※ロケが出来ない都合上、並行世界のウェールズとなります。ご了承ください※
●ようこそ異国へ
目が、肺が、耳が、五感の全てが、ウェールズの雰囲気に触れた。
まず、空が違う。空気も、日本の空気ではない。
どこまでも広がる緑。遠方に広がる海。
気になる気温は10度ほど。
「久しぶりだな、我が故郷。懐かしい匂いだ」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が最初に、列車から降り立った。
地面の感触までもが懐かしい。
「てゆーか、北ウェールズってどこ? ほくおー?」
稲田四季(
jc1489)は、続いて列車からおり、うーんと背を伸ばした。
ノーチェ=ソーンブラ(
jc0655)が、軽く肩を竦め、可愛い後輩に説明をしてあげる。
「四季君、ちなみに英国の一部だからな?」
これから、【登山】【カヌー】【鉄道跡】【ホテル】の行き先別に分かれ、交通機関を乗り継ぐことになる。B&Bやホテルも、目的地ごとに、分かれることになる。
「ただ、イギリスは、食事はよろしくないってよく言われているのが心配だなぁ」
龍崎海(
ja0565)が心底、心配そうな声を上げた。
ウェールズ旅行経験者の御剣 正宗(
jc1380)が、ぽむと海の肩に手を置いた。
「確かにロンドンの食べ物はあまり勧められない‥‥だが‥‥田舎のB&Bや、質の良いホテルの食事はなかなかのものだぞ‥‥」
正宗は久しぶりのイギリス訪問に、終始嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それを聞いて安心したよ。華子、せっかくの遠足だし、二人で思う存分楽しんじゃおう! 日本では味わえない、北ウェールズだからこその風景、空気、料理、等々をね! 夜は爆睡するくらい、朝から晩まで遊び尽くしちゃおう!」
佐藤 としお(
ja2489)が、そう言って、すぐ後ろに控えていた、青い髪の恋人を振り返る。
「!! はわわ‥‥!」
としおの視線を受け、華子=マーヴェリック(
jc0898)が、不意に我に返る。
(遠足だ、わーい! なんてノリで来ちゃったけど‥‥よ、良く考えたら二人で、お、お、お泊まり!? ここ、これってもしかして、婚 前 旅 行 !?)
「華子ちゃん? どうしたのかにゃ、お顔が真っ赤だにゃ?」
星野 木天蓼(
jc1828)が心配そうにのぞき込む。華子の頭からぷしゅうと水蒸気があがった。
●【登山】スノードニア国立公園
逸宮 焔寿(
ja2900)は、可愛らしい登山列車に乗り込み、山頂を目指していた。
うさぬいちゃんと、ぶらり二人旅だ。
(英国へは家族旅行でも何度か来たことあるんです。楽しみです〜)
車窓から眺める景色は広々としていて、緑が濃く薄く広がっているのが見える。
「スリン・オグウェン湖、見られるとよいのですけど」
「貴様もあの湖が目的か」
乗り合わせていたフィオナが声をかけた。
「はい〜。フィオナ様は、ここのご出身なのですね〜? 久しぶりの故郷はいかがです〜?」
「そうだな。不思議と、帰ってきた、という気分になるものだな。日本とは空気すら違う」
フィオナは実家にも顔を出すつもりだと告げた。
「そうなんですね〜。焔寿は、歩いて下山して、絶品だというフルーツケーキ、絶対食べるのです〜っ」
「ああ。バラブリスか。堪能するといい」
「バラブリス‥‥?」
「ウェールズ地方の伝統菓子だ。一切油脂を使わず、ドライフルーツなどを入れて焼き上げるケーキだな。非常にシッカリというか、ドッシリとした味で、紅茶によく合う。お勧めだ」
列車が山頂の駅に停まる。
焔寿はうきうきと山頂のビジターセンターへ向かい、フィオナはスリン・オグウェン湖へ向かった。
スリン・オグウェン湖湖畔で暫くくつろいだ後、おもむろにフィオナは<聖剣投影・魔撃>でアウルの聖剣を鞘と共に投影した。
「今日はこれを返しに来た。もはや我には不要の物だ」
誰にともなく宣言し、アウルの剣を湖に投げ込む。
「騎士王よ、貴様に憧れた娘の話は、今日で仕舞いだ。我は貴様を超えた。ここから先の物語は、我自身で書き綴るとしようぞ」
「ちょっと、お嬢さん。湖に物を入れないでください」
管理しているナショナルトラストの人たちが、慌てて近寄ってくる。
「案ずるな。物質的なものを投げ入れたわけではない。アウル‥‥と言ってもまあ、通じぬだろうな。霊力のようなものを投げ入れたに過ぎぬ」
フィオナは佇む。水面に映り、揺れる、自分の顔。
騎士王に憧れていた娘時代とは、これで決別だ。
「氷河期の完全な化石などが見つかっていることでも有名な湖なんです。荒らさないでくださいね」
「承知している」
管理人にきっぱりと伝えると、フィオナは立ち去った。
あとは実家に寄っていくだけだ。彼女にとって、これは遠足ではなく、帰省なのだから。
「国立公園北側の“Fairy Glen”って場所には、色々な植物が生えていて、妖精さんや小人さんが現れそうな雰囲気が漂っているらしいよ」
「成程。さすが“Fairy Glen”。幻想的な景色が漂っているねぇ」
“Fairy Glen”。ウェールズ語で「深い溝」を表す「Ffos Noddun」と呼ばれているそこは、絵のように美しい、人里離れた渓谷であった。
水無瀬 快晴(
jb0745)と川澄 文歌(
jb7507)は、異世界に紛れ込んだような風景にはしゃいだり、写真におさめたりして楽しんでいた。
「あんまりはしゃぐと川に落ちてしまうよ」
快晴は、文歌を抱きしめて捕獲し、頭をやさしく撫でる。
「そうそう、“Cadair Idris”(イドリスの椅子)っていう斜面には、一人で眠ってしまうと狂人や詩人のどちらかになるという言い伝えがあるみたい。カイは、詩人になれるなら寝てみたい?」
朗らかに問う文歌に、考え込む快晴。
「‥‥うーん。狂人か詩人、か。眠って起きて、詩人ならまだしも、狂人になっていたら、文歌はどうするんだろうねぇ?」
少し脅すような口調で、文歌に話しかける快晴。
「その時は‥‥んー、確かに困っちゃうかも?」
2人はハイキングコースへ戻り、スノードン山をゆっくりと登っていく。
やがて、目的地である、スリン・オグウェン湖に到着すると、文歌が水面を覗き込んだ。
「ここがアーサー王がエクスカリバーを投げ入れたっていう湖なんだね。この先に理想郷アヴァロンがあるのかな?」
「アーサー王にエクスカリバーに理想郷アヴァロン、か。何もかもが理想であるのなら、俺が求めてる理想って何なんだろうな?」
快晴が難しい顔で腕を組む。
「私たちは私たちの理想郷を目指そうよ、ね。理想の形はひとつじゃないよ」
「‥‥成程。そうだね。それが俺が求めてる理想。文歌と俺の、理想郷なのかも、ね」
2人は、湖畔で誓いのキスを交わした。
夜桜 奏音(
jc0588)は、雨具に防寒具を揃え、装備を用意して、北側の絶壁に挑戦していた。
<見鬼>と<予測回避>、<エアロバースト>などを使い、最適な道や、障害を予測しながら着実に登っていく。
「この感じは、なんとも、山での修行時代を思い出しますね」
絶壁を半分ほど登ったところで、杭を山肌に打ち付けて足場にし、景色を見ながら休憩する。
「ふう、結構登ってきましたね。山頂まで、もうすぐです」
冷たい雨が汗を飛ばし、熱くなった体を冷やそうとする。
広がる景色に見惚れること暫し。奏音は再び絶壁にとりついた。
「ビジターセンターのケーキが、待っているのです」
「よーし、出〜発! どうした華子、寒いか? 風邪っぽいか?」
としおは、トレッキング装備を2人分背負い、真っ赤な顔のままの華子に手を差し出した。
「華子に沢山笑って楽しんで貰える様に、頑張るよ。辛かったらいつでも言ってね?」
歩くペースも華子に合わせ、南側ルートでゆっくり歩きながら、景色を見つつ話をするとしお。
途中途中で様変わりする風景も、カメラにおさめ、二人のツーショットも忘れずに、パシャリ!
だが、しかし。
(こここ婚前旅行‥‥。やっぱりとしおさんも男の子だから、そう言う事、興味あるのかな?)
華子は、何を話しかけられても、答えられる状況ではなかった。
ドクンバクンと心臓が激しく鳴って、としおに聞こえてしまいそうだ。
(べべ、別にわわ、私だってもう子供じゃないし、ぶっちゃけ部屋は別だけど同じ家に住んでるし‥‥ああ、なんかとしおさん話してるけど、全く頭に入らない‥‥!)
「大丈夫? 疲れてない?」
カフェで休憩を取ったり、山頂のビジターセンターで、美味しいランチに絶品ケーキを頼んでも、華子は曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
(わああん、ケーキとか美味しそうなのに全然味しないよ、どどどど、どうしよう?)
そこへ、絶壁をロッククライミングで登ってきた奏音が、入ってきた。
重ねてつけていた手袋を外し、携帯消毒液で手を綺麗にする。
「ふう。登った後で食べるケーキ、おいしいですね」
(やっぱり美味しいんだ‥‥わああん、私、味とか全然わからないよ‥‥)
華子が聞きつけて、食べかけたケーキを見つめる。
目に涙がたまっているのに気づいて、としおが慌てた。
「どうした、華子?」
「‥‥ひっく」
「楽しくない?」
華子は首を横に振る。でも目から涙があふれて止まらない。
「‥‥どうしたの?」
「う、うわーん」
奏音は食事を終えて出て行った。その後、湖が見える場所を見つつ、南側のコースを降りていく。「あれが、伝承の湖ですか」
ハーフウェイ・カフェにも寄り、美味しい紅茶で一息。あとは下山するだけだ。
「いい汗もかけましたし、楽しいハイキングでしたね」
ちょっとだけ、山頂で見かけた初々しいカップルが気になったが、何となく邪魔をするのもどうかと思って、放ってきてしまった。
だから、下山後の集合場所に、としおと華子が手を繋いで現れた時には、少しだけ奏音は、ほっとしたのであった。
●【カヌー】カペル・キーリッグ
サンノーマンブリル湖から見えるスノードン山は、霧がかぶって幻想的に見えた。
湖を区切って作られたプールで、黄昏ひりょ(
jb3452)はリバーカヤックの初心者講習を受けていた。
(綺麗な景色だなあ‥‥)
鳥のさえずり、水のせせらぎ。緑の大地も空の色も、何もかもが日本と違う。
なかなか前に進めないカヤックと格闘しながら、ひりょは新しい挑戦を楽しんでいた。
カヌーといわれて、大勢で漕ぐカナディアンカヌーが脳裏に浮かんでいた。
しかしここでは1人乗り・2人乗りのカヤックも貸し出していたのだ。
(俺は新しい技術の習得は、人より時間がかかっちゃう方なのだけど‥‥乗れるようになるかな? でも、乗れるようになると嬉しいな。出来ることが増える、っていうだけでも大きいしね)
身体能力は撃退士ゆえに、一般人よりあるものの、技術の習得は人より遅いのを痛感するひりょ。
「やっぱり、俺はどこまでいっても俺なんだな」
思わず苦笑してしまう。でも、だからこそ、無理に背伸びをする必要なんてないのかもしれない。
ひりょがカヤックを上手に操れるようになる頃には、お昼を迎えていた。
渓流をカヤックで見事に下りきり、海は、湖に颯爽と現れた。
「もうお昼の時間なんだね。一緒に食べてもいいかな?」
「あ、龍崎さん。こちらこそ、お昼、ご一緒してもいいですか?」
2人は湖畔の休憩所で、店で買っておいたサンドイッチと、ウェルッシュケーキを食べることにした。
「旨い!」
平べったいスコーンに似たウェルッシュケーキは、シナモンなどのスパイスがほんのりと効いていて、レーズンが入っている。表面にはグラニュー糖がまぶしてあり、そのままかぶりつくと、素朴な味が口いっぱいに広がった。
「イギリスは食事が良くないって聞いていたから心配したけれど、美味しいものも結構あるね」
安心したように海が微笑む。
(こういう自然の中でのんびり食事して、会話してっていうのは、本当に癒されるなあ)
心身が疲れ果て、発散する場所もない状況だったひりょは、大自然の中で、徐々に自分が安らいでいくのを実感していた。
「またこれで頑張れそうかな」
ぽつりと声に出す。
「カヌーは習得出来た? もしやれそうなら、川下りの勝負とかしてみないかな?」
「川下りか、俺に出来るかな‥‥?」
「大丈夫だよ。難所は少なかったし、何より自然が豊富で、とっても気持ちがいいんだよ」
海に説得され、ひりょは渓流下りに挑戦することにした。
●【鉄道跡】ベスゲレート
のどかな村ぎわの山々は、石楠花のピンクで染まっていた。ブルーベルの紫の群生地も見える。
ここは「花の街コンテスト」で何度も優勝している町なのだ。1993年から2000年まで、連続して「全ウェールズ花の町コンテスト」の優勝を勝ち取り、全英では93年、96年、99年に優勝、そして97年には全ヨーロッパでGold Medal Winnerとなった。
花ばかりでなく、人々のおもてなしも行き届いている。
郵便局が、イギリスで最もサービスが良いとされて表彰を受けたこともあるほどだ。
黒井 明斗(
jb0525)は、古い教会に足を運び、熱心に祈りを捧げ、牧師に町や教会の歴史等を尋ねた。
イングランド支配下において、ウェールズ語で話すことが禁止され、言語は、聖書と讃美歌の中でのみ生き延びてきたこと。19世紀半ばから漸くウェールズ語が認められ、学校でも学べるようになったことなど、教会と密接なウェールズ語の苦しい歴史を聞くことが出来た。
「有難うございました」
丁寧に礼をのべ、明斗はマリー・ゴールド(
jc1045)との待ち合わせ場所に向かった。
マリーは、明斗が教会に行っている間に花の町を散策し、雰囲気の良いカフェでハチミツをたっぷり入れた珈琲をいただいていた。飲み終わったら、お店に頼んで、日本から持ち込んだ茶葉で緑茶を作ってもらい、水筒に詰めて待ち合わせ場所へ。
明斗はミネラルウォーターと軽食用ビスケット等を購入していた。
「さて、行きましょう」
2人はアベガスリン峠へ徒歩で向かう。
「お花がいっぱいで素敵です」
景色の良いところでは足を止め、バシバシ携帯カメラで撮りまくるマリー。
「疲れてませんか?」
マリーを気遣い、無理のないペースで歩みを進める明斗。
アベガスリン峠へ到達すると、絶景が広がっていた。
「凄いですね」
景色が迫ってくるような感覚を覚える明斗。良さそうな場所に腰をおろし、持参したスケッチブックとクレパスで、渓谷のスケッチを始める。
「写真も良いですが、アナログも良いものですよ」
マリーは、絵を描いている明斗に、水筒の緑茶を差し出した。
「日本人は日本茶です♪」
少し渋いお茶を飲みながら、熱心に絵を描く明斗を見守る、マリー。
「変な人ですね」
真面目で優秀な戦士でありながら、自然を好む穏やかな人物、明斗。
マリーはこの先、彼を射止める女性が現れるか、興味をもっていた。
「おお‥‥実に美しい村だな‥‥この花‥‥気になるな‥‥」
正宗は木天蓼と共に、綺麗な花や建物を写真に収めていた。
「美しいにゃ‥‥(女の子が)」
木天蓼は観光客の中から、可愛くて綺麗なイギリス人の娘を選んで、こっそりと写真におさめていた。
「念のために買っておくか‥‥星野、ランチはサンドウィッチでいいか‥‥? お土産も買っておこうと思うが‥‥」
「ブレードに任せるにゃ!」
正宗は店で2人分のランチを買い、お土産に木彫りのラブスプーンを何本か購入した。
その間に、可愛い娘を見繕って、ナンパに勤しむ木天蓼。
(ブレードにバレると面倒な事になりかねないからにゃ、上手くやるしかないにゃ)
ファーフナー(
jb7826)は、素朴な町並みを、気の向くまま散策していた。
以前はアメリカから出たことは無かったし、日本に来てからも、こうして旅に出るのは初めてのことだ。
風光明媚な大自然の中にいると、前向きな気持ちが湧き上がってくる。
小ぢんまりとした雰囲気の良いレストランで、Haddockという鱈のフィッシュ&チップスを頼んでみたところ、衣が脂っこくなく、あっさり、さくっとしており、中の鱈も、ポテトも、添えられた緑の豆も、非常に美味であった。
「ほう。フィッシュ&チップスに豆が付くのは、ウェールズならではなのか」
アメリカや日本とは明らかに違う雰囲気。
ファーフナーは、改めて世界は広いのだなと思い、旧い町並みが今後も、人の手や、天魔に荒らされないことを祈った。
食事を終えて、村名の由来を耳にする。
ベルゲレートのbeddとは「burial place」埋葬場所という意味であり、すなわちこの村名は「Gelertの埋葬地」という意味なのだそうだ。
ゲレートとは、ウェールズ最後の王、スウェリン・アップ・グリフィス王の愛犬だった。
王はまだ幼児であった息子を教会そばの建物に残し、狩りに行って戻ってきた。すると息子が見当たらず、ゲレートの口が血まみれになっていたために、愛息をゲレートがかみ殺してしまったと誤解して剣をぬき、ゲレートを殺してしまった。しかし、息子は無事だった。寝ている息子のそばに、喉元を噛みちぎられた狼が死んでいたのだ。ゲレートは全力で息子を狼から護ったのである。
(果たしてその犬は幸せであったのか)
思わず、忠犬に思いを馳せるファーフナー。
(尽くした相手に手の平を返したように殺され‥‥考えても詮なきことではあるが)
ファーフナーは、今も残る墓碑に花を供えた。
「こういう場所、好きだな‥‥」
散歩道を進み、鉱山鉄道跡の真っすぐな道を歩きながら、正宗は上機嫌だった。
「このトンネル‥‥不思議‥‥」
濃い暗闇で、耳がツーンとする。圧迫されそうな空気の重たさ。時折駆け抜ける風が笛のような音を立てていく。
針の先のような眩しい出口にやっとたどり着くと、太陽光が燦々と降り注いできた。
視界が緑の点々に染まる。
「アベガスリン峠、到着ですにゃ。綺麗ですにゃ〜」
木天蓼は、スケッチをしている明斗と、マリーの邪魔をしないように、カメラを向けた。
「ちょっと‥‥飛んで見てくる‥‥」
正宗が<陰陽の翼>で、スノードニアで最も美しい渓谷美を上から堪能しようと、飛び立つ。
木天蓼はその間に、観光客の中から選りすぐりの可愛い娘ちゃんを見つけては、ナンパに励んでいた。
「ミーと一緒に散歩しようですにゃ!」
勿論上空からその様子が見えないはずもなく。
「‥‥星野、こんなところでまで、何しているんだ‥‥」
「わわわ、何でもないですにゃ!」
木天蓼は、正宗にたっぷり怒られたのであった。
●【ホテル】ボディスガッセン・ホール
広大なガーデンを持つこの高級ホテルは、そもそも門から館が全然見えない。
バスは皆を乗せたまま、館の入口まで坂道を上った。
ホテルは丘の頂上に建っている。古いのに、非常によく手入れされ、館全体に、どこか柔らかな雰囲気が漂っていた。
バスを降りると、見えるのは高級車ばかりが並んだ駐車場だ。
ホテルの従業員と思しき紳士がやってきて、皆をそれぞれ、部屋に案内した。
部屋に荷物を置いて身軽になり、貴重品を預け、好きなように時間を過ごすことにした。
礼野 静(
ja0418)は、部屋で一旦休憩してから、薔薇園、ハーブ園、イタリアンガーデンを順番に見て回る事にした。元々植物は好きなので、ゆっくり散策するつもりだ。
礼野智美(
ja3600)は、姉の散策について行く事に決めた。
(ハーブ園は、下の妹が料理好きなので、写真が許可されているなら、デジタルカメラで撮影させてもらおう)
そう考え、デジカメを持ってゆっくりとガーデンを回る。
「やっぱり、どれも綺麗だなぁ」
神谷春樹(
jb7335)は、薔薇園、ハーブ園、イタリアンガーデンの全てを見学し、堪能していた。
散歩道は、3コースとも挑戦し、迷路のような入り組んだ道を歩き、スパへ汗を流しに向かった。見晴らしの良い丘の上にスパが建っている。
高台からの景色を楽しみ、温水プールで遊び、整えられたガーデンの幾何学模様に見惚れる。
「もう少し暖かくなったら、薔薇も一斉に咲いて、きっと見事だろうねぇ」
タートルネックニットと翡翠色のミモレ丈チュールスカートに、ショート丈でティアードシルエットのジャケットでコーディネートを決めた、木嶋香里(
jb7748)は、散歩道30分コースで、複数のガーデンを楽しんでいた。
「異国の体験、良い経験にしたいですね♪」
緑の輝くような美しさに見惚れ、花の色に酔う。
「思ってたより、のどか系?」
「のどか‥‥まあ、しっかりとした造りなのは否定しないがな」
四季の率直な感想に、ノーチェは「何せこちらは石の文化だし」と頷いた。
「プールもエステも捨て難いんだけど、それよりお城とかお庭とか、いっぱい写真撮ったりしたいよー! 別に渋谷にしか興味ないわけじゃないんだから!」
「確かに。折角だ、景色を撮るのも良いが、一緒に撮ってやろう。心配せずともホテルもいれるさ」
ノーチェは、四季にカメラを向けた。
(これは日本では味わえない雰囲気だな。四季君のテンションが上がるのもわかる、か)
(綺麗な所だな。落ち着いた佇まいで、何と言うか歴史を感じる。あまり来られない場所というのもあって誘ってみたが、葉月も気に入ってくれるだろうか?)
黒羽 拓海(
jb7256)は、髪を下ろして赤のクラシックロリータを着た天宮葉月(
jb7258)をチラリと見た。
(初めての海外旅行で、彼氏と異国情緒溢れる高級ホテルにって‥‥すごくドキドキする。何かこう、特別な感じがするし。少し緊張するけど、滅多に無い機会だし、目一杯楽しもう)
「あ、早咲きの薔薇が咲いているね」
「本当だ。見に行こうか」
2人は手を繋ぎ、拓海のエスコートで、ゆっくりと薔薇園を巡った。
(普段通りに、単に手を繋いでいるだけなのに、何だか雰囲気が違うな)
何となく2人とも、普段より鼓動が早い気がする。
「薔薇に囲まれて2人でお茶、なんて、物語の一コマみたい。こんな風に幸せな時間がずっと続いたらいいのに‥‥なんてね」
葉月の言葉に、拓海は「すまない」と謝った。
「最近は、葉月と遠出もしていなかったし、何かと心配も掛けていて、本当にすまないな。葉月を安心させたいと思っているのは信じてほしい‥‥」
「大丈夫、私は普段から幸せだよ」
葉月は拓海に寄り添うと、その頬に口づけた。
「だからこれからもよろしくね。愛してるよ拓海」
「こちらこそよろしく。俺も愛してるぞ、葉月」
拓海もキスで返す。
そして、「ずっと一緒に居るって約束したからな」と、帰り際に、庭師を呼び止め、「約束を守る」という意味の白薔薇を一輪摘んでもらい、葉月に贈った。
「姉上、大丈夫か?」
ガーデンを一通り回り、静が疲れていないか、智美が心配して声をかける。
「散歩道には、明日行ってみましょうか」
「それがいいと思う。今日はもうホテルでゆっくりしよう、姉上」
智美は静を連れてホテルへと向かった。
メイド・執事体験をしたいメンバーは、夕食前に、控え室に集められた。
「先輩! メイド体験だって!」
四季がウキウキとノーチェの袖を引く。
「おや、四季君がメイドに?」
「ちがうよ、あたしじゃなくて先輩! イケメン執事してよ、写真撮るから! あたしはメイドよりお姫様だもーん」
(イケメン執事‥‥? ま、まあ、悪い気はしないけど、執事とか柄じゃないと思うんだがな)
「仕方がないな、お姫様のご希望とあらば喜んで」
ノーチェは長い髪を纏めた。やるからには完璧な執事になる心づもりだ。
「少女漫画みたい! ウケる!」
四季に何枚も写真を撮られ、大仰に笑われて、ノーチェはむっと口を結んだ。
「ああいや、本当、褒めてるんだよー!」
「ならいいけど。さて、お姫様は何がお望みだ? 一通りの講習が終わったら、存分にお姫様気分を堪能させてあげるよ」
(故郷の男女共は、自己主張が、激しすぎる、奴ら、だったから、ボクは、粛々とお役に立てる、メイドを、目指します)
恥ずかしがり屋のサキュバス、アルティミシア(
jc1611)は、派手すぎず地味すぎず、キッチリと身嗜みを整えていた。
(清い姿は、清い心を表すのです)
ふんす、ふんすと鼻息も荒い。
(やるからには、全力です! 身につけて、損はないので、立派な、サキュバスメイド(?)に、なれるよう、頑張るのです! 体験だからと言って、手は抜けません。恥ずかしがりな、ボクですが、少しは克服、したいのです!)
「頑張りますので、ご鞭撻、宜しくお願いします」
アルティミシアは、指導係を担う、ホテル専属のメイド長に頭を下げた。
「今日のボクは、皆様をおもてなしする、メイドです。頑張って、吸収しますよ!」
「きゃはァ、可愛い可愛いメイドさんの時間だわァ♪」
「帰ってきたわ‥‥英国へ! 英国と日本でのメイド修業の成果を見せてさしあげますわ」
純黒のメイド服に身を包んだ幼女、黒百合(
ja0422)。
純白のメイド服に身を包んだ幼女、斉凛(
ja6571) 。
2人は小さな姉妹のように並び、完璧な礼法を披露した。
香里は、自前のヴィクトリアンロングメイド服セットに着替えて、メイド修行に取り組もうとしていた。
実はホテルのラウンジで、事前に、現地のおもてなしをお客として体験し、観察してある。
(先ほどご挨拶くださったかたは、ここの支配人さんでしょうか? 「ひとこと申し上げさせて戴けますならば、このような田舎のホテルですのに、大変エレガントなお姿でお出かけくださいましたこと、心より嬉しゅう存じます」と、演劇でしか聞かないような、非常に丁寧なご挨拶でしたね♪ ここまで丁寧な言葉遣いが残っているなんて、素敵な土地です♪)
ホテルのメイド長は、お客様の立場に出来るだけ寄り添うようなサービスと、丁寧な言葉遣い、品のある言動に注意を払うよう指導すると、皆に夕食のコース料理を給仕するよう伝えた。
(さて、どんなおもてなしを受けられるのかな)
春樹は、もてなされる側として、体験者席に座っていた。
(本格的なメイドや執事がどんなものか興味があるし、アンティークなホテルに来たなら思いっきりその空気に浸って楽しみたいよね)
もてなされる側の義務として、ゆったりと落ち着いた態度を心がけ、食事が運ばれてくるのを静かに待つ。
「おおっ、可愛いメイドさんもいるじゃん! すいませーん、写真撮らせてくださいっ♪」
四季が大声を出した。カメラを取り出し、黒百合と凛に向かって大きく手を振る。
「あらあら‥‥ここは撮影禁止ですの。メイドの奉仕を受けるに値しないご主人様ですこと」
凛はシルバートレイで四季に軽くオシオキ(物理)をした。
「痛ぁッ!」
シルバートレイが当たった頭を抱え、四季が悲鳴を上げると、黒百合がイタイノイタイノ飛ンデイケをしてあげる。
シルバートレイとて、V兵器のひとつ。一般人なら命に関わっていただろう。
黒百合は可愛い可愛い天使のような笑顔を浮かべて、「おねーさん、お庭でなら、写真を撮らせてあげられるのォ、お食事がすむまで待っててねェ♪」と、無邪気な幼女を演じた。
「黒百合ちゃん、よくできました‥‥ですわ」
凛は腹黒い笑顔で、黒百合の頭をナデナデして誤魔化した。
「大丈夫か、四季君、怪我はないかい?」
幼女メイドたちが去った頃、ノーチェが四季の席に飛んでくる。四季の頭を診て、ほっと一安心。
「まあ、たんこぶにすらなっていないみたいだから、安心して良さそうだね。気分直しに、美味しい食事を、召し上がれ!」
前菜はウサギのソテー。軽やかな黄緑の泡状のソースと濃厚なソースの2種がかけられている。ウサギ肉は全く癖が無く、繊細に調理されている。
メインは、ホロホロ鳥。皮目はパリッと、中はジューシー。キジに似た食感だ。カニミソのような色の濃いソースがかけられている。
デザートは、プラリネのようにねっとりしたヘーゼルナッツのアイス2種と、爽やかなチェリーのソルベ。
食後に、カプチーノとプティフールがついてくる。
「紅茶でございます。え、紅茶じゃない? そんなこと、英国ではありえませんわ」
「コースの最後はカプチーノになっております。クリームティはアフタヌーンに楽しむものですよ」
ホテルの人に言われて、涙目になる凛。彼女は珈琲を煎れられないのだ。
「でしたら、コース自体を書き変えてしまえば解決ですわ。締めは紅茶で決まりですの」
腹黒さを発揮し、厨房から運ばれてくるカプチーノをどんどん流しへ捨て、自分の淹れた紅茶とすり替える凛。
「お姉ちゃん、お手伝い要るゥ?」
「頼みますわ、黒百合ちゃん」
2人はコースの最後を紅茶で締めくくるべく、奮戦した。
(どんな行動をしたら、男達や女達にどんな感じで喜ばれるのだろうか、どんな行動が相手からの好感度を上げられるのか、ネットで読んだ理想的な女性像は参考になるのか‥‥?)
凛を手伝いながら、天使のような幼女を演じながら、黒百合は鋭い眼光で周囲を見回している。
「黒百合ちゃんはとってもいい子ですの。さあ、お客様に食後のクリームティを運びますわ、こぼさないように気をつけてくださいませ」
優しい姉を気取り、自身の腹黒さを隠す凛。
日が暮れてくると、窓の外が明るくなる。
コンウィ城がライトアップされているのだ。
夕食の時間も終了し、アルティミシアは、ホテルのメイド長に、深々と頭を下げた。
「とても、良い経験、でした。ありがとうございました」
●カーディフ空港
北ウェールズでの全日程が終了した。あとは帰国するだけだ。
遠足参加者が全員揃っていることを確認し、飛行機が離陸する。
里帰りしていたフィオナも、交通費を浮かせるために、行動を共にしている。
「お土産はやっぱり、ラブスプーンにしたよ」
「実は海苔も有名なんだよね。ラバブレッドの缶詰、買ってみたよー」
この遠足に報酬はない。
大自然・人工物双方の遺産を管理し守るため、ナショナルトラストに全額寄付したのだ。
いつまでも、この景色がそのままに残ることを願って。