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「人の大型輸送、まさか‥‥」
浪風 悠人(
ja3452)は、呆然と上空をたゆたうあだを見上げた。
「あれはUFO? 確かに人を攫うってオカルト話もあるけど‥‥」
川澄文歌(
jb7507)が小首を傾げる。
「先日、頭の弱そうなアイドル系悪魔さんが人を攫っているって聞きましたけど、その関係でしょうか?」
文歌の皮肉が、悪魔本人に聞こえていなければいいが、と念じながら、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)がうなずく。
「そうだな、UFOか。天魔の仕業と考えるのが普通だな」
「ディアボロによる大勢の一般人の輸送は、ここ最近多くてですね、俺も幾つか、同じケースの依頼に参加しているんです」
悠人は仲間たちに話をした。光纏し、阻霊符を展開する。
「特に先日、影による誘拐とその首謀者に遭遇しているので、今回もそういった悪魔の仕業だと推測可能です。もし、また対処に時間が掛かれば、ディアボロの創造主が出現する可能性も考慮して、警戒を強めておいたほうがいいと思います」
「UFOに拐われたというSOSか。ゲートができて以降、人々が拉致される案件が多いな‥‥」
ファーフナー(
jb7826)は、ふかしていた煙草をもみ消して、携帯灰皿にしまい込んだ。
「そうだね。最近この辺りにケッツァーって冥魔の組織の人達をよく見かける様になったね‥‥。私も何度か会ったよ、確か首魁はベリアルさんって名だったはず‥‥」
文歌は考え、提案した。
「それならあのUFO達は、重量オーバーで飛べない事にしておくとか、どうです?」
「なるほどォ。重量オーバーねェ。いいんじゃないィ?」
文歌の提案に、黒百合(
ja0422)がのる。
詠代 涼介(
jb5343)が、硬い表情で、ぎゅっと唇を引き締める。
(感情を抑えこめ。今は‥‥怒りも後悔も邪魔だ)
「ディアボロの創造主が出てきた場合、交渉はこちらでしよう。重量オーバーでダメなら、感染症患者がいるという路線で、突き崩してみる」
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ファーフナーと悠人は<星の鎖>で、人々吸引中のあだを捕縛した。
着地点である真下が、特別堅かったり、尖っていたりしてないか確認した上で、緩衝になる木々に身を潜め、2人はあだを不具合に見せかけて墜落させた。
更に、<忍法「髪芝居」>で【束縛】を与える。
あだ5体の吸引行動が止まった。
悠人は<ボディペイント>で、文歌は<明鏡止水>で、ファーフナーは自然の中に身を隠して、それぞれ【潜行】している。
あだが<星の鎖>によって飛び立てなくなるのは、5ターン。
25秒である。
たかだか30秒程度遅れたくらいで、ディアボロの創造主は姿を現すのであろうか‥‥?
何とかして、もう少し時間を稼げないだろうか。
【潜行】して見守る3人の顔に、冷や汗が流れる。
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しかし、想定していた状況とは変わって、意外な展開となった。
文歌の<明鏡止水>による【潜行】効果が失われ、改めてスキルをかけ直そうとした、その時だった。
ホルンの音が遠くから微かに響いたと思うと、文歌に向かって赤い光が飛んできた。
対抗を試みるが、失敗し、【封印】と【腐敗】のバステを受けてしまう。
ダメージは全くない。ないが、赤黒い瘴気が文歌にまとわりついて、大事な魔装が侵食されていく。
「頭の弱そうなアイドル系悪魔って誰のことかしらね? 頭の不自由なアホ毛メス劣等種害虫さん?」
上空に、小生意気そうな悪魔小娘、ジェルトリュード(jz0379)が、仁王立ちしていた。
文歌の皮肉をしっかり聞かれていたのだ。しかし、言い返し方が小学生レベルである。
「可及的速やかに、あたしのあだを放しなさい。1往復目がうまくいったんだから、重量オーバーなわけないじゃない」
「人間だけを吸い込んだのならな。だが、何人かが、吸い込まれないようにと、色んな重い物に体を縛り付けていたようだが、それごと吸い込まれたから重量オーバーになったのでは?」
あくまでも冷静に努めて、説得する涼介。
「もしかしたら、ガソリンタンクも吸い込まれたかもしれない。急いで確認しないと、爆発する可能性だってあるぞ」
「あたしのディアボロは完璧よ。ガソリン如きに負けるわけ無いじゃない」
「しかし、1隻でも足りなくなったら、困るのは金髪片眼鏡、お前だろう?」
「そんな程度で困ると思っ‥‥」
ジェルトリュードは途中で言葉を詰まらせた。
彼女しか知らないが、あだは1隻につき、一般人300人を収容できる。
島に残っている拉致予定の家畜数は、残り1300人ほどのはず。
1300÷5=‥‥???
‥‥ジェルトリュードは、計算があんまり得意ではなかった。
「悔しいが素晴らしいディアボロだ。さすが上級知的生命体、俺たちは手も足も出ず見守ることしかできなかった」
「そ、そうよ! 何せ、このあたしが創ったんだもの」
ファーフナーに持ち上げられ、気を取り直すジェルトリュード。
「俺も思うのだが、木にしがみついた人が、そのまま吸い込まれたのではないだろうか。やはり重量オーバーかもしれない。どうやら連鎖反応を起こしているようでもあるし、一度、全て中を確認してはどうだ?」
ファーフナーはふつふつと湧き上がる怒りを堪え、長年培ったポーカーフェイスで感情を隠し、悪魔のご機嫌取りを続けた。
「あり得ないわね。あだは家畜以外は吸いこまない設定だもの。異物は除外している筈よ。創造したあたしに間違いはないわ!」
どうやら、重量オーバー案は信じてもらえなさそうだった。
1往復目が上手くいっている以上、ジェルトリュードも、やたらと自信をもっているようだ。
「だが、万が一ということもある」
「‥‥まあ、そうね、一理はあるわね。確認だけなら、してもいいかも」
ジェルトリュードはファーフナーの説得に頷き、紫の翼を羽搏かせ、高度を下げた。
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「ふむ、これは実は伏せておきたかったのだが、お前さん達にも私達にも都合の悪い話が他にもあってな」
サガがポーカーフェイスで、次の案を提示する。
「小笠原村の住人は、感染症に冒されている人が本州から隔離されて、やむなくこの島に住んでいるのだ」
はあ?
ジェルトリュードは動きを止め、疑念の表情を浮かべた。視線が、そこらじゅうに見える、健康的な絵柄の、サーフィンやダイビングの看板をなぞる。
サガは畳みかけるように、説得を続けた。
「ここは感染力の強い病を持った者が隔離されて住んでいてな。私等、アウルに目覚めたものには、抵抗力はあるが、一般人はすぐにかかって次第に弱って行く」
あちゃー。そんな表情で黒百合が額をおさえ、取り出そうとしたリトマス試験紙を、諦め顔でしまいこむのが見えた。黒百合は、天魔もその病気に感染する、というハッタリをかましたかったのだ。
可能なら、ジェルトリュード自身も既に感染者だと、そう信じ込ませたかったのだ。
しかし、サガは気づかずに説得を続ける。
「この人等を連れて行くのであれば、既に結界に連れ込んでいる一般人にも感染させてしまい、お前さん達の収穫にも悪影響が出るのだぞ? 私達としても、連れ去られた人達はいずれ解放しに行く予定であるし、感染者を増やすのは避けたい‥‥そう言う訳だ、御互いに損な事はやめないか?」
「そ、そォねェ。確かに、この島には特別な感染症を患った隔離施設があるわァ。その隔離施設の人間達が、貴女が持ち去った人間達の中に、含まれている可能性は高いわねェ。感染力が高いので、一般人が彼ら、患者たちと一緒に居た場合は、集団感染でみィんな、死んじゃうかもよォ?」
黒百合は続けた。
「せめて感染者だけでも島に残してくれないィ? 拉致したのはいいけどォ、結界到着前に病気が蔓延して、人質が全滅、なんて事態になれば、互いに目も当てられないでしょォ?」
「そうだな。自然の光に当てないと、病気に罹患しているか、確認できない。恐らく多くの者が感染している、連れ帰っても結界中に病気が広まる。一度全員を退出させ、病気の有無を確認すべきではないか?」
ファーフナーも口添えをする。
「そりゃ、出来るだけ家畜は生きた身で運びたいけれど、病気なんてそんなに大問題かしら?」
あだから離れ、再び上空に舞い上がり、ジェルトリュードは小首を傾げる。
「それとも今この場で、感染菌とやらを家畜ごと消毒しちゃったほうが得策?」
その不穏な言葉に、ファーフナーが再び説得を試みる。
慌ててサガも、付け加える。
「ただ殲滅してしまうより、全員を完治させてから繁殖させ、お前のねーさまとやらに献上したら喜ばれるのではないか? あだは菌を持ち運ぶ可能性が高いので、ここで燃やしてしまえばよい。既に連れ去った人々も、不安なら連れ戻して病気を治癒させてはどうだろうか?」
「そうだ、ファーフナー殿の言うとおりだ。早まるな‥‥感染症は時間はかかるが、完治はするし、治れば二度と発症しない。私等には不本意な話ではあるが‥‥お前さん達が住民を有効利用するつもりなら、殺すよりその時にまた連れて行くのが良かろう」
ジェルトリュードの顔が明るくなった。
「あら、その病気って放っといても勝手に治るのね。じゃあ連れて行って、そのままゲートに放り込めば問題ないわ。ねーさまのお手を煩わせるようなら、あたしのゲートに放り込めばいいだけだし。どうせ魂を吸収したらディアボロ化するんだから、簡単な話じゃない」
にこやかに上空で手を打つジェルトリュード。
(なかなか思うように交渉が進まないね‥‥)
流石に【封印】は解けたが、【腐敗】は帰還するまで治らない。
文歌ははらはらしながら、ジェルトリュードと仲間の交渉を見守っていた。
(早く人質を解放してもらって、あだを倒さないと‥‥)
気ばかりが焦る。
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(これは、交渉失敗‥‥かな?)
悠人は隠れたまま、成り行きを見守っていた。
いつまでも、あだから人質を吐きださせようとしない悪魔小娘。
<星の鎖>の効果も、【束縛】も、とっくに時間切れ&スキル回数切れだ。
あだは、ふらふらと飛び立ちながら、人々の吸引を再開しかけている。
文歌はあだを止めようとしたが、すんでのところで離陸されてしまい、間に合わなかった。
ジェルトリュードは「吸引停止! 帰還するわよ!」と、上空に去ろうとする。
指令通り、主人を追い抜いて、あだがスピードをあげて、飛ぶ。
戦闘班が温存していた<星の鎖>は、間に合わなかった。
黒百合が<陰陽の翼>で追おうとするが、惜しくもあだに逃げられてしまう。
その時、悠人は、ジェルトリュードから見える位置に飛び出し、大声を上げた。
ジェルトリュードは移動を止め、不審そうに振り返る。
「はじめまして、俺は浪風悠人と言います。その片眼鏡、ゴシックでセンスもあり、貴女様の気品と知性を感じますね。綺麗な長い金髪もとても良くお似合いです。この度は上級の悪魔と出会えて大変光栄です。もしよろしければ、ええ、差し支えなければで結構ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
出来る限り礼儀正しく、悠人は悪魔小娘を持ち上げつつ、名前を尋ねた。
「害虫に名乗る名なんて無いけれど、まあいいわ。ケッツァーが一員、ジェルトリュードよ」
「ジェルトリュード様ですか、素敵なお名前です! 気品と魅力に満ち溢れる貴女に相応しいお名前ですね。そんな貴女が仕えていらっしゃる悪魔は、さぞや名のある悪魔でしょう。もしよろしければ、お名前を聞かせてはいただけないでしょうか?」
「嫌よ。害虫なんかに話すには勿体ないもの」
「そこを何とか! 平に平に、お願い申し上げます!!」
悠人は地面に座り込み、土下座までしてみせた。上空でジェルトリュードはため息をつく。
「聞いてどうするつもりかわからないけれど。ルシフェル様が細君、ベリアルねーさまよ」
(確か最近、斡旋所で読んだ報告書で‥‥ベリアルの配下らしき悪魔たちの会話に出てきた名だな。やはりか)
涼介は内心で、報告書の内容を思い返していた。
(恐らく、前回会った時のセリフから察するに、さらった人を「ベリアルねーさま」に渡しているはず。今このタイミングで悪魔が大量に人を集めるとすれば、それはベリアルのためである可能性が高いと推測できるな)
「こんな所で油を売っていて良いのか? 今頃お前のねーさまとやらは大変な目に遭っているかもしれんぞ?」
涼介ははったりをかました。
「別に信じなくても一向に構わんが。ピンチに駆けつけて褒めてもらう役回りが、他の誰かに変わることになるかもな」
(人質の吐き出させ方がまだ分からないんですけれど、大丈夫です?)
心配になりながらも、文歌も口裏をあわせる。
「そういえば、ベリアルさんが今度大きな作戦をするとかで、ケッツァーの人達に招集をかけているって噂を聞きましたが、急いで戻らなくていいんです?」
「作り話はもっと事実らしく作ることね。害虫に先に情報が飛んで、あたしのところに使い魔が来ないわけないじゃない。なら、あんたたちの学園が今頃ひどいことになっているかもよ‥‥あたしの仲間が、攻め込んでいるかも」
ふっと口を閉ざしたと思うと、ジェルトリュードは、使い魔から耳打ちをされていた。
わなわなと細い肩が震える。
「あのロンゲ茶髪、よりによって50箱も‥‥万死に値するわ!」
ジェルトリュードは「覚悟しなさい、あのロンゲ茶髪ッ、お土産ごと火刑に処してやる!」と喚き散らしながら、あだを追い、遠く空の彼方に去っていった。
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既にあだに吸われていた1000人は、救えなかった。
辛くも身を隠していた300人の島民は、撃退士があだとジェルトリュードの注意をそらしてくれていたおかげで、救われた。
連れ去られた総勢2500人は、きっとベリアルのもとに、あるいはジェルトリュード自身の結界に、運ばれてしまっただろう。
「重量オーバー案だけで押し切ったほうが、良かったかもな。惜しいところまで行ったのに」
悔しさを口の端ににじませて、涼介が近くの木を蹴り飛ばした。
「影の時も、人質に死者が出るのを気にした様子がなかったし、病原菌案を持ち出したのは失敗だったかも知れないですね。あれで余計に、説得力が失われた感じがします」
悠人も肩を落としている。
「ジェルトリュードにとっては、人質が生きていようが死んでいようが、あんまり関係ないのかもしれないですね‥‥」
「どうせディアボロ化させる、って言っていたものねェ」
難しい顔で、黒百合も頷いた。
彼女も病原菌説による説得を考えていただけに、苦い顔になる。
(死んだら吸収は無理だけどォ、死体はディアボロの材料になる‥‥。いずれにせよ収穫して損はないってワケねェ‥‥)
重量オーバー案は上手くいっていた。
病原菌案は、生死に強くこだわらない悪魔の価値観を想像しきれなかった。
そしてベリアルが緊急事態というハッタリは現実的ではなかった。
なにより、多方面からアプローチしたことで全ての信憑性が薄らいでしまったことが、最大の敗因。
犠牲を覚悟で剣を突き立てるには既に時間がなく。
もしもスキル以外にも、物理的に飛行を阻止する手段を講じていたならば‥‥。
撃退士たちは苦い思いを抱えながら、ジェルトリュードとあだが消えていった北の空をいつまでも睨んでいた。