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授業に参加した学生たちを見ながら、マリカせんせー(jz0034)はにこにこしていた。
「いーですかー、これは老人会のパーティに使うオーナメントなのですー。ですから、ご老人の皆さんが喜ぶようなものを作ってくれた人に、高得点をあげちゃいまーす!」
今回の隠しミッションは、これだったらしい。
「高得点を得るには、斬新なデザイン、且つ、細やかな作り、とだけ、事前に発表してましたがー、パーティに来る人のことも考えてもらえたら、更に加点しちゃうのですー」
\そんなの聞いてないよ!/
思わず、学生たちがざわめく。
マリカせんせーは、にこにこ笑顔のまま、言い切った。
「これは授業なのですー。せんせーの意図をどこまで読み解けるかは、いっぱい危険な依頼をこなしてきた皆さんになら、可能なはずなのですー」
さあ、パーティでご老人たちが喜ぶ顔を思い浮かべながら、製作スタートなのですー!
マリカせんせーは、そう言ってパンと手を叩いた。図画工作の授業の開始の合図である。
●
「あたいはさいきょーのオーナメントを作るよ!」
雪室 チルル(
ja0220)は、青くて透明なアクリル板に、雪の結晶の形を描き始めていた。
「きっとご老人たちも、綺麗な雪の結晶を見たいはずよ!」
雪の結晶は複雑な形をしており、正確に描きとるのはなかなか難しい。しかしチルルは頑張って、定規やコンパスを駆使して格闘していた。
「よぉし、ここからは撃退士らしく、豪快に削るよ!」
ヒヒイロカネからV兵器を取り出し、まさしく豪快に切り出し始めるチルル。
V兵器に流し込むあうるの量を調整しながら、まずは粗く切り出し、そして細部へと移っていく。
「本来なら、専用の工具を使うんだけど、ぜったいにこっちのほうが撃退士らしいよね!」
V兵器を用途にあわせて入れ替えながら、アクリル板から慎重に、雪の結晶を切り出していく。
切り出した結晶を吹くと、アクリル屑が舞った。
「ここからは磨きをかけるわよ! うんと丁寧に磨いて、つるつるのピカピカにするんだから!」
切断面に丁寧にやすりをかけたあと、研磨剤と研磨材を使い分けながら、ひたすらに全体を磨き上げるチルル。
「それにしても、撃退士の武器で日曜大工とか、たまげたなあ。V兵器に不可能はないわね!」
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龍崎海(
ja0565)は、せんせーに「食用金箔と銀箔は使えますか?」と尋ねていた。
「少しですがありますよー、皆さんで譲り合って使ってほしーのですー」
せんせーは用意してあった食用金箔・銀箔の小瓶を工作机に並べる。各色食紅もついでに並ぶ。
「飴細工用の道具があるなら、これで指先ほどの大きさの、立体的な星――金平糖みたいな形の飴を沢山作ろうかな」
飴細工の基礎をせんせーに教わり、海は製作に取り掛かった。
「飴細工は‥‥死傷者が出る可能性があるから、却下では? 特にご高齢だと」
何を作ろうか迷っていた雫(
ja1894)が、海に指摘する。
「うーん、このサイズなら喉に詰めることもないと思うけどなあ。危ないかな?」
「でも、歳を重ねると、唾液が出にくくなるらしく、ご老人はよく飴を持ち歩いていますよね」
フレデリカ・V・ベルゲンハルト(
jb2877)が、不安そうな海の背を押す。
雫はその言葉に、考え込んだ。
「もう少し小粒にして、喉に詰めにくいように改良したらいいかな?」
海は、授業時間の大半をつぎ込んで、小粒の金平糖もどきを作り始める。
出来上がった、金銀・淡い赤青緑の金平糖もどきを、丸いプラスチックケースに半分ほど詰め、蓋をして、球体の上のほうを、クリスマスカラーの3色の毛糸でくるくる巻いて接着し、帽子のように見せかける。
「せんせー、出来ました。これをツリーに飾りたいと思います。終わったらお土産にして持って帰ってもらいます。飴だから食べればいいと思うし、邪魔にはならないかなと思います」
そう言って海は、金平糖もどき飴入りのカプセルオーナメントを、パーティに参加する老人たち全員の人数分を完成させ、提出した。
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「さて、何を作りましょうか‥‥」
雫は自分の席につくと、考え込んでいた。
「絵は‥‥人様に見せられる画力が無いから駄目ですね」
「‥‥ご老人‥‥日本家屋‥‥欄間! そうですね、欄間に彫刻を彫りましょう」
彫り始める前に、授業用に貸し出されたタブレットで、欄間の大きさを確認してみる。
京間(本間)、中京間、江戸間(真間)で、大きさの規格が違うようだ。
更に、正式な和室では、様式によって欄間の規格が違うケースもあるという。
「‥‥どの規格で彫るか、そこが問題ですね‥‥」
クリスマスらしい図案は考えついている。
サンタクロースとトナカイを精密に再現した物にするつもりだった。
「‥‥よく考えたら、和室のある一軒家を持っている人以外には、無駄になりますね」
欄間製作はサイズの問題で、企画段階から暗礁に乗り上げた。
雫は悩みに悩んだ末、欄間を彫ることを諦めた。
「路線を変更しましょう。皆さんの長寿を願って、伊勢海老を精密に彫り上げ、リアルに塗装を行うことにします。脚や触覚が動くように細工を施すのもいいですね」
まるで何処かの有名カニ料理専門店の看板のようだが、雫は構わずに設計図を引き始めた。
(ここにモーターと配線を施して‥‥これでいけそうですね)
設計図が完成すると、早速伊勢海老を彫り始める。
「やはり刃物を常日頃から使っているせいか、出来の良い物が出来上がりそうですね」
雫は口元に微かな笑みを浮かべた。
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佐藤 としお(
ja2489)は、直径15cm程度の透明なガラス球を用意し、ひとつひとつに豆電球を仕込んでいた。
「上手く出来るかな?」
自分たちを含め、老人会のパーティ参加者全員分を用意する。
「光る風鈴みたいだけれど、これは何をするものなのかな?」
休憩をとっていた黄昏ひりょ(
jb3452)が、としおの前で足を止め、尋ねる。
「うん、当日、全員の笑顔の写真を撮ってね、ガラス球の中に下げて、豆電球で光らせるつもりなんだ。皆の笑顔が照らし出される、ガラス球のオーナメントになるかなって。パーティが済んだらお土産として希望者に進呈すればいいしね」
としおは楽しそうに豆電球の配線を仕込み続けている。
そこへマリカせんせーもやってきた。
「光源は写真の後ろになるんですー? なんか、怖い写真になっちゃわないでしょうか?」
試しに、マリカせんせーの顔をデジカメで撮り、その場でプリントして、ガラス球に入れてみる。
「うわ、陰影が‥‥ちょっと、ホラーだね」
ひりょが口の端をひきつらせた。
「あと、ご老人の中には、お写真を嫌がる人も多いみたいですよー。老いた自分を見せつけられる感じがしちゃうんでしょーねー」
(しかも、若くてぴちぴちな学生さんの写真と並べられると‥‥複雑な気持ちになりそうですー)
マリカせんせーはそこまでは言わずに、心の中で続きを呟いた。
「ああ‥‥そこまでは考えて無かったです。確かに、客観的に老けた自分の顔を見せられるのは、ご老人には不愉快なものかもしれないですね」
としおは、写真の代わりに、綺麗な千代紙を入れることにした。
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浪風 悠人(
ja3452)は、妻、浪風 威鈴(
ja8371)と同じ工作机で、粘土をこねていた。
「先生って思い立ったら吉日な人ですよね」
芯材となる新聞紙を丸めながら、悠人は通りがかったマリカせんせーに声をかけた。
「ふふ、褒め言葉と受け取っておくのですー」
せんせーはマイペースに微笑んだ。
「オーナ‥‥メント‥‥何でも‥‥良い‥‥のかな」
妻、威鈴は不安そうに言いながら、やたらとリアルな動物たちの木彫り細工を作っていた。
熊・シマリス・猪・トナカイーーまるで生きているような、見事な細工。躍動感もあり、素晴らしい出来栄えだ。
「せんせ‥‥まだ、木‥‥ある?」
「ありますよー、どんどん作ってくださいですー」
大小と2つ丸めた新聞紙にそれぞれ粘土を貼り付け、乾くのを待っている間に豆電球の配線とスイッチを細工する悠人。
そんな夫を、いや、夫の本体(眼鏡)をじぃっと見つめる妻。
「コレ‥‥作る‥‥」
木材を彫り始め、威鈴は眼鏡のオーナメントを作成し始めた。
羽根の生えた眼鏡・ボロボロになった眼鏡・神々しくしてる眼鏡‥‥神々しい眼鏡ってどんなでしょうか?
とにかく、腕をふるって、訳の分からない眼鏡オーナメントをせっせと作り続ける威鈴。
「すごい本格的だなあ」
同じく、眼鏡のオーナメントを作っていたひりょが、威鈴の木彫りの眼鏡を覗き込んだ。
「俺なんて針金にカラフルな色紙を巻いて作ったし。自分の眼鏡をモデルにしようとしたんだけど、裸眼だと全然見えなくって。慌てて予備の本体(=眼鏡のこと)を持ってきたよ」
「お〜ま〜え〜ら〜」
悠人は粘土が固まったのを確認し、大きい方は所々に小さく模様を描いてくり抜き、平らな面を作り、立てた時に頂点になる部分を面と平行になる様にカットして、芯材の新聞紙を抜き取った。
「何でクリスマスに眼鏡なんだよ!」
「だって、老人会のパーティだから、馴染みのあるものがいいと思って‥‥」
ひりょの言葉に、便乗してうんうんと頷く威鈴。
はあ、とため息をひとつつき、悠人は小さい方の玉の加工を開始する。
外側に目と口を描いてくり抜き、底辺を作ってカットし、芯材の新聞紙を抜き取る。
豆電球と電池とスイッチの簡素な回路を、大きい玉の中に入れ、スイッチだけ外から押せるように加工する。
カット面を合わせる様に2つの玉を結合し、絵の具で白く塗装する。
結合部を隠す様にマフラーを貼り付け、電飾式雪ダルマの完成である!
「すごいな! 俺も眼鏡だけ作ったわけじゃないけど、こんなに凝っていないよ」
ひりょが感心して声を上げる。
「へえ、どんなのを作ったの?」
「こんなのだけど‥‥」
ひりょは席へ一旦戻り、自分の作品を持ってきた。
色の異なる二種類の色紙を、各色4枚ずつ、丸くくり貫いて、それぞれ半分に折る。
紙の色が交互になるように、折った片面を糊で貼り合わせ、球状にしたものの一か所にパンチで穴をあけ、括り紐を通す。
貼り合わせた色紙の表面に雪の結晶のスタンプを押し、銀の粉を振りかけてデコレーションする。
「割と普通だなあ‥‥ますます眼鏡がわからない‥‥」
悠人は頭を抱えた。
「確かに斬新なんですけどねー。ご老人にとって馴染み深いものでもありますし。でもこれ、ツリーに飾るんですよね‥‥」
威鈴の作ったボロボロの眼鏡を見つつ、マリカせんせーも、うーむと悩みこむ。
「知ってます? 火葬しても眼鏡のフレームは焼け残るんですよー。こんな感じにですねー。それを見たご老人が、大切な人との死別の日を思いだしてしまったら、やっぱりパーティは盛り下がりますよねー。むむー、難しいですー」
●
Rehni Nam(
ja5283)は、ショックを受けたふりをした。
「そんな?! お料理は依頼内容に含まれて居ないんですか!?」
「で、ですから、授業の内容説明に‥‥!」
あわあわするせんせーを見て、ぺろりと舌を出すレフニー。
「‥‥なんて、言いませんよ。大丈夫、ちゃーんと依頼内容は読んできましたから。オーナメントの作成ですよね、大丈夫です!」
(いえ、最初は微妙に勘違いするところでしたが)
そっぽを向いて、心の中で付け加える。
ほっと胸をなでおろしたせんせーを見て、作業開始である。
「そうですね、鈴の林檎と、フェルトとビーズの音符あたりを作りましょうか」
まず、鈴の林檎は、握り拳大の鈴、金・銀・赤の太目の毛糸を手元に用意する。
鈴の輪の部分に、つるす為の針金をつけけたら、全体を覆う形ようにして、3色の毛糸で編み包む。
「3色林檎の完成です。針金部分が茎になっているので、緑の折り紙でくるんで、葉っぱを追加してみました」
続いて音符のオーナメント製作である。
フェルトを様々な音符型に切るのだが、下地になる部分は大雑把な形状にしておき、その上にしっかり輪郭を取って切ったものを貼り付けて、厚みを出していく。
最後に、ビーズでちょこちょこと飾り付けて、出来上がりである。
「クリスマスと言えばジングルベルなのです」
レフニーは3色鈴を鳴らしてみた。
澄んだ音が響き渡った。
●
皆の工作机を回って、どんな作品が出来ていくのか楽しんでいたフレデリカも、自分の席に戻ってきた。
「マリカ先生、随分と楽しそうですね‥‥」
各工作机を回っているせんせーを見て、にっこりするフレデリカ。
「色々見てきたので、私もパーティの飾り付けが楽しみです。工作をするのは好きですが、他の人が何を作るのかを確かめていくのも好きなのですよ。マリカ先生の為にも、オーナメント作りに際しては少々本気出しちゃいますね」
そう言って、木彫りの天使を作ることに決めた。
天魔に見えないように、細心の注意を払ってデザイン画を起こす。
(30mもの大きなモミの木だとは予想外でしたが、同時に創作意欲がめらめらと燃えてきますね!)
降臨し、舞い踊る天使達のオーナメントで、聖誕祭を表現しようと考えたフレデリカは、時間を精いっぱい使って、1つ1つ違った意匠の飾りを作っていった。
●
「老人会のクリスマス会の飾り付けですか、ふむ‥‥」
自称・破戒僧の望人(
jb6153)は、顔に巻き付けた包帯を撫でながら、悩んでいた。
(物作りが好きなので、この授業を受けてはみましたが、私は破戒僧とはいえ、仏僧です。クリスマスの聖人等はほぼ知らず、天使の造形も詳しくないときました。ここは、開き直るところでしょうか?)
持参した愛用のノミと金槌、そして木彫り用の細かい設計図。
「私は仮にも仏僧ですし、木彫りもやはりソレ寄りに‥‥もうこの際、開き直りましょう」
\ばさっ!/
勢いよく開かれた設計図には、サンタ帽子を被り、白い袋を持つ、満面の笑顔を浮かべた仁王像が、みっちりと描かれていた。
慣れた手つきで設計図にそって、ノミで木を削り出し、ヤスリで丁寧に形を整える。
もともと木彫りは望人の趣味でもある。楽しく細かく削っていると、巡回していたマリカせんせーがやってきた。
「あらあら、すごいのですー! サンタさん‥‥じゃ、ないのです‥‥金剛力士像ですー?」
「ええ、そうですよ」
「こんな笑顔の爽やかな仁王様、初めて見たのです! 斬新なのですー!!」
まあ、普通は、阿吽形像しか見られないものだ。
笑顔の仁王像を見られたのは、この授業に出た者たちだけかもしれない。
「くっ! あたいのさいきょーの雪の結晶を凌駕するなんて、金剛力士、やるわね!」
チルルが悔しそうに拳を握る。
「あまりの意外性に、すっと目がひきつけられてしまいますね」
フレデリカも内心(負けた!)と感じていた。
さて、老人会のパーティでどんな評価がつくのか、見ものである。
●
「今年のクリスマスツリーのテーマは『食べられるクリスマスツリー!』です。夏に見た飴細工の出来が感動的だったので、私も挑戦ですっ」
水無瀬 文歌(
jb7507)は、我が道を走っていた。早速マリカせんせーに飴細工の基本を教わり、定番のリンゴにキャンディ・ケイン、雪を模した綿のかわりに綿飴をあしらっていく。
ベルや蝋燭も、クッキーやビスケット、チョコレートなどのお菓子で再現していく。
「食べられる蝋燭は、実はバナナとくるみでも作れますよー。くるみは油分を多く含んでいるので、火が灯せるのですー」
「そうなんですね。でも本物の火は危ないですし、やっぱり全部飴細工で作りたいです!」
文歌は手袋をしたまま、器用に熱い飴をひねったり混ぜたりして、加工していた。
「老人会で使用されるツリーみたいですが、気難しいご老人も<匠>で納得の出来になるはずです! これで、マリ‥‥ご老人方やお孫さんたちも喜びますね♪」
(‥‥老人会のパーティなので、多分お孫さんは来ないと思う‥‥のですー)
せんせーは、もごもごと口ごもった。
「ツリーの天辺には、星ではなく、イギリスなどで見られる、クリスマス・エンジェルという天使を模した飴細工を配置しますよ!」
「高さが30mもあるんですよ。下から見えますか?」
雫に突っ込まれるが、文歌は「なら大きく創りましょう♪」と気にしない。
「大忙しで大変そうなサンタさんとトナカイさんの為に、栄養ドリンクも下げておこうかな?」
●
勉強家のファーフナー(
jb7826)は、授業用タブレットで調べものをしていた。
(老人会ということだ、和風オーナメントにしよう。日本の縁起物にはどんなものがあるのだろうか‥‥クリスマスが終わっても、正月に再利用できるかもしれない)
「日本の八百万というか、何でも取り入れてしまう文化は、非常に興味深く、面白いものだ。宗教は信じていなくても、楽しめるものは楽しんでしまうのだろうか‥‥むっ」
タブレットで検索し、『つるし雛』を知ったファーフナー。
「基本『衣食住に困らないように』願いをこめて作られるもの、か。色は赤や白や金にすれば、クリスマスにも正月にも合うだろうか‥‥」
ファーフナーは、まずつるし雛の飾り台を作り、和紙で折り鶴を製作した。
続いて、各種和布やちりめん、一越ちりめん、和紙などを、色や柄を選びながら準備し、慣れない手つきで裁縫を始めた。
折り鶴に続き、末広がりに栄えると言われる扇子、紅白の水引。
円満にはずむ心豊かな暮らしを願う七宝毬、長寿を願う海老。
将来の夢やお金をいっぱい詰めて、幸せでお金に困らない人生を歩めるようにと祈る、しあわせ巾着。
魔よけの赤い色で作られた、「めでたい」を表す鯛。
来年の干支でもある鶏。朝を招き、滋養がある卵を産むこと等から、長寿や健康の象徴でもある。
これらをひとつずつ時間をかけて丁寧に製作し、飾り台から吊るしていく。
「難しいな‥‥」
慣れない裁縫で指を時々刺しながら、それでも頑張るファーフナー。
「休憩時間ですよー」
チャイムが鳴り、マリカせんせーが声をかけても、ファーフナーは無心に針を動かし続けた。
●
逢見仙也(
jc1616)は、「まあありきたりだけどな」と言いながら、葡萄とお菓子の家を作っていた。
紫色のビー玉を思わせるビーズを沢山と、黒い細糸、アクリルの小さいお椀を用意した。
お椀はガラスでもいいかと思ったが、重量を考えて出来るだけ軽く仕上がるように工夫する。
丸いビーズに、折った糸を半分程度まで通し、瞬間接着剤等を反対側の穴から流し入れて固める。
それを繰り返して、多少の数が揃ったら、糸が見えない様にまとめつつ葡萄らしく成形する。
片方の糸の端は、外に出して接着剤で固め、枝に見立てる。
絵具で網目模様を付けた御椀に、出来上がった葡萄をのせ、接着剤で止めて、完成である。
「何でクリスマスに、葡萄なんですー?」
「パンと葡萄がキリストに関わると聞いて‥‥そも、クリスマスってキリストの誕生祝いだよな‥‥なんで悪魔が祝おうとしてるんだろうな」
せんせーの問いに答え、作業中なのに首を傾げてしまう仙也。
さて、続いて、粘土とアクリル板で、お菓子の家の制作である。
家型にした粘土の、窓に当たる部分にアクリル板を貼りこみ、飾りつけを施す。
茶系の絵の具で色の濃淡を付けつつ粘土を塗り、お菓子の家も完成である。
「これ、ツリーに飾るんだろう? 楽しみだよな」
なかなかの出来栄えに、仙也はニッと笑った。
●
数日かけて、しっかりと乾燥させ、完成したオーナメントを、パーティ当日、全員で手分けして、フェリーで運ぶ。
高さ30mのモミの木は圧巻であった。
公民館の中庭の吹き抜けに、どどーんと配置されている。
そこを囲むように、自由にくつろげるスペースが広がっており、クリスマス料理は壁際のテーブルに置かれていた。
老人にも食べやすいような、柔らかく煮込んだメニューがメインである。
老人会の面々が来る前に、皆でオーナメントをツリーに飾る。
文歌のクリスマス・エンジェルがツリーの天辺に飾られ、フレデリカの天使たちがその周囲を舞い踊った。
チルルの雪の結晶が透きとおった青に輝き、仙也の葡萄とお菓子の家、レフニーの音符と鈴の林檎がツリーを彩る。
ひりょの紙玉、威鈴の木彫りの動物たち、そして‥‥様々な眼鏡のオーナメントの数々。
としおの光るガラス球、海の金平糖もどき、雫の動く伊勢海老。
悠人の電飾式雪ダルマ。
ファーフナーのつるし雛に、望人の笑顔の仁王サンタ像。
文歌の飴細工があちこちに飾られ、その場で作った綿あめが雪を模して盛り付けられ、ツリーの飾りは完成した。
何故か下のほうに、ドリンク剤がぶら下がっているのは、ご愛敬である。
「今回はクリスマスリースを作ってくれた人がいなかったのですー」
せんせーは、老人会の幹事さんに説明をしていた。
「その代わり、ツリーがゴージャスになったのですー」
パーティの始まる時間がきた。
公民館前にバスが停まる。
老人たちが杖を突き、あるものは車椅子で、バスを降りて、集まってきた。
皆、立派なツリーに目を丸くして、口をあんぐり開けて見上げている。
「「ハッピーメリークリスマス!」」
学園生たちは、クラッカーを鳴らして老人たちを出迎えた。
クリスマスソングの演奏が始まる。ボランティアの皆さんが合唱しているのだ。
マリカせんせーも、学園生たちも、合唱に加わった。
老人たちは弱弱しくも、心のこもった拍手を送ってくれた。
しわくちゃの顔に、いっぱいの笑顔があふれだした。
「さあ、一緒にいただきましょう。ごちそうですよ」
老人会の世話をしているボランティアさんが、一人で食事をするのが困難なご老人に介助を始める。
自力で食べられる人は、めいめい料理を取りに行くと、ゆっくりとくつろぎスペースで食べ始めた。
フレデリカもとしおも、介助を手伝う。
ご馳走タイムが終わると、少し部屋を暗くして、ツリーに照明をあてた。
光るガラス球、金平糖、雪だるま、伊勢海老、眼鏡、つるし雛、お菓子類、天使像、仁王像などが浮かび上がる。
「あの金平糖は食べられるのかい?」
老婆が海に尋ねた。海は頷いて、「お土産にどうぞ」とツリーから一つ外して差し出した。
「金平糖、懐かしいねえ。子供の頃よく食べたものだよ」
「あの仁王様はいい笑顔をなさっておいでだねえ」
別の老人が、仁王像に向かって合掌する。
「お墓参りでお寺によく行くんじゃが、あんないい笑顔は見たことがねえだ」
「そうじゃねえ、寺の守護者らしく、おっかない顔ばかり見とるから、新鮮じゃね」
「つるし雛まであるんじゃね。まあ、縁起の良いこと」
感心したように、老人が見上げる。
「‥‥あの飾りは、正月にも使えるだろうか?」
ファーフナーは絆創膏だらけの指を隠しながら、そっと尋ねた。
「勿論じゃよ。飾らせてもらおうかの。金に白に赤、ほんにめでたい色ばかりじゃのう。わし等の長寿を願ってくださったんじゃな」
「有難う、有難う」
ツリーの飾りを眺めながら、会話に花が咲く。
そして、和やかにパーティは幕を閉じたのであった。
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「これは皆さまへの寸志です。心ばかりですが、お受け取り下さい」
老人たちが去ってから、残ったボランティアさんが、皆に封筒を配って歩く。
としおは「全額寄付させてください」と固辞した。
「いいんですよ。お気持ちだけで」
「いやいや、こちらこそお気持ちだけで‥‥」
暫し、押し問答が続き、としおは「では一万久遠だけでも受け取ってください」と折れた。
パーティが終わった時に、もう老人たちとはお別れか、と思っていた学園生一行だったが、幹事さんは気を利かせていてくれた。
フェリー乗り場に、老人たちの乗っているバスが止まっていたのだ。
フェリーで、久遠ヶ原島に去っていく学園生たちを、老人会の皆さんとボランティアさんたちは、ずっと、ずっと、見送ってくれた。
遠ざかるしわくちゃの笑顔が、学園生たちの目の奥に、くっきりと焼き付いた。