●相見える時
すぐ後ろで怪物が、いや天魔が、建物や障害物を破壊している音が聞こえている。逃げている10名は、追いつかれるのも時間の問題だと恐怖に怯えていた。
(誰か‥‥誰か‥‥助けて!!)
その内の1人の女性が必死に祈りながら、どこまで近づいているのかと後ろを振り返ったその時。
1本の矢が飛んだ。
豚のような頭に屈強な人間の体をした怪物は、まだいくらか距離を置いていたが、その片目に、真っ直ぐに矢が突き刺さるのが見えた。
「ここから先へは…、行かせないわ…」
その声に慌てて前を向くと、左前方から、強弓を構えた巫女装束の黒椿 楓(
ja8601)ら撃退士7人がこちらへと走って来る姿が確認できた。安堵の余り思わず涙が出そうになる。
撃退士の中でも一際背の低い少女が、黒のワンピースの髪の長い少女と一緒にやってきて、笑顔で声をかけてくる。
「お疲れさま‥‥!ここからはボクらがついていくよ!」
蒼井 御子(
jb0655)と、都 夜風(
jb0705)である。
チャイナ服を着た、ほんの子供にしか見えない少女も、他のメンバーと共に、避難者とオークの間へと移動しつつ、幼いながらも真剣な表情を向けてきた。
「後は愛ちゃん達に任せて、無事に逃げる事だけを考えて欲しいの。ここで敵は、きちんと食い止めておくの!」
そんな周 愛奈(
ja9363)達の言葉に、ほっとして緊張をほどきかける者もいたが、何人かはまだ逃げ切れたわけではないのだと気を引き締め直す。
「‥‥こんな小さい子達が頑張っているのよ。私たちも避難所まで気を抜かないで移動しましょう」
年配の女性が呼びかけた言葉が、その何人かの心情を代弁していた。
●時は遡り、現場到着直後
現場に到着後、夜風は直ちにヒリュウを召喚する。
「上に行って、様子を見るように。それと視覚共有を忘れるな」
彼女の長い黒髪は左目を覆うように垂れている。影から呼び出した獣はまだ幼体のヒリュウだったが、何故か右目が塞がっていた。
愛奈は、テト・シュタイナー(
ja9202)と共に町の地図を広げ、現在位置を確認する。オークは東から西へと侵攻していると聞いていたが、一行が到着したのは、町の南西部のはずれのようだった。
「どの辺りで迎撃すればいいか考えるの!」
さらにテトは、周辺を探るために双眼鏡を覗く。
「遠くに土煙が上がってやがる。あのへんに、オークの野郎がいんじゃねぇのか?」
「私は‥別行動‥になりますが‥オーク達の‥位置‥を探って‥くるのです‥」
アイリス・L・橋場(
ja1078)はそう仲間に伝えると、土煙の上がっている場所の南側へと、真っ直ぐ走って行く。
「よろしくね‥。何かあった時は‥連絡待っているわ‥」
楓がアイリスの背中へと声をかけた。
「持って置くに越したことはないと思うぞ?」
前の任務で怪我がまだ癒えていなかった礼野 智美(
ja3600)だったが、避難者の誘導を買って出た御子と夜風へ、何かあった時のために救急箱を手渡すと、連絡方法について相談していた。
「くそ、間に合ってくれ」
諸葛 翔(
ja0352)は焦燥をつのらせながらも、他のメンバーと共に、破壊音やヒリュウからの情報を頼りに走り出す。
「民間人10名、確認できました。‥‥その東側から2匹のオークが接近しているようです」
夜風は、先行しているヒリュウと視覚共有を開始し、周りに情報を伝え始めた。
2匹以外のオークについては、高い建物に視界を遮られ確認できなかったが、民間人の居場所を特定したことで、最短距離で駆けつけることが出来そうだった。
●南側遊撃班1―アイリス
「南側から‥町の‥中央に‥かけて‥3匹‥発見‥なのです。‥このまま‥進ませると‥避難所まで‥向かう恐れも‥あるので‥ここで‥食い止めるのです‥」
仲間が救助対象と合流する少し前、別行動をとっていたアイリスは、破壊音などを頼りに3匹のオークを発見すると、おおよその場所を仲間へと連絡した。隠密を用い、一番南側にいるオークへと近づいていく。
あとの2匹はどうやら、夜風(ヒリュウ)からも確認できたらしく避難者の方へと向かっているようだった。
(私の今回の目的は時間を稼ぐこと。ですが、敵を倒してしまっても構わないですよね?)
心の中でそう呟くと、手にした石を1匹のオークへと投げつけ、その注意を引き付ける。
ある程度他のオークから引き離したところで、Alternativa Lunaを発動。真紅の紋様に彩られた漆黒のバイザーが顔の上部を覆う。表情が抜け落ち、バイザーで隠された目には凶暴な光が宿る。
『Am ucid inamicul(敵は…殺す)』
●それぞれの役目
救助対象者と合流した後は、テトは奇襲を狙うために別行動を開始し、足止め班として、翔、楓、智美、愛奈の4人がその場に残ろうとしていた。
「ここは何とかする、避難は任せた!」
そんな翔の言葉に、御子と夜風は救助者と共に、西側の避難場所へと向かっていく。夜風は去る前に、戦闘に参加させようと幼体のストレイシオンを召喚する。
「叩き潰せ。ストレイシオン」
2体のオークは、あと少しの所で獲物を逃がしたのと攻撃を受けたので、気が立っているようだった。高さ約3m、幅2m弱の巨体を揺らし、新しい獲物へと獰猛な顔つきで近づいてくる。
智美は、体全体を金色の炎に包むと、接近してきたオークへ最初に切りこんでいき痛打を与える。スタン状態になったオークへと仲間の攻撃が集中する。夜風のストレイシオンも一緒になり、魔法攻撃をしかける。
「―風を以て彼の者を縛らん」
翔は武器を忍術書に持ち替えると、審判の鎖でもう1体のオークを縛り、その場から動けないようにする。
「前で戦う兄様姉さまの為に、愛ちゃんが援護するの!」
オークの姿にやや怯えながらも、愛奈は幻想動物図鑑を手にする。図鑑の中からミニサイズの麒麟のようなものが現れ、オークへ噛みつきダメージを与えた。
彼女はスタンエッジをかけようと、次の行動でオークへと近付くが、逆に気づかれ、太い棍棒が目の前へ重く迫ってきた。
咄嗟に後ろに下がるが、避けきれないと目をつぶる。が、待てども衝撃は襲ってこない。
「君の相手は、うちよ…」
2mを超える和弓を持った楓が、回避射撃を放ち、オークの攻撃をそらしていたのだった。
『1匹発見したぜ。こいつも足止め班の方へ向かってるようだな』
北側へと回り、残りのオークがいないか偵察していたテトから、4人の元へと連絡が入った。
『ケホッ‥こちらは‥1匹と‥対戦中なのです‥』
アイリスからも連絡が入るが、
「今のところ計4体か。おかしいな、目撃されたのは5体と聞いているんだが‥‥」
翔が眉をひそめる。
その時、あらかじめ携帯を、避難誘導班と通話状態のままにしておいた智美が、はっとした表情で叫ぶ。
「残りの1体は、避難者の前方に回り込んでいるらしい!」
『ちっ、先行していた奴がいたか‥‥!』
状況を聞いたテトの声色に、焦りが滲む。
智美は、翔から『南風』による回復を受けるとすぐに誘導班の方へ応援に行こうとするが、ふと愛奈の方へ向き直ると、
「くれぐれも気をつけて。‥‥ここは、頼んだぞ」
自分の先輩の従妹にあたる、少女へ向かって拳を突き出す。気づいた愛奈は同じように手を伸ばし、誇らしげに拳を合わせる。
「任せておくの!」
他の2人にも声をかけると、智美は縮地を使い避難者のいる方角へと急ぐ。
●避難誘導班1―御子、夜風
「え、あなた高校生なの!?」
「そうなんだ。何か実際より、若く見られるちゃうんだよねー」
救助対象の女性たちと会話も交えつつ、御子と夜風は駆け足で誘導していた。
「‥‥ふふっ。高校生でも、私から見れば若いわよ」
明るく返す御子に、周りにも自然と笑顔が生まれていた。
と、その時。右前方の建物の陰から何とオークが現れるのが見えた。
「こんなところに‥‥!」
しかし、そんな状況も想定に入れていた2人は、慌てずに対応する。
足止め班に近い場所に、ヒリュウを見張り役として待機させていた御子は、一度召喚を解除すると、再びヒリュウを側へと呼び出す。
「おあいにくさま、だよ。ここにも未だ守り手はいる、ってね‥‥!」
夜風も同じようにストレイシオンを召喚し直し、
「危なくなったら、迷いなくスキルを使え。‥‥お前だけじゃない、仲間があぶなくても、だ」
そう指示を出すと、自分は民間人を連れて敵を迂回しようとする。
「これで多少は時間を稼げます。怯える暇があれば、足を動かしてください」
「あ、ああ‥‥。そうだな、皆、大丈夫だ。急ごう」
きついとも捉えられる夜風の言葉だったが、避難者達は我に返って足を動かし始めた。
御子は足止めのため、召喚獣達と残ることにする。やがて一人になると、表情を消し、迫ってくるオークを見つめて呟く。
「――醜いな、お前」
●南側遊撃班2―アイリス
アイリスは、獲物と認識し手を伸ばしてきたオークに対し、薙ぎ払いをしかける。運悪く躱されてしまったところを、敵の棍棒が唸りアイリスの腹部へと直撃する。
「かっ‥‥は‥‥」
4m程飛ばされて体を折り曲げるが、すぐに身を起こすとオークの懐へと迫る。続く攻撃で、オークの胴体をやや深めに切り裂く。
怒りに吼えるオークの攻撃を躱し、次の一撃も確実にオークへと当てる。
時間の経過とともにバイザーは砕けるが、その表情から不屈の闘志が失われることは決してない。手にした赤い刀身から血を滴らせ、オークへと切りかかっていく。
●避難誘導班2―御子、夜風、智美
夜風のストレイシオンから攻撃を受けたオークは、怒りの声を上げるがまずは、くみしやすそうなヒリュウへと棍棒を向ける。
生命力を共有している御子が、咄嗟に痛みに対して身構えたその瞬間、ストレイシオンが高く鳴き声を上げる。気づくとヒリュウの周りに青い燐光が生まれていて、オークの棍棒はその手前で止まっていた。
ストレイシオンが発動した防御結界、夜風が、味方が危なくなったら使用するように指示していたものだった。
「‥‥ありがと、ストレイシオン、夜風さん」
オークの猛攻を何とかしのいでいると、金色の炎を足に集中させた智美が駆け付け、その勢いのまま、敵へと飛びかかっていく。
「これ以上、先へは進ませない!」
薙ぎ払いでオークの動きを止めると、一気に形勢は逆転した。
智美は、一旦は手持ちのスキルが尽きるが、闘気解放で闘争心を上げると、さらに技を繰り出していく。御子は、ヒリュウのブレスが切れたのを察知すると、自ら閃光の魔導書を持ち、光の弾丸を放ち始めた。
●北側遊撃班―テト
智美が移動した後は、主に翔が2体のオーク相手に、その攻撃を耐えしのぐ役目を担っていた。
「くっ、―風を以て治癒を為す」
諸葛流占術『南風』により、怪我を負った自分自身を回復させる。散らばっている他の仲間達が各々役目を果たすと信じ、自分はここで敵の動きを止めることを最優先に考えていた。
そんな中、北東側から現れたもう1匹のオークの姿が、足止め班のメンバーの視界に飛び込んできた。
姿はまだ遠方にあったが、こちらへと向かって来ようとしている。さらにもう1体も相手にできるのか否か、不安がよぎったところだった。
そのオークの後方から飛び出してきたテトが、スタンエッジを用い、電気を直撃させる姿が目に入ってきた。
「さぁーて。楽しいタイマンタイムだぜ、ブタ野郎。速攻でウェルダンにしてやんよ!」
北側の一番端に位置していたオークを、双眼鏡を使って見つけたテトは、障害物に隠れながら敵の後方へと移動し、攻撃の機会を伺っていた。そして足止め班を発見したオークが、そちらの方に意識を向けている隙をつき、奇襲をしかけるのに成功したのだった。
スタンで身動きがとれなくなったオークに対し、テトは両腕の巨大な幾何学模様の篭手のようなものを砲口の形に変化させると、灼熱の炎の塊を解き放つ。
フレイムシュートによって表面にやけどを負ったオークは、意識を取り戻すと苦悶の声を上げ、彼女を睨みつける。
そんな相手にも容赦なく、彼女はスタンとフレイムシュートを交互に繰り出す作戦に出る。再びスタンエッジをかけて意識を封じると、次の攻撃で砲口を敵へと向ける。その奥からは灼熱の炎が見えていた。
「ああ、悪ぃ。素材が悪過ぎっから、品の無い丸焼きになっちまうな?」
●足止め班―翔、楓、愛奈
現れた1体はテトに任せても大丈夫そうだと判断した3人は、目の前の2体のオークへと集中する。
回避射撃で翔の援護をしつつ、楓は、先程片目に傷を負わせたオークに再び狙いを定める。
「混沌の闇へ…誘うわ…」
もう片方の目にも矢が命中し、両目を潰されたオークは、顔へ手をやると憤怒の叫びを上げた。復讐を果たそうと、楓がいるであろう場所へ棍棒を振り回すが、正確さに欠け全て空振りに終わってしまう。
時を同じくして、マジシャンステッキに持ち代えた愛奈が、スタンエッジでもう1体のオークの脳天へ電気を食らわせると、同じオークに翔の審判の鎖が絡みつく。2人がかりでオークの動きを封じる。
「…一気に行くぞ!」
「ここは愛ちゃん達が守るの!」
翔は、オークの攻撃が当たらない場所まで後退すると、忍術書を手に烈風の刃を生み出し、敵を切り裂いていく。
愛奈が架空の動物によってダメージを加えると、楓はブーストショットで、敵の傷の多い部分を狙い、破壊力を上げた弓を射る。
そこへ、何とかオークを丸焦げにし終えたテトが、遠距離からの光の羽による魔法攻撃で、手傷を負っているオークを切り裂き、追い打ちをかける。
「食えねぇ豚に用は無ぇ。失せな!」
南側の離れた場所にいたアイリスと、夜風が再召喚したヒリュウとが駆け付ける頃には、オークを全滅させていたのだった。
●任務完了
一方、その頃夜風は、避難者と共に無事に避難所へと辿り着いたところだった。
救助した人達の家族や友人から感謝の言葉をかけられながらも、夜風は、防音施設への広報の対策が今後必要ではないかと、しっかり苦言を呈していた。
しばらくして他の仲間達も報告のため、避難所へとやってくると、避難していた大勢の町の人々に囲まれてしまう。感謝の言葉に答え、話をしている内に時間は立ち、帰る頃にはもう日が暮れようという時刻になっていた。
●おまけ
「あー、帰ったらポークジンジャー食べたいぜ」
腹の虫を鳴らしながらテトが話すと、
「えー‥‥豚はちょっと‥‥」
御子が顔を引きつらせる。
「豚なら、愛ちゃん角煮が好きなの!」
分かってるのかそうでないのか、にこにこして話に加わってきた愛奈に対し、周りの仲間は苦笑や微笑みを浮かべた。
各々、傷を抱えたりお腹をすかせたりしながら学園への帰途につく。
沈みかけた太陽の橙の光が、辺りをやさしく照らしていた。
fin.