●酒と女と花見と喧嘩 -起-
「ひらり、ひらり 桜雪
舞うは雅 うたかたに――‥‥♪
‥‥なーんて。そんな風流に有り付く前に大戦争ですよねー」
春うらら。
蒼天高く掲げられた太陽が、じわりと暑い。
卯月 瑞花(
ja0623)は胡蝶扇を広げてぱたぱたと顔に風を送った。
暑いのは決して太陽のせいだけではないし、黒い着物のせいでもない。
何せ瑞花の周囲は百人余りの人々が密集しており、それも血気に逸った瞳を爛々と光らせるような連中だ。
――ま、お駄賃貰って特等席で飲み食いできるなら、大戦争くらいちょろいもんよね♪
それにしても。予想外だったのは、意外と前日から並ぶ人が多かったと言う事。
氷雨 静(
ja4221)が前日正午から並んでいたお陰で先頭集団ではあるものの、彼女らの前には凡そ30人程の人垣。
そんな位置で大丈夫か? ――大丈夫だ、問題ない。
何故なら秘策は我にあり。前方集団の中では、既に優秀な交渉部隊が暗躍しているのだ。
前方にヤンキー発見っ!
二階堂 かざね(
ja0536)は自慢のツインテールを手櫛で梳かし、見るからに荒々しい集団に近寄った。
視線がぶつかる。というか、睨まれる。でも怯まず自然に、でもちょっと態とらしく、にこっと笑って見せるかざね。
くるりと回って銀色の尻尾を靡かれば、ふわりとバニラの様な香水の香りが漂って。
「お兄さん達、ちょっと譲って下さいよぅ、ね?」
どきり。鼓動が跳ねたら、彼らはかざねに骨抜きにされていた。
それから忘れてはならない、お花見の中心核と言えば働く父兄諸君。
「すみません、女子供ばかりで押し潰されてしまいそうで‥‥順番を変わって頂けませんか?」
背広の男性達に深々と頭を下げるカタリナ(
ja5119)。
勿論そんな女々しい理由など欠片もない。――むしろ女子の方が雄々しい程のメンバーだし。
しかしカタリナの誠実なオーラに絆され、どうぞどうぞと列を開けてしまう。
恒例行事に無礼講とはいえ、無駄な争い事はない方がいい。平穏が一番の宝、なのだから。
2人の交渉部隊はいずれも功を奏し、10人程を追い抜いていよいよスタートの時を迎える――。
昨日のうちに仕込んだ小道具も携え、各々準備万端。‥‥1人を除いて。
「前を譲って貰えて良かったですね。‥‥あら、その頬はどうしたのです、カイ?」
「ふ‥‥綺麗な薔薇は刺だらけなのだよリナ‥‥! だがそこが‥‥燃えるんだぜっ!」
張り手されたらしい、真っ赤な手形がついた頬をさすりながらも懲りない七種 戒(
ja1267)だった。
●酒と女と花見と喧嘩 -承-
(正午まで――3、2、1‥‥)
ゴーン‥‥ゴーン‥‥。
「ごーー!!」
天色の空に正午の鐘が響き、公園の門が開け放たれた。
開始と同時、我に続けと瑞花が飛び出す。足にぐっと力を貯め、半ば跳ぶ様に地を駆けて。
『迅雷』でブーストをかけたその身は、群衆を頭ひとつ抜け出し、誰よりも疾く突っ走る。
――今だっ!
如月 敦志(
ja0941)が右手を高く伸ばしアウルを集中させると、淡い光の粒子が漂い、凝固し、光球と成る。
しかし、トワイライト――名の通り微光でしかないそれは、白昼下ではただ目立つだけ。
「うおっ、まぶし‥‥くはないな。なんだあれ?」
「おい、あの風船野郎、能力使ってるぞ!!」
背後から襲う怒号。警備員以上に撃退士に目を光らせているのは、一般人参加者だ。
ただでさえ身体能力で優位な撃退士との陣取り合戦。目に見えて能力を使えば、非難轟々は至極当然。
しかも敦志は風船を腰に括りつけていて非常に目立つ。バレない訳がない。
(‥‥しまった)
引きつり笑いで全力逃走した瞬間。
びんっ!
静が足元の縄紐を思いっきり引くと、歓声にも似た悲鳴が上がった。
足を引っ掛けた所を境にたちまち起こる人雪崩。これだけの密集状態だ、1人転べば20人は縺れるだろう。
「おお、助かったぜ氷雨!」
「今のうちです! いい場所を取りましょうね!」
さて、場を賑わせているのがもう一人。
「さぁ、怪我したくなければ道をあけなさい!」
陣取り用の杭と十字槍をぶん回し威圧感溢れる表情で突き進むカタリナは、最早先程の真摯な態度とは別人のよう。
走路上を薙ぎ払おうと、槍を振り翳した所で『危険行為』としてお縄となった。
「いくらなんでも危険すぎでしょう、常識的に考えて‥‥」
警備員から溜息一つ。年々過激になる陣取り合戦に、ある意味彼らも命がけ。
未遂という事で、終了まで槍を没収されるに留まり釈放されるが、それは少々後の話。
走る、奔る、迅る。
誰もが我先にと、人波を掻き分けて。
凪澤 小紅(
ja0266)と紫ノ宮 莉音(
ja6473)、そして多数の参加者が瑞花の背を追う。
突き進むは直線ルート。安全と近道のトレードオフに一瞬足りとも迷いはない。
ハードルの様に垣根を飛び越え、次は幅跳び――水路越え。
一般人でも跳べる程度の幅、撃退士であれば造作もない。
「はっ!」
短い気合と共に右足で地を蹴り、左足を対岸に伸ばして。また走りだそうと、足に力を込めた。
突如。まるでスローモーションの様に、小紅の体が天を仰ぐ。
「小紅さん危ないっ!」
一歩遅れて水路に飛び出した莉音が、転倒した小紅の体を支えて何とか対岸に着地した。
「ひゃー‥‥危機一髪やったー‥‥! 」
造作もない筈の幅跳びに、一体、何が。
思うが早いか、後続のサラリーマン集団が早速転倒して水路に落下。大きな悲鳴と水飛沫をあげた。
よく見れば周りに透明なビー玉?散らばっている‥‥。
再び走りだした小紅は金色の尻尾を見やり、独りごちた。
――瑞花の仕業か。
撒菱の代わりにビー玉‥‥現代の忍者はあの手この手を考えるモノらしい。忍者汚いな。
開始早々出遅れたカタリナは、戒を抱えて空を飛んでいた。背中の光の翼で風を切り、地上を見下ろす。
お姫様抱っこの戒は、乙女な春色ワンピースで爽やかな風を受けながら桜の海を眺める。考える事は――。
「待ってろ重箱っ!」
花より団子、恥より重箱である。
さて、どこからか戒が取り出したのは、数十枚もの写真。
「おりゃーー!」
小紅や瑞花、カタリナは勿論、何故か敦志までものブロマイドを惜しげも無くばらまいていく戒。
「あァん‥‥なんだこ‥‥れ!?」
「ヒューッ! 見ろよこの尻‥‥」
あどけない寝顔でヒヨコと眠る娘――お風呂前の半脱ぎメイド――タイトミニスカのローアングル‥‥。
数々の隠し撮り写真に男性諸君の視線は釘付け。色々映ってる気がするけどチラリだからセーフ!
そして敦志のブロマイドに釣られる人も居たりして。多分敦志は逃げたほうがいい。
――しかし同じルートで走る以上、避けられない道である。
なんという運命の悪戯か、ブロマイドを撒いた直後に爆心地を通過する敦志と静。
「あれ、なんでしょうこの写真‥‥」
静はひらひらと風に漂う写真を手に取る。残念、それは敦志の陸上ユニフォーム(短パン)ブロマイドだ。
圧倒的誰得感にげんなりするが、どうやらそっち系の勢力には需要がある模様。
「青いボウヤの写真はアタシのモノよ!」
物凄い形相でごっついオカマが迫る――!
しかし敦志(本物)を見つけるやいなや、しなを作って絡もうとするオカマちゃん。
「‥‥ってヤダァ、本物じゃな〜いv ウフ、やっぱりアタシのこ・の・み♪」
ぞわあぁぁっ!
「よ、寄るなあぁぁーーっ!」
敦志が、マズさに定評のある『かざねクッキー』を5枚ほどオカマの口に押しこむと同時に、静の肘が鳩尾を刺す。
色々危険を感じた2人は一目散に逃げ出し、後にはブロマイドだけが残された。
目的の斎行妖まであと200m――。
一番乗りを確信した瑞花は足を止めて、後方を走る集団を観察した。
8割程、涼しい顔しているのは撃退士。必死で食らいついている2割が一般人だろう。
一般人を止めるのは簡単だけど、生徒の足も止まる妨害か‥‥。
(‥‥あ)
にやっ、と笑みが浮かぶ。あるじゃない、いいモノが。
「あーーっ!?生足ミニスカの美少女ペアが空飛んでるっ!?」
これを見ずにおれようか、いいやおれまい。撃退士も人の子であり、健全な男子なのだから。
「は、はいてない!!」
「バッカこの場合は『見えた』だろ!」
「どう見ても能力使ってるが‥‥けしからん、もっとやれ!」
瑞花の声に気づいたカタリナは悲鳴を上げ、慌てて片手でスカートを押さえた。
必然的に戒は片手で――、つまり小脇に抱える体勢になるのだが‥‥。
「リナさん‥‥ちょとこれは乙女の扱いが悪いんでない?」
「も、もうすぐ着きますから、ねっ!」
――大事の前の小事、尊い犠牲。自称乙女の尊厳に合掌。
●酒と女と花見と喧嘩 -転-
忘れてはならない。依頼の目的は、陣取り合戦である。
仁義なき祭は13時まで‥‥それまでは防衛せねばならない。
「うおー、いっかせないぞー! かざねこぷたーお花見バージョン! いつもより余計に回っております!」
真っ先に遊撃に出たのはかざね。舞い散る花弁を巻き込み、吸い上げながら、超回転で対抗勢力へ向かっていった。
吸引力が変わらない掃除機を連想した人は多い事だろう。新しい渾名になってもいいレベル。
そして攻撃手段にはならないと思われたかざねこぷたーだが、意外にも凶悪。超回転する髪の毛って凶器だよね。
「二階堂のダイ◯ン効果で風の流れが変わった――戒、例の作戦いくぞ!」
「らじゃ!」
戒の返事を受け、腰に括りつけた風船を飛ばしていく敦志。漸く風船野郎の名を返上である。
赤、黄が10個。
三色の風船がふわりと桜雲に漂い、揺れる。
桜の枝に待機する狙撃要員の戒がアサルトライフルを構えた。
「X198、Y56。上手く狙えよ? ‥‥Fire!」
「‥‥!? 敦志君や、それ全然わからんよ!? 取り敢えず撃つけど!」
次々に破裂音が響き渡り、胡椒と唐辛子が空にぱぁっと散る‥‥が、かざねこぷたーの風に吸い込まれる!!
「げっ。二階堂、ちょっと回転止めてくれー!」
「むぅ、仕方ないですねー。じゃあ差し入れでもしてこようかなー」
かざねは回転を止め、これまたどこからともなく取り出したお菓子袋を片手にてくてくと姿を消した。
半ば竜巻と化していた空気は穏やかになり、上空に滞留していた胡椒と唐辛子は緩やかに地上へと降り注ぎ。
これで完璧――と思っていた頃が私にもありました。
ばんっ!
合図から5秒ほど遅れ――敦志の腰についたままの青風船が破裂する。
「か、戒‥‥おのれ‥‥!」
青風船の中身は、粉状の『かざねクッキー』。
敦志的には想像を絶する程のまずさらしいソレを、至近距離で食らって彼は昏倒した。
「や。一発なら誤射ってリナが」
――精密射撃だけどね。
「よし、陣地は確保したぞ!!」
やりたい放題の前線を他所に、小紅とカタリナが杭を打ち瑞花がロープを張った。
流石に広範囲を取ったせいか、わらわらと彼方此方から湧いてくる妨害要員。
「初めてのお花見なの‥‥ここ、使っちゃダメですか?」
ロープを張った矢先に切られ、結び直していく静。
目に涙を浮かべて強請ってみせると、幼い外見もあり、良心が痛んだお父さん世代が引き下がっていく。
そして逆に理性を逆撫で煽っているのは瑞花だ。
「あんた達後から来た癖に図々しいのよ! 負け犬はトイレの横にでも陣取ってなさいっ!」
「こっちは女だけで宴会? くす‥‥あぁ、女子会ですかー?そんな必死なお顔じゃ、大事な女子力が台無しですよ?」
攻撃を避けながら思いつく限りに皮肉り続ける。
‥‥趣味と実益を兼ねて時間を稼げばお役御免って事ね♪
鞘をしたまま薙刀を水平に構え、陣の先頭を塞ぐ莉音。
頼りなく見えても、男の子であり、アストラルヴァンガード。僕が皆を守るんだ。
「これ以上は来たらあかんよ! 僕より先は通さへん!」
莉音の横では小紅が大剣を軽々と扱ってみせ、周囲の人間をたじろがせる。
それでもなお突撃してくる怖いもの知らずは居るわけで。
「あかんゆうてるやろー!」
薙刀で敵勢力をぐいぐいと押し返そうとする莉音。
脇から突破した連中は静が催涙スプレーで無力化して転ばせ、流れでカタリナがハイヒールで踏みつける。
無駄に秀逸な流れ作業。何処で磨いたのその連携プレー。踏まれてる人が喜んでるのはきっと気のせい。
しかし、その努力も虚しく無情にも賽は振られる――。
「そこの姉ちゃん、この写真の娘じゃねーか?」
「クールな顔してるけど、寝顔は可愛いな」
手にしているのは先程の写真。小紅の目が点になる。
何故奴らは私の写真を持っている。しかも寝顔。私は奴らを知らない。否、知人だろうがなかろうが――滅殺!
ぶちん。何かが切れた音がした。
「今すぐ記憶を無くせえええっ!」
殺意の波動に目覚めた小紅。手に無尽光を結集し、男目掛けて押し放つ、はずが。
群衆と競り合っていた莉音が危険を感じた。薙刀を放り出し、咄嗟に小紅の拳を押さえつける。
「あかんよ小紅さん‥‥素手でも、一般人やったら――ただじゃ‥済まへん‥‥! 写真、僕も回収手伝うから!」
登り切った血が引いていく――。
場は事無きを得、落ち着いた所で。ヒールでどえむ1号を踏んでいたカタリナが斎行妖を見上げた。
「そもそもカイがあんな写真ばら撒くから‥‥カイ、下着見えてますよ?」
「ふぎゃああ!?」
どすん、と大きな音を立てて枝から落ちる戒。
小紅がキレた辺りからこれはまずいと存在感を消していたが、これは年貢の納め時か。
「たっぷりと事情を聞く必要がありそうだな、戒――?」
「こ、小紅さん!? 平和的に話しませんかね!?」
警備員が駆け付けた頃には既に冷静を取り戻し、未遂として警告を受けるに留まったのだった。
●酒と女と花見と喧嘩 -結-
「無事特等席を取れたみたい、だね」
夕暮れ。合流した紫蝶ら教職員が斎行妖の元で酒を酌み交わす。
多少の騒ぎはあったものの、成果は上々。場所取りに臨んだ一同はタダ飯を楽しんでいた。
「んー、おいしーですねー! あ、敦志くん用に特製クッキー作ったんですよー!」
「お、おう‥‥」
先程もそれで退場したのだが、かざねに容赦は無い。多分悪意もない。
離れた所ではカタリナが戒を膝枕し、仲睦まじ――と思いきや、頭と鼻を押さえてペットボトルを口に突き刺した。
‥‥どうやら写真のお礼参りらしい。
「もうお嫁にいけない‥‥」
憤慨していた小紅は落ち着いたら逆に恥ずかしくなったのか、ヒヨコに埋もれている。
隣には寝転んでヒヨコにじゃれつつ、桜を撮影し満足気な莉音。
「なんて、綺麗なの‥‥」
静の掌に、花弁がほろり。握ると、春の暖かさを感じた。
桜の麓で着物の袖と胡蝶扇を翻して瑞花が舞い踊り、賑やかな春の宴会は尚も更けゆく。
ひらり、ひらり 桜雪
舞うは雅 うたかたに
桜狩の宵に花篝 夢も現、酔い宴――