●
『窓から目視で確認できる範囲になってしまいますが、報告しますと――』
寮前の雪掻きの具合が気になった良知は、ねこかふぇでの休憩時間に一服しがてら寮生に電話をかけた。
しかし電話越しの相手の言葉に、ぷかりと煙草の煙を吐いて首を傾げる。
「お前の部屋、二階だったよな?」
『201です』
視界が悪い訳がない。いくら大雪の後でも、進捗具合は良く見渡せるはずだった。
「あー…、で?」
取り敢えず、先を促す。
『ええと…火の手が上がっていて、あと上半身裸の人がいて、…あ、さっき保健室に運ばれた人が一人です。それから、パンダがいます。悪魔は凄いです、雪も透過してズバーンて出てきます。あと、…あ、とにかく楽しそうです』
まず頭に自分の青空寮を思い描く。新しいとは言えないが手入れはしている一般的な寮だ。
そして其処に電話越しの言葉の通りに、火の手を思い描いてみる。(え、寮燃えてんの?)
その中にこの寒い中上半身裸の人物を登場させる。(寒くないの? 燃えてるから平気なの?)
そこを駆け抜けるメディックに助けられ、担架で戦線離脱していく負傷者。(重体でる依頼なの?)
見届けるパンダ、忽然と現れる悪魔…そして繰り広げられる饗宴。
ごめん。
ぜんぜん分かんない。
●
「雪を舐めたら、死ぬぞ」
膝丈まで積もった雪を前に、重々しく言葉を落とす緋伝 璃狗(
ja0014)。
北東北出身の彼は身をもって雪の恐ろしさを知っていた。
「放置すると下は溶けて凍るわ、ツララで尖るわで……」
その言葉はすべて実体験から来ている。
凍結もツララの先端も、大自然の美などでは済まされない、雪に慣れている者にさえ牙を剥く冬将軍の非情な一面。
雪に不慣れな者にとっては…言わずもがな、である。
「経験者をそれぞれの場所に配置して、お互いに適度な間隔を確保しましょ」
防寒着に身を包み、雪捨て場を取り決めたり区画を仕切るのは高虎 寧(
ja0416)だ。
本音は早く気持ちよく寝たい、というところに尽きる気もしないでもないが、効率的に二次災害を起こさずすみやかに進めるのは雪掻きにおいて大変重要である。
並びに個人の力量も大きく物を言う。何が危険で、どのような姿勢なら腰を痛めないかなど、雪国で鍛えられた者のみが体で覚えている苦労は口頭で説明して直ぐに伝授できるものではない。
そして経験者と言えど驕ることなかれ。
雪国育ちでも、雪に足をとられ身動きが出来なくなってしまう事態は多発する。
「賛成です。一人での雪掻きは危険ですし…。あと、溝があるか確認しますね」
少女とも見紛う、白い雪に映える黒猫のような鑑夜 翠月(
jb0681)は同意して頷いた。
それから寮の周りをぐるりと見て歩く。
雪国では雪で隠れた溝に嵌り毎年数人が亡くなる事故も後を絶たない。これも大切なことだ。
雪掻きを率先して行うべき歩道の位置もみながら、溝のある部分を見つけると翠月はマーカーをつけて事故の予防をする。
ヴェス・ペーラ(
jb2743)もその道筋を確認し、雪捨て場への道の確保と安全を最優先に取り掛かった。
そう、雪国での事故は降っている時に起きるんじゃない、雪掻きや屋根の雪下ろしの時の方が起きるんだ!
●
壁走りで屋根の上に上がった璃狗に続き、協力して影野 恭弥(
ja0018)も屋根に上がり雪下ろしに掛かる。
雪下ろしの時に特に大切なことは二つ。
一つ目は当然ながら下に人がいないかの確認。
二つ目は何処までが雪で、何処までが実際に屋根なのか、ということだ。
端から四角く雪をシャベルで切り分けるようにして、下にその雪の塊を落とす。屋根の端がどこかを目視で確認してから、それ以上先へは踏み出さないように注意しつつ雪を下ろして行かねば落下してしまう。この事故はかなり多い。
恭弥は璃狗の手際を見てやり方を納得すると、シャベルで雪下ろしに掛かった。
その恭弥と息をあわせて参加していたのはラズベリー・シャーウッド(
ja2022)だ。
雪の運搬用に小型のソリを持参である。
ラズベリーは、華奢な体でも頑張り、恭弥の下ろす雪を重さと戦いながらもせっせと雪捨て場に運んでいた。
しかし雪下ろしをしている下にいたら、その後に訪れるラズベリーの悲劇は想像に難くないだろう。
「……いつの間にか雪に包囲されている…だと…」
雪下ろしのペースの方が速い。気付けば四方を雪に囲まれていた。
「恭弥君、助けてくれたまえ…!」
上を仰ぎ見て、恭弥に助けを求める。
だが、雪は―――無情だ。
音を、少女の声を吸い取ってしまう…。
どさぁー。
「恭弥くーーん!?」
とうとう頭の上に雪が落ちてきた。
無情なのは恭弥もかも知れない。
ラズベリーは必死に助けを求めた。
しかしそれは、これから始まる悲劇の、ほんの序章に過ぎなかったのだ。
「雪も多く積もると大変なんだねえ……」
悪魔であるユリア(
jb2624)にとって、これだけの大雪を人間の目線から眺めるのは初めてのことだ。
普段はここまで雪が降るような土地ではないため、スコップ以上のものを借りられないと分かると、せめて滑りにくい靴を履いてそのスコップ一本を手にぶわりと背の黒い羽を具現化させ屋上へと舞い上がる。
「では雪かき作業頑張ります」
真面目な声で宣言すると、天使であるメレク(
jb2528)も光の翼で宙へ浮いた。
ついこの間まで人間だけが住んでいた寮の雪掻きの為に、屋根に降り立つ悪魔と天使。
「雪かきが終わったら、私、熱々のお汁粉作るんです」
どことなくフラグ臭が漂うが、今日ばかりは巫女服を脱ぎ防寒着に身を包んだ人間である久遠寺 渚(
jb0685)がその屋根の下の担当に加わった。普段から掃除はしなれているものの、雪掻きとなると勝手は違うが熱意を見せる。
天使、悪魔、そして人間の少女の共同作業。
命を奪い合わず、力を合わせる。
その光景が世界中のどこでも、未来永劫続く穏やかなものであればと、心から願う者がどれだけいるだろう。
どざーーーーーー。
「これはなかなかの重労働だね……」
屋根の雪下ろしを始めてから程なくして、かなり腰に来る作業だというのは分かった。
ユリアは手で押すよりも低空飛行で滑空しながら全身でスコップを押した方が楽だと気付き、一気に雪を落とす。
「これからそちらへ雪を落としますが大丈夫ですか?」
メレクも声を掛けてから、飛行能力を使い、特に高い場所の雪を大量に下ろして行く。
ラズベリーは「いる! 下にいる!」と必死に叫んだが、雪は無情に少女の声を(ry
唯一その声を聴きつけたのは同じ屋根下で上からの雪に注意を払っていた渚だ。
「ここは私に任せて!」
どこかに埋まっている人がいる。
そう察するや、渚はアウルの網を展開し、上空からの落雪を華麗に受け止めた!
しかし 渚 は 真っ白すぎて 正確な 位置 が わからなかった !
ラズベリー が いたのは もう少し 左 だった !
感動的な一幕の裏というか僅かに横で、ラズベリーは完全に埋まった。
後に助け出されたラズベリーは渾身の雪玉を恭弥に投げた。
「うえ〜ん、もう、私怒りましたよー!」
更に乾坤網が溶けた瞬間に雪崩に巻き込まれた渚があげた怒りの火柱は、青空寮の新たな伝説になったという。
後に“大雪の怒髪天”と呼ばれる火柱が上がる横で、パンダが人知れず緊張感を漂わせていた。
彼こそが下妻笹緒(
ja0544)、そのひと(パンダ)である。
(雪そのものは珍しくないが、これだけの量が降るのは普通じゃない)
ざくり、と雪を踏みしめ、青空寮を愛らしい――否、鋭い眼差しで仰ぎ見る。
これだけの大雪は異常気象か…、さもなくば、だ。
彼の計算によると、97.24%の確率でコレは天魔の仕業だという結果が弾き出されていた。
恐らくはこの規模の凍気、冷気を操る難敵だ。
しかしここで焦ってはならない。焦っては天魔の思うつぼかも知れないのだ。
いざという時、皆が動揺していては撃退士といえど烏合の衆と化してしまう。
あくまで態度は平常を保ち、周囲の者達を必要以上に刺激しないようにしなければ。
ギリ、と笹ではなく臍を噛む。
パンダは迫り来る天魔を前に、ひとり警戒心を内に漲らせ、雪にシャベルを突き立てた。
「ふ。どうやら気づいているのは私だけ、か」
ちなみに、答えとしては2.76%の確率でただの大雪である。
●
「雪かきを利用したトレーニングとでも思いましょうか」
スコップを片手に神棟星嵐(
jb1397)が前向きに雪掻きを進める。
長身の彼が腰を落とし、手際良く雪を四角くブロックにして掻いて行くのはなんとも心強かった。
その姿にぐっと拳を作り、気合を入れたのは桐生 水面(
jb1590)だ。
「まぁ雪かきも大事な仕事やな…よーし、やったるで!」
危険なだけでなく、バラバラにやっていては埒があかない。
「とりあえず寮の人が通れる道も作らんとあかんな」
歩道や玄関前に狙いを定めると、そこでは亀山 絳輝(
ja2258)が作業に取り掛かっているところだった。
「よっしゃぁ、やったるでぇっ!」
絳輝の脇で、水面は闘魂をこめてフルスロットルで雪掻きを始めた。
15分後。
「…も、もはや、これま…で……」
雪の上に水面は膝から崩れ落ちて行く。
真っ白に燃え尽きたの姿は、スローモーションのようにゆっくりに見えたという――。
一気に頑張りすぎて、メディックに担がれ保健室送りになったのだった。
ありがとう水面。君の勇姿は忘れない。
「これだけの雪が降ると、溶けるまで時間が掛かるのでしょうね。焦らず、適度に進めましょう」
最初から全力を出し切った水面には一歩遅くなってしまったが、星嵐は改めて周りに声を掛け、時刻を確かめると休憩のタイミングもはかり、寮内にある給湯室で温かなお茶まで振る舞ってくれた。
更にヴェスがカイロとタオルを仕入れて来て、皆に配り歩く。
掻いた汗が冷えて身震いをし始めた頃合いに差し出されるそれらに、星嵐とヴェスは時の救世主となった。
それでも、スコップで雪を退かしては塩をまくなど真面目に地道な雪掻きをしていた絳輝の腰や腕も、疲労感が強くなって来るのは否めず、手が止まり始める。
「たる…あ、いや。なんでもない」
真剣にやればやるほど疲れる。それが雪掻き。
絳輝は屈める角度に疲れた腰を叩きながら、白く色づく溜息を大きく吐き出した。
よし、別のことしよう。
凛とした空気の中で、そう決意した絳輝の横顔は、眩しい程に清々しい。
「…でかい雪だるまを作れば、その分雪もまとめることができるな…」
こうして絳輝は雪玉づくりへとシフトして行った。
そしてもう一人。
雪の塊を見てピンと来てしまった少女がいる。
石上 心(
jb3926)は正しく雪のような髪と透ける白い肌の、雪の妖精のような容姿をしていた。
しかしピンと来てしまったものは来てしまったのである。
悪戯を思いついたようなキラキラとした瞳で、心も雪の玉を作りごろごろ転がし始める。
「よっし、でっかいの作るぞ!」
作らないでいいんだよ。
しかし彼女を止める者はいなかった。
むしろ空前の雪玉転がしブームが到来していた。
(普通に雪掻きなぞやってられんのじゃ…)
本当に普通に雪掻きをしてくれない人には不自由しない今日この頃である。
ネピカ(
jb0614)に至っては最初から雪掻きは一切していない。
目標はただ一つ。
148cmのネピカの身長より大きな雪だるまを作ることだ!
絳輝から僅かに離れた場所からスタートし、ごろごろと雪玉を転がし大きくしていく作業に没頭する。
(芸術的な雪だるまを並べて見せるぞよ…!)
泣きながら訂正します。並べる模様です。厳密にいうと目標は複数“個”でした。
額に流れる(無駄な)汗がキラリと眩しい。
「まっちろな雪を見ると、どうしてワクワクが止まらないんだろー!」
そのワクワクは庭を駆けずり回るお犬様などに譲って頂きたいところだが、夏木 夕乃(
ja9092)は元気いっぱいにオイッチニー、サンシー、と、張り切って準備体操から入っていた。
正しい。これは正しい判断だ。
雪掻きとは労働である。腰を入れて行う作業は、普段使わない筋肉も酷使する。
特に寒い中では筋肉が硬くなりやすいため、準備運動で身体を解してから行うのは大切なことだ。
「ジャンボ雪だるま“DX冬将軍”をおったててやるっすー!」
ただ、雪掻きしてくれたら嬉しかったな!
やはり夕乃も小さな雪玉から始まり、フードの猫ミミをひょこひょこさせながら、転がしに転がして自分の背丈と同じくらいの雪玉を目指して作成にいそしむ。だからどうしてみんなデカイの作りたがるのか、小一時間ほど別室で訊きたいくらいであるが、兎に角これはDX冬将軍の胴体になるのだろう。
そしてふうッ、と明るい笑顔で額の汗を拭いながら元気に一言。
「何個も作るっすよ〜!」
だからどうして、デカイのを何個も作りたがるのか小一時間!
やがて将軍様の頭が出来上がると、胴体の上にどすんと置き、合・体!!である。
拾って来たみかんの皮や木片で顔立ちを作り、満足げに夕乃は頷いた。
「見よ! これぞDX冬将ぐ――」
そこに大玉転がしの如く、膨れ上がった雪玉がDX冬将軍に突っ込み、勢い良くなぎ倒す。
更に転げてその先でやはり雪玉をごろんごろんしていた心のこともなぎ倒した。
「すまん、わざとだ!!!」
キリッ。
絳輝が凛々しく言い放つ。
ここに雪合戦の火ぶたが切って落とされた。
●
雪玉が飛び交う脇で、一際スローリーに動く巨体があった。
冬眠から起き出してきてしまった熊さん、ではない。
もちもちとしたお腹のでっぱりが愛らしい巨漢の久我 常久(
ja7273)、おっちゃんである。
(ワシがやったら腰痛めるんじゃないのかこれ…)
雪掻きという肉体労働がただ働きの上に、この身体と歳でそんなことをしては腰を痛めるのではと心配だった。
頭の中はいかにサボるかばかりを考え、身体は地球に優しすぎるほどの省エネモードで、ゆっくりと雪掻きをしている動作を繰り返す。
そんなおっちゃんが、一人、二人、三人…。
分身の術でニセモノを作り出すと、本物はすたこらさっさと逃げ出して行く。
それをあっさりと雫(
ja1894)が通りすがりに見破り、ぽつりと呟くように問いかけた。
「…サボリですか?」
おっちゃんにとって大好物の初等部の美少女に声を掛けられては、どうしても逃げる足が鈍ってしまう。
「このワシの超素晴らしい(サボリ)術が見破られる…だと!?」
クッと苦虫をかみつぶし、冬の凍てつく風を浴びながら肩越しに振り返った。
吐く息が白い。
「お嬢ちゃん……只者ではないな!! 昔から…お嬢ちゃんは……やるものだと…思っていた…」
重々しく間を長く取り、スローペースで喋すことでこの期に及んで時間を稼ぎ、自分の作業時間を削る。
雫も本心では寒くて帰りたいばかりであった。
しかし何故かその手には七輪が。
「姉様も、やっぱり、さすがにサボるのは不味いですよ」
雫が視線を転じた先にいるのは、こんもりと積み上げた雪山の上の、姉様と呼ばれた人物・七種 戒(
ja1267)だ。
一か所に雪捨て場を作り真面目に作業をしていたのは仮の姿、とばかりに、戒は黒髪をなびかせ振り返る。
そして鋭い眼光で言いきった。
「雪が積もったら……やりたかったのだッ!」
「そうだ、ここまで作っといて完成させねえとか男がすたるだろ…!?」
梅ヶ枝 寿(
ja2303)も声をあげ、横綱よろしく鷲掴みにした塩をうず高い雪山に勢い良く撒く。
「雪掻きってなんだ? かき氷の仲間かー?」
そして根本から雪掻きも、そしてもしかしたら冬という季節も分かってはいないのかもしれない、困ったときは脱ぐ上半身裸の男、彪姫 千代(
jb0742)が戒に問いかけると、戒はサムズアップではっきりと答えた。
「かまくらを作ることだッ!」
かまくらプロジェクトは密かに、そして着実に進行していた。
本格的なかまくら作りとなれば塩水をぶっかけて一晩おきたいところだが、今は急がなければ寮長が帰って来てしまう。
寿は水を省き、塩だけを撒いて踏み固めて行くスピード勝負に出ていた。無駄に知能犯である。
「そっち、追加の雪が行きますよ!」
そこにトーチの熱でスコップを熱し、効率よく雪を掻き集めたカタリナ(
ja5119)が、雪をソリに乗せて運んでくる。
雪はもちろん踏み固めた雪山の上にぶっかけられた。
名誉のために言えば、彼女をはじめ何人かは真面目に雪掻きをしていたのだ、最初は。
しかし寒い、雪だ、雪山だ、かまくら作れそうだ、かまくらといえば鍋だろう、という情熱のもとに団結したメンバーは、今やきちんと雪を掻いていた人員も巻き込み、大人数に膨れ上がっていた。
腐 っ た 蜜 柑 方 式 か !
「やっぱり雪が降ったらこれをこれをやらないとつまらんよな……。正月に大量の餅が余ったしな」
一人でかまくらを作ろうかと考えていた蒼桐 遼布(
jb2501)も合流し、今やどこのかまくら祭だという状態である。
「かまくらの中で鍋って、夢だったんだ…」
若杉 英斗(
ja4230)に至っては、眩しげに雪山を見つめ、往年の夢が叶うのも目前といった態だ。
寮の脇に人の背よりも高い充分な大きさの硬い雪山を築き上げると、スコップを手に寿が鬨の声をあげた。
「いくぞ若様ァァアア!」
「いざくり抜かん!」
二人は全身のアウルというアウルをパッションと共に全身に迸らせると、入口をスコップでくり抜き始めた。
中に充分なスペースが出来、雫が準備した七輪に火が入り、何処からともなく鍋や野菜やたらの切り身まで用意されるまで、そう時間はかからなかった。
「雪の家なんだなー! すげー!」
凄いのは上半身裸の千代だ、とツッコミたいところであるが、かまくらも立派に完成していた。
「あんなあんな! 俺、こんなこともあろうかとカレーとのし餅持ってるんだぞー!」
どんなことがあると思ったらカレーを用意しておくのかは分からないが、千代と彼のシッポは感動に打ち震えている。
遼布も黄粉や醤油、海苔と用意し、膨らんで焼けて行く餅を楽しみに眺め始める。
餅は沢山ある。懐かしげに覗きに来た璃狗と、早速幾つか振る舞った。
「鍋はやっぱり、たらと白菜だな」
ぐつぐつと煮え立ち良い匂いをさせる鍋に、往年の夢が実現した英斗…いや、若様も、万感の想いで呟く。
しかしふと、ドイツ育ちで日本の鍋については詳しく知らないため友人たちに任せていたものの、カタリナがもう他の具材は煮えつつある鍋に、今更まな板の上に残っていた根菜が投入されるのを見て首を傾げた。
国は違えど、火の通り具合に差があるはずがない。
「あの、カイ。大根は―――」
「うむ。忘れていた」
これが後世まで語り継がれる事となる、“大根を最後に入れてしまってな”事件である。
●
昼過ぎ。
電話越しの報告が全くもって理解できなかった良知は、雪路を歩み寮の様子を見に戻って来た。
寮に続く道が次第に雪掻きがされ、歩きやすくなってくる。
「この辺はちゃんとやってくれてんだな」
溝が雪で流れなくなっていないかなど気にしながら歩き、やがて寮の間近になって良知は視線を上げた。
寮の手前に、巨大なかまくらがあった。
ふ、とそれだけで視線が遠くなりかけるが、かまくらの横の芸術と言える犬と猫の雪像が意識を引き戻す。
丁寧に立札まで立てられており、そこには『動物と遊ぶ冬景色』と書かれていた。
雪像の匠・鳳 静矢(
ja3856)作である。
「……」
事前に立札を用意していたのかやら色々聞きたいことはあるが、良知は取り敢えずそれらを写メった。
そして、気付く。
デカい雪だるまが乱立していることに。
更に立ち尽くす。
正しくは、立ち尽くすしかなかった。
寮の入口には、対天魔用に雪による白壁のバリケードが築かれ、侵入者、こと寮長の行く手を阻んでいたのであった。
進もうにも進めない。
しかもその端にはネピカによる、目、鼻、口が絶妙にバランスを取っていない芸術的すぎて理解の範囲を越える不気味な雪だるまが門兵のごとく立ち並んでいる。
「……よし」
見なかったことにしよう。
ねこかふぇへと帰って行く良知の姿を、翠月のこしらえた可愛い雪兎が見送ったのだった。