●
――て
「‥‥んー‥」
――おきて
『おきて! 綺羅ちゃん、沙羅ちゃん』
もふもふ、と柔らかく頬を撫でる感触。二人は、聞き覚えのない2つの声に起こされます。
沙羅と綺羅は瞼をこすり、『それ』が何か見ようとしましたが、部屋は暗くてよく見えません。
その時、カーテンを開きました。
途端。虹色の光が差し、その姿を浮かび上がらせたのです。
「え‥‥っ!」
「――ネコさん!?」
それは、見慣れた形。いつも一緒の友達でした。
『さぁ冒険に行こう、皆が待ってるよ!』
●
窓の外にあったのは大きな装飾船。
「あれ、お家の外にお船があるよ!?」
「それに冬なのにあったかいわ」
左右あたりを見回す所に、ぽろんと暖かな音色が耳に飛び込んで。
「あらあら、可愛らしい子達ね♪ 新年明けましておめでとう」
二人を迎えたのは、鮮やかな赤い衣に身を包んだ弁財天・真宮寺 神楽(
ja0036)。
ネコ達はその脇を通り過ぎ、後方に座る青年の元へ。
青空・アルベール(
ja0732)扮する恵比寿は双子に微笑みながら2匹の頭を撫でています。
「あおぞらとかぐら‥‥?」
双子は目をぱちくりします。その弁財天も恵比寿も良く知った顔。大好きな先輩達そっくりなのです。
二人が混乱しているその時。帆船の頭上、物見の台から大きな声がしました。
ぶかぶかの袍が少し不恰好な、大黒天・二階堂 かざね(
ja0536)の声です。
「さぁさぁ! お菓子だらけの夢の国へ、いくぞ出航よーそろーっ!」
陽気な七福神と双子の旅は、こうして始まりました。
ざぶん、ざぶん。
船はどんどん進みます。遠く水面の先から香る、ラムネの潮風を帆に受けて。
お天道様がきらきら見守り、目指すはお菓子王国カステラ島!
「お菓子〜お菓子〜♪ 楽しみじゃ〜なの〜♪」
「楽しみだねー! 何があるかなぁ」
「わたしはパウンドケーキがいいなー♪」
双子と一緒に水平線を眺める若菜 白兎(
ja2109)は、福禄寿の姿です。
けれど、おやおや。目いっぱいの期待からか、老人らしからぬ満面の笑みで長い白髭をそよがせています。
そんな白兎の横で、毘沙門天・鐘田将太郎(
ja0114)は綿飴雲の空を眺めながら言いました。
「まぁすぐに着くさ。幸運のリトルレディを2人も乗せてるんだからな」
将太郎は着流しの懐からダイスを3つ取り出すと、手の中でコロコロ転がします。
七福神一同の中で、最初に双子を船に乗せようと言ったのは、実はこの将太郎でした。
なんでも運試しに振った3つのダイスが全て1で、とても縁起のいい目なのだとか。
「そうだなぁ、お菓子のお嬢さんも張り切ってる事だし‥‥おっさんは昼寝でもして到着を待つとすっかね」
布袋姿の綿貫 由太郎(
ja3564)はぽかぽか日差しが心地いい甲板に転がり、大きく伸びをしました。
ざぶん、ざぶん。
さぁゆけやれゆけどんとゆけ。
旅のお供は、神楽の舞。自動演奏の琵琶の音に乗せ、分身の術で賑やかに、旅路に華を添えていきます。
「このメンバーが集まるのも、随分と久しぶりね」
舞を終えると、神楽は懐かしそうにそう言いました。
でも、不思議です。皆は学園で会えるので、久しぶりという程ではありません。それに。
「ねえ、枕の下に入れた絵は7人だったよね、綺羅ちゃん」
そうなのです。1、2、3、4、5、6――一人足りません。
「うーん。ネコちゃん達だと8人になっちゃうし‥‥?」
「ほっほ。私が最後の一人ですぞ、沙羅様、綺羅様」
「「じい!?」」
いつもはぱりっとスーツ姿の爺やですが、今宵はゆったり法衣に杖をついて、まるで別人でした。
「どうしてじい達が神様なの?」
沙羅と綺羅は顔を見合わせます。
すると、腕の中のネコ達が再び喋り始めました。
『この世界では、七福神が魔法で1つずつ願いを叶えてくれるんだ』
『神様達が友達に見えるなら、キミ達はその人達が大好きなんだね!』
1つ目の願いは『みんなと遊びたい!』。これを福禄寿の魔法が叶え、七福神は双子の友達の姿になりました。
それから『ネコさん達と喋ってみたい』。これを恵比寿の魔法が叶え、ネコが喋り出しました。
そして3つ目はなんとも子供らしく、『お菓子の国に行きたい!』でした。
「おおっ!? 皆さん見えましたよー、お菓子王国カステラ島!」
やがて物見台から一際大きなかざねの声が聞こえると、各々が歓声を上げました。
どうやら、布袋が魔法で願いを叶えてくれたようです。
「おっきいプリンだー!!」
「あの雲、綿飴かなっ」
「おー、中々壮観だな」
遠く霞む景色にはしゃぐ沙羅と綺羅の頭を、将太郎がくしゃりと撫でました。
でも、実はもっと近くにも変化はあるのです。
「あ、しろちゃん見てごらん、たい焼きが泳いでるよ」
「本当なの〜! わぁ、色んな色がいるの‥‥じゃ〜!」
船はいつの間にかたい焼きの大群に囲まれています。
抹茶に桜餅、チョコレート味。当たりの栗入りもあるのかも?
青空と白兎は波間を縫って泳ぐ色取り取りのたい焼きに想いを馳せます。
ざぶん、ざぶん。
たい焼き達に導かれ、宝船はとうとうお菓子の島に辿り着きました。
●
「ようこそ! ボクは奈緒、お菓子王国のお姫様だよ!」
そう言って歓迎した清良 奈緒(
ja7916)が、島の中を案内してくれました。
ケーキのお城、シフォンの家々。しゅわしゅわソーダの噴水に、流れる河は黄金色の水飴です。
「良いねえ、おっさん甘いもの派だよ。正月らしく和菓子を頂きたいが‥‥っと」
由太郎がふと上を見上げると、街路樹にドラ焼きがなっているではありませんか。
一つもいでぱくり。香ばしい皮と餡の控えめな甘さが口の中に広がります。
「お、こりゃうまい。綺羅ちゃんと沙羅ちゃんも食べてみなよ」
「ゆひゃろーあいがと! ひょっへもおいひい!」
あらあら。食べながらでちゃんと言えません。
ウエハースのベンチに腰を掛け、皆でドラ焼きを頬張っていると、青空が言いました。
「折角だからあの山登ってみない?」
それはカステラ島の中央にそびえる、プリンの山。
たっぷりホイップの森や、山頂から流れるカラメルの滝など、大変危険な所です。
しかし、その山には伝説がありました。
「あの『ビックリ富士マウンテン』のサクランボを手に入れると、幸せになれるんだって!」
「へぇ、面白そうだな。なぁに、危なくなったらリトルレディは俺が守ってやるさ」
奈緒がお菓子王国に伝わるお伽話を話すと、将太郎がにやりと笑いました。
どうやら、戦いと勝負の神様の血が疼いたみたい。4つ目の願い、『ワクワク冒険』は毘沙門天の魔法にお任せです。
「冒険ね!」
「じゃあ、お弁当もってこー!」
そうと決まれば大急ぎ。
かざねの俵は既におやつで満杯だったので、由太郎の袋にエッグタルトとお饅頭を詰めて。
キャンディの杖とスコーンの盾を装備したなら、準備はOK。
「さぁ行くわよ、目指すはビックリ富士マウンテン!」
「「「おーっ!!」」」
一行は一路ビックリ富士マウンテンへと旅だったのです。
「んっふふー、そうはいかないよー♪」
後ろからついてくる影達に、気づく事なく‥‥。
●
その山を登るのはとっても大変でした。
プリンの山肌は滑りやすく、スプーンでしゃくった様な谷や崖は落ちたらひとたまりもありません。
あまりに滑るので、かざねは懐に持っていたチョコスプレーを辺りに散らし、上り道を作りました。
虹色のスプレー階段を登ってみけば、うきうきワクワク楽しい気持ち。
あっという間に一行はカラメル湧き出る頂上へと到着したのです。
「到着、なの〜〜!」
「「なの〜〜〜!!」」
ぷるぷる揺れる山頂で、沙羅と綺羅が飛び跳ねます。
長い袖で隠れた腕を振り上げ白兎も共に跳ねまわりました。
「ふぃー、山登りなんていつぶりかねぇ」
眼下に広がるお菓子の街並みを眺めながら、将太郎と由太郎はドーナツの岩に腰掛けて。
「お二人ともお元気で何よりですのぉ」
と、じいも並んで座り、水筒の緑茶と水羊羹でほっと一息。
一方、かざねと神楽は頂上の生クリーム祭壇に置かれた巨大チェリーを見上げました。
「これは‥‥流石の私達も運べる気がしないわね」
それもそのはず。何せ巨大なプリン山に見合うチェリーですから、神楽やかざねの何十倍という大きさです。
「いっそ食べちゃいましょうか!」
「‥‥お腹壊しそうね」
と、その時です。
「ちょーーっと待ったぁ! お菓子王国の至宝・伝説のサクランボはお野菜王国のレイティアが頂くよー!」
空からレイティア(
jb2693)と名乗る女の子の声が聞こえました。
朱い髪をなびかせ、大根ミサイルの上に立つ少女の後ろには、カブ気球に載った5つの茄子。
「さぁやってしまいなさい、ナスレンジャイ!」
「そうはさせない!」
いの一番は青空でした。鯛型ランチャーから地引網が空中へ打ち広がります。
茄子達は体を絡めとられ、纏めてカブから引き落とされてしまいました。
「悪い子は焼き茄子にしちゃうよ? 綺羅ちゃん沙羅ちゃん、今だよ!」
網の中で藻掻く茄子達へ集中攻撃!
綺羅のキャンディワンドから虹色の魔法が繰り出され、今だ続けと将太郎がトンファーで小気味良く叩いていく。
「大根おろしで揚げ浸しか‥‥。カブと茄子で漬物もいいねぇ」
吸盤の矢を五月雨に放つ由太郎と、白兎はデザートナイフでえいやと攻撃。
「こらっ! 簡単に負けないでよ茄子レンジャイ! ‥‥かくなる上はっ、私が相手だぁ!」
レイティアは野菜スティックの双剣を取り出し、茄子達を苛める由太郎や白兎に斬りかかりました。
「きゃあっ」
「ふふーん、茄子レンジャイみたいに甘くないよっ!」
悪戯っぽく笑うレイティア。それがとっても楽しそうで、沙羅にはレイティアが悪い子には見えません。
「じゃあこれでどうかしら?」
琶の音と共に祝詞を詠い、扇をひらりと踊る神楽。
扇でレイティアを斬りつけながら次第に舞は風を纏い、なんと旋風で彼女の動きを止めてしまったのです。
「お痛は駄目よ?」
「しまった――! たーすーけーてー!」
助けを求めるレイティアでしたが、茄子達もまた青空の地引網から出られないまま。
「お菓子を滅茶苦茶にする悪い奴はたっぷりお仕置きしねえとなあ?」
「私のお菓子達を奪おうだなんて、そうは行かないですよー?」
万事休す。
引導を渡さんと、将太郎とかざねが構えたその時。
戦いを見ていた沙羅が、仲間達とレイティアの間に割って入ったのです。
「待って! 沙羅はこの子、悪い子じゃないと思うの!」
途端、じわっと涙が出てくるレイティア。
沙羅の言う通り、彼女は本当に七福神一行を襲いたかった訳ではありませんでした。
「ねえ、どうしてこんな事をしたの?」
「君達がとっても楽しそうだったから、遊んで欲しくて‥‥」
先ほどまでの元気は既になく、そこに居るのは素直になれなかった寂しがりの女の子。
一同はすっかり可哀想になり、お互い顔を見合わせています。
そこに歩み出た青空はレイティアの頭を撫で、にっこりと笑いました。
「一緒に遊びたいなら、襲ったりしちゃダメだよ〜? 皆にごめんなさいなのだ」
「なのだー!」
沙羅も一緒になって説得します。
それをみて神楽は風の縄を解きました。『誰とでも仲良くしたい』のが、双子の5つ目の願いだったのです。
「ごめんよー‥‥。もうしないから、私も仲間にいれて下さいっ」
「もちろん! 皆仲良しが一番だよねっ!」
レイティアと茄子達を仲間に入れた一同は、ビックリ富士マウンテンの頂上で大宴会。
伝説のチェリーを奉り、飲めや歌えや、笑う所に福は来たれり。
「ここは幸せの国なの〜♪」
満面の笑顔で白兎と綺羅はシュークリーム岩をちぎってもぐもぐ。
祭壇を囲む金鍔レンガは由太郎とじい、それから神楽で切り分けて。
「あのクッキーはどんな味かなー」
青空と沙羅は樹になったクッキーやサブレの実を眺めていますが、高すぎて二人には取れそうにありません。
それを見ていたレイティア。仲直りのチャンスです。
「私が取ってきてあげる!」
そう言うと、レイティアは美しい鷹の羽根を背中から出し、ふわりと飛んでいきました。
彼女はなんと、お野菜大王に遣わされた鷹の化身だったのです。
「はい! ‥‥あと、仲直りの印にこれもあげるね。きっと良い事あるよ!」
差し出したのは籠いっぱいのナッツクッキーとココアサブレ。
それから、幸運の黒い羽根でした。
●
「さて、そろそろ帰らないとなぁ」
将太郎は海の彼方に沈む夕日を眺め、呟きました。
夢の日暮れは現実の夜明け。
楽しい夢は永遠に続きません。朝の訪れは夢の終わり。
「じゃあ、お菓子持って返って皆に配ろーよ!」
「お菓子王国にも配ってもっと素敵なところにしたい!」
世界中の皆が楽しい一年を過ごせる様に。美味しいお菓子を、色んな人の夢に届けたい。
だからチョコにポン菓子、プレッツェル。ちょっぴり名残惜しいけど、大好きなモノをいっぱい詰めて。
「さて、皆に幸せを運ぼうか!」
奈緒の見送りをうけて、出航だ!
大黒天が、6つ目の願い『みんなで幸せ!』を叶える為に、船に魔法をかけました。
空飛ぶ魔法の宝船は舞い上がり、人々の夢に幸せをお届けします。
「世界中にお菓子をお届けですよー! いつもより多めに回っております!的な!」
船首に立ち、『大黒天こぷたー』で袍と袋のお菓子を振りまくかざね。
するとカステラ島が虹色に輝き、喜びの声が沸き起こりました。
「お菓子王国が、幸せでいっぱいなの〜!」
嬉びのあまり白兎は、双子をぎゅっと抱きしめます。
けれどまだまだ。世界中の夢が幸せを待っています。幸せの宝船は光の航跡と共に、再び旅にでたのです。
「最後の大仕事ならサボってられないねぇ」
最初は渋々だった由太郎も、笑顔になっていく人々の夢を見て段々やる気が湧いて来ました。
神楽も琵琶の音に乗せて沢山の夢におみやげを残しました。
宝船の旅が終わり家に帰った頃には、双子は疲れて眠ってしまいました。
二人をベッドに運び枕元に座ると、2匹のネコは言います。
『いつも大切にしてくれて有難う!』
『昨年は二人とも皆の幸せの為に頑張っててとっても偉かったの』
『撃退士は、力だけじゃなく人を助けたい想いと行動力が大事なんだ』
『だから今年も頑張ろうね。ずっと、一緒だよ』
最後にそう言うと、ネコ達の魔法は切れてしまいました。
もうすぐ二人が目覚めます。
寿老人のじいは二人の寝顔を眺め、感慨深く微笑みました。
「よい願いばかりで、とてもようございました。最後に、私が魔法をかけて差し上げますぞ」
『ずっとずっと、幸せで楽しく過ごせるように』。
――こうして。
幼い二人の長き夜の夢は終わりを告げました。
残ったものは幸せな記憶と、幸福の黒い羽。それから双つのサイコロ。
2013年も、皆が幸せでありますように――。
めでたし、めでたし。