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マスター:柏木雄馬
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2017/08/10


みんなの思い出



オープニング

 延々と悪夢を見せられているようなものだった。
 仄暗い水の底で天地なく、全身に纏わりつかれた泥の様なものに静かに呑まれていくような感覚── 闇の中に揺蕩う霧の様に自我は朧気で、夢と現、距離と時間、空間と認知、自分と他人の境界も曖昧な、幼き時分に迷い込んだ幽玄の世界にいるかのように。すぐ近く、隔絶された見えざる帳の向こうから生者が必死に呼びかけて来る向こうで、死者たちが遠くからじっと落ち窪んだ眼窩が自分の事を見つめている……
 非難されたわけじゃない。罵声を浴びせられたわけでもない。ただ、じっと動かぬ彼らの眼窩がずっと告げているような気がした。……自分たちの犠牲の上に生き延びて、取るべき仇を目の前にして、いったいお前は何をしているのか。妹や友人たちとの安寧の日々に憎悪を忘れたか。天魔との戦いに身を置くことで自分が許されたとでも思うたか──
 その想いに責め苛まれ、勇斗は何もない闇の中を必死に前へと掻き進んだ。そうしていると時折、意識の表層、幻想の水面に浮かび上がることがあった。微睡の霧の中、遠く聞こえてくる剣戟の音と、必死に呼びかける戦友たちの声──それに耳を傾けようとする度に、視界の中心に現れる黒翼の笑い、嗤い、哂い、わらい、(笑)、ワライ、( ´艸`)……………………!!!

 雷に打たれたかのような衝撃と共にテレビを消す様に意識が途切れ…… 勇斗が再び目を醒ました時、彼は大切な友人たちの膝の上に頭を乗せて横たわっていた。
 頬の上に落ちる涙──それに暖かさを感じて、勇斗は初めて、自分の心が悪魔に囚われていたことに気が付いた。
 身を起こし、周囲を見渡す。
 悪魔がいた。傷だらけで、四肢を潰され、鎖でグルグル巻きに拘束された上で膝立ちで…… その姿はひどく哀れで……あまりにちっぽけなものに見えた。このちっぽけな存在に自分の人生は狂わされたのかと思うと、また煮えたぎる様な怒りがまたマグマのように湧き上がって来たが…… 肩に置かれた仲間の手により、どうにか感情に流されずに踏ん張れた。
「で、どうします? 勇斗さんは敵討ちを望みますか?」
 そんなの決まっている。
 ……どうだろう?
 そして、気づいた。
 死者は語らない。語ることができない。もう二度と生者と交わることはない。──永遠に。
 故に、先に夢現の境界の中で勇斗を苛んだ声は、死者のものではなく自分のものだ。
 ──悪魔の責任転嫁を勇斗が背負う必要はない、と友は言った。
 確かに。だが、少なくとも自分の家族に関してだけは、その悲劇は勇斗自身の選択によるもの──それが余りに辛くて受け入れがたいものだったが故に、悪魔に憎悪を向けることでその罪悪感から逃れようとした。
 ──怒りの向け方を間違えないで
 その黒翼に向けた憎悪は勇斗自身をも焼く炎──それは何よりも勇斗自身が自身を許せぬが故。
 ──過去は変えられない
 然り。黒翼を殺しても何も変わらない。勇斗が本当に罰したいのは自身に他ならぬのだから。
 ──怒って殺すのではなく、撃退士として倒さないと
 一人で戦う必要はない、と友は言った。やるのなら一緒にやると言ってくれた。
 倒すべき人類の敵── そうだ。僕自身の恨みに関係なく、この悪魔は生ある限り人々に災厄をもたらし続ける。
 大義名分は我にある。黒翼を殺すことに何ら負担や負い目を感じる必要はない。……ああ、だけど、大義名分が黒翼を殺すと言うのなら、晴らすべき行き場を失くした僕の憎悪はどこへ向かう? 僕自身が僕自身を許せぬ限り救われぬというのなら、黒翼を失った後どうすれば……!
「悠奈ちゃんに全部話そう。そして、彼女に許してもらおう」
 友の言葉に、勇斗は振り返って目を瞠った。その表情には縋る様な色と──微かな怯えが窺えた。
「大丈夫だよ。君が悠奈ちゃんのお兄ちゃんとして、積み上げてきたものを信じて」
 ──皆それぞれに過去があり、その積み重ねで今があって、大切なものがある。過去は変えられない。だから、今の幸せを信じて進むしかない──
 命を粗末にすることはないと言ってくれた人がいた。その深淵から救い出したいと言ってくれた人がいた。正直、自分にそれ程の価値があると勇斗自身には思えなかったが…… こんな自分にそう言ってくれる友人たちの為に、共にあり続けてくれた悠奈の為に、自分自身の事は許せなくても、そんな彼らの為に共に生き続けていくのも悪くない。
「……黒翼は倒します。でも、それは僕の両親の仇だからという理由でなく……一人の撃退士として、この悪魔に自分がしでかした事のツケを支払わせる為です」
 勇斗は改めて黒翼に向き直り、双剣を再活性化させて前に出る。
 黒翼は、そんな勇斗を冷め切った表情で見返していた。
「つまらない、つまらない…… 今のキミに殺されても僕はちっとも楽しくないよ」
 応じるように悪魔が跪いた姿勢から立ち上がる。
 不穏な気配を感じ、勇斗より先に奥義を放たんとした撃退士が、ふと直感に従って悪魔に踏み出しかけた足を止めた。
 直後、高らかなエンジンの咆哮と共にその眼前を駆け抜けていく一台の自動車── それは撃退士たちの只中に一直線に突っ込むと同時に後輪を滑らせて円を描く様に彼らを薙ぎ倒した後、黒翼との間に割り込む様にして足を止めた。
「増援!? 他にも仲間が……?!」
 顔を上げた勇斗は驚愕に顔をひきつらせた。目の前の車の運転席には、だが、誰も乗ってはいなかった──!
「手に触れたアイテムの『解析』と『強化』…… まさか、車にも?!」
 驚く撃退士たちを他所に、つまらなそうな表情で空を見上げる黒翼の悪魔。彼は「ようやっと死にやがったか、あのジジイ……」などとブツブツ嘯きながら、フンッ、と力を漲らせて鎖を引き千切らんとして…… 果たせず、バツが悪そうに出来た隙間から鎖を外した。そして、傷を回復しながら、流れ込んで来るアルデビアの力を馴染ませるようにその拳を開閉させた。
「だからショッピングモールの駐車場でも言ったじゃない。『ここなら絶対に負けなかったけどなぁ』って」
 言うなり、後輪を激しく空転させつつ撃退士への突撃を再開する『自動車』。
 撃退士たちは即座にそれに対応した。手早く銃撃を浴びせてそのタイヤをバーストさせ、スリップした所にエンジンルーフに飛び乗り、近接武器をそこに突き立て、その『息の根』を止める。
「……ああ、そんな弱点があるんだ。だったら、次はちゃんと『補強』しておかないと……」
 即座に車を無力化し悪魔へ向き直る撃退士たちに、そう呟いて指をパチリと鳴らす黒翼。直後、沈黙したはずの車のガソリンタンクが破裂して……宙に火花が走ると同時に瞬間的に気化したガソリンに引火。周囲に大爆発を引き起こして撃退士たちを薙ぎ払う──!
「これは一体……?!」
 遅れて駐車場に到着した撃退士が、チロチロと燃え残った炎の中に倒れた仲間を『回復の風』にて応急する。
 気付いた黒翼がそちらを睨み、頭を傾げた。
「まずは邪魔ものを排除しないと…… ああ、そうしたら、その時、勇斗、君はどんな顔をするのかな……?」


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リプレイ本文

 一面に炎のちらつく駐車場。棚引く黒煙に交じって黒井 明斗(jb0525)が放った回復の緑光がキラキラと舞う戦場で──
 吹き飛んで地面に落ちた車のドアの下から、顔を煤塗れにした白野 小梅(jb4012)が這い出るや否や「プハ〜ッ!」と息を吐いてにへらっと笑った。
「あ〜、びっくりしたぁ! こんな隠し技があったんだねぇ……!」
「『駐車場だったら負けない』…… そうか。ここが彼の『武器庫』ってわけだ」
 永連 璃遠(ja2142)は周囲を見渡した。──開けた駐車場。5台ばかりの自動車の他は遮蔽物も一切ない。……今にして思えば、先の逃走も僕たちをここへ誘引する為だったのかもしれない。時々、本気で逃げる気あるのか、という行動を取ってた気もするし。
「本当に厄介な堕天使に惚れこまれてしまったようだね、榊くんは……」
 勇斗に心底同情するように呟く狩野 峰雪(ja0345)。それを聞いたラファル A ユーティライネン(jb4620)は一瞬、きょとんとした顔をして……直後、堪えきれぬと言った風に歯の隙間から笑い声を漏らす。
「クッ……くくく……ククククク……! そうだった。あいつ、元は『天使様」だったんだよな。言動や行動があまりに悪魔のそれで忘れてたわ」
 サイケな笑みをユラリと残して、ラファル。──ああ、奴が悪魔だったら瞬殺で粉ミジンコにしているとこだもんな。そうだったら苦しまずに逝けてたかもしれねーと思うと……くくく。その皮肉に笑いが止まらねーよ、ホント……
「勇斗さん、勇斗さん! 大丈夫ですか!? 心は冷静なままですか?!」
 目の前の惨状を目の当たりにして怒りに表情を染める勇斗に気付いて、雫(ja1894)が慌てて声を掛けた。
「あ……ごめん、大丈夫だから、うん」
 その素直な返事と、彼が展開した盾を見やって、雫はホッと息を吐いた。つい先程まで、怒りに染まった彼は自分の身を守る事すら忘れていたのだ。あの時と比べれば彼の感情はほぼフラットだ。
「……それで良いです。復讐を果たすなら、冷静にそれを為しなさい。それが一番、彼奴を悔しがらせることになります」
「やることは一つ。あなたがこの学園で得た『力』を全部アイツにぶつけて、ここで全てを終わらせるのよ」
 月影 夕姫(jb1569)が励ます様に、勇斗の背中をバンと叩いた。彩咲・陽花(jb1871)も自身の緊張を隠す様にしながら、勇斗に対して笑い掛ける。
「何か、いかにも最終決戦って感じだねー。……まあ、結果的に遠慮なくアレをぶっ叩けるようになったわけだし、ある意味これで良かったかもだね」
 ……複雑です、と返す勇斗に、笑いを零す夕姫と陽花。離れ際、夕姫はもう一度肩を叩いて勇斗に告げた。……悠奈ちゃんも待ってるわ。きれいに片付けて帰りましょう──
「……どうやら勇斗さんはもう大丈夫そうだ。だったら、あとは撃退士として使命を果たすのみ」
 そんな勇斗たちを見て安心したように、璃遠。小梅もまた「今度はボクたちの番だねぇ!」と利き腕をぐるぐる回してやる気を迸らせる。
「はい。勇斗さんもトラウマを乗り越えて持ち直してくれた今、黒翼を討てばこの一連の事態は一応は収まるはず…… 簡単なことではありませんが、力を合わせれば、必ず」
 ユウ(jb5639)が自動拳銃を手に得物の動作を確認しつつ、冷静な声音に決意を込める。
「では、此方もギアを上げていきましょうか」
 太陽剣を構えながら、雫がキュッとその柄を握った。


 撃退士たちが黒翼の前面に展開する。
 正面、先陣を切るのは常の如く、『一番槍の』雪室 チルル(ja0220)。打撃力の高い『フルアーマー』ラファルと『黒衣の』ユウと共に敵に圧力を駆け続けるのが役割だ。
 いつもならばそちらに加わる雫は今回、璃遠と共に勇斗を支援する為、左翼側へと回った。
(最悪、子供が興味を失った玩具を乱雑に扱うように、黒翼が勇斗さんを殺しに来る可能性がありますからね)
(そうでなくても、榊くんが普通に仲間を庇いに飛び出すこともありそうだし)
 水無瀬 文歌(jb7507)と共に勇斗の後ろに続きながら、雫とアイコンタクトを交わす峰雪。彼ら5人は左翼側から黒翼の右側へと展開し、敵を半包囲する一翼を担う。
 右翼側は前衛の安原青葉と陽花、後衛の『Gunship』夕姫、『にゃんこますたー』小梅、そして、『緑眼の赤犬』の葛城 縁(jb1826)の5人。基本的には黒翼に近づかず、近〜中距離からの支援に徹する。
 明斗は活性化させた弓を手に、恩田敬一と共に最後衛──その配置に、常の彼を知る者であったら、或いは違和感を覚えていたかもしれない。

「あたい達を邪魔者扱いとかいい度胸ね! 叩き切ってやるわ!」
「勇斗さんを苦しめてきた災いの元凶…… 貴方はここで終わらせますっ!」 
 飛翔する氷柱の切っ先の如く敵へと突っ込んでいくチルルを、文歌が叫びを衝撃波に変えて側方から支援する。
 その重い音の波にその身をよろめかせながら、黒翼もまた空いた左手を振るって、ルーフのひしゃげた自動車を正面、チルルたちへ向かって突進させる。
「行けっ、自動車!」
 焦げ臭いにおいと共に後輪を空転させた直後、急発進していく半壊車。それを見たチルルはふふん、と不敵に笑い、「氷砲!」との叫びと共にそれを迎撃した。突き出された氷剣の切っ先から放たれる白光の奔流──キラキラ激しく舞い飛ぶ細氷と共に車正面に激突したそれが波濤の如く砕け散って、飛び散った冷気は氷柱となって、直線上にその背後へ降り注ぎ。地面に突き立ちつつ迫るその豪雨を黒翼がサイドステップで躱しにかかる……

「夕姫さん、あいつの頭を抑えるよ!」
 中央と左翼が戦闘に入ったのを確認して、右翼側・陽花は馬竜に拍車を掛け、黒翼直上を占位するべく移動を開始した。夕姫もまた『小天使の翼』を展開し、大型小銃を両手に保持しつつ飛行してその後に続く。
「よ〜し、狙われないよう、ひっとあんどあうぇ〜でいくよぉ!」
「青葉先生は状態異常攻撃をお願い! 少しでも確率が上がるよう、私たちが支援するから……!」
 青葉と共に地上を走って後続する小梅と縁。
 縁は表情を消して、凍える怒りを封じ込めた無感情な瞳で黒翼を睨め付けた。
(……私は君の存在を否定する。君が存在している限り、私の大好きな、大切な人たちの幸せはやって来ないから…… 勇斗君の為、陽花さんの為。可愛い後輩たちや他にも多くの人たちの為。一刻も早く、君の存在をこの世界から抹消するんだよ……!)

 チルルの放った氷砲を突き抜け、突進を継続する半壊自動車──それを見た左翼班が側面から射撃武器による攻撃を仕掛ける。
「射撃戦準備! あの車の足を止めるよ!」
 指示を飛ばしながら和弓を引き絞って矢の一撃を放つ峰雪。雫もまた足を止めることなく上半身だけを横に捻り、両手で構えた自動拳銃をパンパンパンッ! と立て続けに撃ち放ち、文歌もまた小ジャンプでクルリとその身を回しながら、投げキッスの形で音符型の衝撃波を放つ。
 横腹を晒した敵のタイヤに直撃する音符と銃弾。峰雪の矢もタイヤにズブッと突き刺さり。だが、車は止まらない。
「ダメ! やっぱり強化されてるよ!」
 文歌が叫んだ直後、もう一台の自動車(国産の高級セダン)が新たに戦場に踊り込み、後輪を滑らせながら黒翼を中心にその周囲を半円状に薙ぎ払い始めた。璃遠と勇斗を跳ね飛ばした後、そのまま右翼側まで車体をスイングさせたそれは、慌てて高度を上げた陽花と夕姫の足元を風と共に通り過ぎていく。
「車を使った質量攻撃というわけね。でも、巨大亀やファサエルの攻撃に比べればなんてことない」
 断言する夕姫に、僕も妹の様に飛べたらなぁ、と羨む璃遠の視線の先で、正面からの突撃を継続する半壊車に対して、チルルもまた速度を緩めることなく陸上選手の如く華麗に飛び越えて……
「どうよ!?」
 だが、直後。その後ろ側に走り込んで来たセダンが急ブレーキと共にそのボンネットをがばちょと開き。「いいっ!?」と目を見開いたチルルがそのボンネットの内側に両足で『着地』。そのままガブリと『噛まれる』前に跳躍して元の地面に戻るも、チルルは「しまった……!」と呻きを漏らす。
「まずはヤり易い奴から落とすってね!」
 横滑りで停車した半壊車とセダン。2台のバリゲードによってチルルとラファル、2人の接近を阻んだ黒翼は、動きを止めてる間に『くぎ打ち機』を右翼班へと向けた。
「っ! 散開を!」
 左翼側から警句を発する璃遠。闇の翼を展開したユウが「……行きます!」と先行して飛び出したが、間に合わない。
 扇状にばら撒かれる強化釘。咄嗟に大型小銃で顔だけを庇い、残りは鎧に当たるに任せる夕姫。馬竜共々その身を切り裂かれた陽花はクッと呻きを上げて一度射程外へと後退する。
 『バレットストーム』の為に前に出ていた縁もまた防具と身体を切り裂かれつつ、急ぎ駐車車両を遮蔽に隠れた。既に黒翼が解析済みと思われる自分たちのマイクロバスは避け、あわよくば釘でタイヤでも潰せればという目論みも込めてもう一台のハッチバック車の陰へ。だが……
「……っ!?」
 突如、そのハッチバック車が爆音と共に動き出し、後進で縁を跳ね飛ばした。吹き飛ばされて地面を転がった縁を更に踏みつけにかかる車両を転がり避けつつ、縁が悪魔を睨みつける。
「既に『解析』済みってわけ?」
「うん。最初にここに着いた時に」
 狙われている縁を守るべく、夕姫が大型小銃を撃ち放ちながら降下し、彼我の間に入り込む。雄叫びと共に馬竜ごと黒翼の頭上から降って来た陽花の薙刀縦一文字──その剛撃は、だが、黒翼の残像を捉えただけでアスファルトの地面を穿ち、跳ね上がって陽花の両手に痺れを走らせる。
「縁さん! 陽花さん!」
 自らの身の危険も顧みず、勇斗は左翼から右翼へ全力移動で駆けだした。それを見た黒翼が突如、その進路を変えて左翼班の只中へと突っ込んで来る。
 突然の接敵に慌てて後方へと跳び退く峰雪と文歌。雫は無防備な勇斗の襟首を掴んで後ろへと引き戻し。その間、閃破の衝撃波から直刀による近接攻撃で璃遠が悪魔に斬りかかる間にどうにか態勢を立て直す。
 直刀を弾き飛ばされて跳び退く璃遠と入れ替わる様に前に出て、全身にアウルを循環させて身体能力を上げる雫。その全身から漏れ出るオーラはまるで邪神を宿したが如く魍魎の形を成し、陽の光眩しき太陽剣にも禍々しい紅い光が宿る。
 この力が何なのか──結局、雫には分からない。だが、もう迷うことはない。今、この力は私の……仲間たちを守る為の力だ。
「いっくよ〜!」
 そんな左翼班と挟撃するように、クルリと回した魔女の箒をスチャッと構え、アウルのスーパーフライングにゃんこを立て続けに放ち始める小梅。駆けつけて来たユウがそこへ上空から自動拳銃を連射して。その十字砲火の檻に囚われた黒翼に向かって、背後に回り込んだ青葉が投擲により黒翼の影を縫い付ける。
「っ!」
 その場から動けないことに気付いて目を見開く黒翼へ、ラファルが大上段から斬りかかった。ハッチバックが動くと同時に眼前の2台の内1台が動かなくなった事に目ざとく気付き、それを利用して突破したのだ。
 更にそこへと駆けつけて来るチルル。彼女の場合、考えるよりも早く身体が事実に反応している。
「今だよ!」
 機会とばかりに背後から突っ込む陽花と夕姫。それら近接組の斬撃を黒翼は自分の腕の骨で受け止めた。そして悪態を吐きながらセダンを自身に突っ込ませると、自爆させて自分ごと撃退士たちを吹き飛ばした。砂塵を吹き飛ばされた縁が、直後、上空のユウ、後方の小梅と共に爆発に呑み込まれ。峰雪、文歌もまた悲鳴と共に地面に転がる。

「まずい……っ! 回復し、戦線を立て直します。一旦、僕の所まで後退を!」
 焦った様子を見せながら、明斗が一際大きな声で倒れた味方に呼びかける。
 その声に応じるように、陽花は馬竜に気絶した縁を明斗の元へ運ぶよう命じた。そして、自身は夕姫に肩を貸してもらいながら後退を開始する。上空に留まり、銃撃によってその一時撤退を支援するユウ。その下を撃退士たちがよろよろと後ろに下がっていく……
「さて、ここは一旦、俺たちも……」
「とーぅ!」
 ラファルが声を掛けるより早く、元気よく跳び起きたチルルが黒翼に向かって走って行った。それを見たラファルは苦笑しつつ、自身も明斗の所まで後退してその『演出』に協力することにする。
 全員の後退を確認してから、2回、癒しの風を飛ばす明斗── 特に怪我の酷い者には更にライトヒールと敬一の治癒膏で癒し、全快に近いところにまで持っていく。
「ありがとう、委員長!」
 礼を言い、再び戦線へと復帰する撃退士たち。
「……なるほど。あの眼鏡の委員長が撃退士たちの戦線維持の要というわけだ」
 ……敵にまで委員長呼ばわりされてしまった。複雑な想いの明斗に向けて放たれる釘打ち機──明斗は前面にシールドを展開して、その釘の矢の雨を打ち払う。
「……その程度じゃ僕は倒せませんよ。そして、僕がいる限り、お前が幾ら傷つけようと仲間たちは何度でも蘇る」
 似合わぬ挑発的な態度で黒翼に呼びかける明斗。悪魔がスッと目を細め、「……邪魔だな」と一言呟いた。


「こうも近づかれては車の範囲攻撃は無理でしょ、黒翼!」
 足を踏み合える程の距離にまで身を寄せて、チルルが逆手に持ち替えた刃を黒翼の脛へと突き下ろす。
 直後、「どうかな……っ!」と答えた悪魔のすぐ脇ギリギリをドリフトしながら走り抜けるSUV。「CM並みの運転技術!」と跳ね飛ばされたチルルに向かって間髪入れず距離を詰めようとした黒翼は、だが、上空から降り注いだ銃弾にその接近を阻まれた。宙を飛ぶユウによる牽制射──彼女は常に黒翼から一定の距離に張り付き、その神経を逆撫でる様に銃弾を送り続けている……
 一方、中盤──
 傷ついた味方に回復を提供し続ける回復役を疎ましく思ったのか、黒翼は忙しい合間を縫うように、半壊車を明斗たちへと突っ込ませた。
「敬一さん!」
 明斗の指示に従い、懐から取り出した『呪縛陣』の札を『予定通り』車へ投射する敬一。張り付いた符によりその動きを封じられた半壊車の上を夕姫と陽花がフライパスしながら大型小銃と雷撃を立て続けに撃ち下ろし……穴だらけになったタンクから漏れ出た気化ガソリンに火花が引火。爆発して砕け散る……
「水無瀬さん! あのハッチバックを止めるよ!」
「やります! 任せちゃってください!」
 その文歌の返事を聞くや否や、自分を囮にしてハッチバックに攻撃を仕掛ける峰雪。突っ込んで来る車を正面に見据えて慌てず、弦を引き絞った峰雪は、その矢を目標ではなく駐車場脇の側溝に放ってその蓋を破壊した。その溝に前輪を落とし、車体の底に火花を散らしながらそれでも迫るハッチバック。その車体が峰雪に達する前に、横合いから波の様に、踊る様に車両に襲い掛かったカラフルな髪の怒涛が、その必死の前進を引き止める。舞台上から文歌が放った『髪芝居』──膨大な量の紙テープを使った舞台上の演出だ。
 綺麗な射形で再び矢を放つ峰雪。今度の矢は駐車場脇の歩道に立つ道路標識を撃ち貫いた。根元からひしゃげ、倒れ来るその標識を璃遠が走りながら引き千切り、走り高跳びの選手の如く構えたその穂先を、文歌によって拘束された車体の下に突き入れる。
「強度やパワーがどんなに強化されてても、車は車…… 車輪が地面に接触していなければ動くことだって……!」
 言うや、棒を思いっきり下へと押し下げ、梃子の原理で車を脱輪側へと傾ける璃遠。ドシン、と横転した車が腹を見せたところにすかさず雫が走り寄り、ガソリンタンクに手を当てアウルを放出。ただの一撃でハッチバック車に誘爆を引き起こす……
 立て続けに起こった爆発に、黒翼はチッと舌を打った。本来なら倒される前に自爆に巻き込むはずだったのに、正面班3人の攻撃に忙殺されている内にそのタイミングを逸してしまった。
「確かにここは彼の武器庫──でも、どんなに道具があっても、それを操っているのはあくまで黒翼一人だ。自分のことで手がいっぱいになれば、どうしても車の操作は雑になる」
「腕は2本…… 刀に攻撃に鎧に防御に車の操作に自爆技──さて何を取るのかしら?」
 焦る黒翼を見て、璃遠と夕姫。「小型バスだけは使えないようにしておかないと……!」と呼ぶ陽花に従い、2人で目標を挟み込む様に飛ぶ。
「タイヤ2つじゃウイリーや片輪で動きそう…… 3つ以上潰すわよ!」
 了解、と答える陽花と共に、両側からタイヤ目がけて銃撃を浴びせる夕姫。マイクロバスは一度も動かす機会のないまま足回りを破壊された。残るSUVもまた時を置かず無力化される。
 黒翼は全ての車両を失った。……事前の避難によって想定よりもだいぶ車が減ってしまった。あのショッピングモールの駐車場なら比較にならないくらい大量の車両を爆弾として使えたのに。
「……まあいい。だったら、力押しで圧倒するまでだ」
 苛立ちを隠すことなく、眼前のラファルに斬りかかる黒翼。応じてラファルは全偽装を解除して目にも留まらぬ速さで悪魔の背後へ移動して……振るわれた掌底を、だが、黒翼は振り返りもせず回避して。左手のみで引っ掴んでアスファルトへ叩きつける。
「動きが鈍くなったんじゃないのか、金髪。それとも俺が速くなっただけか?」
「……チッ」
 余裕ぶる悪魔の背に、後方から放たれた矢が突き立った。……見覚えのある矢だった。先の逃走劇の最中にも喰らった矢だ。命中した時点で最低一段階の『腐食』が確定する長期戦殺しの矢──
 ドンッ、と地を蹴り、矢の様に峰雪へ向け飛ぶ黒翼── そこへ小梅が利き腕をぶんぶん振り回しながら、弾丸の如く一気に肉薄。そして、その拳に溜まったエネルギーを悪魔に向けて一気に開放する。
「いっくぞぉ、グルグルゥー・ニャンコ・デ・プラズマぁ!」
 瞬間、アウルの爆発のプラズマ炎に包まれる小梅と黒翼。確実に入ったという感触は、しかし、次の瞬間、悪魔の全周攻撃によって身体ごと吹き飛ばされる。
 それを見た峰雪は瞬間的に(あ、これ死んだ)と理解した。敢えて逃げることなく再度の『腐食』の矢を悪魔に放ち。直後、肉薄と同時に振るわれた攻撃を喰らって崩れ落ちる様にその場に倒れる……
「……こうなっては最後の切り札、起死回生の『トリスアギオン』を使うしかありません。最後の集団回復です。全員、僕の所へ集まってください」
 明斗の呼びかけに応じて、一斉に下がり始める撃退士たち。黒翼は調子に乗った。翼を展開して一気に後退する撃退士たちを飛び越え、弓を手にした明斗に向かって一直線に突っ込んでいく。その脳裏には峰雪や縁といった後衛職を一撃で倒した成功体験── だが、明斗は悪魔が斬りかかって来るタイミングで槍と鎧を活性化。黒翼の一撃を真っ向から受け止めた。
「ありがとうございます。わざわざ僕たちのど真ん中にまで来てくれて」
「なっ……!?」
「ちなみに僕は自分が後衛職だなんて言った覚えはありませんよ?」
 明斗がそう告げた直後、何かにガッと後頭部を殴られて、黒翼は地面に落下した。慌てて振り返ると、いつの間に接近していたのか、大型小銃の銃床を振り下ろした姿勢の夕姫と、馬竜に跨った陽花、それに、本来の悪魔の姿を晒した有角のユウの姿──
「ホント、大変でした…… 気が変わって逃げられたらこちらの負けだし、でも手を抜いてホントにやられてしまうわけにもいかないし……」
「ま、お陰で今は笑いが止まらねーけどな」
 突如、背後から聞こえて来た声に慌てて跳び退く黒翼。既に周囲は撃退士たちによって囲まれている……
「……まだ分からねーのか? おめーは俺らに一杯食わされたってんだ。最初から何もかも俺らの手の平の上だったっつーわけだよ」
「……騙したのか。俺を誘引する為に」
「騙した? 何の話です?」
 明斗が答えを返すや否や、その明斗を中心に、これまでとは比べ物にならないくらいのアウルの回復の光が湧き起こった。『トリスアギオン』──使用から5ターンの後に発動する、絶大なる回復の奇跡。
 明斗は確かに嘘をついてはいなかった。回復は確かに行われた。効果範囲にいる者たちの傷がみるみる内に塞がり、全快に近いところまで回復していく。……ただ一人、黒翼だけを除いて。
「……さてと。そろそろ俺の武器も『返して』もらうぜ? 『DDD』を3回もぶち込んでやれば1回くらい抵抗に失敗すんだろ。せいぜい耐えて見せてくれや」
 ポキポキと指を鳴らしてラファルが悪魔の襟首を掴み、鋼鉄化した左腕部から抜き手を撃ち出し(火薬式じゃないぜ? 最新の電磁式だ)、アウルのナノマシンを叩き込む。
 最初の一撃で、黒翼は抵抗に失敗した。全てのコピーした魔具魔装が掻き消え、全ての能力値が元へと戻る。
「なんだよ、1発かよ、根性ねえな…… とくれば、勇斗!」
 次に来るのはコピーアイテムの再生成。ラファルの予測通りに動く悪魔の行動を勇斗が『シールドバッシュ』で打ち消し。更に文歌が『幻夢』のスプレーを吹きかけてスキルを『封印』。悪魔を完全に無力化する。
「即席のコピーなんかに、これまで一緒に戦ってきた私たちの絆は負けないんだからっ!」
 文歌がアウルの塗料塗れの悪魔をビシッと指差した次の瞬間、彼女のステージ上に流れるBGMの曲調が変化した。それは彼女の主題歌か。或いは、榊勇斗という撃退士の物語のフィナーレを飾る壮大なシンフォニーか。
「最初の登場は……狩野さん!」
「ご指名かい? 僕がAメロ担当というわけだね」
 その声は戦場の外れから。先程、黒翼の攻撃を喰らって戦闘不能になったと思われていた峰雪が、血塗れで地面に伏せたまま所持する全ての火器を展開して一斉に黒翼を銃撃する。
「『死んだと思っていた相手が実は……』ってやつだよ。……なんかオジサンが思っていたより随分と派手になったけど(汗」
 峰雪の頭上で放たれる一斉射。その銃声全てに歌詞をつけるように文歌の歌が音符型の衝撃波となって悪魔を追撃する。
「にゃんこズ!」
 更に、小梅の呼びかけに応じて黒翼の足元から湧き出す無数のアウルのにゃんこたち。そのズボンに纏わりついてにーにーと鳴く仔猫たちがギランと目を輝かせて爪を立てて拘束し──直後、ラインダンスを踊り始めたにゃんこたち仔猫たちの中心で、小梅の背後に現れたムキムキニャンコが「おらおらおらぁ!」と両拳のラッシュを叩き込む。
「人の力を奪うだけの盗賊が…… 身の程を知りなさい、この三下が!」
「けっ。てめーなんざ、俺らが今までやり合ってきた天魔に比べりゃ全然弱ぇーんだよ、ばーか」
 アウルの雪花舞う雫の月下の刃が血飛沫の華を咲かせ──ラファルが己の日本刀を見せつける様に、握った拳で悪魔の顔面にパンチを入れる……
「やるよ、陽花さんっ! 勇斗くんの為に……!」
「うん、縁、全てを出し切るよ! 二人の絆を力に変えて、今、必殺の……連想撃っ!」
 サビはユニゾン──機を逃さずに攻勢に出る縁と陽花。銃手の射撃、と騎手の斬撃──言葉を交わすことなくとも互いの思考を感じあえるほどの絆を結んだ者たちのみが可能とする、途切れることなき連携攻撃。音楽に合わせるように、ステップを踏むように── その攻撃の全てにトリオの如く文歌の追撃が続く。
 たまらず上空へ逃れようとした黒翼は、しかし、夕姫とユウの2人に阻まれた。銃撃に貫かれながらも怯まず必死に突破を図る悪魔に対し、ユウもまた全力で応じるべく更なる力を限定解除。身体の内から湧き出す漆黒のアウルを闇色の閃光剣へと変じつつ。黒衣を風に棚引かせながら、刃を打ち振るって軌跡をビーム状に流し、敵の存在を塗り潰すように三度、四度と斬りつける……
「あなたの真っ白なほどの純真でいて狂った欲望……叶えさせる訳にはいきません」
「あなたの楽しみなんてどうでもいいのよ。そのつまらない想いを抱いて消えなさい!」
 怯んで距離を開けた黒翼の眼前に夕姫が入り込み、瞬時に魔具変更して展開した布槍を振るって拳に巻き付けて。『神輝掌』の光纏わせた拳を振り被って思いっきりぶん殴り、地上──クライマックスの舞台たる戦場へと押し戻す。
「トリは勿論、この人、勇斗さん!」
 観客に紹介するかの様に、大きく手を広げて『今日のメイン』を呼び招く文歌。
 だが、勇斗は双剣を両手に提げたまま……地面に落ち、致命傷を幾度も受けて倒れ伏した黒翼をじっと無言で見やり続けたまま動かない……


「トドメを刺すなら急いだ方がいいわよ? 放っておいてももうすぐ死ぬし……この機を逃せば永遠に仇を討つことはできなくなるわ」
 既に戦闘能力をなくした悪魔に油断なく目を配りながら、チルルが促すように勇斗に告げる。
 それでも止めを刺すことを躊躇う勇斗に、瀕死の悪魔がクックッと笑った。……それだけで身体に激痛が走るにも拘わらず。
「……正直になりなよ。君は迷っている。恨みに任せて一思いに止めを刺してしまうか、僕が苦しむ様を眺めるこの愉悦の時間を一刻でも長く味わうか…… ここにきてまた新たな葛藤を抱え込むなんて、君は本当に最後の最後まで僕を愉しませてくれるねぇ」
 光のない瞳──命の炎尽きかけた今この時も、悪魔はまだ勇斗を嬲る。
「……確かにそんな気分が無いと言えば嘘になる。けど、僕はもうお前がどう死のうがそんな事は本当にどうでもいいんだ。そんな事より、今の僕は悠奈にどう謝り、償い、許してもらうか、そっちの方が重要だ」
 勇斗の言葉に、黒翼は一瞬、悔し気な顔をした。だが、それで力を失ったのか……透明感のある表情で「つれないねぇ」と呟いた。
「……ねぇ、黒翼。キミは今までずっと独りだったのかい?」
 最後に璃遠が問い掛ける。天界でも魔界でも居場所を見い出せず、だからこそ、訪れたこの人間界で人の感情に魅了された。それは自分に関心を向けて欲しかった、その裏返しではなかったのか。
「勇斗くんとの出会いはキミにとって本当に神の思し召しだったのかもしれないよ? これからの平和な時代で友人として観察し続ける──そんな諧謔味のある人生だって送れたかもしれないのに」
「……ごめんだね。平時の人間の心なんて未研磨の宝石みたいなもの。人の魂は危機や苦難に磨かれこそ光を放つものなんだから…… 多くは波濤の如く繰り返し訪れる過酷な運命に摩耗し切ってしまうものだけど、その中でまれに確固として輝き続ける精神こそが、美と呼ぶに相応しい……」
 それきり、黒翼が口を開くことはなかった。大勢の人間を不幸に叩き込んだ悪魔・黒翼は、苦痛と安寧の中で特に意味もなくその生涯を終えた。本人を含め、誰一人幸せにする事のなかった人生だった。
「……この三下のことはすぐに忘れて前に進みなさい。貴方の心に己を刻み込もうとした──此奴をさっさと過去に埋もれさせる事が、最大の復讐になるでしょう」
 ふてくされたようにそう告げてくれた雫をジッと見つめる勇斗。ありがとう、と礼を言って、なっ、と赤くなるのを見て、笑みを零す。
「やったよ、勇斗くん! まだ全てが終わったわけじゃないけど、とりあえず黒翼は!」
 仇は死亡。勇斗は無事──とりあえず去った危難に心底安堵の息を吐きつつ、湧き上がってきた歓喜の感情に感極まって勇斗に抱きつこうと陽花は、しかし、横から現れたユウによって先に彼をかっさらわれた。
「勇斗さん、身体に異常はありませんか? 先の暴走時に身体に無理な負担が掛かっていたりは? 回復は十分ですか? 私も後頭部を思いっきり殴ってしまいましたから……」
 勇斗の頭を両手で掴み、心配そうに瞳孔を覗き込むユウ。暫しそうやって問題がなさそうなことを確認してようやくホッと息を吐き、救急箱を手に近づいて来た明斗に任せて、自分は周辺地域の安全確認へと向かう。抱きつくタイミングを逸した陽花は……そのまま行くか戻るか、あうあうと悩み続けている……
「一難去って……今度は榊くんと榊さんで話し合う機会を作らないとね」
「お小言もあるとは思いますが……それは仲間を心配させた罰みたいなものと思って、甘んじて受けてください」
 峰雪の言葉に頷きながら、勇斗の頭に包帯を巻く明斗。治療が終わった後で「健闘を祈る」という風に肩を叩き、彼もまた学園への報告の為にその場を離れていく。
「まあ、何にせよ……今は帰ろう、勇斗君。私たちの帰るべき場所に」
 縁が迎え入れると言ったように、勇斗に手を差し伸べる。その手を取って、勇斗は「はい」と破顔した。
「帰ったらそうね、パーティでもやりましょうか。理由なんて何でもいいわ」
「ドーナツ、ドーナツぅ! もうお腹ぺっこぺこだよぉ!」

 それから2分としない内に、撃退士たちは現実に気付いた。
 ……車両は全て動けなくした。つまり、帰りの足がない。

「勇斗さん。今でも、貴方の両親は貴方のことを責めていますか?」
 道すがら。皆と共に歩いて学園の途につきながら、夕陽を背景に文歌が勇斗にそんなことを訊ねた。
「記憶は嘘を吐きますから…… ご両親の最後の記憶も、自分自身を憎んでいた勇斗さんが作り出したものかもしれません。そんなの、悲し過ぎるから……ご両親はきっと、今の勇斗さんを見て『よくがんばった』って言ってくれるはずだから…… だから、ご両親の本当の表情を、ちゃんと思い出して欲しいです」
 勇斗は答えることができなかった。自分の心に問い掛けるも、やはり答えは見つからない。
「今はまだ分かりません…… でも、悠奈に全部話して、もしも許してもらえたら……その時は、もう一度ちゃんと両親の顔を、楽しかった思い出の中に探してみようと思います」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
戦ぐ風、穿破の旋・
永連 璃遠(ja2142)

卒業 男 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Heavy armored Gunship・
月影 夕姫(jb1569)

卒業 女 ディバインナイト
Green eye's Red dog G・
葛城 縁(jb1826)

卒業 女 インフィルトレイター
迷える青年に導きの手を・
彩咲・陽花(jb1871)

卒業 女 バハムートテイマー
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師