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冥魔の支配領域と化した廃村。
その上空を、数名の翼ある者が飛んでいた。
はぐれ天魔たちに混じって上空からの偵察を行うのは、日ノ宮 雪斗(
jb4907)が使役するヒリュウのロセウス。
(……頑張らないと。足手まといにならないように)
温和な召喚士は、静かな決意を胸に秘めていた。
雪斗と視覚を共有した小型竜が、敵に見つからないよう飛び回る。
ロセウスが目撃した敵の位置や廃村の状況を、雪斗が光信機で仲間たちに伝えていく。
闇の翼で飛行するオーデン・ソル・キャドー(
jb2706)は、何とか廃村の中心部を上空から窺うことに成功していた。
確認できたのは、中心部に展開する小規模なゲート。そして周囲に密集するディアボロたち。
おそらくゲートを守護しているのだろう。そのキラードールたちは剣や盾を構え、外敵に備えて警戒しているように思えた。
敵に察知される前に引き返し、オーデンは再び慎重に偵察を続けた。
天耀(
jb4046)は上空偵察班からの連絡を受け取ると、サイレントウォークを発動した。
音もなく駆ける天耀が向かうのは、救助対象がいると思われるエリア西北西。
雪斗からの報告で、近くの敵がどこにいるのかは概ね把握している。
安全なルートを選択して先行する天耀の後方には、ケイ・リヒャルト(
ja0004)、アスハ・ロットハール(
ja8432)、鈴木悠司(
ja0226)の三名。
やがて天耀の前に、豚小屋か牛小屋のような、細長い畜舎が見えた。
「……っ!」
先行する天耀が、廃屋の陰にばっと隠れた。
後続の仲間に停止の合図を示し、見張りがいると伝える。
救出班の面々が、天耀と同じように物陰に身を隠す。
まだ突入するべきではない。
上空からの大雑把な偵察では、小柄なヴァニタスの所在までは掴めなかった。
ヴァニタス・レインを足止めしなければ、救出作戦に支障が出る恐れがある。
別動隊である陽動班からの連絡を待ち、救出班の面々は待機した。
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エリア内某所。
一体のキラードールの前に、陽動班の撃退士たちは姿を現した。
「そろそろはじめましょうか」
桐村 灯子(
ja8321)の言葉に、上空の天使が嬉々と頷く。
「陽動として動くので、今回は派手に! 派手にいきますね!」
バトルフリークのエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が、楽しげに雷槍を召喚。人形めがけて、槍を一気に振りぬいた。
轟音が迸る。
蒼天から投擲されたエリーゼの雷槍は、落雷の如く人形を貫いた。
同じく上空のオーデンも、ヨルムンガルドでドールを銃撃する。
「一、二、三発。どの位持ちますかね?」
敵の耐久性を見極めるように、オーデンがアウルの弾丸を連射。
「来てっ! ロセウスちゃん!」
雪斗が召喚したヒリュウも、ブレスによって援護攻撃を放つ。
上空から放たれる連撃が、ドールを一方的に嬲っていく。
六発目の攻撃が命中したところで、ようやく人形は倒れた。
無数の足音が迫る。
一体目を倒した頃には、撃退士の侵入を察知したドールの群れが駆けつけてきた。
八体ものドールが、撃退士たちを取り囲んでいく。
背後を取ったドールが、雪斗に襲い掛かろうと動いた。
「させないよ!」
緋野 慎(
ja8541)が廃屋の屋根から風手裏剣を放ち、雪斗へと向かうドールの脚に突き刺す。
神秘の風を発動した灯子も矢を飛ばし、同じ箇所を撃ち砕いた。
片脚を潰されたドールが転倒する。
その隙に雪斗がディアボロと距離を置こうとした瞬間、
蒼い光弾が、雪斗の小さな体を吹き飛ばした。
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遠方から雪斗を撃ったのは、青い髪の少女だった。
「あれー? どうして撃退士がここにいるんですかー?」
蒼きヴァニタス・レインが、間延びした声で疑問を呈する。
うーん、と少しのあいだ唸っていたが、すぐに納得したように頷いた。
「ま、なんでもいっか。ちょうど退屈してたとこですし、遊んであげますよ」
レインが掌をかざす。手からは蒼い光が溢れている。
魔手は、地面に倒れた雪斗を越えて、慎に向けられていた。
「――すこしは、楽しませてくださいね?」
微笑み、レインが光弾を放った。
高速で飛来する蒼い衝撃波を、回避に特化した少年忍者が横に跳んでかわす。
接地と同時に、慎は風手裏剣をレインへと飛ばした。
ヴァニタスは避ける素振りすら見せなかった。
レインがハエでも追い払うように軽く手を振って、風手裏剣を弾き落とした。
「なっ……!?」
驚愕する慎に、レインが再び攻撃しようと腕を向ける。
上空から光。
エリーゼが放った雷槍ブリューナクが、レインへと真っ直ぐ飛んでいく。
やはりレインは避けなかった。
雷槍は直撃した。
けれど、魔法攻撃に特化したエリーゼの雷槍を受けても尚、ヴァニタスは笑っていた。
レインが慎へと攻撃を続ける。
放たれた蒼い光弾は、慎に直撃する寸前で不自然に軌道が逸れた。
彼を護ったのは、灯子が発動した守護の風による竜巻。
灯子が後方からレインに語りかける。
「あなた、魔法性能が高いのね。攻撃力だけじゃなく、防御力まで……まるでダアトみたい」
レインが無邪気に笑う。
「えへへ。よく分かりませんけど、あたしはディアナ様のヴァニタスですもん。強くて当たり前じゃないですか」
「……『ディアナ』? それが、あなたをヴァニタスにした悪魔の名前なのかしら?」
怜悧な射手が言葉の矢を紡いでいく。
少しでも情報を引き出したい。
灯子の問いに、レインはうっとりとした表情になった。
「そうですよ。ディアナ様は、家畜同然の人間だったあたしを特別なしもべにしてくれた、あたしだけのご主人様です。強くて綺麗な、あたしだけの……」
恋する乙女のように頬を朱に染め、レインが喋り続ける。
エリーゼも上空から訊ねた。
「随分と人間を収集する事にご執心みたいですけど、貴女は何を企んでいるんですか? そのディアナというかたが関係しているんですか?」
エリーゼを見上げ、口を尖らせたレインが答える。
「見てのとーりです。たくさん家畜を集めて、ディアナ様に魂をあげようと……はぁ」
レインが溜息をつく。
「あーあ。まさか、こんなにはやく見つかるなんて思ってませんでした。どうしてバレちゃったんだろ。やっぱりあの時の撃退士、ちゃんと殺しとけば――」
レインの言葉を、轟音が遮った。
飛翔するオーデンの放った封砲が、レインの頭上に迫る。
だが、それがレインの体を貫くことは無かった。
上空の動きに気づいていたレインが、封砲を紙一重でかわし、そのまま反撃の光弾を撃ちこむ。
オーデンは咄嗟に盾を活性化させ、何とか光弾を受け止めた。
レインが驚いたような声をあげる。
「あはは。あたしの攻撃を受け切るなんて、けっこうすごいですね。じゃあ、もう一回っと」
レインに斬りかかろうとしたオーデンの全身を、蒼い光が包みこむ。
光弾は、今度は直撃だった。
衝撃波でオーデンが吹き飛び、地面に堕ちていく。
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オーデンが倒れる少し前。
レインを誘い出すことに成功したという陽動班の報告を受け、救出班は作戦を決行した。
天耀がハイドアンドシークを発動。
ケイとアスハ、悠司が見張りのドールたちを引きつけている間に、潜行の効果を得た天耀が、単身で小屋に突入していく。
畜舎に足を踏み入れた天耀は、思わず入り口で立ち止まった。
――小屋の中では、十数名の一般人が監禁されてた。
「えぐいことしやがって……」
天耀が眉をひそめながらも、鎖で繋がれた少女の一人に近づいていく。
意識を失っているが、依頼人の娘、望月佐織で間違いなかった。
超人的な腕力で鎖を引きちぎり、天耀は佐織を抱えて小屋を出た。
娘を連れて逃げる天耀の前に、一体のドールが壁となって立ちはだかる。
天耀は立ち止まらない。
天耀の傍らを、一閃の弓矢と赤髪の人影が駆けていく。
ケイの弓矢が命中し、ドールの脚に刺さった。さらに、接近したアスハが杭を撃ち出す。
二人の集中攻撃を浴びて、ドールが一瞬だけひるんだ。その隙に天耀はドールを抜け、全力で疾駆。
天耀を追いかけようとした二体目のドールを、悠司が掌底で後ろに吹き飛ばす。
「人形風情が……撃ち抜け、バンカー!」
アスハも攻撃を重ねる。そのまましんがりを努め、仲間たちの離脱を補助する。
救出には成功した。あとは、無事に死地を脱するのみ。
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離脱に移行した救出班の撃退士たちが、エリア内を走り抜けていく。
目指すは、あらかじめ決めておいた合流地点。
追いかけてくるドールの脚を潰しつつ、ケイが周囲に視線を巡らせる。
向こう側から走ってくる何かの姿を、ケイは捉えた。
キラードール、ではない。
それは仲間たち――陽動に動いていた面々だった。
陽動班と救出班が予定通り落ち合う。
だが、なかには気絶寸前まで追い込まれている者もいた。
彼らの後ろから現れたのは、数体のキラードールと、青いワンピースを着た青髪青眼のヴァニタス。
人形を従える蒼い女王に、ケイが一歩近づく。
口許には穏やかな微笑。
「それ、素敵な青いドレスね――思わず、汚したくなるくらいに」
反応を窺うべく、ケイが牽制の弓矢を放った。
レインは軽く首を振って矢をかわした。
「んー。それはちょっとイヤですねー」
ゆるい声と動作で、レインが光弾を発射。
おそらく本気の攻撃ではないのだろう。
けれど、ケイは回避できなかった。
まともに光の衝撃波を浴びて倒れたケイのもとに、悠司が駆け寄る。
「ケイさんっ!」
駆けつけた悠司が縮地を発動。ケイを抱え、レインから離れていく。
これで戦闘不能者は三人。
灯子、慎、悠司の三人も彼らを抱えてるので、本格的な戦闘は難しい。
救助対象を抱える天耀も除外すると、まともに戦えるのは残り二人だけしかいなかった。
赤髪の青年が前に出る。
「悪いが付き合ってもらうぞ、レディ」
そう言って、アスハは一気に敵のレインに飛び込んだ。
敵の能力を見極める。
アスハが魔断杭を発動。巨大化させたバンカーから杭を射出し、レインへと撃ち込もうとした。
物理攻撃として放たれたアウルの杭が飛ぶ。
レインの顔つきが、一瞬だけ変わった気がした。
レインは、勢い良く後ろに飛び退いた。
それまでレインがいた空間をバンカーの杭が虚しく貫く。
「――っ!」
レインの掌から暗青色の光が噴き上がる。
光弾とは異なる、蒼い光。
光は槍のように鋭く尖り、レインの掌から真っ直ぐ発射された。
轟音が唸る。
放たれた光槍は、アスハごと直線上のすべてを薙ぎ倒していた。
「……っ、あはは」
レインが笑う。一瞬だけ見せた焦ったような表情はもう消えていた。
「つい本気になっちゃいました。あなたたち、ヒマ潰しの相手にしては面白いですね」
レインが、アスハを抱きかかえたエリーゼに向き直る。
「それで、あなたはどう来るんですか?」
更なる戦いを期待しているのか、レインは愉しげな笑みを浮かべていた。
エリーゼは即答した。
「そんなの……即撤退に決まってます!」
「えー? 逃げるんですかー?」
つまらなそうにレインが言うが、適切な判断だろう。
すでに半数が戦闘不能。
これ以上戦えば、全員生きて帰れる保証はない。
それに、最優先目標はもう達成している。レインを足止めしている間に、依頼人の娘を連れた天耀はいち早く戦場を離脱した。今ごろエリアの外だろう。
エリーゼは炎剣を召喚し、レインへと叩きつけた。
爆炎で視界を遮った一瞬の隙に、エリーゼが全力で逃走。負傷者を抱えた他の仲間たちも、一斉に撤退していく。
途中、追いかけてきたドールたちに何度か攻撃されたが、大したダメージを受けることなく、何とかエリア外まで辿りつくことが出来た。
撃退士たちに傷を負わせたのは、それよりも、最後に放たれたレインの言葉だろう。
支配領域を出てすぐに、レインは追いかけるのを止めた。
無邪気で残酷な笑みを浮かべて、少女はこう言ったのだ。
「撃退士って――すごく弱いんですね。やっぱり、殺す価値なんてないですよ」
つぎも来たら、また遊んであげます。
レインのその言葉が、まるで不快な雨音のように、撃退士たちの耳に残響した。
●エピローグ
その後、無事に依頼人母娘は再会を果たした。
「あ、あのっ。助けてくれて、ありがとうございました!」
「あー、いや。別に気にしなくていいぜ。困ってるヤツ助けるのが、撃退士の仕事だからな」
感謝を述べる佐織に軽く手を振り、天耀はその場を後にした。
思い返すのは、小屋の中に監禁された人々の姿。
「なんとかして、全員助けてやりてぇよな……」
今回、佐織を救うことは出来たが、同じようなことをやっていてはきりが無い。
レインのエリア内に攫われた多くの人々を救うには、ゲートコアを破壊するしかないのだ。
そのために必要な最低限の情報は、今回の依頼で得ることができた――はずだ。
今回得られた情報は、以下のような形で報告書にまとめられた。
そのうちの一部を抜粋する。
【ヴァニタス『レイン』について】
『魔法性能、特に魔法攻撃力と魔法防御力に優れた個体であると推測される。
遠距離からの魔法攻撃を基本とし、並の撃退士であれば一撃で致命傷となるほどの破壊力を誇る。
逆に、接近戦や物理攻撃が苦手だと思われるような挙動を示した。
判明した攻撃技は二つ。遠距離攻撃の光弾と、近中距離攻撃の光槍。その他の攻撃技は不明』