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村の惨状は、夕暮れ迫る薄暗がりの中でも、酷いものだった。
リョウ(
ja0563)はすぐさま、携帯で消防と救急の手配を行った。しかし、村に通じているのは北の細い峠道だけ。暮れなずむ海は荒れており、救助船を使うのも難しい様子だ。そして、ヘリが飛ぶには時間が遅すぎた。
村自体にあった消防団は壊滅し、完全に機能を停止している。
時間はかかるが、救急と消防が峠を越えて到着するまで待たなければならなさそうだ。
それまでに、竜を退治し、自分たちで救助活動を始めなければならない。
キイ・ローランド(
jb5908)は、ファーフナー(
jb7826)が見つけてきた軽トラに、持てるだけ持ってきた防寒テントを積み込んだ。ファーフナーも同じくテントを積み込み、そして生存者が峠に向かっているという話を、逃げ遅れていた村人から聞いた。
怪我や老衰などで、動けずにいる村人たちを、軽トラの荷台に次々と乗せていく。
「俺は人命救助優先で動く。竜は任せた」
「任されましたの。3分でカタをつけますわ」
橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)が請け負い、広場へと走った。
銀髪が揺れる。赤と黒のリボンが跳ねるように動く。
「ああ、デカイなあこいつ、殺すには大して問題ないというか、殺せば終わる」
カイン=A=アルタイル(
ja8514)が、遠目に竜を見て頷く。
別に村を助けようとか、正義だとか、そんな感情は全くない。ただカインにとって、生きることは戦いだから、戦う。それだけだ。平穏を望みながら、しかし、戦い無くして生きられない。
物心ついた頃から、そんな生き方しか知らないのだ。だから彼は、大剣ルシフェリオンを構えた。
「さて、人間イジメの時間は終わりだよ」
天羽 伊都(
jb2199)の身体の周りが黒く発光し始め、獅子を思わせる甲冑類も黒く変色する。
そこへ、銀色の粒子がまとわりつき、白銀色に輝き出す。
銀獅子となった伊都は、逢魔ヶ刻の薄暗さを白銀の光で裂くように、竜へと近づいた。
竜は、恐竜が生きていたらこんな声で吠えるのではないか、と思うような、咆哮をあげた。
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「被害が大きすぎる‥‥。まずはアレを止めないとどうしようもないか。‥‥やるぞ」
黒ずくめのリョウの腕を覆うように、黒い霧が立ち上り、手にした武器にも黒い光が纏いつく。
倒壊した建物の間を縫うように走り、側面からアトリアーナは<雷打蹴>を放った。
「‥‥おまえの相手はボクたちですの!」
すかさず阻霊符を発動し、竜を睨みつける。竜は首を反らせて<雷打蹴>を躱し、どしんどしんと四肢を踏みならした。近くの建物が振動で徐々に崩れていく。
「考えても無駄だ。死にたくはないけど、命は別にいらないからな、戦うのに」
無機質な声で呟き、カインが大剣を振るう。こみ上げる殺戮衝動が、大剣を伝わる手応えと――ならなかった。
「堅ッ!?」
大剣ルシフェリオンは、竜の表皮を軽く削いだだけだ。
リョウが効率的な位置取りをしながら、自分と味方に<堅実防御>をかける。
ばしん、ばしんと竜が大地を尻尾で叩くたび、地震のように大地が揺れる。
建物のあまりない、道のほうに移動して、青白いオーラを纏ったキイは<タウント>を使用した。
ぎょろり。竜の爬虫類を思わせる目が、黒髪青眼の少し背の低い少年――キイを見つめた。
「よし、かかった!」
ヴォーゲンシールドを構え、キイは次いで、竜の攻撃に備えた。
竜は姿勢を低くし、尻をあげ、大きなモーションで尾を振りかぶった。
「来るぞ!」
リョウの合図に、キイは頷いてヴォーゲンシールドを突き出した。
べしん、べしんと重い打撃が盾を打つ。
続いて体勢を変え、竜が噛みつき攻撃を行う。
だが、キイはその攻撃の全てを、受けきってみせた。
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日が沈み、もうだいぶ薄暗い。急激に気温が下がってきているのがわかる。
峠の入口に着くと、そこそこの人数が集まっているのがわかった。
「久遠ヶ原の者だ。救援にきた」
ファーフナーは荷台から、運んできた村人を下ろし、防寒テントを皆に配った。
よろよろとお年寄りに泣きつかれる。
「海に、東の海に、息子が逃げてしまったんじゃよ。この波では帰ってこられるかどうか‥‥」
「わしのところもじゃ。助けてください」
「お願いします」
「海に逃げた者もいるのか。わかった、救助に向かおう」
ファーフナーは、再び軽トラに飛び乗った。
「怪我の軽い者はテント設営を。あとライターを貸すので、山火事に注意しながら焚き火で暖を取り、湯を沸かしてくれ。救急箱もあるぞ、各自で応急処置を頼む」
てきぱきと村人に指示を出し、自身は東海岸へと向かった。
「消防と救急の手配は済んでいる。希望を捨てずに待て」
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「さあ、本番開始だね。覚悟しろよ? トカゲくん! 悪い子には地面に伏せてもらおうか」
銀獅子と化した伊都の天之尾羽張が、ごすっと竜の背をえぐる。
アトリアーナのグラビティゼロが、竜の尻尾のつけ根を、それこそ文字通り、吹き飛ばす。
アウルの力を流し込まれ、弾丸化した鋼鉄の杭が、5発連続で打ち出されては、竜の堅い表皮をものともせずに、貫いていく。
リョウのロンゴミニアトが、カインの大剣ルシフェリオンが、地道に堅い表皮を剥がす。
「そう言えばこの竜、翼って無いね? 竜って何だか、おとぎ話とかRPGとかゲームでしか知らなかったから、翼があるものだと思い込んでいたんだけど‥‥」
伊都が竜の背へと一撃を食らわせて、不意に呟いた。
リョウが竜の前に立ちはだかり、竜の移動を阻害する。
「デカブツが――沈め!」
四肢を狙い、地道に傷をつけていくリョウ。
戦闘開始10秒後には、竜の体の半分弱が吹き飛んでいた。
立つことすらもう出来ず、地面に這いつくばる竜。
竜は苦痛に暴れ、悶絶し、怒りを、そのままキイへと向ける。
<タウント>が効いているのだ。
金属同士のぶつかり合う音を立てて、竜の爪を盾で受け止めるキイ。
「これでしたら、<荒死>でケリがつきそうですの」
スキルを入れ替え、再びグラビティゼロを構えるアトリアーナ。
竜の傷口の、肉の見えている部分をバトルシザーズで切り広げ、火炎放射器V-07を取り出すカイン。
「表皮は堅いが、これだけ剥き出しになってるんだ。中からローストしちまおうぜ」
しかし、火では焦げ目ひとつつけられなかった。どうやら火に耐性があるようだ。
死に物狂いの竜の攻撃は、キイの盾に阻まれる。
どすんどすん。痛みと怒りに暴れ、竜は、振動で広場近くの建物を次々となぎ倒す。
海へ逃げようというのだ。
「‥‥逃がさない、ありったけ受け取るのです。行きますのー、1撃目!」
<荒死>でアトリアーナがグラビティゼロを連発する。
「2撃‥‥目‥‥!?」
グラビティゼロの直撃を受けて、頭部を砕かれ、小さな脳が飛び散った竜の現状を見て、アトリアーナは気づいた。
明らかにオーバーキルだ。
薄暗い闇の中で、巨体が原型を止めないほどに破壊されているのがわかる。
「死んだ今なら、燃えるんじゃねえかな」
「延焼に気をつけろ」
カインが火炎放射器で竜の死骸を焼こうとすると、リョウに釘を刺された。
竜の死骸は、まるで枯れた枝の如く、いとも簡単に焼却処分できた。
「まさか、30秒も経たずに終わるとはね」
獅子の甲冑の兜を引き上げ、伊都がアトリアーナに感服の目を向けた。
ダメージソースの9割は、彼女の功績だ。
「キイさんもお疲れ様ですの」
全ての攻撃を引きうけ、そして受けきったキイに、アトリアーナは賛辞を送る。
この連携攻撃が成功したのは、リョウがさりげなく仲間の攻撃をフォローしていたおかげでもある。
とにかく、竜は倒した。
あとは村人の救助と、被害状況の確認だ。
皆、光纏を解き、手分けして生存者を探すことにした。
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ファーフナーは海上で、竜殲滅の知らせを聞いた。
船を借りて出し、荒れた暗い海に、ほかの船影やオレンジ色の救命胴衣を探す。
思ったよりも、沖に流されている船が多いことがわかった。
確かに、これでは村の港へ戻るのは容易ではなさそうだ。
ファーフナーは船についている無線を使い、まず自分たちが久遠ヶ原から救援にきていることを、漁船で逃げた村人たちに伝えた。
続いて、竜が既に退治されたこと、もう村に戻っても大丈夫だと、落ち着いた声で話す。
峠の入口にテント村があり、そこで応急処置ができること、暖を取れることも伝えておく。
救急と消防がこの村を目指して峠越えをしていることも、彼らの耳にいれておいた。
操船技術については、漁師たちのほうがテクニックは上である。
幾隻かの船は進路を変え、村へと戻る航路へ変更した。
だが、逃げる過程で慌てて操船を誤り、転覆した船などもある。
彼らはオレンジ色の救命ボートに乗り、或いはしがみつき、沖へとただ流されていた。
やむなくファーフナーは、自力で動ける船に、救命ボートを曳航してもらえないか要請し、<陰影の翼>を使用してボートと船を接続した。
翼を使える時間は25秒。スキル回数を使い切っても2分半だ。
効率よく翼を使わなければならなかったが、彼はそれをやりきった。
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港に着いた村人とファーフナーが見た光景は、倒壊した建物の数々と、火災があちこちで起きているというものだった。
「火の手が回らないよう、木造建築を破壊したり、木を伐採したり、燃えやすい物を撤去する必要があるな」
ファーフナーは村人と協力し、延焼を防ぐ作業に入った。
倒壊した、もしくは火災に巻き込まれた家屋があると、必ず声をかけて、中に人がいないか確認する。
「御無事ですか? もうすぐ救助が来ます。それまで頑張って下さい」
半壊した建物から老女を引っ張り出し、リョウは背に担いで、軽トラへ向かった。
アトリアーナも、再光纏して、怪力を生かし、倒壊した建物の下敷きになっている人を救出する。
火災から逃げられないでいる人の救助も行い、自力で動けない人は軽トラの荷台に乗せて、カインがまとめてテント村まで運ぶこととなった。
広場、避難所、土蔵。
「――嫌な場所ですの」
土蔵に踏み込んだアトリアーナは、顔をそむけた。
半壊し、だいぶ空気が入れ替わっているとは言っても、腐臭と汚物の匂いは色濃く残っていた。
誰かがこの場所に、生きたまま閉じ込められていたことは、容易に想像がついた。
(やっぱり、解せないよね。普通は吸魂の為に、冥魔は人をさらうものなんだけど、襲撃となると何かの私怨の可能性が高い。一応、聞き込みはするけど、きっとロクな事じゃないよなあ‥‥救う側の気持ちを鈍らせたくないから、とりあえず過去の話だけでも聞いておいて、仲間に伝える程度にして、ここはおさらばしたいかな)
アフターフォローをするかどうかは必ずじゃないしね!
伊都は、避難活動を手伝いながらも、そんな風に考えていた。
「あちゃー、役場も倒壊しちゃってたかぁ。これじゃ、村人の住民リストが手に入らないかな?」
村を見回って生存者を探しながら、キイは広場に一番近かった村役場を覗き込んでいた。
パソコンの一部は見える。あと大量の紙。奥の建物が燃えていて、風で飛ばされた紙束もチリチリと空中で灰になっていく。
「住民基本台帳くらい見られれば‥‥ああでも、停電しちゃってるしなあ」
がれきの中からパソコンを引っ張り出してみても、モニターも割れているし、なにより電気がつかない。
「被害状況の確認は、出来そうにないね」
悔しげにキイは肩を落とした。
「守れなかった人たちのこと、知っておきたかったんだけどな」
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テント村に、救急車が到着した。重傷患者を次々と運びさっていく。
消防車も到着し、数台、村へと入っていく。
村人のうち、生存者はほぼテント村に集められていた。
ファーフナーが指示していたとおりに湯が沸かされていたため、カインの持ち込んだ非常食料や、スープなどを口にして、村人たちは体をあたためていた。
命はとりとめたといっても、家を失い、船を失い、家族を失った村人たちの空気は重い。
「この村を襲った天魔なのですが‥‥失礼ながら、村の規模に対してその大きさが別格です。なにか心当たりはありませんか?」
リョウは、落ち着いた頃合いと見て、村人に話しかけた。包帯を巻く手は休めず、村人の応急処置を続ける。
「何か、この村が襲われる理由があったかどうか、わかりませんか?」
次に手当を受けている村人も黙ったままだ。あたたかい食事を口にしているのに、ぷるぷると全身が震えている。
「竜襲撃の通報があった時に、「あいつのせいだ」という叫び声が聞こえましたの。何か天魔襲来に心当たりがありませんか?」
アトリアーナの言葉にも、返ってくるのは沈黙だけ。
「まあ、どの道、その事で調査はするし、下手に隠し事をしないで欲しいですの」
「そういえば、村に来る途中に見かけたんだが‥‥竜を呼ぶ方法でもあるのか? 儀式らしきものをしている者がいたな」
皆、誰かが竜に村を襲わせたと考えている。<先読み>でそのことを推測したファーフナーが、かまをかけた。
「「そんなはずは!!」」
村人は声を揃え、慌てて黙り込んだ。
ひとりの男が、震える腕で海を指差す。
「あいつが、あいつが生きているはずなど!」
「やっぱりあいつのせいだ、あの竜はあいつだったんだ」
「お、落ち着け、撃退士さんの前じゃないか」
村人の間に、混乱が走る。
リョウは口を挟まず、ただじっと黙って耳を傾けていた。
「あの土蔵に、誰か閉じ込めてましたの? そして、その人を――」
アトリアーナが探りを入れる。
村人たちが蒼白になったように見えた。
しかし、返ってくるのは沈黙だけ。
「――殺した、とか?」
ごくりと村人たちの喉が鳴った。
その沈黙は、イエスと答えているも同然だった。
「わかりました。この件について、この村では殺人にまつわる隠し事がされている――そのように報告させてもらいますの」
その後は警察に任せます、とアトリアーナは事務的な口調で続けた。
村人の間に、静かな動揺が広がった。
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「残念ながら、きみの故郷は、滅亡を免れたようだね? 冥魔も意外と大したことないんだなあ」
くつくつと愉快そうに笑いながら、双貌の天使は、無表情の雛人形に話しかけた。
「もう、わたしには関係のないことです」
着物姿の長髪の使徒は、抑揚もなく答えた。
「うんうん、今のきみは絶望で染まって、いい感じにウツロだね。雛人形のように艶やかなのに、中身はまるで空っぽだ。いいねいいね。きみを空雛(うつろびいな)と名づけても良かったかな」
使徒グウェンダリンは黙って、己のすべき仕事に戻ることにした。