学園の撃退士たちが転移を開始した時── 戦場となる交差点では、後退してきた新兵たちがちょうどそこに差し掛かった頃だった。
カナダ陸軍から学園に出向し、新人撃退士として『新兵部隊』に参加していたセレスタ・レネンティア(
jb6477)は、『敗走』する生徒たちの殿に立って後方を警戒しながら、隊列から落伍しかける者の尻を叩いて回っていた。
「すぐに援軍が到着するはずですが…… なかなか厳しい状況ですね」
通信機を耳に傾け、交わされる通信内容から状況を確認する二つ前のポイントで遅滞戦闘を行っていた撃退署の分隊は、戦線を支えきれずに既に撤収したらしい。一つ前のポイントに配置された戦力は少なく、擾乱攻撃を行うのが精々だろう。迎撃の主力、学園の撃退士は、ここの交差点に送り込まれる。敵が到達する前に戦闘準備を終えれるか、時間はギリギリと言ったところか……
「あれ? もしかして、仲原君?」
学園ゲートから転移してきた中等部2年の竜見彩華(
jb4626)は、新兵たちの先頭に立つ仲原を見かけて、思わず素っ頓狂な声を上げた。仲原の初陣となった戦いに、共に参加した間柄だ。
「久しぶり。……あれ? なんかちょっと逞しくなった?」
「お前こそ」
彩華に褒められた仲原は、ぶっきらぼうに答え、視線を逸らした。……共に怯え、震えたあの戦いで、だが、彩華はその恐怖を超えてその足を前へと進めた。自分は、そんな彩華にようやく追いついたに過ぎない。
「そういう竜見はこれから迎撃か? ……悪いな。俺はこいつらを引き連れて撤収だ。なんか先導役を任されちまって」
そう言って新兵たちに視線を向ける仲原。心を折られた新人たちが再び天魔の前に立てるかどうか── それは教師たちの今後のフォローと、何より、彼等自身の心の強さ次第だろう。
彩華と仲原が挨拶を交わす間にも続々と学園から転移されてくる撃退士たち。そんな中、どこか田んぼの真ん中で、ばっしゃーん、と派手に水音が鳴り。仲原はその音を機に隊列の先頭へと戻った。その背に手を振り、見送って…… 彩華もまた気合も新たに、集合地点へ──交差点へと走っていく。
交差点には既に、学園から転移してきた多くの撃退士が集まっていた。新兵たちの中からも、少しでも戦力が欲しい迎撃主力の求めに応じて、2人の撃退士がその場に残った。1人は、出向中の軍人、セレスタ。もう一人は、この戦いが初陣となる小埜原鈴音(
jb6898)だった。
(……私は、これまでの人生、その大半を病室のベッドで費やしてきた)
鈴音は心中で呟いた。
幼い頃から入退院を繰り返し、医師からは20歳まで生きられないと告げられた。誰からも必要とされず、自身すらその人生に何の価値も見出せずに── ただ存在し続けてきただけの、諦念と虚無感とに彩られた灰色の世界に、だが、唐突に『撃退士の素養』という違う色が1滴、落ちた。
波紋は漣となって心を揺らした。もし、この『永遠の無価値』とも思えた私の人生に微かにでも存在価値があるというのなら。天魔と戦うことでそれが解ると言うのなら── 残り少ない余命を全て捧げ切ることになるとしても。その答えを、私は、知りたい──
「敵は既に遅滞防衛線を突破。あと数分でこの交差点に到達すると思われます」
「敵は、仙人掌っぽいディアボロを4枚、増加装甲代わりに貼り付けたデビルキャリアー。その中身にデスストーカー1体と、4体のブラッドウォリアーに1体のブラッドロード、数体の悪鬼を詰めた集団です」
セレスタと鈴音は早速、自分たちが得た情報を転移してきた撃退士たちに伝達した。
「へー。今回のキャリアーは兵員輸送かー。敵もいろんなの考えてくるね」
「キャリアーを戦力運搬に、ね…… 合理的と言えば合理的なのかしら」
2人の話を聞いて、緋野 慎(
ja8541)、そして、フローラ・シュトリエ(
jb1440)の2人が、感心したような、呆れたような、そんな顔をする。
月影 夕姫(
jb1569)は「うーん」と唸ると、右手人差し指の中節を唇で摘んだ。
「……かなりの戦力だけど、やっぱりここで食い止めないとまずいわね」
「戦場となる地形はご覧の通り…… 東西南北に片側二車線の道路が走り、後はみな田畑です。田は道より一段低くなっており、塹壕代わりに利用できそうです」
鈴音の言葉に頷くと、撃退士たちは手早く作戦を立案。迎撃の手筈を整えにかかった。
大まかな作戦はこうだ。道路上を南から迫る敵に対して、撃退士たちの一斑が南へ先行。接敵後、敵の注意を引きつけつつ後退し、キャリアーが交差点に到達した所で、東西に走る道路北側の段差に隠れた伏兵班が飛び出し、左右から挟撃。敵が混乱したところへ反転攻勢。そのまま半包囲にて殲滅する──
「……せっかく復興し始めたところなんだもん。ここで邪魔なんかさせない!」
作戦の細部を詰め終え、自身の配置に従って散開を始める撃退士たち。伏兵班として交差点に残った彩華は改めて気合を入れ…… その肩を、彩咲・陽花(
jb1871)がポンと叩いて頷いた。
「ん、その意気だよ。時間もないし、私たちも敵が来ない内に伏せちゃわないと。セレスタさんは私と一緒に交差点の北東側に。彩華ちゃんは縁と一緒に北西側…… って縁? そう言えば縁はどこ? 私より先に転移したはずなのに」
少し慌てて周囲を見回し、親友の葛城 縁(
jb1826)を探す陽花。その背後に、のそりと現れる何かの人影が現れて── 人型をしたその泥の塊に、その場にいる全員がホラーな劇画調になり、ひび割れたレタリングで悲鳴を上げる。
「あぅ〜、陽花さぁ〜ん……」
「その声は、縁!? って、え? どうしたの、そのマッドな姿は!?」
「わぅ…… どうやら転移に誤差が生じたみたいで…… よりにもよって、田んぼの真ん中に落っこちたんだよ……」
犬の様にぷるぷると身体を振って泥を払いながら、縁がとほほといった口調でがっくりと背中を落とす。折角のおいしいお米が…… お百姓さん、御免なさい。
「そ、そうなんだ…… と、ともかく早く隠れないと。彩華ちゃんは縁に作戦の説明をお願い。危なくなったら、すぐにこっちと合流してね」
慌てて声をかけながら、夕姫が陽動班に合流すべく交差点を南へ駆けて行く。彩華は縁の手を引きながら作戦を説明しつつ、北西の道陰に身を滑り込ませると、草生える土の斜面に身を張り付かせるようにして身を隠した。
「避難所の人たちは、ただでさえ不便な生活を強いられているんだから…… これ以上、苦労はかけさせられないよね。ここは絶対、遠さないんだよ!」
なんかギリースーツっぽく稲穂を張り付かせた縁がグッと拳を握る。
彩華は頷いた。頷いたが、なんだろう。なんと言うか、こう、ねぇ?
●
伏兵班から敵の注意を逸らす目的で編成された陽動班は、敵の進撃路である交差点南の道路上で歩みを止めた。
アステリア・ヴェルトール(
jb3216)は、その背中に陽炎を立ち昇らせると、地を蹴り、黒焔の偽翼を揺らめかせながら上空へと飛翔した。
上空から、俯瞰で敵隊列を確認する。敵は、デスストーカーを先頭に押し立てつつ、その両翼斜め後方に2体ずつ、計4体のブラッドウォリアーを配していた。所謂、楔形の陣形だ。『サボテン装甲』なディアボロ4体を貼り付けた巨大なデビルキャリアーはその後ろ。その左右を直衛する様に、人型ディアボロ『悪鬼』の縦列が左右に4体ずつ、周囲に警戒の視線を飛ばしながら、歩速を同じくして前進してくる……
「やはり、かなりの戦力ね」
「少しでも被害を抑える為には、僕も最善を尽くすしかなさそうですね。微力ながら、全力を尽くさせていただきます」
上空から敵の陣容を報せてくるアステリアの報告に渋い顔をする夕姫の横で、楊 礼信(
jb3855)が生真面目な表情でそう告げながら、自らも盾を手に前に出る。
緩やかに斜面を越えて、前進してくる敵集団── アステリアの報告通り、先頭はデスストーカーだった。毒針の尻尾の『鎌首を上げ』て、両の鋏をドーザ板の様に持ち上げつつ、細い足をガシャガシャと動かしながら、一目散にこちらへと突っ込んで来るサソリ。その斜め後方には、魔法の大剣を提げたウォリアーたちがマントをなびかせつつ続く。
「ふん。来おりおったか」
「まずは、あのサソリから、ね。相手も隊列を組んで行動しているのは厄介だけど、確実に削っていきましょう」
不動神 武尊(
jb2605)はその醜いサソリに向けて一瞥すると、自らの傍らにスレイプニルを召喚した。特徴的な、湾曲した刃の一本角を生やした馬竜が顕現すると共に、光纏した武尊のオーラが兜、胸甲、脚甲状に姿を変え。馬竜の嘶きも高らかに、颯爽と馬竜に騎乗する。
フローラもまた、薄刃の剣を手の中に顕現させ、手の中でちゃきりと刃を立てる。そのフローラに頷きながら、金属鎧と白輝の直剣を活性化させつつ、新兵らしからぬ落ち着いた態度で前に出る鈴音。夕姫は活性化させた五連の指輪が嵌った右手に拳を握り。礼信もまたこめかみから頬に一筋の汗を垂らしつつ、雷針の忍術書──巻物をばさりと広げる。
「だいじょーぶだよっ! どんな天魔の大群だって…… ふゆみたち、みーんなで戦えば、あっという間に倒せちゃうんだよっ☆」
そんな中、新崎 ふゆみ(
ja8965)は屈託のない笑顔で明るくそう言ってのけると、阻霊符を使用した後、自らの愛銃──ラインストーンとラメパーツでデコりまくった狙撃銃、MX-27を活性化させた。
じゃらじゃらとキーホルダーがぶら提げられたキラキラした狙撃銃に、傍らの夕姫が思わず二度見する。何かじゃらじゃら重そうなそれを、ふゆみが無造作に構え。何の前置きも無く、おもむろにそれを発砲した。
「いきなりっ!?」
「んー、だってもう射程内だし、牽制射? ま、細かいことはいいじゃない。えーい、ばーん☆ ばーん★」
どんっ、と闘気を解放しつつ、構わず銃撃を続けるふゆみ。学園では、銃撃の際には銃床に頬を当てろと習ったが、だって、ファンデが落ちちゃうし。それでも、アウルの銃弾は迫り来るサソリを直撃し、その硬い甲殻を撃ち貫くのだから、アウルの力、マジぱねぇ。
「来ますよ、月影さん!」
「はっ!?」
巻物から生み出した雷の矢を、手を振り、投射する礼信の叫びに我に返る夕姫。自らも手を敵へとかざし、生み出した5つの虹色光弾を立て続けに速射する。
激しい銃撃にさらされながらも、両の鋏を盾の如くかざし、突進して来るサソリ型。「そーだよー、こっちなんだよー☆」と笑いながら、ふゆみが射程に合わせて後退を開始する。
敵の突進を迎え撃つべく、前に出るフローラ、鈴音、武尊の3人。礼信もまた後衛の盾となるべく、意を決して一歩を踏み出し……
前衛同士が接触しようとするその直前── キャリアーの上に姿を現したブラッドロードが、突撃支援砲撃代わりに範囲攻撃魔法を投射した。
キャリアーの上から放たれた炎球がこちらの前衛直上に到達し。対人散弾兵器よろしく炸裂したそれが無数の小さな炎の礫を眼下へと撒き散らす。爆煙が巻き上がる中、夕姫は爆風に髪をなびかせながらも、巻き上げられた砂塵に手をかざしつつ、指の隙間から前衛の様子を窺い── 礼信は煙に咳き込みながら自らの傷を癒しつつ、周囲に視線を振って回復が必要な者を探す。
「……そこにいましたか、ブラッドロード」
上空のアステリアは眼下の炸裂に煽られながらも、その視線をキャリアー上のロードへと向けていた。長弓にアウルの矢を番えて引き絞り。杖を手にした絶対者の如く睥睨する敵へ、狙いを定めてそれを放つ。
一本目はロードを掠め飛んで、キャリアーの上部に突き刺さった。「……外れ。次」と、淡々と二の矢を番えるアステリア。ロードはキャリアーの上にしゃがみこむと、4枚の薄皮サボテンの内、前方に張り付いた1枚に命令を発し、その装甲を上へとずらさせた。初撃と同じ高度20mを維持しつつ、弾着修正を施したアステリアの二の矢は、せり出してきたそのサボテン装甲に阻まれた。そのままその陰に隠れるロードにアステリアは眉をひそめ。ふと、装甲がずれて丸見えになったキャリアー本体に気付いて、今度はそちらに矢を射掛ける。
一方、地上──
爆煙の只中へと突っ込んだサソリの前に、その爆煙の帳から抜け出す様にして、大剣を手にした武尊と馬竜がその姿を現した。
それはさながら突撃する騎兵同士が互いに激突するかの如く。逆にこちらから突撃を仕掛けた武尊が、騎上から力任せに大剣をサソリへ振り下ろし。その硬い手応えに即座に得物を大鎌へと変更、返す刀で切り下ろす。
直後、サソリに後続するウォリアー2体が、騎士に従う従兵の如く大剣で切りかかってきた。腹へと突き入れられた大剣を切り払う間に、もう1体が横から馬竜を横薙ぎに切りつけて。武尊は馬竜の腹に拍車をかけ、貴重な追加移動で半包囲からの突破を図る。
だが、突破をした先で、今度は、キャリアーの横に控えた悪鬼衆から礫弾の集中砲火を受けることとなった。武尊は巧みなクライム捌きでそれをかわしにかかったが、キャリアーのサボテン装甲から棘散弾まで撃ち放たれては、流石にその全てを避けることはできなかった。
武尊が気絶に抵抗する。だが、馬竜の方はそうはいかなかった。
「『天界の戦車』は…… 退かぬ!」
武尊は、消えゆく馬竜の背を蹴って跳躍すると、白銀の脚甲を煌かせつつ、敵のキャリアーに向けて錐揉みしながら、属性攻撃の一撃を見舞った。放たれた棘散弾に晒されつつ、ズドンと突き刺さるドリルキック。キャリアー後方の薄皮サボテンがその威力に大きく仰け反り…… だが、直後、キャリアーの触手に捉えられた武尊は、そのまま道横の田へと思いっきり投げ捨てられた。
「不動神さん……っ!」
そのまま田に大の字になって沈黙する武尊を見やって、礼信が痛恨の声を洩らす。突進した武尊には礼信の回復は届かなかった。せめて自身の手の届く所にいれば、助け出してみせるのに……っ。
そこへ爆煙を吹き散らすようにしながら突進して来るサソリの巨体。盾をかざし、その鋏の一撃を受け止める礼信。鈴音はその傍らに立ち、正面から敵とぶつかった。振るわれる鋏。殴られつつも反撃する鈴音。まるで死を恐れぬ風で殴り合う鈴音に目を瞠りつつ、礼信がヒールを鈴音へ飛ばす。
「……っ。硬い」
フローラは、振り下ろした薄刃の剣がサソリの厚い皮膚に阻まれるや否や、敵前から一歩跳び退きつつ、その魔具を青銀の細剣へと換えようとした。だが、それよりも早く、敵左翼のウォリアー2体がこちらを半包囲するべく飛び出して来るのに気がついて。急遽、突撃銃に装備を変えて、迫るウォリアーたちに向けてフルオートで牽制の弾幕を放つフローラ。そこへ急に影が落ち── ハッと気付いたフローラが跳び退けた直後、頭上からサソリの尾が降り落ち、地面へと突き刺さる。
「フローラさん! 今、回復を……」
「ん、いいよ。……自前で何とかする」
礼信の回復を断りつつ、フローラは細剣を提げたまま、眼前のサソリに手の平をかざした。サソリの中から周囲に湧いた氷の破片がフローラの周囲で砕けて染み入り、直後、フローラの傷が消えてなくなる。
「みんな、敵との距離を保ちつつ、徐々に後退を開始して!」
夕姫がそう叫びつつ、後退支援の虹弾をサソリの眼前へと撃ち放つ。鋏をかざしてそれを受け凌ぐサソリ。ふゆみもまた後方から銃弾を送り込みつつ「3回攻撃なんかさせないんだよっ★ミ」とサソリの鋏と頭を抑える。
「よしっ、みんな、今の内に、応戦しつつ、後退してください!」
盾をかざして後退しつつ、叫んだ礼信の声に従い、フローラと鈴音もまた敵と切り結びつつ後退する。空中のアステリアもまた敵中上空で孤立せぬよう、偽翼を揺らめかせつつ後ろに下がった。その間も、キャリアー上のロード、およびキャリアー本体に対する矢の投射は欠かさない。
礼信に『防壁陣』を提供した夕姫が、共に前衛の後ろまで後退する。敵は間髪を入れずにその距離を詰めてきた。
夕姫と礼信は互いに顔を見合わせ、頷いた。喰らい付かせているのか、喰らい付かれているのか、その判断はまだ難しいが、敵は今の所、こちらの思惑通りに動いている。
「このまま伏兵に気付かせないよう。攻撃は派手に、防御はしっかりね」
「多少のケガなら、僕の癒しで治してみせます。敵の勢いに怯む事なく、僕たちは自分たちがすべき事をきちんと果たしましょう!」
●
戦闘が、自分たちの伏せた交差点に近づいていることは、だんだんと大きくなる戦いの音で分かった。
その戦闘が激戦であることは、その音が奏でる速さと強さと鋭さで、容易にその気配を察することができた。
金属の打ち合わされる音に、矢玉が風を切り裂く音── 交差点北側に隠れた縁と彩華、そして、陽花とセレスタは、土に埋まって消えよとばかりにその身を斜面に押し付けながら…… ただひたすらに、その時を待っていた。(まだか。まだか。まだか、まだか…………)
敵が通る道路は至近。見つかれば著しく不利な状況で敵の攻撃を受けることになる。身を締め付ける不安と恐怖── いっそ一刻も早く飛び出してしまいたい──むしろ、膨れ上がるそちらの欲求に、心が押し潰されそうになる……
「伏兵班、今よ!」
戦闘の激しい喧騒の中で。伏兵班の皆にはむしろ、夕姫の合図ははっきり聞こえた。
4人は、鎖から解き放たれた餓狼の如く、瞬間的にその身を跳ね起こす。
「スレイプニル、おいで! ここで纏めて吹き飛ばすよ!」
「わぅっ! 大きな花火は……いかがかなっ!」
交差点北西部から飛び出した陽花は傍らに馬竜を高速召喚すると、瞬く間もなく召喚獣に『ボルケーノ』による範囲攻撃を命じた。その反対側、北西から散弾銃を活性化させつつ道路上へと飛び出した縁は、ギリースーツな外観のまま、その引き金を引き絞る。
陽花の馬竜が嘶きと共に敵隊列横腹に放った爆発的な攻撃は、キャリアーと東側の装甲を巻き込みつつ、悪鬼の東側縦列4体をその爆炎に巻き込んだ。縁も同様、散弾銃から放たれた『ナパームショット』もまた敵中で炸裂するや否や周囲に魔法の炎を撒き散らし、キャリアーと西側装甲、悪鬼の西側縦列4体を焼いた。
キャリアー上から奇襲に対応しようとしたロードは、だが、眼下側方から放たれたセレスタの『ストライクショット』にその身を伏せさせられた。道と田の段差を利用し、ハンドガードを地面につけて固定しながら銃口に仰角を与え、そのまま敵の頭を抑えるべくフルオートで突撃銃を撃ちまくるセレスタ。道路上に召喚を終えた彩華は、歩道上で散開も儘ならずにいる西側の悪鬼の群れに『ボルケーノ』を叩きつけさせて。そこへさらに加えられる陽花と縁の第2撃。そこかしこで湧き上がる爆発に、「強力なものですね、スキルとは……」とセレスタが呆れた様に息を呑む。
「この辺りで止まってもらうわよ!」
奇襲の成功を受け、陽動班もまた反転攻勢に出た。
フローラは後退する足を止めると、生み出した氷の槍をサソリへ向け投射した。氷の槍を突き入れられた箇所の周囲が瞬間的に凍結し、『温度障害』をサソリに付与する。反撃を行おうとしたサソリは、だが、動きが鈍った所を後方からふゆみに狙撃され。鋏の反撃を行う前にその足を撃ち折られて擱坐する。すかさず細剣に魔法の氷の刃を纏わせ、その鋏を切り飛ばすフローラ。間髪入れずに飛び込んだ夕姫がガードの無くなったサソリの眼前に肉薄し、零距離からの虹弾五連射でサソリの頭部に大穴を開け、叩き潰す。
「全員、攻撃を集中。敵が混乱している間に出来るだけ叩……っ!?」
地に沈んだサソリの沈黙を確認し、皆にそう叫んだ夕姫は、だが、直後、そのサソリの死骸を乗り越えて迫ったウォリアーに切りかかられた。呼応して攻勢に出ようとした鈴音もまた攻勢を強めるウォリアーの反撃に晒され、それを間に入った礼信がかざした盾ごと殴られる。
「気をつけてください! 敵は混乱していません。指揮官の『声』が届いているんです!」
自身と鈴音を回復しつつ、そう叫ぶ礼信。最初から交差点での奇襲を予測されていたか、或いは前衛には最初から突撃だけを厳に命令していたか。ともあれ、敵は秩序を維持している。
奇襲班の攻撃による爆煙が晴れた時── キャリアーおよび随伴歩兵たる悪鬼の群れは、傷つきつつもその全てが健在だった。直径10mというキャリアーの巨体が、隊列左右からの攻撃を一点に集中させることを阻んだのだ。
即座にロードの回復が左右に飛び、伏兵班に対する反撃が始まった。鬼たちと伏兵班の戦力比は東西それぞれ2対4。敵の方が優勢だ。
礫弾を投射してくる悪鬼の群れ── 行動の自由を確保すべく田から道に上がったセレスタは、その激しい攻撃に再び『塹壕』の陰へと追いやられた。北上を続ける敵に対して、今度は道の南側にその身を滑り込ませつつ、素早く銃口と身を翻して反撃の銃火を放つ。
「あ、そっか。アイツがまわりのヤツにめいれーとかしちゃう系? だったら…… アイツをとっととブッコロ★ しちゃえばザコとかパニクっちゃうんじゃない!?」
何か良い事思いついたとばかりにその銃口をロードへと向けるふゆみ。だが、照準器の向こうの肝心のロードは装甲を遮蔽に隠れっぱなしでその姿も見えやしない……
「戦力を分けたのが凶と出た……? でも、負けるわけにはいかないんだよ!」
周囲に礫弾が飛び交う中、馬竜に掴まって動き難い田からの脱出を図る陽花。そのままクルリと馬竜の背に乗り、機械剣を手に展開しながら宙を駆ける。
彩華は再度『ボルケーノ』を放つと、飛び交う礫弾の中、馬竜に移動を命じつつ、自身は敵の射程外、『塹壕』の陰に後退した。共に射程内に留まっては、自身と召喚獣、被弾の確率が倍になってしまうからだ。
激戦の続く戦線の後方で── いや、ある意味では、誰よりも前方にいると言っても良いかもしれない。
敵が既に通り過ぎた、交差点の南側で── 田の泥の中から一人のマッドマンが立ち上がる。
それは、田んぼの中にただ独り、皆と離れた場所に『遁甲の術』で潜んでいた慎だった。彼はこの時を待っていた。敵がこちらの奇襲をやり過ごし、読み勝ったと有頂天になるこの時を。
慎は交差点南側の道路に登ると、北へ向け──北上する敵の背後を目指して走り出した。予想通り、敵は奇襲班への対応にかかりきりで、走り寄る慎に気付いたのは背中の薄皮サボテンだけだった。サボテンは棘の散弾を放ち、迫り来る慎を穴だらけにし……直後、その慎が炎に燃えて消え。消えた分身の傍らに現れた本物の慎が、サボテンを駆け上がってキャリアーの上部へと至る。
散弾の発射音に気付いたロードが背後を振り返り。その視線の先には、左手を突き出し、右手を弓引くように胸元へと引きつけた慎の姿。燃え上がった全身の炎がその右拳に収束していき──
「よお、タコ野郎! 高見の見物は気持ちいいか?」
言葉と共に突き出された右拳から放たれる緋色の閃光── 放たれた炎閃は不意を打たれたロードの胸元に直撃し、ロードは大きくその身を仰け反らせる。
「やったかっ!?」
敵はまだ生きていた。ロードは状況不利と見るや、それまで自身を守ってきた装甲の陰をあっさり放棄し、キャリアーの前へと飛び降りた。
下の戦場で戦っていた撃退士たちはそれを見て驚いた。縁が、セレスタが、その銃口を振ってそちらに銃撃を加え、だが、ロード周囲に集まって来た悪鬼の肉壁によって阻まれる。縁は敵の礫弾による反撃をしゃがんでかわすと、そのまま膝射姿勢で散弾銃を構え、悪鬼の足を狙い撃った。散弾に足を取られて、崩れかける悪鬼。肉壁を崩しにかかったのだが、どっこい、悪鬼も運と根性で倒れない。
「逃がすかよ!」
キャリアー上を走ってロードを追った慎は、開いた『落とし穴』──キャリアーの口を飛びかわし、端へと至ると眼下のロードに狙いを定めた。直後、背後から迫った触手が慎を捉え、横の畑へと投げ捨てて。その分身が炎と消える間に飛び降りた本物の慎が、聖銀の爪を煌かせつつロードへ迫る……!
と、ロードが頭上より迫る脅威に気を取られたその瞬間── その背後、斜め上方より放たれた矢がロードの首の後ろに突き立った。崩れ落ちるロード。慎は「へ?」と強張りながらも、着地と同時に倒れゆくロードを掴み、死骸の首を掻いて止めを刺す。
ロードを討ち取ったのは、上空のアステリアだった。敵が装甲の遮蔽から出てきた機を逃さず、長弓で狙い撃ったのだ。
守るべき指揮官を討たれて、悪鬼たちは目を剥いた。敵中に孤立した形の慎に全周から殴りかかり── その内の一鬼が、突然、側頭部を殴られたかの様に横へとすっ飛び、地に倒れる。
慎はその隙間から包囲の外へと逃れると、自身を助けた銃撃の主──ふゆみに親指を立ててみせた。そこへさらに放たれるセレスタの対包囲援護射撃。側面を、背中を晒した悪鬼に銃弾が集中して弾着に血が弾け。さらにそこへ、上空を旋回する彩華の馬竜と陽花の空中騎兵が田の上を自由に駆けながら、『ブレス』を、『サンダーボルト』を高度10mから打ち下ろし、掃討にかかる。
「行くよ、スレイプニル。もう一度」
『鞍上』から馬竜の首をポンポンと叩き、再攻撃の態勢に入る陽花。地上の彩華も空を見上げて空中の馬竜に指示を出し、2竜共にその馬首をめぐらせながら再攻撃を浴びせかける。その『近接航空支援』の下、縁とセレスタは共に左右から銃撃を加えながら、敵との距離を詰めつつ、空中との十字砲火で悪鬼を狙い撃っていく。
同じ頃、陽動班の戦場においても、撃退士たちは戦闘を優位に進めつつあった。
「どう?! 今度の本の角はっ! メタルブックIIよ、II!」
魔法攻撃に強いウォリアーに対抗する為、武装を無骨な金属本へと変えて。夕姫は、礼信に切りかかったウォリアーの1を背後から思いっきり『撲殺』した。その横では、フローラと鈴音に挟み込まれたウォリアーが立て続けに切られて、倒れ付す。
奇襲に動じなかったウォリアーも、ロードが討たれた時はその動揺を隠せなかった。「まっ、敵が動揺しててもしてなくても、やることは変わんないんだけどねっ☆」とは、最後のウォリアーにヘッドショットを決めたふゆみの言い様ではあるが。
「さて、残るは悪鬼とキャリアーを……っ!?」
敵前衛を片付け終えて、夕姫は伏兵班の援護に向かおうと背後のキャリアーを振り返り…… その姿に、唖然とした。
突撃を担う前衛が討ち滅ぼされて、キャリアーはその『装甲』たる薄皮サボテン──薄っぺらいアルマジロの様な姿のサボテンを自ら落とすと、触手の先にしがみ付かせて、巨大な4本の分銅鎖のようなものを作り上げた。それを狂った様にガンガン振り回し、周囲に近づく撃退士たちを追い散らし。更にそれをボーリングの様に投射して転がし、離脱用の、いや、突破用の針路をクリアする。
「この……っ!」
夕姫はその転がるサボテンの針路上に膝をつき、『防壁陣』で呼び出した盾を斜めに傾げて、サボテンの『突進』を受け凌いだ。天高く宙に舞い上がり、背から地面へと落ちるサボテン。夕姫は素早くその腹に虹弾を打ち込んで倒したが、だが、後続する巨大なキャリアーの突進までは流石にその身一つでは防げない。
キャリアーは投擲で空いた触手にまだ無事な悪鬼を掴み取ると、そのままその巨体を震わせながら、道路上を北へと全力で突進し始めた。
「──このままでは」
突破されてしまう。上空からその光景を見下ろして、アステリアは眉根をひそめた。上空に飛んでいれば、敵手の届かぬ高みから攻撃を続けることができるが、敵の進行を阻むことも出来ない。
アステリアは双剣を活性化させると、そのまま地上に下りて敵の行く手へ立ちはだかろうと…… 高度を下げたその直前、自身に向かって問いかけた。
地上に降りれば、流血の戦場へ我が身を置くことができる── 上空から弓を撃ち下ろすような、そんなお上品な戦場じゃない。まさに血で血を洗う赤色の煉獄だ。敵を突破を阻止する── それは、戦場に下りる為の、自身が自身につく嘘ではないのか? ナイトウォーカーたる自分が敵前に立ったところでアレに轢かれて終わりだろう? お前はただ、あの血煙舞う戦場でその血を啜りたいだけだ。違うと言うのか? 違うというのなら、なぜ、口の端に笑みが浮かんでいるのだ……?
「クッ……!」
アステリアは地に降下する直前に偽翼を翻すと、敵直上で『魔弾の射手』を使用した。キャリアーの周囲、32箇所に展開される魔方陣。そこから生成された魔剣が弾丸と化して驟雨の如く撃ち放たれる。
「――万死に砕けなさい」
全周から一斉に攻撃を受けて、血と、肉片と、切られた触手とが断片と化して宙を舞う。その表面を切り刻まれたキャリアーは、だが、その一撃にも耐え切った。悪鬼を掴んだ触手の1を千切れて道の上へと残し。キャリアーはそのまま北へと続く道を走り去っていった。
「あらら。それじゃあ、さようなら〜★」
最大射程まで追撃の銃弾を放ったふゆみが、逃げていく敵に別れを告げる。
地に降りたアステリアは、頬についた血の雫を無言で手に取り、舐め取った。
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撃退士たちの最終防衛線を抜けたキャリアーと装甲3枚、数体の悪鬼の群れは、だが、この地域に留まらず、更に北へと抜けていった。
幸い、この地の流通に影響は出ないで済んだものの…… 結局、敵が何を意図してこの地の突破を図ったのかは分からない。
「泥の汚れって…… 中々、落ちないよね、陽花さん」
ふと我に返って自身の姿を見下ろして。縁はポツリと呟いた。