丈の低い草が広がる草原。その真ん中に、ぽつんと所在無さげにたたずむ一匹のヒリュウ。
彼(或いは彼女)は、仰ぐように大空を見上げると口の先を尖らせ、小さく電撃を上に向けて噴出した。
上空を飛行し、アレは一体何だと見下ろしていた竜は、その行為を許しがたき挑発と受け取った。
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)がヒリュウと共有した彼女の瞳に、一直線に向かってくる竜の姿が映る。作戦の第一段階が上手くいった事に安堵するのと同時に、ベアトリーチェはその動きに意識を集中させる。
一直線と言ったが、竜は左右の羽ばたきに癖でもあるのか、右に一度揺れたあと、大きく左下に滑り込むように進んで来る。癖っ飛びとでも言おうか。至極、間を取りずらい。
握り締めたスマホは、表面を一つ触れるだけで送信出来るように備えてある。送受信にかかる秒単位のロスも考慮しなければ。また同時に、迎撃とばかりに飛び上がったヒリュウを攻撃命中の寸前で消すのもベアトリーチェの仕事だ。
少し考えた後、ベアトリーチェは色々ややこしく考えるのをやめ、送信とヒリュウの消失を同時にすると決める。
口の中のみで、小さく呟く。
「……ガンバルゾー」
そんな一言も必要になる。何せ今のベアトリーチェの視界はヒリュウの、体長半メートルにも満たないソレのものなのだ。迫る巨大竜の恐ろしさは常以上であろう。
竜は噛み付くだの何だのといった小細工無し、通りすがりに轢くといった最も有効な手段を選ぶ。それは、正しい。この場合は最悪の選択であるが。
ベアトリーチェの送り出した思念は、ヒリュウとの間に僅かなタイムラグもなく届けられヒリュウはこの世より瞬時に消え去る。
竜は委細構わずそのまま着地体勢をとる。そこに、芝生のシートを払いのけ、撃退士達が地中より姿を現す。
ヒリュウは被害無し。敵は無防備な姿を晒しており、作戦は予定通り。予定通りにするのに随分と気苦労はあったが、とりあえずまずは一つ、ほっと一息つくベアトリーチェであった。
敵位置はまだ上空。ここでは射撃、つまりインフィルトレイターの見せ場となろう。
ケイ・リヒャルト(
ja0004)は手にした拳銃を、片手で狙っても良かったのだが敢えて両手で握り、構える。
この銃は持ち手の心を良く感じ取ってくれるもので、基本に忠実な構えからの射撃にて意識も体も射撃のみに集中させてやると、拳銃とは思えぬ性能を発揮してくれる。
持ち手の精神状態によって性能が変化する銃なぞ、欠陥品扱いされてもおかしくはないかもしれないが、要は用いる者がこの銃を理解しているか否かで。ケイは上手く活用出来る自信があるから、この銃を使っている。それだけだ。
ゴシック調の衣服で、長く黒い長髪を後ろに靡かせ、歌劇の演者のようにぴんと背筋を伸ばして立つ女性。
だが、中世雰囲気は装飾のみで、銃を両手でがっちりと握り肩に頭部を沿わせるようにリアサイトに目を合わせる姿は、訓練を受けた兵士のものだ。
そして、微塵も躊躇せず発砲。
重力に逆らい空なぞという不安定極まりない空間に居座る愚か者に、陽光の如く照り注ぐ銃弾を。勇気、或いは蛮勇一つを友にし、大地に伏せよと。
大空を羽ばたくに必要な翼の、構造上最も加重がかかる部分を狙い射る。
命中箇所の鱗が破裂し、砕け散るも流石に一撃で翼を奪う事は出来ず。
大地へと着地した竜に、次は狙いを尻尾に変える。
しかし今度はさほどの痛撃とはならず、竜は小馬鹿にしたようにケイとは別の敵へと首を伸ばす。
ケイは、今しがた命中した弾がゆっくりゆっくりと竜の鱗を腐食していくのを見て、酷薄な笑みを浮かべた。
もう一人のインフィルトレイター、狩野 峰雪(
ja0345)は、目論見通りいかぬ流れにいやはやと苦笑していた。
出来れば即座に大地に縛り付けておきたかったのだが、どうにもこの竜、小細工への抵抗力が高いらしい。
ならばとすぐに切り替える。装備で動きが制限されるも、こちらは現在狙われ難い状況で、高火力砲台としての運用が可能だ。
その巨体に相応しく体力も有り余っているようで、コイツを少しでも早く削り取ろうと攻撃を加える。案外動きが激しく部位狙いも難しいのだが、ケイ同様インフィルトレイターらしく狙いの鋭さには定評がある。
まさか直後にそれを試される事になるとは思わなかったが。
竜は後衛職達を鬱陶しいと思ったか、そちらに向いたまま大きく息を吸い込む。報告にあったブレスだ。
手にしていた拳銃で炎の弾を打ち落とす。そんな曲芸じみた真似も、峰雪にとってみれば不可能事ではない。のだが。
「!?」
放たれた炎弾が、予想より遥かにデカイ。咄嗟に逆手にアサルトライフルを握り片手のみでこれを撃つ。フルオートの射撃により、銃を横に薙ぐと弾丸が連なって一本の線のように伸びる。
炎弾の速度に追いつく速さでアサルトライフルを振る、それも片手でとなれば腕の筋肉が身も世も無い悲鳴を上げてくる。黙殺。
ほんの一瞬の出来事であったが、その間に数十発の弾丸が次々着弾した飛行中の炎弾は、狙いを大きくそれ大地に激突、炎が上がる。
威力はかなりのもの。これを空からガンガン撃ってこられたらエライ事になる。
ブレスを危険とみなした近接組が、ここぞと攻撃を仕掛ける間に、今度こそ外さぬと鎖の拘束を狙う。今度はかかった。
今回は上手くいった理由は、特に無い。
「いやぁ、運が良かったねぇ」
だけである。このままじゃヤバイから上手くいくまで試す、も立派な戦術なのである。
峰雪の術が竜を縛りとめるまで竜の飛行を防いでいたのは、翼を持ち空から仕掛けられる影山・狐雀(
jb2742)と、囮作戦の後同じく上空に舞い上がったベアトリーチェであった。
狐雀は手にした霊符により上から仕掛けるも、魔法攻撃にも耐性があるのか竜に痛痒の気配は感じられない。そうこうしていると、竜は大きく息を吸い込む。ブレス? いや違う。竜は力強く咆哮を上げた。
あまりの声量、圧力に、思わず身が竦む程の雄叫び。それは撃退士であろうと例外ではない。が、鳳凰より狐雀を包み込むように炎が放たれると、狐雀を押し潰さんとしていた竜気を焼き祓ってくれる。
となれば逆に、咆哮を上げた今の竜は隙だらけだ。
「剣の舞、行きますよー! 身体が硬くても、頭部にある目にでも当たればー!」
霊符を手にしたまま一振りすると、数枚の木の葉のような薄いものが竜の周囲へ飛んで行く。それらは竜の側まで辿り着くと狐雀の、いくのですー、の声と共に全てが剣へと変化した。
それらは、まるで目に見えぬ剣士が手にしているように、縦に横に斜めにと力強く振り回される。
空中を自在に飛びまわり、竜の頭部にまとわりつく無色透明な剣士である。見る見る間に竜の頭部に裂傷が刻まれていく。
憤怒の声と共に狐雀に食らいつかんとする竜の動きを、ベアトリーチェとヒリュウが放った雷撃が妨げる。
これに合わせ、再び狐雀の剣の乱舞を。数本を囮に本命を頭部、目は外れて顔横に刺す。この剣を狙って、ベアトリーチェのヒリュウよりサンダーボルトが放たれる。
夜桜 奏音(
jc0588)は、峰雪がどうにかこうにか地上に貼り付ける事に成功したのを受け、この術が解けるまでが勝負と危険域へ踏み込む。
巨体を相手の近接攻撃は、ただそれだけで極めて危険なのだ。何せ相手の全体像が見えないのだから、その予備動作を見抜くのも困難だ。
とはいえそれは並の者である場合。奏音が集中のレベルを一つ上げると、目に見える竜像とは別に脳内に俯瞰視点での竜の姿が作り出される。
狙いである竜の翼は高い位置にあり近接では狙いずらい。この前提を崩す。
奏音は竜のブレスの挙動に合わせ、側方より竜へと走る。
竜のブレスの動きはまだ続いている。助走は充分、奏音は強く大地を蹴る。
竜の前足の膝の上を足場に、更に高くへと跳躍。小太刀を抜いて、鱗と鱗の隙間に突き刺す。これを基点に、逆上がりの要領でくるりと上へ、小太刀を足場にもっと上へ。
奏音の動きに気付いた竜が強く身をよじるのが、この跳躍の直後。空中で揺れる体をやり過ごし、鉄扇を翼に突き刺す。
竜の首が奏音に食らい付くべく伸ばされる。これを、奏音は逆らわずに堂々と食われてやった。
食いついた勢いは凄まじく、奏音は翼へと突き刺した鉄扇を握ったままであったので、竜の翼は勢い良くこれを引き裂かれる事になる。
悲鳴と共に竜が口をあけた所で、竜の口内から飛び降りる奏音。
「そのまま地上にいましょうか」
予測演算も極まれば、このような未来予知じみた動きも可能となる。
翡翠 雪(
ja6883)は、無茶苦茶としか言いようのない動きで竜の翼を奪った奏音に慌ててヒールを飛ばす。
雪は開戦直後、銃砲撃による遠距離攻撃の後で竜が着地してからは、ずっとその真正面に陣取り最も攻撃を受け易い場所で踏ん張りながら、仲間達への治癒術も担当していた。
例えば竜の噛みつき。
彼我の体重差は比べるのも馬鹿らしい程であるが、雪が盾を構えればそういった現実的な事象は雲散霧消する。
横から食らい付くように迫るその口に対し、竜の下顎を殴りつけるように雪が盾を突き出すと、雪の両足から凄まじい衝撃音がするのと引き換えに竜の首を弾く事が出来てしまうのだ。
これには竜も驚いたようで、そんな馬鹿なと何度も試すのだがやはり雪を突き崩すには至らず。
ムキになった竜はその巨体を素早く捻り、背後より勢いをつけた尻尾を雪へと叩き付ける。
インパクトの瞬間、雪の盾が巨大化したかのように大きく広がって見えたのはアウルの力故か。
さしもの雪も竜の巨体からの一撃をその場にて堪える事は出来ず、大地を削り取りながら大きく後退させられる。それでも、吹っ飛ぶではなく後退である辺り並外れてはいるが。
そして竜は、自らが持つ最大最強の攻撃を、この小さい癖にアホ硬いモノに叩き込みにかかる。
強力な炎弾が三発立て続けに打ち込まれ、内の一つが雪を捉え爆発を起こす。
上がる土煙、焼け焦げた臭い、そして怪我こそ負ってはいるものの何処も欠けていない、仁王立ちする雪。
「私は盾。全てを征し、全てを守る!」
雪は防御に長けているようなので、獅堂 武(
jb0906)は自分は攻撃が役目だと側面から比較的柔らかそうに見える腹部を狙う。
指先に挟んだ符で九字を切った後、小太刀の先に付け、この刃で竜の腹を突く。命中と共に盛大に爆発してくれたが、竜の表皮を貫く程ではなかったようで。
何度も繰り返し竜に仕掛けてはみたし、攻撃が通ってる感触もあるのだが何せタフな相手でいっかな倒せる気がしてこない。
そうこうしている内に竜は雪目掛けてブレスを放ってきた。一発目は急な事で対処出来なかったが、二度は流石にやらせない。
鉄数珠を鞭にように伸ばし、竜の口を巻き取って力づくで閉じさせにかかる。竜、逆に首を強く振って武を引きずりにかかるが、何とかその場にて堪える。
良く爬虫類は閉じる力は強いが開く力は弱い、なんていわれているが竜は別物らしく、鉄数珠をゆっくりとだが口だけで開きにかかる。
させじと引っ張ることで閉じさせようと力を込める武であったが、竜が突然引っ張る動きに切り替えると対応しきれず勢い良く引き寄せられる。竜の口が開く。ブレス、いや、そのまま武の胴体に食らいつく。
文字通り死ぬ程痛い。だが、武は笑っていた。
「同じ手二度も食らってんじゃねえ!」
口の中に入る形になった武の手には、炸裂符が握られていたのだ。このままふっ飛ばしてもいいが、ここはもう少し奥へと。符を喉に放り込んですぐ、くぐもった爆発音が響き、奏音の時と同じように竜の悲鳴に合わせて武は脱出する。
すぐに次撃、尻尾が武に襲いかかる。武は、彼の性分そのままに、我が身を守るでなく敵を倒すべく剣を振るった。
何故か、竜の尻尾はびっくりするぐらいあっさりと、先端の方が千切れ飛んでしまった。
尻尾が切れてからの竜は、そりゃもう滅茶苦茶な暴れようである。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は、開戦直後から、ひたすら延々、竜の硬くて硬くて仕方が無い鱗を殴り続けていた。
これほどの巨体に打撃がどれほど有効なものか、そんな不安も無いではないが、心に忍び寄る弱気を闘志で押し殺し、自らのありったけを叩き込み続ける。
限界は、近い。呼吸も荒く、視界も狭くなってきている。足も手も、ほんの少しでいいから動きを止めてやらないとこれ以上の働きを拒否してきそうだ。
だからこそここで、一番集中しなければならない。
竜の脇腹、白く硬いその部分に、見つけてあった内臓に直接響くウィークポイント。
渾身のストレートを叩き込んでやると、竜の全身が大きく跳ねた。
あまりの痛打に驚いた竜は、横腹付近にいたみずほ目掛けて首を伸ばす。
コンビネーション、になるのだろう、広義においては。左ストレート、右ストレートのコンビネーションというのも珍しいが、この巨体を相手にしていると思えば案外相応しいとも思えてくる。
有効打撃範囲がアホ程広い竜の顎を、サイドステップ一つで一メートル近く飛びのきかわしながら真横より目の後ろを一発。
如何に図体がデカかろうと脳は一つで、これを強く揺らしてやれば相手が生物である以上、効かぬという事はありえない。
「これで……チェックメイトですわ」
竜は平衡を失ったようによろめいた後、盛大な音と共に大地にひっくり返るのであった。
撃退庁が撃退士達の回収と戦果の確認に来たのだが、何故か彼らはテントを組みだしその中にテーブルを用意し、お茶やらケーキやらを用意し始めた。
一体何事だといぶかしむ皆を他所に、ベアトリーチェは一切疑いを抱かぬまま席につきケーキとお茶を楽しみ始めた。
狐雀はとことこと準備をしている担当者に近寄り聞いた。
「たい焼きは無いのですか?」
「へ? いやケーキって話じゃ……」
むー、と不満そうな顔をした後、仕方が無いと狐雀は自分の懐からたい焼きを取り出してはむっと食べ始める。
「って自分で持ってるんかい!」
と突っ込みいれつつ、お茶は居るか、と問うあたり担当者さんかなり良い人のようである。事前にベアトリーチェに「成功報酬は……ケーキで……ヨーソロ―……」なんて言われて真に受けてケーキを用意しちゃうぐらいには。
(もちろん報酬は報酬でケーキとは別にきちんと支払われた)