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「それじゃ、新しいメニューのプレゼンをはじめます!」
――久遠ヶ原学園のとある家庭科室。
設置された巨大モニターに、青空・アルベール(
ja0732)が作成したスライドが映しだされた‥‥。
●若菜 白兎(
ja2109)の回想
「えっと、綺羅ちゃんと沙羅ちゃん、いますか?」
綺羅ちゃんと沙羅ちゃんの二人と出会ったのは、かれこれ2ヶ月も前の事なの。
入学する前にちょっとだけ学園生活を体験してみたい、って。
本当は、学園生活とはだいぶ違った体験入学だったけど‥‥入学したってことは、きっと楽しんでもらえたなの。
そういえば、体験入学の時も学食に来てたの!
あの時もメニューが‥‥って言ってたけど、今度はちゃんと自分たちで解決方法考えててすごいなって思ったなの〜。
わ、わたしのほうが先輩だけど、負けちゃうかも。
入り口に駆け寄ってきた2人は、相変わらず元気いっぱいなの。
お揃いのお洋服で、ええと、紫の目が綺羅ちゃんで、青いほうが沙羅ちゃん!
「あ、しろーだぁ!」
「わぁ、お久しぶりだね! 手伝ってくれるって聞いてびっくりしちゃった!」
今日からお昼は、とってもとっても楽しい依頼。
みんなで作れば絶対に美味しくて賑やかなお昼ご飯になるはずなの。
「うん、一緒においしいめにゅー考えるの♪ 早速家庭科室にごぉ〜〜、なの!」
●二階堂 かざね(
ja0536)の回想
ふっふっふーん♪
2回目の出会いにして遂に私の時代が来ました!
料理‥‥! 超得意分野‥‥!
「すごぉい、みんな来てくれたんだぁ!」
「うむり。もちろんですよー!」
双子ちゃんは相変わらず可愛いですねー!
とりあえず挨拶がわりにキャンディあげちゃいます!お昼前だけど別腹別腹!
ともあれ。1日目は、昼ご飯持ち寄りで企画会議。
「それじゃあメニューを考える所からだね。綺羅ちゃんと沙羅ちゃんはどんなのがいいのかな〜?」
購買で買ってきたお弁当と、友人に借りてきたらしい料理本を数冊机に広げ、首かしげる青空くん。
相変わらず用意周到‥‥さすがっ!
「えっとね、あたし洋食!」
「あとね、少し濃いめの味が好きだよ」
はいはいっと手を上げる姿はもう、二人とも立派な学生さんですねー。
「洋食か――馴染みがあるものだと、スパゲティとかオムライス、ビーフシチュー、くらいかね」
えええ、まさかの最年長がなんか可愛いメニューじゃないですか!?
いやいや、負けてられませんよー! 双子ちゃんに『流石かざねお姉ちゃん』って言われたいですし!
「オムライス、いいんじゃないですかねー? ほら、デミグラとかトマトとか、ソースで色々遊べますよー」
「うん、ソース日替わりは面白そうだね‥‥飽きにくそうだし‥‥」
「いいっすねー♪ オムライスが嫌いな人ってあまり聞かないっすから、ウケもよさそうっす!」
おー、みんな乗って来ましたねー!
あとはもうひと押し‥‥。
「「オムライスだいすきー!」」
――けってーいっ!
●常塚 咲月(
ja0156)の回想
んと、とりあえずオムライスは決定で‥‥初日は材料買っておいたり、作り方考えたり‥‥。
2日目から試作を作り始めたり、調査に向かったり、かな。
「綺羅さん、沙羅さん‥‥久しぶり‥‥」
「さつきもまた一緒でうれしい!」
笑顔の綺羅さんと沙羅さんをひと撫でしてから、お気に入りのバリスタエプロンをつけて髪を軽く後ろでまとめて。
――あとは、二人も一緒に‥‥ね。
「はい‥‥2人のエプロン、コレで服は汚れないよ‥‥。あ、刃物を使いたい時は誰かに言ってからね‥‥?」
さてと、オムライスは真宮寺さんにお任せして、私はソースを考える係‥‥。
とりあえずケチャップソースは、ケチャップとウスターソースにお砂糖混ぜて‥‥レンジでチン。
んー‥‥2つ目はホワイトソースにしようかな。
小麦粉とバターと牛乳で‥‥こっちもよく混ぜてレンジでチン‥‥。
食堂で大量に作るなら鍋のほうが手軽そうだけど、とりあえず候補段階だし、レンジでいいよね。
「前の休み時間に急いで仕込みしておいたから、チキンライスはもうすぐ炊けるわ」
「へぇー‥‥すげぇな、食べる専門の俺には想像もつかねぇや」
チキンライスって炊き込みで作れるんだ‥‥。後でレシピ聞いておこうかな。
●試食会 1
「「いただきまぁすっ♪」」
調理時間は凡そ15分くらいだっただろうか――。
コンソメの利いたチキンライスに半熟オムレツが割り開かれ、そこにお手軽ソースをたっぷりと。
「美味しそうですねー! 見た目は合格と思いますよー!」
まずは外見から評価にかかるかざね。いくら学食といえど、見た目が汚いのはご遠慮願いたいもの。
しかし、このオムライスはまるで洋食屋のようなオシャレ感。
「作り方は簡単だけど、盛り方一つで印象は変わるわよね」
と、真宮寺 神楽(
ja0036)は得意げに微笑む。
以前は豪華な和食弁当で皆を驚かせたが、どうやらジャンル問わず料理の腕前は確かなようだ。
しかし、一つ懸念がある――。
「逆にオシャレすぎて男の人は頼み難くないっすかね?」
そう、オムレツタイプは女性人気はバッチリだろう。だが、男性にはどうだろうか‥‥?
「俺みたいなおっさんにゃ、確かに似合わねぇかもしれんな」
沙希の指摘に、由太郎がくつくつと笑いを漏らした。
広大な久遠ヶ原学園の生徒は、まさに多種多様。
全員に当てはまる正解はないかもしれないが、時間がある以上は模索しない手はないだろう。
「あと、サラダもあるとバランスがよさそうなの〜」
「はいはーい! お菓子部部長としては、やっぱりデザートも必要かと!」
声を上げる2人に続き、やれソースはどうだ、スープはどうだ、と意見が飛び交った。
意見交換に盛り上がる中、綺羅と沙羅はオムライスを平らげて目を瞬かせた。
賑やかな食卓。
――それは、家にはなかったもの。
そして、自分で手伝って‥‥皆で作ったご飯は、こんなにも美味しいんだ。
もっと――もっと、いっぱいお手伝いしたい!
●鐘田将太郎(
ja0114)の回想
あれは4日目か‥‥楽しい依頼ほど時間が早く進む気がするのは困ったもんだな。
そうそう、一気に買い出しが増えたんだよ。サラダ用の野菜に、コーン。それから‥‥。
「ふいー‥‥頼まれてた材料、買ってきたぞー。しかし、このりんごジュースとか生クリームは何に使うんだ?」
「‥‥飲むのかな?」
かくりと首をかしげながらも、冷蔵庫に野菜類を詰めていく小さな手。
――このちっさい手で、学食に革命を起こそうだなんてな。恐れ入るぜ。
「沙羅ちゃん達は、学園生活にはもう慣れたか?」
不意に、沙羅ちゃんの手が止まる。
そりゃそうか。なにせ家の中の世界も、この学園も、正反対方向に特殊尽くめだからな。
「え、っと‥‥んと、あのね、あんまり‥‥おともだち、できないの。どうやって、話しかけたらいいか、わからなくて‥‥」
環境も特殊なら、彼女達の境遇もまた特殊だ――。
ぽんぽんと頭を軽く撫でて、沙羅ちゃんの目線に合わせるようしゃがみこむ。
小学生ってこんなに世界が大きく――広く、見えるんだな。
「焦らずやればいい。2人ともいい子だからな‥‥大丈夫、ちゃんといっぱい友達出来るさ」
「うん‥‥。ありがと、しょーたろー!」
泣きそうな顔から一転、零れんばかりの笑顔、か。思わずこっちまで笑みが漏れるようだ。
「さーて、そんじゃ友達ができたら一緒にオムライス食えるよう、頑張ろうか」
「はぁい!!」
お子様――いや、リトルレディーには敵わないな。
●羽生 沙希(
ja3918)の回想
沙羅がすごいやる気満々になっててびっくりしたっす!
エプロンつけて、白兎と2人で一生懸命卵液作ってる姿は微笑ましかったっすねー♪
「卵をコンコン。ぱかっと割って、くるくるまぜまぜ卵液さん♪」
「えっと、こんこん、ぱか‥‥あっ。‥‥しろー、どうしよぉ黄身がぐちゃぐちゃになっちゃったぁ」
あはは、どうせ混ぜるから大丈夫なんすけどね。
でも綺麗に割れないと悔しいっすからね、気持ちはわかるっすよ沙羅! ガッツっす!
「綺羅は包丁に挑戦っすね!」
しかし――初めての相手が玉ねぎとは、難敵っす‥‥。
沙羅に負けず、頑張るっすよ綺羅! 私は見守りの構えっす!
――‥‥まぁ、案の定というっすかー‥‥。
「さき、目がいたいぃ‥‥涙が止まらない〜〜」
やっぱりそうなるっすよね! こればっかりは大人でも辛いっすからね‥‥仕方なしっす。
「それじゃ、あっちで咲月とかざねのお手伝いしてきてほしいっす! デザート作ってるみたいっすよ」
「ぅ〜〜‥‥。ちゃんとお手伝いできなくてごめんね、さき」
ぱたぱたと別の調理台に向かう小さな背中。。
あっちはあっちでかざねがドタバタしてるけど、咲月がいればきっと大丈夫っすね。
手つきはよかったし――頑張れば綺羅もちゃんと出来るようになるっすよ!
●試食会2
さて4日目の試食会はというと、一気に豪華になったものである。
「どーん! 由緒正しき薄焼き卵のクレープタイプっす!」
まず飛び出したのは、沙希作のオムライス。炊き込みチキンライスと薄焼き卵、という組み合わせだ。
『薄焼き卵なら作りおきが容易』という利点もあり、検討の余地は十分と言える。
「ふむふむ、これは男の人も抵抗なく注文出来そうですねー」
相変わらず審査員はかざね先生である。
続いて出てきたのは綿貫 由太郎(
ja3564)の『普通な』オムライス。
つまり炊き込みではなく通常の白米からチキンライスを作って、という事。
手間の比較用に、との事だが――このふっくらつやつやなご飯は一体。
「な‥‥このご飯、すんごい美味しいですよ!?」
「圧力鍋の飯、食ったことねぇか? おっさんのこだわり飯よ」
男の一人暮らし、侮りがたし。これが独身貴族か。
ともあれ、卵は巻くタイプながらも内側は半熟。ちょうどオムレツタイプとクレープタイプの中間といったところ。
ご飯は手間をかけてるだけあり、文句のつけようもない。
「こっちはいつものオムライスだけど、今日はデミソースとトマトソースだな」
「サラダも作ったの〜。栄養も見た目も大事、なの!」
キャベツと人参の千切りに、チキンライスで余ったコーンを加えたコールスロー。
更に神楽がスープの入ったカップを配る。
「やっぱ汁物も欲しいわよね、と思ってかき玉コンソメスープも作ってみたわ」
皆で取り分けて食べているとはいえ、どんどん出てくるメニューに処理が追いつかない。
食の大切さを語る将太郎はもりもりと食べていたのだが、綺羅も沙羅も、ついでにかざねも満腹になってしまって。
もう食べられない、などと言っていた筈だったのだが――。
「あ‥‥デザートにゼリー作ったんだけど‥‥もうお腹いっぱいかな」
「「「たべる!!」」」
デザート別腹の法則。
●勝負の時
「結論から言うと、私達はオムライスを提案したいのだっ」
家庭科室はざわめいたが、青空には自信があった。説き伏せるだけのデータは、揃っている。
「これを見てほしいんだ」
巨大な薄型モニターに円グラフを表示し、指差しながら説明を始める青空。
皆との試食会をただ無為に抜け出した訳ではない。
メニュー考案は任せて、青空は実際食堂を利用している生徒達にアンケートを取り、徹底的なリサーチを行っていた。
結局、どんなに良い物でも生徒が受け入れなければ意味が無いのだから。
「学食は一日1500人から2000人が訪れてるんだけど、実に6割がメニューに不満を持っていたんだよね。
内訳は、飽きが圧倒的に多くて、次に量が多い事」
綺羅と沙羅は青空の横に控え、難しい話をただただ聞いている。
学食のおばちゃん達も、実情を知るいい機会、と食い入るようにデータを見つめていた。
「そしてこれが、欲しいメニューは?というアンケートの結果で――ステーキとか、ケーキセットとか、まぁこの辺は
現実的じゃないからおいといてー。注目してほしいのはオムライスが4位にある事かな」
アンケートを集計すると、ステーキやケーキセットは男女比率や年齢層が偏る一方、オムライスは子供から大人まで
男女問わず票が入っていることが分かった。
誰もが好きな定番メニュー。それだけでも十分強みである。
さて、ここからは演者を交代し、実物のアピールを行なっていく。
一番手は神楽だ。
手にした大きめのトレイには、半熟オムレツのオムライスが盛りつけられたプレートが乗っている。
「まず、一番手間なチキンライスを炊きこみに。これで大幅な効率化を図れるし、味付けも一気に出来るわ。
卵はオムレツか薄焼き卵を作りおきしておけば、注文後はライスを卵で包むなり、載せるだけで終了よ」
どよめきが起こる。それだけではいずれまた飽きられるだけじゃないか、と。
「そんためにソースをいくつか考えたから大丈夫だろ」
ことん、と4種類のソースを机に置く由太郎。
「栄養の補助に、サラダも考えたっす!」
「こーるすろーなら一気に作れるし、同じプレートに置けて洗い物も増えないと思うなの」
沙希と白兎がプレートの端にコールスローをちょこんと盛り付け、その横から将太郎がスープカップをトレイに載せた。
「それから、オムライスに使ってる卵とコンソメとコーンで、スープも作れるぞ」
「ソースも‥‥ホワイトとトマトはパスタに‥‥デミはハンバーグに流用できるよ‥‥」
怒涛のアピールポイントにたじろぐ食堂員。
そして最後に現れたのは勿論、デザート担当のかざねだ。
「やっぱ甘いものも欲しいですよねー♪ あ、これジュースで作ったゼリーですー、美味しいですよー!」
全員のアピールが終わる頃、神楽の持つトレイには豪華なオムライスセットが生まれていた。
「‥‥と、私達からのプレゼンは以上なのだ。さ、綺羅ちゃん沙羅ちゃん‥‥2人の気持ち、素直に伝えてごらん」
最早白旗同然のおばちゃん達に――発起人の双子から最後のアピール。
緊張するけど、青空の着物の袖をぐっと握って。大丈夫、お兄ちゃんが一緒にいてくれる。
「あのね、皆でご飯食べるって、すごく楽しくて素敵なことなの」
「だけどね、学食だと‥‥皆、新しいメニューが欲しいって話ばっかりしてたの」
「あたしたちのオムライスで、みぃんな楽しくご飯食べられると思うのよ!」
「おいしいご飯で、皆でにこにこできるように、手伝いたいの!」
「「よろしくおねがいしますっ!」」
●笑顔の魔法
――数日後。
とある学食に、新たなメニューが誕生する事となった。
『わんぱくオムランチ』と名付けられたそれは隠れたブームとなり、何ソース派といった派閥ができるほどだったとか。
食堂のテーブルに置かれたメニューの隅には、相変わらず拙い文字で、だが心の篭ったメッセージが掲載されている。
みんながえがおで 食べられますように――。