●こ、これは‥‥!
まずは旅のしおりを作ろうと、マリカ先生(jz0034)イチオシアニメ『だって、言えなかった』の鑑賞会が行われた。
「これは‥‥ちょっと私も行ってみたいかもしれません。やっぱり日本のアニメはよく出来ています」
普段はキツめでカタい表情のカタリナ(
ja5119)が、不覚にも最終回でほろりと涙をこぼし、慌ててハンカチで目もとを押さえていた。
「‥‥確かに、そんなにアニメに興味がない俺でも惹かれた作品だったし、大人がはまってもちっともおかしくないか。せっかくの機会だし、聖地巡礼を俺も楽しむことにしよう」
アニメの内容より、神話伝承に興味がある榊 十朗太(
ja0984)が、ぶっきらぼうな口調で、しかし楽しそうに呟いた。
「もーウルウルなのですよ‥‥っ。何回見ても、ここのシーンは泣けるのですよ‥‥っ」
逸宮 焔寿(
ja2900)が、ハンカチを握りしめて、目をウルウルしょぼしょぼさせている。
「いやーまさか、マリカ先生も同じアニメを見ていたなんて‥‥! しかも聖地巡礼の機会を与えてくれるなんて‥‥っ! これは全力でやるしか無いね!」
因幡 良子(
ja8039)がノリノリで「あー、ここのこのシーン、演出がすっごくいいんだよぉ!」とTVモニタを示す。
旅のしおりを作って配布する担当になった平山 尚幸(
ja8488)は、画面を見ながら、さらさらとメモを取っている。出てきた場所をピックアップし、注意事項や観光協会への問い合わせ内容を整理しているのだった。糸魚 小舟(
ja4477)も尚幸を手伝っている。
「‥‥宿と提携して割引になるレンタカー会社があるみたいだ。アニメを見た感じ、交通の便が良さそうには見えないから、レンタカーを借りて、私が運転手を務めるとするか」
新田原 護(
ja0410)が、某市某所観光協会のサイトをスマホで確認して頷いた。
「アニメの、聖地‥‥。最近は、多いみたいですね‥‥神社の、お賽銭とか、一気に増えたり‥‥」
ぼそぼそと、樋渡・沙耶(
ja0770)が、TVモニタを見ながら、誰にともなく呟いた。
「神社で、何を、お祈りしてるの、かな‥‥やっぱり、アニメの、キャラが、俺の嫁に、なりますように‥‥とか、かな‥‥」
呟いてから、何とも言えない気分がこみ上げてきた。
(‥‥エアー嫁は、想像するだけで、悲しいから、‥‥やめよう‥‥)
●旅の準備
ホワイトボードに、良子が、さらさらと全体的な行程案を書き出した。
1日目:目的地へ移動、昼食を兼ねて2人の行きつけの喫茶店へ
2日目:初めてデートした街を見下ろす丘にてピクニック
3日目:鍾乳洞と幻の泉を見に行く
4日目:帰りの足としてローカル電車を利用、そのついでに駅の見物、久遠ヶ原へ帰る
「こんなんでどうかな?」
青い宝石が付いたペンダントを無意識に手で弄りながら、良子が意見を求める。
小舟が物静かにこくんと頷き、尚幸も「いいんじゃないかな」と賛成する。
「焔寿もね、ファンサイトや観光サイトを見てきたのですよ。そしたら何と! 女神さまの萌え米俵とか、『言えなかった』ロゴ付きの帽子とかTシャツとか抱き枕とか! 現地で販売しているのですよ! しかも現地のみの販売品も多いのですよ!」
目をキラキラさせて、焔寿が関連アニメグッズ情報を披露する。
「萌え、米、俵‥‥」
沙耶が思わず呟く。撃退士であれば、持ち歩くこともそうそう苦痛にはならないが、一般のお客さんはどうなのだろうか、とふと考えてしまう。
まあ、宅急便という手段もありますからね。
でもきっと、萌え絵がどーん、なので、若干恥ずかしいかもしれません。
(‥‥持ち歩く方がもっと恥ずかしいか‥‥)
十朗太はアニメの大切な舞台となった【幻の泉】【鍾乳洞】についての伝承や、舞台となった某市某所と縁のありそうな伝承について、調べているようだった。今どきネットを使わず、黙々と、図書館から借りてきた神話伝承の本を漁っているのが、十朗太らしい。
皆と相談しつつ、小舟が高速バスの予約を取った。朝・夕の食事がバイキング形式で、温泉があり、女性好みの内装やアメニティグッズが充実した宿も確保する。沙耶はスマホで、宿泊先の食事のほか、聖地巡礼先の名物で、出来れば食べ放題の店がないか、調べていた。
「あ‥‥先生は、よく食べる分、お手洗いも、近い、ようなので‥‥」
そこ、重要ですね。
「非常時は、便秘を起こす薬を、打って、我慢させます‥‥」
‥‥チョット待とう、沙耶さん。
●出発!
静かな早朝の高速バス乗り場に、旅行カバンの車輪の音が響き、皆が集まってくる。
「全員そろったぁー?」
元気よく、良子が点呼を取る。尚幸が銘々に、出来上がった旅のしおりを配る。
大きな荷物は残されているのに、マリカ先生と小舟が居なかった。
「せーんせ?」
焔寿がひょこっと女子トイレを確認すると、待っている小舟と閉まっている個室が見えた。
「お待ちどーさまなのですー」
手を洗ってハンカチで拭きながら、笑顔で戻ってくる先生。
「あ! カタリナさんの格好、舞台の学校の制服に感じが似ているのですー」
「やっぱりわかりました? 実は少し意識してみたんです」
ちょっと嬉しそうにカタリナが頷いた。
高速バスがやってくる。
大きな荷物を押し込み、いよいよ旅の開始である。
旅のしおりを熱心に読む者、寝てしまう者、窓の外を眺めている者。皆それぞれに寛いでいた。
「折角、美術の先生と、一緒なので、‥‥写生会でも、しません、か‥‥」
沙耶が筆記用具を持って、先生の横に座る。
「‥‥光纏の、モデルになる、約束もしてた‥‥ので‥‥」
「えー、いいなあ。焔寿も描いて欲しいの」
通路を挟んだ隣の席の焔寿が、首から下げたカメラで、バスの中の皆をパチリ。
そして、沙耶の光纏姿に、ギョッとした。
形状の表現がし難い小さな肉の塊が現れ、沙耶の肩でウニウニと蠢いている。
それを、ニッコニコ顔でさらさらっと絵にする先生。
「この、ぴちぴちと新鮮で美味しそうな感じを表現するのは、難しいのですー」
‥‥美味しそ‥‥う??
芸術家のセンスって分からない。
高速バスを降りると、手配してあったカーナビ機能搭載型の中型マイクロバスが停まっていた。
護が、安全関係の備品が揃っているかチェック・点検する。
「運転手に立候補したからには頑張るかね。というか、こういう時は撃退士資格がありがたい物だ。車の運転ができるんだからな‥‥法理論上、特殊大型まで行けたと思うから戦車も操縦できるかな? まあ、そんなことは気にしなくていいか」
戦車で聖地巡礼は、ある意味かっこいいですが、その戦車、どこで借りてくる気ですか?
「さあ、乗って乗ってー。乗ったら、みんなシートベルトチェック! そんなことで捕まりたくないからねえ」
護は次々と荷物を詰め込み、メンバーは席替えをして好きなように座った。いざとなったら運転を交代できるよう、カタリナは助手席を選んだ。
「まずは喫茶店だね。ナビをセットっと。じゃあ、行くよー」
安全運転で走り出す、中型マイクロバス。
途中、ナビ様が、どう見ても歩行者しか入れなさそうな階段を示したこと以外は、順調であった。
●1日目:「2人の行きつけの喫茶店」(昼食)
しおりより:
説明 二人が通った憩いの場
注意 周りの人に迷惑をかけない、大きな声を出さない
「ここへ来たら、あれですよ、先生! はい、あーんですよ! はい、あーん!」
アニメの名シーンを再現すべしと、良子がスプーンですくったパフェを先生の口元につき出す。
「あーん!」
焔寿が口を大きく開けて、良子の次のスプーンを待つ。
男性陣3名は離れた席に座って、他人のふりをしていた。
(「大きな声を出さない」って、ちゃんとしおりにも書いたのに‥‥)
尚幸が頭を抱えつつ、ホットサンドを口へ運ぶ。「ほらほらあーん」と良子の声がまたしても。
「メニューまでアニメと同じなのか。徹底しているな」
十朗太が、峠のにぎり飯セットを、もぐもぐしながら感心している。
「‥‥思い出し、ました」
沙耶が先生のスマホを借りると、迷子対策としてGPSをONにし、すぐに返した。
先生の前には、食べ終わったお皿が十数枚、重ねられていた。
「んー。腹八分にも満たないのですー」
そりゃあ、喫茶店ですからね。夕飯は食べ放題なので、我慢してください、先生。
●2日目:「初めてデートした、街を見下ろす丘」(ピクニック)
しおりより:
説明 町を一望できる丘、二人の思い出の場所
注意 ゴミは捨てずに持ち帰る、おやつは三十久遠まで
使い捨てレジャーシートを広げ、買ってきたお弁当を広げる。
たっぷり十人前食べても、まだ足りない先生に、十朗太が手持ちのチョコレートバー、ロリポップキャンディ、カロリーブロックを悟ったかのように差し出す。
「先生、いりませんか?」
おずおずと小舟が緑茶を差し出し、良子もロリポップキャンディ、お花見弁当、そして緑茶をだした。尚幸も、お花見弁当とカロリーブロックを手荷物から出す。
「おやつは三十久遠まで、という話だったので、おいしい棒を30本買ったのですがー全然足りないのですー。皆さんの優しさが身にしみるのですー」
先生‥‥朝の食べ放題でどれだけ食べたか記憶してます?
誰もが内心で突っ込んだ。
風がひゅうと流れると、アニメのワンシーンを思い出す。アニメとそっくりな光景。
「この場所は第4話で、主人公が転校してきたヒロインに町の全景を見せた所でね‥‥」
得意げに良子が解説する。そういえばそうだったねーと話が盛り上がる。ヒロインが居たところにマリカ先生を立たせ、実は先生と同い年な尚幸を主人公の位置に立たせて、カタリナがデジカメで、焔寿がカメラで、沙耶がスマホで撮影会開始。
「次は私も撮って頂きたいです」
「焔寿も! 焔寿も〜!」
カタリナと焔寿の言葉が切欠で、入れ替わり立ち替わり、皆でアニメの一幕を再現して楽しんだ。
その後はカタリナ中心に、ゴミを片付け、清掃し、時間通りに宿に戻ることが出来た。
●3日目:「鍾乳洞」+「幻の泉」(メイン)
しおりより:
説明 女神が守護する鍾乳洞で始まりの場所、女神を人に変えた神秘の泉
注意 周りを壊さない、汚さないようにする
「到着ー。では楽しむとしようか?」
護がマイクロバスを駐車場に停め、具合が悪くなった人間がいないかどうか確認する。
「さて、聖地とはよく言ったものだねえ。作品の影響か、観光客が多い。夏と冬の某所とか某駅等も聖地というが‥‥作品を愛する心は同じか。だが、聖地というと世界史の影響で十字軍を思い浮かべるな」
護は率先して泉に向かった。駐車場はいっぱいで、人の多さが窺えた。
「‥‥ここが‥‥『幻の泉』?」
サイトの写真で見たように、泉は緑に濁っていた。思っていたよりも小さい。
泳げるのなら人数分の水着を、と思っていた沙耶だったが、止めておいて正解だと思った。
泉の側には、アニメキャラが『ゴミを捨てないで』と訴えている看板が飾られている。それでも、観光協会の話では、水の清浄化に努めており、一時期よりも綺麗になったという話であった。
「鍾乳洞は何処でしょうー?」
「待ってーせんせー!」
お気に入りの白ウサのヌイポシェを揺らしながら、焔寿が駆け寄り、先生と手を繋ぐ。2人ともにっこにこしながら、「あーあの祠だぁ!」「入口発見ですー!」とはしゃぎ回って、鍾乳洞の中に入っていった。皆も「先生ー迷子になるなよー」と続く。
夏休みということもあり、鍾乳洞は観光客と巡礼客でいっぱいだった。小舟が目立たないように見守りつつ、すいすいと人ごみを縫って先生を尾行する。
鍾乳洞の中はとても神秘的だった。所々の天井が崩れて、そこから陽光が差し込んでいる。奥へ向かうと、さらさらと水の流れる音がしていた。
かつては、母であり姫である神の産道とされ、生後間もない赤子や、遠方から来た客人(マレビト)を奥の泉で浄めて迎えるという伝承が伝えられていた。やがて奥の泉へ至る道が崩れてしまい、水の行方、即ちあの『幻の泉』が利用されることになったそうだ。
「俺が調べた限りでは、元々の伝承とアニメではいくらか隔たりがあるみたいだが‥‥それでも原型となった伝承を完全に逸脱することなく、素敵な物語に昇華したんだから、脚本の勝利って奴じゃないかな?」
十朗太が、主人公が「マレビト」である点や、鍾乳洞(産道)を通り、泉に至って「ヒトとしての生」を受けた女神の話を、アニメと伝承とで比較してみせる。
「鍾乳石をバックにヒロインが去っていくシーンを再現して、皆の名前を当てようか、マリカ先生! 『大好きだよ、何々君‥‥さようなら‥‥』とか、とか! 全員分やっても良いよ私!」
目をキラキラさせて良子が提案する。マリカ先生は周囲の観光客や巡礼客の多さに赤くなり、「いやーここではちょっと、ですー」と顔を隠した。
「うーん、流石に洞窟内ではスマホが使えないの」
焔寿が困り顔で自分のスマホを覗いていた。ミニナビもネットも使えない。
「取り敢えず、フラッシュたいて、せんせーをパチリしてもいい? いくよー」
カメラを構えて上機嫌な先生を撮る焔寿。追いついた皆も撮影会を始める。
「出発15分前です。先生はお手洗い大丈夫ですか?」
小舟がするりと集団を抜けて先生に耳打ちする。「あ! 行っておきたいですー」と先生。
焔寿と共に鍾乳洞を抜け、駐車場のお手洗いに駆け込む。小舟が他のメンバーにも時間を伝えて回った。
「夕飯までに宿に戻らないと、食べ放題の時間が取れなくなります」
●4日目:「駅とローカル電車」
しおりより:
説明 二人が乗ったローカル電車、二人の見た風景を楽しむ
注意 時間厳守
いよいよ、聖地巡礼最終日である。忘れ物がないか確認し、宿を出て駅に向かう。特徴的な色合いに塗られたローカル線の前で、全員揃って記念撮影をした。
「記念に一枚、ハイ、チーズ」
尚幸が使い捨てカメラで、他の者もそれぞれの道具で、皆の集合写真を交代で撮った。
ローカル電車の待ち合わせ時間は長い。時刻表には1日に数本しか数字が載っていなかった。
「ここ、あれですよね、主人公が初めてこの町に来て乗ったっていう‥‥」
カタリナが感動しながら、今度は電車をパシャパシャ撮っていた。
「これで帰るの?」
「ああ。のんびり鈍行帰りだ‥‥風情あるねえ」
焔寿の問いに護が頷いた。レンタカーを返し、乗り継ぎの時刻表を広げて、帰りの行程を説明する。皆、乗り遅れる訳には行かないと、真剣に護の話を聞いた。
「‥‥俺はけっこう堅苦しいから、皆と話が合わなかったら気まずいかと思ったんだが、どうやら杞憂だったようで安心したな」
十朗太もこの旅行を心から楽しんだ様子だ。
どっさりとお土産を抱え、マリカ先生は終始、笑顔だった。