●行っといで!
鈴代 征治(
ja1305)、及びアリス・シキ(jz0058)の所属する執事喫茶の二階に、暫定的とは言え、アリスが働いていた依頼斡旋所が移転している。花火大会に向かうにはまだ早すぎる時間帯に、そこの所長が戻ってきた。
「ああ、今日は花火大会か」
一杯もらうよ、と冷たい水をゴクゴク飲み干す所長。そして、征治に向き直った。
「‥‥お嬢は今は色々あって、いっぱいいっぱいなんだ。だから、お嬢のことを想うなら、‥‥な?(あとはまあ、お嬢の前では言えないからな、空気読めよ?)」
キョトンとしているアリスの前で、しみじみと征治に肩ぽむする所長であった。
●浴衣に変身!
元気印の市川 聡美(
ja0304)、不安そうなフィオナ・アルマイヤー(
ja9370)、恋人に誘われたメフィス・エナ(
ja7041)、そして、目を包帯で覆っている佐野 七海(
ja2637)が最後にアリスに手を引かれて、オーガニック美容院へと入っていった。
残されたウェマー・ラグネル(
ja6709)とアスハ=タツヒラ(
ja8432)は、征治に着付けと貝結びを教わり、何とか紳士用浴衣を着こなしていた。アスハの、黒地に赤い刺繍の入った浴衣が、かっこよく決まる。
集合時間が訪れる。
「黒い浴衣とか初めて着たけど、どうかな?」
最初に現れた聡美が、くるんと回ってみせる。
(喪服、だ‥‥)
(喪服ですね‥‥)
(喪服みたい‥‥)
男性陣は少し驚いたが、一様に「よ、よく似合っていますよ」と褒めた。
因みに黒浴衣は透けないように生地が厚い分、人いきれで暑くなるので気をつけてね、聡美さん。
「どう? こないだ選んでもらったの着てみたんだけど?」
紺と白のグラデーションに紫の花柄の浴衣を着たメフィスがアスハに尋ねる。アスハは、こくりと頷いて、「悪くない、な」と呟いた。
白い生地に真っ赤な彼岸花が華やかに描かれている浴衣姿のフィオナが、場違いな気がして、おずおずと出てくる。美容院の貸浴衣を着てかわいらしくなった七海、自作した夕顔柄の浴衣を着て七海の手を引くアリスが続く。
「皆さん凄く素敵ですよ」
征治が女性陣を褒めた。そして、恋人であるアリスの側へ行き、そっと囁く。
「普段と違ってそう言うのもお似合いですね」
「‥‥っ」
真っ赤になって俯くアリス。手を繋いでいる七海が、「???」と2人を見上げた。
手には扇子も持って、涼を得ながら、ウェマーが近づいた。
「よろしくお願いしますね、アリスさん」
「あ、あの、シキと姓でお呼びくださいませ。アリス名は多うございますので」
いつものように返すアリス。ウェマーは頷くと続けた。
「故郷ではそういう催しはありませんでしたし、たまに見る花火も日本のような繊細さはありません。日本のものは職人が手がける、非常に繊細なものだと聞いているので、楽しみにしています」
「は、はい‥‥」
そう言われても、アリスも、手を繋いでいる七海も、初めて見に来たのだ。ウェマーに返す言葉が浮かばない。
「ふっふっふ、それは期待していていいですよ〜?」
横から征治がウェマーに声をかけた。楽しみにしているウェマー、お墨付きをつける征治。
何となく期待感が膨らんでいく。
「花火、か。こうして参加するのは、初めて、だな。僕はアスハ、よろしく、な」
アスハが自己紹介をした。それを皮切りに、互いに自己紹介し合う。
「お祭り‥‥怖いけど、楽しみです。‥‥同じ、初めてのシキさんと、一緒に、楽しんでみたいです‥‥」
七海がアリスに掴まったまま、会釈をする。軽く人見知りをするけれど、落ち着いた子で、どこか変に大人びている印象が強く感じられた。
●まずは露店巡りから
花火を最もよく眺められる大埠頭まで、ずらりと露店が並んでいた。
物珍しくて、あっちへ、こっちへと、はしゃいでアスハを引き回すメフィス。
「ああ、なんだか懐かしい感じですねえ。おや、キャラモノのお面じゃないですか」
露店で、怪盗ドクトルパンツマンのお面を購入し、頭にずらしてつける征治。
なんだかチラチラとアスハ達を意識している様子のフィオナ。
「どうされました?」
「あ、いえ、こういうのは初めてですので、どうすればいいのやらと。それにしても結構人がいますね」
ウェマーに気遣われ、フィオナは素直に戸惑いを口にした。
「食べ物屋さんもずいぶんありますが‥‥なるほど、食べ歩くものなのですか。あ、ベンチもありますね」
合点のいくフィオナ。
「何か試しますか?」
いろいろありすぎて、ウェマーに対する答えに悩むフィオナ。
「焼きそばやたこ焼きなど、楽しんでも良い、か」
「おー。アスハさんたちは王道からいきますねっ。では僕も」
征治とアスハが露店で注文する。メフィスは辻向かいの露店でリンゴ飴を購入していた。
「わたあめを是非食べてみたいです。ふわふわとした雲みたいなキャンディーらしいですね?」
ウェマーが綿菓子屋を見つけ、店員が、くるくると回る機械から出てくる白い糸をうまく棒に絡めていく様子に見惚れていた。出来立てを購入し、ご満悦でかじりつく。
「本当に雲みたいです!」
「海外では、コットンキャンディとも、パパのヒゲとも言うそうですね。最近では色んな色がついているんですねえ」
お祭りに詳しい征治がニコニコと解説する。そして焼きそば、たこ焼きを購入して、露店の間に設けられている椅子に座った。手招きして恋人を呼ぶ。
「少し食べませんか? ちょっとずつ、色んな種類を食べれば、少食のアリスさんでもきっと大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。頂戴しますわね」
アリスは七海を手助けして、一緒に腰を下ろした。巾着から小さなタッパーとマイ箸を取り出す。そして、差し出された焼きそばを少しと、たこ焼きを半個分タッパーに移し替え、「頂きます」と手を合わせた。マイ箸でタッパーをつつく。
(こんなところでも、上品だなあ)
何だか微笑ましくなる征治。
「佐野さんも如何ですの? 面白いお味ですのよ」
「えと、その、い、頂きます」
食べ盛りの初等部6年生は、おどおどしつつも、段々馴染んできたようだった。美味しそうに(征治の)焼きそばをもぐもぐしている。
雑踏の向こうに、アスハとメフィスが、リンゴ飴や綿菓子などを、仲睦まじく食べさせあっている姿が見えた。
(次の機会があったら、あんな風に、食べさせ合いっこが出来るといいなあ。まあ、アリスと一緒にお店を見て回るだけでも楽しいし、何よりアリスが楽しそうなら、それだけでもいいかな)
差し出した綿あめを苦労してお箸でちぎり、タッパーに移して食べている恋人の様子をチラ見する。「甘くてふわふわしてますの」と驚いている様がかわいいなあ、と征治は思った。
他にも色々あるよ、と、露店巡りは続く。
「ばくだんはないですか? 何でばくだんと呼ぶのか知りたいのです」
流石にポン菓子機は無かった。ウェマーは露店を隅々まで探し回り、残念な結果に肩を落としていた。
「‥‥えへへっ」
はじめましてから比較して、かなり七海の表情が和らいできている。
「シキさんの手、ひんやりしていて気持ちがいいです。安心します‥‥」
ぴた、と寄り添う七海。恋人が子供に懐かれるのも悪くないかな、と顔がほころぶ征治。
(この子はアリスが好きなんだなあ。男子だったらちょっと妬けちゃうかも‥‥なんてね)
「そうだ、皆さん、射的大会をやりましょうか」
そろそろ時間的にもいいかと思い、携帯を取り出す征治。
連絡を取り合い、集合地点に決めた射的屋へ向かう。
「佐野さんは光纏して下さいね。そうしたら目が見えるようになるのでしょう?」
「あ‥‥はい‥‥」
七海はもじもじしながら、恥ずかしそうに目の包帯を解く。
「‥‥シキさんのお顔を、見たいですし‥‥」
「別にそのままでもいいんですよ? 僕がスイカ割りの要領で照準をアドバイスしますから」
冗談めかして征治が言うと、七海は「いえ、待ってください、すぐに包帯を取りますから」と慌てふためいた。
●射的大会!
「まあ基本は、じゃんけんなんだけどねー‥‥」
非公認新聞部のいい題材になるから、とデジカメで祭りの様子をあちこち撮っていた聡美が、集まった面々を見て軽くため息をついた。
寄り添うアスハとメフィス。
ぴたりとアリスにくっついて離れない七海と、2人を見守る征治。
「こう、シッカリとグループができちゃっていると、シャッフルしづらいよねえ」
フリーで遊びにきた、ウェマー、フィオナ、聡美だけが浮いてしまっている。
「じゃんけんで、組み直しても、構わない、が‥‥」
アスハの台詞の後ろにかぶるように、七海がおずおずと口を突っ込む。
「あ、あの、その、シキさんと一緒が、いいです‥‥」
じゃーんけーん、ぽん。
結局、聡美とウェマーとフィオナの3人が、それぞれのチームに散ることになった。
Aチーム:聡美、フィオナ、アスハ、メフィス
Bチーム:ウェマー、七海、征治、アリス
各自チャンスは1回だけ。6発のコルク弾を手に、戦いが始まる。
【Aチーム】
「子供の頃はぜんぜん当てられなかったんで、リベンジ慣行ってことで‥‥むむっ」
デジカメを巾着にしまい、聡美が射的用の銃を構えた。
照準が微妙に合っていないおもちゃ銃で、頑張って大物を狙う。
いやその、大きなぬいぐるみは、コルク弾6発では無理でしょう。
「む。お祭り慣れしていると思って、大物を狙いすぎたかな?」
狙いすぎです。
悔しそうに聡美は銃を置いた。
(あの景品なら、当たれば落ちるかも)
フィオナはしっかりと狙いを定め、そして‥‥命中! しかし、狙った景品は微かに揺れただけ。
「ちょっと、あの景品の的、ちゃんと倒れるんですか?」
不服そうに呟くフィオナ。クールで真面目でストイックな印象が、熱血お嬢様に変貌していく。
「うむむ‥‥しかし、こうも取れないと‥‥接地点から離れたところに当てて、可能なら揺れている間にもう1発当てて‥‥」
計算高く、ぶつぶつ言い始める。残る2つの弾で、何とか景品の安物アクセをゲットするつもりだ。
1発は当たり、1発は外した。
「うううっ、く、くやしーいっ!! もう1回! もう1回やらせて下さいっ」
はいはい、1人1回と決まっていますので、また次の機会にね。
「次いってみよー!」
聡美が元気に、フィオナに肩ぽむした。
クールに銃を選ぶアスハ。
「どれもこれも、照準が微妙に合っていない、か。所詮はおもちゃの銃だ、な。だが、銃使いのダアトとして、負けられない、な」
一番マシなものを選び、コルク弾を詰める。
「手加減は、しない、ぜ」
ぽん、ぽん、ぽん。
1発目は照準を合わせるためにわざと外したが、残りの5発は目的の景品に命中。
ぽとりと落ちてくる箱を開けると、飾りヘアピンが入っていた。
「やる、よ」
メフィスに手渡し、すすっとチームに戻る。メフィスは喜んで、早速ヘアピンで前髪をとめた。
かっこいいー。Aチームのみならず、Bチームからも、拍手が巻き起こった。
最後にメフィスが銃を取る。
2発命中、4発外れ。
「なかなか難しいわね」
恋人であるアスハの腕前に、逆に感心するメフィスであった。
【Bチーム】
「いやあ、専門は剣の方なので、射的ってどうやるんでしょうね?」
そう言いながらも、おもちゃの銃を構えるウェマー。
教えられた通りに銃を構え、「なんだか照準が合ってませんよ?」と困惑しつつ、取り敢えず気合をこめて、撃つ!
命中はするものの、なかなか景品が倒れる気配がない。
そこじゃない、もうちょっと斜めの位置から‥‥こうか!
「ばくだん、ゲットです! でもこれを作る過程を見てみたかったです‥‥残念です」
米がぼんっと爆ぜるところを見たかったウェマーは、残念そうに、しかし景品が取れた嬉しさも含みつつ、入手したポン菓子を口に運んだ。
少なくとも、お菓子だけでも手に入って良かったね!
続いて、おもちゃ銃を手渡され、七海は何度か銃を覗いて、コルクの弾を見つめた。
「えっと、この銃で棚の上のモノを、撃ち落とすんですよね?」
光纏状態で視力を得ている七海は、じっと景品を睨んだ。
「あの、その、おじさん。そこのお菓子と、そこのアクセサリーと、そこのミニカーと、‥‥(以下略)‥‥は、どうして、‥‥固定されて、いるんでしょうか‥‥?」
普段視力を失っているからこそ、敏感にインチキの気配を感じ取る七海。
「え、インチキだったんですか!? 勝負のやり直しを要求します!」
ウェマー、及び、Aチーム全員が店主に詰め寄る。
初等部生徒に「おじさん」と呼ばれてしまった大学部の学生店主は、「だ、だってインフィルさんが来たら即全滅して赤字だから〜」と必死に言い訳をしていた。
「まあ、お祭りですから」
征治も宥める。
「お祭りは、そういうものだよ!」
聡美もウェマー達を「どうどう」と押しとどめる。ついでに皆のぷんすか顔を、デジカメでパチリ。
ぽん、ぽん、ぽん。
七海は、銃の照準をあてにせずに、自身の研ぎ澄まされた感覚で景品ゲットに走った。
インチキの仕込まれていない小物ばかりを狙う。
2発は外したが、残り4発を叩き込んで、景品のアクセサリーをゲット!
「シキさん、やりましたのです。えへへっ。わ、可愛い指輪ですよっ」
子犬のようにアリスに駆け寄り、戦利品を見せて喜ぶ七海であった。
「ここは敢えて、大物を狙いますよっ」
おもちゃ銃の照準を合わせ、気合を入れる征治。
(アリスに格好いいところを見せたいですしね‥‥!)
ぽん、ぽん、ぽん。
しかし、気合を入れすぎたのか、3発も外してしまった。
狙っていたぬいぐるみはビクともしていない。
(うわあ、格好悪ッ!)
思わず肩を落とす。
「どんまいですのー」
後ろから恋人の励ましの声が。
「えへへっ、ですよぉ、どんまいなのですー」
「ま、まあ、お祭りの射的なんてこんなものですよねっ」
アハハと頭を掻いて、征治はベンチへ戻った。
「初めてですので、勝手が分かりませんのー」
銃を構えたり下ろしたりしながら困惑するアリス。七海がぱたぱたと走り寄って、簡単にレクチャーする。
「こうしてね、こんな感じで持ってね、で、シキさんはどれを狙うんですか?」
「お菓子にしようと思いましたの。皆様で分けられますもの」
緑色の目で、こんぺいとうの小袋を見つめるアリス。
「こっちのは固定されてますから、狙うなら1段上のがいいですよ」
「はい」
2発を外し、4発を当てて、既に緩んでいたこんぺいとう袋を辛くもゲットする。
早速七海に分けるアリス。ベンチに戻って、ウェマーと征治にもこんぺいとうをおすそ分けする。
「今回の優勝者は、Aチームからはアスハさんを、Bチームからは佐野さんを推すよっ。ハイ、記念に射的の店をバックに、写真を撮らせてもらうよー! いい笑顔カモン!」
デジカメで2人を数枚撮る聡美。2人ともいい笑顔どころか、ちょっと俯きがちであった。
特に包帯を外している七海が恥ずかしそうだ。
(いい記事になりそうかな?)
聡美は、頭の中でキャッチコピーなどを考え始めた。
●金魚すくい!
「今度は金魚すくいで勝負‥‥はしませんが、金魚ゲットを目指しましょう!」
皆でぞろぞろと移動する。聡美の姿が消えていた。
店員から銘々に、お椀とポイを渡される。
「これで金魚をすくうのですか?」
フィオナがしげしげとポイを見る。どう見ても紙である。
そりゃあ、ポイですからね。
征治が金魚すくいのコツを皆に伝える。ポイが濡れると破けやすいこと、水に向かって垂直に入れると破れにくいこと、金魚はなるべく縁でとること、など‥‥。
「逃げ回る金魚さんが、かわいそうですわ‥‥」
ここに何だか同情の涙を浮かべている人がいます。
結局、金魚すくいは、射的で頭に血が上りっぱなしのフィオナと征治で頑張ることになった。
皆、身を屈めてなりゆきを見守る。
「む、むむっ。なかなか取れないものですね」
フィオナが1匹捕まえたところで、ポイが決定的に破れてしまった。
慣れた手つきで、ひょいひょいと金魚をすくっていく征治。
それを見て、更にボルテージがあがるフィオナ。
「も、もう1回です!」
新しくポイをもらい、頑張るフィオナ。
「やあ、8匹取れましたよ。なかなかの好成績だと思いません? あ、あれ?」
きょろきょろすると、水風船釣りに挑戦している七海とアリスがいた。
「綺麗なのが取れましたのー」
「シキさんよかったね!」
無邪気に喜ぶアリスと、はしゃぐ七海。
「これはどう使うものなのかしら?」
「あー、それはね‥‥」
ミルクたっぷりのかき氷をしゃりしゃり混ぜながら、聡美が戻ってきて解説した。
流石に黒浴衣は暑い。
無地の黒浴衣を愛用している語り部が言う以上、間違いない。
あれは、秋に着るものです。
「おー、そこだ! 思い切って! いったー!‥‥ああっ、ポイが!」
聡美が金魚すくいの応援に参加し、フィオナを激励しながらデジカメで撮影する。
だが、結局成果は、最初に取れた1匹だけ。
フィオナは頭を冷やすべく、聡美の手を見つめて「そのシャリシャリは、何処で売っているのですか?」と尋ねた。
ウェマーが、ポン菓子探しの際に見つけたお店を紹介する。
●かき氷、シロップかけ放題!
「ふっふっふ、かき氷のシロップブレンドをご紹介しようではないかっ!」
祭り慣れしている聡美が、ずらりと並んだシロップの前で講義を始めた。
「あたしはミルク味が好きだけど、こういう所でしか食べられない味もあるからねー。挑戦してみるのもいいかもよ?」
まずは、単体ならコーラシロップのみ。
ツウになると、練乳のみ、もありあり。
ブレンドの王道は、メロン+イチゴ。これはかなりいける。
グレープ+ピーチも、なかなか捨てがたい。
青りんご+ピーチは微妙なので、あまりお勧めはしない‥‥。
「その微妙なところを試すのが、撃退士の度胸ってものでしょう」
童心に返ったウェマーが早速、青りんご+ピーチに挑戦する。
「な、何故そっちから行きますか!?」
びっくりするフィオナ。
「最初に微妙なほうから食べておけば、あとが美味しいかと思いまして‥‥」
「ま、まあ、確かに人も多いですし、暑いですが、そんなにかき氷を食べるんですか?」
年長者のウェマーに対しては敬語を使う聡美。
ミルク味が好きな征治とアリスは、並べられたシロップに戸惑いつつ、練乳のみトッピングをチョイスした。
「佐野さんは何がお好きですの?」
「コーラを試してみたいです」
何くれと七海の世話を焼くアリス。微笑ましく見つめる征治。
ひゅー、どーん!
打ち上げ花火の第1発目、予告花火が夜空にはじけた。
「急いで大桟橋に行きましょうか」
皆で移動する。アスハとメフィスは既に行ってしまったようで、姿がなかった。
●打ち上げ花火大会
色とりどりの花火が打ち上がり、どーんと腹の底に響くような音がする。
幾つか連続で打ち上がり、煙が散るのを待って、また打ち上がる。大物花火の合間に、スターマインが挟み込まれ、飽きがこない構成になっていた。
大桟橋の端ぎりぎりに陣取り、聡美はデジカメで花火撮影に挑む。
(三脚を使いたくても使えないのが悲しい‥‥。よし、シャッターが閉まるタイミングを見計らって‥‥!)
なるべく動かないように、脇を閉めて、息も止めて、シャッターチャンスを待つ。
そんな中、不意にアスハとメフィスがしっかりと手をつなぎ、肩を寄せあっているのを見つけ、思わず激写する。
(この写真は、後日、こっそり渡してあげよう‥‥)
再び脇を締めて、花火撮影に挑む聡美であった。
ほかの皆は、場所取りをしていなかったため、海岸に腰を下ろして空を眺めていた。
勿論、浴衣が汚れないように、レジャーシートを借りてある。抜かりのない征治であった。
「心臓に響くような音も、夜空を照らす一瞬の光も、僕は好きですねえ。あ、そうそう、花火が打ち上がる時には、たーまやー、かーぎやー、って声をかけるんですよ。そもそもは江戸の二大花火師或いは屋号に由来しているという説が‥‥」
ウェマーが更に聞きたがったので、詳しく花火の種類について講義をする。
錦冠(にしきかむろ)・芯入錦冠菊小割浮模様・さざなみ菊・銀冠・スターマイン・芯入変化菊・しだれ柳・銀波先・蜂入牡丹・クロセット・天の川引糸柳・ダリヤ・覆輪(ふくりん)・雌雄芯・小花・点滅菊・かすみ草・二重輪・芯万華鏡・染分・ステンド牡丹・小割浮模様・大葉入り・ローマンキャンドル・菊先・八重芯・浮模様・芯入り冠菊・銀冠菊(ぎんかむろぎく)・菊・動乱蜂・牡丹・分砲・葉落・虎の尾・ナイアガラ・椰子・椰子星入り・昇り曲付彩色蝶・千輪菊‥‥などなど。
え、えーと、征治くんは将来、花火職人になってもいいと思うよ。
「綺麗ですわー」
「そうですね」
最初は音に驚いていた七海もアリスもフィオナも、すっかり夜空に見とれていた。
ウェマーも花火講義を聞きながら、空から目が離せない。どれも工夫を凝らしてあり、色も中間色から鮮やかな原色まで色々で、まさに夜空の芸術といった体であった。
最後にナイヤガラと水中花火が共演し、打ち上げ花火大会は無事に終了した。
人々が立ち上がり、ぞろぞろと帰っていく。すごい混雑だ。
人波に流されないように、アリスは七海の手を掴んだ。巾着を持っている方のアリスの手を、征治が掴む。大学部の2人は何とか人の流れから脱し、人が空いてくるまで待った。
「いい写真が撮れたよー!」
手を振りながら聡美が合流する。
遅れてアスハ達もやってきた。
「次は、ファミリー花火だった、な。移動する、か」
●ファミリー花火!
レジャーシートをたたみ、河口付近の河原に移動する。
征治が、用意した点火用の蝋燭と水入りバケツの準備をする。シャッターチャンスを逃さないよう、スマフォの準備もしっかりしておく。
「花火を人に向けちゃダメですよっ。絶対ですよっ」
「はい」
「はーい」
いい返事がきたところで、皆に手持ち花火が回される。
「ファイヤーワークス。知っていますが‥‥手持ち? ドラゴン? ロケット? 何だかいっぱいありますね」
フィオナがファミリー花火の袋を開けて、驚いている。
「はい、テンションあげましょうかー。点火〜!」
征治が真っ先に手持ち花火に火をつける。シュウシュウと吹き出す火花。
「ひゃっ!? 花火って‥‥火を出すもの、なんですか!?」
「みたい、ですの‥‥」
確かに人に向けてはいけないものだと、花火初体験の者は揃ってそう思った。硬直する七海を、アリスが気遣う。
「でも、綺麗ですのよ?」
手持ち花火でも、途中で色が変わったり、なかなか見ていて面白い。
「あ、そうでしたわ」
不意にアリスが、征治に頭を下げた。
「先程は、あの、はぐれないように手をとって下さって、ありがとうございました」
「大切な人を迷子にさせるわけにはいかないじゃないですか」
にこっと微笑む征治。そして、同時に互いの手の感触を思い出し、赤くなる。
暗くって良かったですね。顔色なんて誰にも見えてないから安心ですよ。
「へび花火〜、へび花火〜♪」
聡美が手持ち花火を点火せずに放り出し、小さな玉を並べ始めた。
「いや〜、こんな小さな玉がヘビみたいにうにょうにょするのって面白いよねー」
うふふふふ、と、ありったけ並べていく。
――並べていく!?
ちょっと聡美さん、幾つ並べていくつもりでしょうか??
「よぉし。点火するよー!」
入っていたへび花火を全部丁寧に並べてから、簡易着火器具で火をつける。
最初はなかなか火がつかなかったが、やがて激しく燃え出し、むにゅむにゅむにゅ、と何かがへびの頭のように次々と持ち上がってくる。因みに花火はゴウゴウと赤い炎を上げて燃えていた。
「いいねいいね、これくらいやらないとねーっ」
童心に返ってはしゃぐ聡美。
「こんな花火もあったとは‥‥し、しかし、や、やりすぎではないのですか?」
フィオナが心配そうに様子を見守る。
「もともと地味な花火だから、これくらいして丁度いいのですよ」
目上なので敬語を使う聡美。
危険の無い方向に向け、ロケット花火を水平発射しようとしているアスハ。
「く、くれぐれも、他の人がいない所に向けて、お願いしますよっ!」
征治が注意を呼びかけるが、点火したあとである。シュゴッと音がして、光る何かが真っ直ぐに飛んでいって、視界から消えた。
「手持ち花火、慣れてきました。何だか、魔法使いの杖みたいで面白いのです」
徐々に慣れてきた七海が、手持ち花火を持って、空中に絵や字を書いてみる。勿論一瞬で消えてしまうのだが、暗闇に微かに痕跡が残る。それが楽しくて、終始にこにこしていた。
「佐野さん、火、分けてくれる?」
聡美が手持ち花火をもって、七海に近づく。シューシューと火花が吹き出しているところへ未点火の花火を近づける。やがて聡美の花火からも火が噴き出した。
「そんなことも出来るんですのね」
アリスが驚いてまじまじと見つめた。
「あれ、ヘビ花火が一つもない!? 仕方がないですね、ドラゴン花火を始めますよー」
征治が袋を覗いて、ドラゴン花火を取り出した。安定したところに設置し、火をつけて、素晴く逃げる。ゴウゴウと2mほども火花が噴き上がる。
離れたところで、アスハがネズミ花火に火をつけて、楽しそうに空中に放り投げていた。
メフィスの悲鳴が聞こえてくる。
更に、点火したロケット花火をひょいと投げ、逆に自分に向かって飛んできて逃げ回る、というハプニングも発生した。
「何でも投げるのはヤメテー!」
「そうですよー。人に向かってロケット花火なんて、ダメですよー」
離れた場所で何やら、ロケット花火の応酬が行われているように見えたが、気の所為でしょう。早速聡美が撮影に行った様子なのもきっと気の所為だ!
「いやあ、楽しそうですねー。気持ちが子供の頃に返ったみたいです」
ウェマーがアスハ達を遠目に眺めながら、手持ち花火やドラゴン花火を楽しんでいた。
「さて、そろそろ時間的にも締めだねー。線香花火に行こうか」
ネズミ花火をまとめて一気に火を点け、「ちょっと、何やら動き回っていますが」とフィオナを狼狽させ、足元が大騒ぎ(大惨事?)という事件を起こして満足した聡美が、皆に線香花火を配って回った。
「そういえば、子供の頃、線香花火の玉を落とさないように同級生の男の子と競争したことあったっけ、あいつどうしてるんだろ‥‥あ、落ちた」
ぽとん、聡美の周囲が暗くなる。
「綺麗、です。でも‥‥はかない、です‥‥」
七海が線香花火を見つめている。
「そうですわね。きっと、儚いから綺麗なのだと思いますわ」
アリスの向かい側で、戻ってきた征治が線香花火に加わる。
「こうして、玉と玉をくっつけたり、移動させたりもできるんですよ」
未点火の線香花火に火の玉を移してみせたり、器用に2つの火玉をまとめたりして見せる征治。
ぽとん、アリスの花火の火の玉が、重さに負けて落ちていく。
「また、来年もやりたいですね」
「そうですね」
誰ともなくつぶやく声がどこかから聞こえた。
一通り楽しんだあとは、ゴミの片付けと、撤収作業だ。
「みんな、記念写真を撮ろうよ! 折角集まったんだしさ!」
聡美がカメラを固定し、セルフタイマーをかける。
集合写真が終わると、征治が今度はスマフォで記念撮影をお願いする。
暫く、撮影会が繰り広げられた。
●お疲れ様でした
「それではまたね!」
「失礼します」
「お疲れ様でした」
「オツカレ」
片付けが終わり、ゴミ当番やレジャーシート返却係が決まると、めいめい、自宅や寮、学校などに戻っていく。
七海の包帯を巻き直し、寮まで送っていくアリス。夜道は危ないと、付き添う征治。
2人きりになってから、征治が切り出した。
「花火大会、楽しめましたか? 僕はアリスと来られて、とても嬉しかったですよ」
「はい。有難うございます。とても楽しかったですわ。大きな花火がすっごく綺麗でしたの!」
アリスは、まだ少しはしゃぎ気味に、微笑んだ。
「‥‥アリス」
「はい?」
「‥‥」
あの、いつもの分かれ道。
時計塔のところまで、手を、繋ぎませんか?
そう言いかけた征治だが、所長の「肩ぽむ」を思い出すと、何だかブレーキがかかってしまう。
「? どうされましたの?」
アリスに顔を覗き込まれて、余計に何も言えなくなる。
「‥‥なんでもないよ。アリスがお祭りを楽しめて、よかったなって思って」
「ええ。すごく、すっごく、楽しかったんですの! 征治のお陰ですわ、有難うございました」
無邪気な笑顔。それが見られただけでも、ほわっと心の底が温かくなる。
「では、ここで失礼いたしますわ。おやすみなさい。ごきげんよう、また明日」
「‥‥。また明日」
恋人はにこっと微笑んで、何度か振り返り、しずしずと草履の音と共に去っていった。
また、明日。
あの時もそう言って分かれて、そのままアリスはさらわれてしまった。
撃退士である限り、絶対に明日が来るとは限らない。明日、会えるとは限らない。
だからこそ、こんな時間を、恋人の笑顔を、大事にしたい。
(アリスにもっともっと、色々な楽しい経験をさせてあげたいな)
もう見えなくなってしまった後ろ姿。
征治は、もう一度アリスの去った道を見つめると、自身の寮へと歩き出した。