双子悪魔が逃走して──逃走班と追跡班は本当の意味での合流を果たした。
追跡班が確保していた装備が逃走班に手渡され、物資の補給や傷の回復と共に情報の共有が行われる。
「いやー、邪険にしててもやっぱ姉妹やねー! ラーちゃんの愛を感じるわー。お姉ちゃん、感激やでー!」
追いついて来た後輩撃退士の一人から『送り主不詳』の狙撃銃を手渡されたクフィル C ユーティライネン(
jb4962)は、そこに(なんか一方的に嫌われている)妹の意気を感じて嬉し涙と共にぶちゅうと銃に何度もキスをした。
そこに、先行させておいた追跡班の後輩撃退士から連絡が入った。──偵察隊は山の端に到着。墜落地点に大型クラゲの死骸を視認。悪魔と人質の姿は確認できず──
「まだ逃げますか…… 無様、ですわね。足掻くのなら、もっと美しく足掻いてほしいものですが」
クラゲが墜落していった山向こうを(下着姿のまま)なんか格好つけたポーズでキリッと見やる桜井・L・瑞穂(
ja0027)。ハッと気づいて慌てて駆け寄って来た水無瀬 文歌(
jb7507)が「瑞穂さん、瑞穂さん」とヒヒイロカネの入った巾着を手渡す。
更に別働班から悪魔と人質たちの詳細な情報──それを聞いた瞬間、勇斗とアルが居ても立っても居られぬといった風に同時にその場を飛び出した。
「……悠奈っ!」
止める間もあらばこそ。松岡は慌てて狩野 峰雪(
ja0345)を振り返る。
「すみません。2人を頼みます」
「了解したよ。それにしても……」
大人は大変だね── 峰雪がそう言うと、松岡は苦み走った笑みを浮かべた。……本当は誰よりも、自分が教え子を助けに飛び出して行きたいはずなのに。責任ある立場では、ここの生徒たちを放り出していくわけにもいかない。
手早く銃を確認し、素早く2人を追い始める峰雪。最後、勇斗にヒヒイロカネを渡し損ねていた文歌もまた「榊せんぱ〜い!?」と慌ててそれに追随し。彩咲・陽花(
jb1871)は高速で狼竜を召喚して飛び乗ると、先行する勇斗に追いつき、手を伸ばす。
「勇斗くん! 乗って!」
「陽花さん!?」
「私も悠奈ちゃんたちをそのままにはしておけないしね。一緒に追いかけるんだよ!」
勇斗は一瞬、言葉を詰まらせ…… ……すみません! と頭を下げて陽花の手を取った。
その手を引いて狼竜の背の上に勇斗(下着姿)を引き上げる陽花。出遅れた! とばかりに悔しがる馬竜上の麗華に対して、ちょっぴり余裕の笑みを返す。
一方、下着姿の瑞穂は特に恥じ入った様子も見せず、文歌から受け取った巾着を開いて堂々と魔装を纏うと、顔を赤くした後輩撃退士に地図を広げさせ、別働班から得た情報の検討に入った。
手早く地図に赤線を入れ、彼我の位置と別働隊、こちらの後方から迫っているという増援・エピンダルと位置と動線を書き込み、最適な合流地点と時刻を割り出す。
「増援、ね。ふ〜ん……」
エピンダルの存在を知らされて、思案顔をするクフィル。
共に話を聞いたユウ(
jb5639)は、悪魔クファルが『徒歩で』悠奈たちを追っているという、その状況の不自然さに言及した。
「どう考えてもおかしいですよね……」
「絶対に何かを仕込んでいますわね」
悪魔の作為を感じるユウに応じて、瑞穂。そのやり取りにクフィルが「クゥ〜ッ!」と身を捩らせる。
「圧倒的に不利な状況! 逃走手段も潰され、片割れも負傷したのか死んだのか、姿も見えず…… それでもこちらを迎え撃とうとする姿勢は称賛に値するで!」
だからこそ、折り甲斐がある──と、クフィルは人の悪い笑みを浮かべた。だからこそ──そんな悪魔が絶望するとこ、クフィルさんは超見たい♪
作戦を決する。まずは全撃退士でもって悪魔クファル側へと移動。悠奈と青葉を救出しつつ悪魔を討伐。その後、のこのことやって来るエピンダルを各個撃破する──
「クファル撃破前にエピンダルってのが来た場合は? クファルを逃がさないのが最優先でいいの?」
全体方針を頭に入れてそれだけを確認すると、今度は雪室 チルル(
ja0220)が鉄砲玉の様に飛び出していった。──だいじょうぶ、だいじょーぶ! 先回りする別働班と一緒に悪魔を奇襲なり挟撃なりすればいいんでしょ?
「俺たちも行くぞ。今なら榊たちにも追いつける」
生徒たちに告げ、自らも走り出す松岡。ここにも鉄砲玉がいた、と瑞穂とユウは顔を見合わせた。……鉄砲玉というよりは、まるで砲丸みたいな勢いだったが。
その頃、離れた所にいる別働班もまた、合同班より指定された合流予定地点へ向け移動していた。
その道中、葛城 縁(
jb1826)はなんだかとっても怒っていた。移動しながらぷりぷり怒って、エピンダルに対する文句を言い捲っていた。
「……信じられない! 逃げた、逃げたよ、あの悪魔! しつこくこちらを追ってた癖に。あの期に及んで! 流石にアレはないんじゃないかな!?」
「何をそんなに苛ついているの? さっきまでは追われるのが嫌だって言ってたじゃない」
追跡班との連絡を終えた月影 夕姫(
jb1569)が、光信機を仕舞いながら、怒れる友人に苦笑し、訊ねた。
「それはそうだけど…… ほら、『据え膳喰わぬは男の恥』って、お母さんも言ってたし!?」
それ、誤用です、葛城さん── 黙って話を聞いていた永連 璃遠(
ja2142)と黒井 明斗(
jb0525)、男子2人が縁らから顔を逸らす。だが、下手にツッコミを入れて正しい用法を聞かれてしまうのも藪蛇──故に沈黙する2人を見上げて、白野 小梅(
jb4012)が不思議そうに小首を傾げる。
「この娘は…… まあ、いいわ。──なら、別にいいじゃない。今度はこっちが先回りしてやると思えば」
夕姫がさらっと話題を切った。璃遠と明斗はホッと息を吐き、感謝した。
「クファルは私たちの存在を知らないわ。先回りして伏兵、奇襲を仕掛けましょう」
夕姫の言葉に璃遠も同調した。
「自分たちの目的はあくまで人質の救出で、あのエピンダルの撃破ではないしね。……正直、まともにアレの相手をしていたら、また双子に逃げられてしまうよ。いずれ戦いを避けられない運命ならば、後で仕切り直したいってのが本音かな」
「そーだよぉ! もぉーぜーったい、悠奈ちゃんもセンセーも取り戻すんだからぁ! だって、ハロウィン終わっちゃったんだよぉ!? クリスマスにはぁ、ぜーったい、皆でパーティーするんだもん!」
小梅がぷぅーっとその頬を膨らませてぷんすかすると、縁もそっと小梅の頭を撫でつつ、頷いた。
「……そうだね。今は何より全員で揃ってお家に帰らないと…… 行こう、皆! キマジエルさんはそのまま悠奈ちゃんたちの状況を報告し続けて!」
おー! と小梅と一緒になって拳を突き上げる縁。
──絶対、一泡吹かせてみせるんだから! 誓いと共に、先へと進む……
●
勇斗やアルを先頭に駆けてきた合同班が、クラゲの墜落地点に到達した。
チルルが無駄のない動きで大地に片膝をつき、悠奈らや悪魔の足跡を確認して「こっちよ」と再びダッシュする。
「……先程の一件を気にしてるのかい?」
傍らを走りながら、峰雪は先程からずっと無口な勇斗に訊ねた。勇斗は既に下着姿ではなかった。はぁはぁと(ぜいぜい、ではない。アイドルなので!)大きく息を弾ませながら全速力で追いかけて来た文歌からヒヒイロカネを受け取り、完全武装を済ませていた。
「……。事情はどうあれ、僕が仲間に武器を向けたのは事実です。なのに、僕はまた悠奈を助ける為に、こうして臆面もなく皆に縋って……」
肩を落とす勇斗。確かにね、と峰雪は答えた。勇斗の『甘さ』は確かに戦場においては『誰か』の生命の危険に繋がるし、プロの撃退士としては相応しくはない──のかもしれない。
「けど、僕は個人的には『あり』だと思うよ。戦いに慣れ切ってしまった身には、戦う目的を思い出させてくれるというか…… まぁ、仲間はたくさんいるんだから。力を合わせれば問題ないよ」
落ち着いた、柔和な……それでいて、励ますような表情で、峰雪。
そうだよ! と、陽花も狼竜に同乗する勇斗に告げた。
「少なくとも私たちには『借り』なんて思わないでいいよ。前にも言ったよ? 困った時は遠慮なくおねーさんたちを頼れ、って。……今はただ、悠奈ちゃんを助けることだけ考えよう?」
一方、その頃。
山一つ越えて曲線移動を余儀なくされた合同班やエピンダルと違い、ほぼ最短距離を移動することができた別働班は、先に悪魔クファルらの予想進路上へと達していた。
舗装などされていない、山間の底の道── その側方に面する山林の中に、別働班の面々は伏撃の為、身を隠す。
「この辺りが私たちの合流予定地点──別働班が悪魔に追いつく予定の場所よ。彼らがクファルと戦闘に入った時点でこちらも奇襲を仕掛けるわ」
自ら斜面の木陰に膝射姿勢で大型小銃を構えて、夕姫。縁もまたそこから少し離れた場所に身を潜ませ、擬装と匂い消しの為に土を掬って皮膚へと塗り付ける。
(……以前に見たドラマの狙撃兵の様に)
……上手くやれるかな? うぅん、やるしかないよね。親友たちを、後輩たちを、仲間たちを守る為に……
「私たちは幻覚の影響外のはず。合同班が幻覚でクファルを見失うようなら、私たちが無線等で誘導する。同士討ち防止の合図は覚えたわね? 伏撃後は私たちも突入。一気に畳みかけるわよ。……藤堂さんたちは山林に残って相手の視界外から銃撃を。私たちまで幻覚の影響を受けるようなら、その時は申し訳ないですが誘導をお願いします」
流れる様に続ける夕姫に、璃遠が口笛と手信号で人影の接近を告げる。
……撃退士たちは沈黙し、無音でその人影が近づくのを待った。
現れた人影は悠奈と青葉だった。足首を酷く捻ったのだろうか。真紫に足首を腫らした青葉に肩を貸しつつ、呼吸も荒く、汗水垂らして必死に急ぎ、進む悠奈。彼女らを追っているはずの悪魔クファルの姿はどこにも見えない。
(二人だけ……? 悪魔はいないのか……?)
今なら助けられる。だが…… 刀の柄に手を掛け、逡巡する璃遠。明斗もまた、今にも飛び出しそうな傍らの小梅の肩を掴み、少しでも状況を掴もうとする。
焦れる様な遅さで懸命に進む悠奈に、青葉が小声で何事かを呟き。それを聞いた悠奈が盛んに首を横に振る。
あっ! と小さな叫びを上げて。何度も後ろを気にして振り返っていた悠奈が躓き、青葉ごと地面へ倒れ込んだ。
「悠奈ちゃん!?」
瞬間、『光の翼』を展開し、我慢できずに飛び出す小梅。その単独行動を避けるべく、璃遠も刀を手に斜面を駆け下り。回復役たる明斗もまた、無線に小声で「支援を」と告げつつ、槍を手に後続する。
「悠奈ちゃん! 大丈夫? 怪我してない?」
「……小梅ちゃん?」
想像もしていなかった親友の姿に、きょとんとした表情の悠奈。小梅は着地と同時に膝をつくと彼女をギュッと抱きしめて、もう安心だよ、と涙交じりの笑顔を向けた。
そんな感動の再会をする彼女らを守る様に立ち、璃遠が周囲に警戒の視線を振り。同時に明斗が怪我をした様子の青葉の傍らに片膝をつき、紫色に腫れた足首を見て目を見開く。
(重傷だ…… 或いは折れているかも)
即座にヒールではなく『生命の芽』の準備を始める明斗。その肩を璃遠が前を向いたまま叩き、警告する。
振り返る撃退士たち。その視線の先に、道の真ん中を歩み来る悪魔クファルの姿── 撃退士たちの姿を見て、悪魔は足を止め、目を瞠った。
「こんな所に撃退士だって……? 新手? 先回りをされた……?」
言いながら、悪魔は何かを空中に投げる素振りをした。悠奈たちには何も見えなかったが、明斗と小梅の目には、空中に何か刃の様な物が幾つもキラキラと輝くのが見えた。
「……このまま尻尾巻いて逃げるなら、見逃すよぉ……? でないなら……ぶちのめすぞ、クソ悪魔ぁ」
底冷えするような瞳で言いつつ、悠奈たちを庇う様に立ち上がる小梅。悪魔はニヤリと笑みを返しながら『見えざる刃』を前方の撃退士たちへと投擲せんとし…… 直後、ハッとして背後を振り返る。
「クファルはっけ〜ん! このまま逃がす訳にはいかないわ! 全員突撃よ!」
「もはや語る理由も必要もなし……せめて散り際だけは潔くなさい」
煌く氷の大剣を活性化させつつ活き活きとした表情で加速する突撃お嬢、チルルと、その後方、ただ冷めた瞳で悪魔を見据えつつ、スキルを一つ使用しながら後続する瑞穂。
おおっ、と上がる歓声。合流時刻の計算は正しかった。当初の予定とは異なり、奇襲は急襲に変わったけれど。なに、まだ挟撃の態勢は維持できているし、奇襲だってまだやりようはある。
「黒井さん、永連先輩、小梅ちゃん!」
走って距離を詰めながら、文歌が呼びかけ、左手を左耳へと当てた。光信機のレシーバーに触れる様な仕草──事前に決めておいた、敵味方識別の為の合図。応じる3人。つまり、彼らは幻覚ではなく本物で…… 幻覚魔法陣を踏んでいない彼らが見ている悠奈と青葉もまた本物。欠けてる人はいるけれど、それは恐らく伏撃の為。つまり、敵は見たまんま。行く手にポツンと立つクファルのみ──!
「雪室さんっ! そのままやっちゃってくださいっ!」
文歌の報せに応えて弾丸の様に突っ込んでいくチルル。クファルの対応は二分された。『闇の翼』を翻しつつ上空からユウが接近してきたからだ。
ダンッ、ダンッ! と、上空から自動拳銃を撃ち下ろして来る有翼のユウ。悪魔はそちらに位置誤認の幻覚を掛けて照準をずらすと、地上より迫るチルルには実体攻撃で接近を阻もうとした。
クラリと揺れる視界にクッ、と奥歯を噛み締め。口内を噛み切って意識を繋ぎ止めにかかるユウ。一方、地上で放たれる無数の透明刃──それをチルルは顔だけガードをしてやり過ごし。一寸も速度を緩めることなく肉薄して、手にした大剣を身体ごと刺突剣の如く突き入れる。
(感触がない……幻覚!)
攻撃の直前に認識をずらされた。チルルに視界に入り込む、複数のクファルの姿── だが、チルルは口の端に笑みを浮かべると、今度は過たずに得意げな表情の悪魔本体へと切り付けた。
「っ!? バカな、幻覚を見極められたのか!?」
「んーん」
「ではなぜ!?」
「簡単な理屈よ。分かんなかったから、目に入った幻覚3体、全てを切り払ったまで!」
手応えのあった悪魔へぐりんと向き直り、距離を詰めていくチルル。悪魔はクッと呻くと幻覚の種類を変え、悠奈や青葉、別働班らを含めて幻覚を被せてきた。
「これで全部は切り捨てられない!」
「そうね。戦場で過去に見せた手が通用すると思うほど、わたくしも愚かではなくてよ」
呟いたのは、瑞穂。後衛、回復役であるはずの彼女は、しかし、その幻覚たちのど真ん中へと進み出でていた。そして……
「コメット!」
上空に右手を伸ばし。自分を中心として、降りかかる彗星の豪雨を振り落とした。範囲内のあらゆるものへ、彼我の別なく流星雨が降り注ぐ── 自身へも。幻覚たちへも。そして、それを被せられた味方にすらも。
「はあっ!?」
驚愕する悪魔。まさか自分ごと……味方ごと幻覚を薙ぎ払うとは!
「死ななきゃ安いの精神ですわ。それに、『保険』は掛けておりますの」
瑞穂の言葉が終わらぬ前に、周囲に回復の光が満ち満ちる。突撃前に使用していた『トリスアギオン』が、満を持したタイミングで今、発動したのだ。瑞穂の自爆彗星雨ごと、透明刃で受けた傷ごと、皆々のダメージが回復する──敵であるクファルを除いて!
その間に、陽花は狼竜に悪魔と悠奈らの間に割り込ませると、同乗していた勇斗が飛び降りる間、悪魔に薙刀の切っ先を向けてキッと睨みつつ、同時にヒリュウを召喚して上空へと飛翔させた。
「榊くん、妹さんの本人確認を……!」
「お兄ちゃん!? よかった、もう下着姿じゃないんだね……!」
(本物だ……!)
そのやり取りに悠奈本人と確信して、峰雪はホッと息を吐く。
「姿は幻覚で騙せても、絆は幻覚ではつくれないんですっ!」
その光景に感動(何?)して、涙目でうんうんと頷く文歌。
一方、青葉には松岡が──2人は互いに視線を交わし合うと、無言で小さく頷き合った。そして……
「青葉。榊悠奈の拘束を継続しろ」
松岡の言葉に、悠奈を羽交い絞めにする青葉。えぇ!? と驚く文歌の向こうで「よくやった!」と叫ぶ悪魔。明斗は無言で手の平に『生命の芽』を生じさせると、青葉の重傷を回復させた後、そのまま槍を手に悪魔へ向かった。
何も分からぬまま悪魔は高笑いをすると、撃退士たちに向かって叫んだ。
「戦闘を中止しろ! こちらにはまだ人質がいる!」
「チルルさん、璃遠さん。僕を中心に左右について半包囲を」
だが、撃退士たちの攻勢は止まらない。明斗は近場にいる近接攻撃組にそう声を掛けると、山の斜面の反対側へと回り込みつつ悪魔へ槍を繰り出した。その意図を察して続く璃遠。意図を察せぬまま反射的に従い、動くチルル。明斗は上空に上がった小梅とユウにも声を掛け、両翼へと配置する。
「なんだ、何をするつもりだっ!?」
脅迫に屈しない彼らに焦りながら、対応すべく明斗に向き直る悪魔。彼は『幻覚を見ているはずの』青葉に悠奈を傷つけるよう命を発し。だが、動かぬ青葉に目を見開く。
そこで青葉の表情を目にした瞬間、悪魔は全てを理解した。彼女はとっくに幻覚から抜け出ていたのだ。今の今まで掛かったふりをしていたのだ、と。今や彼の身を守る人質は存在しないのだ、と──
「今です!」
「撃てぇ!」
明斗の号令が鳴り響き、山の斜面から剥き出しになった悪魔の背中へ一斉射撃が放たれた。
轟音と共に放たれる夕姫の大型魔導小銃、笹原小隊の面々が放つ新型小銃── 縁は「泥を塗った所がチクチクする! 蟻!? 蟻なの!?」とかモジモジしながら、だが、号令のあった次の瞬間にはスッとその表情を冷徹にまでもっていいき、緑の光の宿った瞳でレティクルに悪魔を照準。引き金を引いて発砲する。
さらにキマジエルが投じた光の槍がまともに悪魔の背を直撃し、悪魔の身体は大きくよろけた。悪態を吐きながら、敵の姿も見えぬまま反撃の刃の雨を山中へと振り落とすクファル。だが、その時には既に射手たちは別の場所へと移動している。
「後輩たちを…… 仲間たちを、守る為……」
新たな射点から再び狙撃銃を発砲する縁と笹原小隊──その間に夕姫とキマジエルは山中から吶喊して戦線投入。上空からはユウが血混じりの唾を吐き捨てながらアウルの拳銃弾を、小梅がこれまでに見たことないような鋭角機動の猫たちを立て続けに撃ち下ろし。魔力障壁で弾丸を受け逸らしにかかる悪魔へ再びチルルが肉薄、斬撃。側面に回り込みつつ明斗が突き出す槍に、璃遠が放つ衝撃波。ここが好機と見たユウは上空で己のリミッターを外すと、降下。己の右手に漆黒に発光する魔力を集中させる。
「悪魔力限定解放、非実体型漆黒剣──リリース(解放)」
瞬間、剣状に伸びた魔力の塊が空間を黒く染め抜いた。常人にはありえぬ速度で振るわれる漆黒剣。舞刀が如きユウの乱舞に追随して彼我の領域をただ黒に染めゆく剣の軌跡──下がり、受けて、また下がる悪魔を追って流れる様に、幻覚、本体の区別なく剣舞に墨を入れていく。
剣と刃の出所が見えない。
闇の刃はなお迫る。下がる自分を追うように視界を黒く染めていく。
「エピンダル!」
悪魔が叫んだ。
「助けてくれ!」
なりふり構わず。
山中、妹にもらった狙撃銃の、照準器越しにその表情を見つめて。クフィルがその笑みを大きく引きつらせる。
「うまいこと挟撃できたんだよ。フェンリル、ヒリュウ、このまま一気にいくよ!」
薙刀を手に狼竜ヒリュウと共に陽花らに続き、洗脳する振りを止め、戦闘に加わるべく前進する青葉と松岡。
勇斗やアルらと共にそれに続こうとする悠奈を止めて、峰雪が姿の見えない双子悪魔の兄、ラフィルの消息を尋ねる。
「それは……」
何かおぞましいものを見た様な、表情で言い淀む悠奈。
「待たせたな」
瞬間、背後で声がした。
「来てくれたか……!」
声の主、エピンダルを見て、悪魔クファルが破顔した。
「Jackpot!」
山林の中で、クフィルが叫んだ。増援があると知った時から──彼女はただひたすらに、この時を待っていた。悪魔が戦いの緊張から解放される瞬間──もっとも油断するこの時を!
叫びつつ、狙撃銃の引き金を引いた。叫びつつだったので、狙いが多少ずれてしまった。だが、最初から頭ではなく面積の広い胴を狙っていたので問題なかった。
アウルの銃弾は、悪魔クファルの腹へと当たった。アウルの銃弾は幻の蛇と化して、横腹を食い破る。
「毒だと!?」
クラリと揺れる頭に闇の刃が掠めていった。悪魔は幻蛇を引き出し、握り潰すと、声にならない叫びを上げた。
「……?」
『ボディペイント』で気配を殺し。クファルらに見つからぬよう『集中力』を使って周囲に伏兵──例えば、姿の見えないラフィルとか──が隠れていないか見ていた文歌が、それに気づいて小首を傾げた。
(こちらの攻勢は疑いようがないけど、まだ倒せないなんて…… もしかして、クファルへの攻撃……前よりあんまり効いてない?)
●
増援来々──!
悪魔エピンダルの登場に警告の声を発した瑞穂へ、全身筋肉を纏った巨体──おまけに魔力で硬化されている──が瞬間移動で肉薄を果たした。
振るわれる左拳。衝撃を逸らすべくどうにか後ろへ跳び退く瑞穂。噂に違わぬ攻撃力に、瑞穂の襟元から胸部にかけての鎧が砕けた。
「まったく、特注の鎧を!」
そのダメージを癒しつつ、そのまま味方の戦線まで下がる瑞穂。エピンダルは雄叫びを上げるとそのままクファル包囲の一翼へと突っ込んでいく。
「来たか……騒々しさでバレバレね」
後方よりほぼ予測通りの時間に登場したエピンダルに苦笑しながら、夕姫が銃口をそちらへと向け直す。
だが、その騒々しさも悪魔の思惑の一つなのだろう。こちらの包囲の一角を突き崩す様に、一直線に突進して来るエピンダル。包囲下にあるクファルの負担を軽減することが目的なのは明白だが、対応しないわけにもいかない。
「時間がなくなってきたね…… 少しでも時間を稼ぎに相対するべきか……?」
「あたいたちが迎撃に出る。そっちはクファルを逃がさないことを最優先に!」
エピンダルの真正面から殴り合いに向かうチルル。璃遠は距離を取りつつ、抜刀でそれを支援に向かう。
「了解! この腐れ縁もここで断ち切る。思うようにはさせないよ!」
陽花はダメージを共有せぬよう狼竜から飛び降りつつ、悪魔両者を連携させぬよう、薙刀で距離を測りつつクファルの包囲を維持し続けた。拳銃を立射姿勢で構え、援護射撃に徹する峰雪。包囲を継続するのは他に青葉と松岡、勇斗たち。回復役は瑞穂と悠奈。笹原小隊の面々とクフィルが山中から長距離射撃を浴びせかけ。先の近接攻撃以降、地上に下りたユウもまた、拳銃を手に近接距離で纏わりつきつつ、踊るようなステップで敵の逃亡を阻止し続けている。
「なんだぁ! 他にも強者がいるんじゃねぇか!」
チルルと真正面から打ち合いながら、エピンダル。そちらへと向き直った小梅が麗華に「少しの間、ボクを守って!」と、珍しく友に危地を頼みにする。
「15秒、稼ぎます。加奈子さんは遠距離から攻撃支援を。沙希さんと麗華さんは小梅さんの前衛を」
もしかしたら小梅の技がキーとなるかもしれない──明斗は即座に対応した。皆に手信号を振る。攻撃は15秒後──
(あの人……じゃない、悪魔(エピンダル)の防御強化もスキルなら、『封印』が通じるかも……!)
文歌も全体の攻撃のタイミングを計りながら、気配を再度消したままそろりと悪魔の背後に回る。
「やっぱり弟分が心配かい?」
戦闘を繰り広げながら、璃遠は口で時間を稼ぎ、悪魔の注意を引くことにした。
「ああ。あいつらは『使える』からな!」
「……『使える』ならそれで良いって感じ?」
「他に何が? 俺たちは悪魔だぜ? 天使だって似た様なもんだろ。お前ら人間がウェット過ぎるんだ!」
「……」
璃遠は沈黙した。ほんの少し、頭にきた。少しは見所がある奴かと思っていたのに。峰雪ではないが、『人間と天魔は価値観が違い過ぎる』のか。
明斗の手信号が3から2をカウントする。集中する小梅の『属性攻撃』──対冥魔属性の力を次の一撃に付与させる。
「いい加減、終わらせましょう」
大型小銃を抱えた夕姫が虚を突いてエピンダルに肉薄。『神輝掌』の光を銃床に纏わせ、殴打。光の力で悪魔のガードを打ち払いつつ接射を敢行するも悪魔はまだ倒れない。
カウント1。集中を継続する小梅。溢れ出す魔力の奔流からポロポロとアウルの猫たちが零れ落ち、小梅の足元で欠伸をしたり伸びをしたりとまったりし始める。
「ここで決着をつけますっ!」
とアウルのスプレー缶を手に背後から飛び込んだ文歌が、『幻夢』を吹き付け、スキルの『封印』を試みる。「ムッ!?」と顔をしかめるエピンダル。背後から不意を打ち、高い魔法命中を誇る文歌が撒き散らしたアウルの霧にさしものエピンダルも抵抗できない。だが、『封印』は、パッシブスキルの効果と既に効果を発揮したアクティブスキルの効果には何ら影響は与えない。
(ダメか──)
反撃の拳を叩き込まれながら、奥歯を噛み締める文歌。ならば、せめて自分に出来る事を──突き出された悪魔の腕へ、文歌が全力でしがみつく。
「……今ですッ!」
文歌の叫びと共にカウントゼロ。明斗が生じせしめた『審判の鎖』を振るって幾重にもエピンダルの身へと巻き付け、縛り。慌てて『跳ぼうと』した悪魔は、しかし、『封印』されていて跳躍できない。
「だりゃあ!」
と大声を上げながら肉薄するチルル。腕で受け止められた大剣が宙を跳び──直後、両手の中に生み出された氷剣が、金属光沢を持つ悪魔の筋肉を容易く貫き、突き抜ける。
「あああああああっ! 必殺! ニャンコ・ザ・スタンピートぉ!」
小梅の叫び。チルルの一撃に驚愕し、気を取られていたエピンダルは、その一撃に備えることができなかった。ギチリ、と鎖と腕に力を籠める明斗と文歌。一切を吹き飛ばす魔法光線が小梅の全身から奔流し、それまでまったりとしていた全ての猫が全力で悪魔へ襲い掛かる──!
閃光が、迸った。
爆発が撃退士たちを吹き飛ばした。
爆煙と砂塵の中に、エピンダルは立っていた。一瞬、気を失っていた彼に、「エピンダル!」と呼びかける声があった。
山中から下りて来た縁が、姿を晒して銃を構えていた。煙の隙間からエピンダルがそちらを見た。
縁が発砲した。銃弾は、エピンダルの左の眼球を直撃した。
鮮血── 悪魔は軽く頭を振ると、『封印』も鎖も引き千切って(回復して)、瞬間移動でクファルの横へと跳んだ。
「……一瞬、意識がトンでいた。悪ぃ。回復を頼まぁ」
クックックッ、と笑うエピンダル。左の視界を潰されているため、そちら側にいるクファルの動きは見えない。
ユウは闇の翼を翻して素早くクファルの後ろに回った。そして、合流を果たした悪魔2人に動じることなく、再び漆黒の剣をその手に生じせしめつつ、一気にその距離を詰めに掛かった。
(エピンダルを回復する際の隙──!)
ユウの必殺を期した突進は、だが、激変する状況にその機会を失った。
「……いや。お陰でわざわざ回復する──防御力を下げる手間が省けた」
クファルの呟き。
「え?」
その異様な光景に縁が目を見開いた。ユウは思わず急停止して状況の再確認を強いられた。
エピンダルの首が飛んでいた。
クファルの手刀の一撃によって。
物言わぬ躯から黒い光が溢れ出し、悪魔クファルに流れていった。
「なるほど。エピンダルの言う事も分かるな。これだけの力があれば、戦いを楽しもうという気にもなる」
先程までとは異なる自信に満ちた声音で、ポツリとクファルが呟いた。
驚愕に言葉をなくす勇斗とアル。ハッと息を吐いたクフィルの表情は影で見えない。
「……そうやって、実の兄の力も吸収したのかい?」
峰雪が訊く。悠奈の表情が歪む。夕姫は驚いた。「……えっ? あいつ、『喰った』の、兄を!?」と。
「力を吸収して独りになってしまったんだね。でも、二人でいた方が、君らは確実に強かったはずだよ」
峰雪の言葉に、ふむ、とクファルは同意した。
「確かに。天魔を直接狩ってエネルギーを得る方法は生じるロスも多くて効率はあまり良くはないな。2人で保持していた方が総エネルギー量的には確かに得だ」
「いや、そういった話じゃなく……」
峰雪は言いつつ、説明を諦めた。そう、価値観が余りに違い過ぎる──
今にして思えば、兄のラフィルは人間臭い性格だったのかもしれない── 璃遠は鳩尾を押さえながらそう呻いた。地下牢で飲んだ缶コーヒー──その味を思い返しながら。
「……君たち双子がそこまでする理由──自分たち兄弟が生きていく為だったというなら、少しは分かる。でも、こんな結末を迎えるなんて…… 同じ双子の兄弟を持つ身としてはちょっと許容できない」
「……え?」
再び縁が呟く。その頬を瑞穂が叩いた。
「予定とは狂うもの。何事にも不測の事態はつきものですわ。……一度、舞台に上がったからには、最後まで演じ切ってごらんなさい」
そんな撃退士たちに興味も見せず、悪魔はぶぅんと腕を振った。
「……このまま逃げるのは取り止めだ。新たな力を試させてもらう」