●バルーンファイト
バン、と扉が開け放たれる。
「先手必勝‥‥ブッ斃すッ!」
瞬間。縮地を起動した狗月 暁良(
ja8545)が、陽子をキッと睨む。
この状態ならば、一気に陽子に届く。そう踏んだ暁良は、陽子に向かって一歩踏み出す。
――いや、踏み出した筈、だった。
「あれ‥‥?」
その向かった先は、バルーンの一つ。
バルーンの精神波‥‥その影響で、彼女は引き寄せられていたのだ。
「相変わらず、厄介ですね‥‥」
にこにこした石田 神楽(
ja4485)のその笑顔は、最早張り付いていると言うかのように、崩れない。
腕を武装と融合させて、放たれた三点バーストは、暁良の目前にあったバルーンを貫き。パーンと言う音と共に、爆散させる。
本来は直接陽子を狙撃し、その注意を引くつもりだったのだが、彼もまた、多数のバルーンの放つ精神波に、誘導されていたのだ。
――この場合に限れば、それは幸運だったと言えよう。
何故ならば、この状態で直接陽子に射撃を行えば、風の障壁が弾丸を逸らし‥‥それが人質である、医者、畑十三に‥‥突き刺さっていた可能性もあったからだ。
「あっぶねー!」
屋上の縁で、踏みとどまる暁良。バルーンは空中に浮いていたが故に、それに近接攻撃を仕掛ければ、そのまま下へ真っ逆さまとなる。それを打ち砕いた神楽に、軽く手を挙げて感謝の意を示す。
「前回よりも数が多い‥‥邪魔ですね」
梓弓を構え、神城 朔耶(
ja5843)がバルーンの一つを打ち落とす。
彼女らの働きで、バルーンは三分の一程が既に排除されている。
だが――
「あんたたちと遊ぶのは、先に用事を済ませてからだね!」
止められなかったのを良い事に、猛然と陽子は畑の方へと突進する。
「っち‥‥間に合わないさね‥‥!?」
その前に立ちはだかるべく走る九十九(
ja1149)だったが、速度の差から、陽子に追いつけず。
「もらったっ!」
あわや、陽子が十三に向かって、構えたその刹那。
●フライヤー
「させんぞォォォォォ!」
白き翼をその背から生やし、十三の後ろからラグナ・グラウシード(
ja3538)が舞い降りる。
そのまま翼で十三を包み込み、守りながら‥‥防御の構えを取り、放たれた陽子の攻撃を受け止める!
「う、おぉぉぉおぉぉぉ!?」
風の壁が、全身に叩き付けられる。
盾で自身の全身を覆い、全力でその勢いを殺す。
撃退士の中でも屈指のラグナの防御能力は、陽子の『ショートブラスト』によるダメージの殆どを相殺した。だが、その追加効果である『ノックバック』は、そうは行かない。
庇護の翼を使用して十三を庇った事により、二人分のショートブラストを受けたラグナは、凡そ屋上丸一個分以上の距離を、空中で後方に滑っていってしまう。
「くっ‥‥なんたる不覚‥‥!」
翼を羽ばたかせ、何とか空中での『滑り』を止める。
そして、再度救出を試みるために。ラグナは、全力で前方へと飛行する。
「むー、今ので腕一本くらい吹っ飛ばすつもりだったのに。運が良かったね」
キッと、陽子が十三を睨む。その僅かな油断が、命取りになったか。彼女は、ラグナと同時刻に、壁を登っていた影には気づかず。
「あはァ、陽子ちゃんゥ‥‥こんにちわァ、私と仲良く遊びましょうォ♪」
振り下ろされた大鎌。だがそれは、陽子ではなく、地に突き刺さる。影が、鎌から地面に溶け込むが如く伸び、陽子の足に絡まる。
陶酔したが如く表情を浮かべる黒百合(
ja0422)は、拘束が成功したのを確認すると、ニヤァとした笑みを陽子に向ける。
「うわぁ、あたしはあんたみたいな根暗なのと、あんまし遊びたくは無いなぁ」
あからさまに嫌そうな表情を向ける陽子。
その隙に、九十九が十三と彼女の間に滑り込み、十三を守る構えを取る。
「ラグナさんが戻るまでは、自分が守るのさぁね」
●デスマッチ
「‥‥人間性捨ててると思ったら、復讐なんて‥‥人間以上に人間らしいな」
カツッ。カツッ。
ゆっくりとした靴音と共に、カイン 大澤 (
ja8514)が歩み寄る。
構える銃口は、下半身を狙うように下に向けられており。
「よ、また会ったな、この前の奴の死体の状況と今回の獲物‥‥足の復讐?」
「ま、そんな所だね」
「復讐したくなるのは分かるけど‥‥でも止めないと金もらえないんだよな、飯の種だ」
ガチャ。ショットガンのパンプを一度引く。
「遠慮なく来ていいよ?あたしはそれを、突破するだけだから」
「そうかい、なら遠慮なく打たせてもらう」
バン。
散弾が狙ったのは、足。散弾は直撃した筈だが‥‥貫通はしておらず。血が少し滲む。
「いったた‥‥鍛えておいてよかった、って思うね、こういう時は!」
陽子の背中から爆風が吹き出し、背後へと忍び寄っていた黒百合のバランスを崩す。
「げほっ‥‥土煙巻き起こさないでほしいわねェ」
その推進力を以って強引に影の拘束を引きちぎり、突進。全速度を乗せた蹴りが、カインの腹部に直撃する!
もう少し距離を置けば、或いは回避できたかも知れないが‥‥吹き飛ばしで落とされる事を避ける為にやや接近していたのが、仇になった形だ。
「大丈夫ですか?」
陽子の驚異的な速度を破壊力に変換した技は、伊達ではない。朔耶が、急いで回復の術をカインに施す。
「ちっ‥‥しつこいわねェ」
黒百合が、『M901』‥‥ショットガンを構え、付近のバルーンを一体粉砕する。
本来は陽子に集中するつもりだったのだが、朔耶が回復に回ったがために、未だ半数残るバルーンたちによって注意を引き寄せられていたのだ。
「数が多いと言うのも、中々侮れない物です」
再度三連射で、神楽が一体撃破する。と同時に近寄り過ぎた一体を、狗月の拳が貫く。
残るは三体。
「ありがと」
朔耶からの回復を受け、体力を取り戻したカイン。
再度ショットガンを構え、大技を放った直後で回避行動しか取れなくなった陽子へと連射する。
少しずつ、わざと直撃しないよう撃ち。神楽と黒百合が狙いやすい場所へと、回避させ、誘導する。
――ここで誤算があったとすれば、神楽が未だバルーンに引き寄せられ、射撃が出来なかった事だろうか。
「いい位置だわァ」
だが、もう半分の目的‥‥黒百合に牽制しやすい位置に追い込む、という事については。目的は達せられていた。
完全に背後を取った黒百合は、全身から五本のワイヤーを放ち、陽子を巻きつけ、縛る。
「なーるほど、それであたしの速度を封じたつもりな訳ね」
ぎゅっと、腕に巻きついたワイヤーを引っ張る。
「けど、これじゃあんたも逃げられないんじゃない?」
引き寄せる勢いそのままに放たれた蹴りが。黒百合の首元に直撃。
「がふっ‥‥」
一瞬、息が詰まる。
●レスキュー
「これで‥‥最後さぁね!」
弓をつかえ、そこから放たれる九十九の青い光弾。それは最後のバルーンを貫き、破砕する。
「よし、しっかり掴まっていろッ!」
「あ、ああ‥‥」
十三の片腕を自分の肩にかけてもらい、ラグナは片腕をその腰にしっかりと回す。
黒百合が、完全に陽子を自身と『繋いだ』事で、陽子はラグナと十三に攻撃を届かせる事ができなくなっていたのだ。
(「壊し、殺すのは簡単だ…奪われた者の、永遠に続く苦悩などわかりもしないくせに!」)
陽子に、万感を込めて。ラグナは睨みつける。
だが、それを口に出すことはしない。自らに与えられた役目は、無事医者を救出する事。故に、注意を引くわけにはいかない。九十九もまた、それを了承しているのかそう、軽くラグナと十三を、その体で隠すように移動する。
バサッ。
翼を羽ばたかせ、ラグナは背中から倒れこむようにして、屋上からダイブする。
「うわぁぁぁ!?」
恐怖のあまり、十三が絶叫するが。空中で体勢を整えると、ラグナは右拳に全身の力を込め‥‥直ぐ下の階の窓へと、叩き付ける!
ピキ――ビシッ。
窓が壊れると共に、十三ごと、ラグナは屋内へと転がり込む。
だが、休んでいる暇は無い。何時陽子が追って来るとも限らないのだ。
そのまま十三を背負い上げ、全力で階段を駆け下りる。
「‥‥あれはヴァニタスという悪魔の手下。何故、あなたがあれに狙われるのですか?」
二階ほど駆け下りた後。階段を下りながらも、ラグナは背負っている十三に、事情を聴こうとする。
「あれは――」
だが、彼の回答は、上の階の爆音に遮られる事となる。
●ブラッド・ランページ
「ちっ‥‥あの距離じゃね」
あそこまで距離が近くては、ある程度の拡散面が存在するショットガンは黒百合をも巻き込むため、使えない。そう考えたカインは、アサルトライフルに武器を交換し、構えながら前進する。狙いを定めようとするが――
「動きが激しいな‥‥」
猛烈な近距離格闘戦を繰り広げる、陽子と黒百合。目まぐるしくその位置が入れ替わる故に、相当の精密度が無ければ、黒百合に当てる可能性は否めない。
アサルトライフルを下ろし、更に大剣に武器を取替え、突進するカイン。
――この状態下でも。
狙える者が居ない、と言えば、それは嘘となる。
――神楽が、その右腕から『生える』ようにして装着した銃を、二人に向けていた。
その目には、確かに狙うべき目標――陽子の姿が、映されている。
「私の仕事はただ一つ。狙い撃つのみです」
放たれた、漆黒の弾丸。
全ての光を飲み込むから『黒』か。否。それは天界の技術を用いた物‥‥『黒色の光』を放っていたのだ。
「っ、やっばそー!」
丁度位置が入れ替わる事により、陽子がそれを正面から目撃したのは運が悪いとしか言いようがない。でなければ、この一弾は見事に陽子の背中に突き刺さっていた事だろう。
風の壁が、漆黒の弾丸とぶつかり合い、拮抗する。
少しずつ、壁は弾丸の軌道を歪めて行き‥‥それを、黒百合の方へと向かわせる!
「やだわァ。こんな傷つき方‥‥!?」
咄嗟に空蝉で回避を試みる。だが、この距離‥‥かつワイヤーで実体がつながれている状態。
スクールジャケットを身代わりに出来る前に、弾丸が突き刺さる!
「直ぐに回復を‥‥少しばかりの辛抱です!」
天界の技術を込めた、その弾丸は。属性が少しだけ魔界に傾いていた黒百合にも、大ダメージを与えていた。
朔耶が回復の術を施そうと前進するが――
「今だっ!」
引き合う力の均衡が崩れたその一瞬。
空気中にある足場を踏むように、陽子が空を駆け上がり――そのまま、掌から空気波を放ち、遥か病院の下へと、黒百合を叩き落す!
その内に足元まで接近したカインが、切り上げるように、全身の力を込めた鉄塊の大剣を振るう!
「おっと、同じ手は二度も食わないよ!」
その大剣の切り上げを、敢えて足で踏みつけるようにして足場にし。陽子は舞い上がるようにジャンプする。
「けど、こっちが留守になってるぜ!」
だが、同様に強靭な脚力に任せ。病院の屋上から、暁良が跳躍していた。
「てめぇが‥‥出てけ!」
突進の勢いを乗せた、重い掌底による、強打。強烈な衝撃に、陽子は屋上から、空中へと投げ出されるが‥‥
「中々重くていい攻撃だったよ。‥‥けど、空はあたしの領域だよ!」
『風乗り』。空中を自在に走行する、陽子の特殊能力。
それによって陽子は空中を駆け、跳躍した直後で方向転換ができない暁良の背後へと回り込む。
「おっと、自由にさせてもらっては困りますね」
微笑を浮かべたまま。銃を構える。
陽子の行動をよしとしなかった神楽が、再度融合したその腕から、漆黒の弾丸を撃ち放つ。
「やばやば!?」
高い精度を持つこの一撃。回避する事は無理と悟ったのか、無理やり空中で体勢を変え、腕でこの一発を受け止める。
弾は、腕を貫通する。だが、足へのダメージは極軽い。
「ま、邪魔だから‥‥お返し。出て行ってもらうよ!」
腕の傷を気にせずに――元より腕を使う事自体、彼女にとってはあまりない事だったからだが――陽子は、猛加速を載せ、背後から暁良を蹴り付ける。
ダメージもさることながら、吹き飛ばし効果がこの場合は一番の問題であった。黒百合同様、暁良もまた、病院の下へと落ちてしまう。
「ちょ、またこれ‥‥?」
着地した陽子は、しかし自らの足が鎖に絡めとられている事に気づく。朔耶が施術した、『審判の鎖』だ。
「言って置くが、あんたをナンパするほど俺は年増趣味じゃない」
「それはお互い様。あたしもあんたみたいなもやしショタは、お呼びじゃないのよ」
カインの挑発に、陽子もまた、同じような軽口を返す。実は二人ともそれ程年齢は違わない筈なのだが‥‥雰囲気の問題だろうか。
「けど、いい加減この状況は厳しいね」
ちらっと、横目でこちらを狙う神楽の様子を見る。もう一発先ほどの攻撃を受ければ、陽子とて厳しいと言わざるを得ない。
――まぁ、それはカイン以外の前衛を失った撃退士たちも、実は同じような事なのだが。
「なら、使ってみるしかないねー!」
風が、陽子の体に向かうようにして、渦巻く。
「不味いですねぇ」
周りを見渡す神楽。予想が正しければ、この技は――
入り口からはそれなりの距離がある。恐らくは発動するまでに駆け込むことは困難だろう。
「ならば、こちらです」
床に向かって、融合した腕から銃弾を打ち出し、それを破壊。穴を開ける。
直ぐ近くに居た九十九の裾を引っ張るようにし、二人はその穴へと飛び込む。
次の瞬間。
暴風が、屋上に吹き荒れた。
●風が去ったその後
「「っ‥‥!」」
回避策を講じられていなかった朔耶とカインは、そのまま風に煽られ、屋上から落下する。
その暴風の中。再度屋上に上がった暁良が、足に力を込め『縮地』を発動。中央にいるはずの、陽子に向かって、鬼神の如き一撃を、振るう!
「ぐ‥‥うぅ!!」
『火』のバートの火の海を元にしたこの技。その正体は、持続的に陽子の体から暴風を噴出させるという物。故に中心に近づくほどその勢いは増し‥‥暁良の拳は、僅かに陽子の頬を掠める。
「くっそぉぉぉぉ!」
風に煽られ、再度病院の下へと落下していく暁良。
風が止み、撃退士たちが再度屋上に駆けつけた時には。ヴァニタスの姿は、どこにもなかったのだった。
この事件による人的被害は、ないとは言えなかった。
最後に神楽が脱出のために空けた穴から、暴風が流れ込み‥‥一部病室に於ける精密機械を破壊したがために。死者が出たのである。
――だが然し。医者、畑十三の命は、確かに撃退士たちによって救われた。