●本気と書いてマジと読む
チョコレート工場から運び出された「丸太」は、ビターとミルクの2本だった。早々に、全員石鹸でよく手を洗い、アルコール消毒をして、その上から衛生的な使い捨て手袋を着用するように、との指令が、村長(=工場長)から回ってくる。
「‥‥ええと。‥‥帰っていいかな?」
授業ゆえ駄目だと解ってはいるが、時迅 輝結(
ja5143)はそう呟かずにおれなかった。心底からマリカ教員(jz0034)目を覚ませ、と念じてみる。
「単位のため単位のため単位のため‥‥」
月詠 神削(
ja5265)がぶつぶつと唱えながら自分を抑えている。
「あ、あのう、‥‥リア充ってなんですか?」
おずおずと、皇 伽夜(
ja5282)が村民に尋ねた。
「リアル(生活)が充実している人のことさ! 例えば、恋人や友達に恵まれていたり、仕事が上手くいっていたり、趣味に没頭出来たり‥‥まあ、この祭りは、主に恋愛運が上昇すると言われているけどね」
なるほど、と伽夜、若菜 白兎(
ja2109)、及びマリカ先生が納得する。輝結は突っ込みたい衝動に駆られたが、言われてみるとあながち間違ってもいないので、黙っていた。
「じゃあ、リア充になっちゃったら、来年はもうチョコ食べられなくなっちゃうんですね」
寂しそうに白兎が呟いた。
「リア充になれる‥‥ふふふ、そんな風習があったとはな‥‥」
普段は「リア充」「クリスマス」「カップル」という単語を見聞きするだけで「爆ぜろぉおぉ!」とツーハンデッドソードを振り回しかねないほどに激昂するラグナ・グラウシード(
ja3538)がマジになっている。
「まぁ企画の趣旨についてはツッコミ所満載な気がするが、祭りってことなら皆で楽しまねぇとな!」
軽く着崩した作業着に、赤いマフラーを巻いた千葉 真一(
ja0070)が、そう言って、軽くラグナに怯えた白兎の隣を歩く。
「マリカ先生は天然さんって事だね。よし、ボク覚えた!」
猫野・宮子(
ja0024)が軽く苦笑した。先生は「はい?」と、解っていないような声を返す。だるそうに影野 恭弥(
ja0018)が続き、高虎 寧(
ja0416)と黒田 圭(
ja0935)が、めいめいの位置取りについて話しながら、カメラチェックをしている。
林の茂みで体中に軽い擦り傷を作りながら、超・露出の高い服を纏った四季 春緋(
ja1954)が、マリカ先生の周りをくるくる歩き回った。
「先生、今のままだと、チョコ食べるところインパクトないよぉ?」
「え、そうですか?」
きょとんとするマリカ先生に、畳みかける春緋。
「リア充って手に入れるの大変なんだよね? だったら、手に入れたい人は、もっとがんばってチョコ食べないとだよ? だからねぇ〜チョコ食べる人は【褌一枚で漢泣きしながら食べる】ってのはどうかなぁ? すっごいインパクトのある絵が描けると思うよぉ?」
「それでは、風邪をひいてしまいます。参加されるのは、男性だけではありませんし」
考え込むマリカ先生。春緋はにやりと心の中で笑った。
「先生がGOって言えば、きっとみんな喜んでやるよ!」
「でも‥‥折角の伝統行事ですから、今までどおりがいいと思うのですが‥‥」
お願い先生、騙されないで!! 耐えて! そこは負けちゃだめだーーー!!
かぶりつき班の面々は、祈る気持ちで見守った。
「じゃあ、腰みのをお借りして、服の上からつけましょう! これでしたら女子も安心です!」
ぽん、と手を叩き、にこにこするマリカ先生。合川カタリ(
ja5724)がため息をついた。
「嫌な予感はしていましたが‥‥こんな事になるなら、普通に美術の授業受けたかったなぁ‥‥。まぁ気を取り直して楽しみましょうか。ひょっとしたら新しい発見もあるかもしれませんし‥‥」
●まずはワッショイ
「さぁて気合入れて行ってみようか!」
真一がスカーフをなびかせながら、原住民たちと共に、丸太チョコを担ぐ。後方でさりげなくカタリが支えた。村長の朗々とした声でチョコ曳き歌が歌われる。
「ええ〜いやあ〜あ〜ヨイショ!」
「ワッショーイ!」
「ワッショーイ!!」
合いの手のようにワッショイを連発する原住民たち。
「丸太チョコのお通りだ。そこ危ないぜー」
真一は集落を練り歩きながら、(しかし本当に担いでても溶けないとは、やるもんだなぁ)と、コーティング技術の高さに感心していた。
その様子を、恵方丸太の進路上の高台で待機していた圭がカメラにおさめようとする。
「お‥‥来たな。さぁ、気合の入った所みせてくれよ」
望遠レンズで、出来るだけ多くの人々が入るよう、何度もシャッターを切る。
「む、高いところからの撮影いいなー‥‥って、今日のボクは魔法少女じゃないから我慢我慢っ」
宮子は皆に近づいて、ひとりずつを低めのアングルから撮影したり、表情がよくわかるように顔のアップや、一人の全身のアップやらを撮影していく。
「皆いい笑顔だよ♪ はい、こっち向いて笑って〜♪ ん、このアングルは良さげかな?」
宮子がある程度撮影を終わらせて、高台に移り写生を始めると、今度は寧が、圭と打ち合わせたとおりに、反対側の低い位置に陣取り、あおるようにシャッターを切り始める。
「ワッショーイ!!」
無事に2本の丸太が海岸にたどり着いた。撮影班は素早く、思い思いの位置に場所を移した。
「よっしゃあ、とうちゃーく! お疲れ様でした!」
ワッショイで打ち解けたのか、真一が村民たちと意気投合していた。意外と楽しめたようだ。
●次は切り分け
さて、いよいよかぶりつき儀式の準備である。まずは、ビターとミルクのどちらかを選び、丸太の前に並んでもらう。人数が偏らないように皆、必死だ。人数が少ない丸太は、当然大きく切り分けられるため、一口で食べさせられるチョコの量がとんでもないことになってしまう。
「いくら好きでもチョコ食べ過ぎるなよ? 聞いたとこじゃ甘さ控えめらしいしな」
すがすがしい表情で、真一が白兎に声をかける。白兎はうん、と小さく頷いた。
「はーい、では次は口のサイズを計ります。おーきくあーんしてくださいね」
原住民の女性が呼びかけ、手際よくサイズを計っていく。
これなら安心か、と思いきや、切り分け班に向かって、にっこり。
「限界サイズ+3ミリの直径でお願いします♪ あ、長さは丸太を人数で割って等分になるように」
それ、結構きっついね。
切り分け班は儀式の恐ろしさを垣間見た気がした。
「では‥‥」
輝結が大太刀を構え、見事な剣閃で丸太を等分に切り分ける。
「フッ、こう切り分ければ文句ないだろう?」
不遜に微笑む輝結。カメラにおさめ損ねた寧が、「もう一度お願い〜!」と頼み込む。
再び見事な剣閃。
圭は芸術的に切られるチョコに焦点を当て、わざと背景をぼかして撮った。
「あ、このミルクチョコうめぇ‥‥」
やる気なさそうに、細かくダガーで丸太を切り分けていた恭弥だが、ミルク丸太の欠片を口にして少し表情を緩めた。が、すぐに面倒くさそうな顔に戻り、作業を続ける。
がっつーん、がっつーんと包丁で、親の仇のように切り分けているのは春緋だ。
「あーこれって‥‥女子が切ったのを男子が食べるのは普通っぽいけど、男子が切ったのを男子が食べるときって‥‥気にならないのかなぁ?」
「え、‥‥何が、ですか?」
「ううん、なんでもない! きっと気にならないんだよね、アハハ! お祭りだもんね!」
待ちきれなくて、切り分けの方へもお手伝いにきた白兎に、春緋は慌ててごまかした。
「力仕事ではお力になれませんが‥‥これくらいならお手伝いできそうですわね」
たすきで着物の袖を押さえつつ、サバイバルナイフで力任せにチョコを整えているのは伽夜だ。切れ端がはじけ飛び、概ね白兎と恭弥の口に放り込まれる。
「ご、ごめんなさい‥‥私、不器用で‥‥」
謝る伽夜。カタリが話しかけた。
「大丈夫です。私も切り分けを手伝おうとしましたが、不器用で上手く切れませんでした。私はチョコレートを配る役割に回ります」
「あ、では私も‥‥」
カタリがビター、伽夜がミルクを配ることとなった。
「ん、いい絵が描けそうだよ。皆楽しそうにお願いだよ♪」
さらさらさら。先生と一緒に、切り分け風景を写生している高台の宮子。
輝結の剣さばきの表現に苦労しているうちに、丸太は薪チョコに切り分けられていた。
●恵方を見つめてかぶりつけ!
ラグナの表情は真顔だった。
わかってはいる。こんなもの、迷信に過ぎないことなんて。
だが、何故だろう‥‥「単位のためだ」という至極実利的な思いより、むしろ「やらねばならない、やるべきだ」という焦燥感に追い立てられている。
で。
「腰みの‥‥か‥‥」
配られた腰みのを服の上に装着させられながら、海岸線に、等間隔で並ぶ。
春緋が変なことを言わなければ、こんなオプションはなかったはずなのだが‥‥。
でも、褌よりはマシ、と女子は思った。
圭が膝まで海に浸かりつつ、海側から撮影を試みる。儀式が始まる前に、広角レンズで水平線をパシャリ。何枚か張り合わせてパノラマにできるよう、少しずつ位置をずらしてまたパシャリ。
(この島‥‥意外に綺麗な所なんじゃね? あとで島の一番の高台から風景撮影しておくか。PR用の写真を何枚か撮っておきたいし、ま、来年のイベントポスターにでも使えれば良いかもな)
その間に、輝結は工場の実状や『原住民』の様子などを取材し、撮影し、記録に残そうとしていた。
「あの赤いブイが今年の恵方でございます。さあ、皆様、一口でチョコを平らげるのです!」
村長の合図で、チョコを口に運びかけるかぶりつき班+原住民たち。
「そこで皆ストーップ! 描き終えるまで動かないでねっ」
響き渡る宮子の声。
え。
これ、何の罰ゲーム?
ぷるぷるしながら、かぶりつき班+原住民は、宮子を待った。
白兎は瞳をうるうるさせ、とっても悲しそうな顔で待っている。
(儀式が始まらねえんじゃ、撮影できねーだろぉ!!)
ぷるぷるしている人々の中に、海に足を浸して佇む圭も混じっていた‥‥。
「おっけー!」
長い長い体感時間が流れた後、待ちに待った宮子の合図が来た。
「みゅ〜」
白兎がおいしそうにもぐもぐしながら鳴いた。
示された恵方に向かって、一気にラグナはチョコにかぶりつく!
パシャリ、パシャリとシャッター音が響く。他の皆も食べ始めたようだ。
ラグナの選んだビターチョコは、とても美味かった。遠い水平線だけを見つめながら、ただがつがつとチョコを喰う‥‥。
リア充なんか嫌いだ。
リア充なんか滅せよ。
爆ぜてしまえ!
普段からそう言っていながら、なぜここまで自分はこんなに真剣に‥‥?!
「‥‥っ!」
ぼろぼろっ、と、突然、ラグナの目から大粒の涙が吹き出した。
その理由をラグナは自覚していた。
リア充を憎悪していながら、その癖に内心では焦がれるほどに憧れている自分! それが今のお前だ、と海面に映り込む自分が囁く。それは醜い矛盾ではないのか?
「う‥‥っく、ううっ‥‥!」
泣きながらチョコを食べ続けるラグナ。それをあおりアングルで撮影する寧。
(眠くなったから寝ます。これは労働の正当な対価です)
真一があたたかい烏龍茶を用意しているところに移動し、寝袋を広げて、眠りにつく。
(まあ、男女の仲は成る様になれの流れが一番だと思うし、ひょんな処から縁が巡り合うのも有り得ると思うのです。思い込みも念じれば何れ要望の成就に行き着くだろうし、別に無駄な祭りではないとは思うけど‥‥)
次第に微睡んでいく寧。
撮影が終わっても、ラグナはまだ、泣いていた。
「大丈夫へふ。こうひへへも意外と大食漢な者へふはら‥‥」
伽夜がもぐもぐしながら、まるまる1本を食べつくす。
涙が邪魔したのか、ラグナのチョコが進まない。
一気に完食する者、チョコが折れてしまい失格になる者、様々な結果が出始めていた。
「あー!」
カタリが思わず息をのんだ。
ラグナのチョコの先端にひびが入った。ゆっくりと傾き、そして、折れる。
失格である。
やはりラグナに春は来ないのか。
リア充ライフを求める人々の背中に物凄い哀愁を感じるカタリ。
「こんなに寂しい背中は初めて見ました‥‥」
その視界が涙でぼやける。と、突然大声が響いた。
「やってられるかぁ!」
神削がチョコを放り出し、光纏して紫色のオーロラを纏い、激痛に全身を苛まれながら、皆を正座させた。
「‥‥俺、中学時代に幼馴染と恋仲だったんだが、そいつ俺と別れた後に親父とくっついて、十六歳になるなり結婚しやがったんだよ。しかもデキ婚で、子供は双子だ!」
原住民や仲間が心配そうに見る中で演説を続ける。
「‥‥島民共よ、お前らに解るか? 元カノの幼馴染が義理の母になった上、自分の妹と弟を生んだ時の俺の気持ちが? ‥‥でもな。そんな俺でも、気になる女が居たら声を掛けるし、その人に振り向いてもらえるように自分を磨くんだ!」
痛みに呻きつつ言葉を絞り出す。
「島民共。お前らの中に俺より酷い恋愛体験をしたことがある奴が居るなら、俺は土下座する。けど、そうじゃないなら、お前ら今すぐ俺に土下座しろ。そして、この島出て社会復帰しろ!」
‥‥‥‥
原住民たちの不幸自慢が始まった。そのどれもが比較できないほど、ひどいものであった。
神削は思わず涙ぐみ、光纏を解き、スライディング土下座した。
●レポート提出!
「何で俺リア充になれないんだ何で俺リア充になれないんだ何で俺」
神削は肩を落とした。伽夜が続く。
「リア充って面白いようで面白くないものなんですね」
「今後は勉強だけでなく恋愛もバランス良く経験したいと思いました」
これはカタリ。次は輝結。
「世の中に多種多様な風習・価値観が存在する事を再認識させられた」
「リア充に なったらこれが 食べ収め 終わりのチョコに 苦味覚えて」
白兎のレポートは俳句調だ。続いて圭。
「偉大なる先人はこう言った『諦めたらそこで試合終了ですよ』と」
次が寧、その次が真一だ。
「色々動き廻って良い汗かいたしあとで良く寝れそうです」
「独自の祭りをこれだけ手間暇掛けて実行するパワーに感服した」
「チョコを食した者たちのその後の結果はどうだったのか、具体的な数字が知りたい。この行事の真価が問われる」
「リア充ってなんなんだろ? あたしなんか、毎日充実してるけど‥‥大人ってそれじゃ満足できないんだ? 欲張りばっかだ。でも、今回のコレはただ単純にお祭りして騒ぎたいだけの様に感じたね。だったら普通に騒げば良いのに‥‥大人って‥‥」
「(見ている分には)とっても楽しい儀式で来年もまた(観客として)参加してみたいかな?」
「最近のやらせ番組は手の込んだことをするようだ。丸太チョコの製造工程が唯一気になった」
ラグナと春緋、宮子、恭弥は字数オーバーで赤ペケをつけられた。