥腹部を貫かれ、既に絶命した澄乃の姿であった。