●険しきデビューへの道
カタカタカタカタ。家庭科室のミシンがフル稼働で、ステージ衣装の着流しを仕立ててゆく。
「ここまでリビドー全開だと、いっそ清清しいですね。別に痺れたり憧れたりはしませんが。さて、男物の服を作るのは教会の弟達以来ですが‥‥まあ、何とかしましょう」
紫乃 桜(
ja2243)は、口の堅いクラスメイト達にも手伝ってもらいながら、金、銀、銅、青銅のスパンコールを、縫いあがった着流しにつけていく。裾を長めにしてマント風に型を取った陣羽織には、黒生地に赤で炎の縫い取りが施される。着流しがはだけても問題ないよう、短パンとTシャツの色も着流しと同色にする予定だ。これだけで、大量のスパンコールが消費されることとなった。
「モテたいからアイドルを目指そうだなんて発想が、まずモテない気がしますが‥‥」
カタリナ(
ja5119)は自作の和風ポップチューン「紅炎〜Prominence〜」の作曲に悩んでいた。依頼人たちからサンプリングした「どす恋!」の肉声をうまく使い、ポップでキャッチーで輝くイメージの曲に出来ないものかと、思案を巡らせる。
パソコン上の五線譜が消されたり書き足されたり、ミキサーでアレンジが加えられたり。
「ステージ上で殺陣を披露するんですよね。佐村さんはトークも入るから‥‥トークの時は音量を落として‥‥でも、うっすらBGMになるように‥‥」
カタリナの苦悩と試行錯誤が、「紅炎〜Prominence〜」を、よりよい作品に仕上げていく。
相撲部にとって神聖なる土俵、ではなく、土俵を模したギラギラのドヒョウステージを作り上げ、クララ(
ja5485)はため息をついた。
「ある意味高難度の依頼だな‥‥まぁ、最善を尽くすまでだ」
ステージが出来上がったことで、佐村たちを呼び出し、演技指導という名の特訓が始まった。
「したいよな〜青春、俺もしたい、とってもしたい! だからお前らの気持ちはよくわかる、一緒にがんばろうぜ!!」
練習用のジャージに竹刀を持った成宮 梓(
ja4094)は、続けてびしりと言い放つ。
「だが女にもてればなんでもいいなんて根性は気に入らない! しっかりびっちりその腐った根性叩き直してやるぜぇ!」
「え、俺ら、腐ってますか?」
先輩に叱咤され、うなだれる佐村達。
「ああ! 誰でもいいとか言ってちゃアイドルじゃねぇ、全員恋人くらいの気持ちでやりやがれ!」
「全員‥‥恋人‥‥」
一瞬だけ、薔薇色のオーラが佐村達を包み込んだ。
何を想像したのだろう。
ぴしゃり。梓の竹刀がステージを叩き、依頼人たちは我に返った。
「まあ、もてるもてないはともかくとしても、自分で変わりたいって思う事、いーんじゃね? アタシが出来る手伝いは出来る限りすっからな♪」
白虎 上総(
ja0606)が日本刀にみえる模造品を佐村に手渡した。
「本物ってのは一流の人でも死を招くからな、コレで一人前に魅せる、それが先輩たちのすべき事だぜ♪」
そして、抜刀と収刀のお手本を見せた。
「これが出来るだけで格好良くみえっぜ?」
「俺が‥‥こんな技、やれるかなあ」
「やれっかじゃねえ、やるんだよっ」
気弱な発言の佐村に、強く言い聞かせる上総。
「みっちり訓練するために合宿届けもだしておいたぜ。体調管理も特訓もビシバシやったるよ」
梓がまた、竹刀でぴしゃりとステージを叩いた。
びくっと身を縮める、「どす恋プロミネンス」の面々。
あなた達、本当に大丈夫ですか?
「大丈夫、みっちりおしえちゃるけんねぇ!」
ニヤリと笑みを浮かべ、菰方千織(
ja2417)は佐村の手を握った。
佐村の顔がみるみる赤くなり、頭から、ぷしゅーと湯気が立ち上った。
センパイの、女子の手、やわらか〜い! あったか〜い!!!
鼻血ふきそう!!
「お、俺頑張ります! やります、抜刀と収刀!」
見る間にやる気を取り戻し、上総の指導を受けながら模造刀の扱いを特訓し始める佐村。
「ちょーかっけぇぜ先輩! そのちょーしだっぜ!」
上総が喜んでヨイショする。ますます図に乗る佐村。千織のアドヴァイスが飛ぶ。
「女子の目線からすると、こういう感じがカッコいいかな!」
「お、貴重な女子の意見だぜ、よーく聞いとけよ」
「ういっす!」
「どす恋!」
「どす恋!」
梓の言葉に、やる気メーター上昇中の「どす恋プロミネンス」。
「おまーらも、確り受け身を覚えんだぜ? じゃねーと怪我すっからな!」
上総が実演してみせる。攻撃の勢いを殺すため&上手く目立てるよう、転がる演出も取り入れて、「どす恋プロミネンス」の皆に教え込む。
「結構、きついっすね‥‥」
相撲体型といえど、筋肉ではなく贅肉で出来ている彼等は、ちょっとしたアクション指導にも音を上げつつあった。その都度、千織が優しい言葉で励まし、時にはヨイショして、特訓を続けさせた。
その様子をじっと見守るカメラが一台。
鏡極 芽衣(
ja1524)である。プロモーション映像を作るべく、練習風景を撮影しているのだ。
(正直、普通に相撲部に入って活躍すれば、それなりに女性ファンもつきそうな気がしますけどね‥‥? そういう発想にいかないあたりが、ダメな連中のダメな所以でしょうか。でも、この様子を見ると、体力的に無理なのかもですね)
撮影機材を持ち、もっとカメラ映りがよい場所を選んで、芽衣は撮影を続ける。
「佐村は白い歯が目立つように、トークも少し入れっだぜ」
「ト、トーク!? 俺なにを言えば‥‥」
「リーダー、がんばっす」
「がんばっす」
「がんばっす」
上総に言われ、目を白黒させる佐村に、仲間たちは声援だけを送った。
‥‥ひとつも台詞案が出ないところが、「どす恋プロミネンス」の駄目なところであった。
「指相撲が得意なあんたは、指で相手の急所を押して倒す役な。百面相のあんたは、打ち合いの最中にちょー苦しむ顔とか、嬉しそうな顔とかの演技が出来そっだな。死んだふりのあんたは、2、3歩よろめきぱたりと死んだふりをして、その後復活し、仲間のピンチをを助ける役だ。どやぁ!」
上総に続いて梓が頷く。
「俺が悪役チンピラになって乱入するからさぁ、カッコよく倒してくれよな!」
ななな、なんだってー!!
すげえ、マジすげえ。
俺らの特技を、ばっちり活かしたアトラクションを考えてくれてるんだ!
依頼サイコー!!
「ああそんなこと考えてる場合じゃなくて! 俺、トークなんて出来ないですよー」
佐村が我に返った。
「じゃあ一緒に考えよう!」
千織が再び手を握ってあげ、優しく励ました。
佐村のやる気メーターがMAXを振り切った。
「‥‥出来ました、衣裳‥‥」
桜がゴージャスキラキラ着流しと陣羽織、短パンにTシャツを持ってくる。
無論、手伝ってくれたクラスメイト達には、クララが裏工作により口止めをしてくれている。
「音楽も用意できました」
カタリナが自作の和風ポップチューン「紅炎〜Prominence〜」を流す。
すげー!
すげー!!
俺ら、マジ、アイドルになるんだ!
燃え上がる情熱。「どす恋プロミネンス」メンバーは、進んで特訓を再開した。
「そんな事でアイドルがつとまると思っているのですか?」
やる気にそぐわない、足りない体力、足りない精神力に、カタリナの叱咤が飛ぶ。
「アイドルたるもの、全速力で走りながらでも、息を切らせることなく歌を歌えなくてはいけません!」
「大丈夫、きっと出来るって!」
鞭のカタリナ、飴の千織。
「角度的に美しくないです‥‥もう少し顔だけ右向きでお願いします」
指示を飛ばしつつ、カメラを回し続ける芽衣。
「おー! 先輩サマになってきたじゃねっすか!」
抜刀練習を評価する上総。
女子がこれだけ応援してくれていて、頑張れないわけがない。
こんなこと、一生に一度、あるかどうかだ。
●カウントダウン
キラキラ衣裳を身に纏い、ドヒョウステージで、本格的に演技の最終調整が始まった。
芽衣がカメラを回す中、やはりトークで躓く佐村がいる。
「そこで歯切れよく場を盛り上げないで、何がアイドルですか!」
カタリナの叱責が飛ぶ。佐村はめげずに、つっかえつっかえ、来場者への感謝を述べた。
誰もいない観客席に、佐村の声が響く。
「殺陣はかなりいい線イケてるし、トークがもう少しすらっと言えたら完璧なんだけどねえ」
梓が腕組みをして眉間を押さえた。
ぐりぐりぐり。
千織は配布するビラを製作していた。
らくがきたっぷりで目を引くビラは、掲示板に貼ってある勧誘のチラシを参考にしたものだ。
学園内の印刷機を借りて、無事に印刷終了。あとは人海戦術だ。
クララの用意したサクラ要員(全員女性)、カタリナ、勿論千織も、口コミ、ビラ配りに精を出す。カタリナは一般人を装い、ネットにも宣伝を流していた。
『ハロー、みんな! ちょ〜っとお時間ちょうだいな♪ これから素敵なアイドルを紹介するよっ♪』
校内放送では、ソフトフォーカスで美化200%超えの「どす恋プロミネンス」の宣伝番組が幾度となく流れている。キラキラの衣裳、派手な殺陣、佐村の白い歯には輝きが付け足されている。芽衣のアレンジと編集の成果だ。無論BGMは「紅炎〜Prominence〜」である。
「へえ‥‥見にいってみようかなあ」
「これ何の催し?」
学生たちの興味が徐々に高まっていく。
「どす恋プロミネンスという、新進気鋭のアイドルユニットだよ」
すっかり有名人になったつもりの佐村たちは、いつサインをねだられてもいいよう、色紙とペンを持ち歩くようになった。
‥‥まだ、早すぎるとは、気づいていない。
●そして本番当日!
「‥‥というわけで、ステージが終わったら、このチョコをあげて欲しいな」
「‥‥こういうことだから、ステージが終わったら、サインをねだってあげてくれないか」
舞台から少し離れた入場者ゲートのところで、梓とクララが、サクラ要員や来場者に、こそこそとチョコを渡したり、指示を出したりしていた。
「えーなになに、何がはじまるのー?」
上総が他の人にも聞こえるようにわざと大声を出す。
会場から「紅炎〜Prominence〜」が微かに聞こえてくる中、ぞろぞろと人が集まってくる。
「みんな、おっ待たせ〜っ♪ 目一杯楽しんでってねっ♪ それじゃはっじまるよ〜♪ 本日デヴューの新アイドルユニット、どす恋プロミネンスの皆さんでっす! 拍手よろしく〜っ♪」
かわいらしい恰好でキメた芽衣が、司会として舞台に立つ。
会場の灯りが落とされ、舞台のゴージャスドヒョウステージに、スポットライトがあてられた。
流れる「紅炎〜Prominence〜」、上手から登場する「どす恋プロミネンス」メンバー。
スパンコールがキラキラとまぶしく輝いている。
桜が最初にパチパチと手を叩くと、やがてあちこちから手を叩く音が上がり始め、そして会場を拍手の音が包み込んだ。
カチコチにあがっているどす恋プロミネンスに、舞台袖から梓が囁いた。
「みんなで楽しくハッピーにやろうな♪」
そうだ。
この機会。指導してくれた先輩後輩たち。
がんばってがんばって、練習して、完成させた演技。
楽しまないでどうする。
「どす恋ー!!」
佐村は腹の底から野太い声を轟かせ、しゃきんっと素早く抜刀してみせた。
「どす恋ー!!」
「プローミネーンス!」
佐村の声に応じるように、サクラたちが声をあげる。
じゃんっ。BGM「紅炎〜Prominence〜」フルバージョンが、流れ始めた。
演技が、始まる。
金色の佐村が、練習に練習を重ねた殺陣を披露し、青銅の武士がもんどりうって派手に転がり、得意の死んだふりをアピールする。銀の武士は銅の武士を指ひとつで打ち倒し、銅の武士は瞬時に表情を変えながら、如何に激しいダメージを受けたかを演技する。ひく、ひくと四肢を痙攣させて更にアピール。
「おおっと、乱入です! 場外から乱入者ですよぉっ♪」
司会の声が響く中、梓が暗がりから姿を見せ、佐村に飛びかかる。
激しい打ち合い。
「うぼらばぁ!!」
意味不明の叫び声をあげながら、全力でチンピラを演じる梓。
「金色の武士、だいぴーんちですっ! 皆さん、ご声援を! どーす恋っ、どーす恋っ♪」
どーす恋っ!
どーす恋っ!!
会場が声援でわき立つ。
BGM「紅炎〜Prominence〜」も佳境に差し掛かった時。
死んだはずの青銅武士が復活し、金色武士とチンピラの間に割って入り、必殺の一撃を見舞った。
「ひげぶぅ!!」
錐揉み回転しながら派手にすっ飛ぶ梓。
どっとわく客。
「お、覚えてろよッ!! どす恋プロミネンスーっ!!」
チンピラは、大声でユニット名を叫びながら、暗がりに消えていった。
「異常なし、だ。相撲部が文句を言いにくるかと懸念したが‥‥剣士にしたのがよかったのだろうな」
モニター越しに警戒しながら、クララが呟いた。
「‥‥想定通りに事が進むのも、存外暇だな」
「では、校内デヴューを記念して、リーダーの佐村さんからひとこと、おねがいしまぁすっ♪」
芽衣がマイクを佐村に向ける。
佐村は息を深く吸って、マイクを受け取った。
「この機会を下さった上、ご指導下さった先輩後輩の皆様、並びに、ご来場くださった皆様に、心より感謝いたします」
すう、と息を吸って、ひと呼吸。
そして。
「もて期、プリーズカモーン!!」
‥‥一瞬で、駄目なユニットになった。
慌てて芽衣がマイクを取り上げる。
だが、佐村は目に涙を浮かべて、叫び続けていた。
「俺たちは、俺たちは! 一度でいい、もてたい! もてたいんです!! 皆さんはそう思ったこと、ないですか?」
あるあるー! サクラが懸命に佐村をフォローする。
「ありますよね!? ありますよね!!」
かっこいいよ、どす恋プロミネンスー!!
サインちょーだーい!!
サクラたちががんばって声援を飛ばす。
佐村は、立ち尽くしたまま、男泣きに泣いていた。
「有り難う! ‥‥有り難う!! 皆さん、俺、もう死んでもいい!!」
生きろー!
「はい! 生きます! 生きて、どす恋プロミネンスの名に恥じないよう、輝いてみせます!」
佐村は深々と客席に頭を下げた。
その後、どす恋プロミネンスのメンバーには、来場者から山のようにチョコが渡され、幾度もサインをねだられた。サクラかも、ということは、佐村もさすがに勘付いていた。でも、純粋に嬉しい。
「がんばりましたね‥‥トークはちょっと、あれでしたが」
珍しくやわらかな表情のカタリナが、チョコを差し出した。千織もにこにこしている。
「でも、これでモテたとしても‥‥恋人は出来ないと思いますよ? だって、女の子は不特定多数にモテたいと思う一人より、自分一人を好きになってくれる人のほうが大切ですから。キャーキャー騒ぐファン心理と、好きは違うのですよ」
桜が正直に感想を述べた。佐村は頷いた。
「そう、ですね。それでも、夢を見せて頂いたこと、感謝しています」