●合流
救援依頼のため、ヘリが学生を1人乗せて飛んだ。そして入れ替わりに、傭兵経験のある聖城 明(
ja7444)がヘリから降り立ち、一同の前に立った。
「外部通信用の無線機なら傭兵時代に少し使ったことがある。多分扱えるだろう。リーダーは‥‥あんたか。よろしく頼む」
リーダーとなった強羅 龍仁(
ja8161) と握手を交わす。そして、下妻ユーカリ(
ja0593)、水尾 チコリ(
ja0627)、シルヴィア・エインズワース(
ja4157)、Rehni Nam(
ja5283)、八辻 鴉坤(
ja7362)、猫神・恵那(
ja7947)に簡単に自己紹介をし、持ち込んだ防犯ブザーを手渡した。
「非常時、緊急時、調査終了時は『ダンスホール』に集合すること。必ず2人以上で行動すること。これだけは、絶対に守って欲しい」
龍仁が力強く、きっぱりと注意事項を伝える。
「さくせんにしたがって、がんばるのよ! えいおー!」
チコリが制服で片腕を天に突き上げる。ユーカリも、知人が亡くなったという事実がまるでなかったかのように、「犯人探すぞー」と能天気な声を上げる。
「人数分のインカムを借りられないだろうか?」
鴉坤が、自分たちが撃退士であることを告げ、乗務員に頼むと、問題なく人数分の船内用無線機(インカム)を借りることが出来た。暫く、乗務員にインカムの使い方を教わる。
「チコ、ちゃんとおぼえたよ!」
機械が苦手なために苦戦するシルヴィアの横で、チコリが真っ先に手を挙げた。先入観のない小学生は流石に呑み込みが早い。
通信室に案内してもらい、電気系統を調べる明。船外への通信機器はひしゃげていて、明らかに壊されていた。レフニーがデジカメで写真を撮る。船内放送機器もダメージを受けていたが、配線が幾つか断線しているだけで、修理は容易だった。レフニーは道中も、異臭などがないかを気にしていたが、血痕の残る場所で鉄錆のような臭いがしただけだった。
「これで船内放送は可能だな。インカムのノイズも少しはおさまるだろう」
「では、なるべく全員をダンスホールへ誘導するか」
「全員に、救命胴衣を着用するようにと」
「わかった」
龍仁が鴉坤に頷き返し、最初にマイクを取った。
乗員乗客に、ダンスホールへ集まるよう指示する。
続いて鴉坤が英語で同じ内容のアナウンスを流し、他の者は手分けして乗員乗客を誘導する係に回った。
●
「副操舵手さんたちは私たちが守るのですよ」
レフニーは、航行のためにここから離れられない乗員たちの許可を得て、乗員乗客名簿のデータを調べていた。自分のノートパソコンにデータを写していくが、手作業なので時間ばかりが過ぎていく。
(行方不明者を割り出すのも結構かかりそうなのです‥‥データの互換性がないのはつらいです)
船内のコンピュータは独自のソフトを使っており、個人情報保護のためにロックがかなり厳重だったのだ。勿論、データの中身を見せてもらうため、乗員に操作を頼んで、ソフトのロックを解除してもらってから作業を始めた次第である。
存在するものを証明するのは容易である。しかし、存在しないものを証明するのは、困難である。
その場にいる乗員に話を聞いても、行方不明者の確定が出来なかった。
血痕だけがあり、遺体が無いのだ。
せめて遺体が見つかっていれば、特定は簡単だっただろう。
●
『ご馳走が、ダンスホールに集まるのですって。アレン、お腹がすいてすいて仕方がないの』
「ああ、ベティ。いいところを探そう。確かキッチンが併設されていたね」
愛する妻の遺体と、とろんとした目で話し続けるアレン・スミス氏。
「キッチンの貯蔵庫なんてどうだろうね? ベティが食事をするのに十分な広さではないかな」
『そうね。愛しているわ、アレン』
ナニカがベティの背中から伸びて、アレンをぎゅっと抱きしめた。
「お?」
一瞬、乗員服のユーカリが、黒百合クライミングで船の外壁を走っていて、偶然、丸い窓からナニカを見た。
だが海藻や波などに邪魔されて、肝心のものが何なのか、わからなかった。
●
龍仁は、シルヴィアと共にアレンの部屋を訪れていた。揺れている「Don’t disturb」の札。
「俺もお前くらい時に妻を亡くしているから、お前の辛さは分かるつもりだ‥‥お前にこんなことを言うのは酷だと思うが、事件解決のため‥‥ベティに会わせてくれ! 頼む!」
「そうですわ。個室に籠っていないで、ダンスホールに集まって下さい。お願いします」
返事が無い。一人分の食事の跡が、廊下に放置されたワゴンの上に残っている。
「俺はお前に手荒な真似はしたくない。頼む、出てきてくれ!」
「そうですよ。アレンさんや、場合によってはベティさんのご遺体に危険が及びうること、このまま日数が経つと遺体が痛ましいことになることくらい、お分かりになって下さい!」
「‥‥出てこないなら‥‥無理やりにでも出てきて貰う!」
龍仁はがちゃがちゃと、借りてきたマスターキーを差し込む。何かが詰まっていて回らない。シルヴィアが開錠を試みるが、どうも鍵自体が何かに引っかかっているようで、上手くいかない。
「やむを得んか‥‥」
力ずくで蹴り開ける。
誰も居なかった。
そして、目がくらむような、鉄錆の臭い。不思議と死臭がしなかった。
ツインベッドの片方には血痕が少し残っており、恐らくベティの遺体が寝かされていたのだと思われた。
「な、何です、これ‥‥?」
シルヴィアがシャワーカーテンを開けると、ユニットバス内に、被害者のものと思わしき金属片や異物が沢山転がっていた。
●
鴉坤から予め双眼鏡を渡された恵那は、ユーカリと共に血痕が見つかった現場を回っていた。
本当にこれは血なのだろうか?
もしかしたら大掛かりなお芝居で、最後にカーテンコールがあって、拍手で終わるのではないかと願っていた。
「特に注意したいのは第一の殺人と第二の殺人ですわね。特に第二については、血痕が見つかった時点でいなくなった人が居ないかを確認したいです。あの血痕と二つの事件の犯人は、そして犯行手段はどうやってなのかが気になります。デジカメをとっていた人に見せてもらって、手掛かりになるものが映っていないか調べられないかしら?」
考え込む恵那。一応レフニーに行方不明者の解析を任せているが、なかなか情報が入ってこない。あちらも手こずっているのだろうか。
『アレンが部屋にいない。遺体もない』
インカムから、龍仁の声が聞こえた。
●
「水尾さんも怖いと思うけど頑張って。大人は負けず嫌いだから、君の頑張っている姿はきっと、皆を勇気付ける」
鴉坤はチコリと共に、ダンスホールに集まった乗員乗客の見張りについていた。
「チコたちがいるからだいじょーぶ! わるいひとはやっつけちゃうんだよ!」
チコリは鴉坤に勇気づけられ、明るく振る舞い、人々から見当たらない人の情報を聞き出していた。逐一、インカムでレフニーに報告をする。
「ん?」
ダンスホールに接して、軽食や飲み物を提供するためのキッチンがある。そこへ、船内調理師が入っていくのを見つけた。
「おりょうりできる人がいなくなっちゃうなんてありえない! コックさんはチコがまもるの!」
チコリはそう言って、ぱたぱたと後を追う。
「水尾さん、単独行動は‥‥!」
慌てて追う鴉坤。人々を励まそうと、音楽家たちが懸命に明るい曲を奏でている。それを見て、きっとコックたちも、自分たちに出来ることをしよう、と思ったのだろう。
「だいじょうぶなの! チコ、たべものとかおみずとか、チコがかえるだけもってきてあるの!」
コックたちを引き留めるチコリ。だが、遅かった。
ひゅん、と音がした。
バタン、と音がした。
楽団が奏でる明るい曲が流れる中。
今まさに目の前で、キッチンに、あの血痕が――。
真新しい血痕だけが――。
「!!」
コックさんを護れなかった。コックさんは消えてしまった。
バタン? 何か閉まった音?
チコリは一生懸命考える。鴉坤がチコリを抱きよせ、貯蔵庫を睨み付けた。
「天魔の気配だ。間違いない」
インカムをONにして、そのまま話しかける。
「どうする?」
リーダーである龍仁に指示を仰ぐ。
ダンスホール横のキッチン。スタッフオンリーの出入り口があるはずだ。
「少し時間を稼いでくれないか。それまでに、合流できるものにはしてもらう。皆、ダンスホール併設キッチンへ急げ」
「りょーかいっ!」
明るく、ユーカリの声が答える。
「わかりましたわ」
恵那が答える。
「うー、まだ分析が済んでいないのです。行方不明者がはっきりしないのです。乗客に関してはチコの情報で大分埋まりましたが、乗員は‥‥航行のために手が離せない人もいて、事件が起きていることすら知らない人もいるようなのです」
レフニーはデータと格闘中のようだ。
「俺は副操舵手の補佐で操船している。悪いが手が離せない」
明が答えた。
「‥‥6人で何とかいけるか?」
鴉坤は皆の集合を待ち、そして――
●
――貯蔵庫を開けた。
ぼり、ぼり、ぼり。薄闇の奥で、何かを咀嚼する音が聞こえる。
「おいしいかい、ベティ?」
『ええ、とても』
甘い声が囁く。ライトを点けてみると、ギョッとするような光景が展開されていた。
ベティが、生前の面影を残して、立っている。
その腹に、もうひとつ、大きな顔がある。
第2のベティの口が動く。むしゃむしゃと何かを食べているのだ。
口からはみ出しているのは――人間の、コックさんの、足だった。
その髪を愛おしそうに撫でるアレン。
アレンの目は、とろんとしていて、何処かへいってしまっている。
「な‥‥んですの、これは‥‥まさかベティ様が‥‥」
恵那が異様な光景に、口を押える。
遠くから、場違いなくらいに、楽団の明るい演奏が響いてくる。
「どいて頂けますか。ベティはとてもお腹がすいているのです」
微笑む、アレン。
ベティの背から、ナニカが伸びた。それは、触手のようでもあり、昆虫の足のようでもあり。
先端部分が、カマキリのそれのように、鋭かった。
それが、4対。
合計8本の、鋭い刃。
しゅっ。
空気を裂く音がして、ぼとぼとと貯蔵庫の中に吊るしてあったチーズやベーコンの塊が落ちる。その高さは、皆を護るために前に進み出た鴉坤の、丁度、頸動脈の位置。
ガッ!!
龍仁が鴉坤の前に出、危ういタイミングで、ブロンズシールドで受けた。ジジジと擦れる音がする。もし鴉坤が直撃を受けていたなら、頸動脈を一撃で切断され、血を大量に噴き出してこと切れていただろう。
そう、今までベティに食われてきた人々のように。
「こんなに狭いところでは、数の多い俺たちが不利だ。しかし、ダンスホールにも行けない。行かせられるものか」
龍仁は策をめぐらし、アレンに向かって「表へ出ろ」と告げた。
「そのすっとぼけた眼に、この拳でしっかりと現実を叩きこんでやる!!」
「どうする、ベティ?」
アレンはとろんとした目で、ベティの遺体に、いや、ベティの遺体に寄生している天魔に向かって語りかけた。
『おいしいものが目の前にたくさんあるのに?』
腹にある第2のベティの顔が、不服そうな表情を浮かべる。
『この人たちから、食べてしまいましょうよ。アレン』
「そうだね、ベティ。ここなら、私たちが有利だね。それに、誰にも見られないで済む‥‥」
アレンはぬっと立ち上がる。そして、ベティを庇うようにして。
拳銃を、抜いた。
●
「行方不明者は何とか8割くらい絞れたのです。乗員は、指揮系統の権限の高い順に消えています。あと通信員や船医も早い段階で‥‥」
レフニーからインカムに連絡が入る。
「‥‥どうしました?」
「緊急事態だ。船内放送で、ダンスホールの皆を劇場へ移してくれ。今一番ここがやばい」
鴉坤がレフニーに答える。
「わ、わかったのですっ」
しばらくして、船内放送が入る。貯蔵庫の皆は、動けなかった。
「あなた、正気なんですの? それとも‥‥?」
恵那がアレンに問う。
アレンはとろんとした目で、こちらに銃口を向けたまま、微笑みを浮かべていた。