●時系列:逃走班、ロッジ到着時──
「彼らは何をしてるんだろう……?」
『逃走』を続ける勇斗らを追って。追跡班に先行して尾行を続けて来た狩野 峰雪(
ja0345)は、到着したロッジの目の前で何やらごそごそやり出した逃走班の面々を山頂から見下ろしながら、共に先行して来た傍らの後輩撃退士にそう尋ねた。
「私には…… 彼らが服を脱いでいるように見えます」
「奇遇だね。僕もだ」
そのまま暫し顔を向け合い、沈黙する峰雪と後輩。何を言っているんだろう、と自分たちでも思わなくはないが、実際にその光景がそこにあるのだから仕方がないっちゃあ仕方がない。
「ここからじゃ、まるで状況が分からないな…… ちょっと近くまで行って確認して来るよ。松岡教師たちが来たら、君が状況を伝えて。他の先行追跡班はここで待機。榊君たちが移動したら、僕に構わず追跡を継続すること。いいかい?」
後輩撃退士たちの復唱を確認した後、そろりと斜面を下り行く峰雪。ふと己が立場を傍から客観的に見下ろして…… まるで覗きに行くみたいだねぇ、などと気付いて苦笑してみせながら、やれやれと肩を落としつつ慎重に歩を進める……
その行く手──ロッジの前では、逃走班の撃退士たちがやはり、まごうことなく己の衣服を──正確には防具を──脱ぎ、悪魔の前で屈辱的な姿を晒して…… いた、はず、だった、のだが……
「やん、勇斗くんに下着姿見られるなんて恥ずかしい♪」
するすると肌を滑らせた巫女服を地面に落とし、白いレースの下着姿を晒しながら…… ふと勇斗の視線に気づいたという様に、まいっちんぐなポーズで頬を染める彩咲・陽花(
jb1871)。勇斗に見られて恥ずかしい──その言葉に嘘はない。嘘はない(はず)なのだが…… ぶっちゃけ、肌なんて殆ど隠していないし、むしろモデルのバイトで鍛えた見栄えの良い立ち姿勢を勇斗の眼前でいかんなく発揮してるような気が。と言うか、むしろ上着を脱いだ彼の半裸姿を逆にしっかりガン見していませんか。
「……。なんか、勇斗くんも逞しくなったよねぇ。お姉さん、感慨深いよ(マジマジ)」
「えっと…… むしろ僕の方が恥ずかしいんですが……(顔真っ赤)」
訓練と実践で鍛えられた筋肉を陽花に手の平でぺたぺたと触られ、逆に乙女の様に身を捩る勇斗。男である彼よりむしろ、女たちの方がよっぽど脱ぎっぷりが男らしい。
「ったく、次から次へと面倒くさいわね! これでいい? なら、さっさと行くよ!」
まったく照れることなく制服を捲り上げ、すぱーん! と地面へ脱ぎ捨てる雪室 チルル(
ja0220)。現れたのはほぼ凹凸のない(失礼)シュミーズ姿──しかも、その下着には金属糸が編み込まれており、こんな所にも突撃娘・チルルの実際的な性格が窺え…… あ、いや、やっぱりただ色気がないだけかもしれない(土下座
一方、大人な女(え?)、クフィル C ユーティライネン(
jb4962)の方は、逆に防具の上にフリル付きのエプロンを重ね着したかと思うと…… そのままの状態で袖から腕を抜き、器用に甲冑付きドレスだけを抜き取った。その上、なぜか、焦らすような動きでボーダーインナーのトップのホックを外して抜き取り、勇斗や悪魔に見せつける様に腕を伸ばして地面に落とす。
「は、裸エプロン……だと……!?」
「や。だって、水着とかないですから〜」
しれっとそう宣いながら、ニヤリと笑ったクフィルがボトムにも手を掛ける。そちらは勇斗(と陽花)が慌てて止めに入ってどうにか事なきを得たが…… 面白がってる、絶対に面白がってるよ、この一児の母(=クフィル)! でもごめんなさいリプレイ中ずっと尻丸出しは勘弁してください……!
「う〜ん。もうちょっと恥ずかしがってくれるかと思っていたのになぁ。ほら、そこの『若い子』(←強調)たちみたいに」
当てが外れた、とでも言いたげなに、悪魔ラフィルが中等部の2人──顔を真っ赤にして少しでも両腕で肌を隠そうとしている、下着姿の早河沙希と恩田麗華──に、脂ぎった(その実、これっぽちも熱のない)視線を向ける。
その視線を遮る様に、ユウ(
jb5639)がそっとさりげなく2人を背に庇った。自身も既に下着姿であったが、緊急事態と割り切っているためか、特に気にした様子もない。
「なんだぁ。もう少し照れてくれないと面白くないじゃないか」
「って言われても、私はいつもこの格好だからねぇー。水着──それは女子プロレスラーの体現……! たとえ脱げと言われても、普段からプロレス水着の美少女レスラーに死角はなかった! な〜んて」
からからと明るく笑いながら答えたのは桜庭愛(
jc1977)。既に『虎』になる必要はなくなったので普段の明るい性格に戻っている。胸元に白いラインの入った蒼いチューブトップのハイレグ水着な格好だがそれは別に脱いだわけでなく、ただ単にいつもの服装というだけなので羞恥心とかは特にない。
「私たちにあなたを面白くしなければならない義務なんてありませんから」
冷め切った瞳で淡々と悪魔に向き直り、告げるユウ。愛は「むしろ女の子たちの『冷え』が気になる!」と、未だ不安気な表情を浮かべる中等部の2人にとぉ! と抱きつき、その腕や背中をわしゃわしゃ摩る。
「そんなことより…… 悠奈たちは、ここにいるのか?」
「そのはずさ。……しかし、下着姿で助けに来た兄を見て妹さんは何て思うかねぇ。『悠奈、助けに来たぞ!(←半裸)』とか……ププッ」
噴き出す悪魔を(若干の恥ずかしさと共に)半眼で睨み据え、勇斗が中へ入るよう悪魔に促す。
はいはい、と肩を竦めつつ、にやにや笑いながらロッジの中へと入った悪魔ラフィルは…… だが、ロッジが無人であると悟るにつれ、焦燥を強くした。
「そんなバカな…… そんなバカな! 弟たちは間違いなくここに…… この場所にいたはずだ! おい、何をグズグズしている! お前たちも中を探せ! 僕に対するメッセージが残されているはずだ!」
先程までの余裕など欠片もなくして、慌ててロッジの各部屋を巡り始める悪魔。突然慌てだしたその様子に、陽花は戸惑いを隠せない。
「あらら。何か不測の事態が起こったみたいだね…… んー…… この先、どれくらい日数が掛かるか分からないし、ここに食料があるようならさくっと確保させて貰おうかな?」
「そうね。とりあえず、食事をとりつつ、休憩しながら探索しましょ。流石の私たちでも、食べなきゃガス欠になっちゃうわ」
頷き、特に急いだ様子もなく食堂へと入っていく陽花とチルル。途中、ラフィルばりに慌て捲る勇斗に落ち着くように声を掛け、半ば強引に椅子へと座らせ、無理矢理にでも食事を取らせる。
「緊急事態……緊急事態ねぇー…… ほな、うちは外で見張りとかしとくわー」
悪魔が冷静さを欠いている、と見たクフィルはそう手を振って玄関から外へと出ると、はぁーやれやれ、と首をこきこき鳴らしながら歩いて行って、皆が脱ぎ散らかしていった衣服(魔装である)を集めて纏めてやおら地面に正座すると、まるでおかんの様にそれを畳んで、ロッジにあった衣装ケースに仕舞い始めた。
(あ、あの人はいったい何を……)
気付いたユウが2階の窓からそれを見下ろし、一瞬、階段を上る足を止め……
「どうかしたのか?」
「いえ、別に」
背後から悪魔に掛けられた声に動揺を現すことなく振り返り、己が身体でさりげなくクフィルへと通る視線を塞ぐ。
「弟さん、いませんね」
「……」
「見捨てられたんじゃないですか?」
「ありえない!」
足音高くその場から立ち去る悪魔を見送って…… ユウはホッと息を吐きながら、チラとクフィルに目をやった。『洗濯物を取り込んだ』クフィルは衣装ケースを両手で抱え上げ、玄関脇──扉の陰となる場所に置き、ふぅっ、と額の汗を拭う……
やがて、悪魔ラフィルが弟悪魔クファルが残していった魔法的メッセージを見つけ…… だが、さらにその顔面を蒼白にしながら「移動だ。急げ!」と階段を駆け下りて来た。
「弟たちは既に別の合流地点へ移動した。自分たちもこれからそこへ向かう」
「……ねぇ。食べ物を見つけたんだけど、これ、持って行ってもいい? あんたたちと違って私たち、食べなきゃ動けなくなるんだけど」
「必要ない。さっき食べてたろ? 新たな合流予定地点はそこまで遠い場所じゃない」
「……チィッ」
しょんぼりする陽花。チルルは舌を打つ(擬音を口にする)と、食べ物を詰めた袋をテーブルの上に置き…… 食べ掛けのポテチ(パーティー用)だけを抜き取った。づかづかと歩いて来た悪魔がガサガサとその中身を弄り、ヒヒイロカネが入っていないのを確認した後、ようやくその所持を認める。
(ラフィルのあの慌て様…… あれが演技でないとすると、本当に不測の事態が起こっているようですね)
ユウは内心で確信した。余程の事態──急いでこの場を離れなければならないというのも本当だろう。だが、悪魔が動揺しているこの瞬間はまごうことなくチャンスであろう。いや、是が非でもチャンスに変えなければならない……!
「なぁ? そんなに急ぐんやったら靴くらいは履いてもええやろ? うちら、悪魔と違ぅて透過もでけんし、そうすると靴とかないと速く走れんし…… 丸腰の撃退士が雁首揃えとっても何の役にも立たんやろしなー。そうなると、ちょっと困ったことにならんかと、うち、心配やわ〜」
焦る悪魔とは対照的に(おそらくは意図して)のんびりとした口調で、クフィルがすかさず口を挟む。
「っ! 当たり前だろう! 靴くらいは履け!」
案の定、カッとしてそう適当こく悪魔ラフィル。さっきまでと言ってることが違う、などとツッコむ野暮は撃退士たちにはいない。
言質は得た。撃退士たちは顔を見合わせると、それぞれ下着姿に靴を履いた。
ロッジを出て、悪魔が指示した方向へと移動を開始する。
「防具とかないと、みんな、心もとないよね♪ 警護は私にまかせて♪」
ほい、と闘気を解放しつつ、プロレス水着魔装姿の愛が軽やかな足取りで意気揚々と先頭に立つ。事態はよく分かっていない。分かっていないが…… 追われているよりはいっそ襲撃された方がいいなぁ、などと、内心、不謹慎ながらもわくわくしている。
「周囲に誰か居ないかの確認はした方がいいよね。ヒリュウ、(色々と)頼むんだよ」
周辺警戒の為との名目で陽花と(半眼でポテトチップスを食べながら)チルルがヒリュウを召喚し、隊列の左右へ索敵に飛ばし…… 頃合いを見てその進路を後方へと変更する。
後から追って来る先行追跡班(山頂の後輩が松岡に言った『追跡を継続している先輩たち』)を見つけたのは陽花のヒリュウだった。視覚共有でそれを確認した陽花はヒリュウを彼らの眼前へと降下、接触させ、咥えさせておいたメモ──クフィルが片付けておいた自分たちの魔装の位置や、新しい合流予定地点は『食事がいらない距離』である等の情報が書かれている──を渡すと、そのまま地面をターッと駆けさせ、地面に落ちた『何か』の存在を彼らに報せる。
それは草の上に落ちた1枚のポテトチップスだった。急ぎ合流地点へと向かう道すがら、チルルが食べるふりをしながら何ぽ歩かごとに落としていった道標だ。
先行追跡班の後輩撃退士たちは頷き合うと、了解したという風にヒリュウの頭を撫で、追跡を続行する。
それを確認した陽花は、視線に意を込め、無言でチルルに頷いて見せた。その意を了解し、頷きを返しながら、チルルは指についた粉を舐めた。用の済んだヒリュウを引っ込めてスレイプニルを召喚し、その背に飛び跨ると拍車をかけ、先頭を行く悪魔の所まで加速する。
「少し速度を落としてください。たとえ撃退士であったとしても、物質透過できない人にとっては険しい山登りや山林を抜けることは容易ではありません」
自身は物質透過を使ってラフィルの背後にピタリと追随しながら…… チルルから無言の報せを受け取ったユウが悪魔に走る速度を緩めるよう促した。
「急げよ! ぐずぐずしている暇はないんだ……!」
「……私たちにも通り易い進行速度やルートをちゃんと考えてください。でないと、隊が分散する恐れがあります」
ユウの直言に、悪魔はピタリと足を止め、後続が追いつくのを待つことにしたようだった。このまま逃げ出したり──孤立したりする気はないらしい。馬竜の足を緩めたチルルがその傍らへと進み出て、親指をシュピッ! と立てつつ「乗ってくかい?」と悪魔に声を掛ける。
「なぜそんなに急いでいるんだ?」
「と言うか、いったい何処に向かっているの? 流石にこの格好で長時間は色んな意味で辛いんだけど(汗」
チルルの誘いを断り、苛立たし気にその場を回り続ける悪魔に向かって、勇斗と陽花が声を掛けた。
悪魔はピタリと足を止め、彼らに向かってこう言った。
「あいつに感づかれていた……! 急げ、人間。一刻も早く合流地点に向かい、取引を終えるんだ。あんな奴に乱入でもされたら、交渉なんてぶち壊しにされてしまうぞ……!」
●時系列:その前後。鳥海山北方、別働班──
天使に追いつかれ、話をつけたと思ったら、今度は悪魔に出くわした。
敵対勢力の登場に、緊張に身を固くする天使キマジエル。一方、筋肉ダルマな悪魔の方は…… 特に緊張した様子もなく、小指で耳を穿っていたりする。
「まったく、次から次へと…… どうしてこうめっちゃやたらと面倒事が増えるのかしら」
「あー、もーわけわかんなーい!」
半ば呆れたように眉間を抑える月影 夕姫(
jb1569)の傍らで、軽くパニックになって叫ぶ白野 小梅(
jb4012)。
なんだって私たちだけこんな目に── 見上げた曇天に親友の顔を(きら〜ん☆彡と)思い浮かべながら、葛城 縁(
jb1826)は遠い目をしてちょっと現実逃避をした。……まいったなぁ。いくらグラビアで大人気だからって。そんなにサインは書けないよ(ぇ
「ま、何だか良く分からんが…… とりあえず、天使は死んどけ」
まったく弛緩したまま呟き…… 次の瞬間、凄惨な笑みを浮かべながら天使へ向かって殴り掛かりに行く悪魔。両脇にいる夕姫と縁には見向きもしない。悪魔は最初から天使しか──キマジエルと小梅にしか眼中にない。
初撃を向けられるキマジエル。危ない、と叫んだ小梅が咄嗟に『乾坤網』を天使へ投げかけ── 悪魔の一撃が天使に達する直前、立て続けに砲声が鳴り響き。側面からその眼前へアウルの銃弾が放たれた。巨体に似合わぬ俊敏な急停止からスウェイでその銃撃を躱し。前進を止めた筋肉ダルマが、その射手──夕姫に横目を向ける。
「人間…… 何のつもりだ? 悪魔と天使の戦いにしゃしゃりでるつもりか?」
「そうよ。こっちを無視して勝手におっ始めないでくれる?」
銃口をピタリと悪魔に据えたまま、夕姫。縁がハッと気が付き、頭をぶんぶん左右に振った。いけない、この人たちはファンじゃない。現実逃避している場合じゃないよ!
「タ、ターイム! ちょっと待って! ちょっとだけで良いから話をさせてくれないかなぁー!?」
悪魔が放つオーラが陽炎の如くユラリと揺れて…… その殺気が全力で夕姫に襲い掛かろうとした瞬間。夕姫の銃口の前に飛び出し、両手を広げて両者の間に割って入った縁が悪魔に対して呼びかけた。引き金を引きかけていた銃口を慌てて上へと上げる夕姫。悪魔もまたその無茶に一旦、攻撃を中断する。
「話、だとぉ?」
「そう、お話! そっちが最初に言った言葉に気になることがあったんで……」
ぶわっと汗を噴き出しつつ、縁。噴き出しているのは友達汁だが、実際、内心では負けないくらい緊張の汗が噴き出している。
「お話しねぇ…… 口より身体で語る方が得意だがなぁ、俺は」
そう言ってグッとぶっとい拳を突き出し、握りしめつつ。脂ぎった視線で縁の全身を舐め回す悪魔。感じたことのない不快さにブワッと肌を粟立たせ、縁の浮かべた苦笑がひきつる。
「あのぉー…… おじさんはぁ誰でぇ、どうしてここにいるのぉ……? ボクたちはぁ、んとねぇ、双子の悪魔を探してるの」
「……何?」
話が進まないと思ったのか、小梅がとてとてと縁の傍らまで進み出てそう尋ねた。既に話し合いの為、『か弱い子供の天使』という立場のマインドセットを済ませている。
「そうね、私もそれが聞きたかった。……この辺りにいる『あいつら』って、あの双子の悪魔のこと?」
夕姫もまた問いを続けた。双子の関係者であるのなら、今は少しでも情報を得ておきたい。
「なんだぁ? お前ら、あいつらを知ってんのか?」
悪魔はエピンダルと名乗った。双子は自分の『舎弟』である──そう自称した。連中が自分に内緒で何かを企んでいる事を知り、一枚噛むべく追いかけて来たのだという。
「うん。格下の私たちあいてに小狡い手ばかり使った挙句、絶賛敗走中のラフィルとクファルのことだよね?」
縁に事情を聞かされた悪魔は、驚きに目を丸くした。どうやらこの世界に来てまだ日は浅いらしい。
「あいつらが? 人間風情に? 敗走? 冗談だろ」
「本当よ。……しかし、舎弟、ねぇ…… なら、あいつらが今どこで何をしていて、何を計画しているのか、教えてほしいものだけど。特にクファルの方」
「知らん!」
「知らん、て…… 兄貴分なのに舎弟の居場所や目的も知らないの? ……そう言えば、ここに来たのも『天使が騒いでいるから』って言ってたっけ。……舎弟の管理もできないなんて、見た目通りの脳筋なのね」
「だよねぇ。舎弟だの兄貴分だの言うなら、ケジメって大事だよね。舎弟の不始末は兄貴分の不始末だって、お母さんが言ってたよ」
……夕姫と縁の分かり易い挑発。相手を苛立たせて口の滑りを良くする初歩の交渉術の一環だ。
ただ、誤算だったのは…… そのジャブ程度の挑発で、悪魔が本気で怒り狂ってしまったこと──
「あんだと、てめぇ!」
口と同時に手が出て来た。慌てて頭を押さえてしゃがみ込む縁。振るわれた丸太の如き拳は夕姫が『防壁陣』でどうにか受け止めた……と思った次の瞬間、背後の木にまで吹き飛ばされた。
(レート差が……重い!)
「でかい図体の割に動きが速い……! あの一撃をもらったら、私なんか軽く死ねる……!」
散弾銃を活性化しながら、慌てて悪魔から距離を取る縁。夕姫が体勢を立て直す前に、重い蹴りが追撃に来た。バキリと音を立てて圧し折れる夕姫背後の木── 靴底を盾で受け止めながら、夕姫は戦慄した。──これって、単純な戦闘能力ならファサエルをも凌ぐんじゃ……? このまま『防壁陣』が切れてしまったら、とてもじゃないが凌ぎきれない……!
「おじさん……っ!?」
夕姫を攻める悪魔の背後から光の槍を手にしたキマジエルが突っ込んだ。レート差を考慮した不意打ちの一撃── ドンピシャなタイミングで放たれたその攻撃を喰らう寸前、だが、悪魔の姿が掻き消える。
次に悪魔が姿を現した時、それは天使の背後にいた。それは動きが速いなどというレベルではなかった。言うなれば、それはまるで小梅も使う──
「『瞬間移動』!」
それをより戦闘向けにした何か。背骨を蹴られて吹っ飛ぶ中年天使にすかさず小梅が介入し。宙空より呼び出した無数の腕にて悪魔を『拘束』。天使に対するとどめの追撃を咄嗟の所で食い止める。
「この程度……!」
5秒と拘束できずに筋肉に引き千切られる異界の腕。瞬間、戦場外から放たれた銃弾が立て続けに悪魔に浴びせられた。戦闘の気配に駆けつけて来た、人類側の援軍だった。
「加勢するぞ、学生たち!」
「誰だか知らないけど、交戦ダメ!」
「へ?」
「逃げて!」
悪魔の注意が逸れた瞬間、夕姫を肩に担いで逃げ出す縁。「おじさんっ!」と小梅が差し出した手を、キマジエルは握り返した。
撤退する学生たちを援護しつつ、自分たちも撤収していく謎の人たち。
悪魔エピンダルはそれを追撃しなかった。
彼の眼には、人間たちなどより美味しい獲物の姿が── 鳥海山方面から飛来して来る、天使の大群の姿が映っていた。
「で、いったいここで何が起こっているの?」
「私たちにも、何がなんだか……」
逃げ延びた先で小休止を取りながら。縁は顔見知りの『謎の援軍』にそう答えた。
援軍は民間撃退士会社『笹原小隊』の面々だった。それも分隊長格の4人── 藤堂、杉下、槙野、小林といったありえない構成だ。
なぜここに、という問いに、そっぽを向く藤堂。杉下と小林が生暖かくにやにや笑う。
「引率しているのは松岡でしょ? とにかく連中と合流すれば良いのよね?」
光信ではなく携帯で電話を掛けて…… 幾らか言葉を傾げて、小首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか…… 天使の大群がどうのこうの言ってんだけど。松岡たちがいるのって、ここよりずっと北のはずよね?」
●時系列:同刻。追跡班・松岡ら、ロッジ探索後──
「全員、小屋の中に入れ!」
天を埋め尽くさんばかりの勢いで現れた大多数の天使を見上げて── 驚愕に目を見開きながら、松岡は学生たちに指示を出した。
「そんな……! あれだけ多くの天使さんたちが、なぜこんな所へ……?」
「僕ら程度の部隊にこれほどの戦力を向けるなんて…… いや、それとも、双子たちの存在が天使たちに知れた、のか?」
慌ててロッジに飛び込む川澄文歌(
jb7507)。窓枠に張り付き、窓から空を覗き見上げて、黒井 明斗(
jb0525)。山頂を呼び出す永連 璃遠(
ja2142)の通信機に返事はない。まさか、既に排除されてしまったか──?
曇天を舞う天使たちは、上空からロッジを完全に包囲していた。そのそれぞれが両腕をこちらへ突き出し、その手の中に光が生まれ…… 璃遠は窓辺から離れ、近くにあったソファの陰に飛び込んだ。瞬間、一斉に光弾の雨が文字通り豪雨となって撃ち下ろされ、建物を乱打。窓から飛び込んできた光弾が床を砕いて木片を飛び散らせ、砕けた窓ガラスが凶器と化してソファや壁を切り裂いていく……
「応戦! 対空弾幕を張るんだ。好き勝手にやらせるな……!」
明斗は激戦を予想して遅発回復スキルを掛けると、飛び交う光弾と破片の中を窓辺まで這い進み、外の様子を確認しながらタイミングを計り、降下して来る天使に向けて雷のルーンを投擲した。その戦果を確認することなく──即座に激しい光弾の応射があったからだ──窓枠の陰へと隠れる明斗。荒く早い呼吸を繰り返しつつ唾を飲み込み…… 敵の攻撃が止まるタイミングを計って身を起こし。窓から飛び込まんと近づいて来た天使たちを、大地より跳ね伸ばした『星の鎖』でもって立て続けに地に落とす……
「第一波、撃退…… だが、すぐ次が来るぞ。応戦しろ!」
味方に反撃を促す明斗。たとえどんなにか細くとも反撃があれば、敵はおいそれとは近づけない。
だが、文歌はソファの陰で蹲ったまま、動くことができなかった。……無理もなかった。彼我の戦力差は天地──ありえない程の数の天使がこの地に集まっていた。その全てが自分たちを殺しに来るべく、ロッジを包囲、攻撃している。恐怖に身が竦んでしまったとしても、それを責めることなど誰にも出来ない。
「ひとまず様子を見て、引き続き攻撃して来るなら、撤退する為に応戦……かな? とは言え、速やかに脱出するって言っても、この数が相手では……」
顔面から汗を噴き出しながら、それでも表情だけは不敵に、璃遠。直後、明斗や松岡が守る方面とは反対側の窓ガラスが破れ、天使が室内へと飛び込んでくる。璃遠は咄嗟に閃破を抜刀、衝撃波で切り付けると、そのまま直刀を抜き放って、その切っ先を身体ごと敵へと突き入れた。互いに床面を転がりながら、マウントを取り、何度も何度も璃遠が刃を振り下ろし…… その背後に立った別の天使を、だが、横殴りの衝撃波が壁際まで吹っ飛ばす。勇気を振り絞って立ち上がった文歌が、音響兵器で声を叩きつけたのだ。
曰く──
「アイドルは…… 諦めないんだからぁ……っ!」
一方、外で待機していた峰雪──
突然、大声を上げて空へと銃撃を開始した松岡たちを、峰雪は呆然と眺めていた。
「何をして…… いるのかな、彼らは?」
光信機からは、外の味方へ呼びかける切羽詰まった松岡たちの声。いったい何が起こっているんだと問い掛けても、こちらの声はまるで聞こえていないようだ。
「山頂。こちら、狩野だ。そちらの光信は通じるか?」
返事は否。その時までに、峰雪は悪魔クファルが幻覚使いであることを思い出していた。
(だけど、同じく山小屋に入ったはずのラフィルや榊くんたちは普通に出ていった…… ラフィルが出がけに罠を起動させたのか? それとも、ラフィルが出て行って初めて起動するタイプの罠……?)
報告書の内容を思い出す。クファルには範囲・設置型の能力があることが判明している。幻覚を解くには、本人たちが違和感を覚えるか、罠事態を破壊するか……?
「……ひとまず、罠の発見・破壊を目標に動こう」
峰雪はそう呟くと、深く、大きく溜息を吐いた。
罠を発見する、か…… その為にはロッジに入らなければならないし。幻覚に掛かった皆から敵と認識されて攻撃なんかされなきゃいいなぁ……
室内にこそ突入を許したものの、敵の第二波も退けた。
遅発回復の時間を受けて、明斗が部屋の中央に戻り、皆に集まるよう指示を出す。
回復の光── 立て続けの第三波── 激戦の最中、松岡の携帯が鳴る。藤堂という名を見た松岡が微苦笑を浮かべてそれに出て、状況を説明し、援軍を乞う。
「……は?」
驚くほど醒めた一言が、受話器の向こうから返って来た。
「や。そんな所に天使の大群がいるわけないでしょ。なにとち狂ってんのよ? 正気に返りなさい!」
その言葉が聞こえたわけではないが…… 松岡以外の生徒たちもまた、この状況の違和感を感じ始めていた。明斗が掛けた『トリスアギオン』には、状態異常を回復する──クファルの幻覚症状を軽度化する機能も含まれていた。
「あの…… ロッジって、こんなに頑丈でしたっけ? あれだけの数の天使さんたちに光弾を撃ち下ろされてまだ無事とか…… って言うか、窓ガラス何回割れました?」
「天使たちの動きや姿形がおかしい…… 何もかも画一的すぎる気がする」
疑問を口にする文歌の横で、明斗は空の天使たちに『生命探知』を掛けてみた。その全てに反応あり、と明斗の知覚は認識した。『生命探知』はヴァニタスやサーバントには反応しない。あれが全て天使など…… その事実がまず、おかしい。
瞬間、バリーン! とこの日何度目かの(その実、最初の)窓ガラスが割れる音が響き、その飛び込んできた何か──峰雪が慌てて味方だと突き出した両手を振った。
「文歌ちゃん、玄関先を……」
「はい、分かってます!」
文歌は両手に生み出したアウルのスプレー缶をシャカシャカ振りながら、ロッジの玄関辺りに向けてそいつを噴射した。
「たしか、クファルさんの能力は設置型の能力は効果範囲は決して広くないって予測されてましたね…… 多人数に掛ける場合は狭い場所を利用する。例えばゲートの入り口とか…… 例えば、ロッジの玄関とか」
持ち前の『集中力』で感覚を研ぎ澄まし…… その存在を見つけ出す。文歌の幻夢は既に発動した幻覚の効果を『封印』することはできなかったが、魔法的干渉により悪魔クファルの幻覚魔法陣の姿を浮かび上がらせることに成功した。
「決まりだ。こいつは幻覚だ」
皆がそう認識した瞬間、天使たちの幻覚は撃退士たちの認識野から消え失せた。
「人間でも悪魔でも化け物でもなくて、天使の幻影だったのは…… あの幻影が悪魔向けの罠だったからだろうか……?」
山頂の後輩たちと合流すべくロッジの外で待機しながら…… 峰雪はそう己の推測を口にした。
悪魔向け。ラフィルが目標ではあるまい。実際、彼には発動しなかった。となると、彼らとはまた別の悪魔が存在していることになるが……
「何か予想外の出来事が起こっている可能性があります。すぐに勇斗たちを追跡すべきです」
幾らか時間を稼がれた──その思いが明斗にはある。幸い、先行する別働隊が(逃亡班自身の協力もあり)彼らとの接触を継続している。急いで追いかければ随分と距離は縮まるはずだ。
「しかし、予想外のことばかりが重なるよね…… ファサエルとの決戦もそうだったし。僕たち、こういう星の下なのかと思ってしまうよね」
璃遠の言葉に、苦笑して顔を見合わせる明斗と松岡。ロッジの捜索をしていた文歌が玄関脇に置かれた衣装ケースに気づき、中に入っていた魔装の山に大慌てで皆を呼ぶ……
同刻。松岡たちに知らされた『逃走班の新たな移動方向』に向かい北上しながら、夕姫がポツリと呟いた。
「……もうこれ以上、変なの出てこないわよね?」