●\へんたいがでたぞー!/
まだ、チョコを盗まれた現実感がわかない、そんな瞬間の、窓の外。
へんたいは、大きな袋からひとつ、かわいらしいラッピングのチョコを取り出すと、くんかくんかして、ニタ〜リと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
(へんたいだ!!‥‥あれはサンタコスのおっさんとかじゃない、まぎれもなく、へんたいだ!!!)
窓にはりついて、見ていた学生たちが、ぞっとして後ずさった。
「おやおや、度の越えたイタズラをする天魔ですねぇ、ふふふ〜」
ひとり、落月 咲(
jb3943)は、艶っぽくも残忍にも見える、不思議な笑みを浮かべていた。
「ちょ、ちょっと、それは返してもらわなければ困ります‥‥!!」
カタリナ(
ja5119)が叫んだ、その時には、へんたいの姿はかき消えていた。
がらがら‥‥ばったーん!
勢いよく、調理実習室の扉が開く。
真っ先に駆け出したのは、エプロン姿のままの、ノルトリーゼ・ノルトハウゼン(
ja0069)だった。
慌てすぎて、チョコを齧りながら廊下を歩いてきた、空木 楽人(
jb1421)とぶつかりそうになる。
「わわっ‥‥ノルさん? ど、どうしたんですかそんな‥‥というかその恰好は、もしかして‥‥?」
「‥‥っ、楽人くん、ちょっと、良いから、お願い、ヘルプ‥‥!!」
楽人は勢いに飲まれて、へんたい討伐に加わることになった。
続いて立ち上がったのは、新婚ホヤホヤ、神凪 景(
ja0078)である。
ノルトリーゼに遅れること、0.0003秒くらい。
「私が彼のために頑張って作ったものを、盗っていくなんて、ぜったいに許さぁぁんっ‥‥! というか、何でサンタっぽい感じなのよっ! シーズンが違うでしょシーズンが! そもそも!!」
ばっ、とエプロン、三角巾を外し、ノルトリーゼたちに続いて廊下を走りぬけ、景も階段へ向かう。
「サンタに謝れ、このへんたいーっ!!」
「せやせや! 乙女の心を何やと思っとんのや、あのオッサン! 見てくれもサンタ擬きな二番煎じやし、どー見ても頭の螺子、ぶっ飛んでるワ。そんな輩はうちがぶっ飛ばしたるさかいに、首洗って待っときやーっ!!」
葛葉アキラ(
jb7705)も、走り出した。
「ッの野郎、よくも俺の食料を‥‥絶対取り返すッ! 待ちやがれェェェ!!!」
嶺 光太郎(
jb8405)は、窓をがらりと開け、阻霊符を発動させながら後を追った。
食べ物の恨みは根深く、非常に恐ろしい。
へんたいには、それがわからんのです。
だってサーバントなんだもん!
「ふぅむ、暇潰しに実習に参加してみれば盗人とはの‥‥まぁ、アレ如きにくれてやるのも勿体無い、我も追うとするのじゃ」
ヴィレア・イフレリア(
jb7618)が、光太郎の開けた窓から飛びおりた。空中でふわりと、赤い鱗に覆われた、ドラゴンのような翼を広げる。ばさり、ばさりと羽ばたいて、ヴィレアは高度を保った。
「さて‥‥あの盗人めは、どこへ消えたのかの?」
「絶対に逃がしてなるものですかっ! シキちゃん、私たちも行きましょ、う‥‥?」
カタリナが手早くエプロンを外して振り返ると、アリス・シキ(jz0058)は、冷蔵庫を覗き込んでいた。
「はうぅ‥‥ございませんの〜。わたくしが冷やしてございましたチョコも‥‥」
あの時、冷蔵庫、開きましたっけ? カタリナは首をかしげた。
正直なところ、へんたいの存在感が強すぎて、意識していなかった。
だが、実習室から、ひとつ残らず、チョコが消えていることは明白であった。
追っかけついでに、購買部を覗いてみると、入荷したばかりのはずのチョコだけが、ごっそり消えていた。
‥‥へんたいの狙いはチョコレート。
その意味するところは。
カタリナはぴんときて、即座に、学園にいちばん近い商店街の菓子屋に連絡をとった。
「天魔です、説明は後! すぐに商店街中のチョコを、全部、安全なところへ隠してください!!」
●\へんたいはどこだー!/
「チョコ色のサンタみたいな不審者を、見かけなかった?」
景が、積極的に聞き込みに回る。
どうやら、へんたいが、この路地に逃げ込んだのは、確かなようだ。
その情報に基づき、アリスの召喚したアルビノヒリュウが、へんたいの姿を求めて、うろうろと入り組んだ路地を飛び回る。
光太郎が壁走りで、建物の壁面を走りぬける。
(野郎、返せ、返せ、俺のチョコー!!)
一見冷静に見えるが、心の中では怒りがふつふつとたぎっていた。
(路地ってコトは、不審者が出たりしたら、そこらの犬とか吠えとったりするんちゃうかなぁ? しかも相手は、チョコみたいに匂いの強いモン、持っとるワケやし?)
アキラは五感を研ぎ澄ませて、あちこちを歩き回っていた。
(ほんまに迷路みたいやなぁ)
カタリナは、路地入口に設置されている、住宅地図看板を探しあて、携帯で撮ってメールを打った。
『From:カタリナ
件名:地図
添付:地図.jpg
本文:参考にしてください』
へんたい討伐隊の皆に、一斉送信。
一瞬、へんたいが見つかったのか、と皆が携帯に集中した。
(ぬう‥‥このスマホというやつは、なんとも使いづらいものよのう)
ヴィレアは、メールを見るだけなのに、四苦八苦してしまった。
その時、へんたいは、ヤモリのように、建物の壁にぺったりはり付いて、そう遠くないところを、こそこそと移動していた。
携帯メールに、一瞬とはいえ気を取られてしまい、皆、へんたいを見逃した。
カチリ。
時計の針が、じりじりと時を刻む。
へんたいが商店街に到達するまで、あと数分。
「‥‥ね、ちょっと思いついた事があるんだけど。アレ、やたらチョコに執着してるわよね?」
ふと、ノルトリーゼが足を止め、一緒に行動していた楽人に向き直った。
「楽人くん、チョコ、持ってない?」
「持ってますけど‥‥」
「ちょうだい(はぁと)」
高等部3年(17歳)男子の歯型がくっきりと残る、板チョコ。
これが、あのへんたいを呼び寄せる餌となるかは、この段階では未知数だった。
くんか、くんか。
へんたいは、空気を嗅いでいた。
新たなるチョコの気配。場所は‥‥路地の、中‥‥?
ぴょん。
自分をおびき出すための罠だとわかる知性もなく、へんたいは、欲望の赴くままに、動き出した。
建物の壁から壁へと飛び移り、学園のある方角へ戻っていく‥‥。
●\へんたいがいたぞー!/
鳥だ!
ひこーきだ!
いや、あれは、‥‥へんたいだ!!
ぶわさぁっ!!
背中の大きな袋を、気球のように膨らませ、へんたいは建物の壁から飛び降りた。
視線の先には、楽人の(かじりかけの)チョコを掲げ持つ、ノルトリーゼ。
「ちょっと待って貴方! この胸のどきどきを受け取って欲しいの!」
ノルトリーゼがチョコを突き出す。
「今ですねっ! サモォォン、ニールくんっ! れでぃぃぃぃっゴォォーッ!!」
楽人は指をパッチンと鳴らし、スレイプニルを呼び出すと、その背にまたがった。
「何だかよく解らないですけど、泥棒で変質者なら、捕まえないといけませんよね!」
猛然と宙を走り出す、スレイプニル。
へんたいは後ずさった!
へんたいはくるりと後ろを向いた!
へんたいは、すごい勢いで、逃げだした!!
「ちょっ‥‥なにぃ!?」
全力で追いかけるスレイプニル。
そのちょこっと前を、ちょこっとだけ速く、逃げていくへんたい。
「ニールくんが‥‥スピードで、負け、る、だってッ!?」
そんな莫迦な!
楽人は信じられないものを見たように、目の前のへんたいを見つめた。
いや、そりゃあ、信じられないのも当たり前である。
へんたいに対する敵愾心が、俄然、燃え上がってきた。
『From:ノルトリーゼ
件名:(無題)
本文:3−5』
「‥‥3年5組、でしょうかァ」
「ちゃうねん、3丁目5番地やろ!」
「ふふふ〜、わかってますよぅ。言ってみただけですぅ」
咲はアキラのハリセンをするりと躱し、意味ありげに微笑みを浮かべた。
「3−5番地じゃの。我も追い込みに協力するとしようぞ」
ヴィレアが空からへんたいを探す。
すごい速度で移動するスレイプニルと、へんたいが、視界に入った。
光太郎は、無表情かつ無言で、メールに記された場所へ向かった。
手をポケットに突っ込んで、入っていたはずの、チンチロリンチョコを探す。
(‥‥!?)
ひとつ残らず無くなっていた。
調理実習室で、チョコがへんたいの袋に吸い込まれていった時のことを、思い出す。
(‥‥あの時か! ン野郎ッ!)
憤りはめらめらと燃え上がり、光太郎の心を真っ黒に塗りつぶした。
「はうぅ、スレイプニルさんには追いつけませんの〜」
アリスは、仕方なく、純白ヒリュウを異界に送り返した。
「決戦地の位置はわかっているのですから、頑張って追いかけましょう!」
「はいっ‥‥はわあ、お待ちくださいませ〜!」
走り出したカタリナの後を追って、アリスももたもた走り出す。
●\打倒・へんたい!/
へんたいは、道を曲がった!
へんたいは、壁の隙間にもぐった!
へんたいは、目の前が行き止まりなのに気づいた!
そこに、白銀の槍を構えた景が、待ち構えていた!
とうっ!
へんたいは、ぺったりと建物の壁にはりついた!
建物を透過しようとして、光太郎に阻まれた!
上へ逃げようとして、ヴィレアにまわりこまれた!
次の瞬間、楽人に追いつかれた!
複数の靴音が路地に響いて、へんたいを囲む。
へんたい、大ピーンチ!
背中から天使の翼を生やしたカタリナが、ふわりと舞い降りて、ノルトリーゼがキープしていた、あの楽人の歯型つきチョコを、へんたいに向かって掲げた。
板チョコに、カタリナのオーラがまとわりつく。
(‥‥<タウント>‥‥効いてください!)
効いた。
へんたいは、カタリナに――いや、楽人の板チョコに、見入って、動きを止めた。
「人の恋路を邪魔する奴は――馬に代わって私が斬るわ‥‥!」
「厳密には馬じゃないですけど、ニールくんに派手に蹴られるかもですね」
カタリナと同じように、天使の翼で飛んできたノルトリーゼが、凍てつくような白い刃の剣を抜き放つ。
楽人は馬上、もとい、ニールくんに乗ったまま、霊札を取り出して身構えた。
隙を見て、咲とヴィレアが、へんたいから、あの大きな袋を協力して奪い取る。
それが、いわば、合図だった。
\ボコりタイム、スタートっ♪/
「さあ、乙女の心の痛み、とくと味わいなさいっ!」
ぷぺらっ!!!
悲鳴なのか何なのか、よくわからない声を上げるへんたい。
槍で小突かれ、剣でずんばらりんと斬られ、霊札攻撃をぼこぼこに受け、怒りの制裁キックを食らって、派手にふっとばされた。
勿論、ほうほうのていで逃げようとする、へんたい。
サンタ衣装に手をかけ、ばっと脱ぎ捨て、<加齢臭>を放とうとする!
一瞬、早かった。
「皆、あのオッサンとハグのままになりたなかったら、離れててェな?!」
アキラの言葉に、さーっと一同、陣を退く。
いきなり取り残されたへんたいは、状況がわからず、<加齢臭>を発動させようか迷い、上半身ハダカのまま、キョドっていた。
そこへ、アキラが素早く印を組み、<呪縛陣>を展開する。
手応えは良好! へんたいは、がくりと地面に膝をついた。
「後は煮るなり焼くなり、好きに調理させて貰うでェ?」
アキラが凄味のある笑顔で言ったその時、後ろから艶かしい声が聞こえてきた。
「ふふふ〜、効果が切れても、動けないように、手足を狙わせてもらいますよぅ〜。ふふふ〜、もう一生逃げられませんねぇ〜?」
暗い紫のオーラをまとい、咲が妖艶な笑みを浮かべて、へんたいに近づいていく。
「チョコは、血飛沫がつかないように、離れたところに管理しておいてくださいねェ‥‥ふふふ〜」
咲のデスサイズが、禍々しい光を放った。
\咲ちゃんの、べちゃぐちょグロタ〜イム♪/
\描写割愛につき、脳内補完をおすすめいたします/
●一難去ってティータイム
チョコは無事に(?)、皆のもとに返ってきた。
購買部にも改めてチョコが並べられ、商店街のチョコも被害に遭わずに済んだ。
「皆さんどうされたんですぅ〜? あれくらいは、戦場ではよくあることですよぅ?」
ふふふ〜、といつもの妖艶な笑顔を浮かべ、咲は周囲を見回した。
「いやぁ、オーバーキルも甚だしいといいますか‥‥何と言いますか‥‥」
楽人がぽりぽりと頬を掻く。
「‥‥お茶にしよっか。ね、それがいいよね」
景が気遣って、皆に声をかける。
「わたくし、お手伝いいたしますわ」
アリスがお湯を沸かし始める。
咲ちゃんのべちゃぐちょタイムは、皆のSAN値を、見事に削っていた。
「‥‥あ、私も、手伝います」
「うちもや。何したらええねん?」
気を取り直し、ノルトリーゼとアキラが、茶器を温め始める。
調理実習室で、チョコ菓子を並べて、まったりとティータイム。
のんびりくつろいでいると、徐々に皆、心が落ち着いてきた。
ヴィレアが、親しい者にあげるつもりだったチョコを、ラッピングし始めた。
「うむ、綺麗に包むのは、なかなか難しいものじゃのう」
「最初にここをこう折るといいわよ」
景が手を貸す。
「そう言えば、シキちゃんは、どんなお菓子を作ったんです?」
「‥‥ソフトオレンジチョコレートを‥‥」
奪還したチョコを大事そうに抱え、カタリナが尋ねると、アリスはしょんぼりと目を伏せた。
白い大きな袋の奥に、原型を止めないくらいぼろぼろに崩れた、チョコの破片が散らばっていた。
「オレンジピールとバターを練りこみましたチョコを、冷蔵庫で2日寝かせる予定、だったんですの‥‥。‥‥ほろっと崩れるくらい、柔らかなお菓子で‥‥して‥‥」
ゴシゴシ目をこすって、アリスは顔をあげた。目を真っ赤にしたまま、頑張って微笑む。
「また、最初から作り直しますわ。大丈夫、ですのよ」
「それ‥‥俺、食べてやる」
取り戻したチョコを満足いくまで完食し、内心ほっこりしていた光太郎が、アリスに話しかけた。
袋を逆さにして、お皿に破片を集める。
「え、ですが、そんな‥‥」
「美味いぞ」
べたべたになった指を舐めながら、ぶっきらぼうに返す光太郎。
「あ、有難うございますっ」
アリスは、頭を下げた。
ことん。ノルトリーゼは、楽人の前に、美味しそうなチョコマドレーヌを置いた。
「‥‥それ、あげるわ。手伝ってくれたお礼。上手じゃないけどね」
「え、本当にいいんですか!? ありがとうございますっ!」
微笑むノルトリーゼの前で、がっつがっつと美味しそうに食べる楽人。
「上手じゃないだなんて、そんな事、全然ありませんよ。凄く‥‥おいしかったです!」
楽人は、眩しいくらいの笑顔を浮かべた。