●出航
「では強羅さん、最年長なのですから、皆さんの保護者としてよろしくお願いしますー」
マリカ先生(jz0034)が桟橋で大きく手を振る。強羅 龍仁(
ja8161)は頷いて、甲板から軽く手を振り返した。ゆっくりと豪華客船が桟橋を離れていく。
●ご挨拶
「豪華客船での船旅ともなれば、待っているのはロマンティックな恋! 略してロマ恋! こんな船で旅行ができる男性だから、やっぱりそれなりの収入があってー、それでもってイケメンに違いない。二人は出会い、恋に落ち、船は沈没する!」
どどーん。下妻ユーカリ(
ja0593)が旅立つ前から、大興奮クライマックス状態である。
「沈没するとか言っちゃ駄目ですよー? 縁起悪いですよー」
櫟 諏訪(
ja1215)が、やんわりとユーカリを嗜める。
「まあ、念のために見ておいたが、廊下の各所に船内地図と非常口が描かれているようだ。あと救命胴衣は客室のベッドの下にあった。救命ボートの位置も把握済みだ。‥‥船の設計図や航海日誌も見てみたいものだが‥‥」
気配り上手の八辻 鴉坤(
ja7362)が、素早く確認している。
「えーもうたんけんしちゃったのー? チコもいきたいのー」
水尾 チコリ(
ja0627)が、かわいらしい仕草でハネムーナーのアレン・スミス氏&ベティ夫人を見上げた。
「アレン様とべティ様ですわね。ごきげんよう。お部屋も近うございますし、今後ともよろしくお願い致しますわ」
淑女らしく、慣れた様子でスカートを軽くつまみ、膝を少し屈めて、猫神・恵那(
ja7947)はスミス夫妻に挨拶をした。シルヴィア・エインズワース(
ja4157)も淑やかに夫妻に挨拶をする。
「それにしても、美男美女のご夫妻ですわね‥‥」
恵那は2人を素直に称賛した。恥ずかしそうにベティが俯く。
「ベティさんに、お洒落について聞きたいのですよー。どうしたらそんなに綺麗になれるんですー?」
化粧未経験のRehni Nam(
ja5283)が興味津々に尋ねる。頬を上気させ、ベティはささっとアレンの背に隠れてしまった。よしよしと宥めるアレン氏、そうっと夫の背から顔を出すベティ夫人。
なんとも仲睦まじく、初々しく、微笑ましい新婚夫婦である。
「せっかくお誘い頂いたので、ダンスご一緒しますよー! そう言えばお2人はどこからいらしたんですかー?」
諏訪がおっとりと話しかける。
「アメリカの、ロサンゼルスからです。ベティがスシバーで働いていましてね、スシの美味しさに、私も日本に興味をもちまして。それで、ハネムーンは日本に行こうと決めたのです。‥‥2人で日本語を猛勉強しましたよ」
思いがけなく、馴れ初め話が始まっていた。ベティは顔を真っ赤にして夫に貼りついている。一方自ら語りだしたアレン氏は、照れ半分、自慢半分という感じであった。
●ダンスホール
銘々、自室でドレスやタキシードに着替え(中には着付けをシルヴィアに手伝って貰う者も居り)、ダンスホールに集まる。レフニーは化粧室で、ベティに軽くお化粧をして貰っていた。
「おー!」
鏡をみると、ナチュラルメイクがドレスに映えている。レフニーは感動した。
「若いうちはこの程度でいいのです。お肌が綺麗ですから‥‥」
ベティは化粧道具をしまうと、優しく微笑んだ。
「男性同士のペアはマナー違反となる場合が多い。外でステップの練習をしよう。‥‥あ、その前に手の組み方だな。まず片手で女性の手を握り、もう片腕を背中に‥‥」
人気のないところを選んで、龍仁にステップを教える鴉坤。
「チコ、ダンスははじめてなの! くるくるひらひら、たのしそうなの! やってみたいな! えなちゃん、シルヴィアちゃんさん、おしえてくれるっ?」
チコリがかわいくおねだりをする。「勿論!」と恵那&シルヴィアの声がハモった。
ダンスの予習をしてきた諏訪と、普段からレッスンを受けているユーカリは、練習中の皆を微笑ましく眺めながら、「生演奏で踊れるなんてすごいよねー!」「ですねー」と、贅沢な経験を噛みしめていた。
「皆さん練習中ですし、折角だから一緒に踊ってみませんかー?」
諏訪が誘い、ユーカリと2人で復習ついでに踊ってみる。
「うん、ステップもリズムもばっちりだよ! これなら誰と踊っても恥ずかしくないね」
ユーカリが太鼓判を押す。諏訪は素直に喜んだ。ステータスのあほ毛がぴょこんと揺れる。
オーケストラの生演奏が始まり、乗客たちが踊りだす。
(「お嬢さん、私と踊りませんか」と誘う素敵なバリトンの声。触れ合う手と手。そして芽生える恋! もう、ダンスらない手はないよね!!)
ドレス姿で鼻息荒く、戦場に向かう武将の顔つきで突撃をかけるユーカリ。
新婚夫婦は既に、楽しそうに踊っていた。
「アレンちゃんさんたち、チコもダンスにさそってくれるかなあ? ちっちゃいと、むりかなあ?」
恵那が心配そうなチコリの手を引いて、大丈夫ですわ、と声をかける。
「ええ。是非、踊って頂けませんか?」
チコリにアレン氏が手を差し出す。ベティは龍仁の傍に移動し、微笑ましく夫がチコリと踊っているのを眺めていた。龍仁はタキシード姿で、壁の花ならぬ壁そのものになっていた。
「ふむ‥‥俺は相当に場違いな気がするぞ?」
「そんなこと無いですよ」
「いや、でも、しかし‥‥こんなおっさんと一緒に踊りたいやつなんかいるのか?」
「‥‥」
こくんとベティが頷く。(ダンスは男性から誘うものだ)との鴉坤の忠告を思い出し、龍仁は慌ててベティを誘った。鴉坤に教わったとはいえ、慣れないステップで必死に踊る。かなり上手に、ベティがリードしてくれた。鴉坤が遠くから満足そうに見守り、壁の花になっている女性を見つけては気を配って、ダンスに誘っていた。
相手を変えながら、皆で踊る。
「楽しいけれど、ちょっと靴に慣れていないので、疲れました」
レフニーが諏訪と踊り終え、少し端に身を隠すようにして、ふわぁと伸びをした。
「もうじきダンスパーティも終わりますから、辛抱ですよ」
シルヴィアが、ウェイターが配って回っている飲み物をレフニーに渡す。
「これ、お酒じゃないですよね?」
「レモンスカッシュみたいですよ」
きっと未成年者に配慮して下さったんですね、とシルヴィアは、サービスの良さに感心した。
最後の曲で、再びアレン氏とベティが踊る。
ユーカリはというと、初老のダンディな紳士と優雅に踊っていた。どうやら、ロマンスは芽生えなかった代わりに、ロマンスグレーの紳士と仲良くなったようだ。
「楽しめました?」
「はい。とても」
オーケストラの演奏が終わり、シルヴィアがベティにダンスの感想を尋ねる。ベティは微笑んだ。
●船内探検と、美味しいビュッフェ
ダンス直後に食事、は流石にきついため、皆で船内探検をしてみようという話になった。
「レストランいがいでごはんたべれるところ、あるかなあ?」
チコリはごはんに興味があるようだ。メインレストランの他にも、バーや喫茶店、和風レストラン、多国籍料理店、甘味処などなど、沢山の食い処が見つかった。
「あ、あら?」
シルヴィアが携帯のカメラ機能の操作を誤り、四苦八苦している。その横で、諏訪がデジカメで順調に楽しそうな皆を撮影している。
「あとでアルバムにするのですよー」
携帯と格闘しているシルヴィアの姿も、はい、パチリ。
「おおー! 劇場広ーい!!」
ユーカリが防音扉を開けて、感嘆の声を上げる。今日の演目は「白薔薇姫」という劇らしい。誰も居ない劇場を、諏訪がデジカメでパチリ。
「アルバムを作ったら、マリカ先生に見せて自慢するのですよー」
ビリヤードルームはそこそこ人で賑わっていた。
「あ、危ないですわ、チコリ」
恵那がはしゃぐチコリを止める。危うく、使用中のキューがチコリにぶつかるところだった。
「ダーツも出来るんですね」
レフニーが最新型デジタルダーツマシンを見つけた。
ひとしきり遊んでいると、段々皆、空腹を感じ始めた。
「なにはなくとも、ごはんごはーん! みんなでごはんたべたいな! みんなでたべるほど、ごはんはおいしくなるんだよ。でも、チコのはたべちゃだめだからね!」
チコリがはしゃぎだし、いざレストランへ出撃である。
メインレストランでは、ベルボーイが扉を開けてくれて、中はまるで結婚式場のように整えられていた。これで食べ放題?、と思うほど、豪勢な食事がずらりと並んでいる。皆、皿を持って列に並んだ。少しでも容器の底が見えると、さっと新しい品が提供される。
なんというサービス。しかも、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、調整されている。
「うおー! ゴージャス! ゴージャスハリケーンだよっ! なにこのスイーツの山! ちょっと、庶民には食べられない豪華さじゃない!?」
スイーツ通のユーカリが感涙する。
「おいしいのー」
チコリがもぐもぐしながら幸せそうに笑顔をこぼす。その口元を拭いてあげるベティ。
(この料理は‥‥ふむ、かなり手が込んでいるな。恐らく仕込みの際に、白ワインで‥‥)
料理を喜んで口に含みながら、料理法を解読しようと考え込む龍仁。鴉坤は食事をさっさと済ませて独り、デッキへ行ってしまった。
「美味しい料理がいっぱいですよー!」
全種類制覇を目論む諏訪とレフニー。美味しい!、と料理を噛みしめる度に、諏訪のあほ毛がピンと立つ。
対照的に、ゆっくりと食事を味わうシルヴィアと、テーブルマナーを守り、上品に食事を続ける恵那。恵那は時折、反射的にチコリに「手づかみは駄目ですの」「犬食いになってますわ」と注意をしていたが、意識的には自重しているつもりだった。
「諏訪もレフニーも、そんなに焦らなくても‥‥時間制限はないのですから」
シルヴィアが諏訪とレフニーの様子に、軽く肩を竦める。そして、アレン氏夫妻に話を振った。
「もしよろしければ、馴れ初めなど伺っても?」
「は、はい」
不意をつかれるアレン氏、真っ赤になるベティ。
「商談でロスへ行きましてね、そこでベティの働くスシバーに行ったのが最初です。私の一目ぼれでした」
そして、ベティに会いたいがために、わざわざロサンゼルスに引っ越し、スシバーに通いつめ、誕生日を聞き出し、当日、白いスーツに100本の赤い薔薇と婚約指輪でサプライズ・プロポーズ。
アレン氏の熱烈なアプローチに、満更でもなかったベティは、映画のようなプロポーズに感激し、「なんてロマンティックな方なのかしら」と、結婚を承諾。
スシの聖地である日本のチャペルで結婚式を挙げ、この豪華客船で現在ハネムーンを楽しんでいるという次第である。
「お寿司が繋ぐ愛の物語だねえ‥‥ぽっ」
ユーカリが(いつか私にも王子様が‥‥)とうっすら頬を染め、ベティと年の近いシルヴィアはふむふむと心のメモに書きつけていた。
●プールにトランプ、これ王道!
「ちょっとトランプなんかも持ってきたので、よかったらどうですかー?」
食事を済ませた皆は、デッキに集まり、諏訪の持ち込んだトランプで遊び始めた。
鴉坤だけが、流れ行く海と遠くに見える島を眺めながら、酒を嗜んでいる。
「俺も酒を買ってくるか‥‥」
龍仁が席を外した。ついでに土産物を物色するつもりだ。
「トランプのルールはしってる? チコ、おしえてあげるの」
「お願いします」
得意げなチコリに、アレン夫妻、恵那も興味を示す。
「鴉坤もご一緒にいかがかしら?」
「‥‥お邪魔でなければ」
遠慮がちに鴉坤も加わる。
「でもチコ、しちならべとだいひんみんしかしらないよ! ルールおぼえるのにがてで、ときどきわかんなくなっちゃうの」
「じゃあババ抜きとかどうでしょうー。教えますよー?」
諏訪が説明し、勝負が始まった。
「う‥‥どうして勝てないんですかー! もう一戦!」
負けず嫌いのシルヴィアが加熱していく。レフニーも、手札は悪くないのに苦戦中だ。ビギナーズラックとでもいうのか、恵那とアレン夫妻は好調である。
「どうして1番にあがれないですか‥‥手札は割と良かったのに‥‥」
レフニーがふにゃっとデッキテーブルに突っ伏した。
トランプやカードゲームを堪能した後は、温水プールで遊ぶことになった。
「ビーチボールもってきたの、だれかふくらませて?」
スクール水着のチコリに頼まれ、サーフ水着の諏訪がふうふうと膨らませる。そこをシルヴィアが写メろうとするが、またも失敗。
「貸してみろ」
龍仁がシルヴィアの携帯をいじり、あとはボタンを押すだけという状態にして、手渡す。
「あのー、デジカメ撮影、お願い出来ますかー?」
諏訪に頼まれ、龍仁はデジカメを受け取った。
パレオを巻いたワンピース水着のレフニー、派手目の水着を着た恵那、シンプルな水着の鴉坤、そして割と地味な水着のアレン夫妻で、水をかけあったり泳いだり、ビーチボールでトスを繋げたりして、楽しんだ。日も暮れてきて、プールがライトアップされる。美しかった。
「もう暫くすると、劇が始まりますね。支度をして、少し皆で売店でも見て、それから劇場に行きましょうか」
シルヴィアが提案する。鴉坤はアレン氏をつかまえて、「一緒に酒でも?」と英語で誘った。
泳いだ者は更衣室へ。女子がのんびりと化粧直しや着替えをしている間に、鴉坤はさっさと着替えを済ませ、アレン氏と共にバーで酒を飲んだ。英語で語り合う。龍仁は少し離れた席で酒を飲みつつ、(外国語はわからん‥‥)と2人の様子を見ていた。
(女性陣は遅いな。着替えついでに仮装パーティの支度でもしているのか?)
心配になり、保護者的な気持ちで迎えに行くと、図星だった。劇の後に仮装パーティが控えているのだ。レフニーがパピヨンマスクをつけ、皆はドレス姿。恵那が優雅に扇子で顔を隠している。
船内アナウンスが流れた。劇場が開いたのだ。早速、演目「白薔薇姫」を観に行く一行。
いい席が取れたと喜んでいるうちに、劇が始まる。
「ちょっと、失礼しますね」
ベティが幕間に、お手洗いに立った。
幕が再び上がり、照明が落とされ、そして――劇が終わる。
ベティは、戻ってこない。
●何があった!?
女性陣で近場のお手洗いを探す。ベティは居ない。
アレン氏が自室を調べるが、戻った様子もない。
「どこにいったんだ? この船から出られる筈はないし‥‥」
勿論、すっかり夜である。海に身を投げるのは自殺行為だ。あんなに幸せそうだったベティが自殺!? いや、あり得ないだろう。
どこかで悲鳴があがった。
皆、悲鳴の聞こえた方向へ走る。
目に入ったのは、鮮やかな赤。
天井に、壁に、床に、大量の絵具をぶちまけたような。
その中央に、血塗れのベティが、仰向けの姿勢で倒れていた。
「ベティ! ベティ!!」
アレン氏が泣きながら抱きしめる。
ベティは既に、息絶えていた。