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マスター:由貴 珪花
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/07/18


みんなの思い出



オープニング

●黄道上のアリア・第4楽章

『おやおや、家出娘になってしまいましたか』

 薄暗闇の中、男――悪魔・オフュークスはワイングラスを傾けた。グラスに揺蕩う焔は、次第に朱い光が薄れていく。
 主の庇護をなくせばそう長くは生きられぬ、命。それがディアボロ――。
 どのみち、つがいを失っては双魚の宮には相応しくはない。‥‥それならば。
『双魚の姿を創るのは随分苦心したんですけどね。‥‥まぁいいでしょう、野良に命を与えるのもまた一興。
 どこへなりともお行きなさい、狂気の女神よ』
 途端、まるでその言葉を待っていたかのように焔は激しく勢いを増し、朱から蒼へと移ろいだ。

 そして黄道の軛から外れた彼女は、本能のままに悲哀と災厄を撒き散らす鬼女母神へと成り果て姿を消した‥‥。


 ふた月――。
 我が君は寛大な御方だが、無為にゲームを止めるのは無粋に他ならない。
 まぁ、お陰でアプロディテに分け与えた力は十分に取り戻した。戦略の遅れは戦術で取り返す事としよう。
 些細な策など必要としない。ただただ突き進む先に在るのはは業か、誉れか。
 愚直なまでに激しい、かの忠誠であれば女神の様な失態にはなるまい。

 ぱちん、と指を鳴らすと4本目の焔が大きく燃え上がる。
 焔、まさに焔の塊。白く猛る焔がぐるぐると宙空に渦を巻き、まるで火を灯した鋼の様な糸が収縮する――。
 それは幾重にも積み重なり、柔らかい毛となり、人より一回りほど大きな羊と化した。

『炎を駆けよ、そして蹴散らせ――Aries』

 それは返事だったのか。眼を光らせた巨羊は、大きく息を吸い込み赤白い毛並みを膨らませると
 開け放たれた窓の枠を蹴って夜の闇へと駆けていった。


 彼方へと姿を消した焔を見送り、おもむろに携帯電話を取り出す悪魔。
 この上無く愉しそうに、嗤いながら。
『さて、それじゃ宣戦布告と参りましょうか』
 5本目の蝋燭が、風に揺らめいた。


●煉炎のファランドール

「おや、環境省の。ええ、いつぞやはお世話に――‥‥‥は?」

 京都地区の戦いが一段落し、久遠ヶ原学園もまた少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
 授業を受け、部活に勤しみ、次の戦いに向け鍛錬を始める生徒達‥‥。
 次第に賑わい始める日常の中で、紫蝶は京都の報告書に追われていた。
 そんな、ある日の夜の事だ。『鳥取市にあるダムが炎に包まれる』という、異変の報せが舞い込んだのは――。
「随分と過激な手に出たものだ‥‥ああ、わかった至急手配しよう。‥‥資料はメールでよろしく頼むよ」
 受話器を下ろして、依頼の準備を始める紫蝶。
 学生用の電子掲示板に【天宮】と題して依頼を掲載し、それからメールで届いた資料を印刷に回した。

 これで4箇所目‥‥『オフュークス』と名乗る悪魔の真意は掴めないままだ。
 事件が起きているのは全て鳥取県鳥取市内。その地域を潰したいにしてはやり方が回りくどい。
 星座を模した敵という事は、最低でも12匹の部下を擁している事は想像に難くない。
 何故、戦力を小出しにするのか――。
「読めんな‥‥」

 陽が落ち始め薄暗くなった職員室に、再び電話が鳴り響いた。
 またか。どうせさっきの気象庁の件だろうと受話器を取ると、それは事務室からの内線で。
『もしもし? 事務室です』
「ああ。職員室の月摘だ」
『あ、月摘先生ですか? ちょっと変な電話が――撃退士を出してくれないか、と。私じゃちょっと、対応しかねまして』
 一般人の事務員じゃ話が通じず、撃退士の職員へ話を回されるのは珍しい話じゃない、のに。
 何だか、胸騒ぎがした――。


リプレイ本文

 かつん、と刃同士が静かに触れる音が闇夜に響く。

「それじゃ‥‥お互い、無事で」
 武器を軽く重ねてから一呼吸。
 また学園で再開できることを信じて、撃退士達は背中を向けた――。



 鳥取県道43号線を、北へ走る。
「宣戦布告に同時襲撃、か‥‥」
 2つの戦場。常識破りの宣戦布告。いかにも罠だけど、蹈鞴を踏んでいても事態は好転しない。
 藍玉色の頭をかりっと掻き、アニエス・ブランネージュ(ja8264)は暗闇の中に紅く燃え上がる北東の空を睨んだ。

 墓地での惜敗から数ヶ月、暗澹とした想いで戦場に向かう者がある。
 南雲 輝瑠(ja1738)と亀山 淳紅(ja2261)。2人の脳裏によぎるのは、あの声。
 ――『オフュークスと申します――どうぞ、お見知りおきを』
「前の様な失態は、絶対に犯さない」
「ああ、2ゲーム目や。‥‥今度こそ勝ったる」
 輝瑠や淳江と共に辛酸を舐めた影野 恭弥(ja0018)は、一人静かにガムをふくらませている。
 罠であっても、信じるのは己が力と己が武器。揺るがない決意と共に銃弾を撃って、討つのみ。


 さわ、と風が吹いた。
 じっとりと纏わりつく重い風。
 初夏の月は、燃える様に赤かった。



●光の坩堝

 光。目が眩む様な光が谷底から囂々と沸き上がっている。
 堤防の上で暴力的な熱気に曝されながら、サングラスをかける蘇芳 和馬(ja0168)達。
 普段は眼鏡の秋月 玄太郎(ja3789)と字見 与一(ja6541)は、普段とは違う雰囲気で。
「‥‥やはり灼光対策に持ってきてよかったな」
「ええ。‥‥ボクには似合ってそうにない事を除けば‥‥」
 童顔という常日頃の悩みを感じつつも、落ち込む暇など此処にはない。此処は敵地なのだから。
 3人とアニエスは遥か1km先の仲間達を慮る。彼らは突入しただろうか。
 迂闊だった、と玄太郎は舌打ちする。別行動なのに連絡を取る手段がないのでは、機を合わせる事は難しい。
 和馬達は耳を澄まし、いつでも突入出来るよう身構える事しかできなかった。


 地獄の大釜の如き戦場を、4つの影がひた走る。
(宣戦布告するだけはあるね‥‥何か狙いが‥‥?)
 鳳 覚羅(ja0562)を先頭に、熱気に揺らぐ前方を警戒しながら全力で走った。
『月摘だ。史跡班が開戦した。君達も準備が整い次第戦闘に入ってくれ』
 ハンズフリーにした淳紅の携帯から、史跡との中継役となった紫蝶の声が聞こえる。
 時を同じくして恭弥の眼が其れを捉える。朱く焼灼した、炎そのものの羊。
 素早く黒と白の銃口が焔に向けられ、夏の高い空に発砲音が鳴り響いた。


「――銃声だ」
 音を立てて燃え盛る中から響く微かな音。アニエスは顔を上げ、呟いた。
 彼女が聞き取ったそれは確かに恭弥の双銃。戦いが、始まったんだ。
「では、いざ行かん羊狩りへ、と。ジンギスカンはあまり好きではありませんけれど‥‥ねっ」
 4人は互いに目配せし、炎の渦中へと飛び降りた――。


●烈火の宴

「‥‥一体、何が――」
 炎の先で和馬が見た物は、一様に彼方此方が焦げた北班の仲間達。敵は、見当たらない。
「皆さん無事ですか!?」
 不可解さを感じながらも駆け寄ろうとする与一を、覚羅が制する。
「来ないで! 敵が居るんだ!」
「左前方、近い」
 言うが早いか、恭弥の示す方向に淳江が風を放った。うねる風の塊が炎を飲み、渦を巻いて弾ける。
 忽然と顕れた――否、最初からそこに居たのだろう、巨大な羊。
 風と共に突進した輝瑠は、黒龍が如きアウルを纏って双剣を交差させた。
 焔の胴体が裂け、散った黎い体液が沸騰し、蒸発していく。
「成程。炎の中、か」
 玄太郎の呟きを聞きつつ、リボルバーの銃身を額に当てるアニエス。
 全身から溢れる天色の光。透き通る無尽光は全身から次第に銃口へ流れ煌き――放たれる。
 それは羊の毛に絡み、炎の中にあっても碧く光を放つ。彼女の瞳を導く標。
「よし、これで『見える』‥‥、右20度、15m!」
 瞬間。アニエスの指差す先へ疾風と雷球が疾る。逆巻く羊毛と接触し激しくスパークする与一の雷と玄太郎の風。
 次いで和馬が居合の構え――。
「近接はあかーん! 範囲攻撃くるで!」
 淳江の叫びに静止する和馬。柄に掛けた手を握り、舌打ちする。刀でしか戦う術を持たない自分が歯痒い。
 そして足を止めた和馬へと魔針が飛来する。避ければ背後の与一に直撃。ならば――。
「‥‥くっ」
 ――真っ向から待ち構える!
 腕を交差させ、射出されたそれを真正面から待ち構える和馬。焔が爆ぜる。じり、と左腕が焼ける音がする。
 耐えるしかできないなんて、と歯噛みした。
「悪いけど隠れてても丸見えなんだよね」
 恭弥は炎の中で光る自らのアウルに照準を合わせた。『マーキング』。それは相手を獲物と定める事。
 紅い光を噴く、一対の白と黒。恭弥が放つ光弾に追従する様に、覚羅の銃も乾いた音を鳴らした。
 3つの銃弾が炎へ吸い込まれ、やがてギィッと短く漏れた異形の声。
 良かった、当たる。安堵する覚羅だが、反面拭えない不安も感じていた。



●捲く土は重ねて来たり

「それにしても熱いな‥‥」
 最初に口を開いたのは輝瑠だった。覚羅の懸念は、この異常な熱気。
「この炎‥‥長引くと不利か」
「本当、ボクの大事な本が燃えそうで、気が気じゃありませんよ!」
 与一は焦りと不安が狙いが狂ったか、放った雷球は羊の胴を外れて消えた。
 この炎を維持する事は容易くはない。玄太郎は出発前に聞いた紫蝶の言葉を思い出す。
 ――『角に、何かの力が‥‥』
「角が炎の源だとしたら、壊せば消えるか――?」
「即断はやめといた方がいいと思うけどね。‥‥同じ轍は踏みたくないし」
 恭弥の脳裏によぎる『双魚宮』の敗戦。それは淳江と輝瑠にも重く凭れる記憶。
 一つのミスが大きく影響した、苦い戦い。
 熱気と悔しさに熱を増す頭に水を頭に被り、冷静さを取り戻した淳江が話を始めた。
「推測やけど――恐らく向こうの敵は金牛タウルスや。‥‥そして罠の正体は、天秤やないかと思う」
「‥‥どういう事だ、亀山先輩」
 和馬が問う。史跡に現れた敵と天秤。何が関係あるというのか。
「白羊の対極は天秤。金牛の対極は天蠍。現在の蠍座の鋏が昔は天秤座やったから、天蠍と天秤は深い関係や。
 鍵となるのは『天秤』‥‥つまり2つが連動した罠と思うん」

『ほう、面白い推理ですねぇ』
 突如、焔羊の口から聞こえる男の声。明らかに警戒する恭弥達の様子が、声の主を物語る。
「これが例の悪魔か。確かに性格悪そうな声だね」
 優しげで、傲慢で、纏わりつく様な声に、素直な感想を漏らすアニエス。
 そんな彼女を意に介す事もなくオフュークスは続ける。
『でも、私が順番通りに送り出すのが前提でしょう、悪魔を信用するのですか?』
「信用する。星座に擬えて眷属を創るお前の拘りは芸術家のそれに近い。順番は、変えない!」
 そして淳江の葬送曲に喚ばれ、無数の死霊の手が地から這い出る。
 軋む白羊の四肢。しかし捕えたかと言う所で蹄が地面を蹴り、ずるりと抜け出した。
 やはり。先の熱線には魔力を感じたし、和馬への攻撃も魔法に見えた。
 となればダアトの術が効きにくいのは自明の理だ。
「ならば物理的に足止めしてやろう」
 魔導書が光粒となり、ネックレスから忍苦無を喚び出す。
 玄太郎は後方宙返りで距離を取りつつ苦無を投擲し、それに協調する様に弾丸を打ち込む覚羅。
 胴に、肢に、鼻先にと傷こそ増えるが埒が明かない。やはり炎をどうにかしないと。
『く、ふふ、あははは! 貴方は面白い人間ですね。確かに南はタウルス。そして連動した罠。正解です。
 しかし、対極の宮を経由するなんて予想外ですよ。私以上の策謀家かも知れませんね』
 拍手の音と笑い声。喜劇の観客の様な、場違いの笑い声。
『それで、どうします? 罠と解って、何か変わりましたか?』
「変わらないさ。だが、迷いは無くなった。あの時は無残にやられたが、今度は勝たせてもらう‥‥!」
 再燃する怒り。悔しさ。輝瑠は双剣を手に羊へと駈ける。焔に刃が食い込み、黎い血液が飛沫いた。
 ――退くしかなかった、あの屈辱は忘れない。
『無残! ええ、無残にも子を殺した! ふふ、私は貴方達が好きですよ。とても、悪魔らしくてね!
 再会できて嬉しいですね。貴方達3人には、この炎獄の湯加減は心地良いでしょう』
「そりゃどーも。もう少しヌルくしてくれると助かるんだけど」
 ニット帽で顔を拭いつつ大きな溜息をつく恭弥。悪態はついても心は揺らがない。信じるのは己の力。
 輝瑠の刃を受け、与一の雷に暴れ藻掻いても、銃口はいつでも羊から外さない。
『それは無理なご相談ですねぇ。南の仲間が『偽善者』である事を祈りなさい――』



●独善と偽善の狭間で

 主の声が途絶えてから、羊は勢い増した様に感じた。
 正確には撃退士達が徐々に緩慢になっていたのだが。

 銃声2つを踊る様に躱し、焔羊は南へと走る。寄らねば寄ると言わんばかりに。
 接近。そして、奔る灼光が和馬ら南班を焦がす。髪や肌が焦げ、チリチリと痛い。
「本を焼こうだなんて許せません‥‥全力でお仕置きです!」
 書に記された全ての文字が右手を包む。それは与一の頭とリンクし、自身に眠る魔力を呼び覚ます。
 魔力を充填する与一を護る様に、玄太郎の舞踏扇が擲たれる。重く鈍い音と、甲高い声が耳を刺した。
 攻撃が効かない訳ではない。が、南北に別れ距離を取っているが故、南は和馬、北は輝瑠が消極戦を強いられる。
 更に魔法抵抗力の高さで淳江と与一も強火力とは言い難い。
 加えて味方には回復もなく、敵には範囲攻撃がある。条件は、絶望的に悪い――。
 淳江は水のペットボトルを掴み、頭から被った。炎だ、炎がなければ。
「先生、あかん。ジリ貧かも‥‥!」
『っ‥‥、諦めるな! あと少し――』
 その時、焔の羊が一声啼いた。

 ゴォォオオォオ‥‥ッ
 地鳴りの様な、音。

「炎の壁が弱まった‥‥?」
 覚羅は炎の引いた戦場を見渡す。渦を巻く様に少しずつ消えていく紅。
 終いには燃え滓が残る程度となり、戦場は地獄の業火から一転、初夏の宵闇へ。
『史跡組が金牛の角を‥‥破壊した』
「おおきに‥‥」
 淳江は南西の空を見上げ、ぽつりと呟いた。


 息を吹き返した一同は、散会し他方面攻撃を狙う。
「‥‥溜まった鬱憤、晴らさせて貰うぞ。その角狙いなど面白いか」
『オフュークスの話によると、角を折ると『遠くの戦場を救い、近くの戦場には致命的な『何か』が起きる様だ。
 私からはどうしろとは言えない。判断は慎重に、だ』
 つまり史跡の仲間達は、自らを犠牲にする選択したという事。
「ボク達も負けてられませんね!」
 圧縮した風が、プラズマと化した紫色の雷球が、同時に白羊の角を襲う。激しい爆風、炸裂音。
 その爆風を貫いて突進する、靭やかな黒炎。真紅の鋼糸が白羊の肢を絡め取り、地に縫い付ける。
「この鋼糸からは逃さないよ‥‥」
「遠い仲間達の為にも‥‥その角、断ち切らせてもらう!」
 猛き黒竜は幾度目かの刃を振り下ろす。アニエスも微力ながら援護射撃を忘れない。
「そろそろ狩りは終わりにしようか」
 毒を纏った掌が動けぬ焔羊に食い込む。双銃から放つ2つの弾丸は、星屑の尾を引き羊角に罅を刻んだ。
 そして。漸く和馬の刀が鞘より出でる。
「‥‥この瞬間を待ち焦がれた。――禍津太刀」
 白刃。暗闇の戦場でなお美しく光に濡れるそれは、太陽の如き眩さを以て焔羊の角を叩き落とす。
 金切り声が、虚になったダムに木霊した。



●死の中に求めた活路

 角が落ちた――。
 息が切れる。全身が軋む。体が火照って、視界が霞む。勢いに乗っているが、その前途は決して易くない。

 敵から距離を取り後退した所で、小石につまづきバランスを崩しかけるアニエス。
(足元が見え難いな‥‥)
 足に力が入らない。炎獄が消えても続く熱中症に、更に暗闇が襲い来る。
 堤からは200m。街灯の光が届く訳もなく、今や光源は皮肉にも羊そのものが周囲1m程度を照らすのみ。
 それだけではない。まだ『悪魔の罠』が待ち構えている。
 気の活性で止血を試みた覚羅が、自身の気――アウルの異変に気づいた。
「何だろう‥‥気の流れが、淀んでる」
 同時に和馬も異変を感知する。剣に揺蕩う光と闇の波紋が、消えているのだ。
 呼吸を整え再び起動しようとすると、頭が割れる様に痛くて集中できない。
 ――スキルを封じたというのか‥‥?
「‥‥それでこそ戦い甲斐があるというものだ! 此方も手負い、向こうも手負いなれば――参る!」



 苦境。窮地。難局。――焦土。
 淳江は愕然とした。僅か20秒足らずで、こんなにも劣勢になるなんて。
 皆既に浅からぬ傷を負っていた。かの灼光はまるで太陽。近づく程に熱は増し、全身を焦がす。
 羊を拘束していた覚羅が、輝瑠が、玄太郎が身を焼かれ、与一とアニエスが針焔に貫かれた。
「‥‥ち、どんどん暗くなるな」
 一方で纏う炎の羊毛は自らの血によって大きく失われ、既に目を凝らさないと見失う程に弱々しい。
 和馬の雀蜂が一閃し、胴体が大きく裂け――また辺りが暗闇に蝕まれていく。
 それは白羊自体が瀕死という事でもあるが、同時に和馬達には光源が失われるという事でもある。
 一人を除いて――。

 二つの砲火が闇を短く照らす。暗闇の中でも、獲物と定めた光は絶えず輝く。後はただ、撃つだけ。
「原因が声なら、喉を、壊せば‥‥」
 執拗に喉を狙い、破壊する恭弥の弾丸。泡になった血が羊の口から漏れ出た。
 蹌踉めく巨体は、最早立つ事すらできず、座したまま焔針を撃ち飛ばす。脇腹を抉られ、崩れ落ちる和馬。

「あと‥‥も、すこ、し‥‥」
 暗闇のどこかで、倒れる音がした。





●暗闇の中の真実

「――で、自分だけ残ってしもて。なんでやって考えてん。恭弥君倒れた時、攻撃されてへんかったし」

 数日後、久遠ヶ原学園の一室。
 紫蝶と対面に8人が並んで座っていた。依頼の報告は撃退士の任務の一環だ。
「自分だけ無事なんは何でやって考えたら、水しか思いつかへんかった」
「熱中症と脱水による昏倒ですね」
 与一の言葉にこくりと頷く淳江。
「せやから、残ってる水全部恭弥君に飲ませたんや」
「で、もう1発喉を撃ったら頭痛が止んだから、スキルも使えるんじゃないかって事で」
「羊の炎を自分の歌‥‥‘velato’で防いで、恭弥君のスターショットでトドメ!や」
 揚々と語る淳江の報告に、仲間達は成程と頷いた。気を失った後、次に目が覚めた時は既に学園だったのだ。
「あの街で‥‥一体、何かが起きているのだろうね?」
 オフュークス。鳥取市各地に現れる、星座を模したディアボロ。
 覚羅の呟きには、誰も答える事はできない。
「‥‥まだまだ先が見えないな。では皆、お疲れ様」


 部屋から退室した後、廊下を歩きながらアニエスは尋ねる。
「さっきの話、亀山君は何故自分で攻撃しなかったんだい?」
 瀕死の的なら、淳江だけでも勝機はあっただろう。しかし彼は、そうはしなかった。
「魔法はあんま効かへんかったし、でも逆に自分は耐えるだけならできる。
 それなら恭弥君に攻撃してもろて、自分は守りに徹した方が確実やと思ってな」
「冷静だな。‥‥その調子で推理も当たってればよかったんだけど」
 褒めつつもからかう輝瑠。一時の平和と、安楽。

 遠くから、史跡で戦った仲間達の声が聞こえる。
 誓いも、なんとか守り通せた。不完全燃焼でも、今は、笑いあいたい。

 『お互い、無事で――よかった』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: God of Snipe・影野 恭弥(ja0018)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
重体: −
面白かった!:8人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
流水の太刀・
蘇芳 和馬(ja0168)

大学部3年213組 男 アカシックレコーダー:タイプB
遥かな高みを目指す者・
鳳 覚羅(ja0562)

大学部4年168組 男 ルインズブレイド
鎮魂の閃舞・
南雲 輝瑠(ja1738)

大学部6年115組 男 阿修羅
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
秋月 玄太郎(ja3789)

大学部5年184組 男 鬼道忍軍
撃退士・
字見 与一(ja6541)

大学部5年98組 男 ダアト
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター