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全てが死に絶えた街を、久遠ヶ原学園から派遣された撃退士達が進軍する。
大量の瓦礫が散乱し、深い傷痕が刻まれた大地を踏み歩きながら、古鞘 十実(
jb6672)がぽつりと呟く。
「……この地もまた、天魔によって滅ぼされた場所なのですね」
東北の人々がそうであるように、かつて彼女も天魔の侵攻を受けて大切なものを喪くしていた。今回が初の依頼で緊張や不安も大きいが、この戦いが自分と同じような境遇の人達の糧となるのならば幸いだと、十実は思う。
「この依頼、失敗するにはいかないね!」
十実の隣で、鬼灯丸(
jb6304)がぎざぎざの歯を見せて意気込む。光纏した彼女の髪と瞳は、鬼灯のように紅く染まっていた。
やがて敵の姿に気づいたエイネ アクライア (
jb6014)の歩みが止まった。ゲートから排出されたディアボロ達も、こちらに気づいたのか向かって来ているのが見えた。
「むぅ、拙者が言うのもあれでござるが『門』は本当に厄介でござるなぁ」
廃棄ゲートの機能を前にエイネが呆れたような声を漏らす。いざ敵となると、ゲートの強大過ぎる力は厄介な事この上なかった。
「まあ、今はさっさと討ち滅ぼすだけでござる!」
うんざりとした気持ちを切り替えるように、エイネは翼を具現化。空中へと移動し、配置に就く。
「ん、お掃除、大事。頑張る」
「ブルジョワ共の後始末だな。すべて叩き潰してくれよう」
月見里 万里(
jb6676)がこくんと頷き、【革労同】の赤糸 冴子(
jb3809)は凜とした声音で宣言した。
敵の一体、人狼型ディアボロを見据え、冴子は思案する。
事前情報によればこのワーウルフは気性が荒く、物理一辺倒のはず。ならば、そこをどうやって突いていくべきか。ここに集ったのは自分も含めて撃退士としては新人の者ばかり。切れるカードは、必然的に限られている。
「どうにかして魔法を食らわせてやりたい所だが……月見里君、ちょっと協力したまえ」
側に居た万里を捕まえ、冴子が少し屈んで耳打ち。思いついた策を話す。
「――と、いうわけだ。頼んだぞ」
「ん、よく解らないけど、とりあえず、解った」
万里は眠たげな緋眼を瞬かせ、淡々と返答した。
同時に、人狼も唸り声をあげて接近する。獣の金色の瞳は、破壊の衝動に満ち溢れていた。
ワーウルフ対応班の八人が臨戦態勢に移行していく。
戦いが、始まる。
愛用する旧式の大剣型V兵器を掲げ、ネームレス(
jb6475)は不敵な笑みを浮かべた。
「さてと、エレガントさ度外視の戦い、見せてやるよ」
名も無き殺戮者が先制し、大剣『神骸』にエネルギーを収束。中距離攻撃術・ソニックブームを発動する。
風の刃と化した斬撃がワーウルフへと飛来していき、そして炸裂した。
白煙が立ち込め、すぐさまその中から二足歩行の狼が飛び出す。
ワーウルフは、無傷。
「さすが狼ってだけあるな、速い速い。でもま――こっちも単独ってわけじゃないんでな」
人狼が至近距離まで飛びかかるが、青年は動じなかった。
爪撃を繰り出そうとした人狼の顔面に、剛拳が突き刺さる。
マグナム弾の如き拳打の正体は、藤村 将(
jb5690)によるカウンター。
屈強な喧嘩屋の一撃を貰った衝撃で、人狼が後方に吹き飛ぶ。
マグナムバーストを構えつつ、将は余裕の表情を見せた。
「まさに、負け犬狩りって奴だな。サクッと終わらせて、とっとと帰ろうぜ」
そう言って、将がゴブリンを軽く払い飛ばしながら、倒れた人狼に迫る。
阿修羅である彼のパワーは、新人の中では飛びぬけて高く、鍛え抜かれた拳の一撃は凄まじい威力を誇っていた。それこそ、熟練の撃退士と同等の水準に達するほどに。
けれど将の体力は、他の依頼で受けた負傷により、限界まで下がっている。出発までに回復が間に合わなかった事で、大きな不利を抱えてしまっていた。
そんなディスアドバンテージを物ともせず、将がワーウルフの懐まで踏み込む。
「ハッ。だったら殺られる前に殺りゃあ良いだけの話だ。これで潰すぜ、負け犬野郎!」
放たれたのは、山をも砕くとされる破山の拳。当たれば大打撃は間違いない技だったが、起き上がったワーウルフはぎりぎりで回避。
致命傷をかわした人狼が腕を振り上げ、将に痛烈な一撃を見舞う。万全の状態なら耐える事が出来たかもしれないが、今の将にはあまりに重たい爪撃だった。
ワーウルフが唸り、気絶した将にとどめを刺そうと鋭い爪先を向けて――
「狼さん! こっちですよ!」
横合いから聴こえた大声に、ぴくんとワーウルフの耳がはねる。
人狼が振り向いた先には、べー、と舌を突き出す指宿 瑠璃(
jb5401)の姿。
馬鹿にしたような瑠璃の姿に、怒りの形相を浮かべた人狼が突撃していく。
ディアボロが逞しい腕を薙ぎ、瑠璃を引き裂いた――否。
ずたずたにされたのは、アウルで形成された瑠璃の分身。瑠璃本人は分身の真後ろに控えており、傷ひとつ付いていなかった。
囮に気づいたワーウルフの反撃が来るより早く、瑠璃が叫ぶ。
「今です! 狙ってください!」
瑠璃の合図を受けて、遁甲の術で潜行していた鬼灯丸が人狼の背後から出現する。
少女暗殺者が、死角から襲い掛かった。
「わんちゃん後ろがガラ空きだぜ?」
鬼灯丸が跳躍し、頭部を叩き割る勢いで人狼にトンファーを射出。
無防備な背面から体重を乗せた鋭い一撃を喰らった事で、朦朧としたワーウルフがよろめく。
瑠璃と鬼灯丸の連携攻撃で隙だらけとなったディアボロに、撃ち込まれた散弾が炸裂。
痛みで覚醒したワーウルフが振り向き、赤髪の女性の姿を確認した。
「さあ来い、ブルジョワの犬め」
ショットガンの連射と後退を繰り返し、冴子が引き撃ちする。
荒ぶる人狼は散弾の雨を避けながら、冴子との間合いを詰めていくが、
限界まで引き付けた所で、予め闇の翼を展開していた冴子は斜め後方へと飛翔した。
「月見里君、やりたまえ!」
冴子に気を取られ、またも背中を晒した愚かな狼に、万里が迫る。
紫電の魔法剣を生成した万里が、サンダーブレードの一閃を人狼へと叩き込んだ。
「わんわん、お座り」
雷剣に痺れたワーウルフが、痙攣してその場に崩れ落ちる。
間髪入れずに、柳一文字を抜刀した十実が接近。麻痺して動けなくなったディアボロを、一太刀で薙ぎ払った。
十実の斬撃で敵の意識が飛んだ隙に、空中のエイネが一気に降下する。その手に握られた弥都波は、神聖な雰囲気を纏っていた。
スタンから脱した人狼が見たのは、刀身の周囲に形成されていく水の刃。
「物理攻撃と思ったでござるか? 残念、お主の苦手な魔法攻撃でござる!」
水刃が閃き、ワーウルフの胴に深い裂傷が生まれる――けれど、ディアボロは斃れない。
既に強烈な攻撃を三発も喰らっているが、まだダメージはフォードバックされていないようにも見えた。
「ううむ……痛覚を『しゃっとあうと』しているのでござるか。これまた厄介でござるなぁ」
エイネにはすぐに察しがついた。恐らくあと十数秒は、どんなに攻撃を叩き込もうとワーウルフは死なないのだ。
攻撃を当てる為に高度を下げたエイネに、側面から棍棒が伸びる。小鬼の不意討ちを寸前で回避し、エイネが再び上空へと移動する。
「そういえば、ゴブリンもいるのでしたね……」
十実が柳一文字を構え直し、小鬼の群れを見据える。撹乱されて動き回ったはずの人狼のそばには、五体のゴブリンが追いついて来ていた。
ワーウルフは強烈な一撃が、ゴブリンは集中攻撃が怖い。どちらかに隙を見せれば、手痛いダメージを受ける事になるだろう。
「わ、私は先にゴブリンから退治します……!」
そう言って、瑠璃が中距離から十字手裏剣を投擲。手裏剣が額に突き刺さり、小鬼の一匹があっさりと死亡する。
気配を殺しつつも攻撃してきた瑠璃に気づき、残ったゴブリンが一斉に襲い掛かる。
「こ、来ないでください……!」
「蜂の巣にしてやるぜ!」
牛の横顔が刻まれた自動式拳銃を具現化し、鬼灯丸が迎撃。近寄らせる前にゴブリンを銃殺する。
「無常、ですね」
十実もゴブリンを優先。静かに刀を抜き放ち、流れるような動作でゴブリンを斬り伏せた。
小鬼に混じって突撃してきた狂狼には、万里が撓らせた氷の鞭が命中した。
「わんわん、こっち」
冴子同様、引き撃ちの要領でアイスウィップを放ち、万里がワーウルフを引き付ける。
万里を標的しようとした人狼の背後には、迂回した冴子が接近していた。
ディアボロの背中に銃口を突きつけ冴子が、零距離でショットガンの引き金を絞る。
アウルの銃弾が炸裂したのと同時に、人狼の肉体にダメージが反映。悲鳴じみた咆哮をあげて、ワーウルフが倒れ込んだ。
倒れ伏すディアボロの首に、ネームレスの大剣が添えられる。
「悪いな。美味しい所は貰っていくぜ、先輩達」
年齢不詳の謎めいた青年が、斬首の刃を一閃。人狼の首を滞りなく刎ねた。
「残るは徒党を組んだ小鬼が二匹、か。往けるね、月見里君?」
「ん。まかせて」
ワーウルフを撃破した冴子と万里が、迅速にゴブリン殲滅へと移る。
●
同じ頃、デュアル対応班。
毒獣を前に、ケイ・フレイザー(
jb6707)は双剣を構えていた。
「さっさと片付けて、ゆっくり景色でも堪能したいもんだ」
そう呟くが、ケイは不用意に前に踏み込みはしなかった。味方後衛を護るように立ったまま、敵を睨む。
「毒蛇王か。どれほどのものかは知らんが、そいつが残していったディアボロとなると、そいつらの力量も相応のものだろう」
流浪の悪魔である風雅 哲心(
jb6008)は、邪蛇のザハークについて多くを知らない。だが、子爵という階級の高さから、その強さは推測出来る。
撃退士が神器抜きで子爵や少将といった大物と渡り合う為には、かなり大規模な部隊が必要とされるらしい。そんな化物の根城から吐き出された眷属が、今回の相手だ。低位の眷属だとしても、油断は出来ない。
「今の俺の力がどこまで通用するかを試すのには、もってこいだな。一つやってやるとするか」
「ほな、まずはゴブリンから狙おか」
「ああ。ゴブリン達はデュアルにとっても具合の良い盾……厄介だからな。優先して倒すのには賛成だ」
高谷氷月(
ja7917)が弓を構え、リィン・バゼット(
jb6820)が霊符を取り出してそれぞれ配置に就いた。
氷月がアウルを練り、一本の矢を形成。長大な和弓を引いて、小鬼の胴を的確に射抜く。
ゴブリン達が氷月に飛びかかるが、彼女の前に立つケイが小鬼を迎撃する。神の美たるイオフィエルを翻し、ディアボロを十字に斬り裂いた。
氷月とケイが小鬼を掃討する中、リィンがシュティーアを猛射しデュアルを牽制。隙を突かれるのを防ぐのと同時に、行動を阻害する。
仲間がゴブリンを処理している間に、遠距離から哲心がデュアルに霊刃の狙いを定める。水平の落雷を撃ち込んだが、俊敏な毒獣は難なく回避した。
「単純な攻撃が当たる相手ではない、か」
ならば、と闇の翼で空を翔る山科 珠洲(
jb6166)が、魔法書が生み出した光の羽を発射。哲心とは別方向から放たれた魔法弾を、デュアルは飛び退いてかわしていく。
けれど、回避される事まで珠洲は読んでいた。自分の攻撃から逃れようと移動するデュアルを、うまく他の仲間の射線まで追い込む事に成功していた。
翠色の斬糸が煌き、デュアルの紫躯から血飛沫が舞う。
「他人様の故郷を壊してんじゃねえよ」
ワイヤー使いである丁香紫(
ja8460)の金色の瞳には、瞋恚の炎が燃えていた。
デュアルに怒りをぶつけるかの如く、シャンツーがヴィリディアンを乱舞させる。高い精度と退魔の技術を誇るシャンツーの斬糸は、機敏な動作で回避を続けるデュアルを確実に追い詰めていた。
シャンツーに家族は居ない。しかし、孤児であるが故に、故郷や家族というモノが尊い事をよく知っている。それを穢すディアボロ共を、許すつもりは無い。
順調にワイヤーでディアボロの肉を斬り裂いていくシャンツーだったが、やがて異変に気づて動きを止めた。
ふとシャンツーが周囲を見渡すと、辺りは紫色の霧に包まれていた。
毒霧。デュアルが逃げながら放っていた霧の魔法が、撃退士達を静かに蝕んでいたのだ。
幸いにもシャンツーは耐性の高いアストラルヴァンガード。毒の効果を受け付けていないが、他の仲間達はそうもいかない。
毒に苦しみながらも、哲心と氷月、リィン、珠洲の四人がそれぞれ矢弾を飛ばす。正面、左右、上方から来る遠距離攻撃を全て避ける事は流石に出来ず、デュアルの体に幾つかの穴が穿たれる。
包囲を突破すべく、デュアルが哲心へと突撃。毒に濡れた爪を、はぐれ悪魔に向けたが、
「やはり、そう来ましたね」
その動きを読んでいたアストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)が、磁場形成を発動。強化した移動力を活かして高速で回り込み、毒獣を迎撃する。
アストリットはツヴァイハンダーを振り下ろし、デュアルの太腿に刃を突き立てた。大剣によるカウンターは効果覿面で、毒獣が耳障りな悲鳴をあげて悶え苦しむ。
「回避型としてはさ、足やられんの嫌だよな? お前の気持ちはよく分かる。だからこそ――容赦しねえ」
デュアルの背後から、ケイが無情にもイオフィエルを振り抜く。
狙いは、アストリットが傷付けた前脚の一本。
刃は深くまで埋まり、ディアボロは絶叫と共にケイを振り払って後退していった。
「逃さん」
リィンが素早くデュアルに銃を向け、アウルの弾丸を高速発射。クイックショットを叩き込む。
それに同期するように、氷月がストライクショットを発動。鋭さを増した矢を放ち、デュアルの脚を射った。
「物理、魔法ともに有効そうですね……それなら」
アルス・ノトリアを開き、珠洲が最大火力で魔法攻撃を撃つ。
珠洲の攻撃に誘導されたデュアルの行く先には、シャンツーが待ち構えていた。
「猿は猿山で大人しく寝てるんだな」
デュアルの脚部に絡ませたワイヤーが引かれ、切り落とされた肉片が宙を踊る。
これまでに蓄積されたダメージも相俟って、デュアルの機動力は大幅に落ちている、はずだった。
それでも毒獣は霧を撒き散らしながら、全力で撤退。もはや勝算が無いと踏んだのか、何処かへと逃げる。否、逃げようとした。
高速移動するアストリットが、負傷しながら全力移動するデュアルに追い縋り、アイスウィップを一閃。女騎士は、敵を取り逃がすつもりなど最初から無かった。
「とどめはお願いします」
アストリットに促され、哲心がデュアルを仕留めるべく駆け寄っていく。
「これで終わりだ。―――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
雷光轟竜斬。雷を纏った荒々しい竜の如く力強い斬撃が閃いた。
紫電の太刀に灼かれ、真っ二つに両断されたディアボロの残骸が地面に崩れ落ちる。
●
桃 花(
ja2674)が薄淡い光を纏い、空を見上げる。
頭上にいるのは、天使を模した禍々しいディアボロ。血のように紅い大鎌が不気味だった。
「恐いけど……頑張るの……」
この地に暮らしていた人々に、故郷を取り戻してあげたい、とまだ幼くも桃花は思う。
桃花自身、帰るべき家がないので、彼らのつらさがわかるような気もするし、わからないような気もする。けれど、帰るところが欲しいと願っている感情は同じではないか、と。
「――ま、あたし達に出来る事なんてたかが知れてるわ。目の前のムカつく顔をぶっ飛ばすことぐらい、よ」
御堂 龍太(
jb0849)がいつもよりやや真面目な調子で言う。
悪魔に大切な者を奪われたという彼が、このとき内心では何を想っていたのかは分からない。ただひとつ確かなのは、スキルで肉体強化を施した龍太の全身からは、アウルに混じって強い怒気が立ち昇っていた。滅多に怒らない彼にしては、珍しい姿といえる。
龍太の眼前では、無数のゴブリンが悪童のような笑みを浮かべて飛び跳ねていた。
「……人の土地にズカズカと入り込んで、ヘラヘラ笑ってんじゃないわよぉ!」
怒声と共に、龍太が鎌鼬を発動。精製した風の斬刃を飛ばし、餓鬼の首を刈り取る。
更に二発目の鎌鼬を撃とうと構える龍太に、ゴブリン達が群がる。龍太は鎌鼬を発動すると同時に後方へと跳躍。包囲される前に、何とか攻撃圏から逃れた。
「……目標確認……攻撃開始……」
加藤 百合子(
jb6735)が、射程に収めたゴブリンにアウルの矢を発射。的確に一体ずつ攻撃しては後退していく。
「……駆逐する……天魔は……すべて……」
弓での引き撃ちを淡々と繰り返し、百合子が援護射撃を行う。普段は感情の読み解き難い百合子だが、故郷を奪った天魔と対峙しているせいか、どす黒い憎悪が端々に見られた。
「殲滅の死神――汝の牙は我が剣に、我は汝の鎖を繋ぐ者!! 契約の印を以って抑止の輪より来たれ――Set! 【鉄】」
呪文詠唱を引き金として、姫咲 翼(
jb2064)がティアマットのクロガネを召喚。ボルケーノでゴブリン達を一掃させる。
「これが……ティアマット……」
「翼……無理はするなよ」
初めて召喚したティアマットを、翼が複雑な心境で見つめる。そんな翼を心配するように声をかけ、美影 一月(
jb6849)が闇の翼で飛翔していく。
「さて、いくか……」
「ふむ。わしらはファウストの相手をしようかの」
龍太と百合子、翼がゴブリンを処理してくれている間に、翼を顕現させたラヴ・イズ・オール(
jb2797)が飛翔。高高度から、擬天使を見下ろす。
「宙に浮いているのは、人の子にとっては面倒じゃろうて。しかし……」
ちら、と敵を眺め、ラヴがふんぞり返る。
「かの蛇王が相手ならいざ知らず、主すら不明の野良どもばかり。ふふ……ふはは! ばかめばかめ、もう一つおまけに大ばかめ! この金竜姫の薙刀の錆となれる名誉、有り難く受け取れい!」
黄金竜の姫を自称するはぐれ悪魔の彼女は、敵を今の自分でも簡単に倒せる格下だと判断。全開で威張ってみせた。
「くっくっくっ……僕の的として精々足掻くと良いね。まあ、向こうの方が強敵なので油断はしないがね」
同じくはぐれ悪魔の錦織・長郎(
jb6057)が肩を竦めながら言う。人間を超えた存在である彼らは、本来ならばディアボロなど歯牙にも欠けないような力を持っていてもおかしくないが、人界へと堕ちる際にその力は大きく失われていた。
「……まぁ、何にせよ。大きな勝ちを得たとは言え、まだまだ後始末が大変なのだからね。だからこそここは、しっかりと後腐れなく始末しておくべきだろうね」
長郎が具現化したリボルバーの引き金を絞り、ファウストを銃撃する。
「…………」
ファウストが正面の長郎に僅かだが反応した一瞬に、上方のラヴが急降下。一気に勝負に出た。
「やつの大鎌とわしの薙刀、どちらが上か決めねばならん。まあ結果は明らかじゃが、の」
ラヴが操るのは強化された舞の薙刀。使い手本来の力もあり、威力は充分だったが、
甲高い金属音。
ラヴが振るった薙刀は、ファウストの掲げた大鎌に受け止められていた。
重たい衝撃は確実にファウストの肉体にダメージとして通っているが、しかし致命傷とまではいかない。
ファウストが薙刀を弾き、大鎌を一閃。ラヴに強打を叩き込む。このディアボロは防御も高い個体だが今のラヴは防御が得意ではなく、接近戦での相性は悪かった。
「……大丈夫か」
闇の翼をはためかせ、ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)が静かにラヴを気遣った。
「ぐぬぅ……な、なんとかの」
重傷だが、ラヴはまだ動ける。
「……ならば、往くぞ。数で撹乱しながら、あいつを墜とす」
「うむ。冷静さが強みとなるのは、仲間あってこその話じゃ。あの未熟者にそれを教えてやらねばならぬ!」
ギィとラヴが、それぞれファウストの周囲を素早く飛び回る。無論、ファウストは先ほどダメージを与えたラヴを標的にした。大鎌から衝撃波を起こし、ラヴを仕留めようとして――
「お前の相手は私だ……!」
一月がファウストの懐に飛び込み、エクスプロードを一閃。ファウストはそれを大鎌で受け止め、返す刃で一月を薙ぎ払った。
「くっ……!」
手痛い反撃を喰らった一月が後退。翼を消し、地上に降りる。ダメージは大きいが囮役としては充分。高所恐怖を耐えてまで一月が無理をしたのは、空中班の攻撃を確実に通す為だった。
「後は任せたぞ……」
ファウストの頭上から、ラヴと同じように龍玉蘭(
jb3580)が強襲。ディバインランスを構えたまま急降下し、刺突を繰り出す。さらにギィも玉蘭に合わせて垂直落下。
「……堕ちろ、貴様に相応しい処へな」
ギィが八岐大蛇を抜刀し、力を込めた一撃を打ち込む。カオスレートの加わった玉蘭の槍撃と共に掌底を浴び、ファウストが地上すれすれまで吹き飛ぶ。
「……私の体重が重たいわけじゃないですからね? ね?」
「……解っている」
そんなはぐれ天魔の会話を余所に、桃花がファウストへと迫る。
「これでも食らえ……なの……!」
桃花がアウルの力で生み出したワルキューレの短剣を投擲。冥魔を破壊する力を乗せた聖なる一撃を模造天使へと叩き込んだ。
カオスレートを利用した攻撃は、ディアボロに大きなダメージを与えていたが、頑丈なファウストはまだ斃れない。
ファウストが大鎌を振るい、波状の魔法攻撃を発射。魔法の斬刃を広範囲まで拡散させ、周囲のゴブリンごと撃退士達を切り刻んでいく。
大技である範囲攻撃の威力は強烈だった。天界の影響を受けている桃花や玉蘭などは、一撃でかなりの傷を負っていたが、
「痛くない、もん……。家を追われた人の心の方が、痛いもん……!」
盾で防ぐ事が出来ずとも、桃花は頑張って踏みとどまる。玉蘭も再び武器を構え直し、飛行高度をあげていく。
「あらあら……思ったよりお強いですねぇ……ですが、幕引きとしましょう」
その言葉が、終局の合図となった。
円錐槍を持ったまま、玉蘭が全力で突撃。天冥の差を活かし、強力な突きの威力を、更に上昇させる。
玉蘭の突き出したディバインランスは、ファウストの胴体を貫通。
槍を引く抜くと同時に、擬天使の死骸が地上へと完全に落下し、どさりと斃れこんだ。
「……残るは雑魚だな」
一月がゴブリン殲滅に移行しようとした所で、龍太の炸裂符が起爆し、最後の一匹だった小鬼が爆死した。
「こっちも終わったわよ」
軽く息をつき、龍太が告げる。
「そっちは大丈夫でござるかー!」
「回復は要るか? すぐに治してやるよ」
戦闘を済ませた他班のエイネやシャンツーが駆け寄る。三班とも序盤は危なかったものの、それぞれ敵を倒す工夫を怠らなかったお陰か、難なくディアボロを殲滅できていた。
「定期掃討の第一回は無事成功、ってことでええんかな」
氷月の言葉に応じるように、十実が呟く。
「……私達の勝利は、誰かの希望になれるでしょうか」
東北の情勢はいまだ安定せず、ディアボロの湧き上がる廃棄ゲートの他にも、はぐれと化した敗残兵や、不穏な動きを見せる冥魔達の動きも見過ごせない。
居場所を無くした人々が日常を取り戻すのは、もしかしたらだいぶ先になるかもしれない。少なくともこのザハークゲートが消失する兆しは無く、恐らくこれからも野良ディアボロが黴のように発生していく。十和田の本格的な復興も、ゲートという脅威が消えてからになる。
「……帰る故郷がありながらも帰れない、のは辛いだろうな。手が届く距離なだけに、尚更」
そういえば、同時期に行われているという青森市郊外の復興活動はどうなったのだろうか、とリィンはふと思った。
撃退士に残された仕事は多い。定期掃討も、しばらく続く。その度に気の抜けない戦いになるだろう。
どん、と龍太が逞しい胸を叩く。
「邪魔な連中が出てくるってんなら、あたしは何度だってぶっ飛ばしてやるわよ」
そう言って、龍太は軽くウィンクをしてみせた。その仕草に、撃退士の中に微かな笑いが起きる。
平穏にはまだ遠い。
けれど、撃退士達は確かに前に進んでいた。