第四分隊から連絡が入ったのは山林が夕闇に染まる頃── そろそろその日の捜索を終えようとしていた時だった。
「戦闘、ですか? こんな鳥海山に近い領域で……?」
夕陽の沈み行く稜線を見やりつつ、黒井 明斗(
jb0525)が怪訝に呟く。
「天使の警戒網に引っ掛かった間抜けな存在か……さて、いったい誰だろうな」
火を点けかけていた煙草を箱へと戻して、嘆息と共に、ファーフナー(
jb7826)。葛城 縁(
jb1826)がアウルの犬耳尻尾をぴょこりと立てて言う。
「私たちの他に誰かが戦っている……ということは、可能性は絞られるよね!」
「なるほど! 悪魔か、そうでないなら『騒ぎのある所に撃退士あり』っちゅう訳ヤンな!」
関西弁なお姉さん、クフィル C ユーティライネン(
jb4962)が、ピンと人差し指を立てた。
妹に呼ばれて学園まで『上京』して来たのに、未だに会えずじまい──この期に及んでも『避けられている』などとは露にも思わず「さては久しぶりなんで恥ずかしがってんやな!」と恐ろしいまでのポジティブ思考で、「姉らしい活躍をすればそのうち機嫌を直してくれるだろう」と現役復帰。久方ぶりの現場ではあるが、そこは自称『女子大生冒険家』。山林というフィールドは得意分野と自負するところだ。
「何にせよ、今はどんな些細な手がかりも見逃せないわ。……縁!」
月影 夕姫(
jb1569)は木に背を預けて両手を組むと、その手に足を掛けた縁を木の上へと放り上げた。
両手で枝を引っ掴み、クルリと枝上に立つ縁。『テレスコープアイ』で視力を上げ、連絡のあった方へと焦点する。
……遠くの空に、宙に浮かぶ人影が見えた。その周囲をひゅんひゅん飛び回る、頭部のない猛禽たちと…… 人影の背に生えた、光り輝く対の翼──!
「あれは…… 天使!?」
「落ち着いてください。恐らくは下級天使です。大局的に見て、こんな所にまでトビトの主力は出てきません。それより、その天使が戦っている相手は見えますか?」
冷静な明斗の言葉に従い、そのまま視界をパンする縁。
……見えた。首の無い猛禽たちが空から襲い掛かる先── 木々と枝葉の間をちらほら見え隠れする、『見知った』女生徒の姿──!!
「沙希ちゃん!?」
縁の報告に驚く夕姫と彩咲・陽花(
jb1871)。対照的にファーフナーが淡々と「悪魔でないのなら急いだ方がいい」と皆に告げる。
「そうだね。とにかくまずは沙希ちゃんとの合流を最優先!」
「救出目標へ全速。フェンリル、お願いだよ!」
竜殺しの岩塊剣を活性化させつつ、走り出す永連 紫遠(
ja2143)。陽花も召喚した狼竜の背に跳び跨るとその横腹に拍車を掛ける。
一目散に現場へ向かう撃退士たち── やがて、大砲の如き天使の光槍と猛禽が飛び交う戦場の端へと至る。
ファーフナーは足を止めるとまず、懐から取り出した阻霊符を傍らの木に貼り付けた。瞬間、それまで木々を透過して飛んでいた猛禽たちがどかばきと激突し、這う這うの体で空へと離脱する。
更に、木々の間を浮遊する複数の『翼の生えた目玉』に気づいたクフィルが、鉄鎖をぶぅんと振り撓らせてパキャッ! と地面に打ち潰す。
「っ! 新手っ!?」
噴き出す汗を迸らせつつそちらを振り見た沙希の視界に、光の翼を背に降下して来た白野 小梅(
jb4012)の姿が映った。
「やっほー、沙希ちゃん。お久なのぉ」
ひらひらと手を振りながら、よっ、と箒から下りる小梅。想像だにしていなかった味方の来援に、沙希が張り詰めていた気をくしゃりと潰す。
「増援? 本隊か?」
撃退士たちの合流を確認した天使が、その戦力と状況を見極める為に追撃を一旦、中断する。
その間に撃退士たちは(主に沙希の)態勢を整えに掛かった。ぜーぜーと呼吸の荒い沙希を木々の陰へと引き込み、僅かでも休ませる。
「まさか沙希ちゃんだったとはね。驚いたけど無事でよかったんだよ」
陽花が沙希をギュッと抱き締め、ポンポンと背を叩く。
紫煙も、正直な所、ホッとした。勇斗や松岡たちの手前、顔には出さない様にはしてたけど…… 本当にあの悪魔が拉致した生徒たちを返すのか、とにかく不安だったのだ。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫? とりあえず、これ飲んで落ち着いて……」
沙希の元へと駆け寄り、手早く怪我がないかを確認する明斗。夕姫もまた同様に傍らに膝をつくと、水とゼリー飲料を少しずつ、ゆっくりと沙希に飲ませる。
「ここまで一人で逃げて来たんだね…… 大丈夫? 疲れてるならフェンリルに運んで貰う? パクッと襟を咥えて貰って……猫みたいに」
陽花の提案を、沙希は笑って謝絶した。確かに心臓バクバクで肺と気管は痛い程だが、狼竜に咥えられて棚引く自分の姿は、多分、一生ネタにされる。
「ねー、悠奈ちゃんたちはぁ?」
小梅の問いに、沙希が表情を固まらせた。
小梅は察した。……そっか。皆で逃げて来られたわけじゃないんだ……
「ふ〜ん…… でも、沙希ちゃんが助かってよかった」
そう言ってにぱっと笑う小梅。『助ける』じゃなく『助かって』──その結末は既に彼女の中で確定していた。あのファサエルを退けた仲間たちが、下級天使などに負けるはずがないのだ。かつては畏怖と恐怖の対象であった大人の天使に対しても、小梅はもう以前ほどに恐れたりは…… ビビッたりなんかはしない。
「……詳しい事情を聞くのは後だ」
木の幹を背に周囲を警戒していたファーフナーが、親指で背後を指差し、天使の接近を警告する。
そうだね、と陽花は頷いた。聞きたい事はたくさんあるけど、まずはここを離脱しないと。
「問題ない? 自分の足で歩けるかな?」
魔女の箒をふるふる振るってアウルの猫たちを整列させる小梅の横で、紫遠が心配そうに沙希に訊く。
回復の光をかざしてくれた明斗に礼を言い、沙希がその場に立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねて見せる。
「……うん。大丈夫。行けるよ!」
そう強がってみせる沙希に、紫遠と明斗は顔を見合わせた。……カラ元気も元気ではある。ならば、それに応えないと。
「よし。それじゃあ、沙希ちゃん。もうちょっとだけ頑張ろうか!」
「退路が開いたら、振り返らずに行ってください。背後は僕が守ります」
退路を開拓するに当たって── まず、先導役の縁が隊列の先頭へと位置を取った。
(思えばこうして全力で隠密行動をするのも久しぶりだなぁ…… 何だか懐かしい感じがするよ)
そう微笑を浮かべた後。音もなくペチンと頬を叩いて気合を入れると、そのままスッと表情を消して、頬に泥で線を引く。
「……行くよ、みんな。まずは『目玉』4体、10時、11時、1時、2時方向──」
前方、退路の山林を『索敵』し、敵位置を味方に伝える縁。夕姫は「了解」と短く返事をすると、大型小銃の銃口を素早くそちらへ振り向けた。三角帽子に片目を隠して、手早く照準に捉えて発砲──ボチュッ! という音と共に、目玉が破裂し、散り落ちる。
ファーフナーは己の内より染み出るアウルの影を無数の刃に精製し、前方へと投射した。ザァッ、という音と共に走った影の刃が周囲の枝葉ごと目玉を微塵に切り裂き…… 一斉に退き出す目玉を追って、夕姫とファーフナーがそれぞれ得物を手に、撤収の先駆けとして前進を始める。
「私たちも行くよ!」
「早く帰ってお風呂にしよぉね」
その後を、薙刀を手に狼竜に跨った陽花が進み。そのすぐ後ろを小梅と紫遠が沙希の左右をがっちり固めて続く。
明斗とクフィルの2人は隊列の最後尾をじりじり退きながら……殿軍として、空飛ぶ天使に正対した。
「離脱する味方の支援がお仕事なんやねー」
「ちょ、クフィルさん、実戦、久しぶりなんですよね? くれぐれも無茶は……っ!?」
ボッ! と周囲が明るくなって。まるで隕石の如く宵闇の山林を照らしながら降り来た光の槍を、「この姉妹はー!」とか叫んだ明斗が、咄嗟に編んだ『光の鎧』で受け散らす。その光景にヒュウ! と口笛を吹いたクフィルが忍術書を取り出し印を結び、舞い散る花びらの弾丸の中にアウルの『鎌鼬』を交ぜ放つ。それを天使が光の槍で脇へと弾き逸らす間に、明斗は小さな宝石の欠片を指間に挟み、アウルを込めて上空へと投擲した。一際強く光り輝き、雷の槍と化して弾けるルーン。その間、明斗は息吐く間もなく『星の鎖』を地面に走らせ、敵の真下で跳ね上げる。
その鎖に足首を巻き取られ、地面へ引きずり落とされる天使を背景に、一気に距離を稼ぎにかかる撃退士たち。それを見た首なしの猛禽たちが次々と上空から森の中へと突入した。それはまるで水面下の魚を狙う水鳥の如く── 阻霊符の森の中、障害物などないかの様に、物凄い高速で木々の間を飛び迫る。
「ハッ!?」
左方より迫る猛禽に気づいた沙希の、その瞳を撃ち抜く様に高速で飛び来たそれは。だが、直撃する寸前、小梅が縦一文字に振り下ろした魔女の箒にべちんっ! と叩き落された。
反対側、右方より迫るもう1体を、その『弾道』上に身を割り込ませた紫遠が大剣を盾に受け逸らし。瞬間、手中に活性化させたリボルバーを腕ごと振り向け、一撃離脱で飛び抜けていく猛禽の背に送り狼の銃弾を立て続けに発砲する。
「足は止めないで! 前へ!」
異口同音に紫遠と陽花。沙希の真横で『移動砲台』と化した小梅が「小梅ホームラン!」と叫びながら魔女の箒を真横に振り抜き。かき〜ん! と放たれた猫型アウルが飛び来る猛禽を直撃。引っ掻き、空へと追い返す。
陽花は逆に前に出た。鋭角的な針路変更を織り交ぜつつ前方より迫り来る猛禽の、その進路を読んで狼竜をサイドステップ。その動きに不意を打たれた猛禽は回避する間もなく、すれ違い様に振り抜かれた薙刀の一閃に翼を裂かれ、錐揉み状態で高速落下する。
「フェンリル!」
落とした獲物に目もくれず、続け様に命を発する陽花。応じた狼竜が咆哮と共に雷撃を撃ち放ち── 宵闇の山林を照らし上げる雷光に、付近の猛禽たちが一斉に空へと退避した。
再び天使が空へ舞う。
それは決して自ら降下したり、近づいたりはしてこなかった。猛禽を猟犬代わりにけしかけつつ、自身は『光の槍』の投擲のみを行う狩猟の様な戦型だ。
「あの天使は厄介だね…… まぁ、倒す必要もないんだけど」
「今は天使と事を構えるつもりはない、って……信用してはくれないよね。こんだけ派手にやっちゃった後じゃ(汗」
一旦、木の陰に身を隠して呼吸を整えつつ、天使の様子を見ながら紫遠と陽花。いやはや、お勤めご苦労様です、天使様。でも、こっちはただでさえ色々忙しいんだから、いい加減、放っておいてほしい。
一方、夕姫はこちらにつかず離れずの距離で四方を取り囲む『ウォッチャー』──翼の生えた目玉を見やって、その役割を推察していた。
「おそらくあの目玉がこちらの位置情報を送っていて、そこを首なしが狙って来てるんでしょうね。木々を抜けてくるってことは、周囲の地形情報とかも観測してそうね」
その推察に縁も首肯した。そして、『目玉』を排除しよう! と提案した。
「多分、あの目玉がいる限り攻撃は止まらない。お母さんも時には急がば回れって言ってたし」
夕姫とクフィルがそれに乗った。
「私たちが囮になるわ。派手に動く事で少しでも敵を集めるから、そこを叩いて」
「逸れた場合はとにかく、第四分隊? が用意したっちゅー車の所へ向かう事。出し惜しみなしで暴れ回るで!」
手信号によるカウントダウン。合図と共に、四方へ飛び出す。
「さあて、鬼さんこちら♪ しっかり見張ってないと見失っても知らへんでー!」
クフィルは大声で笑いながら一直線に突っ走り、振り放つ花弁をカモフラージュにありったけの鎌鼬を放って目玉を掃射した。後、スイッチを切り替える様にスッと己の気配を消して。闇と木々に紛れる様に戦場から離脱する。
紫遠と小梅は沙希に直掩したまま猛禽の一撃離脱を凌ぎつつ、目玉のみをアウルの銃弾と猫とで狙い撃った。散弾で周囲の枝葉ごと目玉を吹き飛ばす縁。更に陽花と狼竜からその日、2度目の雷光が放たれ、それに呑まれた2体の目玉が掻き消える。
「む……!」
天使は行き足を止めた。ウォッチャーに監視させていた地上の様子が一気に分からなくなったからだ。これでは槍を投げることも、ノーヘッドホークをけしかける事もできない。
(相手は手練…… 下りるのは危険だが、こちらも哨戒を任された身。このまま見失うわけにもいかん……!)
追撃を継続する天使。だが、その間に撃退士たちは離脱ポイントまで到達し得た。
山林を抜けた瞬間、背後を振り返って味方離脱支援の為、膝射姿勢を取る夕姫。ファーフナーもまた魔槍を手に味方の退路を確保する。
「いい加減、あきらめてくれないかしら? 融通が利かないのは出世できなわよ!」
山林から出て来た瞬間、銃弾1発。夕姫が天使の足を止める。
ファーフナーは槍も構えず煙草に火をつけると、肺一杯に吸った紫煙を吐き出し、告げた。
「……不自然だとは感じなかったのか? 天使の勢力圏内に突如、人間の小娘が現れた事に。そして、都合よくすぐに助けが来た事に。……疑念には思わなかったのか? 全ては……お前をここまで誘導する為の、罠なのかもしれない、と」
瞬間、天使はハッとして、一気に上空へと離脱した。そして、生き残った目玉を掻き集め、伏兵の有無を探らせる。
ファーフナーは肩を竦め、悠然と車両に乗り込んだ。だが、余裕もそこまで。急ぎ飛び込んで来た紫遠や縁や陽花(と狼竜)たちで車内はギュウギュウ詰めになる。
「……ブラフか!」
気づいた天使が車両へ槍を振り被り。寸前、夕姫が発煙弾を地面に転がし、車両を煙幕で包み込む。外れる槍。煙の中から飛び出す小梅。それに即応しようとした天使に対して、明斗が『コメット』を頭上に打ち上げ。振り降ろしたその流星雨でもって空飛ぶ天使の頭上を抑え…… その間に肉薄した小梅が、空中に無数の腕を呼び出し、天使をその場に拘束する。
「んじゃ、とっとと帰ろうぉ!」
動けなくなった天使をそのまま放って、小梅は走り出した車の屋根へと下りた。その窓枠に明斗と夕姫が飛びつき、しがみ付き……撃退士たちが離脱を完了する。
「ごめんなさい…… 私だけ、おめおめと……」
「帰って来てくれてよかった。君の無事な姿を見れば、落ち込んでいる人たちも励みに思うよ」
車中── しょげ返る沙希を、紫遠が慰めた。
脳裏に幾人かの顔が浮かぶ。彼等の焦燥は癒せぬまでも…… 沙希救出の事実は希望にはなるだろう。
「……あの悪魔野郎をぶん殴りに行く時は私も!」
勿論、と紫遠は頷いた。友達を奪われたんだから、怒るのは当然だ。
……幾人かの顔が、再び紫遠の脳裏に浮ぶ。
(同じ様に思っている人はたくさんいると思うよ、きっと。……それこそ、やる気が溢れ過ぎちゃって暴走しちゃいそうな人たちが)