●
「助かりますわ。有難うございます」
アリス・シキ(jz0058)は、鷹司 律(
jb0791)から写真を貰い受け、礼を言った。
律は、予めクラスに密かに探りを入れて、絵羽(えわ)をいじめたり無視した同級生全員の顔や特徴がわかる写真を、撮っていたのだ。
「これで、絵羽さんの同級生の入場制限、少しは、やりやすくなりそうですか?」
「勿論ですの!」
狩野 峰雪(
ja0345)は、そんなやり取りを耳にして、考え込んでいた。
(同級生の入場制限かぁ‥‥。最後に仲直りとか、逆にキッパリ言い返してみたりできれば、サッパリしそうだけれど、同級生のいじめの度合いにもよるし、絵羽さん自身がそれを望んでなければ意味がない‥‥か)
パーティの準備が少しずつ整えられていく。
黒百合(
ja0422)が積極的に会場設営の手伝いをしてくれており、皆の持ち寄ったお菓子やフルーツが一箇所に集められている。黒百合の差し入れた、一口サンドイッチ、カットフルーツなども会場に並べられ、誰でも食べられる様になっていた。
音源関係は、亀山 淳紅(
ja2261)が手を入れている。
絵羽は、とっておきの、可愛らしいニットのワンピースを着て、とうちゃんと応接室に待機していた。
パーティの開始の合図であるチャイムが鳴って、会場に向かう。
「さあ、楽しんでおいで」
とうちゃんは娘を送り出した。
●
「きゃはァ、チョコレートフォンデュ食べ放題だわァ‥‥ふふふ、いっぱい楽しむわよォ♪」
黒百合はフォンデュ容器の中に芋けんぴを入れ、練り練りしながらチョコをくぐらせていた。
「チョコフォンデュって、実際に食べるのは初めてなのよねェ‥‥なるほど、なるほどォ‥‥こんな風に食べるのねェ♪」
あらァ、案外いけるじゃなァい、と、黒百合は、チョコのついた芋けんぴをパクリ。
中央のテーブルには、レンタルしたチョコファウンテンが1台だけ、どーんと設置されており、とろとろとチョコが流れ続けていた。
その周囲に、参加者から提供されたものを含め、菓子折りやフルーツの盛り合わせなどが、一口サイズにカットされたり、開封されたりして、綺麗に串に刺して並べられている。
そのテーブルを囲むように、3つテーブルが並び、それぞれにフォンデュ容器が設置されていた。
「やあ、アリス。パーティ主催お疲れ様」
鈴代 征治(
ja1305)が、ソフトドリンクコーナーであたたかい紅茶を淹れて、アリスにと差し入れた。シルバートレイの上に、フランスパン、ポップコーン、ドーナツが並んでいる。
「有難うございます。楽しんでいってくださいませね」
アリスはにこっと微笑んだ。各テーブルのフォンデュ容器を、さりげなく確認して回る。
ついでに、恋人の差し入れてくれたフランスパンを、チョコにくぐらせてパクリ。
「美味しいですの〜」
「よかった」
征治は微笑んだ。
「このフォンデュソースもアリスの手作り? 先日一緒にフォンダンショコラを作った時にも思ったけれど、チョコの温度管理って難しいんだね」
人目につかない会場の隅で、仲良く食べさせ合いっこをする2人。
BGMに、淳紅のソロピアノがやさしく流れている。
秋嵐 緑(
jc1162)は会場入口で「チョコパーティーですか。初めての経験なので、ワクワクすっぞ」と棒読みで呟いた。
早速、用意してきた、散弾銃型チョコと散弾型チョコの入った包みを取り出す。
パーティの人数を調べて用意してきたため、サンタクロースが袋からプレゼントを出しているように見えた。
「ハッピーヴァレンタイン!!」
すれ違う人に包みを渡しながら、緑は熱心に散弾銃の素晴らしさを説いた。
「散弾銃は実に素晴らしいのです。それをより多くの人に知ってもらいたいのです。その為に摂氏600度までぐつぐつと煮込んだ業務用お得チョコを鋳造して、更に鍛造する二度手間をかけて、作り上げた一品です。そんじょそこらの、想いが詰まっているとされるチョコよりも、密度も硬さもハードで、半端ないチョコですよ」
摂氏600度には、流石に誰もが突っ込みたくなった。
だが、製造工程はともかくとして、一応食べられるチョコに変わりはない。
「絵羽さんにも、このパーティーが、良い思い出となりますように」
「あ、有難うございます」
絵羽は、思いがけなく、散弾銃型チョコセットをもらって、動揺していた。
ぺこりと頭を下げる。
「お前が絵羽ちゃんか。今までお疲れさん」
鐘田将太郎(
ja0114)は、事情はあえて聞かずにそっと労い、用意してきた花束を手渡した。
「何を渡したらいいのかわかんねぇんで、無難なモンですまん」
「い、いいえ! 嬉しいです! すごく嬉しいです! 有難うございます!!」
絵羽は花束に顔をうずめると、驚いたように声を上げた。
「俺が持ってきたマシュマロもあるし、お、フルーツも菓子も色々あるな。絵羽ちゃんも一緒に食おうぜ。このバナナなんて、チョコフォンデュ向きじゃねぇかな」
「は、はいっ。いただきますっ」
緊張して、かちかちの絵羽の頭を、安心させるように、ぽんぽんと将太郎が撫でる。
「‥‥大丈夫だ。撃退士の先輩たちは、みんな良い奴ばっかりだぜ?」
将太郎が覗き込むと、「‥‥はい」と絵羽は目を潤ませていた。
クリス・クリス(
ja2083)と共に、ミハイル・エッカート(
jb0544)がいるのを見つけて、絵羽は会場内を移動する。
「おお、絵羽か。どうだ、パーティは楽しんでいるか?」
「は、はい。すごく、楽しいです。有難うございます」
絵羽が丁寧に挨拶をする横で、クリスは持ち込んだ野菜を輪切りにしていた。
「フォンデュには瑞々しい野菜も合うと思うの。ピーマン嫌いのミハぱぱでも、チョコで誤魔化せば食べれるかな?」
クリスは輪切りにしたピーマンをチョコに絡めて、「ミハぱぱ、はい。あーん♪」と口を開けさせた。
「なんだ、パプリカか。マズイってことも無いだろうが‥‥んん!?」
クリスの差し出した串をくわえたまま、ミハイルの顔色が青ざめる。脂汗がぽつぽつと浮き始め、絵羽はどうしていいかわからずおろおろしていた。クリスは、逆ににこにこしている。
ミハイルはピーマンを吐き出し、見た目は普通のフルーツに手を伸ばした。
だが、それはゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が用意していた、ピーマン味のフルーツであった。
再び悶絶するミハイル。
「ぶはっ、おい、俺を罠に嵌めたのかっ! 高性能ピーマン探知能力を備えた俺に通じるとでも‥‥うげぇ、食っちまった、気持ちわるっ!!」
「なに怒ってるの? いつも見た目に騙されるなってミハぱぱ言ってるじゃんー。こんなに美味しいのに、なんで嫌いかなぁ? あ、絵羽さんも食べてみる? ピーマンだめ?」
「いえ、食べられます‥‥あの、ミハイルさんは、ピーマン、食べられないの?」
しゃくしゃくとチョコつきピーマンを食べながら、クリスは「うん」と頷いた。
げほげほと、ミハイルはまだ、苦しそうにむせ込んでいる。
絵羽は花束を脇に置いて、ミハイルの背中を懸命にさすった。
「だ、大丈夫だ‥‥有難う、絵羽」
何とか持ち直し、ネクタイを直すと、ミハイルは絵羽を撫でた。
「まあ、そうだな、絵羽、誰にでも弱点がある。俺にもだ。そして勿論、長所もある。自分だけが弱いなんて思うなよ? 絵羽はまだ若い、いつか必ず才能が花開くさ」
「‥‥はい。有難うございます」
こくりと絵羽は頷いた。
「助けがいる時は連絡してね。必ず助けに行くからっ‥‥ミハさんが」
最後をぼそりと呟くように言って、クリスがにっこり続けた。
「今日こうして会えたんだから、転校しても、絵羽さんはボクの先輩だよ。だから、遠慮しちゃダメなんだよ」
「有難うございます!」
緊張していた絵羽の顔が、徐々に和らいでいく。
「おや、鈴代先輩はフランスパンにポップコーン、ドーナツですか。僕はですね、ドライフルーツの詰め合わせや、マシュマロやチョコ最中、アイスクリームなどを持ってきてみましたよ」
征治を見つけ、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が駆け寄る。
「この、チョコ最中なんてなかなかいけますよ、チョコにチョココーティングですからね。まさにチョコの大合唱といった味わいです。試してみませんか?」
「それは美味しそうですね」
黄昏ひりょ(
jb3452)が、声をかける。
そこでエイルズレトラは、絵羽に気がついた。
花束を抱えた見知らぬ少女。彼女が、送別会の主役だとすぐにわかった。
「そちらのかたもどうぞどうぞ。アイスのチョコがけなんかもオススメです。美味しいですよ。その綺麗なお洋服を汚さないよう、気をつけてくださいね」
「有難うございます。いただきます」
絵羽は花束を置いて、勧められたアイスをチョコがけして食べた。
「おいしいです! つめたーい!」
口元を押さえる絵羽。
淳紅がピアノを弾きながら、歌い始める。
Rehni Nam(
ja5283)も一緒に、声を合わせて歌う。
テンポの良いその音楽に合わせ、「では少々ご注目を」と奇術士エイルズレトラは手品を披露する。指先で、指の間で、くるくると回るボール。1つが2つに、2つが3つにと増えていく。
そして増えたボールを一瞬でかき消し、絵羽の花束から取り出した。
「え、えー! 何、何が起こったんですか?」
びっくりする絵羽の横で、「すごいや、魔法みたいだね」とひりょが盛大に拍手。
エイルズレトラは微笑んで、トランプの手品を披露する。ひりょと絵羽に好きにシャッフルさせて、1枚引かせ、引いたカードをぴたりと当てる。
「すごい! あたりです!」
「本当だ!」
「では、次の芸を。これも練習すれば誰でもできますよ」
トランプをしまい、ボールを再び取り出して、華麗にジャグリングを決める。宙を舞うボールの数々を様々な体勢で受け止めては投げる。絵羽は夢中になって見つめていた。
(よかった、楽しそうだ)
ひりょが安心したように絵羽を見つめる。
「こんなにすごいこと、練習すれば、誰でもできるの?」
「そうですよ。最後に絵羽さんの将来を占いましょう。一枚カードを引いてください」
「はい」
絵羽が引いたカードは、ジョーカーだった。少し不吉な予感もしたが、エイルズレトラは努めて明るい解釈をした。
「これは、今までと大きく生活が変わる可能性がある、という暗示です。どんな未来であれ、望んだ未来に近づけるんです。ジョーカーは全てのカードの代わりになります。だから絵羽さんの未来は、絵羽さんの望むようになりますよ」
はい、どうぞ。エイルズレトラは、お守りとして絵羽に、ジョーカーのカードをプレゼントした。
「僕は、詳しい事情は全く知りませんが、退学してもどうか気を落とさぬよう。何があったかは知りませんが、これで人生は終わったりしません。中学を3回留年して平気な僕が言うんです。間違いありません」
エイルズレトラが胸を張って言うので、絵羽はぽかんとした。
「中学を3回、留年したの?」
「そうですよ」
「あんなにすごいことができるのに?」
「はい。だから絵羽さんも大丈夫です」
ありがとう。絵羽は確かにそう言って、にこっと笑った。
(辛い事は沢山あっただろうし、そういうのは心のどこかに澱みとして長く残り続ける場合もある。でも、楽しい思い出が色褪せぬよう、今日は目一杯楽しんでもらおう)
ひりょはあたたかな笑みを浮かべて、絵羽の笑顔を見つめた。
ティアーアクア(
jb4558)は、愛おしくて愛おしくて仕方がない妹、ティアーマリン(
jb4559)とパーティを楽しんでいた。
「はい、あーん。もっとあるわよ」
妹にチョコがけメロンを食べさせながら、肉親がいることの有難みに思いを馳せる。
「お姉ちゃんの胸、良い匂い‥‥すりすり」
思いっきり甘えるティアーマリン。
「あ、ひりょだ〜!」
ティアーマリンは大きく手を振った。ひりょは手を振り返す。
「黄昏ひりょ‥‥」
ティアーアクアは、微かな嫉妬を感じて、彼の名を呟いた。
「そこの子が絵羽だね、初めまして、わたしはティアーマリンだよ。えっとね、きっとね、これからも辛い事や苦しい事はたくさんあると思う。でも絶対にそれだけじゃないから、楽しい事や嬉しい事だってたくさんあるんだから、だから負けないで、ね!」
ティアーマリンは、にこにこして絵羽に言った。
「はい。有難うございます」
絵羽はゆっくりと頷いた。
「遣る瀬無い‥‥とても、遣る瀬無いのですよ。エワちゃん、貴女に、学園での良い思い出はありましたか? 辛い思い出ばかりなのは悲し過ぎます。せめて今日が、良い思い出の一つとして残りますように」
歌を終え、ピアノのそばからレフニーが走りおりてきた。
「大丈夫です。有難うございます。皆さんすごく優しいですし、パーティもとっても楽しいです」
絵羽はやわらかく微笑んだ。
「お2人の歌、とっても素敵でした。とってもやさしい声で、すごくよかったです」
レフニーは絵羽をぎゅーっと抱きしめた。
「私も辛い事があったけれど素敵な事もあったのです。エワの進む道が祝福されていることを祈っています」
一緒にチョコフォンデュしましょう。レフニーはそう言って、マシュマロと、お手製のポッキーで作った細長いプレッツェルを差し出した。
(ヴァレンタインにジュンちゃんに作ったものの余りですが、良い機会なので残りを一気に使っちゃいましょう)
2人で仲良くチョコフォンデュしていると、淳紅が近づいてきた。聴き取り易く、耳に優しく響き、慈愛を滲ませるアルトボイスで、言いにくそうに口火を切る。
「‥‥お見送りパーティで、思い出させるのも不安にさせるのも、心苦しいのですが‥‥」
絵羽の手が止まる。
「2つの事件の薄らとした関連性、それが、同じ人間にふりかかる事の奇妙さ。誰かの思惑と言わずとも、望まぬ縁の繋がる可能性があるように思えてなりません」
「どういう意味‥‥ですか?」
「まあ、何かあったら迷わず学園に連絡を、と。一度の縁でしたが、貴方のこれからの幸せを想う者からの小さなお願いです」
にへ、と笑って、淳紅は阻霊符とAdoucir S3を絵羽に差し出した。
「前のように、またお父様と貴方に危険が迫った場合、何も無い、よりはマシだと思いまして。楽器なので持っていても怪しく思われませんし」
「こんなに綺麗なフルート、いただけません‥‥とても高そうだもの」
絵羽が遠慮するが、まあまあ、と淳紅は楽器を押し付けた。
「絵羽さん、もらっておいてあげてくださいよ。年上の言うことは聞くものですよ」
やんわりと征治が淳紅と絵羽を執り成す。絵羽はもじもじと受け取った。
「あー、シキ先輩だ、長らくご無沙汰しておりますでーす!」
征治の隣にいたアリスに、夏木 夕乃(
ja9092)が走り寄ってくる。
「相変わらず黒でゴスですね! 髪つやつやですね! どうですか、みかんのチョコフォンデュ、美味しいですよ!」
串を差し出しながら、夕乃は挨拶をした。
「夏木さん! ご無沙汰ですの〜!!」
アリスと2人で盛り上がる。夕乃は、淳紅とレフニーのそばにいるワンピースの少女に目を留めた。
「彼女が絵羽さんですか。初めまして夏木でーす。さあさ、お近づきのみかんフォンデュをどうぞ」
みかんフォンデュを、もきゅもきゅと一緒に食べながら、夕乃は言った。
「何事にも立ち向かうのは尊いですが、義務じゃないんです。人間なんだから弱くてもいいじゃない。負けちゃいけない場面もあることさえ忘れなきゃね」
(‥‥そういえば前にもあったよな、苛められて学園やめた学生の話。やっぱり死亡の事実は伏せて正解だったんだろうな‥‥撃退士だって人間に好悪の感情はあるんだろうけど‥‥シキさんが同級生とか部活が一緒だったら良かっただろうに)
礼野 智美(
ja3600)は、礼野 静(
ja0418)と共にパーティに参加していた。
(まあ、行き場はまだあるんだし、無理に撃退士にならない方が良いかもしれないよな)
絵羽と話してみたいけど‥‥彼女自身とは初対面だし‥‥そう言えば、姉上はどこへ行ったんだ?
躊躇している間に、智美は静を見失っていた。
●
静は、応接室に向かっていた。
(妹から聞いた絵羽さんの話では‥‥以前にも人形に襲われた、んですよね? 偶に、同じ人が狙われて、連続して襲われる事件、ありますよね‥‥聞いた話で、頼れる伝手、ですか‥‥)
絵羽が学園に来る切欠となった事件は、マリカ先生に似た人形に襲われた事件‥‥。確かその時、とうちゃんは敵の術にかかっていたはず。絵羽が狙われているかどうかは分からないが、とうちゃんの言う「頼れる伝手」について、詳しく聞きたいと思っていた。
(お父様の方にも、学園への連絡先等がわかるよう書いた物を渡しておきましょう。娘さんだけが又何かに巻き込まれた時に、親族として学園に連絡を取れるように)
応接室を開けると、煙草の匂いがした。
ファーフナー(
jb7826)が、とうちゃんと共に煙草をくゆらせていた。
その手には、パンフレットが広げられていた。
『NPO法人福祉団体極楽園 原磯桃源郷企画』
パンフレットに印刷された文字。
『太平洋を臨む温暖な地、原磯地区では、家や職を失った人、生活に困っている人、介護の必要なご老人などを、積極的に受け入れております。出来ることを出来る人が出来る分だけ行い、財産を分配しあい、地域で共生していくことを目指す企画です。原磯地区では自給自足も可能です。是非皆様で理想郷を作り上げていきませんか』
薄い割に、パンフレットには具体的な方策もしっかり書かれていた。
代表者の名前を見ると、『二階堂辰巳(にかいどう・たつみ)』と書かれている。
「確かにうまい話だ」
ファーフナーはパンフレットを閉じた。
「大量の雇用を行い、住居も提供できるような、そんな潤沢な資金を持っている所などあるのだろうかと思っていたが。NPO法人で福祉団体、つまり国からの補助金つきか」
(うまい話には裏がある。人から顧みられない者から人知れず利用されていくものだしな)
「子連れで無職だと焦るものだが、すぐに契約は結ばずに、様子を窺ってみるのもいいのではないか?」
ふー、とファーフナーは煙を吐き出した。
「それも考えたんですが、正直、背に腹はかえられなくてねえ。ここに厄介になろうと思っているんですよ」
とうちゃんの決意は固いようだった。
「どうもこんちわ。ちょっと話させてもらってもええかいな?」
ゼロが応接室へやってきて、軽い世間話を始める。
とうちゃんは、思ったよりも人懐こいおっさんだった。頃合いをみて、ゼロは姿勢を正す。
「で、お仕事の方は大丈夫ですかね? 一応俺も、いろいろと顔がきくので、裏でも表でもご紹介もできますが‥‥」
何気なくゼロも、パンフレットに目を通す。
「ふむ。娘さんの事も考えると、ある程度、こちらの手の届く範囲でいて欲しいのはありますけどね‥‥アウル適性者ってだけで、面倒事に巻き込まれることも多々出てくる可能性がありますから。その辺のご準備は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ。この、極楽園という団体さんに知り合いが世話になっているんですが、本当にいいところだと何度も聞かされています。天魔絡みのトラブルもないそうですから」
とうちゃんは人の好さそうな笑顔で応対した。
「そうですか。自分でよければいつでも力になりますので‥‥気軽に連絡ください」
ゼロは自分の連絡先を渡した。「お気遣い、有難うございます」と、とうちゃんは頭を下げる。
御堂・玲獅(
ja0388)は、とうちゃんに挨拶をした後、話が済むまで、パンフレットに記載された代表者の名前をメモしていた。
「あの、<絆>を娘さんに使わせていただいても、構いませんでしょうか?」
ともに経験した出来事を共有するというスキルについて、特性を説明する玲獅。
「いや、そのあたりは皆さんが専門家でしょうから、お任せしますよ」
あっさりと言われ、玲獅は、「ではそのように」と席を立った。
正直、煙草の煙がけっこうきつかった。
「絵羽と父親の人形を作ってみた」
アイリス・レイバルド(
jb1510)は、手作りの人形をとうちゃんに見せた。
「母親の人形は、全力で外見を調べて作った。家族揃った状態で渡したい」
(だが母の最期の記憶が痛々しいのも重々承知。父と娘共に渡せる精神状態かを観察確認せねばな。まずは父からだ)
とうちゃんは目を伏せた。
「あの子に、人形の類はやめてやってください。怖がるんですよ。人形を」
「そうか」
アイリスは、人形をしまった。
テーブルに置いてある、かなり読み込まれたパンフレットに、やはり目を通す。
(一度目も二度目も撃退士の力が必要な事件だった。だがこれからの生活は親の力が必要となる)
パンフレットを置き、アイリスは念を押すように告げた。
「子供を護るのは親の役目だ、だから怪我と病気と詐欺には気をつけてくれ。旨い話には警戒が必要だ、国が認めた組織だとしても」
最後に、将太郎がとうちゃんを誘った。
「絵羽ちゃんの様子を見に行かないか? こっそり様子を見るだけでも」
「お邪魔しても皆さんに悪いだろうに‥‥」
「いや、大事な娘が楽しんでいるのを、他の皆と一緒にいるか、こっそり見るかしとけ。これが最後の学園生活になるかも、なんだから」
遠慮するとうちゃんを連れ、将太郎は応接室を出た。
とうちゃんは、読み込んで少しくしゃくしゃになっている、あのパンフレットを、大事そうにしまいこんでから、席を立った。
●
パーティ会場では、天宮 佳槻(
jb1989)が、黒百合の持ってきた一口サンドイッチと、ソフトドリンクを提供する側に回っていた。
「チョコで甘くなった口をさっぱりとさせませんか?」
淡々とした口調で、ソフトドリンクを使い、ノンアルコールカクテルを作っていく。
カルピス+ジンジャエール(薄茶色であっさり味)
ノンアルコールビール+トマトジュース+レモン(赤く、ちょっと辛口)
オレンジジュース+パインジュース+レモン汁(黄色がかったオレンジで甘口)
「すごーい! ジュースとジュースを組み合わせると、色々できるのね」
絵羽が興味深そうに見入っていた。
「そうですよ。学園をやめてもここに居た事実はついて回るし、それで辛い思いをするかもしれないけど、悪い事ばかりじゃ無いんです」
佳槻はカルピスとジンジャーエールを混ぜたカクテルを、絵羽に差し出した。
「ただのジュースでも、組み合わせで色々変わるように、学園の外から関わったものと、良い組み合わせになるものに、出会えるかもしれないです。だから、何かあったら学園に連絡してみると良いですよ。これで『終わる』訳では無いですから」
「はい、有難うございます」
カクテルを受け取り、絵羽は素直に頷いた。
「いたいたー、絵羽ちゃーん!」
イリス・レイバルド(
jb0442)が手を振って絵羽を迎える。
「パーティーを全力で楽しむぜ、陽気を振りまき陰気をポイだ!‥‥ってなわけで、ボクの胸ならいつでもウェルカム! 泣きたい時はいつでも泣いていいんだぜ?」
べたーと絵羽に抱きつき、イリスは目を潤ませた。
「っていうかボクが泣きそう!? 離れるのはさみしーよー!」
「大丈夫です、引っ越したら、イリスさんにお手紙します! ここの皆さんに、お手紙とか、メール書きます!」
絵羽はにっこりした。
(はっ!? 絵羽ちゃんの中の頼れるボク像が崩れていく!?)
イリスは慌てた。
「と、ところで絵羽ちゃん、空に興味あるー? なんならサービスでボクが抱えて飛んで見せましょーう♪」
「え‥‥高いとこは、こわい‥‥です」
「そうなのー? 気持ちいいのにな」
「ごめんなさい」
しょんぼりしてしまった絵羽に、更に慌てるイリス。
姉、アイリスがやってきて、人形はやめておくと、そっと耳打ちした。
「‥‥気づいてやれなくてすまなかったな」
それだけ言って、絵羽の頭を撫でる。絵羽は「?」マークを浮かべていた。
そこへ玲獅が来て、<絆>の特性を説明し、絵羽にかけてもいいかどうか尋ねた。
絵羽は怯えて、首を振った。玲獅は説得を試みる。
「私のアウルの制御方法等が経験として伝われば、有益な体験共有になると思うのです」
「わ、わたし‥‥アウルを使えたことが、ないんです」
笑顔が消えた。絵羽は、演習で落ちこぼれ、教官に怯える、いち学生の顔をしていた。
玲獅は<マインドケア>を試みたが、厳密には一般人でない絵羽には、効果が無かった。
「‥‥わかりました。<絆>はやめておきますね」
安心させるような表情で玲獅は言うと、パーティ主催のアリスに、あのパンフレットの内容を告げに移動していった。
「ミィ届かないの、誰か手伝って〜」
「あ、大変!」
絵羽は狗猫 魅依(
jb6919)が難儀しているのに気づき、今にもテーブルをひっくり返しそうな魅依に駆け寄った。危うく抱き上げて、二人三脚でフルーツにチョコをつける。
「ありがとね、はい、あーん♪」
にこにこと魅依は、グレープフルーツのチョコがけ串を絵羽に差し出す。
そして、魅依はいきなり、首輪と枷を外した。口調ががらりと入れ替わる。
「あらまあ、この子はいきなり‥‥っと、すいません、わたしはこの子の別人格と思ってください‥‥びっくりさせちゃいました?」
仙狸と名乗る人格が現れ、絵羽を混乱させる。
「この子がうまく伝えられないみたいだから、代わりに伝えますね。初対面で言うことじゃないかもしれませんが‥‥もしもこの先あなたに何かあれば、わたし達‥‥この学園は、救う努力を惜しみません。今日のこの出会いが、良き縁でありますように」
「門出の宴で黒猫じゃ、ちょっと縁起が悪かったでしょうか」
きょとんとしている絵羽に苦笑して、仙狸は首輪と枷をつけ、魅依に戻った。
ふと絵羽の目が、アイドルらしい衣装に身を包んだ、川澄文歌(
jb7507)に吸い寄せられた。
「こんにちは」
<アイドルの微笑>を使い、文歌は絵羽に挨拶をする。軽く談笑したあと、ハンディカラオケを取り出して、文歌は言った。
「私、スクールアイドルなんです。絵羽さん、私とデュエットしませんか?」
「え、え、皆さんの前で、ですか?」
「はい」
真っ赤になってもじもじする絵羽をリードしながら、澄んだ声で歌いだす文歌。選んだのは明るくて、前向きになれる歌だ。
絵羽は消え入りそうな声で歌った。文歌はにこにこして、「よく頑張りましたね」と褒める。
「歌って、その人の心を映す鏡なんですよ。だから心が沈んでも、明るい歌を歌えば元気が出ます。これからもつらいことがあったら、カラ元気でもいいので、明るい歌を歌ってみて下さいね」
そして声を落とし、文歌は続けた。
「絵羽さんにしかできないことが、きっとあるはずです。それを探してみてはどうでしょう? あと、つらい事件に遭遇したって聞きました。でもそのことを胸に秘めずに、誰かに知らせる勇気や、知る勇気も大切だと‥‥私は思いますよ」
「そうだね。無事に楽しくパーティが終わったとして、次は別の学校に通うのか、働くのかは分からないけれど、今は自信を失ったままのようだから、何か1つでも自信を持てるものを見つけられるといいね。人それぞれに得意・不得意があるから、撃退士が向いていなかったのは特に問題ないよ。それが分かっただけでも収穫だからね。もっと他の分野で活躍できる可能性があるってことだよ」
峰雪が、大人として助言する。
「何か好きなこと、ちょっとでも得意なことがあったら、次はそれを伸ばす進路を選択すれば、毎日楽しく勉強できるかもね」
「はい」
絵羽は、文歌と峰雪の言葉に頷いた。
「わたしは、とうちゃんを支えられる人になりたいです。誰かを救える人に、なりたいです」
●
パーティは終わった。
絵羽が皆に一言ずつお礼を言う。こっそり陰で見ていたとうちゃんは、感動していた。
「見ておいてよかっただろう?」
将太郎がとうちゃんに囁いた。とうちゃんは何度も頷いた。
「わたし、決めました。とうちゃんを支えられる人になります。誰かの為に役に立てる人になりたいです。皆さん、有難うございました。学園を去る前に、楽しい思い出が出来て、よかったです。本当に有難うございました!」
絵羽の挨拶に、拍手が起こった。
片付けもそこそこに、絵羽父子は荷物をまとめて出て行った。
黒百合が「撤収作業は任せてよねェ」とテーブルをどかし、モップで床掃除を始める。
アリスは、そこに居た全員を呼び集めて、玲獅から聞いたパンフレットの内容を伝えた。
「原磯なんて地名、聞いたことございませんわ」
スマホで確認しても、地図は出ない。
●
「どうも、ダンさん。二階堂辰巳です」
絵羽父子は島を去ると、コインロッカーに預けていた荷物を全て取り出し、待ち合わせの場所へ直行して、スーツ姿の若い男性と落ち合っていた。
男性は名刺を丁寧に渡し、とうちゃんが恭しく受け取る。
「ホームレスだった村田さんのご紹介ですね。原磯地区はお2人を歓迎しますよ」
辰巳の後ろから、赤い着物を纏った女性が、ゆったりした足取りで姿を現した。
「専用の切符はこちらです。失くさないようご注意を」
女性はとうちゃんに切符を渡す。そして、絵羽の目を覗き込んだ。
「‥‥あなたは、違うんですね」
「え?」
「いえ‥‥何でもありません」
赤い着物の外人女性――グウェンダリン(jz0338)はそう言うと、無表情のまま、すっと絵羽から離れた。
「列車の出発時刻は深夜です。それまで、食事にでも行きませんか。お代は私が持ちますよ」
辰巳が誘う。とうちゃんは頷いた。
「お世話になります。極楽園がどんな組織で、どういう感じの仕事が自分に向いていて、需要があるのか、色々ご相談したかったんですよ。契約前に、まずは詳しくお話を聞かせてください」
4人は、都会の雑踏の中へ消えていった。