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撃退署の前で、学園生達は不死王と対峙していた。
全身に包帯を纏った若い男の背後には、黒衣の羽織った不気味な大男、そして蝙蝠翼を生やした美しい女騎士達の姿がある。
サバクに付き従う五体のディアボロは、いずれも手強そうだ。恐らくサバクはミズカを奪う為だけに手持ちの戦力を惜しみなく投入してきているのだろう。
「はっはっはっ、あの戦闘狂が女を攫いに襲撃とはね。面白い事をやってくれるじゃない」
俺個人としちゃ良くやったと言いたいね、と蒼桐 遼布(
jb2501)が笑う。敵の脅威度は笑えないレベルだが、これで彼女の望みは叶えられる事だろう。善き哉善き哉。
「とはいえ撃退士として依頼を請け負った以上、お前が暴れるのは流石に看過できないぜ、サバク」
「上等だ龍野郎。いつかの決着、ここで着けようじゃねェか」
闇の翼を展開した遼布に呼応するかの如く、サバクが大鎌を構え直す。男は肉食獣の笑みを剥き出しにして遼布に突撃しようとしたが、張り詰めた空気を破壊するように秋桜(
jb4208)がすかさず呟いた。
「何格好つけてんだよロリコンミイラ男。ロリコンならロリコンらしく薄い本で欲求解消してろよマジで」
「……あァ?」
男の鋭い眼光が、青肌赤眼の女悪魔を貫く。はぐれ悪魔の女はそのままぼそぼそと言葉を続けた。
「とりま今度こそ、あのチビ娘はヌッ殺す。私の健やかな引きこもりライフを妨害する奴は死ね。氏ねじゃなくて死ね」
そう言って、秋桜が闇の翼で飛翔。遼布も嘆息して上空へと舞い上がっていく。
「悪いねサバク、決着はまた今度だ。この場は仲間に任せて、俺達はあの子を追うとするよ。気は進まないが……ま、こっちも仕事なんでな」
「止めたきゃロリコンも追ってくれば? あ、使い魔風情じゃ飛べないか。めんごめんご」
秋桜、煽っていくスタイル。無論、実際に追う気はない。あえてミズカを捜す素振りを見せたのは、女騎士達をサバクから引き剥がす為。ミズカに固執しているサバクならば軽々と無視できまいと秋桜は踏んでいた。
「チッ……おい、テメエらはアレを止めろ。女の方は特に念入りにブチ殺せ。挽肉にして俺の前に持って来い」
案の定、サバクはダンピールに対処を命じた。女騎士達が飛翔しはぐれ悪魔へと向かう。同時に秋桜が振り返り、紡いでいたファイアワークスを炸裂させる。
「ロリコンちょろいわー」
嘲笑と共に秋桜が爆炎を放つ。不意を突かれた女騎士達が咄嗟に散開するが避けきれず一体に魔法が直撃。気絶寸前の重傷を与える事に成功。
だが女騎士達は怯まず、すかさず反撃の刃を振るった。紅色の刃から斬撃が飛び、四発の赤い衝撃波となって二人に襲いかかる。
遼布が二発の紅刃波をもろに喰らい重傷。最低限注意していた秋桜は何とか反応して一撃をかわす。二発目は避けきれない、と思われたが地上から吹き荒れた笹の葉の波によって紅刃波が押され、軌道が逸れた。ぎりぎりで回避に成功。森林(
ja2378)の流草だ。
ダンピールを上手く誘導した二人が反転し、銃弾や魔法爪を発射する。しかしバラバラの攻撃は当たる事はなかった。
再びダンピール達が剣を構え、紅刃波のチャージに入る。
「糞ったれが。俺様にハッタリかますなんざ良い度胸じゃねェか」
上空での戦闘を見上げるサバクが、飛んできた矢を跳躍して回避する。
「貴方の相手は俺達ですよ。よそ見しないでくださいね」
森林が弓矢を番えてサバクを牽制。更に志堂 龍実(
ja9408)が双剣を振るってサバクの間合いへと踏み込んでいく。
大鎌と打ち合いながら、龍実はサバクに問いかけていた。
「サバク……ひとつ、訊かせろ」
「あァ? 何だよ双剣野郎」
「オマエは以前、強い相手と戦いたいだけだと言っていたな。それが全てだと。だが本当にそれだけならば、どうしてあの子に拘る? 彼女はただの人間だ。オマエにとっては何の価値もないはずだろう」
「……くだらねェ。ンな事ァどうだって良いだろうが」
「惚れてるのか?」
「ぶっ殺すぞテメェ」
毒づき、サバクが大鎌を薙ぐ。龍実、CR差が痛く二発目で気絶。けれどレグルス・グラウシード(
ja8064)の神の兵士によってすぐさま再起する。
「……人を傷付ける事しかできない貴方に、これ以上やらせません」
レグルスが言い放ち、ライトヒールを発動。重傷を負った龍実の体が小さな光に包まれていく。
「僕の力よ! 仲間を守る、光になれ!」
レグルスの支援を受けながら、龍実がサバクと斬り結ぶ。
甲高い斬音が続く中、やがてサバクはぼそりと漏らした。
「あいつは、俺と同じなンだよ」
「……どういう、意味だ?」
龍実の疑問に、サバクは薄い笑みを浮かべた。普段の凶悪な笑顔とは違う、何処か寂しげな微笑だった。
「お前には解らねェよ」
包帯に包まれたリッチの腕が掲げられ、ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)が反射的に横に飛んだ。
直後、放たれた黒い衝撃波がハルルカの側頭部面を掠めた。藤色の毛髪を数本掻き消されたが、回避に成功。女悪魔がそのまま疾風の如く駆け抜けていく。全力移動だ。リッチの懐に一気に飛び込み、大剣を突き出す。
黒衣の包帯男は、避けられない。
「サバク君の影は随分と鈍間なようだからね。有り難く利用させて貰うよ」
ハルルカの放った痛烈な刺突が、リッチの腹に勢いよく叩き込まれた。衝撃で大柄な男が六メートル先まで盛大に吹き飛ばされる。その後方には、零の型で跳んだアスハ・ロットハール(
ja8432)の姿。
「女一人の為に敵陣に出向く、か……不死王に敬意を表して、見送りたい所、だが」
赤髪の魔術師が展開した魔法の霧が、リッチの周囲を取り囲む。スリープミストの効果により強制的に眠らされた黒衣の男が膝から崩れ落ちる。術者であるアスハにも状態異常を自動感染させながら。
「人を呪わば穴二つ……かな」
身代わりのリッチが離れた隙を突いて、森林は腐敗草の矢をサバクに撃ち込んだ。腐敗の蔓が伸びてゆき、サバクの全身を覆う包帯をじわじわと溶かしていく。
「ヒャハハ! やってくれるじゃねェか弓野郎! だがテメエは後だ。まずは――」
「やあ、サバク君。また逢えたね」
全力移動直後の隙を見せたハルルカを、サバクの大鎌が襲う。ハルルカ、計二発喰らうが耐え抜いた。
「相変わらずしぶとい女だな」
「キミと同じで、しぶとさが取柄だからね。サバク君の好みには反するだろうけれど。キミは、ほら、か弱くて小さな子の方が好きなんだろう? たとえばミズカ君みたいな」
「殺すぞ」
「おや、顔が赤いよ。もしかして照れてるのかい?」
「怒ってンだよ」
「ふふ、素直じゃないんだね」
サバクを弄りながら、瀟洒な麗人が愉快そうに笑う。
「そういえば、サバク君が無事に彼女と逢えたようで良かったよ。結果としてキミたちを引き離してしまったのは私だからね。その事がずっと気がかりで、毎日胸が張り裂けるような想いだったんだよ?」
「……けっ。そりゃあ有り難うよ、っと!」
サバクが身を屈め、その頭の上を龍実の剣が通り過ぎていく。大振りな太刀筋は難なくかわされたが、それは龍実が仕掛けた罠だ。
立て続けにサバクの体に衝撃が叩き込まれる。一〇メートル先から、影無き不死王へと魔法杭が放たれていた。
「……たまには、魔法も悪くない、な」
黒皮の指出し手袋で覆われた左手を開閉しつつ、アスハが呟く。強制睡眠からは五秒で覚醒していた。
「中々良い腕してんじゃねェか、糞赤毛野郎ォ!」
アスハを振り向いたサバクが突撃する、のは読めていた。豪快に振り下ろされた大鎌を、アスハは誓いの闇の黒羽で一瞬だけ阻み、その隙に後方へと跳躍。大鎌の間合いから逃れ、去り際に淡々と魔法杭を撃ち込んでいく。
他方、対ダンピール。
鳩血色の波濤が、青肌の女を呑み込んでいた。
秋桜の喉から絶叫が迸る。浴びたのは紅刃波の四連打。注意していた事もあり最初の二発は避けれたが、それでも囮役としては警戒が足りなかったのか、残り二発が命中。生命力を根こそぎ奪われた。
だが、サバクとの分断には成功した。そして、
「さて、と……今回は最初っから全力だ。派手に綺麗に散ってもらうぜ?」
秋桜に手数が集中した隙を突き、潜行していた宗方 露姫(
jb3641)が両掌から血の槍を放ち、女騎士を急襲。攻撃を仕掛けた事で敵に認識されるが、先ほどの爆撃を受けていた女の胸に孔を穿った。一体目撃破。
さらに遼布も攻勢に転じる。三回目の攻撃、鋼糸による翼斬りがクリティカル。片翼を引き裂かれた女騎士が体勢を崩し地上へと落下。全力移動のペナルティから復活したハルルカはその隙を見逃さず飛翔し追撃。高精度のウェポンバッシュを叩き込んで二体目撃破。
ハルルカと露姫が三体目の女騎士へと攻撃を集中。追い詰めていく。三体目、気絶寸前だが四体目が血の祝杯で生命力を補充。そう簡単には終わらない。
蝙蝠翼の美女達が視線で通じ合い、一気に突撃。気配を露にした露姫に狙いを絞り、二人で一斉に斬りかかった。
紅色の刃が、露姫の柔らかな腹へと埋まる。下腹部を貫かれた痛みと口内に蔓延する鉄の味を感じた。血啜りの剣が脈動し、吐血する少女の命を吸い取っていく。赤に染まる視界。薄れてゆく意識。
「甘く見てた訳じゃ、ねぇんだけどな……流石に強ぇ」
安全だと思っていた距離すら敵の間合い。庇ってくれる味方がいれば違ったかもしれないが、もう遅い。
「くそっ……おい、サバク!」
残った気力を振り絞り、露姫が声を張り上げた。
気づいたサバクが露姫を見上げる。
「テメェをぶっ殺すって目標は、曲げちゃいねぇが……これだけは、言っとく」
サバクを見下ろしながら、痛みと戦いながら、露姫が精一杯の声で、告げる。
「――手放すなよ、あの嬢ちゃん」
「当たり前だ。言われなくても、アイツは俺が守る。テメエらの出番は無ェよ」
ぶっきらぼうな、サバクの返事。それがどこか可笑しくて、露姫が少しだけ笑った。
「……何かさ、やっぱ変わったな、サバク。今までは、テメェのくだらねぇ欲求を満たす為だけに、戦ってたのに……さ」
活動限界を迎える刹那、露姫が必死に言葉を吐き出す。
「……あの子の、まだ未熟な覚悟……形にしてやりな……テメェが、生きてる間、は……よ」
そこまで言った所で、露姫の意識は、急速に失われていった。
戦闘開始から三十五秒。
強制睡眠から復活したリッチが、再び戦闘に参加する
手を向けられたと同時に森林が流草を放ち、衝撃波を上手く凌いだ。更に治癒葉で龍実の傷を癒していく。
「応急処置程度ですけど……」
森林とレグルスに回復を施されながら、龍実はサバクの猛攻を辛うじて耐えていた。
「……影には、また眠って貰うとする、か」
リスクを理解した上で、アスハが再びスリープミストを放つ。リッチと共に再び昏倒するが、今度はサバクが一息で距離を詰めれる間合い。
当然、睡眠が感染した隙を突かれ、サバクに急襲された。包帯男の周囲に召喚された紅い刃の渦が、無防備なアスハの全身をずたずたに切り裂き、手足や胴に突き刺っていく。
しかし、これもアスハの戦術。勝利の為なら自分すら使い捨てるのがこの男だ。
アスハを囮に、龍実が突撃。渾身のエメラルドスラッシュを叩き込む。森林の腐敗は二十五パーセントまで進行中。緑光の刃がサバクの防御を食い破って肌を裂いた。
更に、絶好機の到来に若干遅れる形で、ダンピールを殲滅したハルルカと遼布が対サバクに合流した。紫雲を纏ったハルルカが大剣で、痛覚を切った遼布が騎槍でサバクへと突撃していく。庇うリッチは動けない。
「……チッ、うぜェんだよ!」
再度紅刃を展開し、サバクが撃退士達を薙ぎ払う。ハルルカは何とか間合いの外に逃れ、遼布は死活でやり過ごしたが、遂に限界を迎えた龍実が地に伏せた。起き上がろうとするが、失敗して前のめりに転倒する。
「くっ……まだ、倒れる訳には……!」
龍実は前ほどサバクを憎めなくなってきているのを自覚している。サバクには聞きたい事が沢山あった。
お前には解らない、と言われた。だけど、それでも。
(自分は……いつかオマエの事を解りたい。オマエの心に……触れたいんだ!)
戦闘開始から五十秒。
森林は再び復活したリッチの攻撃を受けて負傷しているがまだ戦える。
唯一無傷のレグルスは重体者を出してしまった事を悔いながらも弓矢をサバクに放つ。だがダメージは与えられない。リッチが身代わりとなっているのだ。
「僕の攻撃は通じない……つくづく、僕は無力ですね」
絶望感を滲ませた声で、少年が小さく呟く。その絶望は天魔を倒せないという事だけではなかった。
遼布は誰かと連絡をかわしているのか、ヘッドセットで何事かを呟いている。死活が数秒後に切れるので戦闘不能は確定。
サバクは負傷したが、紅刃で大きく回復している。一方ハルルカは攻撃の為に降下した直後を突かれ、やはり限界だった。
このままでは、全滅する。最早、切り札を切る他には無かった。
サバクの、最大の弱点を突く。
「ところでサバク君。遊んでくれるのは嬉しいけれど、姫のことを放っておいて良いのかい」
「あァ?」
「ふふ、一度は城を抜け出したお転婆姫だ。ならば居場所が分かるよう、鈴を付けられていても不思議じゃないだろう?」
「……どうせまたハッタリだろうが。その手は喰わねェ」
全然動揺してねぇぞ、という声でサバクが返した。けれどハルルカは知っている。さっきから遼布にちらちらと視線が行っている事に。実にわかりやすい男だ。ミズカが心配でたまらないのだろう。
サバクの反応を愉しみながら、ハルルカが焦らす。
結論から言えば、最後の心理戦はハルルカの圧勝だった。
「確かめたいなら姫の元へ向かえばいいさ。ええ、今度は間に合うといいね?」
「……クソッ!」
サバクが大鎌を構えつつリッチと共に撤退。その背中に、追い打ちをかけるように遼布の言葉が突き刺さる。
「一応、お姫さんとお幸せにって行っておいたほうがいいのか、この場合?」
「ああ畜生! テメエら次逢ったら絶対ブチ殺すからな! 覚えておきやがれッ!!」
サバクが撤退を開始した直後、森林がすぐに撃退署員の生存を確認した。
全員気絶しているが、息はあるとのこと。
けれど、レグルスの顔は晴れない。無実の彼らが傷付いた事は事実なのだから。
自分が助けた彼女が、これを招いた。自分が、彼女を守らなければこんな事にならなかったのでは――。
「……僕はそうは思いません。サバクが彼女に固執している以上、こうなる事は充分にあり得ました」
でも、と森林は続ける。
「もうミズカさんを無理に保護する必要はないでしょうが……本当は、サバク以外の誰かが彼女を救って上げられれば、それが一番なんじゃないでしょうか。」
答えは未だ出ない。
けれど不死王と少女を巡る物語は続いていく。